第十九話「新たなる力」

 王都トリスタニアを出発して丸一日が経過。南に向かい、馬を何度も乗り換えて走り続けている。向かう先は山間の街ラ・ロシェール。そこから浮遊大陸アルビオンへの定期船が出ている。
 初めは一度学院に戻る予定だった。だけど、ルイズが直接アルビオンへ向かおうと提案してきた。
 万が一を考えたのだ。常識的に考えれば、乗馬訓練は一朝一夕でどうにかなるものではない。だけど、サイトには奇妙な能力が幾つもある。
 最たるものがペルソナだけど、それ以外にも武器を持てば風のように素早く動き、青銅をゼリーのように切り裂くパワーを発揮する不思議な強化能力がある。
 もし、その不思議な力が乗馬の時にも発揮されたら? 一日で馬に乗れるようになる。そんな奇跡をサイトは実現出来る可能性を秘めている。
 
「――――モンモランシー」

 せめて、愛しのモンモランシーに最後の別れを告げたかった。使い魔のヴェルダンデに彼女宛の手紙を託してあるけど、名残惜しさが後を引く。

「ギーシュ!」

 物思いに耽けていると、ルイズが馬を寄せてきた。

「今のペースを維持すれば、後半日程でラ・ロシェールに到着するわ。どうする?」
「……いや、今日はここまでだにしておこうよ。もう、宿を見つけて休もう。この時間だと、馬が潰れても直ぐに替えを用意する事が出来ない。今のペースを維持し続ける事は不可能だよ。それに、僕達の体力もそろそろ限界だ。確か、この道を少し行って右に逸れた先に村があった筈だ」
「……分かったわ」

 王都で入念に下調べを行った甲斐があったというもの。
 ここまでの道中は実に順調だ。
 だけど、無理は禁物。ここまで来ると、もはや王都の威光は届かない。夜間に人気の無い道を進めば野盗や怪物に襲われる可能性もある。
 地図を買った店の主人からの受け売りだけど、ルイズにも出発前に確りと説明した。
 おかげで焦ってはいても、癇癪を起こしたり、反対意見を口にしたりはしてこない。

「あそこだ」

 地図を頼りに進み、遠くにぼんやりとした光を見つけた。
 見晴らしの良い大草原が広がる村。“タルブ”という名で、ブドウの名産地として有名な所だ。ここで採れたブドウを使ったワインは絶品だと好事家達の間で少々有名な場所でもある。

「あれ? ミス・ヴァリエールに、ミスタ・グラモンではありませんか!」

 馬を引きながら宿を探していると、聞き覚えのある声が響いた。

ゼロのペルソナ使い 第十九話「新たな力」

 気が付くと、奇妙な場所に居た。暗い部屋。ベルベットルームとも違う。
 壁は煉瓦のようだ。窓は見当たらない。とりあえず、歩いてみよう。
 かなり広い空間らしい。いくら歩いても、ゴールに辿り着かない。
 
『こんにちは』

 いきなり背後から話し掛けられ、心臓が止まるかと思った。
 振り返ると、そこには青い髪の少女が立っていた。
 どこか、イゴールやアンに似た雰囲気を感じる。

『ずっと、待ってたよ』

 少女は薄く微笑む。

『わたしは……、リシュ。よろしくね、お兄ちゃん』

 リシュと名乗った少女は踊るように歩み寄って来た。
 
『気をつけてね、お兄ちゃん』

 リシュは俺の手を取って、物憂げな表情を浮かべながら言った。

『大きな試練がやって来る』

 リシュの吐息が手の甲に当たる。

『だけど、必要な事。試練を乗り越えた先に真実がある』

 リシュは俺の手の甲に唇を押し付けた。
 途端、激しい頭痛に襲われた。同時に風景が一変した。
 月夜の大草原。そこに見知った後ろ姿が二つ。
 声が聞こえる……。

“アルビオンへの定期船が運航停止状態とはね……”

 ギーシュの声だ。

“足止めを喰らっている暇なんて無いわ。方法を見つけなきゃ!”

