第十二話『運命』

「なんか、俺も限界みたいだ……」

 そう言って、私の使い魔は意識を失ってしまった。まあ、あれだけの戦いの後だから仕方ないか、私は倒れたサイトの頬を突いた。意外と柔らかいわね。
 ミス・ロングビルも意識を失ったらしい。これからどうなるんだろう、私は一抹の不安を覚えていた。
 ハーフエルフの少女に会う事になってしまった。自分で望んだ事だけど、その事を考えると体が震える。
 詳しい事情もよく分からない。ミス・ロングビルが怪物になってしまった事も含めて、なにも分からない。

「それにしても、どうしてこんな大事件が起きているのに先生達が誰も助けに来てくれなかったのかしら?」

 モンモランシーが不機嫌そうに言った。確かにおかしいわね、これだけの事が起きたのだから、先生達も気付いた筈よね。どうなっているのかしら?
 私はミス・ロングビルを介抱しているオールド・オスマンを見た。オールド・オスマンは薬を盛られたと言っていた。誰に? もしかして、他の先生達も薬を盛られたから出て来なかったの?

「儂がここに来る途中、何者かがスリープ・クラウドを使用した痕跡があった」

 スリープ・クラウド、それは水の系統魔法で、対象を眠らせる効果がある。

「つまり、皆、眠らされていたというのですか?」
「何者かは分からぬが、ミス・ロングビルがあの様な姿になってしまった事もその何者かの作為によるものかもしれぬ」
「ですが、スリープ・クラウドは術者のレベルを上回れば耐えられる筈ですわ! この学院の先生方の中には、水のスクウェアもいらっしゃいますでしょう?」

 モンモランシーの言葉に私も頷いた。そう、スリープ・クラウドは強力な力を持ったメイジならば耐えられる筈だ。

「確かに、スリープ・クラウドは術者を上回る実力を持つメイジならば、耐える事も出来るじゃろう。つまり、相当な実力を持つメイジの犯行という事じゃ」
「そんな強力なメイジが学院に侵入してるというのですか!?」

 私は学院を振り返って全身に震えが走った。サイトも気を失っている。学院の皆は眠っている。ここで動けるのは私とモンモランシーとオールド・オスマンだけという事になる。
 モンモランシーも状況を理解したらしく、ギーシュを強く抱きしめながら怯えた表情で学院を見た。
 今や、トリステイン魔法学院は安全な学び舎では無い。得体の知れないものが徘徊している、そう思うと怖くてしかたがなかった。

「そう緊張せんでもよい。見よ、学院に灯りが戻って来ておる」

 確かに、学院の塔から光が見え始めた。恐らく、スリープ・クラウドで眠らされた人達が目を覚ましたのだろう。
 最悪でも、私達だけで事に当らなければならない、という事にはならないだろう。安堵のあまり、私は地面にへたり込んでしまった。

「もう、ご主人様の事ほうって寝ちゃって……」

 静かに眠っているサイトの頬を八つ当たり気味に抓りながら私は呟いた。

「それより、そろそろ学院に戻らない? ギーシュとその平み……サイトと、それにミス・ロングビルも保健室に運ばないと」

 モンモランシーの意見に、私達は気絶してしまった三人を保健室に運んだ。
 ちなみに、私はその……、あんまり魔法を使うのが上手じゃないから、仕方なく、本当に不本意だけど、オールド・オスマンにレビテーションをサイトに掛けてもらった。
 保健室にはマリコルヌが未だ眠っている。なんだか、起きる気配が全くないのが不気味だ。

「ミス・ロングビルはちゃんと目を覚ますのかしら」
「ミスタ・グランドプレが眠ったままの理由が分からぬ以上は何とも言えんのう……」

 私が呟くと、オールド・オスマンは空いているベッドの一つにミス・ロングビルを降ろして言った。

「じゃが、少なくともサイト君は目を覚ました。じゃから、ミスタ・グラモンも必ず目を覚ますじゃろうて」

 オールド・オスマンはギーシュを寝かせて不安そうにギーシュの頬を撫でているモンモランシーに言った。
 オールド・オスマンの言葉に少しだけ安堵の表情を浮かべたようだ。

「どうして、ギーシュはペルソナを覚醒したのかしら……」
「ルイズ、そのペルソナって、結局何なの?」

 私が呟くと、モンモランシーが口を開いた。
 オールド・オスマンを伺うと、オールド・オスマンは静かに頷いた。

「ミス・モンモランシには知る権利があるじゃろう。さて、長い話になるでな、ここじゃとあまり話には向かぬじゃろうて、学院長室まで来てくれるかね?」

 オールド・オスマンに言われて、私とモンモランシーは本塔の頂上にある学院長室にやって来た。
 途中、目を擦ったり、ボーッとした使用人や生徒達を見掛けた。
 私はソファーに座りながら、隣で学院長からモンモランシーが説明を受けているのを頭の片隅で聞いていた。

