第七話「殺人鬼」

「飽きた……」

 殺人鬼・雨生龍之介は魔法陣の上で血塗れになっている男女をつまらなそうに見下ろして呟いた。マンネリから脱却すべく、実家で見つけた古い書物を読み解き、閃いた儀式殺人という殺害方法。最初こそ画期的なアイディアだと思ったのに、慣れてくるとそれも数あるレパトリーの一つに過ぎなくなった。
 視線をゆっくりと部屋の隅に移す。そこには魔法陣の上で両腕両足をもがれ絶命した男女の一人娘が縄で縛られている。鋏をクルクルと回しながら近づいていくと、娘は泣き叫んだ。猿轡を噛まされているせいで、声は殆ど吸収されてしまっているけど、小便を漏らし、全身を震わせ、床を這いずる娘の姿は中々に見物だった。

「たまには初心に帰る事も大切だよね」

 龍之介は爽やかに微笑むと娘の手を取り、その指を鋏で一本ずつ切り落としていく。まるでドラえもんの手のようになってしまった自分の手を見て、娘は気が触れたように暴れ回る。
 仕方なく、龍之介は彼女に新しい指を与える事にした。絶命している彼女の父の手を取り、慎重に鋏で肉を引き裂く。骨だけで繋がっている状態にすると、フンと気合を入れて骨を折った。残る四指も同様に切り取ると、娘の下に戻った。木工用ボンドを肉と骨が丸見えな彼女の手に塗りつけていく。再びクグモッた絶叫が響く。龍之介は構わずに作業を進めた。

「ほら、ちゃんと元通りにしてあげたよ」

 優しく囁きかける龍之介。対して、娘の方は新たに取り付けられた指を床に叩きつけた。痛みに絶叫しながら、くっつけられたばかりの指を取り外す。そんな彼女に龍之介は唇を尖らせる。
 折角くっつけてあげたのに酷い仕打ちだ。恩を仇で返すなんて、彼女はとても悪い子だ。だから、ちょっとお仕置きが必要だ。
 龍之介は彼女の服を全て剥ぎ取るとキッチンを物色し、醤油の入ったペットボトルを持って来た。ついでにトンカチとフォーク。

「とりあえず、一本目をいっくよー!」

 フォークを腕に突き刺し、トンカチで叩く。娘の絶叫をBGMに龍之介は作業を続ける。フォークは中々貫通しなかった。額から汗が零れ落ちる。
 一本目が貫通した。それから二本目を反対側の腕に突き刺し、三本目を左足、四本目を右足に突き刺した。ショック死したりしないように慎重に事を運ぶ。これまでの何十何百という経験が彼に生と死のギリギリを見極める匙加減を教えてくれた。
 四肢にフォークを刺し終えると、乱暴に食卓に乗せる。ロープでフォークとテーブルの足を固定していく。身動ぎする度に激しい痛みに襲われ、娘は指一本動かせなくなる。片方はその指自体が無いのだけれど……。
 龍之介がおもむろに取り出したのはガムテープだった。醤油のキャップを開け、ガムテープで娘の口に固定する。娘は必死に舌を使って栓をしようと頑張っている。既に口に入ってしまった分は飲み込むしかなく、顔は苦悶に満ちている。

「さてさて……」

 龍之介はサインペンを取り出した。娘の体に線を引いていく。今度は何をするつもりなのか、娘は恐怖に震える。
 次に取り出したのは鋸だった。

「豚肉の解体スタート」

 微笑みながら、龍之介は娘の足首を鋸で切り落とした。あまりの痛みに娘は醤油を塞き止めていられず、口中が醤油で満たされる。吐き出すことも出来ず、喉の奥へと醤油が並々と注がれていく。同時に龍之介は反対の足を切り落とす。内と外。両方から尋常ならざる苦しみを与えられ、娘は息を引き取る寸前まで声なき絶叫を上げ続けていた。

