第九話『語り合い』

 これからスリザリンのシーカー選抜試験が始まる。
 会場はクィディッチ競技場。今、僕はドラコを応援する為に観客席へ向かっている最中だ。
 
『機嫌がいいな』
「うん! 最近、毎日がすごく楽しいの!」

 三年前の僕には想像も出来なかった日々。息苦しいだけの人生も変われば変わるものだ。
 
「ドラコはシーカーになれるかな?」
『……他のポジションと違い、シーカーは身体能力が全てだ。ドラコはむしろチェイサーやビーターに向いている』
「そうなの? でも、受かって欲しいなー」
『ならば、応援してやる事だな』
「うん!」

 観客席にたどり着くと、そこにはロンとハーマイオニーの姿があった。

「あっ、二人も来たんだ!」

 他寮の生徒は立ち入り禁止の筈だけど、二人はスリザリンの制服を着て忍び込んだみたい。

「……別に、僕はこれっぽっちも来る気なんて無かったんだけど、ハーマイオニーがどうしてもって言うからさ!」
「はいはい」

 ハーマイオニーは苦笑している。

「大丈夫だよ! ドラコなら絶対シーカーになって、ロンと一緒に試合に出るよ!」
「だ、だから、僕は別に……」

 顔を真っ赤にして、ロンはぶつぶつと言い訳を始めた。
 ハーマイオニーは隣でクスクス笑っている。

「素直じゃないんだから」

 ハーマイオニーはこっそりとロンが如何にドラコの試験の結果を気にしていたかを教えてくれた。
 そうしている内に試験が開始される。
 結果として、ドラコは落選した。最終選考まで残っていたけど、軍配は五年生の先輩に上がった。
 ドラコは悔しそうに打ち震えている。

「……ちくしょう」

 ロンはまるで自分が落ちたかのように悔しげな声を漏らした。

「残念ね……」
「うん……」

 合格を祝う筈が、不合格を慰める事になってしまった。
 
「……僕は受かってみせるぞ」

 ロンが受けるグリフィンドールの試験は明後日行われる。会場は同じ場所。
 ロンは受かるといいな……。

 第九話『語り合い』

 ドラコはあからさまに落ち込んでいた。随分な気合の入れようだったから無理もない。
 
「元気を出してよ、ドラコ」

 ホットココアをカップに注ぎながら声を掛ける。

「……くそっ」

 涙が滲んでいる。僕は見ない振りをした。

「エイドリアンが今年で引退だし、来年はチェイサーの試験に臨んでみたら?」
「……来年か」

 ドラコの表情が陰りを見せた。

「どうしたの?」
「なんでもないよ……」

 彼は嘘を吐いた。言葉の裏を読むまでもない。丸わかりだ。

「ドラコ。なにか、僕に隠し事?」

 唇を尖らせて聞くと、ドラコは困り顔を浮かべた。

「プライベートな悩み事さ」
「僕は相談相手として不適切?」
「……さて、この悩み事に適切な相談相手はいるのかな」

 肩を竦めるドラコ。立ち上がり、話を打ち切った。

「ハリー。チェスをやらない?」
「別にいいけど……」

 最近、ドラコはチェスに夢中みたい。暇さえあれば誘ってくる。
 
『……ふむ、今日は俺様に指させろ』

 魔王もチェスにハマっているみたい。
 仕方がないから片腕を魔王に譲る。スムーズな流れの対局。ドラコは知らない事だけど、魔王と彼の対局数はこれで二桁に達する。

『……ハリー。キングをd-2へ移動させろ』
「え?」
「……ん、どうかしたの?」
「あっ、なんでもない」

 ドラコが首を傾げる。僕は慌てて魔王の指示に従った。
 この場面でキングを動かす意味がよく分からないけど、魔王は僕よりずっと頭がいいから何らかの意図があるのだろう。
 その後は何事もなく対局が終了した。勝者は魔王。
 結局、あの時キングを動かした意味は最後まで分からなかった。

 ◇

 その日の深夜、魔王は校長室を訪れた。
 ダンブルドアはペットの不死鳥をあやしている。

「……場所が判明した」
「そうか」

 不死鳥は大きく燃え上がった。その炎が燃え尽きると、灰の中から羽も生えていない小鳥が這い出てくる。
 
「どうする? 十中八九、貴様が嫌がる手段を使ってくるぞ」
「お主がおる」
「俺様が手を貸すとでも?」
「もちろん」

 朗らかに笑みを浮かべ、ダンブルドアは雛に戻った不死鳥を持ち上げた。

「ハリーはドラコ・マルフォイを見捨てられまい。ハリーが行動する以上、お主も静観を決め込む事は出来まい」

 魔王は嗤った。

「ハリーには何も伝えていない。知らない事の為に行動など……」

 ハッとした表情を浮かべ、魔王はダンブルドアを睨みつける。

「まさか、余計な事は言っていないだろうな!」
「儂は何も言っておらん。だが、お主とドラコ・マルフォイの密かな語り合いに気付けぬ程、あの子は愚かではあるまい」
 
 その言葉に魔王は目を見開いた。

「監視の目を欺く方法としては完璧じゃ。無数の対局の内、お主と彼の対局だけを切り抜き、精査しなければ解き明かせぬ声を伴わぬ語り合い。だが、あの子ならば気付けてしまう」

 翌日、魔王はその言葉が真実である事を識る。

第十話『スリザリンの継承者』

 ハリーは聡明だ。俺様が教えた事は一度で覚える。だからこそ、想定して然るべきことだった。
 ドラコ・マルフォイが編み出した、縛られた行動の内で此方に情報を伝える方法は見事なものだった。
 殴り合いという、誰もそれが《友情を深め合う儀式》などと思わないハリーの天然が生み出した《偶然の合言葉》でヤツは俺様にコンタクトを取った。
 結果はハリーの一撃でヤツが吹っ飛ぶという間抜けなものだったが、それは仕方がない。なにしろ、毎日忙しく働き、休日はアウトドアで体を動かしているハリーの肉体的ポテンシャルは純粋培養の魔法使いと比べると雲泥の差がある。
 重要な事はその後にヤツが持ち掛けたチェスの試合だ。あれは一種の賭けだったのだろう。その時点で俺様が気付けなければ全てが水の泡だ。だが、ヤツは賭けに勝った。
 本来、俺様は静観に徹するつもりだった。日記の分霊とて、俺様とダンブルドアを同時に敵に回したくはあるまい。故に、此方が手を出さなければ、ハリーに手を出す事もない。
 だが、ドラコは勇気を示した。両親と己の命を背負い、尚諦めない強き意思。
 ヤツのメッセージをダンブルドアに伝える。その程度なら手を貸してやろう。その程度の気紛れを起こさせるだけの力があった。

「ねえ、魔王。話があるんだけど……」

 ハリーが思いつめた表情を浮かべて言った。
 この状況を招いた原因は俺様にある。

『どうした?』
「ドラコの事……」

 だが、これは良い機会なのかもしれない。
 日記の分霊だけではない。|本体《オリジナル》も復活の時を伺っている筈だ。
 いくら遠ざけても、いつか運命の糸はハリーを絡め取る。
 
「魔王。僕、ドラコを助けたい」
『……そうか』

 ならば、運命に負けない強さを与えよう。如何なる困難にも立ち向かえる意思を鍛えてやろう。

『分かった。それが貴様の選択なら是非もない』

 友の為に戦う。その意思は十分な火種となる。
 勇気を燃え上がらせ、意思を鋼の如く鍛えよう。
 コレはその為の試練となり得る。

『ならば、戦いの用意をしなければならんな』

 我が分霊よ。貴様が何を企み、何を為そうがどうでもいい。
 だが、精々足掻け。ハリーが高みへ登る為の踏み台としてな。

「……え? 戦い?」
『ん?』

 何故、そんな困惑の表情を浮かべているんだ?

