第十四話『鮮血少女』

第十四話『鮮血少女』

 ――――また、夢を見ている。

 見渡す限り、廃墟が広がっている。数日前までは数百万もの人々が暮す一大都市だった。
 ここに住んでいた住民は一人残らず儀式の贄となり、大地に溶けた。

『――――ッハ、とんでもねーな』

 それはわたしの知っているものとは少し毛色の違う……けれど、それはたしかに聖杯戦争だった。
 一人の錬金術師が冬木の聖杯戦争を模倣して造り上げた『禁忌の祭壇』。
 
『セイバー……』

 雪のように|白い髪《・・・》の少女が騎士を不安そうに見つめている。
 騎士の顔は兜で隠されていて見えない。怒っているのか、哀れんでいるのか、それとも、喜んでいるのか、なにも分からない。

『……安心しろ』

 セイバーのサーヴァントは乱暴に少女の頭を撫でた。

『守ってやるさ』
『……うん』

 戦いは苛烈を極めた。この儀式に参加した魔術師達はいずれも傑物ばかり。彼らが率いるサーヴァントも選りすぐりの英霊ばかり。
 廃墟を無数のクレーターに変え、近隣の都市の人々を贄に捧げ、神秘の隠匿を度外視して、彼らは殺し合った。
 
『――――貴様等は、何度同じ轍を踏めば気が済むのだ!!』

 魔術協会から派遣された稀代の執行者は少女に憤怒を向けた。

『……貴女に罪は無い。それでも、貴女を完成させるわけにはいきません』

 聖堂教会から派遣された埋葬機関の代行者は少女を哀れんだ。

『奈落の使徒よ。大いなる破滅を約束する少女よ! すまないが死んでくれ! それが我らの安寧なのだ! それが我らの望みなのだ!』
 
 まるで舞台役者のような振る舞いの魔術師は少女に曇りなき殺意を投げかけた。

『……ああ、彼女の言った通り、君には何の罪もない。ただ、存在する事がこの世界にとって脅威なのだ。だから、私達は君を殺す。ああ、恨みたければ好きなだけ恨め。それは正当な権利だ』

 執行者のバックアップとして現れた魔術師は感情を押し殺した声で言った。
 
 ――――これは世界を救うための戦いである。

 戦いが進みにつれ、少女は変質していった。
 彼女はこの狂気の舞台を用意した錬金術師が造り上げた聖杯であり、サーヴァントの魂を取り込む度に完成へ近付いていった。
 髪の色は赤銅色に染まり、その心は上書きされていく。

『怖いよ、セイバー……。助けて……、わたし、いなくなっちゃう……』

 セイバーに抱き締められながら、少女は……、アリーシャは涙を流した。
 
『……マスター。オレは……、オレは……』

 彼女の悲痛な叫びを聞いても、セイバーに出来る事は彼女を守る事だけだった。
 逃げても、殺されても、生き延びても、彼女に待ち受けるものは破滅の未来のみ。
 はじめから、彼女は破滅する為に生み出された。

『ちくしょう……。あの腐れ錬金術師共!! 許さねぇ……、絶対に許さねぇ……ッ』

 憎悪が深まる度、セイバーは強くなった。赤雷は全てを呑み込み、一歩ずつ破滅が近付いてくる。
 そして、とうとう彼女は完成してしまった。
 彼女が彼女であった頃の心の断片はセイバーの首を刎ねた瞬間に死に、その肉体は錬金術師が臨んだ通り、救世主として覚醒した。
 
『素晴らしい! 素晴らしいぞ、■■■! これで世界は救われる!』

 その時……いや、それ以前から人類の滅びは確定していた。人口爆発と呼ばれる現象が原因だ。

 西暦一年頃、人類は一億人に満たなかった。千年後も、その数は二倍の二億人に増えるに留まっていた。ところが、それから九百年後、即ち、現在から数えて百年前、一気に八倍の十六億五千万人にまで増えた。そして、それから僅か五十年で二十五億人を突破。更に五十年後の現在、人口は七十億人を突破している。
 一人の人間が使える清浄な水や食料の数には限りがある。それに加えて、温暖化、オゾン層の破壊、二酸化炭素の増加、森林伐採。それらは人口の数に比例して増加している。
 感情を排し、理論の下でそれらの数値を分析すると、近い未来、聖書の終末など待たずに人類は破滅する事が分かる。
 大災害が起こらずとも、核戦争が起こらずとも、魔王やドラゴンが現れずとも、人類はただ、増え続ける事によって滅亡する。
 生物学において、特定の種がその住環境に対して過剰に増加し過ぎた事を理由に絶滅する事はよくある事だ。
 
『|黒死病《ペスト》という病がある。アレはその時代に多くの人間の命を刈り取った。故、その名は恐怖と共に語られる事が多い。だが、同時に人類に多大なる恩恵を齎してもいるのだ。黒死病が広がるより以前は、人口過剰による飢饉が世界に暗雲を立ち篭らせていた。黒死病の襲来はまさしく――――、『人類を間引く』役割を担ったのだよ』

 錬金術師は熱に浮かされたように語り続ける。

『多くの人が死んだ。そのおかげで、食料が行き渡るようになり、経済的な困窮も払拭され、ルネッサンスが花開く切欠となった。著名な歴史学者の多くが黒死病を『必要悪』と謳っている! 魔術世界に属さぬ者達。|世界保健機関《WHO》をはじめ、多くの科学者や医師も人類増加の危険性を世に発信している。人類の抑制は必要な事なのだ!』

 それが男の狂気の源。彼が|所属する組織《ならくのそこ》から抜け出して、形振り構わず聖杯を求める|残骸《アインツベルン》を欺き、900万以上の罪無き人々を贄に捧げ、無垢な少女を壊した所以。

『だが、間引くにしても無差別では意味がない。悪がのさばり、善人や有能な者達が死に絶えては世界の滅亡を回避する事は出来ない。だからこそ、単なる死神ではダメなのだ! 世界を救う為の死神――――、正義の味方が必要なのだ!』

 そう救世を謳い上げる狂人が最初に殺された。
 聖杯戦争の勝者となったアリーシャは奇跡の力で己を『正義の味方』という現象に変え、悪意が一定域に達した地点に出現し、その場の全てを一掃する。
 
 ――――救え。

 ――――救え。

 ――――救え。

 ――――救え。

 ――――その為に、殺せ。

 この世全ての悪を根絶する。それが彼女の存在意義となり、そして、彼女自身が世界の滅亡の要因となった。
 そして……、紅い騎士が現れた。

 ◆

 目が覚めた瞬間、あまりの怒りに気が狂いそうになった。

「ふざけるな!! ふざけるな!! ふざけるな!!」

 手当たり次第に物へ当たり散らし、それでも気が済まなくて、握り締めた拳から血が流れた。
 アリーシャには初めから救いなんて用意されていなかった。だって、彼女は破滅する為に生み出されたホムンクルスだ。
 生まれた時点で900万以上の命を背負わされて、生きたいと願っていたのに壊された。
 |この世全ての悪《じんるい》に対する敵対者となった彼女は世界からも疎まれて、最後は排斥された。
 一緒に料理を作るのが楽しいと彼女は言った。
 水族館やプラネタリウムを回って、ショッピングをして、それが楽しいと彼女は言った。
 あれが本来の彼女だ。どこにでもいる普通の女の子だ。それを……、それを……、それを……ッ!

「絶対に聖杯を手に入れてやる……。何があっても、絶対に……」

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