最終話『真相』

最終話『真相』

 ある人が言った。

『――――貴様等は、何度同じ轍を踏めば気が済むのだ!!』

 それは、わたしを創り出した錬金術師達に対する怒りだった。

『……貴女に罪は無い。それでも、貴女を完成させるわけにはいきません』

 彼女はわたしに『罪は無い』と言った。

『奈落の使徒よ。大いなる破滅を約束する少女よ! すまないが死んでくれ! それが我らの安寧なのだ! それが我らの望みなのだ!』

 彼は己の為にわたしを殺すと言った。

『……ああ、彼女の言った通り、君には何の罪もない。ただ、存在する事がこの世界にとって脅威なのだ。だから、私達は君を殺す。ああ、恨みたければ好きなだけ恨め。それは正当な権利だ』

 誰もが口を揃えて、わたしは悪くないと言う。それなのに、わたしの死を求めてくる。
 
 ――――わたしに罪が無いのなら、どうして、わたしを助けてくれないの?

 罪の無い人間を殺そうとしている癖に、彼らは揃って善人の振りをする。己こそが正義の味方だと言うかのように、勇ましい雄叫びまで上げて、殺意を向けてくる。

 ――――ふざけるな。わたしは何も悪くないのだろう? それでも、お前達はわたしを殺す。それを正義と謳うのなら……。

 六人目の敵を殺した時点で、わたしは自覚した。

 ――――わたしは世を呪い、人を憎んでいる。

 怒り、憎しみ、憎悪。それだけが積み重なっていく。
 最後の敵は、わたしが殺した。

『……マスター。オレは……、お前を……』

 腹部に突き刺さる宝剣を引き抜く。
 彼女はわたしを殺そうとした。だけど、わたしは生き残った。
 彼女の宝剣を聖杯の力で己の者にする。
 
 ――――わたしのセイバー。

 信じていたのに、裏切られた。彼女も、あの偽善者達と同じだった。だから、彼女の剣を核に、わたしの理想とするセイバーを作り直すことにした。
 わたしを裏切らない存在。わたしを救ってくれる存在。わたしを守ってくれる存在。
 わたしだけの味方……。

 ――――人間よ。そうまで望むのなら、お前達の望むままに正義を行使してやろう。

 正義とは、悪を打ち倒すモノ。悪とは、人類という種そのモノ。
 殺してやる。この世の全ての|悪《にんげん》を一匹残らず、駆逐してやる。

 ◇

 振り返ってみると、気付く機会は何度もあった。
 最初の夜に見た夢。憎悪と憤怒。その二つが交じり合う世界。アレはわたしの過去ではなく、本質を投影した夢だった。
 それに、ギルガメッシュと対峙した時、己の内から聞こえてきた声は言っていた。

 ――――そうあれと望まれ、仕組まれた運命を歩み、世を呪い、人を憎み、手に入れた正義の力。

 それだけじゃない。なによりも、アサシンを殺す時に使った宝具。|我が麗しき父への叛逆《クラレント・ブラッドアーサー》は本来、モードレッドが抱く、父への憎悪を魔力というカタチで|燦然と輝く王剣《クラレント》に注ぎ込み、発動させるモノだ。
 ソレを使えるという事は、わたしの中に、彼女に負けない憎悪が宿っていた証に他ならない。
 それでも、自分の本質に気づかなかった理由は……、気づこうとしなかった理由は……、 

「アリーシャ!!」

 リンの声が聞こえる。とてもじゃないけど、彼女の目を見ていられない。
 こんなわたしを救う為に頑張ってくれた人。
 優しくて、あたたかくて、とてもキレイな女の子。
 彼女の前では、|良い子《・・・》で居たかった。

「意識を取り戻したのね!?」
「……うん」

 満面の笑みを浮かべるリン。

「よーし! 後は取り込んだサーヴァントの魂を解放するだけよ! それで、アンタは――――」
「ごめんね、リン」

 わたしはリンの言葉を遮った。

「アリーシャ……?」
「わたし、その命令には従えない」
「……は? 何、言ってんのよ! あと一歩なのよ!? それで、アンタは救われるの! 馬鹿な事を言ってないで、始めるわよ!」
「リン。わたしは……」
「ウルサイ!!」

 リンは怒りに満ちた表情でわたしを睨みつけた。

「ガタガタ言うんじゃないわよ! アンタは救われなきゃいけないの! 正義の味方だとか、人類悪だとか、そんなのアンタに似合わないのよ! 良い子だから、ほら!」

 その言葉に、わたしは耐え切れなかった。

「良い子なんかじゃないよ!!」
「アリーシャ……?」

 言いたくない。だけど、言わないといけない。

「……リン。わたしはリンが思ってくれるような……、想ってもらえるような良い子じゃなかったの」
「アリーシャ……」
「わたし、流されてただけじゃなかった。最後の最後は、自分で決めたの」
「決めたって、何を?」
「|正義《じんるい》の|味方《てき》になる事だよ。……わたし、人間が憎くて仕方がなかった。だから、自分の意志で……、人類を滅ぼしたの」
「アリーシャ……」

