第三十五話「大同盟」

 不思議な光景だ。聖杯戦争という人と人が殺し合う異常な催しの真っ最中だというのに、僕達は一つの食卓を囲んでいる。
 セイバーが僕とアーチャーの作った料理を絶賛し、アヴェンジャーがショックを受け、ライダーがその光景を笑い、アーチャーが彼を窘める。本来ならあり得ない筈の光景。
 一つの危機がこの状況を生み出している。聖杯の異常。アンリ・マユによって齎される災厄を未然に防ぐための同盟。もしも、その存在が無ければ、この光景は無かったかもしれない。

「どうしたんだ?」
「え?」

 士郎が不思議そうな顔をして、僕を見つめる。

「なにが?」
「いや、なんか、機嫌が良いなって思って……」
「そうかな? そうかもしれない。やっと、慎二くんとまた話が出来るようになったからかな」

 まあ、今の彼は相棒とその父親が繰り広げる珍妙な光景に目を奪われてしまっているけどね。
 
「ほら、モードレッド! この納豆を食べてご覧なさい」
「い、いいよ。なんか、ネバネバしてて気色悪いし……」
「何を言っているのですか! このネバネバの良さ、一口食べればわかります。選り好みなどせず、食べてみなさい!」
「ち、父上!?」

 それにしても、こうして見ると、二人は確かに親子だな、と思う。しかも、かなり仲の良い親子に見える。まあ、父と息子というより、母と娘みたいだけど――――、見た目的には……。
 
「さて、私はそろそろ食後に呑むコーヒーでも淹れて来よう。コーヒー以外をご所望な方はいるかね?」
「ボクはジュースがいい!」
「オレはブラックでいいぞ!」
「私は……、出来れば砂糖とミルクをお願いします」
「ち、父上!?」

 凄く平和な光景だ。■■■が齎した光景だ。

「ねえ、士郎」
「ん?」
「なんだか、いいね。こういうのって……」
「……ああ、そうだな」

 食事が終わり、アーチャーが用意したコーヒーやジュースを飲みながら食休みをしていると、不意に遠坂さんが立ち上がった。

「ちょっと、いいかしら?」

 皆の顔を見回してから、遠坂さんは口火を切った。

「これからの方針について、話がしたいのよ」
「キャスターの討伐だ」

 真っ先に口を開いたのはアヴェンジャーだった。

「それと、奴を討伐する時、そのマスターには手を掛けるな。万が一、マスターの方に手を掛けようとした時はオレがそいつを殺す」

 さっきまでの空気が一変してしまった。アヴェンジャーは本気の殺意を振り撒きながら言った。

「……キャスターのマスターを知っているのですか?」

 セイバーが問う。

「間桐桜。僕の妹だ」

 慎二くんの言葉に僕を含めた数人が息を呑んだ。

「さ、桜ですって……?」
「お、おい、慎二! どういう事だ!? 桜は――――」
「詳しい事は説明出来ない。ただ、桜にはどうしても聖杯戦争に参加しなければならない理由があった。そして、自らの意思でサーヴァントを手に入れ、運用している。僕の目的は桜を聖杯戦争から遠ざけ、アヴェンジャーを王にする事だ。その邪魔をするなら、誰だろうと……」

 慎二くんはテーブルの上で手を硬く握り締め、歯を食いしばりながら言った。

「……本当に桜が?」

 遠坂さんが問う。

「嘘なんて言うもんか……。桜を救えるなら、何でもする。手助けをしてくれるなら、僕は誰のどんな命令にも従う。だけど、邪魔をするなら潰す。誰であってもだ」

 その言葉は僕達に対しても向けられていた。

「その為に僕は聖杯戦争に参加している」
「そして、オレはその為に全身全霊を掛けて戦うと誓った。改めて言うぞ。オレと真っ向から殺し合いをしたい奴以外はキャスターのマスターに手を出すな。分かったな?」

 誰も言葉を発しない。士郎も遠坂さんもセイバーも誰も……。

「僕達からはそれだけだ。後は好きにしてくれ。大聖杯の調査に関しても、必要とあれば、協力は惜しまない。まあ、僕なんかの協力が必要なら……、だけどね」

 それっきり、彼は黙ってしまった。
 重苦しい空気が漂う。僕達の実質的なリーダーである遠坂さんも桜ちゃんの件に動揺しているらしく、深刻そうな面持ちで虚空を見つめている。

「……では、キャスターの討伐を優先しましょう」

 切り出したのはバゼットさん。

「私もランサーを取り戻す為にキャスターを討伐しなければならない、最終的にあの謎のサーヴァントと戦わなければならない以上、戦力は出来る限り充実させておきたいし、キャスターのマスターに対して、思う所があるのはどうやらアヴェンジャーのマスターだけでは無いみたいですしね」

 バゼットさんは遠坂さんや僕と士郎を見て言った。

「まずはキャスターの居場所を探る事を当面の目標に設定しましょう」

 誰からも反対意見は上がらなかった。
 日中は各々戦う為の準備やキャスターの痕跡を探る事に専念し、日が暮れてからチームを組んで本格的な調査を開始する事で決定した。
 話し合いが終わり、解散になると、遠坂さんは真っ直ぐに慎二くんの下に向かった。

