第二十七話「ワークス」

 まるで、時が止まったかのような錯覚を覚えた。
 現れた巨人。振り上げられた斧剣。直後に迫る樹の死。
 セイバーとライダーは間に合わない。樹も咄嗟の事に対処出来ずに居る。
 なら、樹の命を守れる位置に居るのは俺だけだ。だけど、あの凶暴な一撃を防ぐ手立てなど無い。例え、この身を間に差し入れてもバーサーカーの凶刃は俺ごと樹を真っ二つに切り裂いてしまうだろう。
 それでは駄目だ。イリヤの怒りは分かる。だけど、樹の命を奪わせるわけにはいかない。だから、作る。俺如きの体では盾にすらならないというなら、盾になるものを作る。
 今まで作って来た日用雑貨や骨董品では駄目だ。もっと、極上、俺には分不相応な……、例えば……、あの夢に現れた王位を象徴する剣のような武器なら――――、

「――――投影開始!」

 そんな物、作れる筈が無い。身の丈に見合わぬ逸品だ。どんな犠牲を払ったとしても、あんな物を作る事など不可能だ。

 黙れ。

 脳裏に反響する声を捻じ伏せる。余計な思考に割く余裕など俺には無い。
 故障したっていい、どこかを失おうが知った事か。アレを止められなければ、俺が壊れるだけでは済まない。俺の命など、俺の精神など、俺の未来など、そんなもの忘れてしまえ! 急げ! 作れ! さもなければ、この世で何より大切な存在が――――、

「……え?」

 止まった。死を告げる必殺の一撃は俺の眼前で停止し、横倒しにしてしまった樹が呆気にとられた表情で声を上げている。

「……うそ」

 さっきまで怒りに我を忘れていたイリヤですら、思考を放棄し、目の前の異常な光景に釘付けになっている。
 だけど、今の俺にそんな状況を把握する事など出来ない。耳が機能していない上に、片目も死んでいる。手足の感覚も酷く鈍い。
 当然だ。俺なんかが手を出してはいけない領域に無理矢理手を伸ばしたのだから、この代償は分かっていた事だ。
 一秒を追う事に耳では無く、骨が体の破損を振動と共に伝える。千切れ、割れ、砕け、それでも俺はバーサーカーの一撃から樹を守る事が出来た。
 それで十分。この一瞬の間にセイバーとライダーが俺達の下へ辿り着いた。

「……後は頼む」

 燦然と輝く王剣、クラレントが役目を終えたと共に砕け散る。本物になど遠く及ばぬ出来栄えにも関わらず、俺達の命を救ってくれた。
 すまない。俺にはお前を完璧に投影する事は出来なかった。
 意識が途切れる。その瞬間、俺は不思議な光景を見た。

『どうだ! どうだ、アーサー王よ! 貴方の国はこれで終わりだ! 終わってしまったぞ! 私が勝とうと貴方が勝とうと――――、もはや、何もかも滅び去った! こうなる事は分かっていたはずだ! こうなる事を知っていたはずだ! 私に王位を譲りさえすれば、こうならなかった事くらい……! 憎いか!? そんなに私が憎いのか!? モルガンの子であるオレが憎かったのか!? 答えろ……、答えろ、アーサーッ!!』

 それは誰かの叫び。夥しい死人の山の頂きで、激情を吠える哀れな騎士の叫び声。
 
 ◆

 シロウが何故……、あの剣を!?
 一瞬の空白の内にライダーが二人を掴み上げた。私は困惑を呑み込み、バーサーカーと切り結ぶ。二度目となる戦いはバーサーカーという強力なサーヴァントの天井知らずの底力を目の当たりする結果となった。
 速く、重く、巧い。とても狂化しているとは思えない程、技が冴え渡り、その癖、一撃一撃が致命的な破壊力を誇っている。
 シロウの体調も気掛かりな上、恐らく、このまま打ち合っても敗北は必至。

「ライダー!」
「了解!」

 私が指示を飛ばすより早く、樹が令呪を掲げた。
 同時にライダーがヒポグリフを召喚した。

「セイバー!」

 ライダーの声と同時に私は全身全霊を掛けた最大威力の一撃でバーサーカーの斧剣を打ち払い、ライダーの手を掴んだ。
 瞬間、私達はライダーのヒポグリフの能力によって異空間へ移動し、一気にバーサーカーから遠ざかった。

「離脱成功。怪我は無い?」
「私は大丈夫です。それより、シロウは?」
「マスターが診てるよ」

 ライダーの言葉を肯定するようにイツキがシロウの全身に手を当てている。

「士郎……、今、治してあげるからね」

 確か、リバース・ファイアという治癒魔術だったか……。
 一瞬、士郎の全身が燃え上がり身構えてしまったが、当の士郎は苦しむ様子も見せず、むしろ炎の中で安らかな寝息を立て始めた。全身の傷もみるみる内に癒えていく。

「……だれ……だ?」

 ヒポグリフが全力疾走している影響で周囲には風の音が轟き、士郎が何やら寝言を呟いているようだったが、よく聞き取ることが出来なかった。

「……うさ……。……あさん」

 ヒポグリフは追跡を完全に撒くために蛇行しながら上空を音速で移動し続け、やがて静かに地上へと降下を始めた。
 
「……まずはシロウの回復が先ですね。しかし、これでいよいよタイガの家には戻れなくなった」

 恐らく、あの少女はシロウとイツキを追って藤村邸に向うだろう。さすがに八つ当たりで無差別殺戮を行うとは思えないが、私達が戻れば戦闘は避けられない。その分、犠牲者も出るだろう。
 