 大きな音が響いた。視線を向けると、通路の方からシロウとセイバーが現れた。

「遠坂! アリーシャ!」

 わたしを殺しに来た人。わたしを殺す事が出来る人。

「……リン。今でも、わたしは人間が憎いの」

 ショックだったのか、リンは何も反応しない。
 だけど、シロウとセイバーは明らかに敵意を増した。

「わたしは再び、人類悪になる。そして、世界を滅ぼす。だから……」

 シロウが固有結界を結晶化させた刀を構えて、一歩ずつ近付いてくる。
 それでいい。あの時と一緒だ。
 わたしは人間が嫌いだ。わたしの運命を弄んだ錬金術師も、わたしを産んだ両親も、わたしを殺そうとした敵も、何もかも憎くて仕方がない。
 あの時……、《|擬・叛逆の騎士《クラレント・モードレッド》》の能力で一時的に自我を取り戻したわたしは父に殺された事を喜んだ。
 大っ嫌いな父親に、己の理想の結末を見せつけて、娘殺しの自責の念を植え付けて、誰もいない世界に取り残してやった。
 こんな事で悦ぶわたしは、やっぱり悪い子だ。それも、とびっきり底意地の悪いタイプ。

「……ねえ、アリーシャ」

 すぐ隣まで来ていたシロウを手で制して、リンは言った。

「言いたい事はそれだけ?」
「え?」

 そう言うと、彼女は一歩ずつわたしに近付いてきた。

「こ、来ないで!」

 咄嗟に剣を投影して射出した。それをシロウが刀で叩き落とす。

「いいから」

 リンは命の恩人である筈のシロウを押し退けて、立ち止まる事なく近付いてくる。

「来ないでよ! わたっ、わたしは!」
「憎いんでしょ? なら、殺しなさいよ」

 その言葉に、わたしは呼吸が出来なくなった。

「おっ、おい、遠坂!?」
「リン! 貴女はなにを……」
「うっさい! いいから、アンタ達は黙ってて!」

 リンはシロウとセイバーに睨みを利かせると、また一歩近付いてくる。

「……来ないで!!」

 剣を射出する。だけど、リンはわたしを見つめたまま、避ける素振りも見せない。

「どうしたの? 憎いんでしょ?」

 剣は彼女の両脇をすり抜けた。それでも臆さずに、リンは近付いてくる。

「前に言ったわよね? わたし、貴女に殺されるなら、それはそれで構わないからって」

 体が震えた。

「やめてよ……」
「もう一度言ってあげる。貴女がわたしを殺しても、わたしは貴女の事を嫌わない。だから、どうしても人間が憎くて堪らないのなら、遠慮なく殺しなさい。わたしだって人間よ。それも、とびっきりの悪党よ」
「リンが悪党なわけない!! お願いだから来ないで!! 救おうとしないで!! わたし……、わたしは、リンに救われる資格なんて無いの!! わたしは救われちゃいけない人間だったの!!」

 我武者羅に剣をばら撒いた。だけど、一つも彼女に当たらなかった。当てられる筈がなかった。

「……随分と、買い被ってくれちゃって」

 声は、いつの間にか目の前まで迫ってきていた。
 抵抗しようとして、出来なかった。だって、今のわたしの力だと、手加減が出来なくて、彼女を殺してしまうかもしれない。
 逡巡していると、リンはわたしを抱きしめた。

「ほら、殺すなら殺しなさい。簡単でしょ? この状態じゃ、抵抗なんて出来ないわ」
「……出来るわけ、ないでしょ」

 震えた声で言うと、リンはクスクスと笑った。

「人間が憎いんでしょ? 悪党は許せないんでしょ? わたしはどっちにも当て嵌まってるわよ」
「リンは悪党なんかじゃない!!」
「どこが? どうして、わたしが悪党じゃない、なんて思うの?」
「……だって、リンはこんなわたしを救おうとしてくれた。みんな、わたしを殺そうとするばっかりだったのに、リンだけは……、貴女だけは最後の最後まで……」
「ねえ、アリーシャ。わたしがどうして、アンタを救おうとしているのか、そこの所、分かってる?」
「それは……、リンが優しいから」

 わたしの言葉に、リンは深々と溜息を零した。

「リ、リン?」
「アンタ……、わたしを聖人君子かなんかと勘違いしてない?」
「わたしは……、だって、わたしにとってリンは……」
「ねえ、アリーシャ。もし、どうしても救われたくないって言うなら、それでも構わないわ」
「え?」

