第四話「サクラ咲く季節」

 おじさんのお葬式から数年、僕達の周りには色々と変化が起きている。中学に上がった僕らの前に皆が大好きなワカメ事、間桐慎二くんが登場したのだ。
 僕と士郎のクラスは別々で、詳しい事情は後から知ったんだけど、二人が出会った日の事は中々に僕の中の慎二くんの印象を打ち壊してくれるものだった。
 アニメを見ていた当時の感想は酷く嫌な人間というもの。妹を虐めたり、主人公に一方的に悪意をぶつけ、学校の生徒達を大勢犠牲にしようとした。
 だけど、それは彼のほんの一面に過ぎなかったらしい。その日、士郎は文化祭の準備を押し付けられていた。この頃、士郎はすっかり大人びた落ち着きを身に付けていて、その上、頼まれれば絶対にノーと言えない性格である事が周囲にバレてしまったのだ。周囲から完全に便利屋扱いされてしまっていた。文化祭の準備は他にも色々あって、士郎はちゃんと自分の仕事をこなしていたのに、遊びに行きたいからという理由でクラスメイト達が看板作りの仕事を士郎に丸投げしたのだ。正直、それを聞いた時は頭が沸騰しそうになった。女の子になったせいか、最近、ちょっと感情的になりやすくなっている。
 さて、その時、慎二くんが何をしていたかというと……、何もしていない。ただ、ずっと士郎を見ていたらしい。手伝ったりはせず、ずっと士郎がイエスマンである事に文句を言っていたそうだ。彼にとって、士郎の在り方は気に入らないものだったらしい。でも、士郎が完成させた看板を見て、意見を一新した。

「あの看板の出来は正に完璧だった。嫌々やってたら、あんな物は作れないよ。正直、アイツの事は押しに弱い軟弱者だと思っていたんだ。だけど、考えを改めさせられたよ」

 あれから、彼は士郎とよくつるむようになった。彼にとって、士郎は己が唯一認められる人間であり、唯一の友達なのだ。家にも遊びに来るようになり、自然と僕とも交流を持つようになった。僕と彼は友達というより、まだ友達の友達という感じだ。
 学外で会った時などは会釈をする程度。しかも、一方通行。士郎が居るときにちょっと話に混ぜてもらえるくらいだ。

「一見、上っ面だけに見えるアイツの言葉や行動は全部本物なんだ。あんな人間、居るんだなって感じだね」

 実に誇り高い人間。それが今の彼に対する印象だ。これがどうして、成長するとああなるのかが分からない。そう言えば、Fateのラスボスこと、ギルガメッシュも子供の時は天使だったっけ……。
 ちなみに、今、こうして二人っきりでお喋りしているのは、休日に慎二くんが突然押しかけて来たからだ。士郎は買い物に行っている。待つのも暇だからと、僕は話し相手をさせられているというわけだ。

「ところで、飯塚」
「なに?」

 飯塚というのは僕の苗字。士郎は衛宮の苗字を貰ったけど、僕は遠慮した。色々と理由はあるけど、一番大きな理由はこの名前を変えたくなかったからだ。おじさんは笑って「そうか」と許してくれたけど、今にして思うと、少し寂しげだったような気もする。だけど、後から撤回する機会も無く、おじさんは亡くなってしまった。

「お前って、衛宮の事好きなわけ?」

 僕は口に含んでいたお茶を盛大にぶちまけた。慎二くんの顔に向かって、それはもう、ショットガンのような勢いで。

「……いや、いきなり過ぎたね」

 眉間がピクピク動いている。そうとうご立腹らしい。でも、いきなりそんな質問ぶつけられたら誰だってお茶を噴く。僕だって噴く。

「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」
「いやが多過ぎるよ……」
「い、いきなり何を言ってるんですか!? ぼ、ぼぼ、僕が士郎の事す、す、す――――」
「初心な反応だな。いや、君、僕が衛宮の事を褒めると物凄い勢いで頬を緩ませるじゃない。正直、あんな嬉しそうな顔して聞かれると、そう思わずには居られないよ。他の話題だと殆ど無反応だし、学校でも無愛想だろ、君」
「い、いや、無愛想というわけでは……」
「いや、無愛想だろ」

