ウェイバー・ベルベットの叫びに言峰綺礼は一度だけ立ち止まり、振り向いた。
けれど、一瞥だけすると、彼は再び走り出してしまった。彼がウェイバーの乗る車を狙った理由は恐らく切嗣の存在。
話によると、アーチャーとその新たなマスターである少女は彼の拠点に身を置いているとの事。つまり、彼はアーチャーのマスターの代理として、セイバーのマスターである切嗣と戦おうとしているのかもしれない。
元々、言峰綺礼は遠坂時臣と同盟を結んでいたらしいし、あり得ない話じゃない。ならば、やはり止めるべきだ。
人間の足では自動車で先を往く切嗣には絶対に追いつけない。けれど、彼には聖堂教会というバックがある。新たな足を調達する事は彼にとって難しい事じゃない可能性がある。
ただでさえ、慎重に事を進める必要があるのに、あんなイレギュラーを乱入させるわけにはいかない。
「……けど、どうすればいい?」
相手は聖堂教会の代行者。さっきのカーチェイスでも実力の差をこれ以上無く見せ付けられた。
絶対に敵わない。サーヴァント程では無いにしろ、あの男は次元が違う。あの男に比べたら、まだ師であるケイネス・エルメロイ・アーチボルトの方がマシに見える。
けど――――、
「迷ってる時間なんて無い!!」
ウェイバーは走り出した。何か策を閃いたわけでも無く、ただ、我武者羅に走った。
息を切らしながら走るウェイバーの耳に電子音が鳴り響く。それは切嗣から預けられた無線機だった。
走りながら無線機に応答すると、返って来たのは女性の声だった。
『ウェイバー・ベルベットですね?』
「ああ、そうだよ!! 何の用だ!?」
『現在、此方から貴方と言峰綺礼の姿を確認出来ました。此方からの要求は一つです。一瞬、彼の注意を引き付けて下さい』
「それでどうにかなるのか!?」
『――――してみせます。ただ、その為に貴方の命を危険に晒す事になりますが……』
「構わないよ!! アイツを止められるなら何でも良い!! 僕はアイツを止めなくちゃいけないんだ!! じゃなきゃ、イヴがやった事が無意味になっちまう!!」
『――――了解。現在地より百メートル先にある郵便ポストを右に曲がってください。そこに足を用意してあります』
「オーケー!!」
ウェイバーは顔を真っ赤にしながら百メートルを走り抜き、指示通りに郵便ポストを曲がった。
すると、そこには一人の少女が居た。銀色の髪の少女。
「お待ちしておりました、ウェイバー様」
少女の傍には一台のバイクがあった。
「後ろにお乗り下さい。直ぐに出発します」
「……ああ、分かった」
少女の後ろに乗り込み、彼女の腰に手を回す。
酷く華奢な体つきだ。
イヴもこんな感じだったのかもしれない。セイバーだって……。
「……なあ、アンタの名前は?」
「私に固有識別名称は存在しません。お呼びする際はA4と……」
「じゃあ、適当に付けるぞ! アンタはステファニーだ!!」
「ス、ステファニーですか……?」
キョトンとするステファニーにウェイバーは大きく頷いた。
「これから一緒に命を賭けて戦うんだ。識別記号なんかで呼びたくない」
イヴの事を思いながら、ウェイバーは言った。
「ステファニー……、“勝利の冠”ですか……」
ステファニーは反芻するように呟いた後、眩しい笑みを浮かべた。
「感謝します。この名に賭けて、貴方に勝利を捧げましょう。参りますよ、ウェイバー様!」
「ああ、全速力で突っ走れ!! ステファニー!!」
やっぱりだ。彼女達には一人一人人格がちゃんとある。触れた箇所から彼女の生命力を感じる。
奴を止める為に犠牲になった多くのホムンクルス達を思う。
彼等の犠牲を無駄にする事だけはしたくない。その為にステファニーを危険に晒す事になるが、今度こそ、イヴのように死なせたりはしない。