「シンプル・イズ・ベストってね。久しぶりに普通の拷問をすると結構新鮮さがあるな。でも、これも直ぐに飽きるだろうし……。どうしたもんかねー」

 とりあえず、娘の解体を続け、リアル人体模型を完成させた。脳みそも丸見えだ。

「人間って、どうして直ぐ死んじゃうんだろうね」

 龍之介はとても悲しそうに娘の亡骸に問い掛けた。
 もっと、君の事を知りたかったよ。

 第六話「殺人鬼」

 雨生龍之介がマンネリに対して悩んでいる丁度その時、もう一人の殺人鬼が新都のホテルを見上げていた。男はトランシーバーを使い、相棒に連絡を取っている。

「此方は準備完了。外すなよ?」
『誰に言ってるんだ?』

 男は乾いた笑みを浮かべ、小さなリモコンを操作した。すると、次の瞬間、大地が大きく揺れ動いた。辺り一面が真赤に染まり、爆音と悲鳴が連鎖する。周囲はテロの予告によって逃げ出したホテルの客や野次馬による阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっている。
 内側から爆破された冬木ハイアットホテルが崩れていく。キチンと計算された爆破方法だった為に瓦礫は外に広がらず、被害も少ない。我ながら甘くなったものだと自嘲しながら、彼は空を見上げる。すると、魔力で強化した瞳が崩れゆくホテルの影に紛れ、ゆっくりと落下していく銀色の球体を発見した。
 このホテルにはマスターの一人が滞在していた。名前はケイネス・エルメロイ・アーチボルト。魔術協会の総本山である時計塔で講師をしている優秀な魔術師だ。彼が聖杯戦争に参加すると聞いた瞬間からジックリと調査を進め、彼の秘蔵の武器に関する情報を得る事に成功した。月齢髄液と呼ばれる魔力が染み込んだ水銀を彼は自在に操ると言う。案の定、彼は月齢髄液で安全に着地しようとしている。
 初めから、ホテルの崩落如きで彼が死ぬなどと楽観してはいない。これは布石に過ぎないのだ。ケイネスはあくまで研究者であり、戦闘者では無い。それ故に、ホテルの爆破という大規模な攻撃を自らの力のみで防ぎ切ったとなれば油断が生まれる筈。その一瞬の隙――――、地上数百メートルを降下する僅かな時間を必殺の勝機に変える手段が此方にはある。
 数キロ離れた先で弓に螺旋の刃を持つ矢を宛てがい、アーチャーは弦を引き絞る。

「新都一帯は全て、私の射程の内だ」

 放たれた矢は空間を螺子切りながら落ちゆく水銀へ向かっていく。最初にその脅威を察知したのはランサーだった。水銀の膜の向こうに迫り来る螺旋剣を見据え、ケイネスと伴侶であるソラウ・ヌァザレ・ソフィアリを抱え回避行動に出る。
 ランサーの咄嗟の判断に対し、ケイネスは月齢髄液を球体状から円盤型の足場に変形させる事で応えた。彼とランサーの関係はある理由の為に決して良好と言えるものではないが、咄嗟の行動に対して、咎めるより先にそうした行動に出られるくらいにはランサーの戦闘者としての力量を信用している。
 真横に跳ぶ事で螺旋剣の軌道上から逃れるランサー。直後に来ると予想した爆発は無かった。それがランサーに”次”の存在を予見させる。爆破が無かった理由、それは視界を爆煙によって遮られる事を嫌った為――――ッ。

「マスター! 第二射が来ます!」

 見ずとも分かる。遥か遠方、数千メートル先にて新たな矢を番える弓兵の姿。近場のビルの屋上に着地すると同時にランサーはケイネスとソラウを降ろし、迎撃すべく槍を振り上げる。
 第二射は先程の螺旋剣と赴きを異とするものだった。真紅の極光を纏い、飛来する矢をランサーは渾身の力で迎え撃つ。

「グゥゥゥウウウアアアアアアア!」

 音速を超えて飛来した魔弾。本来なら避けるべき一撃。けれど、彼の後方には守るべき主が居る。防ぎ切らねばならない。
 ケイネスの判断は早かった。このままではランサーの身動きが取れぬまま詰みの一手を打たれる。ならば――――、

「ランサー。令呪で援護する。私達が離れたら奴の首を貫きに天を舞え!」
「承った! 我が主よ!」

 ケイネスは肉体を強化し、ソラウを抱き上げる。

「ちょ、ちょっと、ケイネス!?」

 突然の事態に目を白黒とさせているソラウにケイネスは安心させる為に微笑みかける。そのまま、射手が居るであろう方角とは反対方向に駆け出し、月齢髄液を円盤状にして浮かばせる。
 躊躇無く、ビルの屋上から飛び降り、直後、ケイネスは令呪に魔力を奔らせた。

「我が従僕に命じる。天を翔け、射手を打ち倒せ、ランサー!」

 一気に急降下し、着地寸前に月齢髄液で落下速度を緩和する。頭上では土煙が舞っていて、ビル全体に亀裂が走っている。
 令呪とは、本来、行動を律するために用意されたものだが、その膨大な魔力はサーヴァントの一時的な強化をも可能とする。膨大な魔力が彼の活力へと強引に変換されていく。フィオナ騎士団随一の騎士と名高き、輝く貌のディルムッドは今正に生前の力を取り戻し、空へと翔ける。数千メートルの距離をゼロにする一歩。
 対して、弦に第三射目の矢を番えた弓兵は的の狙いを悟り、微笑む。