 ルイズの声も聞こえる。

“方法と言っても、アルビオンは空に浮かぶ浮遊大陸だ。フライで飛んで行ける高度じゃないし……”
“そうだわ! ギーシュ。貴方のペルソナで何とかならないの? ほら、剣をぶん投げたみたいに私達を――――”
“死んじゃうよ!? 絶対! 間違いなく、死んじゃうから却下!”
“じゃあ、どうするのよ!?”
“一応、明日、ラ・ロシェールに向かおう。なんとか船を出してもらえないか交渉してみるしかないよ。最悪、船を一隻買い取って――――”

 声が遠ざかる。景色も元の暗い部屋に戻ってしまった。
 今の光景が現実のものだとしたら、二人は既にアルビオンへ出発してしまったという事だ。
 
『今のわたしに出来る事はこれが精一杯。いつか、現実の世界で会えたら、その時は――――』

 リシュは俺の手を自分の胸元に引き寄せた。
 彼女の鼓動が手の甲を通じて伝わってくる。不思議な少女、リシュとの間に、ほのかな絆の芽生えを感じる。
 …………!? ……頭の中に、不思議な声が囁く――。

『我は汝……、汝は我……。汝、新たなる絆を見出したり……。絆は即ち、真実に至る一歩也。汝、“世界”のペルソナを生み出せし時、我ら、更なる力の祝福を与えん……』

 俺はリシュとの絆に呼応する様に、“心”の力が高まるのを感じた。

『いってらっしゃい、お兄ちゃん』

 リシュの声が遠ざかっていく。気が付くと、俺はいつも寝る時に使っているソファーの上で横になっていた。
 空は真っ暗だけど、腕時計を確認すると、まだ0時前だった。
 急いで起き上がり、デルフリンガーを手に取る。

『オウ、起き抜けに慌ててどうしたんだよ、相棒?』
「ルイズとギーシュを追い掛ける!」
『ハァ? おいおい、相棒。出発は明日だろ?』
「違う。騙された。アイツラ、俺を置いてとっくに出発してたんだ!」
『なんで、そんな事が今さっきまで寝てた相棒に分かるんだ?』
「上手く説明出来ないけど、夢で見たんだ! 二人がラ・ロシェールって所に向かおうとしている所を!」

 問答をしている時間は無い。尚も喋り続けようとするデルフリンガーを鞘に押し込み、俺は部屋を飛び出した。
 建物から飛び出すと、どこからか女の子の啜り泣く声が聞こえた。
 
「この声……」

 啜り泣く声はどこか聞き覚えがあった。
 急いでルイズ達を追わないといけないのに、俺は声の主の事が気に掛かった。
 声の方に走って行くと、やはりそこには見覚えのある姿があった。
 
「モンモン……?」
「……サイト?」

 啜り泣いていたのはモンモランシーだった。
 彼女の手にはシワクチャになった手紙が握られている。

「サイト……。どうしよう……。ギーシュが死んじゃう……」

 涙をボロボロと零しながら、モンモランシーは言った。
 
「もしかして、その手紙はギーシュから……?」
「……そうよ。ギーシュ。もう、帰って来れないかもって……。極秘の任務を命じられたって……。あ、あなたの事を任せたいって……」

 鼻水を垂れ流し、体を震わせながらモンモランシーは髪の毛を掻き毟った。

「お、おい、モンモン!?」
「ヴェルダンデが運んできたのよ! こ、こんな物まで同封して!」

 そう言って、モンモランシーが掲げて見せたのは一目で高級品と分かる宝石だった。

「こ、こんな高価なもの……。今まで、バラとか香水とかくれた事はあったけど……。ギーシュの家は裕福じゃないのよ! こんな物を気軽に買える程、懐に余裕なんて無い筈なのよ!?」

 モンモランシーが握っている手紙。そこに書いてあったものが何か、読まなくても分かってしまった。
 遺書だ。しかも、モンモランシーに形見の品まで送って……。

「あ、あの野郎……」

 怒りが込み上げてくる。これが映画や漫画の登場人物の事ならカッケーの一言で済ませたかもしれない。
 だけど、アイツは俺の友達だ。モンモランシーを泣かせて、俺を置いて行って、勝手に死のうとしている。それが堪らなく許せない。
 
「……待ってろ、モンモン。俺がアイツの首に縄を括りつけてでも連れて帰って――――」
「ああ、もしかして……」

 いきなり、モンモランシーは空を見上げながら言った。

「ギーシュはルイズと駆け落ちしたのかもしれないわ」
「……は?」

 何を言っているのか、一瞬分からなかった。

「そうよ……。こんな遺書みたいなもの送りつけて、ギーシュはきっと……。そうよ……。この宝石だって、ルイズに買わせた物なんだわ」

 まるで、穢らわしい物に触ってしまったかのように、モンモランシーは宝石を地面に投げ捨てた。

「お、おい、モンモン!?」
「ルイズは公爵家の娘だもの。男爵家であるギーシュの家とは釣り合いが取れない。だから、二人で逃げ出したんだわ」
「何言ってるんだよ、モンモン! ギーシュは――――」
「黙りなさい!!」

