第六話「交差路」

 クィディッチ・ワールドカップが死喰い人によるテロで中止になろうと、ヴォルデモートが復活しようと、九月一日になれば僕達はキングス・クロス駅に向かう。
「それにしても、魔法学校に行く手段が汽車っていうのは何度経験しても不思議な気分だね」
「あー、その気持ち分かるなー。まあ、電車じゃないだけまだマシだけど」
「……ホグワーツに電車で通学って嫌だな」
 駅前の広場で僕達はハーマイオニーとルーナに会い、そのまま一緒に9と3/4番線を目指して歩いている。
 後ろでハリーがハーマイオニーとマグルの世界出身者特有の話題で盛り上がっている。
 確かにホグワーツに電車通勤は嫌だ。電車自体に罪は無いけど、魔法と最先端の科学が混ざり合う光景は歪だ。
 旧時代の産物。煙を吐き出しながら走るアナログ式だからこそ、汽車はホグワーツへの移動手段に相応しい。
 魔法に科学的なアプローチを試みる光景をライトノベルやアニメの中でよく見掛けたけど、まったくもってナンセンスだ。
「……そう言えば、この前変な人に話し掛けられたの」
 歩いている途中、ハーマイオニーが声を落として言った。
「変な人?」
「うん。実は……」
 ハーマイオニーの話を要約すると、『見知らぬマグルの女が9と3/4番線へ続く秘密の入り口を潜ろうとしているハーマイオニーの写真を持っていて、その秘密を探ろうとしていた』という事らしい。
 実に不可解だ。
「ハーマイオニー。それは……」
「うん。冷静になって考えるとあり得ない事よね」
 僕の言葉の先を読んでハーマイオニーが眉間にシワを寄せながら答える。
「ホグワーツ自体に魔法が掛けられているように9と3/4番線にもマグルに気づかれない為の魔法が掛けられている。写真を撮ろうとしてもまともに映らない筈なのに、どうして……」
「しかも、ハリーの事を知っていた……」
 怪しい。その女はこそこそと嗅ぎ回って、何が目的なんだ?
「写真自体は魔法使いが撮影したものなのかもしれない」
 エドが言った。
「入り口に掛けられている隠蔽魔法はあくまでも無防備な相手を対象にしている。魔法使いなら撮影は可能だし、魔法の掛かっているカメラを使えばマグルにだって不可能じゃないかもしれない。ただし、後者の場合はあらかじめ隠蔽魔法の存在を認知している必要があるけどね。そこが入り口だと知らなければ、そもそも意識を向ける事さえ出来ないから」
 ブラック邸や漏れ鍋と同じ原理だ。どちらも存在を知らなければ目の前に立っていても人の出入りを認識する事が出来ない。
「あの女……、裏の世界だと有名だって言ってたの」
「情報を流している人間がいるって事かもね」
 僕は少し考えた上で言った。
「純血主義の対を為すもの。反魔法使い派の人間の仕業かもしれない」
「反魔法使い派?」
 ハリーが首を傾げる。
「そういう言葉があるわけじゃないけど、一定数存在するんだよ。魔法使いの存在自体を悪だと考えている人間が」
 アンチテーゼを掲げる人間はどんな世界にも少なからず居るものだ。
 万人が美しいと称する芸術を貶す者、万人が偉大だと褒め称える者を糾弾する者、万人が美味だと感じる食事を唾棄するもの。
 魔法使いの社会にもそうした人間が存在する。
「人の思想は多種多様だからね。そうした変わり者も居るのさ。大抵、そうした連中は無意味だと知っていても魔法省に抗議の手紙を送る事でストレスを発散しているけど、一部の過激な思想を持つ者達は魔法使いの存在を世間に公表しようとしたり、マグルに革命を唆したりする。殆どの場合、魔法省の役人に捕縛され、そのままアズカバンか精神治療の為に特別な施設に送られる。だが、中には例外もいる」
「つまり……?」
「その女の背後に良からぬ事を企んでいる反魔法使い派の人間がいる可能性は否定出来ないね」
 わざわざハリーの名前を出したという事は最悪、ハリーを狙っている可能性もある。
 そのネームバリューの大きさ故か、他に目的があるのかは不明だが、手を出そうとするなら排除するだけだ。
「……けど、そんなに気にする必要は無いよ」
「え?」
「所詮、マグルが魔法使いに手を出す事なんて不可能に近い。嗅ぎ回っていても、延々と幻影を追うだけさ。真実を掴もうとした瞬間、魔法省が対処するし、僕達が取り立てて行動する必要は無いさ。一応、魔法省かダンブルドアにでも報告をしておけばその女も余計な記憶を消されて普通のマグルらしい生活に戻るさ」
「そう……」
 ホッとした表情を浮かべるハーマイオニー。
 僕の言葉は歴然とした事実だ。僕達が杖を一振りするだけで、マグルは簡単に屈服する。それほど力の差が歴然なのだ。
 それが分かっているから反魔法使い派の人間も過激派以外は魔法省に抗議する程度の事しか出来ない。
「それよりも急ごう。汽車に乗り遅れる事は無いと思うけど、コンパートメントがいっぱいになってしまうよ」
「そうね、行きましょう!」
 

 ドラコ・マルフォイの言葉は真実だ。事実、その日の朝、9と3/4番線のホームに侵入を試みたマグルの女性がホームに常駐している魔法使いに捕縛され、忘却術師によって記憶を抹消されている。
 だが、その時女には二つの幸運が働いている。
 マグルが何かの拍子にホームへ入り込んでしまう事自体は珍しい事では無かった事。
 彼女を捕縛した魔法使いがそれほど仕事熱心な人間では無かった事。
 彼女が捕まった時、咄嗟に母国語を叫んだ事。
 それらの条件が重なって、彼女は『駅のホームに入り込んだ数分間の記憶』のみを消されるだけで済んだのだ。
 結果、彼女の意識は『キングス・クロス駅にある秘密の入り口を調査する為に乗り込んだ瞬間、駅構内のトイレでうたた寝していた』という奇妙な状態に陥る。
 咄嗟に、ポケットを漁り、彼女は一つの機械を取り出した。それを押収されなかった事が二つ目の幸運であり、魔法使いの失態であった。
 それはマグルの世界の機械。ICレコーダーという音声を記録しておく為の機械。それがカメラや写真の形状をしていたのなら、魔法使い達も機械の用途に気付き、万が一を危惧して回収していた筈だが、その機械は魔法使いにとってあまりにも見慣れない物だった。
 彼女が写真と共に一人の『情報屋』から買った秘密道具。その中には彼女が望んで止まなかった真実に至る為の手掛かりがバッチリと残っていた。
「……やった。やったわ!」
 この幸運を離すわけにはいかない。羽川摩耶は仲間達の下へ急いだ。
 手に入れた決定的な情報を共有する為に。

 人々の知らない場所で時代が大きく揺らいでいる。
 その揺らぎの中心に程近い場所で一人の青年が罪を犯した。
「……ッハ」
 彼はずっと待っていた。信じていたのだ。闇の帝王が何時の日か復活し、再び世界を支配する刻が来ると……。
 帝王の復活を知った彼が初めに行った事。それは親殺しだった。
 まるで毎朝の日課として顔を洗うかのように、当たり前の様子で彼は人類の三大禁忌を犯した。
 悪びれる様子も見せず、彼は父親の死体を踏みつけながら恍惚の表情を浮かべる。
「待っていて下さい、帝王よ。今直ぐ、御身の下へ馳せ参じます」
 その事件が世に出る事は無い。闇の印は上がらず、死んだはずの男はその数ヶ月後、ホグワーツに現れたのだから。
 
 帝王からの命令を受け、彼は父親になりすまし、多くの子供達の前で演説を行う。
 それは開催の言葉。ホグワーツ魔法学校とボーバトン魔法アカデミー、ダームストラング専門学校の三つの魔法学校が競い合う歴史的行事。
 三大魔法学校対抗試合に目を輝かせる生徒の一人に彼は熱い眼差しを向ける。
 会いたかった。まるで生き別れた兄弟か、遠く離れた恋人か、死に別れた親と再会したかのような熱い感情が心中で荒れ狂う。
 偉大なる王をその卑しい身で脅かし、英雄と持て囃されている小僧。
 その身を八つ裂きに出来る日を待ち侘びていた。

――――さあ、その身で我が憎悪と憤怒を鎮めるといい。

――――さあ、その血で王の苦悩と嘆きを癒やすといい。

――――さあ、その死で愚かな者達に絶望を刻むがいい。

『ハリー・ポッター。恐れることはない。全てを本来あるべき姿に戻すだけだ。死ぬ筈だった赤子は死に、絶望するべき者達が絶望するだけだ』

『恐れるなかれ、ハリー・ポッター。“死”こそが汝の|真《まこと》の|運命《さだめ》なのだから』

第五話「深淵を覗くもの」

「世の中物騒だねー」
 ベッドで『日刊預言者新聞』を読みながらルーナが呟いた。
 トップクラスの成績をキープし続けている私達に手を出してくる人間はかなり減ってきたけど、私とルーナの友情に変化はない。
 夏季休暇の間も互いの家に泊まり、一緒に楽しい思い出をたくさん作っている。
 ルーナの家は奇想天外な物で溢れていて飽きる暇が無かった。その点、私の家は至って普通。何の面白みもない。
 それが悔しくて、ロンドンのマグルが経営するお店やテーマパークにルーナを連れ込み笑顔を引き出すのに躍起になった。
 ルーナはマグルが作り出す娯楽をいたく気に入り、特にジャパンの玩具メーカーが発売した携帯型ゲーム機に夢中になった。
「どうしたの?」
 私はまだ今日の日刊預言者新聞に目を通していない。ルーナが「これこれ」と見せてくる記事の一面に視線を向けると、思わずギョッとした。
 そこには『闇の印現る!』の文字が夜空に浮かぶ髑髏の写真の上にデカデカと書いてある。
 闇の印といえば、十四年前に魔法界で猛威を振るった闇の魔法使いが好んで使った紋章だ。
「クィディッチ・ワールドカップの会場でって……、ドラコやハリーは大丈夫かしら?」
 二人は寮の友人達とワールドカップを観に行くと手紙に書いていた。
 特にハリーは十四年前の事で闇の魔法使い達から恨みを買っている。
 恐怖に慄きながら記事の隅から隅まで目を通して、彼の名前が無い事を確認し、安堵した。
 ハリーに何かあったら、必ず新聞に名前が載る筈。
「二人は当日会場に行けば良いVIP用のチケットなんでしょ?」
「けど、フライングして会場入りする人も多いらしいし……」
「あの二人に限って、それは無いと思うなー」
 ルーナの言う通り、ドラコとハリーが浮かれて大はしゃぎしている姿は想像出来ない。
「それもそうね。……っと、ママの声だわ」
 耳を澄ませると、扉の向こう……の廊下の奥の階段の下からママの声が聞こえる。
 どうやら、朝ごはんが出来たみたい。
「行きましょう、ルーナ」
「うん! ハーマイオニーのママの御飯は絶品だよね。羨ましいなー」
 ルーナは私のママにとても懐いている。その理由を彼女の家に行った時に知った。
 彼女の母親は彼女が幼い時に事故で亡くなったらしい。
「だからって、食べ過ぎないようにね」
「わかってるってー」
 初めてママの御飯を食べた時、嬉しそうに何度もおかわりをしてお腹を壊してしまったおバカさんが何か言ってる。
「ルーナ。今日もいっぱい遊びましょうね」
「うん!」
 彼女の屈託の無い笑顔につられて頬が緩む。
 その表情からは辛い境遇の事など欠片も連想出来ない。私はそんな顔が出来る彼女の強さに憧れを抱いている。
 私は根拠の無い言葉が嫌い。論理の成立しない会話は不愉快ですらある。融通のきかない性格だと、マグルの学校に通っていた頃、よく言われていた。
 そんな私にとって、夢想的な話題ばかり口にするルーナは本来対極の位置にいて苦手だった筈。
 だから、彼女と友情を結べた事は奇跡に等しい。
 面と向かって言葉にするのは恥ずかしいけど、私は彼女の事が大好きだ。

