第四十七話「最後の戦い」

 ――――今宵、天上から月は完全にその姿を消している。
 狂気の源とされる月の消失によって今、一人の騎士が理性を取り戻す。
 晴れ渡った夜空を見上げ、騎士は過去を振り返る。主と共に空を翔け、空と宇宙の境界から眺めた『この惑星』の姿。
 彼女は地球を美しいと言った。ずっと、ここに居たいと言った。

「――――イツキ。ボクは必ず、君を取り戻すぞ」

 幸福を願い、努力を重ねた彼女には不幸な結末など似合わない。
 男として、騎士として、英雄として、サーヴァントとして、必ず彼女を救い出す。
 ライダーは決意を胸に近づいて来る円蔵山に視線を向けた。

「これは――――」

 シロウの声に緊張が混じる。
 嘗て、この山の地下洞窟に潜り込んだ時、僕達は生々しい生命の息吹を感じた。
 今や、円蔵山全体にその気配が充満している。
 まるで、山そのものが一個の生き物のようだ……。

「……行こう」

 理性を取り戻した時、同時に恐怖の感情が呼び起こされた。
 一歩進む度に悪寒が走り、息苦しいまでの圧迫感を覚える。
 
「魔力の密度が果てしなく濃くなっている。全員、警戒して下さい! ここから先、何が起きても不思議ではありません!」

 バゼットの言葉に一同が頷く。
 準備は整えて来た。だけど、不安が過る。
 
「……シロウ。必ず、取り戻そうね」
「ああ……」

 シロウはポケットから赤いペンダントを取り出した。
 リンから渡されたモノだ。この山全体を覆う強大なマナと比べれば微々たるものだけど、それでも並々ならぬ魔力が宿っている。
 
「アーチャーは……、この事を知っていたのかな?」

 シロウは呟いた。

「記憶を視たんじゃないの?」

 リンがシロウに渡したモノはペンダントだけじゃない。彼女が共に戦場を潜り抜けた相棒の記憶。その断片をシロウに視せた。
 アーチャーのサーヴァント。真名は『無銘』。しかして、その正体は正義の体現者と呼ばれるまでに上り詰めた『エミヤ シロウ』。
 彼の正体を知った時、色々と合点がいった。
 シロウの投影魔術を指南したり、イツキの料理を絶賛したり、今にして思うと、彼は確かにシロウだった。

「遠坂が持っていた記憶は奴の英霊としての記憶ばかりだった。生前の記憶は殆ど……。アーチャー自身も消滅する寸前に記憶が蘇ったみたいだ」

 アーチャーがシロウの未来だとしたら、何故、彼は料理の技術を身に付けていたのだろう?
 だって、イツキが傍に居たら、ずっと、彼の為に料理を作り続けていた筈だ。

「……シロウ。ボク達は絶対、救い出せるよね?」
「ああ……、絶対に救い出すんだ」

 少しずつ石階段を上がっていく。
 守りたい。幸せになって欲しい。
 彼女を失う可能性など、欠片も考えたくない。

「……イツキ」

 思い返せば、たった数日の事。
 なのに、思い出が溢れかえっている。
 一緒に遊覧飛行に出掛けたり、一緒にショッピングをしたり、一緒に馬鹿な事をしたり……。
 彼女が作る料理にはいつも愛情が篭っていた。