「話がしたいの」
「……ああ、僕も言いたい事は山程ある」

 慎二くんは僕達をチラリと見てから、

「お前達にもだぞ、バカ兄妹」

 そう言って、遠坂さんとアヴェンジャー、そして、アーチャーを連れてリビングを出て行った。
 バゼットさんはイリヤちゃんと共に試したい事があると出て行き、残された僕と士郎、セイバー、ライダーの四人はこれからの動きについて話し合う事になった。

「……とりあえず、街を探索してみよう。それ以外に俺達に出来る事は無いと思う」

 士郎の言葉に僕も同意だ。

「そうだね。バゼットさん達なら、色々と魔術で出来る事があるかもしれないけど、僕達の魔術は……、アレだからね」

 話し合いは一瞬で終わってしまった。出来る事が少ないと、逆に行動を素早く決定出来る。

「……ところで、大丈夫なのか?」

 士郎はセイバーに視線を向けながら心配そうに尋ねた。

「モードレッドの事ですか?」

 士郎が頷くと、セイバーは柔らかく微笑んだ。

「正直な所、少々複雑な心境です。ただ、こうして戦う以外の手段で対話や交流の機会を得られた事には素直に感謝しています。生前、私はアレの父である前に王であった為にまともな親子の会話など一度もありませんでした。恐らく、アレが私に叛逆した要因の一つはそこにあった筈です。当時の決定を覆す気は微塵もありませんが……、ただ――――」
 セイバーは言った。

「私から王位を奪う。それだけが目的だと思っていたもので、アレがマトウシンジの為に全身全霊を掛けて戦うと宣言した時、アレの心の内を聞いてみたいという欲が生まれてしまった。叶うなら、アレと剣を交える前に言葉を交え、アレの口から聞いてみたい」

 セイバーはモードレッドの事をアレとばかり言う。それはきっと、彼女の中でモードレッドという存在の扱いを悩んでいる証なのだろう。
 王と騎士という生前の関係が失われ、反逆者と反逆された者、あるいはサーヴァントとサーヴァントという関係に変わり、その中で父と子という関係で話をしてみたいという欲が生まれた事で彼女の中に混乱が起きているのだろう。

「いいと思う。俺は今でも親子が殺し合うなんて間違っていると思ってる。もし、話し合う事で殺し合いを回避して、穏やかな関係が築けるなら、それに越した事は無い」

 士郎が言うと、セイバーは首を横に振った。

「いえ、恐らく戦いを回避する事は不可能です」
「ど、どうしてだ?」

 狼狽える士郎にセイバーは言った。

「我々は既に一度殺し合いを繰り広げ、実際に互いの命を奪っている。例え、話し合う事で関係を多少改善されたとしても、砕けたモノが元通りになる事などあり得ない。私もアレも納得する為には今一度、剣を交える以外に道は無い」

 セイバーは苦悩の表情を浮かべる士郎に言った。

「理解して欲しいとは言いません。貴方の意見が正しい。本来、親が子に剣を向けるなど、あっていい筈が無かった。だが、私は王で、アレは王位を簒奪する為に剣を持った狼藉者だった。私は……」

 拳を硬く握り締め、セイバーは必死に数多の感情を押し殺しているようだった。

「その時が来ても、私達の戦いを止めないで欲しい。もし、私達に親子の絆が生まれるとしたら、それは剣を交えたその先にしかあり得ないのですから……」
「セイバー……」

 理解も納得も出来ない。士郎の顔にはそう書いてある。
 だけど、士郎は力無く頷いた。

「……わかった」
「ありがとう、シロウ」

 ◇◆◇

 それからの数日間、僕達は総出でキャスターの居場所を探るために尽力した。
 時にはライダーのヒポグリフに遠坂さんとアーチャーを乗せ、いつもとは違ったメンバーで探索を行ったり、屋敷内でコミュニケーションを取ったりと、それなりに楽しい時間は過ごせたけど、結局、キャスターが見つからないまま、時間だけが過ぎていった。

「……不味いですね」

 その日、夕食を摂りながらバゼットさんが言った。

「キャスターの居場所を探る手掛かりが全く無い。この状態が続けば、いつまで経っても聖杯の調査に乗り出す事が出来ない。アンリ・マユなどという得体の知れない存在によって汚染されている以上、何かの拍子で暴走を起こさないとも限らない。出来れば、早期に調査を始めたいのですが……」
「もう、いっその事、先に聖杯の調査に向かうってのは?」

 遠坂さんの提案にバゼットさんは頷いた。

「それも一手かもしれませんね。私達が聖杯の調査に乗り出せば、キャスターが棲家から顔を出す可能性もある。ただ、あの謎のサーヴァントに太刀打ち出来るかが問題なのですが……」
「――――ッハ、怖気づく必要なんて無いだろ。誰が相手だろうと、ぶっ潰すだけだ」

 気楽そうに言うアヴェンジャー。

「どっちにしろ、このままじゃ、何時まで経ってもキャスターを討伐出来ない。それに、謎のサーヴァントがそれほど得体の知れない存在なら、多少のリスクは覚悟してでも、情報を得る必要があると思う」

 慎二くんの言葉にバゼットさんは「そうですね」と頷いた。

「では、明日、一度円蔵山に向かいましょう」

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