「戦うの?」
『何を言っている、当然だろう。まさか、怖気づいたのか?』

 だとしたら、些か失望を禁じ得ない。

「えっと……」
『どうしたのだ?』
「……僕、魔王ならドラコの心配事がなんなのか知ってるのかと思って聞いただけなんだけど……」
『……え?』

 第十話『スリザリンの継承者』

 魔王が黙ってしまった。よく分からないけど、なんだか恥ずかしがってるみたい。

「えっと……、どうしたの?」
『あ、あのクソジジイ!!』

 魔王が叫んだ。どうやら、ダンブルドアが一枚噛んでいる様子。

「魔王?」
『……クソッ! ハリー! 貴様、チェスの暗号に気付いたわけではないのか!?』
「え? なにそれ……」

 聞くに堪えない罵詈雑言を吐く魔王。怒り方が子供みたい……。

「詳しく教えてもらえる? 戦うって言ってたけど、それって誰と?」
『……ええい、もういい!! ハリー!! 選択は貴様に委ねるぞ!!』

 荒々しく魔王は事の次第を説明してくれた。
 どうやら、魔王はドラコとチェスを通じて語り合っていたみたい。その内容は魔王の分霊箱に纏わる話。
 魔王が子供の時に持っていた日記が今回の分霊箱みたい。その意思が新世界を作ると言いながら悪逆非道の限りを尽くしているらしい。
 どうしよう……。深刻な内容なのに、分霊の言っている事が幼稚過ぎて言葉が見つからない。
 今の世の中が気に入らないから全部壊して自分の思い通りになる世界を作るって、なんだか子供の癇癪みたい。

「……魔王」
『それで、貴様はどうする?』

 答えは決まってる。ドラコの事も助けてあげたいし、なにより日記の分霊も魔王の一部。なら、魔王の為に回収しないといけない。
 それに、魔王の子供の頃の姿を見てみたい。

「僕の答えは変わらないよ」
『そうか……。ならば、もはや何も言うまい』

 魔王は嬉しそうだ。

「それで、戦う準備って、何をするの?」
『まずは武器だな』
「武器?」
『行けば分かる。取りに行くぞ。三階の女子トイレへ向かえ』
「うん……って、え? 女子トイレ?」
『そうだ。女子トイレだ』

 武器って、女子トイレにあるの?
 
 魔王の指示に従って三階の女子トイレに入ると、いきなり女の子に話し掛けられた。

『あらあら? ここに誰かが入って来たのは半年振りだわ!』

 体が半透明で、声が反響している。ゴーストだ。

「こんにちは。お邪魔するね」
『ごゆっくりーって、あら? あらあら? あなた、男の子?』
「そうだよ?」

 ゴーストは甲高い悲鳴を上げた。

『ここは女子トイレよ! 男子禁制よ!』
「うん、知ってる」
 
 賑やかな子だ。いろいろ話し掛けられたけど、とりあえずやるべき事を済ませよう。

『……マートル』

 魔王は彼女を知っているみたい。指示を出しながら、彼女の名前をつぶやいた。

「マートルって言うの?」
『おんやー? 私ってば、名乗ったかしら?』
「ううん」
『なら、どうして知ってるの?』

 質問に応えず、僕は水道の蛇口を見た。蛇の刻印がある。

『以前、動物園に行った時の事を思い出せ。蛇の言葉で《開け》と言うのだ』

 動物園には五回くらい行った。その時、蛇に話し掛けられて吃驚した事を覚えてる。
 どうやら、僕は蛇と会話出来る特殊な能力を持っているみたい。
 魔王に言われた通り、四苦八苦しながら蛇語を使うと、そこに地下へ伸びる穴が現れた。
 マートルもびっくりしてる。

『うわー、思い出した! 私、こっから出て来た何かに睨まれて死んだのよ!』
「そうなんだ」

 きっと、犯人は魔王だ。

「一緒に来る?」
『絶対イヤよ! 明らかに危険な臭いがプンプンするもの!』
「じゃあ、行ってくるね」

 マートルに手を振って飛び降りる。滑り台みたいになっていて、下まで到着するのに結構な時間が掛かった。
 足元には動物の骨が散らばっている。

「武器って、生き物なの?」
「バジリスクだ。蛇の王と呼ばれる怪物で、蛇語を解す者に従う」

 魔王は実体化した。

「少しじっとしていろ」
「うん」

 魔王は長い布で僕の目を覆った。

「バジリスクの目は魔眼なのだ。見た者に死を与える」
「マートルを殺させたの?」
「……ああ、そうだ」

 魔王の被害者か……。

「行くぞ……」
「うん」

 僕は魔王の手を握った。
 足元が不安定な上、目が見えないと歩き難くて仕方がない。
 途中からおぶってもらった。

「……もう少しだ」
「うん」

 首に手を回して、ギュッと抱きついた。
 
「……不安か?」
「ううん」
「そうか……」

 しばらくすると、空気が変わった。ヒンヤリとしている。なんとなく、広い場所に出たんだと思った。
 
《……何者だ?》
「……魔王、今の声って」
「黙っていろ」

 魔王は蛇の言葉を使い始めた。

《俺様を覚えているか?》
《……ああ、覚えているとも。また、契約を結びに来たのか?》
《今回は俺様じゃない。この子だ》

 魔王は僕を降ろした。

《ハリー・ポッターだ》

 目隠しが解かれる。そこには瞼を閉じた巨大な蛇がいた。
 
《資格はあるのか?》
《もちろん》

 魔王は僕の肩に触れた。

「応えてやれ」
「えっと……」

 僕は蛇を見つめた。

《これでいいの?》
《なるほど、資格は持っているようだ》

 蛇は身を捩り、僕の目の前まで来た。

《よろしい、契約を交わそう。新たなる継承者よ》
「継承者……?」
「この蛇はスリザリンの創始者であるサラザール・スリザリンが遺した遺産なのだ。これと契約するという事はスリザリンの継承者となる事を意味する」
「スリザリンの継承者……」

 蛇は僕に言った。

《なんなりと御命令を》

エピローグ『チェックメイト』

 聖堂内に侵入者が現れた。その一報を聞いた数分後、最奥にある僕の部屋の扉が開いた。
 随分と早い。迎撃用の罠を何重にも仕掛けておいた筈だが……。

「なるほど、思ったよりやるね」

 拍手をしながら出迎える。ハリー・ポッターと|魔王《未来のボク》が並び立ち、その背後にサングラスを掛けたバジリスクが佇んでいる。

 エピローグ『チェックメイト』

 なるほど、ユニークな発想だ。見た目は些か間抜けだが、敵の本拠地を無血で制圧する為の手段としては最適解と言える。
 なにしろ、バジリスクの魔眼は予め対策を打っておかなければ防ぎようがない。サングラスで魔眼の力を抑える事によって対象を石化状態に留めている点も見事だ。
 時間を掛けて用意したものが全て水泡に帰す。まるで、積み上げたトランプのタワーを崩した時のような一種の清々しさを感じる。

「待ってたよ、未来のボク」

 それにしても、ドラコは上手くやってくれたみたいだね。
 彼は僕の期待に良く応えてくれた。
 この状況はボクの思い描いたビジョンそのままだ。

「……待っていただと?」
「ドラコなら確実に君達をこの場所へ誘うと確信していたよ。ああ、言っておくけど命令はしてないよ? 《人事を尽くして天命を待つ》ってヤツさ。ちょっと意味が違うけどね。適切な人選を行い、適切な路線に乗せてやれば、後は勝手にゴールまで突き進む」
「なるほど……。だから、敢えてドラコ・マルフォイの心を縛らなかったわけか」
「正解だよ」

 ドラコは勇敢で知恵も回る男だ。挑発してやれば、確実にボクを裏切ると思った。そして、縛られた行動の内で最善の行動を選択出来ると信じた。
 監視の目を欺き、メッセージを発信する。そこまでやってくれれば完璧だ。後はダンブルドアが勝手に動く。
 メッセージを知った時点で、ヤツはボクの仕掛けた罠に気付いた筈だ。その上で、動かす駒を選別した筈。
 本体ですらない分霊であるボクを倒す為に自分の命を賭ける程、ダンブルドアという男は浅慮じゃない。かと言って、信頼の置ける手駒はヤツにとっても貴重だ。だが、信頼の置けぬ者は使えない。
 ならば、ヤツの選択肢は一つに絞られる。