 呆れたように言われた。確かに、学校での僕は無愛想と表現するのが一番正しいのかもしれない。なにしろ、友達も出来ないまま、日がな一日勉強に勤しみくらいしかやる事が無く、そのせいでどんどんコミュニケーション能力が落ちていく。元々どん底だったけど……。
 もう、女子のグループに入れてもらう事は諦めた。女子力を鍛えようと、色々と頑張ったんだけど、興味が欠片もわかない事にいつまでも熱情を傾けては居られなかった。アイドルの事とか心底どうでもいい。言葉遣いも一度はちゃんと女の子らしいしゃべり方をしようとも思ったのだけど、無理でした。鳥肌が立ったよ。女の子が一人称を『僕』と呼ぶ。ぶっちゃけ、中学にあがるとそれはもう痛いと表現するしかない。でも、直せない。ジレンマだ。加えて、趣味や志向が相変わらずな為に女の子と友達になるなど不可能だった。
 ちなみに、男子のグループは論外だった。そもそも、入ろうとしたら今度はボッチどころか虐めの対象になる。男に媚びる女は鋼の精神力を要するのだ。僕にはそんなもの無いのです。

「さっきの笑顔は良かったね。いつもそうやって笑ってれば、ちょっとは友達も出来るんじゃないか?」
「マジで?」

 笑顔を浮かべるだけで友達が出来るとは初耳だ。

「……いや、笑顔以外にも色々と足りてないものがありそうだね」
「期待させてから落とさないで下さい」

 僕が女だからか、慎二くんも毒が少ない。彼は女性の扱いを心得ている。使いようによっては女心を弄べるくらい、それはもう見事な技工を身に着けている。
 何だかんだで、僕は慎二くんと話している時間が嫌いじゃなかった。友達が欲しいという僕の持ち掛けた相談にも色々とアドバイスをくれるし、僕の何の捻りもなくつまらない話をまるで素敵なエンターテイメントみたいに盛り上げてくれる。
 これは弄ばれちゃう女の子の気持ちも分かるというもの。だって、一緒に居て楽しいんだもん。こっちが何の努力をしなくても、幸福な気分に浸らせてくれる。僕も身に付けてみたいスキルである。

「それで、衛宮の事は好きなの?」
「……いや、士郎の事は好きだけど、それは家族としてだし……」

 何とも答えにくい質問だ。ボッチなせいか、あんまり女という自覚を持つに至るようなイベントが全く起きていない。同い年の男女が一つ屋根の下で同棲しているというのに、漫画でよくあるお風呂場でドッキリとか、ラッキースケベなイベントも起きていない。
 まあ、お風呂に入る時はちゃんと鍵を閉めてるし、士郎は何も無い所で転んだりしないから、当たり前と言えば当たり前なんだけど、それを踏まえても、士郎が僕を女の子扱いしないから余計に女の子の感覚が持てないのだ。いや、別に持ちたいとは思ってないんだけど、そのせいでますます他の女の子達との間にある溝が深まっていく事が問題だ。
 これでも、僕は自分が結構可愛いという自覚を持っている。目はパッチリしているし、鼻も均整がとれている。特に何もしていないのにコレなのだから、この新しいボディーは相当なスペックだ。加えて金髪。一応、折角なので伸ばしている。面倒だから編み込んだりはしていないけど、前に士郎がプレゼントしてくれたシュシュで纏めている。
 洋服だって、おじさんが買ってくれた大量の可愛らしい服が揃っている。子煩悩爆発で私の成長を予期し、サイズも豊富だ。多分、本当はイリヤちゃんに着せたかったんだろうけどね……。

「まあ、実際そうなんだろうね。君って、まだ男女の色恋には疎い感じだし」

 一回大学まで行っている身としては非常に遺憾ながら、僕は慎二くんの言葉を否定する事が出来なかった。そうですよ。その通りですよ。童貞歴二十年プラスアルファは伊達じゃない。もう、この記録は延々と更新し続ける事しか出来ない事が悲しいです。

「まあ、それは衛宮にも同じ事が言えるけどね」
「ん? 何の話だ?」

 ちょうど帰って来た士郎が怪訝そうな顔をしている。

「こっちの話だよ。それより、遅いじゃないか、衛宮。まったく、待ちくたびれちゃったぜ?」
「いや、慎二が居るとか予想外だったし……」
「うるさいな。休日は僕がいつ来てもいいように自宅に待機しておけよ。他に大した用事も無いだろ、お前」
「理不尽過ぎないか?」