ウェイバーは残り一角となった令呪を掲げた。
「やってやるさ!!」
バイクは瞬く間に最高速度にまで加速し、遥か前方を往く綺礼と距離を詰める。
瞬く間に距離は縮み、ついに彼を追い抜く事が出来た。しかし、その瞬間、綺礼は黒鍵をウェイバーとステファニーに向けて投擲して来た。
「落ちないよう、しっかり掴まっていて下さい!!」
ステファニーはバイクの車体を大きく傾け、黒鍵を回避する。そのまま、黒鍵の射程範囲外まで駆け抜けると、一気に速度を緩めた。
「ステファニー。君は離れてろ」
「いえ、そんな訳には――――」
「大丈夫。僕にだって、考えくらいあるさ。ちゃんと、役割を果たす」
「ウェイバー様……。どうか、御武運を……」
「ありがとう」
ステファニーが去り、安堵の溜息を零す。
「止まれ、言峰綺礼」
ウェイバーは迫り来る綺礼に令呪を掲げて呟いた。
「……ウェイバー・ベルベット。お前に用は無い。道を開けろ」
「断る! そこから一歩でも動いてみろ、ライダーを召喚してお前を殺す!」
目論見通り、綺礼の動きが停止した。彼にとって、ウェイバーのハッタリは効果的だった。
彼にはサーヴァントが居ない。協力関係にある英霊は一人居るが、わざわざ此方の窮地を感じて駆けつけるような殊勝な性格では無いし、そもそも、今、当人は戦闘の真っ最中だ。
故に、サーヴァントを召喚される事は彼にとって致命的とも言えるのだ。
「……解せんな。私はとうに脱落した身だぞ?」
いけしゃあしゃあと口走る綺礼をウェイバーは油断無く睨んだ。
よく考えてみれば、ウェイバーにとって、言峰綺礼という男は初対面だった。敵対するマスター同士だったとはいえ、直接対峙した事は今に至るまで一度も無く、因縁と言えるものが全く無かった。
現状も端から見れば逆恨みに近い。それでも、ウェイバー・ベルベットは視線を逸らさない。
小さな器しか持たなかった少年はこの聖杯戦争という数日間の戦いで成長したのだ。
彼の背中を押すのは初恋の少女の顔であり、潜伏先に選んだ家の老夫婦の顔であり、自らが名付けた二人のホムンクルスの顔だった。
そして、彼が胸に抱くのは一人の男との絆。共に戦場を駆け抜けた盟友であり、尊敬すべき王。
まるで、測ったかのようなタイミングで彼の思念がウェイバーに届いた。
『では、後は頼むぞ。さらばだ、今生のマスター、ウェイバー・ベルベットよ』
それは死を覚悟した者が告げる別れの言葉であり、自らの思いを託す言葉だった。
彼はウェイバーに対して、『頼む』と言った。そして、『マスター』と呼んだ。
偉大なる王であり、大きな男であったライダーの言葉がウェイバーの心に浸透し、勇気を与える。
「お前はここで倒す!! この僕とライダーの力でだ!!」
ウェイバーの真に迫る演技に綺礼は戦闘態勢に入る。
「令呪を持って命じる!! ライダー!!」
高らかに叫ぶウェイバーに綺礼はついに周囲への警戒心を解き、全神経をウェイバー一人に傾けた。
作戦成功。ウェイバーはハッタリを綺礼に信じ込ませる事が出来た。
瞬間、四方八方から人影が現れた。
ウェイバーに向って攻撃モーションに入っていた綺礼は反応が遅れた。
降り注ぐ銃弾。綺礼は常人離れした身体能力で回避行動を取るが、頭部への致命傷を防ぐ事で精一杯だった。
「ウェイバー様!!」
後ろから声が響いた。振り向くと、ステファニーが戻って来た。バイクを止めると、ステファニーはウェイバーを後ろに乗せた。
「では、切嗣様を追いますよ、ウェイバー様!」
「ああ、たの――――」
背筋が凍り付いた。
それは殆ど反射に近い動きだった。恐怖を感じると共にステファニーを押し倒し、バイクから転がり落ちた。
刹那、黒鍵が奔った。
「う、そだろ!?」
言峰綺礼は怪物だ。そんな事、分かっていた筈だが、幾らなんでも……。
