第十八話「かっこいいッス!」

 最初にマスター達へ及んだ危機を感知したのはコンカラーだった。主の受けた苦痛がラインを通じて彼に届く。
「ーーーーマスター!!」
 コンカラーの表情が歪む。今直ぐにマスターの下へ駆けつけなければいけない。だが、既に戦闘が始まってしまっている。
 セイバーの性格上、一度始まった戦いを中断してくれる筈がない。
 降り注ぐ無数の宝具。ブケファラスの疾走を止めれば、瞬く間に肉塊へ変えられてしまう。
 如何にセイバーと言えども、三対一では一方的な勝負になると思っていた。ところが、蓋を開けてみれば有利である筈のコンカラー達が押されている。
 あの化け物染みた戦闘力を持つライダーと打ち合いながら、コンカラーを逃さない為に宝具の豪雨で檻を構築し、遠方から飛来するアーチャーの狙撃を盾の宝具で完璧に防ぎ切っている。
 隙が全く無い。次元が違う。まるで、神に挑んでいるかのようだ。
「ブケファラス!!」
 それでも、この戦線から離脱して主の下へ向かわなければいけない。彼の命が一秒毎に弱まっていく。
 縦横無尽に飛び交う宝具の嵐は掠るだけで消滅を免れない凶悪なものばかり。
 だが、幸か不幸かセイバーはコンカラーに対して逃がさない程度の注意を向けているだけだ。
 さすがに包囲網を抜けようとしたら気付かれて、仕留める為の攻撃にシフトするだろうがーーーー、
「マスターを助けに行くぞ!!」
 コンカラーは天を仰ぐ。
「偉大なる|我が父《ゼウス》よ、御身の力を貸し与え賜えーーーー、雷霆招来!!」
 雲一つ無い空に一筋の亀裂が走る。その彼方より、白き雷が降り注ぐ。
 神の雷はセイバーのAランクを超える宝具すら寄せ付けず、真っ直ぐにコンカラーへ向かう。
 轟く轟音にセイバーとライダーの動きが止まり、同時に光の中からブケファラスに跨る赤毛の青年が現れた。
「|神の祝福《ゼウス・ファンダー》!!」
 それは|神《ゼウス》の子としての自己認識。ゼウスの加護を受けたコンカラーの体は精悍な若者へと成長を遂げさせた。
 それに応じてステータスが書き換わる。
「行くぞーーーー、|始まりの蹂躙制覇《ブケファラス》!!」
 神の加護は一時的に彼の愛馬にも適用され、その能力を向上させた。
『Baooooooooooooooooooooooooooーーーー、
 今や、音の疾さを超え、迅雷と化したブケファラスの疾走はセイバーによる宝具の射出速度を上回る。
 まるで時が止まったかのようにブケファラスは感じ、己の主人を目的の場所へ到達させる為のルートを導き出した。
ーーーーooooooooooooooooooooooooooo!!!』
 セイバーは咄嗟にコンカラーを撃墜しようとするが、その圧倒的なスピードを前に諦めた。
 代わりに賞賛を贈る。
「あれがヤツの真の疾走か……、実に素晴らしい」
 願わくば、その疾走をもって挑んでもらいたかった。
「貴様はいいのか?」
 セイバーはライダーに問う。
「行かせてくれるのか?」
 ライダーはクスリと笑った。
「駄目だな。貴様は逃がさん」
 セイバーはニヤリと笑う。
「本当によくぞ参戦してくれたな、騎士王よ」
「……未だに、私をそう呼ぶのだな」
 ライダーは不機嫌そうに呟いた。
「今の貴様は騎士王で間違いなかろう。例え、それが仮初のものであろうと、貴様はその姿を選び、その在り方を真似た。ならば、何も問題などあるまいよ」
 セイバーの言葉にライダーは舌を打つ。
「……お前は姿形がいくら違っても、やはり嫌なヤツだよ」
 ライダーは言った。
「そう嫌うな。我は貴様の事を気に入っている。よくぞ……、逃げも隠れもせずに参戦してくれた。一度口にした言葉を違えば、我の王としての威厳に水を差す事になる」
「戯言を……。貴様だけは何としても排除しなければならない。ただ、それだけの事だ!」
「ならば、全霊をもって挑め!」
「そのつもりだ!」
 二人の王の戦いは苛烈を極めていく。さっきまでの戦いが単なる遊びだったかのように、天候を掻き乱し、大地を焦土に変え、それでも尚、際限など無いかのように疾く、重く、激しく剣を振るう。
 片や相手を滅ぼす為に、片や相手を律する為にーーーー……。