 朝食の後、私達はいつものように外に出た。
 今日は少し遠出をする予定。完璧なマグルの装いで出発する。
 始め、ルーナはマグルの格好に違和感を感じていたみたいだけど、今では完璧に着こなしている。元々、彼女は口を閉じてジッとしていればとても可愛らしい女の子だから、大抵の服がよく似合う。
 私も出っ歯が治れば少しはマシになるのにな……。
「こんにちは」
 ネガティブな方向に思考が走りそうななった時、突然声を掛けられた。
 驚いて振り返ると、そこには見た事のない女性が立っていた。
「……どうしました?」
 髪は金色だけど、東洋人風の顔立ち。
 だけど、観光客には見えない。
「あなた、ハーマイオニー・グレンジャーさん?」
「失礼ですが、あなたは?」
 名前を呼ばれた事で一気に警戒心が膨れ上がった。
 周囲には大勢の人が居るし、家も近い。早々おかしな事にはならないと思うけど、念の為にルーナと手をつなぐ。
 いざとなったら走って逃げるためだ。
「おっと、失礼。私はアヤ・ハネジマ。日本人です」
 日本人と聞いて、少しだけ安堵した。東洋人の中では比較的温厚な人の多い国だ。
「私に何か用が?」
「はい。あ、その前にこれを」
 アヤは私に一枚の名刺を差し出してきた。
「『アイリーン探偵事務所』……?」
 非情に胡散臭い。
「探偵ですか……」
「私はパートタイマーだけどね。本業は他にあるんだけど、貴女に話し掛けたのはコッチの用件」
 私が名刺を受け取ると、彼女は次に一枚の写真を取り出した。
「これって、貴女よね?」
 一瞬、言葉を失った。
 そこには体の半分を壁に埋め込んだ状態の私の姿があった。
 キングス・クロス駅の9と3/4番線ホームに入る瞬間を写されたものだ。
 頭の中が真っ白になった。魔法の事をマグルに知られる事は魔法使いの中でタブーとされている事の筆頭だ。
「し、知らないわ……」
「その反応は知ってるって白状しているようなものよ?」
 アヤはニッコリと微笑んだ。
「これ、どうやったの?」
 アヤの質問に私は「知らない」と言いながらルーナの手を取って背中を向けた。
「一人二人じゃないのよねー。毎年、時期が来るとフクロウだとかカエルだとかをカゴに入れた子供達がキングス・クロス駅に現れるのよ。ロンドン版都市伝説ってヤツで裏の世界だと有名なの。この写真も私が撮ったものじゃないよ? こういう情報を売り買いしている人間から買ったものなの」
 恐怖のあまり叫びだしそうになった。
 裏の世界? 知らない人間が私の写真を売り買いしている? あまりの嫌悪感に体が震えた。
「怖がらないで欲しいな。私は幾つか質問をしたいだけなんだよ。答えてくれたら大人しく消えるわ。二度と貴女の前には現れない」
「質問って……?」
「あなた、魔女?」
 あまりにも直球な質問に言葉が出なかった。
「……可愛い子。次、ハリー・ポッターって子の事を知ってる?」
 アヤは私が答える前にうんうんと頷き、次の質問を投げ掛けてきた。
 何も答えていないのに、まるで答えを得られたみたいに笑顔で……。
「あなた――――」
「ていやー!」
「イタッ!?」
 何が起きたのか直ぐには理解出来なかった。
 気付いた時、ルーナがアヤの脛を蹴り、その隙に私の手を取って走りだしていた。
「え、え?」
「ハーマイオニーは一々真面目過ぎるよ」
「ちょ、ちょっと、ルーナ!?」
「逃げるが勝ちー!」
 あっという間に痛みに呻くアヤの姿が見えなくなった。
「私達の折角のデートを台無しにするんだから、アイツは悪党! 相手にする必要なんてないよ、ハーマイオニー」
 ルーナはまた私の心を掴んで離さない『あの笑顔』を浮かべた。
「気を取り直して遊ぼう! 今日はどこに行くの?」
「……楽しいとこ!」

「……普通人の脛を何の躊躇も無く蹴るかなー」
 アヤ・ハネジマと名乗った女は髪の毛と顔の肌を剥ぎながら文句を宣った。
「ブーブー言うな。いきなり現れた怪しい女にあんな質問されたら誰だって怖いさ」
 マスクとカツラを取った女は話し掛けて来た男を睨みつける。
「怪しい言うな!」
「はいはい、おっかない顔は無しだぜ、セニョリータ」
「ロドリゲス!」
 ロドリゲスと呼ばれた黒人の男はニヤリと笑みを浮かべた。
「とりあえず、ずらかろうぜ。フェイロンが調べに行ってる例の大火災。動画が手に入ったって話だ。結構、ショッキングな映像らしいぜ」
「ふーん、楽しみだね」
 短くカットされた黒い髪を軽く整え、女はハーマイオニーとルーナの走り去った方角をジッと見つめた。
「これで六人目。全員、同じ反応。ビンゴっぽいね」
「けど、気をつけろよ、マヤ。お前さんが例の記憶喪失障害にでもなったら俺は立ち直れないぜ」
「わかってるよ。心配どうも」
 アヤではなく、マヤと呼ばれた女は懐から手帳を取り出した。付箋だらけの手帳の裏には『羽川摩耶』という名前が書いてある。
 それが彼女の本名。ジェイコブ・アンダーソンが所属する『レオ・マクレガー探偵事務所』の一員。
「でも、少しは冒険しなきゃ、真実は得られないよ」
「おい、お前まさか……」
「私の記憶が消えたら、後の事は頼むよ?」
「それだったら俺が……」
「だーめ。君は友達を探すんでしょ?」
「けど……」
「大丈夫。何とか戻ってくるよ」

 その数日後、彼女はごった返すキングス・クロス駅のホームにいた。
 九月一日の午前九時十三分。何度か子供やその親と思われる人々が壁の中に消えていく事を確認した後、彼女はゆっくりと壁に向かって歩き出した。
 そして……、

第四話「禍津」

 クィディッチ・ワールドカップは中止になった。
 万全の対策を練っていた筈の会場をテロリストに襲撃された一件でイギリスの魔法省大臣であるコーネリウス・ファッジは各国の魔法省から抗議を受け、その処理に追われている。
 近隣のマグルの村がテロリストの行使した『悪霊の火』によって全滅させられた件の処理も加わり、彼の業務は多忙を極めた。
「ルーファス! 事件の調査の進捗状況はどうなっている!?」
 ピリピリとした空気が満ちる執務室。
 苛立つファッジに問われた闇祓い局局長ルーファス・スクリムジョールは彼に負けず劣らず険しい表情を浮かべていた。
 犯人の名前は分かっている。だが、動機を掴む事が出来ない。親兄弟友人全てを洗ったが、彼は至って真面目な好青年だった。決して、人に害を為す性格では無かったらしい。
 事件が起きる直前、彼は友人達とワールドカップの結果を予想し合い、試合開始の時を今か今かと待っていたそうだ。
 その男が『闇の印』を天に掲げ、マグルの村を焼き尽くし、数人の魔法使いを殺害した。これはあまりにも異常だ。
 そもそも、『闇の印』を掲げる方法を知っている者は死喰い人のみ。
「……現在は彼が死喰い人と接触し、操られた可能性が濃厚であると見て、聞き込みを続けています」
 過激思想の死喰い人が背後にいる。それが一番現実的な可能性だ。
「大臣。日刊預言者新聞で全魔法使いに警戒を呼び掛けて頂きたい。黒幕を捕らえない限り、再び――――」
「同じ事が起きるというのか!? 今年はアレがあるのだぞ!! 魔法省の威信を掛けた一大プロジェクトだ。ただでさえ、ワールドカップの件で信用が失墜している。絶対に失敗するわけにはいかん。早急に黒幕を見つけ出せ!!」
「……承知いたしました」
 ファッジの執務室を出た後、スクリムジョールは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
 簡単に言ってくれる。既に十分過ぎる調査を行った。にも関わらず、手掛かりが一つも掴めていない。
 この事件は一人の哀れな青年を生贄に捧げ、自らの野蛮な願望を実現させる悪辣な知恵を持った者の犯行だ。
 マグルの村に火を放ち、魔法使いを幾人も殺害した犯人の目的。それを推理する事が何よりも大切だ。
 恐らく、事件はまだ続く。あれほど過激な事件を巻き起こしておきながら、犯行声明の一つも残さなかった理由は目的を完全に達成出来ていないからに違いない。
 次の犯行を予期し、待ち構える。それが最も利口な策だ。
「三大魔法学校対抗試合……」
 犯人は死喰い人で間違いない。ならば、その目的はある程度絞られる。
 自らの存在、ひいては闇の帝王の脅威を世に今一度知らしめる為の示威行為か、あるいは二代目ヴォルデモート卿として名乗り出る為のパフォーマンスか……。
 帝王消滅後、数年の間はそうした連中が何度か事件を起こした。
 行き過ぎた純血主義を掲げ、マグルの村を全滅させた者も一人や二人じゃない。あの時代、多くの罪無き命が犠牲になった。
 次に犯人が狙う可能性が一番高いのはホグワーツで開催予定の『三大魔法学校対抗試合』だ。
 帝王を滅ぼしたハリー・ポッターへの報復行為。魔法省の一大プロジェクトを台無しにする事による政治的主張。
 死喰い人が狙う理由など、幾らでも考えつく。それほど、打ってつけの標的なのだ。
「今回のように替え玉を投げ込んでくるかもしれん。それに、ここが狙いだと思わせておいて、他の場所を襲撃する可能性も……」
 同時に問題点も山のように思いつく。
 短絡的になってはいけない。
「一先ず、ダンブルドアに手紙を書くか……」
 三大魔法学校対抗試合に警備の名目で入り込む。そこで敵の襲撃を待ち構える。
 ダンブルドアは政治の介入を快く思わない人物だが、ワールドカップの一件がある以上、反対は出来ない筈だ。
 問題は他の場所への襲撃だ。本命にはそれなりの人数を割かねばならない。残ったメンバーのみでイギリス全土を監視するなど現実的ではない。
「……警戒網を敷くにはどうしても人数が必要になるな」
 ジレンマだ。本命に人数を割けば警戒網を敷く事が出来なくなる。警戒網を敷けば本命には僅かなメンバーしか残せない。
「だが、どちらかに偏れば、逆を突かれた時に致命的だ」

