第一話「おじさん登場!」

 古昔より伝わる物には古人の思想や歴史が紛れている。公園で遊んでいる幼い子供達が嬉々として興じている遊びの中にも古人の陰が見え隠れしている。
 はないちもんめ。この七文字の言葉は子供達……、特に幼い少女達が好む遊びの名だ。この七文字を漢字に直すと『花一匁』となる。
 遊び方は至ってシンプル。子供達は二組に別れ、互いにメンバーの取り合いを行う。

『か~ってうれしいはないちもんめ』
『まけ~てくやしいはないちもんめ』

 交互に歌を歌い、ジャンケンを行い、勝った方が負けた方からメンバーを貰う。一聞するとジャンケンに勝って嬉しい、負けて悔しいと歌っているように聞こえるが、実は違う。実際にこの歌を歌っている多くの子供達はこの歌に篭められた真の意味を知らない。
 花とは子供や女。一匁とは値段。『かってうれしい』は『買って嬉しい』。『まけてくやしい』は『値切られて悔しい』。この歌は遥か昔から売春や人身売買が行われていた事を示しているのだ。
 こうした知識を得たのが幾つの時だったか、明確には覚えていない。中学を卒業した直後から風俗店で働き、日銭を稼ぐ中で客から教えられたムダ知識の一つだ。
 何が言いたいかと言うと、女の体は立派な商売道具であり、売春は立派なビジネスだと言う事。私達は日々懸命に働いていた。確かに、人から後ろ指を指される事がしょっちゅうだし、妹からも縁を切られた。客も事が終わると汚物を見るような視線を向けてくる。ついさっきまで不特定多数の男の陰茎が出入りしていた所に自分のものを挿れていた癖に笑ってしまう。
 それでも私達はキチンと努力をしている。サラリーマンが出世する為に勉強をするように、職人が技術を向上させる為に修練を積むように、娼婦は自分を磨き上げる。
 女の値段は日々刻々と変化する。まるで株価のように目まぐるしく。単純に技術があればいいとか、顔が良ければいいとか、そんな風に単純には出来ていない。もちろん、どちらも最低条件ではあるけど、それ以外にも武器が必要。
 一番オーソドックスなところだと、特殊プレイを許容し、自分に付加価値を付けたりする。例えば私の知り合いだと背の低さや顔立ちの幼さを活かしてロリータ系で売るとか、壮絶な痛みや穢れを許容してSM系で売るとかだ。他にもいろいろあるけど、客足が減り始めた女はそうした付加価値を身に着け、更に深みへと沈んでいく。運が良ければ引き上げてくれる色男に出会う事もあるけど、私の周りでそうした幸運に恵まれた女は居なかった。もちろん、私も同様。
 施設に置き去りにしてしまった妹に対する罪悪感から、私はなりふり構わずお金を集め、彼女に送り続けた。その為にあらゆる事に手を出した。最初はロリコン相手に体を売り、下着を売り、毛や唾液まで売った。時々、体より高く髪の毛一本が売れた事もあるから不思議な世界だ。
 それでも彼女が高校に行き、ちょっとの贅沢をしたら直ぐに消し飛んでしまう額しか稼げず、どんどん深みに沈んでいった。
 ロリータ系で売れなくなると、髪も目も日常では人目に晒さない部分に至るまで、私の全身は男を誘惑する為だけに鍛え上げられていた。絶頂期と言える程、引っ切り無しにお客が私を指名し、湯水の如く諭吉を落としていく日々。丁度、妹が大学に上がり、前以上にお金が必要になったから好都合だった。彼女がサークルに入った事をサークル費やユニフォーム代などの請求で知り、有頂天になった。彼女の青春は私が支えている。そう思うと、幸せですらあった。
 きっと、許してもらえると思った。これだけ奉仕すれば、きっと昔みたいに私に笑い掛けてくれると思い、口もお尻も酷使し続けた。そう、今みたいに……。