《殺されても構わない。むしろ、殺される事で勝利の一助となる者を向かわせる》

 それがハリー・ポッターだ。魔王がヴォルデモート卿の分霊である以上、|本体《オリジナル》を滅ぼすつもりなら、いつかは消さなければならない。その時、魔王の依り代である少年も死ななければいけない。
 死の訪れが早いか遅いかの違いでしか無い。ならば、これほどうってつけの人材もあるまい。
 ボクが言うのも何だけど、相変わらず善人面を下げて、やる事が悪辣だ。
 
「君達とは一度話をしてみたかった」

 見れば見るほど滑稽だ。彼らは手を繋ぎ合っている。魔王はハリーを庇い、ハリーは魔王に縋っている。
 無意識なのだろう。立ち止まった時、自然とその体勢になった。

「ねえ、親子ごっこは楽しいかい?」
 
 腹を抱えて笑いそうになった。
 僕の言葉に二人は面白いくらい反応を返してくれた。

「どうしても聞いてみたかった。今のボクには分からない感覚だからね」

 魔王を見る。無様な程、狼狽えている。親子ごっこという言葉は思った以上にヤツの心を揺らしたようだ。
 
「ねえ、ハリー・ポッター。自分の両親を殺した相手に懐くって、どういう心境なんだい?」

 彼の経歴は調べた。ダーズリー家で行われた虐待行為の数々も知っている。
 餓死寸前まで食事を抜き、暴力は罵詈雑言を恒常的に浴びせられ、狭い空間に閉じ込められ続ける。
 おまけに人格を否定され続けたそうだ。お前は異常だ。普通ではない。そんな言葉を掛けられ続けた人間がどうなるか……。

「聞かせてくれないか? 自分を絶望に叩き込んだ人間に縋りつく事しか出来なかった心境ってヤツを」

 これはボクに大きな可能性を示してくれた。憎むべき存在に対して、愛情を向ける事しか出来ない人間。決して裏切る事のない便利な駒。
 肉体的、精神的に壊れた人間を量産し、実験を繰り返してみたけど、どうにも上手くいかない。
 壊れた人間を正常に戻しても、どこかが欠落していたり、ボクに憎悪を抱く。

「ねえ、どうして君は魔王に縋り続けているの? 今なら守ってくれる人なんて幾らでもいるだろ? ねえ、どうして? ねえ、ねえ!」
「……黙れ」

 魔王が怒りの篭った瞳を僕に向ける。まったく、溜息が出るね。

「もしかして、怒ってる? もしかして、ハリーが別の人を選ぶ可能性が怖い?」
「黙れと言った」
 
 ボクと同一人物である事が信じられない。ハリーとの家族ごっこですっかり骨抜きにされている。
 これはリスクとして注意すべき点だね。

「どうして、そこまで? あっ、もしかして! 昔の自分と重ねてるの?」
 
 よく考えてみると、ボクがホグワーツに入学する前の境遇とハリーの境遇は似ている部分もある。
 ハリーと違い、ボクは自分の身を自分で守っていたけどね。

「黙れと言っている!」

 魔王が杖を振り上げた。うーん、見苦しい。

「激情に身を任せるなんて、そんな事だからダンブルドアに勝てないんだよ」

 反対呪文で魔王の呪文を弾きながら言った。
 まったく、呆れてしまう。年を取るとここまで耄碌するものなのか……。

「ダンブルドアは凄いね。君よりずっと年老いている筈なのに、まったく衰えていない」

 魔王を見れば見る程、負けた理由が浮き彫りになる。
 感情を軽視し、友情だとか、愛情だとかを唾棄している癖に死んで尚も捨て切れていない。

「貴様……」

 ガッカリさせてくれる。

「ねえ、ハリー。教えてよ。どうして、そんなに魔王を愛しているんだい? 顔? 性格? やっぱり、雛鳥みたいに刷り込まれた? 本当の父親を殺した男を父のように慕う理由を是非とも教えてくれたまえ」

 魔王が杖を振る。まったく、話の途中なのにマナーがなっていない。

「邪魔をしないでくれないかな? ボクはハリーに質問しているんだ」

 ハリーは魔王の影に隠れたままだ。

「ねえ、教えてよ」

 すると、漸くハリーが影から出て来た。
 楽しそうに微笑みながら……。

「答える必要があるの?」
「え?」
「だって、もう自分で答えを言ってたじゃない」

 意味がわからない。

「……何を言ってるの?」

 ハリーは笑っている。その瞳には恐怖も憎悪もない。ただ、純粋に嬉しそうな笑みを浮かべている。

「なに、その顔……」

 普通、この状況では怖がるべきだ。僕には憎悪や憤怒を向けるべきだ。
 
「嬉しかった」
「なにが……?」
「若い頃の魔王を知りたかったんだ」

 胸がざわつく。日記は厳重に隠してあるし、この場所はボクに優位に働くよう仕掛けが施されている。
 戦ったところで負ける筈がない。だからこそ、招いたのだ。

「もっともっと知りたいんだ」

 ハリーは懐から何かを取り出して言った。

「もっと、魔王の事を理解したい」

 見覚えがない。どうやら、髪飾りのようだ。それを頭に乗せた。
 鷲の紋章が描かれ、その下には文字が刻まれている。

《計り知れぬ英知こそ我らが最大の宝なり》

 実在する事は知っていた。手掛かりも掴んでいた。
 恐らく、ボクを作った後にオリジナルが見つけ出したものだろう。
 あれは間違いなく、ロウェナ・レイブンクローの髪飾りだ。

「僕はまた一つ、魔王を理解出来た」

 幸せそうな顔でハリーは言った。

「日記はそこだね」

 ハリーの指はまっすぐ日記を隠した場所を指した。

「何故……」

 ハリーは答えない。バジリスクに指示を出した。

「ま、待て!!」

 壁が壊され、壊れた人形達に囲まれた日記が露出した。
 魂を限界まで吸われた者達。その中にはドラコの両親もいる。
 なのに、ハリーは笑顔を崩さない。

「君は日記から離れる事が出来ない。だけど、君は自分の本体を土で汚したり、水に沈める事を嫌った。だから、自分の目の届く場所に隠してしまった」
 
 日記を咥えたバジリスクがハリーの下に戻る。
 ハリーは言った。

「はい、チェックメイト」

第一話『魔王の憂い』

 確保した日記を魔王に渡す。分霊が慌てた様子で手を伸ばすけど、もう遅い。
 溜め込んだ魂を魔王が解放した。すると、抜け殻になっていた人達の顔に生気が戻り、逆に分霊は力を失っていった。

『……こっ、こんな筈では』

 分霊の体が透け始めた。苦悶の表情を浮かべている。その姿に胸を締め付けられた。
 消えていく己の姿を見下ろし、彼は僕を見た。

『……何故、泣いている?』
「ハリー……?」

 言われて気がついた。僕は涙を流していた。
 二人は同じ表情を浮かべている。戸惑いの表情。そっくりだ。分霊である彼もやっぱり魔王なんだ。
 
「……魔王が苦しんでるから」
『何を言って……』
「あなたも……、魔王だから」

 分霊は目を大きく見開いた。

『……馬鹿な』

 その言葉を最後に分霊は消失した。

「……これで三つ」

 魔王は僕の目元を指で拭った。

「ハリー。アレと俺様は同一の存在だ」
「うん」
「アレが俺様の本質と言える。冷酷で、残忍で、貴様が涙を流す価値も無い男だ」
「何が言いたいの?」

 魔王の言葉に初めて苛立ちを覚えた。

「この部屋を訪れる前に見ただろう。肉体や精神を弄ばれた哀れな者達を……」
「……うん」
「俺様は悪人だ」
「そうだね。世紀の大悪党って感じ」

 僕が笑って言うと、魔王は不快そうに表情を歪めた。

「……茶化すな」
「なら、なんて言って欲しいの?」

 魔王は哀しそうに目を細めた。

「あの者達のように、俺様は貴様の両親やその仲間達を傷つけ、弄び、殺した」
「だから、罵って欲しいの? 僕が責めてあげれば、魔王は満足?」

 魔王は押し黙った。本当に子供っぽい。
 僕は魔王に抱きついた。

「……ハリー?」
「帰ろうよ、魔王。ドラコの両親も救えたみたいだし、後はダンブルドアや魔法省に任せよう」

 バジリスクに空間拡張を施したリュックサックへ戻るよう指示を出し、僕は杖を振るった。ロウェナ・レイブンクローの髪飾りを身に着けていると、難しい呪文を簡単に扱える。
 初めて使う《姿くらまし術》は完璧に成功した。ホグズミード村に戻って、そのままホグワーツに帰っても良かったけど、僕はメゾン・ド・ノエルに《姿現し》した。
 