 その言葉に胸が痛んだ。なんて自分勝手なんだろう。救わないでって言っておきながら、救わないと言われたら傷つく。本当に度し難い……。

「どうしても地獄に戻りたいって言うなら、わたしも連れていきなさい」
「リ、リン!?」
 
 リンは一層強い力でわたしを抱き締めた。

「ダメ?」
「だっ、ダメに決まってるでしょ!」
「なんで?」
「なんでって……、だって!」
「ねえ、アリーシャ」

 リンはわたしから少し離れて言った。

「わたしが貴女を救おうとしているのは、別に貴女の過去に同情してるからじゃないのよ?」
「え?」

 戸惑うわたしの姿にクスリと微笑みながら、彼女は言った。

「貴女と一緒に料理をするのが楽しかったわ」

 その言葉を聞いて、彼女と一緒に作った料理の数々が頭に浮かんだ。

「貴女と一緒に買い物をして、水族館に行って、プラネタリウムに行って、ゲームセンターでプリクラまで撮って……。本当に楽しかった」

 涙が溢れてくる。
 彼女と過ごした日々を思い出すと、それはまるで……、まるで、宝石のように輝いている。

「貴女と一緒に、もっと料理がしたい。いろいろな所に行って、いろいろな経験をしたい。だけど、どうしてもって言うのなら、行き先が地獄でも構わない」
「……ダメだよ、リン。リンは……、リンだけは明るい世界で……」

 わたしの言葉を遮るように、リンがおでこにデコピンをした。地味に痛い……。

「アリーシャ。アンタ、ちょっと自分勝手じゃない?」
「ええ……、それはリンの方じゃ……」
「アンタ、自分が言ってる言葉の意味が分かってるの? 救うのもダメ、地獄に付き合うのもダメ……。つまり、わたしを一人ぼっちにしたいって事!? それに、わたしはアンタと一緒に居て、最高に幸せだったのよ!! つまり、アンタはわたしを不幸にしたいって事なの!? アンタ、わたしにどんな恨みがあるのよ!!」
「言ってる事が無茶苦茶だよ、リン!!」

 思わず悲鳴をあげると、リンに顔を掴まれた。

「リ、リン……?」
「ああもう、面倒だからシンプルにいくわ。アリーシャ……、アンタ!」
「は、はい!」
「世界とわたし、どっちが大切なの?」
「……ほえ!?」

 あまりにも突飛な質問に、思わず変な声が漏れた。

「言っておくけど、わたしはとうの昔に選んでるからね」
「なにを……?」
「世界とアリーシャなら、わたしはアンタを取るって事よ。その証拠に、わたしは世界が滅亡するリスクを背負いながら、アンタを救うためにここまで来たわ!! ほら、次はアンタの番よ!!」
「……リン」

 世界とリン。どちらが大切かなんて、考えるまでも無い質問だ。
 だけど、わたしは……、

「世界を滅ぼした負い目と、わたしを一人ぼっちにした挙句に不幸へ叩き落とす負い目! どっちが重いのかって聞いてんのよ! はやく答えなさい!!」
「はえ?! リ、リンです!!」

 思わず、本音を口走ってしまった。
 そして、言葉にして実感した。

「……そうだよ。わたしの中で、リン以上の存在なんていない」

 世界に対する怒りも、人間に対する憎しみも、なにもかもどうでもいい。
 リンと比べたら、どれも瑣末なものだ。
 とっくの昔に分かっていた事だ。ギルガメッシュと相対した時、既に自覚していた筈だ。

 ――――わたしにだって、自分の命より大切なものがある。
 ――――この世界の全てを敵に回してでも、守りたいモノがある。

 それがリンだ。

「リン……。わたし、わたしは……、世界を滅ぼしたけど……、いっぱい殺したけど……、でも……、でも…・…」
「それでも、わたしはアリーシャと一緒に居たい!! 償いたいって言うなら、わたしも付き合う!! だから――――、アリーシャ!! サーヴァントの魂を解放しなさい!!」

 その言葉に、わたしは抵抗する事が出来なかった。
 許されない事なのに、彼女と過ごした日々が理性を地の底に縫い止める。
 本能が……、彼女を求めてしまう。

「……リン」
「アリーシャ……」

 気付けば、わたしの中からサーヴァントの魂が全て消え去っていた。

「また、一緒に料理を作りましょう。それから、いろんな所に行きましょう」
「……うん」

 わたしは運命と出会ってしまった。決して、逃れられないもの。
 抱き締めあったまま、|イリヤスフィール《おかあさん》と|シロウ《おとうさん》が聖杯を起動させても、ガイアとの繋がりが途絶えても、肉体が実体を帯びても、ずっと……、わたし達は離れる事が出来なかった。

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