第十二話『ガール・ミーツ・ガール』

第十二話『ガール・ミーツ・ガール』

 街の中を当てもなく歩いている。

「見つからないね」 

 アリーシャは目を皿のようにして敵を探しているけれど、見つかる筈がない。

「まあ、真っ昼間から襲い掛かってくる筈ないもの」
「え? でも、昼間にあんな結界を発動させるような相手ならって言ったのはリンだよ!?」
「それっくらい考えなしの可能性もあるって話よ。まあ、未だに尻尾を掴ませない辺り、最低限の事は弁えているみたいね」
「……なら、こうしていても無駄って事?」
「無駄ではないわよ。こうして挑発的に出歩いていれば、確実に釣れるわ。日が暮れて、わたし達が|人気《ひとけ》のない場所に入り込めば、すぐにでも」

 あの結界は発動しても、そこまで旨味が無かった筈だ。アリーシャの救出劇が無かったとしても、休日に登校して来ている生徒の数は百にも満たない。あの規模の結界を発動させる為に必要な魔力を考慮すると、プラマイゼロとは言わないまでも、釣り合うだけのリターンにはならない。むしろ、あの結界によって監督役や他のマスター達に目を付けられるリスクの方が圧倒的に大きい。
 それでもなお、あの結界は発動した。ここから結界の主の性格をある程度察する事が出来る。

「あの時、結界が発動した理由は一つ。折角の結界を壊そうとしているわたし達に対する嫌がらせ。きっと、アレを張ったヤツは直情的で短絡的な性格の筈よ。だから、昨日の今日でこうして街中を悠々と歩いてやれば、確実に食いつくはず」
「……すごいよ、リン! そこまで考えていたなんて!」
「ふふん。存分に褒めていいわよ?」

 すごいすごいと連呼するアリーシャに気を良くしながら、わたしは新都の中心街に足を向けた。

「でも、それだと夜まで暇にならない? 一度、シロウの家に帰る?」
「こうして出歩いている事が重要なんだから、帰っちゃダメよ。それより、折角だからデートをしましょう」
「で、デート? わたし達二人で?」
「他に誰がいるのよ。なに? シロウが相手じゃないとイヤって事?」
「……どこに行くの?」
「とりあえず、定番のコースで行きましょう。水族館は好き?」
「……行ったことないけど、それって割りとガチなデートコースじゃない?」
「いいじゃない。折角ならとことん行くわよ」

 アリーシャの手を引きながら、わたしは水族館を目指す。
 はじめは戸惑っていた彼女も水族館に着く頃には観念したのか、ワクワクドキドキの表情を浮かべていた。

「うわー、すごいね!」

 水族館の中に入ると、アリーシャは瞳を輝かせた。

「アメイジング! ファンタスティック! オーマイゴッド!」
「すっごい外国人っぽい感動の仕方ね……」

 周りがすごい目でアリーシャを見ている。

「わたし、生きている魚は初めて見たよ!」
「そうなの? まあ、見ようと思わないと見れないものね」
「……綺麗だね」
「そうね」

 アリーシャは小さな水槽に見入っている。中で泳ぎ回る魚達に目を細めながら、彼女は呟いた。

「この子達はこの狭い世界の中で生まれて、生きて、死ぬんだね」
「……そう考えると残酷かもね」
「でも、それは一つの幸福かもしれない」

 アリーシャはまるで小さな世界に閉じ込められた魚達を羨んでいるかのように言った。

「何も知らなければ、この中だけで満足出来る。むしろ、この子達に外の世界を教える事の方が残酷かもしれないよ」
「……そうかもしれないわね」

 少なくとも、この水槽の中で生きる限り、彼らは食料に困る事もないだろう。天敵に怯える必要もなく、次の世代に命のバトンを繋ぐ事が出来る。
 
「でも、この子達は命を他者に握られている。酸素の供給を止められたり、餌を与えられなくなったり、人の気まぐれ次第で死ぬ。わたしだったら、耐えられないわ」
「……リンはそうだろうね」
「貴女は違うの?」