「ギーシュは大丈夫なんですか? ペルソナなんて、得体の知れない力に目覚めて……」

 モンモランシーは不安げにオールド・オスマンに聞いた。

「それは分からぬ。分からぬ以上、あまり使わぬ方がいいじゃろう。目を覚ましたら、ミスタ・グラモンにも言っておかねばならぬな」
「きつく言っておきます!」

 モンモランシーは頷きながら答えた。

「さて、聞きたい事があるのではないかね?」

 オールド・オスマンの言葉に、私は考えていた疑問を口にした。

「オールド・オスマンに薬を盛ったのはミス・ロングビルですか?」
「……え?」

 私の言葉にモンモランシーが目を丸くした。

「だって、侵入したかもしれない謎の存在はスリープ・クラウドで皆を眠らせたのよ? なのに、オールド・オスマンだけは違う方法で眠らされた。なら、犯人が違うと考えるのが自然じゃない? そして、そんな事をする可能性のある人物は……」
「でも、オールド・オスマンの実力はトリステイン王国でも指折りよ? 先生方をスリープ・クラウドで眠らせる程の実力者でも、オールド・オスマンを眠らせる事は出来なかったんじゃないかしら? だから、仕方なく薬で眠らせる事にしたって可能性も……」

 確かにその可能性もある。だけど、問題なのはオールド・オスマンの眠らされた方法だ。

「オールド・オスマンはどうやって薬を盛られたのかしら?」
「それは、紅茶とか、飲み物に混ぜたり……」

 モンモランシーも気付いたようだ。そう、オールド・オスマンに紅茶を淹れる仕事をしているのは、秘書であるミス・ロングビルだ。ミス・ロングビルなら、怪しまれずに薬を紅茶に入れる事が出来る。

「でも、どうしてミス・ロングビルがそんな事をするのよ?」
「それは……」

 それは私にも分からなかった。ただ、どうしても私には全てが謎の人物の仕込みだとは思えなかったのだ。あの時、怪物の殻を通して、ミス・ロングビルの本音に触れたからこそ、少なからず、ミス・ロングビルの意思も存在した気がするのだ。
 私が黙っていると、モンモランシーが突然声を上げた。

「ど、どうしたの!?」
「ル、ルイズ! わ、私、大変な事を思いついたかもしれないわ!」

 モンモランシーは表情を青褪めさせながら言った。一体、どうしたというのかしら?

「落ち着いて、モンモランシー。一体、何を思いついたのよ?」

 モンモランシーを落ち着かせてから尋ねると、モンモランシーは驚くべき事を言った。

「もしかして、ミス・ロングビルって、少し前にトリステイン王国を騒がせていた怪盗の“土くれ”のフーケなんじゃない?」
「な、なにを言ってるの、モンモランシー! 幾ら何でも……それは」
「私、聞いた事があるの。土くれは30メイルもの巨大なゴーレムを作りだせるって」

 モンモランシーの言葉に、私は黒い怪物になる前に私達の前に現れた巨大な土のゴーレムを思い出した。まさか、本当にミス・ロングビルが土くれのフーケ?

「二人共、見事な洞察力じゃな」

 オールド・オスマンの声に私とモンモランシーは驚いてしまった。オールド・オスマンが居る事を忘れてしまっていたらしい。
 オールド・オスマンはしきりに感心した様子で何度も頷いた。

「もはや、君達には隠しても詮無き事じゃろう。さよう、儂に薬を盛ったのはミス・ロングビルじゃ。そして、ミス・ロングビルは土くれのフーケという名で怪盗をしておった」
「じゃあ、犯罪者だって分かっていて学院に招き入れたというんですか!?」

 私は愕然となった。犯罪者と知りながら秘書にするなんて……。私にはオールド・オスマンの考えが分からなかった。

「言い訳に聞こえるじゃろうが、最初から彼女がフーケじゃと、確信していたわけではなかったんじゃ。それなりに疑っておった事は否定せんがのう」
「どうして、秘書にしようと思ったんですか?」