 スクリムジョールからの手紙を受け取ったアルバス・ダンブルドアは彼の苦悩を正確に汲み取っていた。
 平和な時代が続いた事で慢性的な人手不足に悩まされている闇祓い局にホグワーツの警護とイギリス全土に警戒網を敷く事を両立させるのは困難であると手紙が来た時点で悟っていた。
 ダンブルドアは手元にある小さなロケットペンダントを見つめた。
 これは数ヶ月前、シリウスから対処を求められた闇の魔術品の中に埋もれていたものだ。ダンブルドアは瞬時にこの品の真実に気づき、様々な思考を巡らせた。
「分霊箱。やはりか……」
 悪い予想があたってしまった。だが、確信を得られた事は行幸。
 ダンブルドアは校長室の中をゆったりと歩きまわる。
「……今回の事件。魔法省は単なる死喰い人の残党による暴走だと考えておる」
 ダンブルドアの視線は部屋の中にいるもう一人の人物へと注がれる。
 セブルス・スネイプは服の袖を捲り、その腕に刻まれた紋章を彼に見せた。
「ヴォルデモートは復活しました。やはり、魔法省に伝えた方がよろしいのでは?」
「今、真実を語った所で突っぱねられるのが関の山じゃよ。警告はするが……」
「ダンブルドア。ポッターがブラックの養子となった事……、止めるべきだったのではありませんか?」
 これで五度目になる問答。ダンブルドアは顔を顰めた。
「古の加護はハリーがシリウスの養子となった時点で消え去った。それは確かに痛手となった。特にヤツが復活した今ではのう……」
「ならば……」
「だが、止めた所で意味などない。ドラコ・マルフォイによって、ハリーは既にシリウスを特別視しておった。自らの真の家族として」
 ドラコ・マルフォイ。彼はシリウスの無罪を証明される前から彼の無罪を確信し、ハリーに様々な事を吹き込んでいた。
 無罪が証明された時点でハリーにとって、家族とはダーズリー家の人々ではなく、シリウス一人を指す言葉になっていた。
 古の加護はハリーがダーズリーの家を帰るべき場所と認識していなければ効果が無い。
「まさか、ドラコが帝王の復活を見越してポッターから加護を取り去る為に動いたと?」
「早合点はいかんぞ、セブルス。じゃが、その可能性もあるという話じゃ」
 あの者の行動原理は不可解な部分が多過ぎる。
 セブルスにそれとなく監視するよう命じ、その報告を聞く限り、彼は実に素晴らしい善意溢れる少年だ。
 グリフィンドールの生徒が事故にあった時、その身を呈してその者を助けようとした。
 レイブンクローの生徒から虐めの相談を受け、真摯に悩みを聞き、その解決の為に労力を惜しまない。
 他にも数えればキリがないほど、彼は善行を積んでいる。
 他寮の生徒……例え相手がマグル生まれであろうと分け隔てなく接する所からグリフィンドールの生徒にも一目置かれるようになっている。
 にも関わらず、スリザリンの生徒からも信望を集めていると聞く。
 死喰い人だった者の血を受け継ぐ者もそうでない者も彼に心からの忠誠を誓っている。
「彼に注意を払う必要がある。彼の選択によって、魔法界の行く末は大きく変わる筈じゃ」
「……まだ、学生の身ですよ?」
「彼は既に多くの者の心を掌握しておる。ハリーの心も……。今や、あの子は他の誰の言葉よりもドラコ・マルフォイの言葉を重要視しておる。シリウスの無罪を証明した事が決定的だった。彼がヴォルデモートに傅けば、生徒達の多くが彼に続こうとするじゃろう」
「まさか……」
「……彼が見た目通りの品行方正な学生である事を願いたいのう」
 スネイプはダンブルドアの言葉に心を揺さぶられていた。
 あのダンブルドアがここまで明確に危険視する存在など限られている。
 その理由が分からない。ドラコは誰からも愛される魅力的な少年だ。ダンブルドアがわざわざ監視するよう命じた理由が分からない程、悪しき点など見当たらなかった。
 だが、ダンブルドアはドラコがまるで第二のヴォルデモートになるのではないかと恐れている節すらある。
 だが、知的で他者を思い遣る心を持ち、多くの崇拝を寄せられる姿はヴォルデモートなどよりもむしろ……、ダンブルドアを想起させる。
「……なるほど」
 やっと、ダンブルドアが警戒している理由が分かった。
 恐らく、他の誰が同じ疑問を抱いても答えは得られなかっただろう。
 だが、スネイプはダンブルドアという人物の本当の姿を知っている。
 善を為すためなら、どこまでも冷酷になれる非情さ。
 目的の為なら手段を選ばない彼の在り方。その危険性……。
 スネイプは冷や汗を流しながら呟いた。
「……それは危険ですね」

第三話「復活」

 事件はクィディッチ・ワールドカップが始まる前日に起きた。
 日刊預言者新聞の一面に『クィディッチ・ワールドカップの会場に闇の印現る!』という見出しが踊っている。
 僕が手に入れたチケットは当日会場に向かえば問題無く、その頃はハリーの新居でボードゲームを楽しんでいた。
 初めは父上を始めとした死喰い人の残党が原作のように悪巫山戯でもしたのかと思った。
 その考えが間違いである事に気付いたのは両親からの緊急の呼び出しを受けた時だった。
 不安そうな表情を浮かべる友人達に安心するよう説き伏せてから屋敷に戻ると、両親は血相を変えた様子で僕を抱き締めた。
「ああ、よく我慢した。浮かれて、必要も無いのに数日前から会場周りのテント村で寝起きしている馬鹿者共とは大違いだ!」
「な、何があったのですか?」
 僕が目を白黒させて聞くと、父上は青褪めた表情で言った。
「あの方が戻られた……」

◇◆◇

 まるで一匹の竜が暴れ回っているような光景だった。
 燃え盛る炎が大地を蹂躙し、逃げ惑う人々の命を刈り取っていく。
 その様を見ながら、一人の男が笑う。
――――これは祝福の火。あの方の復活を祝う狼煙。
 まだ二十にも満たない歳の青年の心は歓喜に打ち震えていた。
 
 数日前、クィディッチ・ワールドカップの観戦の為にテント村で寝泊まりしていた彼は奇妙な夢を見た。
 自らを誘う声。闇の中から自らに手を伸ばしてくる手。赤い瞳。
 その声を聞くだけで脳髄が蕩けるような快感を覚えた。その瞳を見つめるだけで心が沸き立った。
 伸びて来る手に向かって手を伸ばす。往年の友と再会したかのような錯覚を覚える。固く握手を交わすと彼は突然目を覚ました。
 深い森の中。遠くで会場の喧騒が聞こえる。
『君を待っていた』
 甘美な声が響く。生まれてこの方、聞いた事のない極上の声。
 有名なオペラ歌手や恋人の声など比べ物にならない。まるで、鼓膜を愛撫されたかのよう。
『私は君に会いたかった』
 その言葉を聞いた瞬間、彼はまるで人生で初めて褒められたかのような喜びを感じた。
『私には君の力が必要だ』
 生まれたばかりの赤子が母乳を求めるように、
 砂漠を彷徨う遭難者が水を求めるように、
 薬物中毒者が麻薬を求めるように、
 彼は声の主の力になりたいと願った。
 まるで、それこそが自らの生きる理由であるかのように……。
『ウィリアム。ウィリアム・ベル。私の名を覚えているか?』
「……ヴォルデモート卿」
 それは彼にとっても予想外の事だった。聞かれた瞬間、当然のことのように答えていた。
 大の大人ですら恐れ戦く恐怖の代名詞。嘗て、世界を混沌に陥れた魔王。闇の帝王・ヴォルデモート。
 何故、目の前の存在が彼である事を確信出来たのか、彼自身も理解出来ない。
 彼は至って普通の家庭で育った。家族はもちろん、親戚や友人に死喰い人だった経歴を持つ人間は一人もいない。闇の魔術に触れた事もない。
 なのに、彼は敬愛すべき人物として、ヴォルデモートを知っていた。まるで、往年の友と再会したかのような奇妙な感覚。
『私の手足となるのだ、ウィリアム。私を助けるのだ』
 些細な疑問などその言葉の前では無意味だった。
 彼の心は既に帝王に支配されている。
 帝王は知っていた。分霊箱という命のストックがあるとはいえ、万が一、命を落とした時、復活は容易で無いだろう事を。
 帝王に真の忠誠を誓う者はアズカバンに収容され、そうでない者は自らの身の安全を優先する。故に仕掛けを施した。
 帝王が最盛を誇っていた時期、幾人かの妊婦に呪いを掛けたのだ。その赤ん坊の魂を穢す呪い。帝王が望まぬ限り、本人ですら自覚出来ない一つの思想を植え付けた。
 ダンブルドアの目につかないよう、闇の陣営でも不死鳥の騎士団でもない有象無象の中から選んだ家の赤ん坊。その一人が彼だった。
 上手くいくかは賭けだった。仕掛けはあくまで試験的なもので、一度結果を確認するつもりだった。だが、その前にハリー・ポッターによって滅ぼされてしまった。
 その上、呪いの影響によって多くの赤ん坊が死産していた。生き残っていたのはウィリアムただ一人。その彼に呪いが正しく作用しているかどうか分からなかった。
 だが、賭けは成功。完全なる無垢の状態に刻み込んだ帝王への忠誠心は成長し、多くの経験を積み、確固たる人格を形成した今尚、彼の心の奥底に潜んでいた。

 帝王は復活した。彼が帝王の指示に従い、復活させた。
 そして……、壊れた。
 呪いは帝王が想定していた以上の効果を発揮した。
 無色透明な水に黒いインクの詰まったカプセルを入れたとしよう。
 時が経つにつれ、|水《こころ》には経験という名の様々な色が溶けこんでいく。だが、一度黒が混ざれば、全ての色が失われる。
 水は黒一色となる。
 ヴォルデモートに対する狂信的な忠誠は帝王の復活に役立った事で暴走してしまった。
 それが目の前に広がる光景だ。
 獣の姿を象る炎が会場近くのマグルの村を燃やしていく。
 その魔法の名は『悪霊の火』。
 水では消えない闇の魔術が生み出す業火。
 彼が村を燃やした理由は単純。マグルを殺せば帝王が喜ぶと思ったからだ。
 彼は笑う。
「褒めてくれますか、帝王よ! ああ、また私はあなたの役に立った! あはッ! アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
 そして、彼自身も炎の中に呑み込まれていく。
 目の前に炎が迫ってきても彼は逃げなかった。当然働くべき自衛の思考すら失われていたのだ。
 その光景を帝王は遠くからつまらなそうに見つめていた。天に自らの印を刻みながら……。

◇◆◇
 
「戻って来たって……、それは」
「闇の帝王が戻られたのだ」
 僕の思い違いであるという微かな希望は打ち破られた。
 刹那の間、僕の脳裏に最悪の光景が浮かんだ。
 帝王にハリーを差し出すよう命じられる光景。拒否すれば殺される。
 なら、取るべき選択肢は一つ。ハリーを差し出すのは論外だ。それは狼に羊を渡すようなもの。
「父上……」
 けど、問題がある。リジーを使えば万が一の場合でも僕は逃げられるけど、両親は別だ。
 父上と母上が殺される。そんな事は容認出来ない。
 ハリーも父上も母上もみんな僕のものだ。
 だから、万が一を起こさない為に思考しなければならない。ヴォルデモートを排除する方法を考えなければいけない。
 手っ取り早い方法はシグレを呼び出す事。既に実験で可能である事は分かっている。
 それにマリアを使えばヤツが魔法を使うより先に奴の杖を奪える筈だ。どんなに短い呪文でも唱えきるまでに一秒以上はかかる。それだけの時間があればマリアなら三度は殺せる。
 そこまで思考した所で父上が口を開いた。
「ドラコ。帝王は大層喜ばれていた」
「……ハリーの事?」
 父上は口元を歪ませた。
「聡い子だ」
「献上しろと……?」
 僕の言葉の刺に気がついたのか、父上は慌てたように首を横に振った。
「慌てるな、ドラコ。そうではない。帝王はハリー・ポッターを手懐けたお前の手腕に感動されていた。かの御方はハリー・ポッターの事をお前に任せると言われたのだ」
 まるでそれが誇らしい事かのように父上は言った。
 些か予想外だ。帝王がハリーを軽んじる筈がない。あの予言の事もあるし……いや、知らないのか?
 原作では五巻の時にわざわざ予言を手に入れようと動いていた。ある程度の内容は知っていても、完全に把握しているわけではないのかもしれない。
 片方が生きていれば、片方は生きられない。帝王が復活を果たした以上、いずれどちらかの命が潰える。それは決定された運命。
 だが、それを知らなかったら? 一年の時、クィレルの対応を完全にダンブルドア任せにした事で帝王はそもそもハリーがどうやって己を滅ぼす事が出来たのかも現段階で分かっていない可能性が高い。
 だから、ハリーを警戒している。そして、なんとか味方に引き入れたいと願っている。その為に一番リスクが少なく、可能性の高い方法を取っているとしたら……。
「父上。僕は帝王に謁見しなくてもよろしいのですか?」
「そ、それは……いや、身の程を弁えよ。お前如きが帝王に謁見を許される筈が無かろう。引き続き、帝王の期待に応え、ハリー・ポッターを籠絡するのだ。それがお前の為すべき使命であると心得よ」
 厳しく言い聞かせているつもりなのだろうが、僕からすれば本音が駄々漏れだ。
 父上は僕をヴォルデモートに会わせたくないと思っている。僕を心配しているのか、それとも別の理由か、そこは定かじゃないけど、それならそれで好都合だ。
 まだ、準備には時間が掛かる。完璧な状態でヴォルデモートを返り討ちにする準備には……。
「分かりました、父上。帝王と父上の御期待に沿えるよう精進致します」
「ああ、それで良い」
 今は我慢の時だ。父上をヤツが好き勝手に使うのを……、僕のものを弄ぶ事を許そう。
 だが、最後にはその代償を必ず支払ってもらう。
 その間はしっぽを幾らでも振ってやる。

