第八話「八人目」

 彼らが動いたのは深夜0時を回った瞬間だった。

「行くぞ!」

 一人の暗殺者の号令に他の暗殺者達が一斉に動き出す。彼らは元々一人のアサシンだった。生前、多重人格であった事を利用し、多種多様な暗殺を行った彼、あるいは彼女の来歴が昇華された宝具がこの奇妙な現象を生み出している。
 宝具の名は妄想幻像。人格の分裂に伴い、自身の霊的ポテンシャルを分裂させ、別個体として実体化させる能力であり、その容姿や相貌は多種多様。けれど、彼らの目的は唯一つ。マスターの救出である。
 彼らのマスター、言峰綺礼は師である魔術師・遠坂時臣が召喚したサーヴァント、ファニーヴァンプの傀儡と化している。あまりに得体の知れない相手故、慎重に様子を伺っていたが、今宵、ついに救出に動く運びとなった。幾人倒れるか分からぬ特攻だが、誰か一人でも主の下へと辿り着き、連れ去る事が出来れば成功だ。
 これ以上、我等が主を好きにはさせぬ。彼らは気配を遮断した状態のまま遠坂邸へと乗り込んだ。主の居場所は分かっている。邪魔が入る事も織り込み済み。一人二人が死ぬのも覚悟の上。

「マスター!」

 最初にその部屋に辿り着いたのは巨躯のアサシン。剛力自慢のアブドゥルアジズ。
 室内で行われていたのは性行為だった。二人の男が一人の女を傅かせている。
 危険を感じた。未来を先読みするような力は無いが、数多の暗殺を繰り返す中で得た直感が囁く。この行為の果てに底知れぬ”恐怖”が具現する、と。

「マスター!」

 飛び掛かる。ダークと呼ばれる短剣をファニーヴァンプではなく、その主である遠坂時臣の首に向けて投げ放ち、同時にマスターを抱え込む。
 時を同じくして、他のアサシン達も到着した。ここまでに罠の類は一切無かった。だが、彼らは警戒を緩めない。英霊としての直感が延々と警鐘を鳴らし続けている。
 危険だ。逃げろ。戦おうとするな。功を焦るな。今直ぐにここから離脱しろ。
 
「撤退!」

 アサシンの一人が叫ぶ。目的は達した。これ以上の深追いは禁物。ファニーヴァンプの打倒など、次の機会で良い。今は何よりマスターの安全が第一である。
 全てのアサシンが同一の意思の下、逃走を開始する。その瞬間、五人のアサシンの首が飛んだ。
 何が起きたのか理解出来ぬまま消滅していく五人。その光景を見ていた他のアサシン達は言葉を失っていた。
 ソレは――――、たった今、生まれたのだ。

「ば、馬鹿な……」

 仮に性行為が以前から行われていたとしても、ファニーヴァンプが召喚されたのはほんの数日前の事。赤子が生まれるには早過ぎる。
 いや、そもそもサーヴァントが人間の子供を孕むなど条理に反している。それに、生まれ落ちた瞬間に既に”成人”しているなどおかしい。
 そう、彼らは目撃したのだ。女の股から成人した男が這い出してくるという異様過ぎる光景を――――。

「――――母さん。俺の罪を見ないでくれ……」
「……いいえ、見るわ。これは私の罪。貴方の罪は私の罪なのよ、愛する息子」

 素肌を血で赤く染めた男。たった今生まれ落ちたばかりのファニーヴァンプの息子が手刀を振るう。それだけでまた一人死んだ。
 理解した。”アレ”は――――あの男はファニーヴァンプの宝具だ。

「マスターを守れ!」

 アブドゥルアジズが走る。他のアサシン達が彼の為に盾となる。
 男は片手をアサシン達に向けた。

「……”銃殺”」

 男の言葉と共に彼の手の中に一丁の黒光りする拳銃が現れる。

「ッハ! そんなもので――――」

 アサシンの一人が嘲笑と共に飛び出す。男はそのアサシンに狙いを定め、引き金を引く。すると、そのアサシンは死亡した。

「……は?」

 その声は誰のものか、アサシン達は目の前で起きた事象を理解する事が出来なかった。如何に霊的ポテンシャルを分割しているとはいえ、彼らはサーヴァント。拳銃などという神秘を殆ど持たない兵器に殺されるなどあり得ない。
 ならば、この事態は一体何事か? そんな疑問が脳裏を過った時、既に彼らは死んでいた。それは銃弾を受けた事による死では無い。これは――――、