「……あそこは」

 降下の途中、眼下に寂れた洋館が見えた。周囲を山林に囲まれ、館自体もかなり損傷が激しいようだ。

「ライダー。あの館を目指してくれ。一時なら体を休める事が出来るかもしれない」
「オーケー!」

 地上に降り立つとやはりと言うべきか、その洋館は空っぽだった。長らく放置されていたらしいその館には微かに魔術の痕跡が見つかり、嘗ての聖杯戦争の参加者が拠点としていたものだろうと察しがついた。

「これなら……、思ったより長く留まれそうだ」

 中は埃だらけだったが、奥の寝室は清潔さを維持する為の魔術が働いていて他の部屋に比べると格段に清潔だった。
 念の為にライダーの宝具で館全体の魔術を解呪し、ベッドにシロウを寝かせると、私達は漸く一息つくことが出来た。

「さて、一悶着ありましたが、拠点は手に入った。シロウが回復したら今後の方針について改めて話し合いを行いましょう。恐らく、そろそろ他の陣営も動き出す頃合いの筈です」

 私は窓に自らの顔を映し、今もこの街の何処かに居るであろう、モードレッドの事を考えた。
 いずれ、戦う事になるだろう。その時、私は……はたして……、

 ◆

「うわぁ、これは酷いわね」

 私達は話し合いの末、現状では円蔵山に現れた謎の英霊に対抗し得ないという結論に至り、陣営強化の為に他のマスターに同盟の話を持ち掛ける事にした。
 正直、気に入らない方針だけど、何度話し合っても、結論を覆す事は出来なかった。何しろ、戦いにすらならなかったのだ。今のままでは、例え他の陣営を根こそぎ排除したとしても、肝心の大聖杯に至る事が不可能。他に道筋は無かった。
 そこで、私が挙げた候補がここに居る筈だった男。あまり本人とは接点も無かったし、とある事情からこの家自体にも近づいた事が無かったけど、あの男なら同盟を結ぶ相手としては按配だろうと踏んだのだが、まさか、屋敷が廃墟になっているとは思わなかった。 

「戦闘があったようですね。地下に空洞が広がっている……。恐らく、マキリの工房でしょう。そこまで届く大穴を穿ったとなると、高威力の……多分、大軍クラスの宝具が放たれたのだと思います」

 バゼットの冷静な推測を聞きながら、私は瓦礫に近づき、周囲を見渡した。ここにはあの男以外にももう一人、少女が居た筈だ。彼女はどうなったのだろう?
 感情の制御などお手の物だった筈なのに、心が揺らぎそうになる。

「……桜」

 何か情報は無いかとバゼットの提案で瓦礫を探る事になり、四人総出で探索を行った。その結果分かった事は間桐が行っていた外道の数々だった。

「……地下空間に人間の死骸が大量に転がっていた。どれも拷問された後がある。にも関わらず、怨霊の類が見当たらない辺り、恐らく、魂まで利用され尽くしたのだろうな」

 胸糞の悪くなる報告ばかりだ。間桐の魔術に関する書物も出て来たけど、これが事実だとしたら、あの子は一体、ここで何をされていたのだろう……。
 生きているのかも分からないけど、もし、生きていたら……、

「……って、私に何が出来るってのよ」

 碌でも無い情報ばかり手に入れて、私達は間桐邸跡地を後にした。

 ◆

 困ったものだ。折角、兄さんの手伝いをしつつ、傍で彼の死に様を見届けようと思っていたのに、兄さんはいきなり笑い出し、兄さんのサーヴァントからは敵対宣言を受けてしまった。

「……ねえ、キャスター。何がいけなかったのかな?」

 キャスターは「さっぱり」と肩を竦めた。正直、原因が全く分からない。
 
「それより、拠点をどうするかね……。一応、候補は見繕ってあるのだけど、やっぱり、あそこかしら?」

 私がマウント深山で購入した服に袖を通したキャスターは指を円蔵山へ向けた。

「あの山に向かいましょう。あそこなら相当ランクの高い神殿を構築出来る筈」
「了解です」

 円蔵山へは少し距離があったけど、お祖父様から解放された事が少しずつ実感出来るようになり、私は少し浮かれ調子だった。
 鼻歌を歌いたい気分。

「とりあえず、神殿が構築出来たら貴女の体内の洗浄ね」
「洗浄?」
「貴女の体のアチラコチラに良くないモノが付着しているのよ。いずれかのサーヴァントが脱落する前に対処しないと、大変な事になるわ。それと、もし貴女が希望するなら、体を弄られる前の状態に戻す事も可能よ? まあ、長年苦しみ続けた結果を無かった事にするというのは気が引けるかもしれないけど……」

 不思議だ。四肢を切断されたり、彼女に散々酷い事をした間桐の人間である私にキャスターは何故か親切な提案をして来た。

「……有り難いですけど、いいんですか? 私の事、殺したいくらい憎い筈じゃ……」

 私の言葉にキャスターは呆れたように肩を竦めた。

「あの妖怪はともかく、貴女に特別な感情なんて抱いてないわよ。強いて言うなら、あの妖怪の被害者同士、ちょっと同情してるくらいね」
「そうなんですか? じゃあ、お願いします」
「了解よ。じゃあ、さっさと神殿の構築を始めましょうか」

 そう言って、間近に迫る円蔵山をキャスターは見上げた。

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