「魔王。久しぶりにお話を聞かせてよ」
「……リクエストはあるか?」
「魔王が子供の頃の話を聞きたいな」

 魔王は低く唸り、やがて観念したように溜息を零した。

「つまらん話になるぞ」
「いいからいいから」

 第一話『魔王の憂い』

 ハリーは昔話の最中に眠ってしまった。脅かしてやるつもりで俺様の過去の悪行を教えてやったというのに、なんとも安らかな寝顔だ。
 それにしても、些か驚かされた。まさか、杖も振るわず一方的に我が分霊を打ち負かすとは……。

「我ながら情けないと言うべきか……」

 あの役立たずめ。ハリーの成長の為の踏み台にすらならなかったな。

「しかし、バジリスクにサングラスとはな……」

 アレはハリーが提案した作戦だ。子供らしく、突飛な発想。この俺様が不覚にも吹き出してしまった。
 空間拡張を施し、中にバジリスクの居住空間を作ったリュックサックでバジリスクを持ち運ぶ事を提案したのもハリーだ。
 初めは縮み薬を飲ませて小型化させようと思っていたのだが、呪文で元の姿に戻すよりもリュックサックから出て来させた方がアクションが少なくて済む。
 
「やはり、聡明だ」
『……嬉しそうだな、リドル』

 リュックサックから首を出すバジリスク。実にシュールな光景だ。

「……そろそろサングラスを取ってもいいのではないか?」
『主の命令だ。外せと命じられるまでは外すわけにいかぬ』
「そうか……。それで、俺様に何か用か?」
『いや、良い香りがしたものでな』
「香り……?」

 バジリスクはハリーに顔を向けた。

『主の首から下がっている袋の中から香っている』
「……ああ、あの卵か」

 以前、誕生日プレゼントにくれてやったモノだ。遥か昔、俺様が孵化させようとして出来なかった卵。
 
「言っておくが、喰うなよ?」
『……残念だ』

 バジリスクはふるふると首を振りながらリュックサックに戻って行った。
 やはり、シュールな光景だ。

「……後はオリジナルだな」

 残る二つの分霊箱も見つけなければならない。

「日記の分霊を取り込んだ事で、より力が増幅された。今なら長期間ハリーから離れても問題あるまい」

 これは良い機会なのかもしれない。
 俺様とハリーは時間を共にし過ぎた。俺様が消える時、心に傷など持たれては堪らない。
 徐々に距離を置くべきなのだろう。

「ハリー……。貴様はもう一人で生きていける筈だ。若き頃の俺様を一方的に打ち負かしたのだ、貴様は十分に強くなった」

 あどけない寝顔だ。
 いつまでも見守っていたい。そのような欲は捨てねばならない。
 本来、俺様など存在しない方がハリーにとっては幸福な事なのだ。

「……貴様は幸福にならねばならん」

第二話『消失』

 何故だ……。
 あの姿は間違いなく闇の帝王だった。
 どうして、ハリー・ポッターと闇の帝王が共にいる!?
 わからない。前後の記憶が曖昧だ。ここが何処かも、今が|何時《いつ》なのかも、何も分からない。
 だが、あの少女……いや、少年がハリー・ポッターである事は知っている。

『……簡単な話だ。ハリー・ポッターは闇の帝王と手を組んだ』

 今の声はなんだ……?
 いや、声など聞こえない。今のは私の思考だ。
 そうだ。ハリー・ポッターは闇の帝王と手を組んだ。
 
『これは由々しき事態だ。そうだろう?』

 そうだ。これは由々しき事態だ。

 第二話『消失』

「どういう事ですか!?」

 アルバス・ダンブルドアは掴み掛かって来た男を冷たく見据える。

「はて、どういう事とは?」
「惚けるつもりか!!」

 男が拳が振り上げられる。だが、その手を後ろに立つ別の男によって止められた。

「止さぬか、ウィリアム」

 止めておきながら、止めている方の男も表情に怒りを滲ませている。

「……聞かせて頂けるのでしょうな? 何故、ハリー・ポッターを敵の本拠地に差し向けたのですか?」
「ハリーが志願した。それに、適任だった」
「適任……? 十二歳の子供が適任だと……?」

 声を震わせながら、強張る体を抑え、セブルス・スネイプはダンブルドアを睨みつける。

「相手はあの闇の帝王だ!! 何故、我輩やウィリアムではなく、あの子を送り込んだ!?」
「ハリーには魔王がついておる。今のアレが牙を剥けば、敵う者などおらん。どれだけ数を揃えても無駄じゃろう。例え、それがあの者自身の分身であろうとな」
「だからと言って……、ハリーまで行かせる必要は無かった筈だ!!」

 ウィリアムの怒声にダンブルドアは首を振った。

「魔王を動かせる者はこの世で一人じゃ。ハリーが行かねば、アレは動かぬ」
「だから……、行かせたと言うのか!?」

 ウィリアムは杖をダンブルドアの胸元に突きつけた。

「何処だ……」

 憎悪と憤怒によって高ぶる心を必死に宥めながら、絞り出すように問う。

「ヤツの根城は何処だ!?」
「それを聞いてどうする?」
「決まっている!! ハリー|一人《ひとり》に行かせられるものか!!」

 ダンブルドアは言った。

「お主等を行かせるわけにはいかん」
「なんだと!? ハリーを行かせておいて、どうして僕を行かせない!!」

 激昂するウィリアム。その肩を誰かに掴まれた。

「止めないでくれ、スネイプ先生!!」

 振り向くと、そこには予想を裏切る人物が立っていた。

「落ち着け、ウィリアム」
「……ま、魔王!?」

 そこに立っていたのは敵の本拠地に乗り込んだ筈の魔王だった。

「ハリーは無事なのか!?」

 掴み掛かるウィリアムを鬱陶しそうに引き剥がし、魔王は頷いた。

「無論だ。今はメゾン・ド・ノエルで体を休めている」
「そっ、そうか……」

 ウィリアムはホッと安堵の溜息を零した。

「と、とにかく無事で良かった」
「顔を見に行くなら朝にしろ。さすがに疲れている筈だからな」
「ああ……」

 魔王はウィリアムから視線を外し、ダンブルドアに顔を向けた。

「終わったぞ」
「見事じゃ」

 魔王は肩を竦めて見せた。

「それにしても、随分とハリーから離れられるようになったようじゃな」
「日記の分霊も取り込んでやったからな」
「そうか」

 ダンブルドアは目を細めた。

「……残るはオリジナルじゃな」
「その前に残る分霊箱だ。やはり、万全を期す為にはヘルガ・ハッフルパフのカップとサラザール・スリザリンのロケットペンダントを確保しなければならん」
「確か、カップはベラトリックス・レストレンジに預け、ロケットは……」
「海辺の洞窟に隠した。だが、レギュラス・ブラックによって何処かへ移された」
「レギュラス・ブラックか……」