 ◇

 コンカラーがマスターの下に辿り着いた時、既にアーチャーが到着して傷を負ったマスター達の治療に当たっていた。
「アーチャー! マスターは!?」
「……不幸中の幸いというやつだな。二人共急所を外している」
 手当が終わったらしい。ウェイバーと大河は穏やかな寝息を立てている。
「治癒魔術の心得が?」
「そんなものは無いさ。それに近い事が出来る宝具を使った」
「あはは……、便利だね」
 主が無事だった事に安堵の表情を浮かべるコンカラー。だが、直ぐに気がついた。
「二人……?」
 嫌な予感がした。
「ねぇ、イリヤはどこ?」
「……奪われた」
 怒気を滲ませてアーチャーは言った。
「アサシンだ。二人にトドメを差す直前だった……」
 アーチャーは近くの机から宝石を取り出した。
「まったく、こんな事だろうと思った」
 その宝石は以前、セイバーが大河に渡した宝具だった。
「身に付けていなかったのかい!?」
「ああ、そのようだ。起きた後、返すつもりで外したのだろう」
 アーチャーは宝石を眠る大河の首に掛けた。すると、ゆっくりと彼女のまぶたが動き始めた。
「タイガ!」
 アーチャーが声を掛けると、大河は目を覚ました。
「……あ、れ?」
 自分が眠っていた事、目の前にアーチャーとコンカラーが武装した状態でいる事に戸惑っている。
「わ、たし……どうして……、あっ」
 急速に記憶が蘇る。
 刺されたウェイバー。そこに現れた骸骨の仮面を被る黒衣の男。
 男は彼女にもナイフを突き立て、更にその首へ凶刃を向けた。
 そして……、
「イリヤちゃんは!?」
 大河はアーチャーを見た。意識を失う直前、彼が現れたのを覚えている。
「すまない……」
「うそ……」
 イリヤが攫われた。魔術師ではない大河にも、ここ数日の間に知った知識を下に推測する事は出来る。
 攫われたマスターがどんな目に合うか……。
「助けに行かなきゃ!!」
 飛び出そうとする大河の襟をコンカラーが掴む。
「はい、ストップ。どこに居るのか見当でもついてるの?」
「わ、わかんないけど……、でも!!」
 必死な表情を浮かべる大河。
 イリヤの身に危険が迫る。その事を想像すると寒気がする。首を切り落とされそうになった時よりもずっと怖い。

ーーーーじゃあ、わたしもタイガの事、シショーって呼んでもいい?

