第五話「街の人達に大迷惑ッス!」

 市街地から少し離れた港の倉庫街。そこに一人の男が立っている。朱と黄の槍を握り、彼は待ち人の来訪を今や遅しと待っている。
 張り詰めた空気の中、一迅の風が吹く。彼の無差別な挑発行為に乗った英雄の一人が颯爽と現れた。
 浮かべる表情は共に――――、笑顔。
「待ちかねたぞ。どいつもこいつも穴熊を決め込む臆病者ばかりかと不安になっていたところだ」
 |槍の英霊《ランサー》は高揚する心を宥め、眼前に現れた|全身鎧《フルプレート》の騎士に熱い眼差しを向ける。
 軽装の彼と比べて、物々しい程の重武装。策を弄するタイプではなく、明らかに【戦う者】。
「得物を取れ! その間くらいは待ってやる!」
 既に臨戦状態。一足で互いの懐に飛び込める距離。それでいて、全身鎧の騎士は無手のまま。
 主人からは《今の内に攻撃せよ》という命令が下されているが、それは騎士道に反する行い。
 誇り高き騎士の決闘は正々堂々と行われるべきだ。
「――――戯け」
 一拍を置いた後、全身鎧の騎士は無手のままでランサーの懐に飛び込んだ。
 驚きは一瞬。意識するより早く、左手に握る槍を頭上に掲げる。そこに見えない何かがぶつかった。
 ランサーは理解した。なんという勘違い。敵は既に得物を取り、万全の態勢を整えていた。
 咄嗟に右手の槍を振りかぶるが、突き出す前に腹を蹴られた。まるで大砲が直撃したかのような衝撃と共にランサーの体が吹き飛ぶ。
 槍を地面に突き刺して制動を図るが、気付けば三百メートルも飛ばされていた。
「奴は――――ッ」
 敵の位置を見失った。気配を探ろうと集中すると、真横のコンテナが吹き飛び、その向こう側から漆黒の馬が飛び出して来た。
 明らかに普通の馬ではない。夥しい魔力を纏い、疾走して来る魔馬にランサーは構える。その背後から全身鎧の騎士が音もなく忍び寄った。
 気付いた時、既に対応出来る距離ではなく、見えない刃がランサーの背中を抉った。同時に眼前の魔馬がランサーを踏みつける。
『BAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOッ!!!』
 その馬に騎乗し、全身鎧の騎士は突如現れた“別の”黒馬の突進を回避した。
 騎乗しているのは赤い髪の美少年。その後ろに涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしている別の少年を乗せ、不敵な笑みを浮かべている。
「ほらほら、マスター。振り落とされたら死んじゃうよ? もっとしっかり捕まって!」
「む、無茶苦茶だ!! お前は無茶苦茶だ!!」
「無茶苦茶上等!! それでこそ、人生は華やくのさ!!」
 相方に容赦せず、愛馬の横腹を蹴る。
「AAAAAAAALaLaLaLaLaLaLaLaLaLaie!」
 二頭の馬が倉庫街を疾走する。その速さはまさに疾風迅雷。互いに距離を取り、走っているだけで大地が形を変えていく。
 コンテナは空中分解を起こし、コンクリートは粉砕していく。ものの数分で瓦礫の山と化した倉庫街から二騎の英霊は飛び出し、海上へと躍り出る。
 一方は迅雷を纏い、一方は疾風を纏う。水の上を平然と闊歩し、遮蔽物が無くなった事で遂に激突する。
 衝突の衝撃は凄まじく、海はまるで嵐のど真ん中の如く荒れ狂う。
 二度目、三度目の激突の余波で高波が生まれ、冬木の街を呑み込もうとする。
「お、おい、街が!!」
 赤き髪の少年の主が悲鳴を上げると、まるで示し合わせたかのように二騎は波の反対側へ回り込み、その波に向かって駆け出した。
「おいおいおいおいおいおいおいおい!?」
 高波を蹂躙し、尚も疾走する二頭の魔馬。
「陸地の近くで戦い続けるのはまずいみたいだね」
 そう言って、更に沖を目指していく。
 
 ――――瞬間、天上から黄金の光が降り注いだ。
「な、な、な、なんだ!?」
 それを見て、英雄達も目を見開く。降り注ぐ無数の光。それは全て宝具の輝きだった。
 天を見上げると、そこに天空を闊歩する騎士の姿があった。
