第二話「――――どうして?」

 現実は小説より奇なり、とは良く言ったものだ。果たして、これが現実と呼べるのならば……、だが。まったく、如何なる因果の末にこんな場所に居るのか、理解が出来ない。
 隣に座っている少年、衛宮士郎は『Fate/stay night』というゲームの主人公だ。単なる同姓同名では無く、本人なのだ。ゲームの登場人物が立体的な肉体を持ち、自らの口と喉で言葉を発している。それだけでも十分に不可解な現象だと言うのに、何と、俺自身もゲームの登場人物の一人になっている。
 セイバーのサーヴァント、アルトリア。聖杯を求め戦う七人の魔術師が召喚するサーヴァントの一体であり、本作のメインヒロインでもある。ちなみに、サーヴァントとは、英霊と呼ばれる過去に偉業を為した英雄の魂をクラスと呼ばれる寄り代に憑依させたものだ。
 分からない事は山積みだが、分かる事もある。

――――詰んだ。

 恐らく、俺はあのトレーラーに牽かれた時死んでしまったのだろう。その後、何の因果かセイバーの体に憑依してしまったらしい。それも、衛宮士郎によって召喚された直後に……。
 この世界には聖杯と呼ばれる何でも願いが叶う魔法の器なんてものがあるが、とある理由が原因でまともに機能しなかった筈だ。他にこんなフィクションの世界に紛れ込んでしまった俺が元の世界に帰る方法なんて、あるとは思えない。
 溜息しか出て来ない。

「ちょっと、聞いてるの?」

 現在、聖杯説明に関するレクチャーを士郎君にしてくれている凛ちゃんからお叱りを受けた。
 未熟なマスターと記憶喪失のサーヴァントという組み合わせに彼女はお節介を焼く決意をしてくれたらしい。ありがたい事とは思うが、正直なところ、それ所じゃない……。
 相変わらず上の空な俺を凛ちゃんが睨む。

「……ごめん。ちょっと、頭の整理が追いつかなくてね」
「セイバー……」

 とりあえず、士郎君にはクラス名であるセイバーと呼んでもらう事にした。今後どうなるにしても、彼とは一蓮托生になるのだから、いずれは此方の事情を話す事になるだろうけど、今は早い気がする。
 
「……とりあえず、話はこんな所かしら。それで、どうするの?」
「どうするって?」

 凛ちゃんの問い掛けに士郎君が首を傾げる。

「戦う気はある? ハッキリ言って、今の貴方達じゃ、この聖杯戦争を生き残る事なんて不可能に近いけど」

 彼女の言い分は尤もだ。原作でさえ、生き残る事が難しい状態にあった。なのに、サーヴァントであるセイバーが俺なのだ。ランサーとアーチャーの戦いを見て、理解した。俺にサーヴァントと戦う力は無い。
 だけど、士郎君はきっと戦いを選ぶだろう。彼はそういう性格の主人公だ。聖杯戦争で犠牲になる人々が居ると聞けば、例え、自分の命が危険に晒される事になろうと、戦う決意を固めてしまうだろう。
 
「……士郎君」
「なんだ?」

 今ならば間に合うかもしれない。

「パスポートは持っているかい?」
「いや、持ってない」
「じゃあ、お金は? ある程度の余裕はあるかな?」
「まあ、貯金はあるけど……」
「なら、決まりだ」

 俺は問答無用で士郎君を立ち上がらせる。

「海外に逃げよう。そこで、聖杯戦争の終結を待つ」
「はぁ!? いきなり、何を言ってるんだよ!」
「さっき、凛ちゃんも言ってただろ? 俺達がこの戦いを生き残るのは難しい。だから、逃げるんだ」

 有無を言わさず、俺は廊下に士郎君を引き摺り出した。

「出来るだけ早急に準備を済ませてくれ。今夜中に出発する」
「ま、待ってくれ、セイバー! 俺は――――」
「生き残れないと分かり切っている戦いに君みたいな子供を参加させるわけにはいかない。せめて、俺が戦えれば話は別だが、俺にランサーやアーチャーのようなサーヴァントと戦う力は無い。だから――――」
「落ち着きなさい、セイバー」

 静かな声で凛ちゃんが言った。

「今の貴女に理解出来ているか分からないから、一応言っておくけど、冬木を離れたら聖杯との繋がりを保てなくなる。一時的にならまだしも、数日間ともなったら、余程の魔術師をマスターにしてないと、現界を維持出来なくなるわ」