 アリーシャは応えなかった。

「……記憶、戻ってるの?」
「まだ、少しだけだよ」
「思い出したくないのね」
「うん……」

 あの夢は彼女の意識がラインを通じてわたしの中に流れ込んだ結果だ。
 わたしが視たという事は、彼女も視たという事だ。

「……次はプラネタリウムでも見ない?」
「見たい!」

 アリーシャと過ごす時間はすごく楽しい。
 同世代の女の子と遊び歩いた事なんて無いから、連れ回しているわたしにとっても全てが新鮮だった。
 プラネタリウムの後は映画を見て、その後はショッピングにも手を出した。
 おそろいのアクセサリーを買って、ランジェリーショップを冷やかして、そうしている内に空が茜色に染まりはじめた。
 |人気《ひとけ》の少ない方を目指して歩きながら、わたしは言った。

「……アリーシャ。聖杯戦争が終わっても、一緒にいましょう」
「リン……」
「聖杯なら、貴女を受肉させる事も出来るわ。それに、聖杯が使えなくても、貴女を維持する方法くらい幾らでもある」
「……リンが許してくれるなら、わたしも一緒にいたいよ」

 わたしはアリーシャと繋いでいる手に力を篭めた。
 あんな地獄に返してなんてやらない。アリーシャはわたしのサーヴァントだ。あんな救いのない生前を塗り替えられるくらい、幸福にしてみせる。
 だから――――、

「――――ッリン!」

 ――――わたしは聖杯を手に入れる!

「アリーシャ!」

 真上から襲い掛かってきた眼帯の女に準備していた宝石を投げつける。
 光が破裂して、わたし達と敵の間に壁を作る。

「――――時よ」

 その一秒後――――、眼帯の女は無数の肉片に変わった。 
 やっぱり、直情的で短絡的な愚か者だった。アリーシャの|固有時制御《タイムアルター》を警戒して、不意を狙った点は悪くない。
 だけど、こっちは不意打ちが来る事を前提で動いていた。

「……アリーシャ。どう?」
「いるね。魔力を垂れ流しているお馬鹿さんが屋上に」

 アリーシャは敵のサーヴァントにとどめを刺しながら、近くのビルの屋上を睨みつけた。かすかに声が聴こえる。

「行くわよ」
「うん」

 アリーシャと一緒に空間を飛ぶ。目の前にはビルの下を睨みながら死んだサーヴァントを罵倒している敵のマスターの姿があった。
 その後ろ姿をわたしは知っていた。
 間桐慎二。既に没落した家の長男。腐っても聖杯戦争をはじめた御三家の一角といった所だろうか、魔術回路すら絶えた身で聖杯戦争に参加するとは恐れ入った。
 一応、声でも掛けておこうかと思ったけれど、その前にアリーシャが動いた。肉体を五十以上の肉片に変えられ、慎二は死んだ。

「……終わったわね」
「うん」

 アリーシャの瞳には何の感情も浮かんでいなかった。握っていた聖剣を消し、慎二だった肉塊を炎で燃やす。
 
「帰ろっか、リン」
「ええ、帰りましょう」

 まずは一体目。残るサーヴァントはセイバーを含めて五体。
 先は長いけど、ようやく第一歩を踏み出した感じだ。

「……夕飯の材料を買っていきましょう」
「今日はハンバーグがいいなー」
「いいわね。玉ねぎはあったみたいだし、ひき肉だけでいいかしら。あっ、でもナツメグとかあるのかな?」
「うーん。あるんじゃない? シロウは料理が上手だし、調味料とかも揃ってる気がする」

 まあ、ここは衛宮くんの主夫力を信じてみる事にしよう。

 ◇

「……あれは反則だろ」

 刹那に起きた一方的過ぎる虐殺を見て、思わず呟いた。
 あのすばしっこいライダーがまともに反撃も出来ないまま脱落するとは思わなかった。
 おまけに情け容赦無くマスターまでキッチリ仕留めておきながら、和気藹々と帰っていく二人の背中に寒々しいものを感じる。

「さすがにアレとまともに打ち合ったら力量を計るどころじゃないぜ?」
『――――ああ、そのようだな。あのサーヴァントに対しては命令を撤回するとしよう。為す術無く殺される事が分かっている相手に特攻させるほど、私も鬼ではない』
「っへ、よく言うぜ」

 ツバを吐き捨てながら立ち上がる。あの二人を見逃す以上、次が最後になる。
 
「相手は騎士王か……。楽しめそうだな」

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