「死の……、概念……。貴様は……、一体?」

 死の間際にアサシンの一人が呟いた言葉に男は応える。

「――――単なる”人殺し”さ」

第八話「八人目」

「どうするんだ?」

 屋敷に残っていたアサシンを皆殺しにした後、生まれ落ちたばかりの男は自らの母に問う。彼女は涙を流していた。自らの主であり、息子であり、伴侶であった男の亡骸を抱えて泣いている。
 遠坂時臣の首にはアブドゥルアジズのダークが突き刺さっている。ファニーヴァンプは凶刃から彼を守る事が出来なかった事を嘆き悲しんでいる。

「ああ、私の愛しい息子。守れなかった……。ごめんなさい……。貴方も理想郷へと導いてあげたかった……」
「導けばいい」

 男は言う。

「聖杯が真に万能ならば、彼の命を蘇らせる事も可能な筈。だから、悲しまないでくれ、母さん。聖杯は必ず俺が貴女に捧げるから」
「――――そうですね。私に立ち止まっている時間など無い」

 ファニーヴァンプは立ち上がる。

「まずは新たなマスターを見つけるとしよう。さすがに、母さんでも憑り代であるマスターが居なければ、直に現界を維持出来なくなる」

 男の言葉にファニーヴァンプは頷く。

「分かったわ。でも、どうすればいいのかしら……」
「俺が適当に見繕ってこよう」
「ごめんなさい……。生まれたばかりの貴方に苦労ばかり……」
「気にするな。俺も理想郷へと至らねばならない。赦しを得る為に……」

 男は母の新たな主を探すため、踵を返した。廊下に出て、外の世界へと駆けて行く。既に出産時に浴びた血は消え、代わりに鮮血の如く赤い衣を身に纏っている。
 ファニーヴァンプは嘗ての主を抱き抱えると、慎重に彼の寝室へと運んだ。とても苦労しながら、彼が目覚めた時、いつもの朝を迎えられるように――――。

 生まれたばかりの男は街に出て直ぐに魔力を持つ者を幾人か見繕った。

「――――さて、どれが母さんのマスターに相応しいかな」

 しばらくの間、候補の者達を観察していると、一人の青年が興味深い行動を行っている事に気がついた。

「アレはサーヴァントを召喚しようとしているのか?」

 その青年はサーヴァントの召喚陣を描き、呪文を詠唱している。既に七騎の英霊が揃っている以上、彼がサーヴァントを召喚する事は不可能だ。それを知らずにいるのか、知っていて尚諦めきれていないのか定かではないが、何れにせよ、彼がマスターになりたがっている事は間違い無い筈。
 他の候補達はそれぞれ組織立った動きを見せているか、あるいはその反対に仮初めの平穏を享受している。前者は恐らく魔術協会か聖堂教会の関係者だろう。後者はそもそも聖杯戦争の事自体を知らない可能性が高い。
 背後に大きな組織を持つ者は扱いが面倒だし、後者を巻き込めば監督役が動く可能性がある。余計な手間は省くに限る。

「彼にしよう」

 男は呟くと同時に飛んだ。青年が作業を行っている部屋の一室へと窓を突き破り侵入した。
 青年は驚きに目を見開き、男を見つめている。
 
「お前、サーヴァントが欲しいんだろう?」
「……えっと?」

 戸惑い、首を傾げる青年に男は言う。

「お前をマスターにしてやる。ついて来い」
「はい? いや、アンタ誰?」
 
 目を丸くする青年の言葉を無視して、男は彼が描いた召喚陣の上でもがく二人の幼子を見た。腹部を切開され、抜き出された腸同士を結ばれている。

「……お前がやったのか?」

 男の問いに青年は何故か誇らしげに頷く。

「勿論!」
「何故だ……?」

 男は問う。

「何故、このような事をする?」

 それは純粋な疑問だった。勘違いか何かで召喚の為の生贄を用意したのだとしても、取り出した腸同士を結ぶなど、意味が分からない。

「知りたいからさ」

 青年は微笑む。まるで悟りを開いた賢者の如く、穏やかな声で彼は言う。

「人の死って奴の本質を俺は知りたいんだ」
「……その為に殺したのか?」
「そうだよ」

 男は問う。

「罪深い行いだとは思わないのか?」
「どうして?」

 心底不思議そうに問い返す青年に男は言う。

「人を殺す事は罪だ」

 そんな彼の言葉に青年はつまらなそうな声で応える。

「でも、この子達はいつか死ぬんだよ? もしかしたら、何の意味も無く、何の価値も示せずに死ぬかもしれない。そんなの可哀想じゃないか」
「可哀想……? では、お前に殺される事に意味や価値があるとでも?」
「勿論さ」