圧殺するかの如く降り注ぐ銃弾の雨を受けながら、綺礼は尚も戦意を喪失していなかった。
何が彼をそうまで突き動かすのかは分からない。
分かる事は彼があの状態でウェイバーとステファニーを殺そうとした事。
そして、殺そうとした理由が円蔵山へ辿り着く為の足を奪う為である事。
光が迸る。綺礼が上空に打ち上げた黒鍵から眩い光が迸り、銃撃が止んだ。その一瞬の隙を突き、言峰綺礼はステファニーのバイクを奪った。
走り出す言峰綺礼。後を追おうと立ち上がるウェイバーをステファニーが止めた。
「な、なんで――――」
「チェックメイト!!」
振り向いたウェイバーが見たのは勝利を確信したステファニーの顔。
彼女はその手に握る機械のスイッチを押した。
瞬間、バイクが爆発した。
「な、なな、なにいいぃぃぃぃいいい!?」
信じられない。さっき、共に乗っていたバイクが爆発したのだ。
破片が飛んでくる。その中には人の腕があった。
「お、おお、おおおい!? どういう事だ!?」
「ウェイバー様。敵を騙すにはまず味方からという諺がこの国にはありまして……」
「また、僕を囮に!?」
「いえ、いけに……、えっと……」
「生贄って言おうとしたよな!? 僕ごとアイツを爆殺しようとしたのか!?」
「大丈夫です、ウェイバー様」
「ぼ、僕が死んでも切嗣がセイバーを助けるって言いたいんだろ!? もう、お前等の思考なんて読めてるんだからな!!」
喚き散らすウェイバーにステファニーは言った。
「まったくもって、その通りなのですが、それでも貴方は生きております。勇敢な方……。絶対に爆散する運命だろうと思っていたのに、貴方はその運命を乗り越えた……」
「お前等、もうちょっと言葉をオブラートに包めよ!? 褒めてるつもりで言ってるなら、それは勘違いだぞ!!」
「……ウフ」
まるで誤魔化すかのようなステファニーの微笑みにウェイバーはがっくりと肩を落とした。
「もういいよ……。とにかく、円蔵山へ向うぞ。足は他にあるのか?」
「勿論でございます。ウェイバー様、共に行きましょう」
「ま、また、囮に使ったりするなよ?」
「…………ええ、それは……はい」
「断言してよ!?」
溜息を零しつつ、ウェイバーは爆散したバイクの方を見た。
そして、言葉を失った。
そこに言峰綺礼は立っていた。手足は捥がれ、内臓は露出し、足も奇妙な形に捻じ曲がっている。
にも関わらず、彼は立っていた。
理解不能な事態に息を呑むウェイバーの耳に彼の呟きが聞こえた。
「……わた、しは……答えを……得られ……なかった」
そう言って、彼は倒れこんだ。傍に寄るまでも無く、絶命している。
「至近距離であの爆発を受けて尚生きているとは……、やはり、切嗣様の懸念は正しかったようですね」
「あ、ああ……」
自分が生き残っている事は奇跡だ。それでも、生き残ったのは自分だ。ウェイバーは強く思った。
「ぼ、僕の勝ちだ……、言峰綺礼」
◆
「風王鉄槌《ストライク・エア》!!」
エクスカリバーに纏わせていた風を解き放ち、セイバーは地面を抉った。
舞い上がる砂埃がアーチャーとセイバーの間に壁を作り出す。けれど、アーチャーはそんな物存在せぬとばかりに宝具を放つ。
けれど、狙いが甘い。セイバーは切嗣を抱えると、走り出した。
「切嗣さんの事だから、必ず……」
境内の外円部に向うと、案の定、待機していたホムンクルスが現れた。
「切嗣さんを頼む!!」
返事を待たずに切嗣の体をホムンクルスに預けると、セイバーは即座に戦場に戻った。
逃げるという選択肢は無い。自分が逃げれば、切嗣が殺される。
それだけは駄目だ。切嗣を助け、彼をイリヤの下に帰す。それだけがセイバーにとっての心の支柱だった。
「アーチャー!!」
砂埃は既に晴れていた。アーチャーは獰猛な笑みを浮かべると共に宝具を降らせる。