 黄金の鎧を身に纏い、黄金の双剣を握り、黄金の光を背負う黄金の英霊が彼らを見下している。
「小手調べだ。この試練、乗り越えてみせよ」
 その言葉は雷霆と暴風が吹き荒れる中でも不思議と響き、彼らの耳に届いた。
 そして、始まる。一つ一つが最高位の英霊すら一撃で沈黙させる程の膨大な力を持つ宝具。それが雨霰となって降り注ぐ。
 彼らの馬は天空をも翔け抜ける事が出来る。だが、そのあまりの弾幕の厚さに空への退避を許されない。針の穴を抜けるような精密な動きで二頭は死の嵐の中を駆け抜ける。
 些細なミスが即座に存在の消滅と結び付く。だと言うのに、彼らのスピードは些かも落ちない。音速を遥かに超えた超スピードで走り続ける。
 そして、彼らは気付く。
「……誘導されてるね」
 後ろで悲鳴を上げ続けている哀れな主を気にも留めず、赤毛の少年は呟いた。
 数秒後、唐突に死の豪雨が止んだ時、彼らは共に元の倉庫街へ戻って来ていた。
 そこには全身鎧の騎士によって仕留められたかと思われていたランサーの姿もある。どうやら、致命傷を避けていたようだ。
 彼らは皆、一様に天を見上げている。この場において、他の誰よりも警戒しなければいけない相手。無数の宝具を雨のように降らせた黄金の英霊の一挙一動を警戒している。
「――――ッフ」
 空中に当たり前の顔をして立つ黄金の騎士は三騎の英霊を見下ろし、満悦の笑みを浮かべた。
「この戦い自体は良い。実に良い趣向だ!」
 彼は一人一人を見定めるように見つめる。
「一つの至宝を巡り、誉れ高き英雄同士が覇を競い合うとは……、実に素晴らしい! 何故、生前に思いつく事が出来なかったのかと悔しく思う程だ。我は今、嘗て無い喜びに感動している!」
 まるで少年のような笑みを浮かべ、彼は言った。
「古今東西、あらゆる時代、あらゆる国、あらゆる戦場から招かれし英雄達よ!! 出会わぬ筈の者同士が出会い、交わる筈の無かった剣戟を交わす事が出来るこの戦いはまさしく【奇跡】。戦おう。精根尽き果てるまで、己の全てを出し尽くして、戦おうではないか!!」
 喜悦に表情を歪めながら、彼は双剣の柄同士をくっつけた。すると、双剣は形状を歪め、一張の弓に変わった。
「だが、臆病者や策を弄する事しか出来ない雑魚には用がない。故、期限を設ける」
 光の矢を番える彼に地上のサーヴァント達は一斉に構えるが、矢の先を向けられた先は彼らのいる場所ではなく、冬木市の中心にある大橋だった。
「これは試練だ。この宝具は七日の後に街ごと貴様等を呑み込む。如何なる宝具、如何なる魔術を使っても、抗う事は出来ない」
 それが事実だと、彼を見たマスター達は確信した。マスターに与えられるステータス看破の魔眼が教えてくるのだ。彼の弓が評価規格外という超弩級の宝具であると。
「この街や無碍なる民を守りたければ、聖杯で望みを叶えたければ、死にたくなければ挑むがいい。そして……、死ね」
 静寂が満ちる。
 誰も口を開かない。征服者も、その主も、二槍の騎士も、遠くから見ている弓兵や復讐者も言葉を失っている。
 七日以内にこの英霊を殺さなければ、街ごと全てが消えてなくなる。あの無数の宝具や評価規格外というランクを見て、それが単なる偽りだと思う者はいない。
 挑まなければ死ぬ。だが、挑んだとしても――――、
「そうか、ならば貴様から倒すとしよう」
 誰もが思った。この英霊と戦う事は一筋縄ではいかないと。
 だが、その英雄は二の足を踏む他の英霊達を尻目に馬から降りると空を見上げた。
 そして――――、
「……ほう、大した気骨だ」
 空に浮かぶ黄金の騎士に斬りかかった。
 そのまま、二騎の英霊は刃を交えたまま、倉庫街の外れまで飛んで行く。
 高速機動が出来ない飛行宝具を停止し、黄金の英霊は微笑みを浮かべる。
「ライダー……いや、騎士王よ。いつまでも無粋な仮面など付けるな。我を殺したければ、死力を尽くせ」
「抜かしたな、セイバー!!」
 ライダーの仮面が割れ、その美貌を露わにした。獣の如く殺意を燃やし、不可視の剣を振り上げる。