第二話「真実を求める者達Ⅲ」

 歴史ある名門私立『スメルティングズ男子校』に入学して、初めて感じた事は違和感だった。
 勉学に勤しみ、友人と語り合い、夢を見る事が当たり前とのたまう同世代の少年達に俺は少なからず衝撃を受けていた。
 明日食べるご飯の心配をした事など一度も無い。幸福である事が当たり前の者達。
 今までの自分の人生と比べ、あまりにも恵まれた環境で生きる彼らの輪に溶け込むのはまるで泥沼に浸かるみたいな気持ちの悪い感触だった。
 だけど、俺には為すべき使命がある。レオの下で学んだ社会の中で生きる為の|礼儀《じんかく》で何もかも正反対な奴らに取り入り、それなりの友好関係を築けるまでに一ヶ月を要した。
 その日々の中でダドリー・ダーズリーについて色々な噂が耳に入って来た。
 どうやら、相当な悪童らしい。実際、遠目で何度かその姿を見かけたが、驚く程の肥満体質だった。その上、底意地の悪い乱暴者らしく、よく非力な生徒を虐めて喜んでいるらしい。
 ヤツと接触するのは中々骨が折れそうだ。いろんな意味で……。
「とりあえず……」
 俺はヤツが参加しているボクシングのジムに入る事にした。
 これが一番手っ取り早い。同じジムにいれば嫌でも言葉を交わす機会が生まれる筈。
 そこでハリー・ポッターの事を聞き出す。
 それで任務は終了だ。

 あまり、ここには長居していたくない。
 幸せそうに生きる同級生達が羨ましくなってしまう。
 親しげに接してくる友人達に囲まれて、居心地が良く感じてしまう。
 それはダメだ。俺はマリアを見つけて助けださなければいけない。こんな所にいてはいけない。

 ボクシングのジムでダドリーを間近で見ると、奴は本当にデカかった。
 俺もここ数年で一気に身長が伸び、筋肉もついてきたが奴は縦にも横にも只管デカい。
 困った事にガタイの差はそのままクラスの違いになっている。ライト級の俺ではヘビー級のヤツと同じ訓練が出来ないのだ。
 とは言え、あんな巨体になる気は無いし、なれるとも思わない。
 全くの他人から身内の話を聞けるくらい深い関係にならないといけないんだ。焦りは禁物。
 慎重に……それでも、迅速にヤツにとりいる。その為にはヤツと一勝負する必要がある。
 方法は一つ。
 ヘビー級であるヤツと戦うにはライト級の王者となって、ヤツの感心を引き、勝負の場に引きずり出す以外に道は無い。
「っていうわけで俺にボクシングを教えてくれ」
「……ジムで教えてもらえよ」
「ジムでも学ぶさ! けど、手っ取り早く王者になるにはどうしても経験が足りないんだ。だから、ジムの誰よりも強いアンタに稽古をつけてもらいたいんだ!」
 俺の言葉にリズは大きな溜息を零した。
「フェイロンやロドリゲスに稽古を頼めばいいだろ。女のアタシよかよっぽど役に立つぞ」
「アイツらよりアンタの方が強いだろ!」
「……仮にも乙女に向かって、そういう事を言うもんじゃ――――」
「ジョークは後にしてくれ! 俺は一刻も早くアイツと戦わないと……って、リズ?」
 そこに阿修羅が立っていた。
 俺は何かまずい事でも言ったのだろうか? リズは憤怒の表情を浮かべていた。スカーフェイスの彼女がそんな表情を浮かべると本気で怖い。
「……何がジョークだって? アタシが乙女ってのがそんなにおかしな事か? あ?」
「いや、さっきのは言葉の綾っていうか……」
「いいだろう。稽古をつけてやる」
「あ、いや……やっぱり、フェイロンかロドリゲスにでも……」
「遠慮するなよ、ジェイク」
 リズは笑みを浮かべながら言った。
 実に不思議だ。微笑みとは本来安心感を相手に与える|表情《もの》である筈。
 なのに、彼女の笑顔に俺は今、底知れない恐怖を感じている。
 本能が警鐘を鳴らしている。

――――俺、殺されるかもしれない。

 逃げ出そうとした所を掴まれた。
「ヘイ……。ヘイ、ジェイク。デートに誘ったのはそっちだろ? 女をほっぽり出して行こうなんざ、男のする事じゃーないよな?」
「はいはい、そこまでだ。あんまり、ジェイクを虐めるなよ」
「フェイロン!」
 リズから俺を引き離してくれたのは部屋に入って来たフェイロンだった。
「けどな、ジェイク。お前もあんまりデリカシーの無い事を言うのは慎むようにしろ。学校生活にも支障が出るぞ」
「お、おう……」
 マフィアの元幹部のくせにフェイロンは実に常識的な事を口にした。
「テメェ、聞いてたのかよ……」
「途中からな。あんまり喧嘩するなよ? ファミリーが仲違いする事程哀しい事はない」
 その言葉に俺とリズは押し黙った。
 フェイロンの昔のファミリー……マフィアは彼が居ない間に突然殺し合いを始めた。
 理由は定かじゃない。ただ、彼らが殺し合う映像が残されていて、その中で彼らは叫んでいた。
『もうやめてくれ!!』
『どうしたっていうんだ!?』
『体が勝手に動く……、なんなんだこれは!?』
『嫌だ嫌だ嫌だ!!』
『逃げろ!!』
 彼らは一様にして正気だった。正気のまま、望まぬ殺し合いをしていた。
 そのあまりにも異常な光景こそ、フェイロンがこの探偵事務所に参加した理由。
 彼が仲間同士の争いを嫌う理由の重さを知るが故に俺達は押し黙った。
「湿気た空気だな、おい! まーた、暗い話でもしてたんだろ!」
 沈黙を打ち破ったのは外回りの多いアレックス・ロドリゲスだった。
 いつもサングラスをしている陽気な黒人だ。元々はアメリカのスラムで育ったらしく、同じスラム育ち同士で色々と話が合う。
 俺が正式に所員になるまでマリアの事を探してくれていた内の一人だ。今も仕事の合間に色々な場所へ飛び回り、情報を集めてくれている。
 どれもそっくりの別人っていうオチばっかりだけど、それでもありがたい。
「いいところに来たな、ロドリゲス。ジェイクに稽古をつけてやりな。ボクシングで最強を目指すんだとよ」
「はぁ? なんでまた!?」
 サングラスがずり落ちる程驚くロドリゲス。
「話が飛び過ぎだ。それに、ジェイクに頼まれたのは君だろ、リズ」
「……アタシじゃ壊しちまうかもしれないだろ」
 昏い顔で言うリズにフェイロンは「そうか」とだけ言って、彼女が出て行くのを引き止めなかった。
 彼女はずば抜けた身体能力を持っている。普段は抑えているけど、本気を出せば人外染みた動きが可能だ。
 その力が彼女の制御を外れた時、人間など単なる血の詰まった風船と化す。
「リズ……」
「アイツはトラウマを山盛り抱えてやがるからなぁ。まあ、あんまり気にしてやんな! 逆にトラウマ抉る事になっちまう」
「……わかった」
 ロドリゲスはリズをここに連れて来た男だ。彼女の過去を一番よく知っている。
 彼がそう言うなら、俺は従うまでだ。
「それより、稽古ってのは何の話だ?」
「ああ、実は――――」
 俺がボクシングのジムに入った流れと目的を話すとロドリゲスは大笑いした。
「確かにそうだな! 一発でダチになれる最善の方法だぜ! しかし、探偵の調査で対象と殴り合うとか、なんつーぶっとんだ発想だよ、おい!」
「そ、そんなにぶっとんでたか?」
「いや、最高だぜ。そういう事なら任せな。これでもボクシングはガキの頃から嗜んできたからな。しっかり仕込んでやれるぜ」
「サンキュー。頼むよ」
「ヘッヘー! ガキの頃を思い出すな。ダチと一緒にチラシでポーズ取ってるチャンピオンのベルトを腰に巻いてみせるって息巻いていたもんだぜ」
「ダチって、例の?」
「おう。俺の探しているヤツさ」
 ロドリゲスは俺ととても良く似ている。
 ここに参加した理由もスラムから突然居なくなった友達を見つける為だ。
 兄弟のように仲が良かったらしく、事ある毎に彼はその友達の事を話題に出す。
「ビシバシ鍛えていくからな! 覚悟しとけよ?」
「おう!」

第一話「新生活」

 キングス・クロス駅から徒歩で二十分。グリモールド・プレイス十二番地に普通の人の目には見えない秘密の屋敷がある。
 そこが僕の新しい家。
 二週間前、シリウスと出会い、正式な養子になる為の手続きを行った。色々と面倒な手順を踏む必要があったけど、なんとか全てを終える事が出来た。
 ダーズリー家には一度だけ挨拶する為に帰ったけど、僕がシリウスの養子になる事を告げると「せいせいする」の一言だけだった。
 初めて訪れたブラック邸はかなり荒れていた。十年近く放置されていたせいだ。
 掃除をしようにも下手に触れると呪いの掛かる物や屋敷しもべ妖精の生首を剥製にしたものなど、一筋縄ではいかないものばかりで生活出来るように環境が整うまで丸一週間もかかった。
 その間、僕達はルーピン先生の家に泊まった。先生はシリウスやパパと学生時代よく行動を共にした仲らしい。先生の家に厄介になっている間、僕は二人から両親との思い出話をこれでもかというくらい聞かせてもらった。どうやら、パパは思っていたよりもずっとワイルドな人だったみたい。
 僕からも今までの十四年間で起きた事を簡単に説明した。自分の身の上話を家族にするのは実に不思議な気分だった。
 ダーズリー夫妻は僕の学校生活に欠片も興味を示さなかったから……。
 その過程でシリウスが僕の友人関係に懸念を抱いている事が分かった。そもそも、寮がスリザリンである事にも不安を抱いている。
 一時は決定的な亀裂が入り掛けた程だ。
 折角家族になれた僕達に早々訪れた危機を救ってくれたのは他でもないドラコだった。屋敷の清掃を手伝いに来てくれた彼がシリウスを説得してくれた。
 シリウスも無罪証明の立役者であるドラコ本人には強く出れないみたいで説得に折れるまでに一時間も掛からなかった。
 フリッカ達も手伝いに来てくれて、彼らの人となりを見て、シリウスもやがて自分を恥じ、友人関係に茶々を入れてしまった事を謝ってくれた。
 調度品の一部を売り捌いたり、特に手の施しようのない物をダンブルドアの力を借りて処分したりと大忙しの一週間を乗り越えた後、シリウスはすっかりドラコ達を気に入るようになっていた。
 当然の事だと思う。だって、彼らはみな、僕の素敵な友人達なのだから。