 モンモランシーが尋ねた。

「元々、儂は彼女がフーケであるという確証を得る為に秘書にしたんじゃよ。そして、確証を得られた」
「なら、何故、衛兵に突き出さなかったんですか?」

 私が訪ねると、オールド・オスマンは深く息を吐いた。

「儂は気付いてしまったんじゃよ。彼女の中の善にのう」
「善……ですか?」
「さよう、善じゃ。彼女が心の底から悪であるならば、儂も迷う事無く衛兵に突き出したじゃろう。じゃが、彼女は学院に来てからは真面目に働き、給金の殆どを仕送りに当てておった。自分では殆ど使わずにのう。儂は考えたんじゃよ、このまま、ミス・ロングビルを怪盗から足を洗わせる事が出来るのではないか、とな」
「だからといって!」
「勿論、彼女に全幅の信頼を置く事は出来んかった。だからこそ、彼女も儂を完全に信じてはくれんかったのかもしれんがのう……」

 オールド・オスマンは自嘲気味に言った。

「常に儂の使い魔にミス・ロングビルの動向を探らせておったんじゃよ。この学院に居る限り、彼女は儂の監視から逃れる事は出来んかった」
「なら、どうして薬を盛られたりなんか……」

 モンモランシーが言うと、オールド・オスマンはバツの悪そうな顔をした。

「実は、もう直ぐこの学院に姫様が来るんじゃが、その件で色々と忙しくてのう……。つい、気が揺るんでしまっとったんじゃ」
「姫様って……、アンリエッタ姫殿下が!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。だって、姫様が学院に来るなんて聞いてない。
 アンリエッタ姫殿下はこのトリステイン王国のお姫様で、私の幼馴染でもある。
 一緒に宮殿の中庭で蝶を追いかけて泥だらけになったのは今ではいい思い出だ。今では恐れ多くてとてもじゃないけど出来ないけど、取っ組み合いの喧嘩もした事がある。私にとって、姫様は大切な人なのだ。

「さよう、ヘイムダルの週の初めにアンリエッタ姫殿下は帝政ゲルマニアを訪問する予定なんじゃが、その帰りにこの学院を訪問する事になったんじゃ。その為、色々とイベントの準備など忙しくてのう」
「イベントって何をやるんですか?」

 モンモランシーが尋ねた。

「使い魔の品評会を開こうかと考えておるんじゃよ。明日のフリッグの舞踏会の時に発表するつもりじゃ」
「つ、使い魔の品評会ですか……?」

 私はガックリと肩を落とした。私の使い魔と言えば、サイトの事だけど、十中八九馬鹿にされる事が目に見えている。
 姫様の前で恥をかかされる事になるなんて耐えられない。

「どうしたのよ? 暗い顔して」

 モンモランシーが私の顔を覗きこみながら言った。

「暗くもなるわよ。姫様の前で恥を掻くんだから……」

 私が言うと、モンモランシーは肩を竦めた。

「サイトは強いじゃない。それに、ルイズ、貴女の事を必死に護ってた。私は悪く無いと思うわよ? 貴女の使い魔」
「わ、私だって、サイトが弱いとか、そういう事考えて言ってるわけじゃないわよ!」

 そう、サイトは弱くない。疾風の様に速く走れるし、力も強い、それにペルソナ能力なんて、とんでもない力を持っている。だけど、やっぱり平民だ。
 大衆の面前で、姫様の前で、私の使い魔は平民です、なんていう光景を想像すると絶望しそうになる……。

「まあ、種族は何ですか、って聞かれて、種族は平民です、とは答え難いわよね……」

 モンモランシーが苦笑いを浮かべながら言った。他人事だと思って、このアマ。

「使い魔の魅力を如何に引き出すか、それも主人の大切な仕事じゃよ。よく、サイト君と相談してみなさい」
「うう……、わかりました」

 ペルソナか剣の腕でも披露させようかしら、私がそんな事を考えていると、突然、モンモランシーが素っ頓狂な声を上げた。

「な、なに!?」
「た、大変よ! 明日はフリッグの舞踏会なのに、ギーシュが目を覚まさなかったらどうしよう!?」

 そう言えば、サイトも使い魔として頑張ってるし、ご褒美に私のドレス姿を拝ませてあげようかと思ってたのに、サイト、また一週間も眠り続けるのかしら……。

「本当にすまんのう。二人の治癒に必要な水の秘薬の代金は全て儂が持つ。それに、表立った褒章はやれんのじゃが、儂個人から褒美を出そう」

 頭を下げるオールド・オスマンに私とモンモランシーは溜息を吐いた。オールド・オスマンにこんな事を言われてしまっては憤慨する事も出来やしない。

「それよりもオールド・オスマン。ミス・ロングビルの事ですが……、やはりフーケである事は……」
「それについては儂は何も言えんよ。お主等の判断に任せる。ミス・ロングビルのして来た事は安易に許してよいものではない。とはいえ、儂は彼女に更生の機会を与えたいと願っておる。じゃが、それをお主等にまで押し付ける事は出来ぬからのう」