 吹き飛ばされた。そうとしか表現出来ない。まるで、蚊を払うかのような動作でモンモランシーは俺を吹き飛ばした。慌ててデルフリンガーを掴み、身体能力を向上させる。
 十メートルは飛んだ。あまりの事に気が動転しそうになる。
 
「お、おい、モンモ……って、あれは!」

 モンモランシーの体から白い霧が噴き出している。
 脳裏に浮かぶ、マリコルヌとの決闘。ミス・ロングビルとの戦い。

「アハ……、アッハハハハハハハハハハハハハハ!!」

 甦る恐怖の記憶。どうして、モンモランシーが……。
 
「バカみたい……。心配なんてして、鼻水まで流して……、みっともない……。捨てられたのね……。ああ、本当に……」

 精神が錯乱している。俺は必死にモンモランシーの名前を叫んだ。

「バカみたい……」
「後退しろ、サイト!!」

 モンモランシーが白い霧に包まれていく。
 同時に頭上から鋭い声が轟いた。顔を上げると、そこには塔の壁を蹴り、降りて来るクリスの姿があった。
 クリスは壁を強く蹴り、弧を描いて俺の所に降りて来る。

「退がっていろ、サイト!!“シャドウ”が顕現する!!」

 クリスは俺を突き飛ばし、腰に差している日本刀を引き抜いた。

「やはり、封印が解かれてしまったという事か……」
「お、おい、クリス! それって、どういう……」

 直後、モンモランシーの悲鳴と共に霧が一気に吹き上がった。
 浮かび上がる仮面。

『我は影、真なる我……』

 青い鱗。蛇のような細長い胴体。
 それは、まるでお伽話に出て来る龍のようだった。

「逃げろ、サイト!」

 クリスは身をクネラせる巨大な怪物を前に一歩足を踏み出した。

「何言ってるんだ! お前の方こそ逃げろ!」

 クリスはあの怪物の事を何か知っているみたいだ。
 だけど、生身で立ち向かうなんて無茶だ。
 
「ここは俺が――――」
「駄目だ。幾ら、お前の剣技が優れていても、アレの前では無意味なのだ。アレと戦うには相応の“力”が要る! 我が一族が伝えし、この“力”が!!」
 
 轟くように叫び、クリスは左手を天に掲げた。
 すると、彼女の掌に一枚のカードが現れた。

「ま、まさか……」

 見覚えのある仮面が描かれたカードをクリスは握り潰した。

「来い……、ブリュンヒルデ!!」

 瞬間、光と共にクリスの頭上に槍と盾を手にした女性が姿を現した。

「ペ、ペルソナ!?」
「なっ……、なぜ、サイトがペルソナの事を!?」

 驚きのあまり叫ぶと、クリスが目を白黒させた。

「な、何でって、俺も持ってるから――――って、危ない!」

 意識しての行動では無かった。
 クリスが背を向けている隙に青い龍が水の塊を吐き出したのだ。
 その光景を見て、咄嗟に守らなければいけないと思った。すると、掌に馴染み深い感触が現れた。
 現れたカードを握り潰す。

「ローラン!!」

 頭上に白い鎧を身に纏う聖騎士が現れ、クリスの前に躍り出た。
 水と言えど、勢い良く飛んで来たソレは相応の硬度を誇り、俺のペルソナを吹き飛ばした。
 ペルソナの受けたダメージがフィードバックして来る。まるで勢い良く電信柱にでもぶつかったかのような痛みが走る。
 だけど、怯んでいる暇は無い。

「水属性は雷属性に弱いっていうのがRPGのお約束だぜ!! ジオ!!」

 轟く閃光。雷霆が青い龍に向かって迸る。

「やったか!?」

 雷は確かに命中した。ミス・ロングビルとの戦いでは効果が薄かったけど、よく考えてみたら、土属性に雷属性が効き難いっていうのもRPGのお約束だ。
 
「駄目だ、サイト! 逃げろ!」

 クリスの声が響く。直後、雷に打たれた筈の龍が無傷のまま俺に向かって突進してくる。

『飛べ、相棒!!』

 デルフリンガーの叫ぶ声に思考する間も無く従った。飛び上がった瞬間、足元を龍が通り過ぎていった。地面を削りながら奔る龍の背に着地すると、そのままデルフリンガーを突き立て――――、