 新生活がはじまって直ぐ、僕はある事に気がついた。
 シリウスに家事を任せてはいけない。
 彼は一言で言うと子供のまま大人になってしまった人だ。自分で言ってて酷いと思うけど、実に的を射ていると思う。
 興味のある事には凄い集中力を発揮するけど、興味のない事……例えば、料理や掃除は適当にやろうとする。
 彼に掃除を任せた部屋は埃を軽く払っただけで水拭きすらしていなかったし、料理は味付けすらまともにしていない具材を焼いただけのものをまな板に乗せて直接食卓に置いた。
 その一件以来、家事は完全に僕の担当になった。ほんのちょっとだけ、料理や掃除の指導をしてくれたペチュニア叔母さんに感謝しながら、今日も朝ごはんを作っている。
 夏休みの間は大丈夫だけど、学校が始まったらシリウスは一人で生活出来るのだろうか? 最近、その事ばかり心配している。
 家族が出来ると無邪気に喜んでいた頃が懐かしい。義父が出来たというより、体ばっかり大きくて手の掛かる子供が出来てしまったみたいだ。
「悪い気分じゃないんだけどね……」
 新品の包丁で野菜を切り、湯だった鍋に落としていく。
 魔法を使った料理は難易度が高過ぎて手が出なかった。
 料理の為に色々な道具や材料を適度に動かすのは相当な集中力と経験が必要でドラコでさえお手上げ。僕達の中だと出来るのはフリッカだけだ。
 料理の仕上げに取り掛かっていると、シリウスがリビングに入って来た。
「うーん、いい匂いだ」
「おはよう、シリウス。朝ごはんはスープとスクランブルエッグだよ」
「ああ、ハリーの料理はこの世で何よりも美味い! 生きてて良かったと心から思うよ!」
「……あはは。手を洗って、うがいをしてきてね。後、ヒゲもちゃんと剃らなきゃだめだよ?」
「オーケイ。ハリーは本当に母親似の性格だな。リリーもいつも……」
「その話は十回目だよ、シリウス。いいから、早くして! もう、出来るから!」
「アイアイサー!」
 やれやれと肩を竦めながらエプロンを取る。すると、コンコンという音が鳴った。
 窓の外に見慣れたフクロウがいる。
「ヘドウィグ!」
 ハグリッドに買ってもらったシロフクロウはいつも完璧な仕事をしてくれる。
 足に括りつけられている手紙を解くと、ドラコからのメッセージが記されていた。
「わーお!」
「ん? どうしたんだ?」
 手洗いうがいを終えたシリウスが丁度戻って来た。
 僕は手紙を彼に見せる。
「見てよ! ドラコがクィディッチ・ワールドカップのチケットを手に入れてくれたんだ! シリウスの分もあるよ!」
「オーマイガー!」
 シリウスはひっくり返ってしまった。あまりのオーバーリアクションにドン引きしながら恐る恐る声を掛けるとガバリと起き上がり、僕から手紙を奪い取る。
「イヤッホー! やはり、持つべきものは友だな! さすが、ドラコ・マルフォイだ!」
 2週間前の自分のセリフを思い出してからもう一回言ってみろ。思わず声に出しそうになり、必死に深呼吸をする。
『マルフォイ家の子だって!? ハリー! マルフォイは邪悪の代名詞と言っても過言じゃない悪辣な一族だ。悪いことは言わないから付き合う相手を選んだほうが良い!』
 あの時は大喧嘩だった。ドラコが仲裁に入らなかったら、僕達の新生活は始まる前に終わるところだった。
 本当に仕方のない人だ。
 子供みたいにはしゃぎ回るシリウスを落ち着かせるのに結局三十分も掛かり、僕は朝食を温め直さなければならなかった。
 シュンとする義父に慰めの言葉は掛けない。たまにはちゃんと叱らないと分からない人だからね。
 心を鬼にする決意を固めて朝食を並べていく。
「……そう言えば、シリウスは贔屓のクィディッチ・チームってあるの?」
 決意は五分で崩れた。どんどん萎んでいくシリウスに僕が根負けしてしまった。
 話しかけると、まるでご主人に構ってもらう犬みたいに嬉しそうな顔をするものだから堪らない。
 朝食を食べながらシリウスのクィディッチ談義を聞き、クィディッチ・ワールドカップに思いを馳せる。
 世界中からやって来る刺客達に我が国が誇る公式チームは勝てるだろうか?
 朝食後はダンと共に買い漁ったクィディッチ専門雑誌を開き、二人であれこれと議論を交わした。
 たまらなく幸せな時間が過ぎていく。
 

 手に入った。
 ハリーの新居であるブラック邸に清掃の手伝いを申し出た目的は二つ。
 一つは当然、ハリーにより良い新生活を送ってもらうため。
 残り一つはブラック邸にある分霊箱だ。
 もっとも、盗み出したわけじゃない。
 あそこにはブラック家そのものに仕えている屋敷しもべ妖精がいるから盗み出したりしたら直ぐにバレてしまう。
 だから、僕は堂々と分霊箱である『サラザール・スリザリンのロケット』を『手の施しようのない闇の魔術品』のところに投げ込んだ。
 後で、これらはダンブルドアに処分を依頼する予定になっている。
 ダンブルドアは今、ニワトコの杖を所有している。あの杖で死の呪文を唱えれば分霊箱に封じられている魂の一部を完全に消滅させる事が出来る筈だから、後は任せておけばいい。
 2週間前に見た夢。ヴォルデモートは復活を企み、行動を起こそうとしていた。
 賭けに出ると言っていたが、具体的な事が分からないまま同調が切れてしまった事が悔やまれる。
 何かが起きるとしたらクィディッチ・ワールドカップか三大魔法学校対抗試合だろう。
 ピーターが居ない以上、ヴォルデモートも三大魔法学校対抗試合の情報は掴んでいないかもしれないから、本命はワールドカップの方だ。
 警戒しておくべきだろう。
 いずれにせよ、時が迫っている。

第十二話「真実を求める者達Ⅱ」

 1989年、短いスパンの間に総勢五百人を超える人間が忽然と姿を晦ました。警察の捜査員が千人以上も投入されたにも関わらず、目撃情報や手掛かりになるような痕跡が一切見つからないまま捜査終了の命令が下り、迷宮入りとなった空前絶後の大事件だ。
 捜査員の中には命令に反発して独自の調査を進める者も大勢居たが、彼らはある時ふらりと行方を晦まし、戻って来た時には事件の事に酷く無関心となっていた。その変心振りはあまりにも恐ろしく、同じ事が数件も続くと、情熱を燃やしていた捜査員達の多くが無念を抱いたまま調査を終えた。
 レオ・マクレガー警視長はそうした捜査員達がまとめた資料をこっそりと集めて保管した。三年後、引退する日まで他の者達に倣って――余計な事に首を突っ込まない――真面目な警察官を演じ続けた。
 そして、引退後に友人のジョナサン・マクレーンを巻き込んで探偵事務所を開業した。
 この世の『真実』を暴く為に……。

 グリニッジの警察署で偶然出会ったフレデリック・ベインという男に導かれ、レオ・マクレガー探偵事務所で世話になるようになって丁度一年が経った。
 表向きは一般的な探偵事務所。猫探しから不倫調査まで何でも手広く請け負っている。
 その裏の顔は世に蔓延る常識では計り知れない事象の調査を行う秘密結社。
 まるで、バットマンかスーパーマンみたいなファンタジックな場所。それ故に所員も癖のある人物ばかりだ。
 ソファーで寛いでいる東洋人はワン・フェイロン。元は中国マフィアの一員だったらしいが、とある事件を切っ掛けに組織が壊滅し、その原因を探る為にこの事務所に所属している。いつも穏やかな笑みを浮かべているが、目がまったく笑っていない。この事務所に密かに持ち込まれている銃火器は彼がマフィア時代の伝を使って入手している。
 テレビを見ながらお菓子を摘んでいる男はマイケル・ミラー。元傭兵で『俺はドラゴンを見た事があるんだ』というのが口癖の変人だ。
 窓際の席で机に足を投げ出し、タバコを吸っている金髪の女はリーゼリット・ヴァレンタイン。十年程前、家に押し入った何者かに家族を皆殺しにされ、その犯人を追うためにここにいる。顔には大きな傷跡があり、初対面では思わずビビッてしまった。彼女には特別な才能がある。身体能力がずば抜けているのだ。それこそ、オリンピックに出場したらどんな競技でも金メダルを掻っ攫っていける程。視力もあり得ないくらいよく、本気を出せば彼女の目は三キロ先の米粒に書いてある文字が読めるという。
 今現在、事務所にいるのは所長であるレオと俺を除けばこの三人だけだが、他にも四人いる。彼らも負けず劣らず変人揃いだ。
 よく、こんな濃いメンバーを集められたなと感心する。
「ジェイク。腹減った」
 リズがタバコの火を消しながら言った。
「ハンバーガーが食いたい。十分以内でダッシュだ、オーケー?」
 フレデリックと出会った時は希望に満ち溢れていた。同じ志を持つ仲間達と直ぐにマリアを助け出す事が出来る筈だ……、と。
 現実は非情だ。ここでの俺の仕事は所員達の使いっ走り。十三歳のガキに出来る事なんて何もねーって言いやがる。
 それでもここに居座っているのは――腹が立つが――ここに居ることがマリアの行方を掴む一番の近道になると理解しているからだ。
「フェイロンとミラーは?」
「チーズバーガーとオレンジジュースを頼む」
「俺はコーラとポテト! あと、チーズバーガーのダブル」
 俺が言うのもなんだけど、ガキみたいなチョイスだ。マフィアの元幹部や元傭兵がハンバーガーとジュースって……。
「別にバーガーショップ以外でもいいけど?」
「チーズバーガーだ。それ以外はいらん」
「とりあえずポテトだ。あと、ヤツによろしく言っておいてくれ!」
「あいよ」
 ミラーはバーガーショップのマスコットキャラクターであるあの不気味な道化師をいたく気に入っている。
 彼の部屋にはグッズが幾つもある。夜に見ると些か心臓に悪い。
「レオは?」
 所長室の方に声を掛けると、レオもチーズバーガーと答えた。
「チーズバーガー大好き倶楽部に改名しちまえよ、この事務所」
「いいな、それ!」
「……いってきまーす」
 ミラーが食いついてきたけど、面倒だから無視して事務所を出る。
 バーガーショップは直ぐ近所にある。入り口の道化師に簡単に挨拶してから中に入るといつもの店員が愛想の良い笑みを浮かべた。
「よお、ジェイク! また、チーズバーガーかい?」
「俺の好物みたいに言うな! あのチーズバーガー大好き倶楽部の奴らに頼まれたんだよ!」
「あっはっは! いいねー、チーズバーガー大好き倶楽部か! 確かにいっつもチーズバーガーばっかりだもんね!」
「あいつら、絶対高コレステロールが原因で死ぬな、間違いない」
「おやおや、随分と難しい言葉を使うようになったね!」
「馬鹿にしてんのか!!」
 この一年間、使いっ走り以外の時間はすべて勉強に充てている。
 レオが言ったのだ。
『お前に必要なものは知識と礼節だ。その二つが無ければいつまで経っても恋人の下には辿り着けん』
 俺に必要な知識と礼節が身に付くまで、調査には参加させてくれない。そう断言して来た時には事務所を飛び出そうかと思ったが、俺が真面目に勉強している限り、代わりに他のメンバーがマリアの居場所を探ってくれると約束してくれたから何とか踏み止まった。
 今、事務所にいない四人の内、二人はマリアの居場所を探してくれている。結果は芳しくないが、顔を合わせる度に必ず見つけると約束してくれるから信じる事にしている。
 もう読み書きや足し算掛け算はマスターしたし、事務所の本を何冊も読破した。
 十四歳の誕生日が来たら、本格的に調査に協力させてくれる許可も出た。
「俺はレオ・マクレガー探偵事務所の所員だぜ! このくらいの常識、知ってて当然だろ!」
「そうだったねー。よーし、今日はお詫びにナゲットをプレゼントしよう!」
「マジ!? やったー!」
 誕生日まで、後三日。漸く、始められる。