 そんな設定があったとは知らなかった。
 けど、俺に考えを改める気は無い。

「それでも、士郎君の命が助かるなら問題無いよ。子供の安全が最優先だ。そもそも、俺はもう死んでる人間のようだしね……」

 苦い表情を浮かべる俺に凛ちゃんは肩を竦めた。

「ふーん。ステータスを見る限りだと、貴女、相当優秀なサーヴァントみたいだけど、記憶が無いとやっぱり厳しいの?」
「厳しいなんてもんじゃないよ。戦う方法すら分からないんだ。宝具を使う事はおろか、剣を振るう事さえ出来ない。こんな状態で他のサーヴァントと遭遇したら、俺はアッサリ殺される。士郎君を守るどころじゃない」
「……何とか、記憶を取り戻す事は出来ないの?」
「難しいな。そもそも、思い出せる記憶がこの体に残っているのかどうかすら分からない」
「ふーん。でも、海外への逃亡はあまり現実的じゃないわね」
「どういう事だい?」

 凛ちゃんは肩を竦めながら言った。

「まず、監督役から確実に警告が出されるわ。何せ、サーヴァントを市外に出すという事は監督役の手の届かない場所で被害が発生する可能性が出て来るから」
「……それは不味い事かい?」
「監督役からの警告自体に然程意味は無いわ。問題はそれを無視した後。確実に魔術協会と聖堂教会の両方から罰則が下される事になるわ」

 凛ちゃんの言葉は事実上の逃亡不可能を意味した。

「逃亡するとしたら、安全地帯に到着するまで、セイバーが護衛する必要がある。けど、セイバーが居れば教会と協会から罰が下る。どちらにしても、衛宮君が厄介な立場に立たされる事は間違い無いわ」
「じゃあ……」
「それより、監督役に保護を求める方がまだ現実的よ」
「それは……、しかし……」

 監督役とは、言峰綺礼の事。実のところ、彼こそがゲームのラスボスだったりする。あそこに保護を求めるという事は蛇の口にダイブするのと同義だ。

「まあ、私も個人的にはあまり勧められないけど、国外逃亡よりはマシだと思うわ」

 溜息が零れる。参った、打つ手無しだ。

「……とりあえず、監督役に会いに行きましょう。そこでなら、もっと詳しい話が聞けるし、衛宮君の保護も頼めるかもしれない」

 さて、どうしたものか……。言峰教会に行く事は虎の穴に自ら入りこむようなものだ。
 
「……どうする、セイバー?」

 士郎君が問う。

「そうだね……」

 残された道は少ない。逃げられないなら、戦うしかないがその為には協力者がどうしても必要になる。
 そうなると、候補は目の前の少女唯一人だ。他は誰も彼も問題を抱えている。

「凛ちゃん」
「……とりあえず、まず、その凛ちゃんっての止めてもらえない?」
「駄目かい? じゃあ……、凛でいいかな?」
「それでいいわ。ちゃん付けなんて、落ち着かないし」
「了解」
「それで、行くの? 行かないの?」
「その件なんだが、とりあえず後回しにしたい。それより、君に士郎君の保護を求めたい」
「……まあ、そう来るような気がしてたわ」

 話が早い事は良い事だ。

「勿論、俺の事は好きにしていいよ。士郎君を守ってくれるならね」
「ちょ、ちょっと待てよ、セイバー!」

 俺の発言が気に障ったのか、士郎君が声を荒げた。

「直感だけど……、監督役を頼るのは得策じゃない気がする。それより、信用の置けるマスターに保護を求める方が君の生存率が上がると思うんだ」
「随分と私を買ってくれているのね、セイバー」
「うん。一目見て、君が心根の優しい子だと分かった。それに、わざわざ敵のマスターの為に懇切丁寧な説明をしてくれて、自滅を防ぐ忠告もしてくれたしね」

 視線を士郎君に向ける。

「悪いが、異論は認めない。君みたいな子供を若い身空で死なせるわけにはいかないからね」
「で、でも!」
「頼む、凛。此方の取引材料は俺の身一つしかないけど……」
「構わないわ。ただし、決して裏切らないように令呪を使ってもらう」
「ああ、此方からは士郎君の保護以外の条件を出すつもりは無い」
「……衛宮君はそれでいいのかしら?」

 思わず舌打ちしそうになった。余計な事を聞くなよ。

「俺は……賛成出来ない」

 士郎君は言った。

「いや、別に遠坂と組みたくないってわけじゃないんだ。ただ、その為にセイバーに犠牲を払わせるのは……」
「それこそ問題視する必要は無いよ。俺はこう見えても君より年上だ。だから、甘えてくれて良い」
「でも!」
「悪いが、これ以上文句を言うなら手足を縛って監禁しないといけない」
「か、監禁って……」