降り注ぐ魔弾を前にセイバーは驚く程冷静だった。
直感スキルによる恩恵か、はたまた、別の要因が関係しているのか、それは分からない。
ただ言える事は一つ。彼女には魔弾の軌道が見えていた。そして、迫る魔弾に対処する動きが出来た。
全て遠き理想郷《アヴァロン》を使った直後から、身体能力が大幅に向上している。全身に行き渡る魔力も今までの比では無い。
加えて、剣を操る技術が急激に向上している。魔力放出の扱いも今までのような力任せな使い方では無く、より緻密な操作が可能となっている。
それは新たに身に着けたというより、過去に身に着けた技術を思い出したという感覚に近かった。
「ッハァァァアアアア!!」
自分のものでは無い記憶が甦ってくる。
それはアーサー王の記憶だった。
それは本物のセイバーの記憶だった。
どうして、自分がこんな風になったのかをセイバーは漸く理解した。
聖杯とは根源へ至る為の架け橋だ。願望機としての機能など、その副産物に過ぎない。
本物のセイバーが絶望に暮れ、聖杯に手を伸ばした時、聖杯は彼女に何をしたのか?
単純な事だ。聖杯は本来の役割を果たしたに過ぎない。セイバーは根源の渦に至ったのだ。
根源の渦とは、万象の基点となる座標を指す。万物の始まりであり、終わりである。
世界の外側にあるとされる、次元論の頂点にある力。
根源の渦に至るという事は、即ち、世界の外側へ逸脱するという事に他ならない。
そこで彼女は俺と出遭った。
――――そうだ、思い出した。
俺は元々、死んでいたんだ。
新卒カードでよりにもよって、ブラック企業に就職してしまった俺は嫌な上司に虐められて、自殺した。
俺の人生の終わりを説明すれば、それだけで事足りてしまう。
最初に切嗣さんに冷たくされてプッツンしてしまったのも、それが原因だ。上司を殴るか、この世から逃げるかの二択で、俺は逃げたんだ。
情け無い事この上無い話だ。
死亡して、肉体から魂が抜け出た俺は暗闇の中に居た。あれが恐らく無という奴なのだろう。
目も見えない。音も聞こえない。何も触れない。自分自身すら無い。けど、それを苦に思う感情も無い。
そんな場所に彼女の魂は現れた。互いに明確な意思は無く、外因によって、俺達の魂は融合してしまった。
ある種の二重人格に近いのだと思う。二つの魂が融合した存在故にどちらでもあって、どちらでも無い状態に陥っているのだ。
基本的に優先されるのは感情が強い方の魂の意思だ。
セイバーさんは自らの抹消を願うほど、精神を磨耗させていた。故に感情の起伏が弱く、殆どの意思を俺に委ねている。
だが、アーチャーに対しては憤怒と憎悪の感情を浮き上がらせ、俺の意思を奪う。
俺が彼女の能力を違和感無く使える理由は恐らく、魂が融合しているが故に起きた精神の混合が原因だと思う。
今ほど鮮明では無いにしろ、俺には彼女の記憶や経験がおぼろげではあったにしろ、確かに存在した。
例えば、キャスターの魔物に体を嬲られた時、俺は知らない筈の女としての快楽を知っていた。本来、それが性感であると理解していても、いきなり快楽に感じる事は無い筈だ。
それ以外にもアーチャーに対して感じた怒りを俺は紛れも無く自分の怒りだと感じていたし、切嗣さん達が認める程の王としての采配を為す事が出来た事もセイバーさんの経験が流れ込んできたからだろうと推測出来る。
今、俺はセイバーさんであり、セイバーさんは俺なんだ。
実に奇妙な状態だけど、アヴァロンによって、余計なモノ……聖杯の穢れが取り払われた事で状況を理解するに至った。
共に互いに対し迷惑を掛けたと謝罪の気持ちでいっぱいなのがおかしかった。
セイバーさんの意思を感じる。
俺の意思がセイバーさんに伝わっている事を感じる。
二人の意思は一致していた。
――――何としても、アーチャーを倒そう。そして、切嗣さんを助けよう。