 第一話「おじさん登場!」

 私が間桐家に連れて来られてから早一年が過ぎた頃、この家に新たな住人が現れた。彼の名前は間桐雁夜。間桐の魔術を受け継ぐ運命に背を向け、海外でルポライターをしていた彼が帰って来たのだ。

「やっほー! 久しぶりー!」

 実の所、彼とは既に知り合いだった。彼は私の新しい母に熱を上げていて、時折、ふらりと現れては母との談笑を楽しんでいた。彼はいつも私と姉に玩具やアクセサリーをプレゼントしてくれたものだ。
 蟲に全身を這い回られながら、元気一杯な挨拶をする私に彼は愕然とした表情を浮かべ、膝を屈した。やっぱり、知り合いの女の子が蟲に犯されている光景は精神に来るものらしい。

「おじさん、大丈夫?」

 お尻や膣から陰茎を模した蟲をぶら下げて歩み寄る私におじさんは悲鳴を上げる。その様がちょっとおかしくて、ついつい悪戯心が湧いた。

「見て見て、私にもぞうさんが生えちゃった!」

 我ながらとんでもない下ネタを吐き出したものだ。おじさんもギョッとした表情を浮かべて凍り付いている。見ると、彼の横に立っていたおじいちゃんまで愕然とした表情を浮かべている。ちょっと、恥ずかしくなって来た。

「う、うん。今のは無かった事にしよう。ぞうさんは無かったよね、ぞうさんは……」
「さ、さくらちゃん……?」
「なーにー?」

 よっ、と掛け声を上げて段差の上に上がり、おじさんの所に行く。

「君は……」

 彼は怖々と私の肩に触れ、今にも泣きそうな表情を浮かべた。彼の今後の事を考えると、あまり悲壮感を出さずに海外にある拠点にバックホームして貰うべきかと思ったのだけど、失敗だったみたいだ。

「えっと……、おじさん――――」
「ごめん……」

 食い縛るように彼は謝罪の言葉を吐き出し、頭を地面に擦り付けた。

「……いやいや、おじさんが謝る必要無いですよ? ほら、私はこの通り元気いっぱいだし!」
「……桜ちゃん」

 不味い事になった。顔を上げたおじさんの顔には決意のようなものが浮かんでいる。これは非常に不味い。このままだと、おじさんが死んじゃう。正直、知り合いな上に下心はあれど非常に優しくしてくれたおじさんが死ぬのはちょっと嫌だ。

「俺は君を助ける為に戻って来たんだ」
「あの……、私は元気一杯だから、別に助けなくても……」
「無理しなくていい。少し時間は掛るけど、俺が絶対に君をここから連れ出す」

 どう言えばいいんだろう。正直言って、私はここの生活にあんまり拒否感が無い。生前とやってる事が殆ど変わり無いからだ。刻印虫が陰茎とそっくりなのが良かった。芋虫みたいな形だったら無理だった。むしろ、しっかり気持ち良いし、変に演技で嬌声を上げなくていいからちょっとだけ楽しんでいたりもした。感じてる振りって、結構面倒なんだよね。

「私の事は大丈夫だから、おじさんはルポライターの仕事頑張ってよ。嫌だよ? 私を助けるんだって張り切って、仕事失ったりしたら」
「……それこそ問題無い」

 おじさんはきっぱりと言い切った。

「俺の方は何にも心配要らないよ」

 結局、私はおじさんを説得出来なかった。おじさんの中では私はすっかり悲劇のヒロインになっていて、私の言葉は罠に掛った雛鳥の健気な囀りにしかなっていなかった。
 だから、私は方針を変えて、おじいちゃんを説得しに掛った。