「……まだ、軽い!!」
 一撃で大地を引き裂くライダーの一撃を双剣の片割れで受けて尚、セイバーは不敵な笑みを崩さない。
「そうか! ならば、重くしてやろう!」
 魔力放出のスキルによって、ライダーの剣が一気に圧力を増した。片方だけでは受け切れず、セイバーはもう片方の剣を交差させる。
「嬉しいぞ、ライダー! よくぞ、この戦いに参戦してくれた!」
 セイバーはライダーの剣を巧みに受け流すと、そのまま彼女の首を狙う。
 咄嗟に体ごと捻り回避するライダー。そこへセイバーの膝蹴りが飛ぶ。それを予期していたかの如く、ライダーは不可視の剣で防ぐ。
「これはどうだ?」
 セイバーの背後に揺らぎが生じる。黄金に輝く水面から、複数の宝具が顔を出し、ライダー目掛けて飛来する。
「無数の宝具……いや、それは蔵か?」
 至近距離から音速を超えて飛んでくるAランクオーバーの宝具の嵐を捌きながら、ライダーは目を細める。
「御名答。これは世界がまだ一つだった時代、我が集めた至宝を収めた蔵よ」
「……なるほど。では、御身は――――」
 戦場を徐々に市街地へ近づけながら、二騎の激突は激しさを増していく。
「我は人類最古の英雄王、ギルガメッシュである!!」
 遂に新都の繁華街へ到達してしまった二騎。
 深夜とはいえ、会社で残業しているサラリーマンや24時間営業のコンビニで働くバイト、ビルの軒下で鼾を掻いていた浮浪者はその空前絶後の光景を目の当たりにする。
 地面はおろか、ビルの壁や街灯すら足場に使い、縦横無尽に駆け回る|人外《ばけもの》同士の殺し合いは幸か不幸か無人だったビルを三棟崩壊させても止まらない。
「ライダー!!!」
「セイバー!!!」
 殺意は極限まで膨れ上がり、互いの目には相手の事しか見えなくなった。

 ――――その瞬間を|狙撃手《スナイパー》は見逃さなかった。
 彼らの位置から数キロ離れた所でアーチャーのサーヴァントは一節の呪文を唱える。
「――――|I am《我が》 |the bone《骨子は》 of |my sword《捻れ狂う》.」
 手の内に生み出される螺旋の刃を持つ剣が細く、細く、歪んでいく。
 一本の矢の如く圧縮された剣を弦に番え、アーチャーはその真名を口にした。
「|偽・螺旋剣《カラドボルグⅡ》――――ッ」
 空間を捩じ切りながら矢はセイバーとライダーの戦場へ向かう。
 だが、飛来する宝具に対して、どちらの英霊も危機感を感じさせる表情を浮かべていない。
「不快な真似を……」
 その宝具をライダーが叩き落とそうとする寸前、セイバーが押し留めた。
「待て、騎士王」
 セイバーが矢に向けて手を伸ばすと、その先に七枚の花弁が広がった。
 トロイア戦争の折、大英雄の投擲を防いだ最強の守り。その原典の前に螺旋の矢は動きを止める。その瞬間、光が迸り、花弁を大きく軋ませた。
 宝具に内包されている神秘を一気に放出させるサーヴァントの奥の手。アーチャーが必殺を目論んだ一撃はセイバーの|花弁《たて》を二枚散らせただけで終わった。
「――――ふん、くだらん真似を」
 既に姿を眩ませたアーチャーに一切の関心を持たず、セイバーはライダーを見つめる。
「興が削がれてしまったな」
 残念そうに呟き、セイバーは双剣を背中の鞘に戻した。
 だが、ライダーは動かない。一見隙だらけに見えるが、油断して襲いかかれば一瞬で勝負が決する。そう、彼女の直感が囁き続けているからだ。
「今宵は楽しかったぞ、騎士王。また、相見える時を楽しみにしている」
 そう言って、セイバーは姿を消した。霊体化したわけではなく、完全に存在を眩ませた。
「……七日後か」
 セイバーが宣言した超弩級宝具の発動期限、それは彼女にとっても意味のある数字だった。
「その時は我が宝具の真髄を披露してやろう」
 彼女が召喚されて六日。七日後には十三日間が経過する。その時こそ、彼女の最強の切り札が覚醒する。

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