「硬っ!?」

 龍の鱗は恐ろしい程硬かった。

「サイト!!」

 クリスのペルソナが俺を掴んで龍の背中から遠ざける。
 俺は遠ざかる龍に向かって、再びジオを放った。だけど、やっぱり効いていない。

「ど、どうして……」
「ペルソナ能力は持っていても、知識は無いか……。いいか、サイト。シャドウの中にはスキルを無効化するタイプが存在する。アレはどうやら、雷の属性を無効化するタイプのようだ」
「マ、マジかよ!? 普通、水属性には雷属性だろ!?」
「よく分からんが、奴には物理攻撃も効果が薄そうだな。サイトよ、ジオ以外のスキルは持っていないのか?」
「そ、そう言われても……」

 そもそも、いきなり新しい単語がポンポン出て来て頭の中は絶賛混乱中だ。
 シャドウだとか、スキルだとか、いよいよRPGみたいだ。

「――――って、魔法や怪物がいる時点で、とっくにファンタジーか!」

 再び襲い来る龍の突進を回避しながら、俺はローランの刃で龍の体に斬りつけた。
 デルフリンガーは錆が酷い。武器の質のせいで刃が通らなかった可能性も十分にある。
 そう思ったが故の一撃だったが、やはり鱗に弾かれた。

「ってか、こんな怪物が暴れまわってるっていうのに、どうして誰も出て来ないんだ!?」

 かなり激しく戦っているから、物音だって物凄い。
 幾ら寝入っていても起きるだろ、普通。

「シャドウの発する霧が原因だ」

 クリスが風の魔法を龍に打ち込みながら言った。当然のように無傷で襲い掛かってくる龍に俺はローランの刃をぶつける。
 やっぱり、硬い。

「ど、どういう事だ!?」
「シャドウの霧は抵抗力を持たない者に幻覚を見せる」

 クリスはペルソナに掴まりながら龍から一気に距離を取る。
 そういう戦い方も出来るのか……。

「メイジなら、起きている間は抵抗出来る可能性もある! だが、寝ている間は無防備だ」

 クリスが“ガル”と叫ぶと、彼女のペルソナが疾風を巻き起こした。

「ックソ、効き目が薄いか――――」

 クリスは俺のいる場所まで飛んで来た。

「シャドウの霧による眠りから醒める事は不可能に近い。出来るとしたら、それはペルソナ能力を持つ者か、目覚める素養がある者。もしくは、シャドウの霧にも屈しない強靭な意思を持つ者だ」

 目の前に龍が迫っている。ローランとブリュンヒルデが同時に前に飛び出してガードの姿勢を取った。
 激しい衝撃に全身が痛む。

「だ、大丈夫か、クリス!」
「あ、ああ……。これしきの傷、サムライである私には――――ッ」

 のんびり喋っている余裕は与えてくれないみたいだ。
 龍は巨大な水の塊を隕石のように吐き出してくる。

「受け続けるとヤバイぞ!」

 回避に専念しながら、時折攻撃を加える。だけど、ちっともダメージが通った気がしない。

「もしかして、これがリシュの言っていた……」
「ボケっとするな、サイト!!」
「えっ?」

 俺はクリスに突き飛ばされた。直後、俺の居た場所――――つまり、クリスの居る場所に水の隕石が降り注いだ。

「ぐぁぁああああああ!!」
「クリス!!」

 地面が大きく抉られ、クリスのブリュンヒルデが膝を付いている。
 
「クリス!!」

 クリスは刀を杖にして、体を支えている。だけど、額と口元から血を流し、足がふらついている。

「サイ……、ト」

 崩れ落ちる寸前、クリスの体を抱き止めて、俺は全速力で龍から離れた。
 追い掛けて来る。クリスを安全な場所に運ぼうにも、これでは無理だ。

「もう、いい……。逃げろ、サイト」
「おい、喋るな! 今、安全な場所に――――」
「いいんだ。シャドウと戦う事は我が一族の勤めなのだ。その為に、私はこの国に来た。覚悟は出来ている」

 その言葉にカチンと来た。一族の勤めだか何だか知らないが、こんな華奢な体で碌でも無い覚悟を決めているクリスに腹が立った。
 そして、碌でも無い決意を彼女にさせてしまった俺自身に腹が立った。
 
「サイト。私を置いて、お前は――――」
「ウルサイ……」
「サイト……?」
「ウルサイって言ってるだろ! お姫様の癖に、体を張り過ぎなんだよ、バカ!」
「バ、バカとはなんだ! バカとは!」
「ウルセェ!! バカだ!! どいつもこいつもバカばっかりだ!!」