――――ええ、全てに決着をつけましょう。
もはや、俺達は同一人物だ。今の意思確認も自問自答に近い感覚だ。
けれど、今に至って、俺《ワタシ》は漸く全ての鎖から解き放たれた事を感じた。
ここでアーチャーを倒し、聖杯を完全に破壊すれば、シロウが不幸な運命を歩む事が無くなる。
ここでアーチャーを倒し、切嗣さんを助けられれば、イリヤとの約束を守る事が出来る。
「だから、その為に――――」
セイバーは聖剣の鞘へ手を伸ばした。アヴァロンが無数のパーツに分解され、その身を妖精郷へと隔離する。
アーチャーの表情が苛立ちによって彩られている。その最中、セイバーは聖剣を構える。
魔力が現界を超えて注ぎ込まれ、剣が眩い光を放つ。
「――――セイバー!!」
アーチャーが痺れを切らし、乖離剣を抜き放つ。回転する三つの円柱。
世界を滅ぼす魔剣を前に、恐怖は無い。
「天地乖離す開闢の星《エヌマ・エリシュ》!!」
発動した原初の剣。けれど、その破滅の光は――――、
「無駄な事を――――」
セイバーは剣を振り上げる。
乖離剣の一撃を受けて尚、アヴァロンは担い手を守り通した。
平行世界からの干渉すら寄せ付けない究極の守りは世界を滅ぼす英雄王の剣をも阻んだ。
「約束された《エクス》――――」
瞬間、アヴァロンが解除される。しかし、アーチャーにはその隙に付け入る余裕が無かった。
振り下ろされる極光剣をアーチャーは憤怒の表情で睨み付ける。
「セイバー!!」
「――――勝利の剣《カリバー》!!」
エクスカリバーの極光に飲み込まれるアーチャー。
彼に向かい、セイバーは更なる追撃を加える。
元々、鞘があれば、セイバーはエクスカリバーの真名解放を三回連続で使う事が出来る。
加えて、今の彼女にはホムンクルスからの魔力供給がある。
その意味は――――、
「消し飛べ!!」
光が晴れた先に佇むアーチャーへ二度目のエクスカリバーを叩き込む。
けれど、二度目の斬撃は彼に当たる事無く虚空を裂く。
「馬鹿な――――」
アーチャーは気がつくと目の前に居た。
その真紅の瞳を輝かせながら、セイバーを睨む。
「調子に乗り過ぎだぞ、女!!」
宝具の解放直後で動けないセイバーにアーチャーが手を伸ばす。
しかし、その時、あり得ない事が起きた。
セイバーの体を膨大な魔力が包み込み、あり得ない挙動を強要した。
「令呪だと!?」
硬直を強制的に解除され、三度目の真名解放を振り向き様に発動する。
その暴挙にアーチャーは目を剥き、そんな彼に対して、セイバーは更なる追撃を加える。
「終わりだ、アーチャー!!」
鎧を解除し、残る全ての魔力をエクスカリバーに注ぎ込む。
四度目の真名解放。それは今度こそ、アーチャーの鎧を粉砕し、彼の肉体に致命傷を与えた。
何かを語る暇すら無く、アーチャーの魂は消滅を迎える。
それは全ての終わりを意味した。
「……切嗣さん」
セイバーは踵を返し、切嗣の下に向った。
階段の中腹に彼は居た。
「切嗣さん!!」
声を掛けると、彼は小さな声で呟いた。
「……よくやった」
「切嗣さん。今直ぐにアヴァロンを埋め込みます。大丈夫です。助かりますよ!!」
「……ああ、すまないな」
セイバーは急いでアヴァロンを切嗣の体に埋め込み、魔力を流した。
これで大丈夫な筈だ。そう思い、彼の顔を見た瞬間、セイバーの表情は凍り付いた。
慌てて、彼の口元に耳を寄せ、彼の脈拍を測る。
「……う、嘘だ!!」
必死に心臓マッサージと人工呼吸を行う。
運転免許を取るときに習った方法で、間違っていない筈だ。
なのに、彼は息を吹き返さない。
「な、なんで!?」
アヴァロンを埋め込んだのだ。腹を吹き飛ばされても、アヴァロンなら治してくれる筈なのだ。
なのに、どうして、彼は息をしてくれないのだろう?