 僕としては、むしろ慎二くんが士郎にほの字のような気がしてしまう。最近だと、学校でも外でも士郎にベッタリだし……。

「そうだ。そんなに友達が欲しいなら、今度妹を紹介してやるよ。あいつも君に負けないくらいのボッチだから、気が合うんじゃない?」
「他人からボッチって明確に言われると傷つくんだけど……」
「だって、事実だろ?」
「……うん」

 涙が出て来た。歯に衣着せない物言いは慎二くんの良いところでもあり、悪いところでもあると思う。まあ、これは特に気に入った相手限定の接し方だから、悪い気はしないんだけどさ。慎二くんはどうでもいい相手には割りと丁寧な対応をする。
 
「今日はご飯食べてく? 食べてくならリクエストを聞くけど?」
「ああ、じゃあビーフストロガノフでも頼もうかな」
「……レベル高いの要求してくるッスね、慎二の旦那」
「一流のシェフは客の注文に文句を返さず完璧な料理で自らの威光を示すものだよ」
「いや、その理屈はよくわかんないぞ」

 士郎のツッコミもなんのその、慎二くんは「頼んだぞー」と手をひらひらと降ってくる。ならば、作ってあげましょう。我が家のディナーのレシピに加えてあげましょう『ビーフストロガノフ』! 名前がちょっとかっこいいね!

「レシピ本を出さなきゃね」

 僕と二人の時と比べて明らかに盛り上がっている二人の会話をバックサウンドに僕はいそいそと冷蔵庫を見定める。これは買い物に行かねばなりませんな。
 二人に留守を任せて、いざ商店街へ。まだ空は明るいのに、人通りがかなり多い。

「まずはお肉屋さんだねー」

 最近は商店街を歩く事も中々難しくなっている。何故なら、こんな鄙びた場所だと言うのにデートのルートに使っているリア充カップルが結構いるのだ。まあ、お金の少ない中学生カップルだと仕方がないのかもしれないけど、クラスメイトが男女で並んでイチャイチャしている場面を見ると、無性に悔しくなってくる。別に今更女の子と色恋したいとか、ましてや彼氏が欲しいなんて思ってないけど、それでもなんか悔しいんだ。
 加えて、この街には厄介な人物が数人程存在している。まず、一人目は言峰綺礼。新都にある丘の上の教会の神父様なのだけど、この人はFateのラスボスであり、とんでもなく悪い奴なのだ。関わらない方が絶対的に得策な人物なのだ。でも、時々この辺に来るのだ。いつも暑苦しいカソックを着て堂々と歩いているから、直ぐに誰なのかが分かった。正直、こんな所にカソックで来なくてもいいのではないかとも思う。
 もう一人は遠坂凛。彼女は魔術師であり、この街の管理人なのだ。僕達が魔術師である事にはまだ気づいていないけど、いずれバレるだろう。そうなった時、一悶着ありそうで怖い。魔力を隠す方法とか分からないし……。

「あとはコレとアレと……」

 必要なものを買ったらさっさとトンズラだ。早く、我が家に帰って安息を得たい。

「というか、サラッと慎二くんに妹を紹介するとか言われたけど、それって桜ちゃんだよね……?」

 Fate史上における三大厄ネタの一つ、桜ちゃん。いや、いい子だし、境遇が悲惨すぎたせいなのは分かっている。小学校に上がったばかりの……、よりにもよって、ある程度自我が定まり、分別も理解し始めた頃によりにもよって雑多なエロ本やAVなんて目じゃないような超絶ハードプレイを休みなく強要されるとか、興奮するけど体験は絶対にしたくない。
 そんな彼女はFateの真のラスボス。ドラクエ風に言うと、ラスボスを倒した後の神竜とかエスタークみたいな感じの人。
 正直、彼女と士郎をあわせたくない。可愛いし、境遇から救い出してあげたいとも思うけど、それ以上に地雷過ぎる。彼女自身もさる事ながら、彼女のバックボーンは三大厄ネタの二つ目である蟲爺こと、間桐臓硯さん。下手したら、僕まで蟲蔵エンドもあり得る。だって、ヒロインの一人である遠坂凛も選択肢によっては蟲風呂で間桐の精子を孕ませエンドだったりするし……。
 さすがにそれは嫌だ。それなら士郎の嫁として生きていく方が絶対に良い。正直、あんな優良物件は他に無いだろう。もし仮にどうしても結婚しないとヤバイ状態に陥ったら僕は迷わず士郎と結婚するよ。優しいし、包容力もあるし、何よりずっと一緒に過ごしてきた経験がこれからもずっと一緒に居ても苦痛にならない事を証明している。
 ちなみに、その点でいくと慎二くんもいい線行ってるんだけど、家族が地雷原過ぎるからNGだね。蟲蔵で孕ませエンド待ったなしだし。最後は蟲に全身を食い尽くされるとか恐怖でしかないです。