 暫くの沈黙の後、魔王が口を開いた。

「やはり、ブラック家の屋敷にある可能性が高い。だが、守り人は牢獄の中だ……」
「ワームテールを引き渡して貰えれば話は簡単に済むのだがのう」
「馬鹿を言うな。ハリーが許す筈がない」
「相手は後見人じゃ」
「ならば、自分で提案してみろ。見た事も無い後見人の為にワームテールを捨てろと」

 ダンブルドアは溜息を零した。

「そうなると時間が掛かる。無実という前提があっても、なにしろ十二年も前の話じゃ。証拠も揃っておる……」
「その辺りは貴様に任せる」

 魔王は踵を返した。

「……ハリーの下へ帰るのかね?」
 
 魔王は首を横に振った。

「オリジナルを追う」
「ま、魔王!?」

 魔王の言葉にウィリアムが目を見開いた。
 その彼に魔王は言った。

「明日、ハリーを迎えに行ってやってくれ。任せるぞ」
「待ってくれ、魔王!」

 慌てて追い掛けるが、魔王の姿は霞の如く掻き消えた。

「魔王……」

 その翌日、ウィリアムがハリーを迎えに行くと、ハリーは泣きじゃくっていた。

「魔王がいない……。魔王がいない……」

 同じ言葉を繰り返し、小さく体を丸めるハリー。
 その翌日も、その翌日も、月日が流れ、季節が変わっても、魔王は帰って来なかった。

第三話『君想う声』

 ノルウェーの山奥に小さな廃村がある。十三年前、この場所で悲劇が起きた。五十六人の村人が一夜の内に死亡したのだ。
 恐怖を与える為、力を誇示する為、己の欲望を満たす為、悪の魔法使いによって滅ぼされた。
 この村の上空には彼らの怨念が渦巻いている。理不尽に命を奪われた者達の憎悪が強力な呪詛となり、この村を一級の危険地帯にしている。

「……眠れ」

 ハリーの下を去り、半年以上の月日が経つ。
 オリジナルの所在を探る旅を続けながら、魔王は嘗ての罪と向き合っていた。
 年月を経ても色褪せぬ深き憎悪の念を時間を掛けて解き放ち、廃村に火をつける。
 
「これで十二ヶ所目……」

 償いではない。償う事など出来る筈がない。
 故に、これは単なる後始末だ。
 まだ、廻らなければならない場所がたくさんある。
 それほどの絶望を世界に刻んだ。

「……これが俺様のしてきた事の結果か」

 理想を主張し、楽園に至る為に歩み続けた。
 今世を否定し、世界を変える為に戦い続けた。

「違う……」
 
 それは単なる思い込みだ。本当は理想など持っていなかった。革命など言い訳だ。

「ハリー……。俺様はこんなにも小さな男なのだ」

 物心付いた時、彼は親に捨てられた。
 拾われた先では異物として扱われた。嫌悪され、侮蔑され、畏怖された。
 化け物と呼ばれ、悪魔と呼ばれ、気持ち悪いと罵られた。
 存在そのモノが罪だった。生きている事が悪だった。誰も味方などいなかった。
 ダンブルドアも彼を警戒した。危険な存在だと監視した。ただの一度も信じなかった。

「……どこまでも、度し難い」

 虐げられた。だから、虐げる側に回った。
 ただ、それだけ……。

 第三話『君想う声』

 ロン・ウィーズリーは困惑した。
 |ハーマイオニーとジニー《ミーハーコンビ》による『|ギルレロイ・ロックハート《イカレポンチ》の|かっこよさ《どうでもいい》講座』からとんずらした先で遭遇したドラコ・マルフォイ。当然、いつものように口喧嘩になると思っていた。
 ところが、出会い頭に頭を下げられてしまった。

「……頼む、ウィーズリー。他に頼れるアテが思いつかない」

 口をポカンと開け、放心状態になるロン。
 いつもの二人を知っている周囲の生徒達はその様子に驚いている。

「頼む!」

 更に深く頭を下げるドラコ。
 漸く正気に戻ったロンは慌てて頭を上げさせた。

「た、頼むって、何をしろってんだ?」
「……友達を元気づける方法を知りたい」

 またしても口をポカンと開けたままロンは放心状態になった。

「おい、大丈夫か?」
「……お、おう」

 ドラコの声で正気に戻ったロンは周囲を見渡した。
 興味津々な野次馬達がいる。

「とりあえず、場所を変えない?」
「……あ、ああ」

 ドラコも周囲の状況に気付いた。ロンの提案に素直に頷き、二人で近くの空き教室に向かった。

「それで、友達を元気づける方法だったか?」
 
 テキトウな席に座りながらロンが問う。

「ああ、そうだ」

 ドラコの言葉にロンはハリーの顔を思い浮かべた。
 こいつが元気づけたいと思う相手なんてハリーしかいない。

「ハリーがどうかしたの?」
「……ハリーとは言ってない」
「でも、ハリーだろ?」

 羞恥で頬を染めながら俯くドラコ。
 出会った頃と比べると捻くれ方が随分と可愛くなったものだ。ロンはニヤニヤと笑みを浮かべた。

「その顔をやめろ」
「へっへー、やなこった!」
「このっ……、クソ」

 挑発してもノッてこないドラコにロンは彼の本気を感じ取った。

「……悪かった。真面目にやるよ」
「是非そうしてくれたまえ……」
「お前も変な捻くれ方すんなよ?」
「……善処する」

 ロンはドラコからハリーの現状を聞いた。どうやら、随分と沈んでいるらしい。
 何が原因なのかはドラコも知らないと言う。
 食欲が無く、話し掛けても反応が薄い。まるで、亡霊と接している気分になると言う。おまけに夜泣きをする事もあるらしい。

「……大分重症だな」
「ああ、そうなんだ」

 何があったらそうなるのか想像も出来ない。

「それで、何とかして元気づけたいと思ったわけか……」
「そうだ」
「うーん……」

 思った以上に深刻で、中々上手い言葉が出て来ない。
 黙っていると、ドラコは言った。

「……頼む。僕には分からないんだ。今まで、本当の意味で友達なんて一人もいなかった。元気のない友達に掛けてやる言葉すら知らないんだ」

 悔しそうに呟くドラコ。ロンは呆れたように溜息を零した。

「とりあえず……、深刻に構え過ぎだよ」
「なに……?」

 ロンの軽薄な物言いにドラコは眉を顰める。
 
「元気づけたいって言うなら、そのしみったれた顔を止めろ。ぶっちゃけ、今のお前に何を言われても余計落ち込むだけだよ」
「しみったれた顔……、だと?」

 顔を引き攣らせるドラコにロンは大きく頷いた。

「協力してやるよ」

 ロンは言った。

「僕もハリーとは友達だしね。それに兄貴達も喜んで力を貸してくれる筈さ」
「……別にお前達の力を借りたいわけじゃないぞ。ただ、知恵を貸して欲しいだけだ」

 ドラコの言葉にロンは馬鹿にしたような表情を浮かべた。

「バーカ! 一人で抱え込んでる時点で元気づけるも何も無いって話だよ」
「……どうする気だ?」
「笑わせてやろうぜ」
「笑わせる……?」
 
 不可解そうに首を傾げるドラコ。
 ロンは言った。

「いいから、僕に任せとけって!」

 自信満々なロン。ドラコは少し不安に感じながら頷いた。

「……頼む」
「おう!」

第四話『歩くような速さで』

 魔王が帰って来ない。いつも胸の中に感じていた彼の存在を感じる事が出来ない。
 喪失感、孤独感、そんな言葉では追いつかないほどの絶望。
 朝と夜の区別をつける事も出来ない。気付けば時間が飛んでいる。ついさっきまで雪が降っていた気がするのに、顔をあげれば満開の花が咲いている。
 