 青年は自信満々に応える。

「俺は人を殺す時、その死を徹底的に堪能するようにしてるんだ。より多くの刺激と情報を得るために、一人を殺す為に丸一日かける事だってある。俺が殺してやる方が取るに足らない命を惰性のまま生かしておいて、無意味に死なせるより、よっぽど有意義だよ」
「……お前は人間が嫌いなのか? だから、人間の死を探求するのか?」
「まさか、違うよ。その逆さ」

 青年は未だに息のある二人の幼子の腸を軽く叩いた。苦しみに歪む幼子達を青年は愛おしそうに見つめる。

「俺は人間を愛しているんだ。だから、殺すんだよ。愛する人の事を知りたいっていう気持ち、アンタにだってあるだろ?」
「……だが、人を殺す事は罪だ」
「どうして?」

 青年の問いに男は直ぐに切り返すことが出来なかった。
 口篭る男を無視して、青年は言葉を続ける。

「その死によって、何かを掴む事が出来たなら、それは無意味な死を意味あるものにしたって事だ。それって、凄く生産的じゃないか」
「人を殺す事が生産的な行い……だと?」

 男は青年が幼子達へ向ける自愛の表情を見つめ、慄いた。それは彼にとって、まさに青天の霹靂と言うべき考え方だった。

「人を殺す事が罪だなんて間違ってるよ。だって、人は死の瞬間にこそ、輝くんだからね。その人の生命力、人生への未練、怒りや執着といった感情。それらが凝縮された刹那の輝きを見たら、それを罪深い行為だなんて思えないよ」

 男は改めて青年を見た。端から見たら至って普通の好青年に見える。だが、その本質は天性の殺人鬼。男は彼に強く興味を惹かれた。

「人を殺す事がお前にとっての人への愛なのだな」

 男は青年の手を取った。

「お前に興味が湧いた。母さんのマスターになってもらう予定だったが、お前を人形にするのは惜しい」

 男は上唇を舐め、青年に問う。

「もっと、お前を知りたい。お前の殺しを手伝わせてくれないか?」
「え?」

 男は青年の頬を撫でる。

「お前の探求の果てを見たいんだ。もしかしたら、俺は赦される必要など無いのかもしれない」
「つまり……、アンタも一緒に殺しがしたいって事?」
「そうじゃない。俺は人を殺すお前を知りたいんだ。だから、獲物の殺し方はお前に委ねる。俺はただ、お前が殺しやすい環境を整え、お前が殺したいだけの数の獲物を揃え、お前のしたい殺し方が出来るように手伝ってやるだけだ」
「……今更だけど、アンタって何者? ここ……、マンションの十階なんだけど、どうやって来たの?」

 青年の問いに男は微笑む。

「ここへは飛んで来たんだ。そして、何者かと問われれば、そうだな……、俺はさっきソレでお前が呼び出そうとしていたものだ」

 男が指差した先にある召喚陣を見て、龍之介は驚きに目を見開く。

「つまり……、アンタは悪魔って事?」
「悪魔……か、俺には相応しい呼び名だな。ああ、そうだ。俺は悪魔だ」
「マジで……?」
「とりあえず、場所を移すとしよう。さっき、窓を割った音でここの住人達が騒ぎ始めているようだ」

 男はそう言うと、青年を抱きかかえ、自らが破壊した窓から外へと飛び出した。青年は突然の事に目を丸くし、しばらくして、歓声を上げた。

「COOL! なんてこった! 俺達、空を飛んでる!」
「ッフ、楽しんでもらえて何よりだ。ところで、まだ了解を貰っていない」
「……それって、悪魔との契約ってやつ?」
「別に魂を奪うつもりなんて無い。ただ、示して欲しいんだ。お前の探求の果てにあるものを」

 男の真剣な口調に青年も表情を引き締めて応える。

「俺もアンタに興味が湧いてきたよ。オーケー、分かった! そんなに興味があるなら見せてやるよ! 俺の名前は雨生龍之介。俺の殺しっぷりに期待してな!」
「ああ、期待させてもらおう。俺の名は――――」

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