「タイミングを見誤ったな、ランサー」

 矢というものは当然だが、一度放てば軌道を修正する事など不可能。だが、放つ前ならば幾らでも修正が効く。どうせ跳ぶなら、アーチャーが第三射目を放った後に跳ぶべきだった。
 敵の愚かさを嘲笑し、アーチャーは必殺の矢を放つ。

「――――な、に?」

 だが、忘れるなかれ――――、敵は百戦錬磨の槍兵。伝説に最強の二つ名を残す英雄である。必殺の攻撃など、生前に幾度と無く受けている。迫り来る死を幾度と無く潜り抜けてきたからこそ、彼は伝説の英雄となったのだ。
 一度放たれた矢の軌道は変えられない。それはランサーにも当てはまる定理。故に直撃を避ける事は不可能。回避不可能な死を前に彼は笑う。
 侮るな。交差する筈の無い視線が交差し、弓兵は槍兵が自らの所まで辿り着く未来を幻視した。そして、それは現実となる。
 一体、いかなる技量があれば、そんな出鱈目な真似が可能となるのか――――、

「ハァァァァアアアアアア!」

 ランサーは音速を超えて飛来する矢に音速を超えて向かいながら槍を振るった。刹那にも満たない一瞬、ランサーの槍の穂先がアーチャーの矢に触れる。
 槍兵の狙いは矢と己の軌道を逸らす事だけだった。故に驚愕は彼のもの。矢は軌道を変えるどころか、触れた瞬間に掻き消えてしまったのだ。何かのトラップかとも思ったが異常は起きていない。既に目の前にアーチャーを視認している。思考を切り替え、黄の槍を構える。そして、着地と同時に彼は更なる驚愕によって表情を歪めた。

「マ、マスター……」

 マスターとの繋がりが途絶えたのだ。狼狽えるランサー。対して、弓兵は自らのマスターを賞賛した。ここまでの展開全てが彼のマスターの筋書き通りだったのだ。もっとも、ランサーが矢を放つ前に飛び出し、自身の矢を乗り越えて来る事は予想外だったが……。
 マスターの死への驚愕によって動きが一瞬止まったランサーの隙を逃さず、アーチャーは白い短剣でランサーの首を狙う。それを紙一重で防ぎ、戦闘態勢を整える。けれど、既にこの戦いは詰んでいる。
 ここまでの展開を予期していたという事は――――、ここにランサーが辿り着く事も予期していたという事。
 ランサーの死角から黒い短剣が襲い掛かる。それすら防ぐランサーだったが、空中に突如現れた大剣を防ぐ手立ては残っていなかった。それでも、背中を反らし、直撃を避ける。だが、後方からも剣が出現し、今度こそ腹部を貫かれた。血を吐くランサーにアーチャーは容赦なく、無数の剣を出現させ、殺到させる。全身を貫かれ、ランサーは恨み事の一つも残せずに消滅した。
 アーチャーはトランシーバーのスイッチを入れる。

「状況終了。そっちの被害は?」
『皆無だ。撤退するぞ』
「了解した」

 まずは一人目。予想通り、己の天敵となったであろう相手を最初に始末出来た事は行幸だった。これで残る敵は五体。内三体の居場所は分かっている。ライダーとキャスター。どちらも拠点を発見出来ていない上にライダーには厄介な機動力がある。
 昨日の内に倒しておきたかったのだが、不意打ちしたくらいでアッサリ倒れてくれるような楽な相手では無いらしい。正体不明のサーヴァントを従えている事からも、此度の聖杯戦争の最大の難敵は彼らだろう。
 撤退しながら、アーチャーは次なるターゲットを思い浮かべる。拠点を把握している三体の内、その正体もある程度看破出来た相手。セイバーのサーヴァントを落とす。
 奴のマスターは間桐雁夜。一度は魔術の道から逃げ出した落伍者。付け入る隙は幾らでもある。

「私はこのまま間桐邸を張る。君はどうする?」
『僕は舞弥と合流して次の一手の下準備を行う』
「了解した」

 己と彼が同時に単独行動を取る事で一つの懸念材料が生まれてしまうが、その懸念材料も安全の為に山一つ向こうの街に滞在してもらっている。慌てる必要は無いが後の早い内に布石を打って置きたい。

「とにかく、まずは間桐邸に向うとしよう」

 移動を開始しながら、アーチャーは一人の少女の顔を思い浮かべた。
 そういえば、彼女はもうあそこに居るのだろうか……。

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