「切嗣さん!! 起きて下さい、切嗣さん!!」
切嗣は目を覚まさなかった。
息を切らせながら階段を上がってきたウェイバーが見たのは、涙を流しながら、必死に彼に声を掛け続けるセイバーの姿だった。
衛宮切嗣は死亡した。それはセイバーにとって……、彼女の魂と融合した一人の男にとって、自らの存在理由が消えてしまった瞬間でもあった。
ウェイバーやステファニー、他のホムンクルス達も黙って彼の死体と泣き叫ぶセイバーを見つめた。
邪魔をする者は居なかった。何故なら、全てが終わったからだ。もう、生き残っているサーヴァントはセイバーだけだ。
勝者はただ、死者に縋って泣き叫ぶばかり……。
「……セイバー」
漸く、彼女の泣き声が小さくなった頃を見計らい、ウェイバーが声を掛けた。
そんな彼に彼女は言った。
「ウェイバー……、お願いがあります」
「な、なんだ? 何でも言えよ」
「……私のマスターになって下さい」
その意味をウェイバーは直ぐに理解出来なかった。
「……えっと、どういう意味?」
「これから、私は聖杯を使います」
「聖杯を使うって……、まさか、また人類全てを玩具にするとかそんなッ」
慌てふためくウェイバーにセイバーは首を振った。
「違います。ただ、私にはまだやるべき事が残っているのです。だから、その為に後少しだけ、命を存える必要がある」
「やるべき事……?」
「イリヤを……、切嗣さんの娘を助けに行かなきゃいけないんです。だから、俺は聖杯を使って受肉する。その後、俺は狂ってしまうかもしれないけど、その時は君に令呪で自害を命じて欲しい。もし、狂わなかったら……、俺を行かせて欲しい」
「……なあ、お前は僕の気持ちを知ってるか?」
「貴方の気持ち……?」
キョトンとした表情を浮かべるセイバーにウェイバーは頭を抱えた。
「マスターになってやってもいいよ。ただし、絶対に自分を見失うな。絶対にイリヤって子を救出して、二人で戻って来い。それと、一つ言っておく」
顔を真っ赤にするウェイバーにセイバーは首を傾げた。
「僕はお前が好きだ」
「……え?」
目を丸くするセイバーにウェイバーは顔を背けた。
「ああ、身の程知らずって事は分かってるさ!! でも、好きになっちゃったんだ!! だから、絶対戻って来い!! そんで……、僕を盛大に振れ!! それまでは僕は……勝手に期待するから。お、お前、僕がマスターになってやるんだから、僕を一生道化のままにさせるなよ!? ちゃんと、僕の期待を粉々にぶっ壊せよ!!」
大きな声で叫ぶウェイバーにセイバーは笑った。
天使のような笑顔にウェイバーはつい見惚れてしまう。
「ああ、帰って来たら、ちゃんと返事をするよ。俺が……」
そして、少年と少女は階段を上る。目の前で完全な裏切り発言を聞いたホムンクルス達も静かに付き従う。
柳洞寺の境内の中心にセイバーはアイリスフィールの心臓を掲げる。すると、アサシンとライダー、アーチャーの三騎の魂を呑み込んだ聖杯が光を灯し始めた。
三騎のみとは言え、その内の一騎は大英雄クラス。その魂は英霊二騎分にも相当する。聖杯を起動させるには十分だった。
とは言え、所詮は四騎分。聖杯の力は酷く弱々しかった。だが、それはむしろ都合が良かった。
これならば、冬木市に災害を齎すような事は無いだろう。
セイバーは呪われた杯を手に、呟いた。
「聖杯よ……、俺を受肉させてくれ」
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次回、最終回です(∩´∀`)∩お付き合い頂きまして、ありがとうございます。