 ルイズといい、ギーシュといい、クリスといい、どうしてドイツもコイツも自分を蔑ろにするんだ。
 どうして、頼ってくれないんだ。

「ちくしょおおおおおおお!!」

 俺はクリスを地面に降ろし、向かって来る龍に向かい合った。

「な、何をするつもりだ……、逃げろ!!」
「巫山戯んな!! 女の子が命を張ってるのに、男の俺が逃げ出せるわけないだろ!!」

 攻撃が効かないなど、知った事か!
 こうなったら、何が何でもアイツを倒す。そもそも、アイツを倒せなきゃ、モンモランシーが助けられない。
 シャドウの事もペルソナの事も何もかも分からない事だらけだけど、やらなきゃいけない事だけは分かる。

「行くぞ!!」

 デルフリンガーを構える。

『……相棒。狙うなら、目玉や口の中だ。鱗に刃が通らないなら、通りそうな場所を攻撃するしかねーぞ』
「ッハ、簡単に言ってくれるな、チクショウ!」

 研ぎ澄まされた感覚で龍の動きを捉える。龍は巨体の割に機敏だけど、俺の方が素早い。
 決めるならカウンターだ。奴が突進してきたら、ギリギリの所で回避して攻撃を仕掛ける。
 心臓がバクバク言ってる。失敗したら死ぬかもしれない。だけど、やらなきゃ勝てない。
 
“敵に後ろを見せない者を、貴族と呼ぶのよ”

 前にミス・ロングビルから出た怪物と戦った時にルイズが言い放った言葉が甦る。
 本当は怖かった癖に、必死に恐怖に抗って敵に立ち向かったルイズの後ろ姿が脳裏に浮かぶ。

“メイジの実力を見たければ、その使い魔を見よ”

 この星にはそんな格言があるらしい。
 なら、ここで俺が恐怖に負けて逃げ出したら、ルイズの実力はその程度のものという事になってしまう。
 そんな事、認められない。

『来るぞ、相棒! タイミングを誤るな!!』
「おう!!」

 龍が顎を開き、迫り来る。
 接触まで三秒……、二秒……、一……秒!

『いまだ、相棒!!』
「でりゃあああああああああああ!!」

 前に踏み込み、飛ぶ。
 まるで、時が停止したかのような感覚。
 怪物の仮面に覆われた顔の向こうに紅く輝く瞳が見えた。

「おおおおおおおおおおおおおおおお!!」
 
 デルフリンガーを振るう。グチャリという感触。デルフリンガーの刀身が龍の瞳に突き刺さった。

「うぉっ!?」

 途端、龍が暴れ始めた。痛みに悶えているようだ。
 俺は広場の方へと吹き飛ばされた。デルフリンガーを手放してしまったせいで体が一気に重くなり、体勢を整える事が出来ない。

「クッソ……」

 その時、俺はクリスがペルソナを使って移動する姿を思い出した。
 やってみるか……。

「ローラン!!」

 ローランは俺の呼び掛けに素直に応えてくれた。
 俺の手を掴み、ゆっくりと地面に下ろしてくれた。

「サンキュー」

 ローランにお礼を言って、再び龍に視線を戻す。すると、龍は真っ直ぐに俺を見つめていた。
 轟く咆哮。飛んでくる水の流星群。今の俺では躱し切れない。
 万事休すだ。

「……チクショウ」

 頑張ったつもりだけど、ここまでみたいだ。
 あれを喰らったら、さすがに死んでしま――――……ッ

『どうやら――――』

 瞬きをした瞬間、俺はまた、ベルベットルームに居た。
 この部屋の住人であるアンが薄く微笑みながら分厚い本を広げている。

「――――新たなる力に目覚める時が訪れたようですね」

 そう言って、アンは俺の下に歩み寄ってくる。
 イゴールは相変わらず大きな目をギョロつかせながら口を開いた。

「あなたの力は他者とは違う特別なものだ。空っぽに過ぎないが、同時に無限の可能性を宿している。あなたは一人で複数のペルソナを持ち、それを使い分ける事が出来るのです」

 アンが開いた本から一枚のカードが浮かび上がる。

「これは先刻の戦いで手に入れた“魔術師”のアルカナ。宿るペルソナは――――」

 カードが真っ直ぐに俺の所まで飛んで来て、掴んだ瞬間、俺はベルベットルームから元居た広場に戻された。
 手の中にはベルベットルームで受け取ったカードがある。
 迫り来る水の流星群を前に俺は迷わずカードを握り潰した――――……。

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