「来年の聖杯戦争は私が戦います。なので、おじさんを屋敷から抓み出して下さい」

 色々と敏感な場所を蟲に弄られてるせいでキリッとした表情を維持出来ないのが悔しい。この子達、百戦錬磨を謳っていた自称・元AV男優より上手い。

「……それは無理というものだ」
「どうしてですか? 私、おじいちゃんに逆らったりしませんよ? しっかり、敵を皆殺しにして、おじいちゃんに聖杯をプレゼントしますから!」

 私が捲くし立てるように言うと、おじいちゃんはカカと嗤った。

「実の父親を殺せると?」
「殺して見せましょう。あんな髭面、一発ノックアウトですよ!」

 嘘だけどね。とりあえず、サーヴァントさえ居れば、逃亡も可能な筈。心臓に刻印虫が居るらしいけど、きっと何とかなるよ。確か、原作の主人公も心臓を壊されてから復活したらしいしね。

「元々、此度の聖杯戦争は静観するつもりであった。儂に彼奴を引き止めるつもりは無い。出て行きたければ好きにしろと伝えておけ。後は彼奴次第よ」
「……つまり、説得は私がやれと?」

 おじいちゃんは答えてくれなかった。仕方なく、私は何とかおじさんを説得しようと行動に出た。

「おじさん! くさい、きたない、気持ち悪い! 一緒に暮らしたくないから、出て行け!」

 昔取った客の男が娘に言われて傷ついた言葉ベスト3だ。効果は抜群……かと思ったけど、「すまない」と謝られて終わった。頑固な奴だ。次の手を考えよう。

「おじさん! 出て行ったら、ママのおっぱいのサイズを教えてあげる!」
「知ってるから別に……、あ、いや、今のは違っ――――」

 ジーザス。なんで知ってるんだよ、このストーカー。今度は直球勝負だ。

「おっさん! 出てけ!」
「……いや、この前のは違うんだよ。本当に違うんだ……。たまたまなんだよ……」

 肩を狭めて謝る哀愁漂う中年男に言葉を失った。この時既に二ヶ月。おじさんの肌は真っ青になっていた。髪の色素も抜け落ちている。
 もう、手遅れかもしれない。けど、諦めるわけにはいかない。

「おじさん! お願いだから出て行ってよ! 大丈夫だよ! 女なんて星の数程居るから! ママが世界一なわけじゃないから!」
「葵さんは世界一だよ」

 キリッとした表情で言われた。一途な男め、面倒臭いな。

「ママのどこに惚れたの?」
「優しいところかな……。昔――――」

 半年が経過すると、私はおじさんを追い出す事を諦めていた。だって、もう手遅れだから……。おじさんはどうして生きているのか不思議な状態だった。
 この頃はおじさんと何気ない会話をする毎日だ。最初に色々と情け容赦無い言葉を浴びせかけたせいか、かなり砕けた関係になっている。
 おじさんはママへの愛をせっせとママの娘である私に語った。

「でも、パパに取られちゃったんだね!」

 ケラケラ笑って言う私に泣きそうになるおじさん。ダメな男に嵌る女の気持ちが分かりかけてしまった。

「時臣の奴は桜ちゃんをこんな場所に――――」
「いやいや、パパにも色々考えがあるんだって――――」

 とりあえず、前情報で知っていたパパの思いを教えた。ヘタすると私がホルマリン漬けになったり解剖されたりするからなのだよ。

「でも、こんな所で蟲共に集られるなんて……」
「モノは考えようだよ、おじさん。ホルマリン漬けより蟲とズッコンバッコンする方がマシだと考えるんだ」
「……いや、もっと別の選択肢もあった筈だ」

 聖杯戦争まで残り数ヶ月。おじさんは悶々と悩む日々を送っている。体の至る所が死に、ゾンビ状態になりながら、色々と考えているみたい。

「おじさん」
「なんだい?」
「きっと、死んじゃうよ?」
「そうかもね……」
「怖くないの?」
「怖いよ」
「どうして、逃げなかったの? パパの考えとか、ママの気持ちとか、ちゃんと教えてあげたよ? おじさんが頑張っても、ママは絶対に振り向かないよ?」
「嫌というほど分かったよ」
「なら、どうして逃げなかったの?」
「なんでだろうね」
「なんで?」
「桜ちゃんを助けたいからかな」
「ママの娘だからでしょ? でも、ママは――――」
「いや……、桜ちゃんを助けたいからだよ」