 私達の答えなんて知っているだろうに、オールド・オスマンは人が悪い。

「罪は償わなければならないと思います……」

 モンモランシーが言った。

「ですが、更生の機会を与えるべきというオールド・オスマンのお考えも一理あると思います。ですから、判断はオールド・オスマンに委ねますわ」
「私も同意見ですわ」

 モンモランシーの言葉に私も続いた。

「二人共、ありがとう」

 オールド・オスマンは再び、深々と頭を下げた。私はモンモランシーと顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
 本当は納得出来ていない。けど、ミス・ロングビルの声を聞いてしまった私達には、ただ何も考えずに衛兵に突き出すなんて事は出来なかった――――……。

ゼロのペルソナ使い 第十二話『運命』

「また、この天井か……」

 見慣れてきた石造りの保健室の天井を見上げながら呟いた。
 どのくらい寝ていたのだろうか、外は真っ暗で部屋の中も真っ暗だ。前は一週間も眠り続けていたらしいし、今回もそのくらい寝ちゃったかな……。
 俺はベッドから起き上がった。思ったよりも体は硬くなってなかった。立ち上がって、歩いても問題は無さそうだ。
 隣のベッドを見ると、ギーシュが寝かされていた。俺とギーシュは前に俺が着せられていた病人用のバスローブみたいな服を着せられていた。

「服は……無いか」

 前にシエスタが俺の服を仕舞ってくれていた引き出しを開けてみるけど、中には何も無かった。
 他の引き出しを開けてみると、腕時計が入っていた。ちなみに遠出になるからMP3や携帯電話とかはルイズの部屋に置いて来てある。この星じゃ、財布や携帯電話も役に立たないしな。
 腕時計を見ると、時間は深夜の二時だった。

「あれ? 日付が一日しか変わってない……?」

 俺の腕時計はソーラー式で、多機能な腕時計だ。時間は地球と変わらないらしく、そのままの設定にしてある。
 日付の所を見ると、服を買いに行った日の翌日になっていた。壊れている様子も無いし、まさか、一年が経ったわけでもあるまい。

「意外と早くに目が覚めたな……」

 呟いた瞬間、俺は突然、手にナニカを持っていた。
 俺は突然、手の中に現れたナニカを見た。それはペルソナに目覚めた時にイゴールに渡された鍵だった。

「どうして、これが……」

 今の今迄、完全に忘れていた。青白い光沢を持った不思議な鍵だ。
 鍵はぼんやりと光を放っていた。

『いよいよ始まりましたな……。では、しばしお時間を拝借すると致しましょうか……』

 俺の手の中に在る“契約者の鍵”の光が一層強くなった。鍵を包み込む光が細く糸の様に保健室の出口に向かって伸びた。
 俺は導かれる様に光の糸を追った。保健室を出ると、本塔の入口の方に光は伸びていた。
 外に出ると、光は女子寮に向かって伸びていた。女子寮の階段を登り、ルイズの部屋のあるフロアまでやって来ると、そこに見慣れない青白い光を放つ奇妙な扉があった。
 今迄、何度かこのフロアを歩いたけど、こんな扉を見たのは初めてだ。俺はゴクリと喉を鳴らしながら、ソッと扉に近づいた。
 扉の目の前に立つと、扉にはドアノブが無い事に気が付いた。戸惑っていると、手の中の鍵が勝手に動き出した。鍵の動きに釣られて、俺は扉に手をついた。
 直後、俺はあの部屋に居た。青白い不思議な部屋、ベルベットルームだ。

「お待ちしておりました」

 イゴールがいつもの様にソファーに座りながら手を組んで俺を見ていた。
 イゴールはおもむろに話し始めた。

「貴方に訪れる災難……、それは既に人々の“運命”を狂わせながら迫りつつある……。ですが、恐れる事はございません。貴方は既に、抗う為の“力”をお持ちだ。いよいよ、その“ペルソナ”……、使いこなす時が訪れたようですな」

 フフ、とイゴールは不気味な笑みを浮かべながら言った。訪れる災難、それはマリコルヌの時の豚の怪物や、ロングビルの紫の化け物の事だろうか?
 イゴールの背後に黙して立っていたアンが口を開いた。

「さながら荒波の航海の如く、あなたは困難な旅路を歩む事となるでしょう。そして、大いなる謎に挑む事になる。残念ですが、現在の貴方では、まだ真実へと連なる道筋を見つける事はお出来になれません。だからこそ、貴方は知るべきなのです。貴方の力の性質、それは護る事――。その為に貴方は“運命”によって、特別な力を受け取られた」