 瞬く間に時間が過ぎた。誕生日、俺はレオから正式な所員としての証である社員証を貰った。
 他にもフェイロンからは護身用のスタンガンや特殊警棒をプレゼントされ、リズからは何故か妹の写真を貰った。
「可愛いだろ? 生きてればお前と同い年になっていた筈なんだ」
「ふーん」
 確かに可愛いと思う。リズをそのまま幼くして、顔から傷跡を取り払った顔立ち。
 愛らしい笑みを浮かべながら今の俺と同い年くらいのリズに抱きついている。
 幸せそうだ、二人共……。
「どうして、俺に?」
「私の元気の源だからな、お裾分けってヤツさ。どうしても辛かったり、苦しかったりする時はその写真を見て元気を出しな」
「お、おう……」
 俺にとっては話した事どころか会った事すらない他人なんだけどな……。
「名前は何て言うんだ?」
「フレデリカだ。フレデリカ・ヴァレンタイン」
「フレデリカか……」
 この子はもう死んでいる。殺されたのだ。 
 俺はレオに買ってもらった財布の中に彼女の写真を仕舞った。
 折り目一つつかないように慎重に……。
「ジェイク」
 財布をポケットに仕舞うと、レオが声を掛けてきた。
 白髪が目立ち始めているけど、六十五歳とは思えないくらい若々しい。
「九月からお前には学校に行ってもらう」
 一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「が、学校!? 俺を正式な所員にしてくれる約束だろ!!」
「ああ、そのつもりだ」
「なら、なんで……」
 ショックだった。明日からいよいよマリア探しを開始出来ると信じていたのに、あんまりだ。
「勘違いするな。これも調査の一環だ」
「学校に通うことのどこが調査なんだよ!!」
 俺が怒鳴ると、レオは表情を引き締めながら言った。
「お前にしか出来ない調査だ。ダドリー・ダーズリーという若者と接触しろ」
「ダドリー・ダーズリー……?」
 知らない名前だ。
「彼から義弟である『ハリー・ポッター』の事を聞き出すんだ」
「だ、誰だよ、ハリー・ポッターって……」
 レオは言った。
「十三年前の事だ。街中に謎の集団が姿を現した」
 十三年前という単語に心臓が高鳴った。
 確か、フレデリックが言っていた村人の集団失踪事件が起きた年だ。
「高速道路。ロンドンのメインストリート。繁華街。ところ構わず、奴らは大騒ぎをしていた。ローブを身に纏い、明らかに人智を超えた奇跡を国中で巻き起こした。情報統制が行われ、記録はあまり残っていないが一連の騒ぎは俗に『ワルプルギスの夜』と呼ばれている」
「ワルプル……なんだって?」
「ワルプルギスの夜。本来は寒季から暖季に移り変わる境目の時期に行われる古代ケルトの慰霊祭だが、この場合は意味合いが少し異なる。『魔女の饗宴』という意味合いで名付けられた」
「魔女の饗宴……?」
「その日は実に奇妙な一日だった。昼間から空をフクロウが飛び交い、ローブやマントを身に付けた者達が至る所で同じ話題を囁き合う。ケント、ヨークシャー、ダンディー州では流れ星の土砂降りだ」
「囁き合うって、どんな内容を?」
「『例のあの人』がいなくなった。マグルも魔法使いも今宵は関係ない。みんなで喜ぼう。みんなで祝おう。帝王を滅ぼした赤ん坊、生き残った男の子、ジェームズとリリーの息子、ハリー・ポッター万歳!」
 レオは言った。
「私は長年、このハリー・ポッターという人物を探し続けてきた。この国にハリー・ポッターという名前の人間は少なくなかったが、その中で十三年前赤ん坊だった者で母親がリリーという名の人物を漸く見つけ出す事が出来た。彼の事を知る事が十三年前の事件の真実を知る大きな手掛かりとなる筈だ。そして、君の恋人の身に起きた不可思議な事態の解決の手掛かりにも……」
 漸く、話が繋がった。そういう事なら学校にでも何でも通ってやる。
「分かったよ、レオ。そのダドリーってヤツからハリー・ポッターの事を聞き出せばいいんだね」
「そうだ。だが、慎重に動け」
「あいよ! 任せとけって、必ず手掛かりを掴んで来てやるからさ」
「ああ、期待している」
 ハリー・ポッター。漸く、足掛かりが見つかった。
 待っていろよ、マリア。必ず、お前の下に辿り着いてみせるからな!

第十一話「家族」

 薄暗い部屋。僕はふかふかの椅子に腰掛けている。
『……忌々しい』
 腸が煮えくり返る。賢者の石さえ手に入っていれば、今頃は肉体を完全な状態で蘇らせる事が出来たものを……、あの老いぼれめ。
 どうにかして、手駒を手に入れなければならない。だが、どうやって?
 ルシウスを始め、配下達の内でアズカバンへの収監を免れた者達は信用出来ない。
 今の私はあまりにも非力だ。奴らは私への忠誠よりも己の保身を優先させるだろう。
 だからこそ、今も呑気に過去を忘れて生きている。
『手駒が必要だ……』
 この哀れな状態の私にも忠誠を誓う従順な下僕が必要だ。
『一つ、賭けに出てみるか……』

 精神を殺した状態で魂の融合を行っても、こういう事が起きるのか……。
 僕は今、ヴォルデモートと意識を同調させていた。
 隣のベッドではハリーが同じ夢を見ているようで、傷口を抑えながら苦悶の声を上げている。
「ハリー。大丈夫かい?」
 肩を揺さぶり、強引に目を覚まさせる。
 ハッとした表情を浮かべて起き上がるハリーを抱き締める。
「大丈夫かい?」
「う、うん……」
 頭を優しく撫でてあげながら、僕はハリーが見た悪夢の内容を聞いた。
 やはりと言うべきか、内容は全く同じだった。薄暗い部屋の中で怒りを滾らせるヴォルデモートとの同調にハリーは酷く動揺している。
「大丈夫だよ、ハリー。僕がついてる。だから、安心するんだ」
「ドラコ……」
 僕はハリーの瞳をジッと覗き込んだ。不安を他の感情で払拭する。
 ハリーはのぼせたように頬を赤らめ、そっと目を伏せる。
 そんな彼の顔を両手で包み込み、少し強引に僕の目を見させる。
「ハリー。嫌な夢なんて忘れて、明日の事を考えよう。明日、シリウスが君に会いに来るんだ」
「シリウス……。僕の後見人……」
 シリウス・ブラックの無罪は無事に証明された。魔法省内でゴタゴタが起きたり、日刊預言者新聞に掲載された哀れな冤罪被害者のニュースに世間も沸き立ち、それが落ち着くまで待っていたら三年目が終わる直前になっていた。
 試験やクィディッチの試合も全て終わり、今年もスリザリンが圧勝した。
 闇祓いの介入やピーターの逮捕劇などもあったけど、概ね平和な一年となった。
「明日会ったら、いっぱいお話をするといい。彼は聞きたがる筈だよ」
「……僕はシリウスと暮らす事になるのかな?」
「君が望むならね。それが何よりも優先される筈さ。ただ、彼はきっと君を愛してくれる。他の誰よりもね」
「……そうかな?」
「不安かい?」
「だって、今まで一度も会ったことがないんだ。夏休みに君から言われるまで、そんな人が居る事自体知らなかったし……」
「ハリー……。君は僕の事をどう思う?」
「え……?」
「僕は君が大好きだよ。出会えて良かったと心から思っている。君のためならそれこそ何だって出来るくらい、君を想っているつもりさ」
「ド、ドラコ……」
「君はどう?」
「……えっと」
 ハリーは照れたように唸る。
「……僕も君の事が大好きだよ。知ってるだろ!? この世で誰が一番大切かを聞かれたら、迷わず君を選ぶくらい大事に思ってる!」
 嬉しくて頬が緩む。思い通りの言葉だったけど、それを実際に彼が言ってくれた事に心から喜びを感じている。
「だけど、僕達が出会ったのはほんの三年前さ」
「それは……」
「たった三年でも、これだけの絆を作れるんだ。だから、君とシリウスの絆だって直ぐに出来る筈だよ。シリウスは君を愛してくれる。後は君が愛してあげるだけなんだから」
「でも……」
「僕が保証する」
「ドラコが……?」
「どうしても不安なら、僕を信じればいい。僕を頼ればいい」
 僕は彼に微笑みかけた。
「いつだって、どこでだって、僕は必ず君を助ける。だから、ドンとぶつかってきなよ!」
「ドラコ……、うん」
 ハリーは漸く笑みを浮かべてくれた。
「君は僕のためにシリウス・ブラックの無実を証明してくれた」
「たまたまだけどね」
 僕の言葉を彼は全く信じていない。だけど、その表情に批難の色は一欠片も見えない。
「ありがとう、ドラコ。君が道を作ってくれた。なら、進む勇気くらいは持たなきゃね」
「……ハリー。君は幸せになるべきだ。その権利があるし、義務もある」
「義務?」
「君の御両親はきっと君の幸福を祈っていた筈だ。それに僕だって、君が幸せになれなきゃ嫌だ」
「あはは……、それは責任重大だなー」
「そうさ、君は僕らの願いを背負っているんだから、幸福にならなきゃいけない義務があるんだよ」
「……幸福にならなきゃいけないって言うけど、もう僕はとっくに幸福さ。僕も君に出会えて良かったよ、ドラコ」
「ハリー……」
 夜が更けていく。明日、ついに僕が待ち望んでいた日がやってくる。

 心臓が高鳴っている。今、僕はダンブルドア校長先生の部屋にいる。
「大丈夫だよ、ハリー」
 ドラコの微笑みには力がある。勇気を奮い立たせる聖なる力が。
 僕がどうしても一緒に居て欲しいと懇願すると、彼は「もちろん」と頷いてくれた。
 もうすぐ、ここに彼が来る。僕の家族となる人が……。
「来たようじゃな」
 ダンブルドアの言葉と共に扉がパッと開いた。そこに少し痩せ気味の男が立っていた。
「……シリウス……おじさん?」
 僕が呟くと、シリウスは涙を流しながら僕の下へ駆け寄ってきた。
「ハリー!! ハリー・ポッター!!」
 彼は僕の頬を両手で包み込むと、嗚咽を漏らしながら何度も僕の名前を呼んだ。
「ああ、ずっと会いたかった。ジェームズとリリーの息子。顔や髪はジェームズにそっくりだ……」
「でも、目はママにそっくり?」
 僕の言葉にシリウスは面食らった表情を浮かべ、やがて吹き出した。
「その通りだ! 誰の心も鎮めてしまう優しい瞳。紛うことなき、リリーの瞳だ」
 そう言うと、シリウスは表情を強張らせた。頬を紅潮させ、何度も咳払いをした。
「そ、そのだね。きょ、きょきょ、今日は君に提案があ、あ、あ、ある、あるんだけど……その、えっとな」
 ドラコは凄いと思う。彼の言葉はどんな奇跡も実現する。
 僕は初対面のシリウスの事が大好きになった。
「シリウス。僕、あなたの家族になりたい」
 先手を打たれたシリウスが口をあんぐりと開ける。そして、突然踊りだした。
「うっひゃーおおおうううう!! 聞いたか!? 聞いているか、みんな!! ああ、こんな素晴らしい事が待っていたなんて!! あああああああああ!! 報われたぞ!! 十三年、アズカバンで耐えていた甲斐があった!! うっひょおおおおお!! ハリーが!! ハリーが私の家族になるんだ!! 見ているか、ジェームズ!! リリー!! 私は絶対にハリーを幸せにするぞ!! 絶対に……絶対……」
 今度は泣き出してしまった。泣き喚きながら、彼は僕に必死に謝ってくる。
 彼の過去の過ち。ジェームズとリリーに秘密の守り人をピーターにするよう進言してしまった事を何度も地面に頭を擦りつけながら謝った。
 僕が何を言っても、泣きながら「ごめん。ごめんよ、ハリー」と……。
「ダーズリー家の事を聞いた!! 君を……辛い目に……グゥゥゥゥゥ。だが、もう誰にも君を傷つけさせんぞ!! 私が守る!! 私の人生全てを掛けて、君を幸福にしてみせるぞ!!」
 十三年間溜め込み続けてきた感情を一気に放出している。
 気がつくと、僕は涙を流していた。
 こんな人がいたんだ。
 僕の家族になりたいと心から願っている人。
 ドラコを見ると、彼は我が事のように嬉しそうな笑みを浮かべている。
 みんな、僕とシリウスが家族になる事を祝福してくれている。
 もう、理不尽な事を言われたり、暴力を振るわれたり、食事を抜かれる事なんて無いんだ。
 僕を愛してくれる人と一緒に暮らせるんだ。
「シリウス!!」
「な、なんだい、ハリー?」
「これから、よろしくお願いします!」
「……ああ、ああ!! よろしく頼むよ、ハリー。わ、わ、我が息子よ!!」
 シリウスは感極まった表情を浮かべながら僕を抱き締めた。あまりにも力強いハグに全身が痛くなるけど、僕は全く気にしなかった。
 むしろ、全身全霊で彼を感じたかった。
 三年目が終わりを迎えるこの日、僕は新しい家族を手に入れた。