「シロウ……。ちゃんと、愛してあげてね?」

 仮に救い出せたとしても、ボクは一緒に居られない。
 だから、彼に託しておく。

「誰よりも幸せにしてあげてね?」
「――――うん」

 良かった……。
 
「――――あ」

 何の前触れも無く、ボク達は突然、異界へ足を踏み入れた。
 見覚えのある光景。
 遥か彼方に黒い炎の柱が見える。

「これが――――、『死者を囲う円冠―― ヴァルプルギスの夜 ――』」

 リンの慄くような声と共に目の前に彼らは現れた。

「バ、バーサーカー!?」
「ランサー!?」
「アーチャー……」

 サーヴァントを失った三者が叫ぶ。
 彼らの眼前に失った筈のサーヴァントの姿があった。
 皆、一様に黒く染め上げられている。
 
「――――他にもぞろぞろと湧いてきたぞ」

 気がつけば、そこにはキャスターの姿があった。
 無数のビースト共が居た。
 
「おい、どうするんだ?」

 アヴェンジャーが誰ともなく問いを投げ掛ける。

「決まってるだろ!」

 応えたのはシンジだった。彼はボク達に向かって言った。

「行け、衛宮! ヒポグリフなら、ここを飛び越えて飯塚の所まで行ける筈だ! 僕達がこいつらを引き付ける!」
「慎二……、頼む!」

 アヴェンジャーは慎二の言葉と同時にサーヴァントの群れに飛び込んで行った。
 同時にボク達もヒポグリフの背に跨る。

「……ありがとう、シンジ!」

 ヒポグリフを一瞬の内に黒炎の柱へ辿り着く。
 そこには無数のビーストが折り重なり、山を作り上げていた。
 あの奥にイツキが居る。

「イツキ!」

 ボクは一旦、ヒポグリフに上昇を命じ、高度を上げた所で飛び降りた。
 腰に備えた宝具を手に取る。
 知恵の書と共にロジェスティラから貰った魔法の角笛だ。
 息を大きく吸い込む。同時に角笛は一気にボクを囲う程の大きさに膨張した。

 喰らえ、『恐慌呼び起こせし魔笛―― ラ・ブラック・ルナ ――』――――ッ!!

 瞬間、大地に向かって、魔音が鳴り響いた。
 それは、龍の咆哮であり、巨鳥の雄たけびであり、神馬の嘶き――――。
 山程のビーストの大軍が音波によって尽く粉砕されていく。
 魔音によって拓けた大地にボクが降り立つと、同時にヒポグリフも降下して来た。
 そして、ボク達の目の前には彼女達の姿があった。

「樹……、それに、セイバー」

 イツキだけではなかった。
 そこには黒く染まったセイバーの姿もあった。
 
「ようこそ、衛宮士郎。そして、アストルフォ。待っていましたよ」

 穏やかに微笑み、彼女は言った。

「さあ、始めましょう。絶対正義と絶対悪の戦いを――――」

 瞬間、ボクは知恵の書を開いた。
 今なら、その真名が分かる。
 真の力を引き出す事が出来る。

「『破却宣言―― キャッサー・デ・ロジェスティラ ――』――――ッ!! さあ、知恵の書よ!! 我が主を救う方法をボクに示せ!!」

 紙片が舞う。そして――――……、

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 無限に増殖を続けるビーストと一騎当千のサーヴァント達を前にアヴェンジャーは哄笑する。

「――――さあ、これが正真正銘、最後の戦いだ。聞け!! この領域に集う、一騎当千、万夫不当を騙る雑魚共!! テメェ等全員、まとめてオレが相手になってやる!! かかって来い!!」

 一閃。迸る赤雷が走り、同時に無限の半分が消滅した。
 今の彼女には無限に抗うべく、無尽の魔力が流れ込んでいる。
 それが遠坂凜の用意した秘策の一つ。
 始まりの御三家の知識を総動員して創り上げた反則技。
 遠坂、間桐、アインツベルンの三家に属する少女達の全魔力が今、一騎のサーヴァントに注ぎ込まれている。
 
「行かせるか――――、『麗しき父への叛逆―― クラレント・ブラッドアーサー ――』ッ!!」

 アヴェンジャー達を無視して、ライダー達の下に向かおうとするサーヴァント達の前に巨大な溝を作り上げる。
 莫大な魔力が動員された事でアヴェンジャーのステータスは軒並み上昇している。
 そこに――――、

「令呪を持って、命じる!! モードレッド!! 絶対にこいつらに衛宮達の邪魔をさせるな!!」
「応よ!!」

 令呪によるブーストが重なり、そのステータスは一時的にサーヴァントとしての最高値すら上回る。

「ッハァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 アヴェンジャーと慎二にとっても、これは最後の瞬間だ。
 如何なるカタチに終わろうと、彼らにもまた、別れが訪れる。
 ここに来る前に言葉を語り尽くした。身に互いを刻み込んだ。
 それでも、流れ落ちるものは止められなかった。

「行け、モードレッド!」
「ォォオオオオオオオオ!!」

 彼らだけでは無い。
 遠坂凛は宝石を投げながら――――、
 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは髪をゴーレムに転じながら――――、
 バゼット・フラガ・マクレミッツは自らの拳足を振るいながら――――、
 最後の時を感じている。長きに渡った戦いの終わりが今、迫っている。

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