「ハリー」

 声を掛けられた。いつも一緒にいる人。だけど、顔をあげる気も起きない。
 思考が淀んでいる。理性的な判断が出来ない。

「ハリー!」

 おかしい。さっきの声と違う。場所も違う。廊下に居た筈なのに、外にいる。
 
「どっちがフレッドでしょうかゲーム!」

 明るい声。覚えている。だけど……、どうでもいい。
 
「ハリー!」

 また、違う声。

「ハリー!」
 
 今度は女の子。

「ハリー」

 ……知ってる声。顎を持ち上げられた。ウィリアムの顔は相変わらずハンサムだ。

「ビル……?」

 心配そうな顔。呆然と見つめていると、彼は言った。

「寂しい気持ちは分かる。だけど、今のままではいけないよ」
「……どういう意味?」

 話の流れがさっぱり分からない。そもそも、会話をしていた事自体に今気付いた。
 
「いつも俯いてる。ロンが言ってたよ。君はどんなに話し掛けても空返事ばっかりだって」
「ロンが……?」
「今の君を見たら、魔王も悲しむよ」

 顔がくしゃくしゃになる。

「……だって、魔王がいないんだ」

 魔王が傍に居なければ、こんな世界に何の価値もない。
 色を失ったキャンバスのようだ。何も感じ取る事が出来ない。
 なにもかもがつまらない。

「それでも、君は顔を上げなければいけない。魔王は君が前向きに生きる事を望んでいた。その事を誰よりも分かっている筈だろ?」
「……だって」

 涙が溢れる。その涙をビルが拭う。

「ハリー。君にとって、魔王が特別な存在である事は知ってる。だから、寂しいと思う気持ちも分かる。だけど、君は孤独じゃない」

 抱き締められた。温かくて、力強い。

「僕がいる。それに、ドラコがいる。他にも、君を想う者がたくさんいる。みんなの声を聞いてほしい」
「ビル……」
「君は一人じゃない。その事をどうか知って欲しい」
 
 僕は掠れた声で答えた。

「……うん」

 第四話『歩くような速さで』

「ハリー」

 声を掛けられた。一瞬、億劫に感じたけど、ビルの言葉を思い出して顔を上げる。
 すると、ドラコは泣きそうな笑顔を浮かべた。

「なーに?」
「あっ、えっと、そうだ! 明日、一緒に競技場へ行かないかい? ロナルドの兄弟がクィディッチの訓練をつけてくれる事になったんだ!」
「……ロナルド? それって、ロンの事?」
「ああ、そうだよ!」

 驚いた。ドラコはロンの事をウィーズリーと呼んでいた筈。なのに、今は親しみの篭った声でロナルドと呼んだ。
 僕が俯いている間も時は一刻一刻を確りと刻んでいたみたい。変化は至る所で起きていた。
 僕だけが置いてかれていた。

「……ぼ、僕が行ってもいいの?」
「当たり前だ!」

 ドラコは何処か必死な様子で言った。

 翌日、目を覚ました途端、ドラコに肩を掴まれた。

「おはよう!」
「お、おはよう……。えっと、どうしたの?」

 単なる朝の挨拶で彼はまた泣きそうな笑顔を浮かべた。
 着替えたり、朝の準備を済ませると、腕を掴まれた。
 まるで、放っておいたら勝手に走り出す馬鹿なペットみたいな扱い。強引に手を引かれ、僕は大広間に連れて来られた。
 腕が痛い。

「おはよう、みんな」

 普通に挨拶しただけなのに、みんなが口をポカンと開けた。何事だろう。
 ドラコは隣でテンションが高い。まるで、執事のように椅子を引いて座るよう促してきた。
 その後も見た事がないくらい饒舌にロン達と話している。
 前は顔を合わせる度に口喧嘩を始めていた筈なのに、普通の友達みたいになってる。

「……どうしたの?」

 まるで警戒している猫のような態度でハーマイオニーに声を掛けられた。

「えっと、ドラコとロンって、あんな関係だったっけ?」
「アナタ、本当に上の空だったものね」

 呆れたように言いながら、ハーマイオニーは説明してくれた。

「ドラコはアナタを元気づける為に必死だったのよ。ロンに頭を下げるくらいね」
「ドラコが……」

 プライドの高いドラコが人に頭を下げた。それも、相手はロン。
 
「あの顔を見たら分かるでしょ? すごく嬉しそうじゃない。ロンはそんなドラコの姿勢に心を打たれたみたいね。気付いたら名前で呼び合ってたわ」
「そっか……」
「他人事みたいに思ってないでしょうね?」

 ジロリと睨まれた。

「思ってないよ。ただ、言葉が見つからないだけ」

 ビルの言っていた通りだ。僕は孤独じゃない。ここまで想ってくれる人がいる。

「それならいいわ」

 ハーマイオニーは表情を和らげた。

「あの二人の努力が無駄にならなくて良かった。もう、あんな状態に戻らないでよね?」
「う、うん」

 それから朝食を食べて、僕達は競技場に向かった。そこではフレッドとジョージが待っていた。

「おはよう、二人共」

 声を掛けた途端、二人はさっきのみんなと同じ反応をした。
 その硬直が解けると、今度は抱きついてきた。

「うおー、我らのハリーが戻って来た!」
「おい! もう大丈夫なんだな!? おい!」

 心配を掛けさせたみたいだ。二人は早速《どっちがフレッドでしょうかゲーム》を仕掛けてきた。
 正解すると、二人は大喜びだった。
 箒に跨がり、その日はずっとクィディッチの練習に明け暮れた。
 楽しい時間だった。

「……ドラコ、ありがとう」

 みんなと別れ、寮に戻る道すがらに言った。
 
「何の事かな? それより、戻ったら紅茶を淹れるよ。美味しく淹れられるようになったんだ。とびっきり美味しいお菓子もある」

 ドラコは僕の手を握った。引っ張られながら、僕は胸中でもう一度お礼を言った。
 ありがとう、ドラコ。僕はもう大丈夫だよ。
 魔王が傍にいないと寂しい。だけど、僕には友達がいる。前を向くための力を与えてくれる素敵な友達が……。

第五話『不穏』

 第五話『不穏』

 時計の針が進んでいく。二年目が終わりを告げ、ホグワーツは夏季休暇に入った。
 一縷の望みを持って帰って来たメゾン・ド・ノエルにも魔王の姿はない。

「大丈夫……。大丈夫……」

 崩れ落ちそうになる体を壁に預け、何度も深呼吸を繰り返す。
 すると、ポケットからワームテールが飛び出してきた。肩に登って、キューキューと励ましてくれる。

「ありがとう、ワームテール」

 僕は孤独じゃない。魔王が居なくても、大丈夫。
 例え、魔王が僕に愛想を尽かしたとしても……。

《大丈夫か?》

 吐き気を我慢していると、リュックサックからバジリスクが顔を出した。

「……うん、平気」

 心配ばっかり掛けさせていられない。
 
「ワームテール。僕は明日、仕入れの手続きをしてくるよ。また、美味しいパンをよろしくね」

 任せろとばかりに胸を叩くワームテール。

《……私も何かするべきか?》
「う、うーん……、その姿だと……」
《姿か……》

 突然、バジリスクの姿が光に包まれた。次の瞬間、目の前に色白な少女が現れた。

「え? え?」

 目を丸くする僕に少女は言った。

《これならば問題あるまい》
「バジリスクなの……?」
《他に誰がいる?》

 びっくりした。人間に化ける魔物もいるとは聞いていたけど、バジリスクにも出来るとは思っていなかった。
 銀の髪に金の瞳。まるで人形のように綺麗な姿だ。

「……とりあえず、服を着ようか」

 彼女は生まれたままの姿だった。慌てて、衣装部屋から服を運んで来る。

《面倒だな》
「裸でうろつく人間を見た事ある?」
《……面倒な生き物だ》

 彼女に渡した服は前に魔王が制服の試作として作ったもの。
 白い布地のドレスは彼女にとてもよく似合った。

《……ふむ》
「ごめんね、動き難いでしょ? 明日、別の服も買ってくるから」
《いや、いい。主から与えられたモノだ。なにより、私に似合うと思ったのだろう?》
「え?」