 おじさんに令呪が宿った夜、私達はそんな事を語り合った。おじさんは地下に潜っていく。サーヴァントを召喚する為だ。
 結局、私は令呪を得られなかった。毎日お祈りしていたのに、聖杯は私を選ばなかった。

「……おじさん、死んじゃうのかな」

 原作通りに進んだら……、彼は死ぬ。いや、違う道を歩んだとしても彼は生きられない。敵が強すぎるし、おじさん自身が弱すぎる。それに時間も足りない。おじさんの命は保って一週間か二週間が限度。来月にはおじさんは――――、

「嫌だな……」

 この部屋でいっぱいおじさんと語り合った。肌を重ねる事もせず、こんな風にたくさん言葉を交わした相手は居なかった。いや、肌を重ねた相手ともこんなに多くを語り合ったりはしなかった。
 不意に涙が溢れた。おじさんと会えなくなるのが悲しい。あんなストーカー思考のゾンビに恋心なんて抱いてないけど、私はおじさんが大好きになっていた。もっと、一緒にお喋りしたい。もっと、一緒に居たい。

「おじさん……」

 涙が手の甲に落ちた。瞬間、鋭い痛みが走った。

「……うっそ」

 吃驚して目が飛び出しそうになった。同時に廊下に飛び出し、いつもの階段を降りておじさんが召喚を行う部屋に向かう。サーヴァントの召喚は魔力が最も充実する時間に行う筈だから、後もう少し猶予がある筈だ。

「どいてどいて!」

 刻印中の群れを尻目に走り続ける。呪文はおじさんが暗唱するのを聞いていたから覚えてる。
 召喚の間に飛び込むと、おじさんが目を丸くした。

「おじさん! 私も戦うよ!」
「ま、待て、桜!」

 おじいちゃんが静止の声を上げる。直後、全身に痛みが走る。刻印虫が体内で暴れているのだ。だけど、舐めないで欲しい。こちとら、SMプレイで全身に蝋燭垂らされたり、鞭で打たれたり、エアガンで撃たれたりが日常茶飯事だったのだ。とんでもなく痛いけど、我慢出来ないくらい痛いけど、ちょっとだけなら耐えられる。

「満たせ満たせ満たせ満たせ満たせ!」

 まだ、詠唱に入ってもいない。そもそも、こうして魔術を行使するのは初めての事。だけど、感じる。魔力の烈風。

「繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する!」
「馬鹿者! 今直ぐに召喚を止めるのだ、桜!」
「告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ!」

 おじいちゃんの言葉をガン無視するのは初めてだ。全身が痛い。体内で火薬が連続して爆発しているような感覚。吐き気と目眩で立っていられなくなる。
 けど、首を締められたり、殴られたりしながらも演技で矯正を上げる私を甘く見ないで欲しい。

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者!」
「桜ちゃん!!」

 おじさんの悲鳴染みた叫び声が聞こえる。おじいちゃんの怒りの声が聞こえる。私の狂ったような笑い声が他人事のように聞こえる。

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」

 烈風が勢いを増した。この部屋は局地的な嵐に見舞われた。呼吸すらままならない。
 全身に針が突き刺さる。けど、それ以上の痛みが体内から湧き出てくる。炎に焼かれ、凍らされ、砕かれ、千切られ、振り回され、気がついた時には目の前に一人の女が居た。闇の中で尚輝いて見える美しさ。女である私から見ても惚れ惚れする。

「――――サーヴァント、キャスター。召喚に応じ、ここに参上した。お前が妾を召喚せし、マスターか?」

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