 彼女と過ごした一週間が脳裏を過る。
「イヤだ!! イリヤちゃんにもしもの事があったら……、そんなの絶対にイヤだ!!」
 大河は泣き喚いた。コンカラーに離してくれと懇願した。
 その騒ぎでウェイバーも目を覚ます。
「……なにごと?」
 アーチャーは手短に事情を説明した。
「アサシンか……」
 ウェイバーは慌てふためく大河を見て、少し冷静に考える事が出来た。
 今の段階で彼らが把握しているサーヴァントはセイバー、アーチャー、ランサー、ライダー、コンカラーの五体だった。それぞれのマスターも遠坂時臣、藤村大河、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト、イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、ウェイバー・ベルベットだと判明している。
 残る二体のサーヴァントとは未遭遇。その内一体は確実に御三家の一画である間桐のものだ。
「コンカラー」
 ウェイバーは大河を掴んでいるコンカラーに声を掛けた。
 前よりも背が高く、顔も精悍になっている。恐らく、以前聞いた二つ目の宝具を使ったのだろう。魅了のスキルがダウンする代わりに神性とステータスが永久的に上昇するものだ。
「なんだい?」
「今から間桐邸に強襲を掛ける。出来る限り不意を突きたいから、僕が先行して、令呪を使うよ」
「え?」
 その言葉にコンカラーだけではなく、大河やアーチャーまでもが困惑の声を発した。
「な、なんだよ……、その変な反応は」
「いや……、どうして間桐邸なんだ?」
 アーチャーの問いにウェイバーは逆に首を傾げた。
「後、サーヴァントが判明していないマスターの内、拠点が判明している場所がそこしかないからだよ。完全なバクチになるけど、モタモタしている時間はない。間桐邸が違うなら、そこからは街中を虱潰しで探すしかないんだ。正解でも不正解でも、とにかく動かないと間に合わなくなる」
「どうしちゃったの、マスター。なんか、すごくかっこいいよ」
 以前までの彼ならともかく、頬を赤らめながら乙女みたいな仕草をされると若干気持ち悪い。
 ウェイバーはゲンナリしながら言った。
「別に……、あんなチビっ子が危ない目に合うのってなんか……アレだと思ったんだよ! ほら、そこをどいてくれ!」
 魔術師として失格だが、それでも思ってしまったのだ。敵なのに、魔術師なのに、助けたいと……。
 傍若無人な王様達とお姫様に振り回され、過ごしたこの一週間は本当に楽しかった。英雄達がこぞって戦いを先延ばしにする程、誰にとっても楽しい一週間だった。
 陰湿な魔術世界では味わえない穏やかな時間。
「それにアイツは僕を刺したんだぞ! やり返してやらなきゃ気が済まないね!」
 そう言って出て行こうとするウェイバーの腕を大河が掴んだ。
「待って!」
「なんだよ? 言っておくけど、お前は連れて行かないぞ。令呪も使えない以上、お前に出来る事は何もない」
 冷たく言い放つウェイバー。その本音が分かってしまうが故に大河は涙を流した。
「……連れて帰って来てね?」
「当たり前だろ」
 外へ飛び出していくウェイバーを大河は追わなかった。ついて行けば邪魔になる。それを理解出来てしまう自分が腹立たしい。
「……大丈夫だ、マスター」
 アーチャーは言った。
「彼はいずれ偉大になる素質を持っている」
「……ずいぶん、詳しいんだね」
 まるで彼の未来を知っているかのようなアーチャーの口振りにコンカラーがつぶやく。
「彼とよく似た人物を知っているだけだよ。誰からも慕われ、大きな力を持つようになる。本人の望んだものとは違うかもしれないがね」
「ふーん……。そっか、見てみたいな」
 コンカラーは微笑んだ。
「願いなんて無かったけど、あの英雄王や君がそこまで太鼓判を押すなら、マスターの歩む道を見守りたくなっちゃったよ」
「きっと、彼は君の期待を裏切らないよ」
 アーチャーの言葉にコンカラーは頷いた。
「さっきの彼は凄くカッコ良かった。……さて、そろそろかな」
 ここは深山町にある藤村の家。ここから間桐邸までの道のりは魔力で強化した魔術師にとってそう遠くない。
 コンカラーは大河を見つめた。
「待っててよ。必ずお姫様を助けだしてくるからさ」
「……うん。お願いね、コンカ……ううん、アレキサンダー」
 コンカラーがニッコリと微笑むと同時に光が走った。令呪による強制召喚だ。
「さて、私も援護に回ろう」
 アーチャーは弓を投影すると、窓から屋根に上った。
 そしてーーーー、視た。 
「……あれは」
 間桐邸に立ち上る暗黒の光を……。

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