 言い当てられた事に驚くと、バジリスクは笑った。

《素直だな、主よ》
「……えっと、そう言えば魔眼は大丈夫なの? 目を見ても何とも無いみたいだけど……」

 照れ臭くなって話題を変えたけど、よくよく考えたらバジリスクの眼を見てしまった事に今更気付いた。

《問題ない。この姿はあくまで仮初のものだ。この眼球も本当の意味での私の眼ではない》

 目元を指さして言うバジリスク。

「ふーん……。あっ、それと名前も決めないと!」
《別にバジリスクのままでもいいのではないか?》
「いや、良くないよ……」

 どんな名前がいいかな……。

「今までの御主人様は君になんて名前をつけたの?」
《……私に名付けを行う奇特な者などいない》
「そっか……」

 なら、ちゃんと考えて決めよう。
 魔王はいつもクリスマスにちなんだ名前をつけてた。ノエルもニコラスもフランス語でクリスマスを意味している。

「うん、決めた! 今日から君の名前はクリスティーンだ」
《安直だな》
「うっ……」

 確かに、もう少し捻った方が良かったかも……。
 
《だが、良い名だ。感謝するぞ、主よ》

 クリスは微笑んだ。その笑顔があまりにも綺麗で、顔が熱くなった。

「よっ、よーし! 明日から三人で頑張るよ!」

 気合を入れた途端、眠気に襲われた。

「……とりあえず、寝ようか。そうだ!」
 
 僕は杖を振った。すると、体に変化が起こり始める。
 ワームテールに教えてもらった動物に変身する魔法。
 変化が収まると、僕の体は子鹿に変わっていた。

《今日はみんなで一緒に寝よう》

 二階の寝室に上がると、クリスも人化を解いてヘビに戻った。
 一緒に眠るヘビとネズミとシカ。そこに籠から飛び出したヘドウィグも混ざる。自然界や動物園でも滅多に見ない光景。
 これがパン屋の店員達だなんて、一体誰が思うだろう?
 僕は楽しくなって笑った。

 クリスはヘビだから当然の如く人と話せない。だから、いつも口を閉ざしているのだけど、その見た目の可憐さ故に大人気となった。
 連日、メゾン・ド・ノエルは満員御礼。とてもじゃないけど、三人では回せなくなった。ビルに助けを求めると、フレッドやジョージ、それにドラコを連れて来てくれた。

「……あの子がバジリスクだって?」

 ビルにだけ、クリスの正体を教えた。すると、彼は口をポカンと開けたまま固まってしまった。
 こんな彼を見るのは初めてだ。よっぽど、衝撃的だったみたい。
 それから増えた戦力と一緒に忙しい毎日を過ごした。
 魔王がいない寂しさを感じる余裕もない日々。いつだって、フレッドとジョージが賑やかにしてくれるし、ビルとドラコは優しくしてくれる。クリスとワームテールも僕を一人にしない。
 そして、瞬く間に夏季休暇が終わりを告げた。

 その日、ビルは新聞を読んでいた。そして、あり得ないものを見たような目で一面に掲載されているニュースを読んだ。

「馬鹿な……。何故だ!?」

 その様子に僕達が驚いていると、彼は立ち上がった。

「ど、どうしたんだ?」

 フレッドが聞くと、ビルは険しい表情を浮かべた。

「アズカバンで複数の囚人が脱獄した」

 ビルは店を出て行った。きっと、ダンブルドアの下に向かったんだ。
 ドラコが彼の置いていった新聞を拾う。覗きこんでみると、脱獄犯達の名前と顔写真が掲載されていた。
 ロドルファス・レストレンジ、ベラトリックス・レストレンジ、ラバスタン・レストレンジ、アントニン・ドロホフ、オーガスタス・ルックウッド。
 そして……、シリウス・ブラック。

第六話『暗躍』

 どうして、こんな事に……。
 頭がおかしくなりそうだ。ここ一年余りの記憶が曖昧で、気がついたら恐ろしい犯罪の片棒を担いでいた。
 魔法省の役人が現れ、慌てて逃げ出した。だが、いつまでも逃げ続ける事は出来ない。

「見つけたぞ」

 走り疲れた私の前に男が現れた。闇夜に浮かぶ真紅の瞳が私を見下ろしている。
 その背後には日刊預言者新聞の一面を飾った凶悪犯達の顔が並んでいる。

「ま、まさか……」

 雲の隙間から月明かりが漏れる。月の光に濡れた黄金の髪をかき上げ、男は微笑んだ。
 
「名乗らせて頂こう。|我はヴォルデモート卿《I am Lord Voldemort》。どうかお見知り願うよ、アサド・シャフィク殿」

 その姿、その名乗り、その正体に私は呼吸を忘れた。
 死んだ筈の男。嘗て、魔法界を絶望へ叩き込んだ悪の帝王。

「貴殿は良く期待に答えてくれた。だからこそ、俺様は来た。これは褒美だ」

 杖を向けられる。緑の閃光が視界を埋め尽くした。
 痛みはない。ただ、眠るように……、私は闇の中へ沈んだ。

 第六話『暗躍』

 アルバス・ダンブルドアが校長室で日刊預言者新聞に目を通していると、慌ただしい様子でウィリアムとセブルスが入って来た。

「ダンブルドア! 日刊預言者新聞は読みましたか!?」
「ほれ、このように」

 ウィリアムの開口一番に持っている新聞を見せるダンブルドア。

「……些か、トムを侮っておった」
「トム……。では、やはり帝王の手引だと?」

 セブルスの言葉にダンブルドアは頷いた。

「魔法省の高官やホグワーツの理事が一斉に反旗を翻すなど、他に考えられん」

 アズカバンの集団脱獄は彼らの手引によって行われた。それぞれ地位と名声を持ち、魔法界に大きな影響力を持つ者達だ。
 
「……日記の分霊が築いた地下聖堂を覚えておるな?」

 二人が頷くと、ダンブルドアは言った。

「あの時、聖堂にいた者達はマグルが半数。他は子供やマグル生まればかりだった。他の|犠牲者《・・・》は終ぞ発見出来ず、当時行方不明になった者も他にはいなかった」
「……故に魔法省は捜査を打ち切った。日記の分霊が消えた時点で事件は解決していると判断した。そうでしたね?」

 すべてはヴォルデモート卿が遺した呪具による忌まわしい事件という事で公表される事も無かった。
 魔法省大臣を始め、高官達は今尚ヴォルデモートの存在を恐れている。今の平和な世が壊れる事を忌避している。
 だからこそ、マルフォイ家も処罰を受けなかった。事件そのものを魔法省は無かった事にしたのだ。
 
「独自に調査を続けたが、やはり他の犠牲者達の痕跡は見つからなかった。恐らく、今回のアズカバン集団脱獄に加担した者は当時日記の分霊に仕掛けを施された者達なのだろう」
「周到ですな……」

 セブルスの言葉にダンブルドアが頷く。

「まったくじゃ。ドラコに自らの拠点を魔王へ教えさせた時点でここまでの準備が整っていたという事だ。魔王に勝てば己が、万が一にも敗北した時はオリジナルが行動を開始出来るように」
「シリウス・ブラックもヴォルデモートの手に落ちたのでしょうか?」
「現状は憶測の域を出ないが、甘い期待は捨てるべきじゃろう」

 ダンブルドアの言葉にウィリアムは表情を曇らせる。
 
「……では、残る二つの分霊箱は」
「ヴォルデモート卿の手に戻ったと考えるべきじゃろうな」

 つまり、行方を追う事が非常に困難になったという事だ。
 ウィリアムは舌を打った。

「……何故だ。シリウスは無実だった筈! 何故……、脱獄など」
「ッハ、一言二言甘言でも囁かれたのだろうよ。ヤツの頭に詰まっている物は穴あきだらけのスポンジ同然だからな」