第十話「解決」

「ス、スス、スキャバーズ!? え、なにこれ!?」
「えええええええええ!? マジか!? マジなのか!?」
「嘘だろ!?」
「おっさん!? スキャバーズ、おっさん!?」
「誰あれ!? いつの間にいたの!?」
「ピ、ピピ、ピーター!?」
「どっひゃー!?」
「ペ、ペティグリュー!? 生きとったんか!?」
「オーマイゴッド……」
「おい……、これ、どうすんだよ……」
「ちょ、こいつがマジでアレなら彼って……、嘘!?」
「わ、私は初めからブラックは無実だと信じていたのです」
「苦しいと思いますよ、その主張は……」
「おい、アネット! とりあえず、魔法省に報告してこい!」
「局長にもな!」
「見た? キュートなネズミちゃんが一瞬で中年のおっさんになったわよ! ファンタスティックね!」
「あれって、変身術!? なんて、キモい変身なのかしら!!」
「落ち着け!! みんな、落ち着け!! ネズミがおっさんになっただけだぞ!!」
「おい、パーシー!! ネズミがおっさんになったって、結構な大事件だぞ!!」
「そ、そうよ!! どういう事なの、アレ!!」
「あーもう、飯喰ってる最中に騒ぐなよ!!」
「喰ってる場合か!?」
「っていうか、いつまで食べてるのよ!!」
「ちょっと、誰か私のお尻触った!?」
「誰が触るか!! 鏡を見てこい!!」
「名誉毀損だわ!!」
「だーまーれー!! とりあえず、全員黙れ!! うるさい!!」
「そうだ!! うるさい!!」
「うーるーせー!! うーるーせー!!」
「お前等が一番ウルセェ!!」
「おい、百味ビーンズ食べようぜ!」
「ウゲッ、鼻くそ味じゃねーか」
「え、お前、鼻くそ食った事あるの?」
「ち、ちげーし!! そんな感じだって思っただけだしー!」
「ジニー! 君の兄さん達はどうしていつも大事件を巻き起こすんだい?」
「それはフレッドとジョージだからよ。それ以外に理由が必要?」
「ハーマイオニー! 見た!? ネズミは仕事に疲れたおじさんの成れの果てという説が立証されたよ!!」
「やめて、ルーナ!! 怖い上に哀しすぎるわ!!」
「おい、セドリック!! 次のクィディッチでスリザリンを叩きのめしてくれよな!」
「う、うん。頑張るよ」
「わたし、あのおじさま結構好みかも」
「嘘でしょ!?」
「ハゲが好きなら俺なんてどうかな?」
「寝言は寝て言え」
「あのでっぷりしたお腹……、美味しそう」
「カニバリズムは駄目だと思います」
「性的な意味だから大丈夫よ」
「それもどうなんだ!?」
「ぼ、僕のカエルは大丈夫かな!? いきなりおっさんにならないよね!?」
「そう言えば、トレバーがさっき廊下を歩いてたぜ」
「また逃げ出したの!?」
「何故、可愛い女の子にならなかったんだ……」
「せんせー、ここに頭が悪い子がいますー」
「とりあえず、そろそろ授業の時間じゃない?」
「あ、ハグリッドだ!」
「そろそろ飽きてきたし授業行こうか!」
「あー、俺のフクロウも女の子に変身してくれねーかなー」
「だからモテねぇんだよ」
「ぶっ殺してやる!!」
「あははー、大混乱だね」

 その光景を前にして、俺は笑う他なかった。
 大広間は今、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図と化している。突然の事態に大はしゃぎしている生徒を教師が大広間から追い出し、俺達闇祓いが奴を包囲するまでに五分も掛かってしまった。
 万が一にもあり得ない事だと高を括っていた為に致命的な隙を作ってしまった。この間に逃げられていたらと思うと肝が冷える。
 だが、奴は俺達の作る円陣のど真ん中でボケッと突っ立っている。十三年前に死んだはずの男、ピーター・ペティグリュー。
 禿げ上がった頭の中年男が突然の事態を前に逃げようともせず呆然としている様は実に滑稽だ。
 折角のチャンスを不意にした愚かな男をガウェインとロジャーが捕縛し、服の袖を捲って腕を見た。
 そこには一見すると何もない薄汚れた肌があるだけだが、ガウェインが呪文を唱えると、そこに隠されていた刻印が姿を現した。
 その瞬間、数々の前提が崩れた。
「ピーター・ペティグリュー。この刻印は貴様が闇の帝王の配下であった証に違いないな?」
 ガウェインが杖を突きつけながら問う。
「……あ、え?」
 男はアホ面下げてガウェインの杖を見つめる。この期に及んで状況を理解出来ていないらしい。とんだウスノロだ。
 俺は奴の背中を思いっきり蹴りつけた。
「お、おい!」
 ガウェインが窘めるように声を荒げるが無視する。
「とりあえず、逃げられないようにしとかねーとな」
 奴の両腕両足の骨を折ってやると、聞き苦しい悲鳴を上げやがった。
「うるせぇぞ!」
 思いっきりゲンコツを喰らわせてやると、奴は涙を浮かべて震え始めた。
「おい、ダリウス!! まだ、私が尋問している最中だぞ!! そうではなくても、私刑目的の暴力はよせ!!」
「バーカ、そんなんじゃねーよ。まだ、近くに生徒達がいるだろ? こいつが人質に取ったり、危害を加えたり出来ないようにしただけさ。ついでに逃走防止も兼ねてな」
「し、しかし……」
「それより、尋問なんてまどろっこしい事してる場合じゃねーだろ。真実薬でとっとと情報を吐かせるぞ」
 十三年間、平和な時代が続き過ぎた。ガウェインは局長の副官を務める程の優秀な男だが、如何せん、まだ若過ぎる。
 経験が足りない。
 闇の帝王の陣営を相手にする時は容赦などしてはいけない。
 教師の一人が持ってきた真実薬を無理矢理口の中に突っ込むと、奴の口からは情報が駄々漏れとなった。
 十三年前の真実が明らかとなり、その場に居た者達の顔は一斉に青褪めた。
「決まりだな」
 俺はガウェインの肩をバシッと叩いた。
「シリウス・ブラックは無実だった。後はファッジや局長に頑張ってもらおうぜ」
「おい、ダリウス!」
「俺にはちょっとやる事が出来たから、行ってくる」
 去り際に喉を潰していく。これで呪文も唱えられない。
「ネズミに変身されると厄介だ。逃がすんじゃねーぞ」
 後ろでギャーギャーと喚く後輩達を尻目に俺はシレッと姿を消しやがったクソガキを探しに行く。
 数人のガキに聞くだけで居場所はすぐに分かった。悪ガキトリオと一緒にハゲの飼い主やってた坊主を慰めてやがる。
「元気だせよ、ロニー! 今度、俺達で金出しあって、フクロウを買ってやるからさ!」
「そうだぜ! フクロウは便利でいいぞー」
「スキャバーズの事は忘れなよ! な?」
「ほら、元気を出してよ、ロン」
「……スキャバーズがおっさん。スキャバーズがおっさん」
 ロン・ウィーズリーは見てて哀れになるくらいヘコんでいる。
 無理もない。ペットがいきなりおっさんになったら俺だってショックだ。
「おーい、ガキ共」
 声をかけると、悪ガキ共や不運な飼い主はギョッとしたような表情を浮かべたが、ドラコの奴は待ってましたと言わんばかりの余裕の表情で出迎えやがった。
「とりあえず、お手柄だったな」
「えっと……?」
「あー……って事はマジなのか」
「ウッゲェェェ。俺、立ち直れないかも……」
「勘弁して欲しいぜ」
「あはは……」
 約一名、事態を飲み込めてない奴がいるが無視しておく。
「ドラコ・マルフォイつったな?」
「ええ、そう言うあなたは……ダリウス・ブラウドフット?」
「覚えててくれたか、嬉しいねぇ」
 白々しい。
「お前さん、今回の事はどこまでが筋書き通りなんだ?」
 こいつは近くに俺が居る事を見越して、あの推理を繰り広げた。
 そして、その推理は完璧に真実を言い当てていた。
 あまりにも異常だ。俺達闇祓いやダンブルドアでさえ辿り着けなかった『解答』を学生という時間や知識を縛られた立場の人間が短期間で導き出すなど……。
 しかも、ピーター・ペティグリューが絶対に逃げ出す事の出来ない完全な包囲網に陥れた。
「……何の事だか」
「よう、ドラコ。ここはいっちょ、腹を割って話そうぜ。お前は何が目的だ? どうして、奴を捕まえさせた? ルシウス・マルフォイの息子が隠れ潜んでいた死喰い人を表舞台に引きずり上げた理由はなんだ?」
「お、おい、アンタ!」
 喚き立てようとするガキ共を一瞥して黙らせる。
「……俺に『嘘』は通用しないぜ。『真実』を話しな」
「僕が嘘を吐いてるって言うんですか?」
「むしろ、一度でも正直になった事があるのか?」
 そう言うと、初めてドラコは顔を歪めた。ほんの僅かだが、少しだけ人間味が見えてホッとした。
「ドラコ。俺と友達にならないか? お前の頭脳と能力は年齢を考えりゃ、桁外れだ。それを正義の為に使ってみないか?」
「……僕は十分、正義の為に使ってると思うんだけど?」
 十三歳のガキが『妖艶な笑み』なんてものを使いこなす。
 耐性の無いガキなら一発だろうが、俺には通用しない。
「ほう、今回の事も正義の行いだってのかい?」
「そうだよ。僕は単純にシリウス・ブラックの無実を証明したかっただけさ」
「それはまたどうして? 親戚の好ってヤツか?」
「そんなんじゃないよ。ただ……」
 そこで初めて、ドラコは本当の意味で子供らしい表情を浮かべた。
「シリウスはハリーの後見人なんだ」
「……らしいな」
「僕はハリーを大切な友人だと思ってる」
「……みたいだな」
「ハリーは叔母であるペチュニア・ダーズリーとその一家から虐待を受けてるんだ」
 そう言って、ドラコは昏い目を窓の外へ向けた。
「僕は二年前、ハリーの両親のアルバムを作って、彼にプレゼントした。僕はシリウス・ブラックという人が如何にハリーの両親と仲が良く、そして、気高い人物だったのかを知っているんだ。僕には彼が世間の言うような事件を起こしたり、帝王に傅く人間とは思えなかった。だから、彼が無実である可能性を信じていた。もし、彼が無実なら……」
 参った。こいつは今、何一つ嘘を言っていない。
 嘘と真実が分かる俺が言うんだから間違いない。
「今度は写真じゃない。本当の家族をプレゼント出来ると思ったんだ。彼をちゃんと愛してくれる……、本当の家族を」
「……どうして、そこまで?」
「だって……」
 ドラコは言った。
「ハリーは僕の大切な友達なんだ。友達の為に何かしてあげたいと思うのは、そんなに不思議な事かな?」
 一瞬、俺の勘が鈍っているのかと思った。
 まるで、ドラコ・マルフォイが本当に友達思いの優しい少年に思えてしまった。
「ドラコ。一つだけ教えてくれ」
「なに?」
「お前が望んでいるものは何だ? ルシウス・マルフォイの息子がスリザリンの宿敵であるグリフィンドールやレイブンクローの生徒と親しくしたり、マグル生まれとも別け隔てなく接する理由はなんだ?」
「……僕が望んでいるものは」
 ドラコは言った。
「幸福……。みんなと仲良くなりたいんだ。家族とも、友人とも、みんなと一緒に『この広い世界』で『幸せ』になりたいんだ」
 その言葉に嘘偽りは何一つ混じっていなかった。
 だから、俺はその言葉を信じる事にした。
 現に今回の件で得をした人間は冤罪を掛けられていたシリウス・ブラックのみ。
「ドラコ。みんなと仲良くなりたいか……。そのままでいろよ? お前さんとは敵対したくない。友達のままでいような」
「……うん、もちろん。僕とダリウスは友達だよ。これからずっとね」
 さて、少し頑張るかな。
 ハリー・ポッターに本当の家族を……か、いい願いだ。その為に子供が頑張ったんなら、次は大人が頑張らないとな。
 俺は気合を入れなおして彼らの傍を離れた。