 士郎君が言葉を失う。確かに過激過ぎるかもしれないが、あまり反抗的な態度を取るなら仕方が無い。
 
「君を死なせるよりはマシだ。無論、全てが終わったら幾らでも殴ってもらって構わないよ」
「でも……、遠坂は戦うんだろ?」
 
 士郎君が問う。痛い所を衝かれた。

「当然よ。聖杯を取る事は遠坂家の義務だもの」
「……士郎君。勘違いしているかもしれないが、彼女は極めて優秀な魔術師だよ。君とは違う」

 ちょっとでも死亡フラグを踏むと死んじゃう君と凛では違うんだよ。
 俺が士郎君を必死に守ろうとしているのも、彼がちょっとした事で直ぐに死んでしまうからだ。
 その死因の多くはヒロインによるものだが、遠坂凛という少女によって齎される死は他のヒロイン達に比べて圧倒的に少ない。
 むしろ、命を救ってもらう事の方が多いくらいだ。
 
「実際、この戦いの勝者は彼女になると思う。だから、彼女に保護してもらえれば、君の生存率は飛躍的に向上すると思うんだ」
「け、けど……」
「待った、セイバー」

 尚も言い返して来ようとする士郎君にいい加減苛々していると、凛が言った。

「さすがにマスターの意思を無視するサーヴァントは信用出来ないわ」
「なっ……」
「勿論、貴女が衛宮君を守りたい一心での発言である事は認める。けど、彼の意思を度外視して、自分の意見ばかり主張するなら、悪いけど組む気になれない。マスターが制御出来ないサーヴァントなんて、スイッチの入った爆弾を手元に置くようなものだもの」
「お、俺は……」
「例えば、何らかの理由で衛宮君の命が危険に晒された時、貴女は私達を裏切らないと断言出来る?」
「……それは」
「出来ないでしょ?」

 何も反論出来なかった。三歳くらい離れている少女に言い負かされた。その事に落ち込んでいると、彼女は言った。

「それに、正直、私に貴女達と組むメリットが少な過ぎる。せめて、ある程度、セイバーが戦闘を行えるようになる事と、セイバーが衛宮君の意思を尊重するようになる事。その二つの条件を満たさなきゃ、組む気になれないわ」
「そんな……」

 最悪だ。原作の彼女はお人好しと言ってもいいくらいの性格だった。主人公である衛宮士郎が危機的状況に陥れば、救いの手を差し伸べてくれる存在だった。
 そんな彼女が此方の手を振り払った原因は全て俺にある。

「……とりあえず、今日は解散しましょう。一応、休戦協定だけは結んであげる。条件を満たしたら会いに来なさい。即決はしないけど、話くらいは聞いてあげる」
「ま、待ってくれ、凛。なんなら、ここで自害しても構わない。だから、士郎君の保護を――――」
「お断りよ。セイバーが居ないんじゃ、尚の事、衛宮君を保護するメリットが無いもの。魔術師同士の取引は等価交換が原則。それを忘れないようにね」

 凜が去った後、俺は頭を抱えた。大失敗だ。最悪だ。

「ど、どうしよう……」

 頼みの綱が切れてしまった。

「な、なあ……」

 士郎君が恐る恐る肩に手を触れてきた。

「あ、ああ、士郎君。すまない、俺が不甲斐ないばかりに……」
「いや、別に……。っていうか、セイバー」
「なんだい?」
「どうして、そんなに俺に戦わせたくないんだ?」
「だって、君は直ぐに死にそうだからね」

 即答すると、士郎君は実に面白い表情を浮かべた。

「い、いや、直ぐに死にそうとかどうして分かるのさ!?」
「もう、何て言うか、顔に滲み出てるんだよ。ちょっと選択肢を謝っただけで直ぐ死にそうな感じが……」
「嘘だろ!?」
「いや、本当」

 実に困った。何が困ったって、このままだと序盤における最大の死亡フラグがやって来てしまう。

「……もう一度、凛を説得しに行こう」

 実際には巻き込みに行こう。更に正確にはアーチャーの力を借りに行こう。

「でも、遠坂は――――」
「ほら、行くよ。抱っこで連れて行ってもらいたいのかい?」
「じ、自分で歩きます」

 後一秒決断が遅かったら本当に抱っこして連れて行くつもりだったけど、士郎君はいそいそと立ち上がり、玄関に向った。
 外に出ると、涼しい風が頬を撫でた。

「凛の家の方角は分かる?」
「えっと、確か南の方にある高級住宅街だったと思うけど……」
「じゃあ、行こうか」

 ちょっと駆け足。士郎君が必死な顔をしているけど、俺の方は余裕綽々。セイバーボディーの性能の素晴らしさを体感した。
 しばらくして、分かれ道まで来ると、凛の後姿が見えた。