 セブルスは嫌悪感に満ちた表情で言った。

「スネイプ先生は彼を知っているのですか?」
「……甚だ遺憾だが、知っている。いけ好かない男だった。粗野で愚かで、どこまでも忌々しい……」

 憎悪に満ちた声。ウィリアムは僅かに目を見開いた。

「そこまでじゃ、セブルス。お主とシリウスの確執はよく知っておる。だが、憎しみで瞳を濁らせてはならぬ」

 ダンブルドアの言葉にセブルスは歯を食いしばるような表情を浮かべた。
 よほど、シリウスの事が嫌いらしい。

「よく聞くのじゃ、二人共。もはや、誰が味方で、誰が敵かも定かではない。だからこそ、慎重に動かねばならぬ」
「だが、あまりのんびりもしていられないでしょう。既に帝王は復活していると考えて行動するべきだ。つまり、何事も迅速さが求められる」
「もっともな意見じゃ、セブルス。迅速に、慎重に、賢明に動くのじゃ」

 ダンブルドアは言った。

「まずは分霊が不特定多数の者に施した仕掛けを解明せねばならぬ」
「……では、調査に向かいます」
「吾輩も……」
「頼む。お主等が頼りじゃ」

 二人が去った後、ダンブルドアもまた部屋を後にした。

第七話『シーカー』

 ホグワーツの三年目が始まる。アズカバンの事件が起きた翌日、ビルは僕達をキングス・クロス駅まで送り、そのまま何処かへ出掛けた。
 平静を装っていたけど、顔が強張っていた。きっと、ダンブルドアの指示を受けている。
 ホグワーツにも変化が起きた。城内にアズカバンの看守である吸魂鬼と闇祓い局の闇祓い達が警備をする事になったのだ。
 
「……久しいな、ハリー・ポッター」

 新学期が始まり、しばらくした日の事だった。
 僕は廊下でルーファス・スクリムジョールに呼び止められた。
 あの日から四年と少し……。

「お久しぶりです」
「元気そうでなによりだ」
「ええ、おかげさまで」

 あの頃とは違う。もう、この人からも逃げたりしない。
 呼び止めた以上、何か用事がある筈だ。

「僕に何か用が?」
「いや、特にはない。折角の再会だから、挨拶をしておこうと思ってね」
「……そうですか」

 なら、話は終わりだ。拍子抜けしながら、僕は彼に頭を下げた。
 そのまま立ち去ろうとすると、スクリムジョールは言った。

「……魔王は元気かね?」

 そんな事、僕が知りたいくらいだ。

「さあ、知りません」
「そうか……」

 改めて確信した。僕はあの人が心の底から嫌いだ。

 第七話『シーカー』

 ハロウィンが目前に控えた日、スリザリンのクィディッチ選抜試験が始まった。
 今はドラコがチェイサーの試験を受けている。去年まではフリント、ワリントンと共にエイドリアンが務めていたのだけど、今年から彼は引退している。
 ドラコがチェイサーを選んだ理由は去年の学年末にフレッド達からアドバイスを受けたからだ。僕を元気づける名目て開いた練習会だったけど、中身は真剣そのものな内容で、僕もシーカーの適正があると認めてもらえた。だから、今年は僕も選抜試験を受ける。
 ちなみにグリフィンドールではジニーもやる気を出しているみたい。だから、ロンは夏休みの間、必死に練習していたみたい。店の手伝いに来れなかったのもそれが原因。汽車で会った時に謝られてしまった。妹にだけは負けたくないそうだ。実際、練習の時はジニーの方が上手だったっけ……。

「ドラコ、頑張って!」

 パンジーが声を張り上げている。
 今回はスリザリンのみんなと応援している。パンジーもシーカーの座を狙っているみたい。僕をライバル視している。
 だけど、今は関係ない。僕も声を張り上げて応援する。

「ドラコ、ファイト!」

 負けじとダフネやその妹のアリステアも声を上げる。
 上空でクアッフルを抱え、ドラコはブラッジャーや先輩選手達のアタックを巧みに避けている。
 動きに無駄が無い。他の挑戦者達とは段違いの動きだ。

「いけいけ!」

 アリステアが叫ぶ。
 クラッブとゴイルも後ろでウホウホと興奮している。
 ドラコがクアッフルをゴールにダンクした。チェイサーの試験はクアッフルを奪われるまで続く。それからドラコは二十回以上もゴールを決めた。
 まさに圧倒的。他の人達は大抵一桁がやっとだもの。
 降りてくるドラコをみんなで出迎えた。嬉しそうな笑顔を浮かべるドラコ。
 向こうからキャプテンのフリントがやって来る。
 
「ドラコ、文句なしの合格だ! 今年から、君も我がチームのチェイサーだ」

 歓声が上がった。
 パンジーとアリステアがドラコをハグする。二人がドラコに恋をしている事は寮生の中で公然の秘密だ。
 ドラコは困ったような笑顔を浮かべながら僕を見た。

「次は君の番だ」
「……うん!」

 ドラコはやんわりと抱きついている二人から離れ、僕の手を握った。

「君なら間違いなく合格すると確信している。一緒に試合に出よう」
「がんばるよ!」

 笑顔で握り返すと、ドラコは不思議な表情を浮かべた。

「どうかしたの?」
「……いや、別に。僕達は観客席で応援してるよ」

 そう言って、ドラコはみんなを連れて観客席へ向かった。
 僕は髪を紐で縛って、箒を呼び寄せた。
 次は僕の番だ。

「それではシーカー選抜試験を始める! 一組目、空へ!」

 シーカーの選抜試験は数回に分けて行われる。
 三人一組で空に上がり、最初にスニッチを捕らえた人間が次に挑戦出来る。
 僕は最初の組だ。一緒の組の人と同時に箒に跨る。
 すると、いつもの事だけど体が軽くなった。箒に乗る事はすごく気持ちの良い事。地上を離れると、気分が高揚する。
 本来、人は自力で空を飛べない。だから、昔から多くの人が空を飛ぶ手段を模索して、飛行機やヘリコプターを発明した。
 だけど、魔法使いは自分の力で飛ぶ事が出来る。
 上空で滞空すると、視野が一気に開けた。

「スニッチを放つぞ!」

 フリントがスニッチを解き放った。一瞬で姿を消すスニッチ。
 みんなも探し始めている。僕も探そう。
 耳を澄ませてみる。風の音や観客席からの歓声が聞こえる。その中から嗅ぎ分ける。
 
「……見つけた」

 誕生日にビルにもらったニンバス2001は素晴らしい性能だった。僕の思い描いた通りに動いてくれる。僕が動き出した後に他の人達も動き出すけど、もう遅い。
 僕は誰よりも早くスニッチを手に入れた。

「スニッチ、ゲット!」

 それから何度も同じことを繰り返した。
 その度に僕は一番早くスニッチを手に入れた。
 希望者が多くて、最後の三人に絞られるまでに陽が沈んでしまった。
 夜闇の中だと、一層スニッチは見つけ難い。
 だけど……、

「見つけた!」

 僕は勝った。誰よりも早くて凄い事を証明してみせた。
 スニッチを手に降りて行くと、みんなが賞賛してくれた。
 
「見事だ、ハリー! これからは君がシーカーだ! よろしく頼む!」

 フリントも僕を認めてくれた。
 魔王がいたら、きっと褒めてくれた筈。
 どうして、ここに魔王がいないんだろう……。

「ど、どうした!?」

 フリントが慌てている。思わず泣いてしまったみたいだ。

「ご、ごめんなさい。ちょっと、感極まっちゃって……」
「そ、そうか……。言っておくが、これからが本番だぞ。スリザリンこそ最強なんだ。それを証明する為に、我々に敗北は許されない! 涙は優勝杯獲得まで取っておくんだ。いいか、勝つのは我々だ!」
「……はいっ!」

 僕はスリザリンチームのシーカーになった。
 後日、ロンも見事にシーカーの座を射止めたと報告してくれた。ジニーも参加して健闘したみたいだけど、夏休み中訓練に励んだロンが一歩抜きん出たみたい。
 どうやら、チャーリーにいろいろと教わったらしい。
 もうすぐ、クィディッチシーズンが始まる――――……。