「何はともあれ、出来る限り接触は避けるようにしないとね……」

 慎二くんとの交流はともかく、桜ちゃんとの交流はその胸の中に宿る蟲によって何から何まで筒抜けにされてしまうのだ。魔術師である事も当然バレるだろうし……いや、それは既にバレてるかもしれない。あの人、Fateだとおじさんの事を知ってて桜ちゃんを士郎に近づけさせたみたいだし……。

「――――と、現実はうまく運ばないものだね」

 数週間後、慎二くんが完全なる善意の下、僕達を間桐邸に招待してくれました。悪の総本山。エログロ地獄の窯の中。外道の外道による外道の為の邪神殿。
 正直、めちゃくちゃ帰りたい。

「ようこそ、我が家へ」

 でも、満面の笑みで歓迎してくれる慎二くんのご厚意を無碍にも出来ない。善意って、時に悪意よりも厄介ですね。

「桜は居間で待たせてる。兄の目から見ても若干ドン臭いところがあるから、そういう所も君と気が合う筈だよ」
「爽やかな笑みに騙されてあげないぞ。どういう意味だよ!」
「そういう意味だよ」

 最近は頻繁にうちに遊びに来るようになった慎二くん。ソレに応じて僕との交流も増え、徐々に遠慮というものが無くなってきた。お互いにね。

「衛宮。お前は僕の部屋に来いよ。面白いゲームを見つけたんだ」
「おう!」

 いや、ちょっと待って下さい。なにを勝手に僕と桜ちゃんを二人っきりにしようとしているのですか!

「ほら、こっちだよ」

 慎二くんはさっさと中に入っていってしまう。士郎も堂々と中に入っていこうとする。僕は咄嗟に士郎の服の裾を掴んだ。

「どうした?」
「いや、ちょっと……その……」
「ああ、緊張してるのか? 大丈夫だって! あの慎二の妹だぞ。きっと、ズケズケと物を言ってくるから、緊張してる暇なんて無くなるさ」

 ズケズケと物を言う桜ちゃんか、それはそれで見てみたいけど、それはともかく、士郎って、慎二くんの事をそういう風に見てるんだな……。

「と、とりあえず行こうか」

 言いながらも、士郎の背中に隠れる。この恐怖の館で堂々となんてしてられない。全身鳥肌が総立ちだし、膝も笑っている。

「緊張し過ぎだろ」

 笑っていう士郎を睨む。君はここが如何に恐ろしい場所かを知らないからだよ。特に女にとっては正に地獄なのだから、僕の恐怖も当然のものだ。

「桜! 連れて来たぜ。こいつが衛宮で、そっちが飯塚だ」

 初対面で失礼だけど、正直、蝋人形かと思った。既に総立ちな鳥肌が更に逆立つ程の恐怖を感じる。その表情には一切の感情が無いのだ。

「ははは、無愛想だろ、コイツ」

 ペシンとそんな彼女の頭を平然と叩く慎二くん。桜ちゃんは叩いた慎二くんを光の無い虚無の瞳で見つめた。

「痛いです」
「じゃあ、もうちょっと愛想をよくしろ!」

 メッと叱りつける慎二くん。実に良いお兄ちゃんである。それがどうしてああなるんだろう……。

「じゃあ、後は若い二人に任せて、僕らは上でゲームやりに行こうぜ!」
「オーケー!」
「え!? ちょっと、待って!」

 二人は僕と桜ちゃんの二人を残してさっさと階上に上がってしまった。なんて奴等だ。何が若い者だ。実年齢は僕の方が二十歳も歳上なんだぞ。

「えっと……」

 桜ちゃんののっぺりした顔を前に、僕は冷や汗がダラダラだった。

「は、はじめまして、僕、飯塚樹です」
「……はじめまして、間桐桜です」

 それっきり、会話が途切れた。

「あ、あの、えっと……その……、ご、ご趣味は?」
「ありません」
「そ……、そうですか」

 何とか話題を作ろうと足掻くも、二言目に続かない。Fateだと割りと明るめで、とっても可愛い大和撫子なんだけど、これがどうやったらああなるんだろう。大河さんを召喚したい。僕にこの子の心を開くのは無理ゲー過ぎます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。