「……こっちの返事は変わらないわよ」
「頼むよ、凛。君しか頼れる人間が居ないんだ」
「何度頼まれようと、貴女のスタンスが変わらない限り同じ事よ。それより、あんまりしつこいようだと……」

 凛の瞳に危険な光が宿ると同時に背後から愛らしい声が響いた。

「――――やっと見つけた、お兄ちゃん」

 来た。歌うような少女の声。それが、死神が鎌を研ぐ音のように聞こえた。
 振り向くと、そこに怪物が立っていた。まるで現実味の無い、異形の存在。
 アレが生き物であると知っているが故に体が震えた。

「バーサーカー……」

 凜が呟く。
 異形から視線を下に降ろすと、そこには声の主たる少女が居た。

「こんばんは、お兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 少女はそう言って、士郎君に向って微笑み掛ける。

「……やばい。アレ、ステータスが幸運以外全部最高値のAランクオーバーじゃない」

 眉間に皺を寄せながら、凛は自らを鼓舞するかのように顔を上げる。

「アーチャー。アレは力押しじゃなんともならない。貴方は本来の戦いに徹してちょうだい」

 小声で自らの相棒にそう囁く凛。それに、姿を見せないまま、アーチャーが応える。

「了解した。だが、守りはどうする? セイバーには期待出来んぞ」
「まあ、こっちは三人居るし、少しの間なら凌げると思う。ただ、あまり長くは保たないわ……」
「分かった」

 凛の背後から何かが去るのを感じた。気配なんてものを感じたのは初めてだけど、これが英霊の感覚というものなのかもしれない。

「そういう事だから、セイバー。悪いけど、一緒に戦ってもらうわよ」
「分かった。ただ、その前に士郎君」
「な、なんだ?」

 話しかけるのが唐突過ぎたせいか、士郎君は酷く狼狽している。

「令呪を使って欲しいんだ。そうすれば、一時的にでも本来の力が使えるかもしれない」
「なるほど、その手があったわね」

 凜が小声で士郎君に令呪の使い方をレクチャーする。士郎君は青い顔をしながら頷くと、瞼を閉ざした。

「――――え?」

 凜が戸惑い気な声を上げる。
 それと同時に白い少女が口を開く。

「相談は済んだ? じゃあ、殺すね」

 少女はこの緊迫した状況に不似合いな行儀の良いお辞儀をした。

「はじめまして、リン。わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
「アインツベルン……」

 ハッとした表情を浮かべる凛にイリヤは満面の笑みを零し、自らの怪物に命令を下した。

「さあ、やりなさい、バーサーカー」
「士郎君!!」
「あ、ああ、令呪をもって命じる!! セイバー、全力を発揮するんだ!!」

 瞬間、俺の中で何かが変化した。極自然に剣を取り、極自然にバーサーカーの剣を受け切った。
 どう動けばいいのかが考えるより早く感覚で分かる。
 一瞬、足を止めたバーサーカーに八連の矢が疾走する。機関銃染みた矢はアーチャーによるものだろう。
 けど、その悉くがバーサーカーの肌に弾かれる。あの怪物には一定ランクを超える攻撃以外、通じないという能力があるのだ。
 背後で凛の驚く声が聞こえるが、今は目の前の敵の対処に集中しよう。
 令呪のおかげか、恐怖は薄れている。剣を剣で弾き、バーサーカーに隙を作らせる。そこにアーチャーの矢が殺到する。
 
「アーチャー!!」

 凛の合図と共に銀光がバーサーカーの脳天に直撃する。
 あれでは倒れない。知っているが故に追撃の手を緩めない。

「セアァァァア!!」

 渾身の一撃が防がれた。一端距離を取ろうと退がると、バーサーカーの追撃を阻むように幾筋もの銀光が降り注いだ。

「Gewicht, um zuVerdopp elung――――!」

 凛が黒曜石を投げ放つ。アーチャーと凛の同時攻撃に周囲のコンクリートが爆散する。
 けれど、肝心のバーサーカーは無傷だった。

「リンとアーチャーの矢なんて無視しなさい! どうせ、アンタには効かないんだから! セイバーだけを狙って殺しなさい!」

 最悪な少女だ。見た目が可愛らしいせいで余計に憎らしく見える。
 とは言え、バーサーカーに対する必勝法……、マスター狙いをするのはどうしても気が引ける。
 せめて、彼女が俺より年上だったなら考慮したかもしれないけど、あんな小さな子を殺すわけにはいかない。

