Interlude

 ランサーのマスターだった男は恋人と共に縛り付けられていた。逃げ出そうにも、生命活動ギリギリまで魔力を絞り取られている為に魔術を使う事も出来ない。
 ただ、この屈辱を与える目の前のサーヴァントを睨む事しか出来ない。
「すまないな。だが、君もマスターになると決めた時点で覚悟は決めていた筈だ」
 アヴェンジャーは彼と彼女から供給される膨大な魔力をマスターとその姪の治療の為に使いながら言った。言峰綺礼の尽力によって一命を取り留めたものの、二人は予断を許さない状態。聖杯戦争が終結するまで、その生命を繋ぎ留めておく為には定期的に治癒魔術を掛ける必要がある。
 ランサーを討伐した後、彼が直前に見ていた《崩落するホテル》に向かって走り、そこで魔術を行使している男女を見つけて拉致した。彼等と半ば強引にラインを結び、魔力の貯蔵タンクになってもらっている。時計塔のエリートと言えど、湖の妖精から直接魔術の手解きを受けた彼と比べれば稚児同然。抗う事は出来なかった。
 ネックだった魔力の問題が解決した事でアヴェンジャー次なる行動を思案している。ランサーが脱落した後、他の陣営は監督役から命じられた任務を遂行する為に街中を駆け回っている。一見すると不意打ちが容易に見えるが、あの四騎のサーヴァントを同時に相手取る事など自殺行為でしかない。だが、今宵必ず機会が訪れる。セイバーの宝具発動を阻止するためにライダー達がセイバーと戦う筈だ。最強のセイバーといえど、三騎のサーヴァントと戦えば無事では済まないはず。どちらが生き残っても、彼等は満身創痍になっている事だろう。そこを狙うつもりだ。
 問題となってくるのは最後の一体。恐らく、街を騒がせている失踪事件の犯人は未だ姿を見せない七体目のサーヴァントだ。キャスターか、アサシンか、あるいはバーサーカーかもしれない。彼自身やコンカラーのように基本のラインナップから外れたイレギュラーの可能性もある。いずれにしても、表舞台に引き摺り出す必要がある。万が一、一騎打ちで敵わない相手の場合、セイバー達を倒した後では厄介な事になる。マスター達の為にも敗北は決して許されない。
 セイバー達が犯人探しに奔走している間、彼も手掛かりを探し歩いていた。その結果、一人の男にあたりをつけた。街中で頻繁にナンパをしていた軽薄な男だ。魔力を使った形跡があったわけじゃない。ただ、その目を見た瞬間、彼はその男を《人殺し》だと判断した。嘗て生きた戦場で、人を殺す快楽に取り憑かれたものを何人も見てきた。あの男はそうした者達と同じ目をしている。
「待っていてくれ、マスター」
 アヴェンジャーはケイネスを魔術で眠らせると、夜天の下で動き出した。使い魔に波長を合わせる。すると、脳裏に使い魔の視界が映り込んだ。
 現在の時刻は20:00ジャスト。セイバー達の戦いが始まる前に敵の正体を暴き出す。
「|己が栄光の為でなく《フォー・サムワンズ・グロウリー》」
 彼の姿が変化していく。またたく間に一人の可憐な少女に変身したアヴェンジャーは容疑者の下へ向かった。

 男は街灯の下で道を歩く若い女性を品定めしていた。アヴェンジャーはただ彼の前を通り過ぎるだけで良かった。それだけで彼は動いた。
「ねぇ、君」
 男は雨龍龍之介を名乗り、道案内を求めてきた。怪しまれないよう、多少抵抗する素振りを見せると、彼は警戒心を解く為に世間話を始めた。
 見事なものだと感心する。彼の言葉は実に巧みだ。そうと知らなければ、気付かぬ内に心を開いてしまう。彼に口説かれた女性は旧来の恋が実ったように錯覚する筈だ。
 アヴェンジャーは彼の思惑に乗ることにした。恋する乙女を演じ、彼が導くまま、街を歩いた。
 脆弱な肉体。少し力をこめるだけで容易く肉塊に出来る。だが、彼がマスターだという確証がない。姿を隠している第七のサーヴァントを視界に収めるまで、仮初の恋人を演じるとしよう。
 
 ◇

 アヴェンジャーが第七のサーヴァントの捜索に出掛けた直後、間桐邸の地下では一人の少女が目を覚ましていた。
「……アサシン」
 少女が呼び掛けると、暗闇にぼんやりと白い骸骨の面が浮かび上がった。
 まるで、《死》そのものが実体を持ったかのような、その存在こそが第七のサーヴァント。
 アヴェンジャーが探し求めていた筈の姿なき最後の敵は彼がさっきまでいた空間内にずっといたのだ。
「アヴェンジャーを今失うわけにはいかん。隠れて追跡し、万が一の場合は援護せよ」
 髑髏は少女の命令に応え、闇に溶けていく。
 残された少女は寝息を立てているケイネスとその恋人であるソラウを見下ろした。
 少女が浮かべるにはあまりにも不釣り合いな禍々しい笑みを浮かべ、その体に指を這わせる。
「良い素材だ。あやつが戻ってくるまえに仕上げてしまおう」
 そのまま、少女の指が女の皮膚を突き破り、肉をかき分け内部へ侵入していく。その激痛を受けて、ソラウは目を覚ます。
 だが、その口が開く事はない。既に肉体の支配権は少女に移っている。
「良い顔だ」
 少女の指が動く度に脳髄を焼くような痛みが走る。涙を浮かべる事さえ許されず、ただ弄られ続ける。
 やがて、少女が指を離すと、女はその傷口を見て意識を失った。傷口から男性の陰茎を模した芋虫が這い出て来たのだ。しかも、一匹や二匹ではない、ぞろぞろと湧き出てくる。
 女はその激痛で再び目を覚ましてしまう。そして、気付く。内側から食べられている事に……。
「上質な素体のおかげで十分な量を確保する事が出来たな」
 女は皮膚と骨を残して全て蟲に変えられた。その内の一匹を眠り続ける雁夜の口に運ぶ。そして、ケイネスの口にも。
「さて、お前達にも働いてもらうぞ。休息は十分にとれたはずだ」

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