第九話「正体」

「現在、シリウス・ブラックは『叫びの屋敷』を拠点にしてホグワーツの周囲を彷徨いております」
『闇祓い達は叫びの屋敷からホグワーツに侵入する隠しルートの存在に気づいていないようだ。命令通り、一日監視していたが奴らの目は無かった』
 リジーとシグレからの報告を聞きながら、僕は時間的猶予が少なくなりつつある事に気付いた。
 叫びの屋敷と暴れ柳を繋ぐ隠し通路の存在をダンブルドアが知らない筈がない。元々、リーマス・ルーピンの人狼化を鎮めるための場所として、ジェームズ達に叫びの屋敷を提供したのは彼だ。
 当然、当時利用していたルーピンや彼の秘密を探ろうと侵入を試みたスネイプも知っている。その情報を闇祓い局に提供しない理由も無い筈だ。
 その通路を封鎖する事もせず、監視の目も置いていないという事は……。
「既にシリウスの捕縛準備を進めている状況とみて間違いないな」
 泳がせて、最適なタイミングを図っているのだろう。
 早ければ今日中、遅くても一週間以内には決着がついてしまう。闇祓い局の精鋭達とホグワーツの優秀な教師陣に取り囲まれて、シリウスが切り抜けられる可能性はゼロに近い。
 行動を開始する時が来た。既に準備は整えてある。
「ご主人様、どちらへ?」
「我が友人達に会いに行ってくるよ」
 忍びの地図を片手に僕はフレッドとジョージ、リーの三人組の下へ急ぐ。
 彼らは都合の良い事に大広間で寛いでいた。
 僕が入って来た事に気づくと、三人揃って手を振ってくれる。
 大広間で大っぴらにグリフィンドール生と接触を取る。以前までなら双寮から顰蹙を買っていた事だろうが、漸く三年間の努力が実を結び始めている。
 スリザリンの生徒達はノットを始め、ザビニやブルストロード、グリーングラス、パーキンソンといった『聖28一族』の末裔達を籠絡し、ハリーやダンを通じてクィディッチ・チームの選手達にもより深い関係を持たせてもらった事で一層の発言権を得る事が出来た。個人的感情よりも家格が優先されるスリザリンにおいて、今の僕に敵意を向けられる人間など存在しない。
 グリフィンドールの生徒達にもフレッド達やネビルを通じて僕という存在を徐々に認めさせてきた。
 こうして、僕とフレッド達が親しげに話しても誰も文句を言わない環境を作り上げる事に成功した。
「やあ、ドラコ!」
「御機嫌よう!」
「朝から拝顔賜り恐悦至極にございます」
 仰々しい挨拶をしてくるフレッドとジョージにそれとなく合わせてあげながら、僕はコッソリと彼らに忍びの地図を見せた。
「ちょっと、この地図に気になる名前があったんだけど、聞いてもいいかな?」
「気になる名前?」
 僕はグリフィンドールの寮でロンの傍について回っている一つの名前を指差した。
 ピーター・ペティグリュー。
 その名前にフレッド達は首を傾げた。
「こんな名前の奴、グリフィンドールに居たっけ?」
「いや、俺は知らないぞ」
「ロンの友達か? けど、ピーターなんて奴の名前は聞いた事が無いな……」
 忍びの地図を手に入れる事が出来た事で計画は大幅に簡略化された。
 僕は少しミステリアスな表情を作りながら言った。
「僕には一つ心当たりがあるんだ」
「へえ、どんな奴?」
「……君達は少し驚いてしまうかもしれない。だから、覚悟を持って聞いて欲しい」
 僕がもったいぶった話し方をすると、彼らは早く言えと囃し立てた。
「ピーター・ペティグリュー。十三年前にシリウス・ブラックに殺された筈の男と同じ名前なんだ」
 その言葉に三人組の表情は凍りついた。
「い、いや、それは……」
「単に名前が一緒なだけだろ?」
「けど、そう考えると面白くないかな? グリフィンドール生であり、ロンの兄でもある君達すら知らないロンの秘密の友人。その正体が十三年前に死んだ男」
 僕は三人が興味を示すように仕草、表情、声、口調全てを丁寧に操った。
 惹き込まれるように三人がゴクリと唾を飲み込む。
「……僕の推理を聞いて欲しい。些か突飛かもしれないけどね」
「聞かせてくれ、ドラコ!」
「へいへい、面白くなってきたじゃあーりませんか!」
「どんどんぱふぱふー!」
 三人の反応に周囲の人間も聞き耳を立て始めた。その中にはダリウスという闇祓いの姿もある。
 僕が発したピーターの名前に一瞬、顔を歪めた。状況は整っている。
「この忍びの地図はホグワーツのあらゆる抜け道や隠し部屋が描かれていて、誰がどこにいるかも正確に分かる魔法の地図だ。つまり、地図上に名前があるという事は実際にその人がその場所に居る事を示している」
 これはダリウスに向けた説明。
「なら、ピーター・ペティグリューは今、グリフィンドールの寮でロンと一緒に居る事になる。さて、ここで注目すべきは二人が寮のどこに居るかだ」
 僕は彼らの名前のある部屋を指差した。
「寝室。二人が名前を知らなかったという事はロンのルームメイトにピーターという人物は居ない筈だ。なのに、今は二人っきりで寝室にいる」
「おいおい、これはどういう事だ!?」
「わ、我が弟に何が起きているんだ!?」
「……つまり、どういう事だ?」
 口調や声はおどけているけど、その表情には緊張の色が浮かんでいる。
 十三年前に死んだ筈の男が弟と寝室で二人っきり。胸騒ぎを覚えているのだろう。
「ここで君達に一つ聞きたい事がある」
「なんだい?」
「なにかね?」
「なんだ?」
「ロンのネズミについてだよ。僕は以前、彼のネズミを見た事がある。哀れな事に指を数本失っていたね」
「あ、ああ」
「言っとくけど、それはロンが虐待したとかじゃねーぞ。アイツがパーシーからスキャバーズを譲られた時には既にああなってたんだ」
「そうか……。もう一つ質問。スキャバーズは何年くらい生きているのかな? 既に僕が知っている限りで三年以上生きているよね。しかも、パーシーが育てていた期間もあるとなると……」
「えっと……、少なくとも七、八年くらいかな?」
「ネズミの割に長生きだよな」
「ネズミの寿命は長くても三年程度なんだよ。なのに、随分と長生きだよね」
 僕の言葉にフレッド達は曖昧に頷く。それぞれの顔が少しずつ青褪めていくのが分かる。
 彼らは悪戯が大好きな問題児だが、頭は悪くない。
「ねえ、どうして今年、ブラックは脱獄して来たのかな?」
「それは……、なんでだ?」
 フレッドがジョージを見る。
「わからん。リーは?」
 ジョージはリーを見る。
「さっぱりだよ」
 リーは僕を見た。
「彼の目的はホグワーツにある。父上から聞いたんだけど、ブラックはアズカバンで寝言で頻りに『奴はホグワーツにいる』って言ってたらしいんだ。魔法省や闇祓いがホグワーツを厳重に警備している理由はそれさ。まあ、彼らはブラックがハリーを狙っていると思っているみたいだけど、僕の考えでは違う」
 僕の言葉に三人は息を呑む。
「夏休み。ブラックが脱獄する少し前、新聞の一面にある一家の写真が掲載されていたよね?」
 フレッドとジョージの顔が強張った。
「そこにはスキャバーズの姿もあった。こう考えてみると、どうかな? もしも、ピーター・ペティグリューが『動物もどき』だったとしたら? ブラックはピーターと学生時代、とても仲が良かったらしい。ブラックがピーターの変身後の姿をよく知っていて、新聞の写真からでも彼の正体に気付けたとしたら?」
「おいおい、まさか……」
「ちょっと待て……じゃあ、なにか? ブラックの目的は……」
「……っていう推理。面白かった?」
 僕の言葉に三人は大きな溜息を零した。
「お、面白いっていうか……」
「まあ、本当にピーターが動物もどきだったとして、ブラックから逃げ果せていたとしたら、その後に変身を解いてダンブルドアか闇祓いの下に身を寄せていた筈。未だに正体を隠したまま生きているなんてあり得ないよね。まあ……」
 僕はダリウスに聞こえるように少しだけトーンを上げた。
「全てが逆だったとしたら辻褄が合っちゃうけど」
「全てが逆って?」
 リーが首を傾げる。
「実は……ブラックはハリーの後見人になる筈の人だったんだよ。学生時代、ハリーの父上とすごく仲が良くて、加えて性格も良く、頭も良かったから学校中の人気者でもあったそうだ。対して、ピーターは卑屈で臆病な生徒だったらしい。だから、僕はブラックが死喰い人で闇の帝王の腹心だったという噂をどうしても信じる事が出来なかった。むしろ、ピーターが死喰い人だったとする方がずっと納得出来る。十三年前の事件でも、本当はピーターが死喰い人で、ブラックが彼を捕まえる為に追い詰めていたとしたら? その時にピーターが逃げる為に周囲にいた人々を巻き添えにして自爆した振りをしたとしたら? 自分が死んだと思わせる為に指をわざと現場に残し、自分はネズミの姿でペットとして今も生き永らえているとしたら? 変身を解かない理由は実は死喰い人でダンブルドアや魔法省を頼る事が出来ないとしたら?」
「……じょ、冗談だよね?」
「冗談……のつもりだけど、証明する手段はあるよ?」
「どうやって……?」
「実際にスキャバーズに変身解除の呪文を使うのさ。それでピーターに変われば僕の説が正しい事になる。その腕に闇の刻印でもあれば完璧さ」
 僕は三人に言った。
「ものは試しで実験してみない? 単なる変身解除の呪文だから、もしも単なるネズミなら、スキャバーズに何の害もない」
「……俺達、何をすればいいの?」
 リーはやや表情を引き攣らせながら問う。
「ロンにスキャバーズを連れて来させてもらえるかな? ここに」
 いつの間にか、ダリウスが移動していた。壇上で食事を取っている先生達や闇祓い達に声を掛けている。
 僕は最後のひと押しをした。
「ねえ、三人共。お願い」
 三人の心の奥底に丹念に植え付けた密かな忠誠心を揺さぶる。
 時間が無いから些か強引な論法を披露してしまったけど、これが最後のチャンスだ。逃す訳にはいかない。
「分かったよ、ドラコ。君がそこまで言うなら……」
「万が一が起きたら怖くて夜も眠れなくなりそうだけどな……」
「俺、スキャバーズの事、結構好きなんだけど……。うわぁぁ、頼むからピーターとかいうおっさんなんて関係ない普通のラブリーなネズミでいてくれよぉぉぉ」
 それから一時間後、フレッドとジョージが困惑した表情を浮かべるロンを連れて来た。
 大広間内にはいつの間にか闇祓いと教師陣が勢揃いしている。みんな、壇上でお喋りに花を咲かせているように見せながら此方に注意を向けている。
 フレッドとジョージが言葉巧みにロンからスキャバーズを受け取り、僕が教えた変身解除の呪文を唱えた。
 すると……、そこには一人の中年男が立っていた。