「となると……」

 ここまで来る途中に広々とした空き地があった。そこまで誘導すれば、アーチャーが決めてくれる筈だ。
 
「――――って、ヤベ」

 一瞬の思考が命取りになった。
 バーサーカーの斧剣が迫る。咄嗟に剣を盾にするも、俺の体は紙屑のように吹き飛んだ。
 何度も地面をバウンドして、転がる。尋常じゃない痛みに呻き声しか上げられない。

「……痛い」

 あまりの痛みに涙が滲んで視界がぼやける。
 まずい、まずい、まずい。
 こんな状況で視界を曇らせるなんて――――、

「セイバー!!」

 士郎君の声のおかげで何とか目の前に迫る斧剣を剣で防ぐ事が出来た。
 だけど、再び吹き飛ばされ、全身がバラバラになったかのような痛みを感じる。
 息も絶え絶えだ。視界が真っ赤に染まっている。
 不味い……。ここじゃ、アーチャーの切り札が使えない。あれは周囲への影響が大き過ぎるから。

「こうなったら……」

 もう、四の五の言ってられない。剣に纏わせている風を操る。狙いはバーサーカーの背後に居る少女。
 大丈夫だ。バーサーカーが必ず防いでくれる。そんで、逃走の隙を作ってくれる筈。

「終わらせなさい、バーサーカー!」

 風を解き放つより早く、バーサーカーの動きが変わった。

「そんな――――」

 再び跳ね飛ばされ、俺の意識は朦朧となった。
 立ち上がる力も残っていない。
 やばい……、死ぬ。こんな痛い思いをして死ぬくらいだったら、トレーラーに牽かれた時、さっさとあの世に行ってればよかった。
 なんで、俺はこんな場所でこんな痛い思いをしないといけないんだ……。

「あはは、勝てると思ったのかしら? 私のサーヴァントはギリシャ最大の英雄なのよ?」
「ギリシャ最大の英雄って、まさか……」
「そうよ、リン。ソイツの名前はヘラクレス。貴女達程度が使役出来る英雄とは格が違うの」

 イリヤと凛の会話が耳に入って来る。
 まったく、何をしているんだ。そんな会話をしている暇があるなら、さっさと逃げろ。

「遠坂、こっちだ――――」

 士郎君が凛の手を取った。そうだ、それでいい――――、

「クッソ……」

 俺は痛みに悲鳴をあげる体に鞭を打つ。
 バーサーカーが彼等を追っているからだ。
 ちくしょう、俺から先に殺せよな……。

「離して! あいつ相手に背中を向けるなんて――――!」
「え?」

 凜が士郎君の手を振り払う。閃光を迸らせ、バーサーカーを攻撃するも、バーサーカーは意に介さず斧剣を振るった。

「――――は、くぁ……」

 致命傷を受けた。ああ、これは絶対に死んだ。だって、腕が肩や横腹ごと吹っ飛ばされたんだから、これで生きていられたらそれこそ化け物だ。
 こんな痛みを体験する事になるなんて、俺は神様にどんな恨みを買ったんだろう……。

「セ、セイバー……?」
「……逃げろ」

 さすがにもう守ってやれない。子供が死ぬ姿なんて見たくない。だから、早く逃げてくれ。
 俺は必死に懇願した。

「いいわ、バーサーカー。そいつを先に片付けなさい。再生されたら面倒だし」

 悪魔っ子め……。
 ここまで完膚無きまでに瀕死の俺を更に痛めつけようってか……。
 ああ、いいぜ。それで二人が逃げられるなら、悪く無い。なるべく、時間を掛けて甚振れよな……。

「こ――――のぉおおおおおおお!!」

 ああ、馬鹿野郎。最悪だ。
 俺が何の為にこんなに痛い思いをしてると思ってやがるんだ……。
 士郎君がいきなり走って来て、俺に振り下ろしたバーサーカーの斧剣を真っ向から受けてしまった。
 真っ赤な血が花のように咲き乱れ、俺の隣に士郎君の体が落ちて来る。
 アヴァロンがあるからって、必ず助かるわけじゃない。でも、今の俺なら魔力を補充して助けられるかもしれない。

「し……、ろう」

 死ぬなよ。俺の前でだけは死ぬなよ。子供が死ぬってのはキツイもんなんだよ。
 ああ、意識が更に朦朧として来た。頼むから、死なないでくれよな……。
 最後の瞬間、誰かの声が耳に届いた。

「――――どうして?」

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