 アンが冷淡な声で言った。“特別な力”とは、何の事だろう、そう考えていると、アンは俺の心を読んだかの様に語り始めた。

「貴方が受け取られた力、それは数字の“ゼロ”のようなもの……。からっぽに過ぎず、されども無限の可能性を宿す力。それは、正しく心を育めば、どのような試練にも戦い得る“切り札”となる力……」

 アンは冷たい眼差しを俺に向けながら話を続けた。

「それは貴方様御自身の力でございません。あくまでも、仮初めの力。ですが、貴方様が真に絆を育まれれば、あるいは……」

 その時、僅かにだけど、アンの瞳に温かさを感じた気がした。
 イゴールが口を開いた。

「さて……、いよいよ私も忙しくなりますな。私の役割……、それは、“新たなペルソナ”を生み出す事。お持ちの“ペルソナカード”を複数掛け合わせ、一つの新たな姿へと転生させる……。言わば“ペルソナの合体”でございます」

 複数のペルソナ? 俺は目を丸くした。ペルソナって、複数も持てる物なのか、俺はまじまじとイゴールを見た。
 イゴールは愉快そうに嗤った。

「貴方はお一人で複数の“ペルソナ”を持ち、それらを使い分ける事が出来るのです。そして、敵を倒した時、貴方には見える筈だ……。自分の得た“可能性の芽”が、手札としてね。時にそれらは、酷く捉え辛い事もある……。しかし、恐れず掴み取るのです」

 可能性の芽を掴み取る、俺にはよく分からなかった。

「カードを手に入れられたなら、是非ともこちらへお持ち下さい。しかも、貴方がコミュニティをお持ちなら、ペルソナは更に強い力を得る事でしょう……。貴方の力は、それによって育ってゆく……。よくよく心しておかれるが良いでしょう」

 確か、ルイズとのコミュニティである“愚者”のコミュとギーシュとのコミュニティである“魔術師”のコミュ、オールド・オスマンとのコミュニティである“隠者”のコミュ、それにコルベールとのコミュニティである“刑死者”のコミュを持っている。
 “愚者”、“魔術師”、“隠者”、“刑死者”のペルソナを合体で生み出す時、更に強い力を得る様だ……。
 イゴールとアンが頷き合って、アンが俺の所にやって来た。俺の目の前までやって来ると、どこからともなく、重厚で綺麗な細工が施された一冊の本を取り出した。

「こちらにあるますのが“ペルソナ全書”でございます。貴方様がお持ちのペルソナを登録される事で、それをいつでも引き出す事が出来る仕組みとなっております。ご利用の際は、私に申し付けてくださいませ」

 そう言って、アンは定位置に戻って行った。ペルソナ全書というのは、ゲームをセーブするメモリーカードみたいなものらしい。

「さて、私からは以上でございます。ですが……、お聞きになりたい事がおありのようだ」

 イゴールは俺の考えを見透かした様子で言った。聞きたい事は山のようにある。だけど、なにから聞けばいいか分からなかった。
 ここは……ベルベットルームとは一体なんなのか、そもそも、イゴールとアンは何者なんだ?

「ここは意識と無意識の狭間をたゆたう部屋でございます。そして、私共はこの部屋の住民……」

 よく分からない答えを返された。じゃあ、ペルソナとは何なんだ?

「“ペルソナ”とは、心の奥底に潜む、神や悪魔の如き、もう1人の自分を呼び出す力なのでございます。神の様に、慈愛に満ちた自分……、悪魔の様に、残酷な自分……、人は、様々な仮面を着けて生きるものでございましょう? 今の貴方様の姿も、無数の仮面の一つに過ぎないのです。ペルソナもまた、数多くある貴方様の姿の一つなのでございます」

 なんとなく、今のイゴールの話は分かる気がした。
 親の前に居る時の自分、婆ちゃんや爺ちゃんの前に居る自分、先生の前に居る自分、友達の前に居る自分、ルイズの前に居る自分、どれも同じ自分だと言い切る事は出来ない気がした。
 じゃあ、ローランはどんな自分なんだ? ローランの勇ましい姿を思い浮かべながら、俺は首を捻った。

「さて、そろそろお時間のようでございます。次からはご自分の意思で扉を開けて、こちらへ参られるがよろしい。ではその時まで、ごきげんよう」

 いつの間にかルイズの部屋のあるフロアの壁の前に立ち尽くしていた。後ろを振り返ると、青白い光を放つ不思議な扉は変わらずにそこに存在していた。
 窓を見ると、既に朝日が上っていた――――……。

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