第四十四話 雨生龍之介がバーサーカーを召喚した為に彼女が失ったもの

「これで邪魔者は居なくなったな。凛。君が勝者だ」

 横たわるアーチャーに寄り添う凛に綺礼は言った。

「勝者……?」
「ああ、そうだ。あまねくマスターとサーヴァントとの戦いに勝ち抜き、君はこの聖杯戦争の勝者となった。さあ、聖杯に己が願望を祈るがいい」

 綺礼の言葉を理解するまでしばらく時間が掛かった。聖杯戦争の勝者となる事は遠坂の魔術師の悲願であり、凛にとっても夢であった。だと言うのに、実際に聖杯戦争の勝者となった今、胸に去来するのは喜びの感情とは程遠い空虚なものだった。
 この聖杯戦争で凛は多くのものを失った。大切な親友を目の前で惨たらしく殺害され、母は妹の手によって惨めな姿になり、父によって焼き殺された。妹は目の前で肉片一つ残さず消え去り、共に戦いを駆け抜けた相棒たるサーヴァントも瀕死の重傷を負い、そう時を待たずして消え去る運命にある。残ったのは父と兄弟子、そして、遠坂の頭首として魔道に生きる未来。
 魔道を歩む事に対して、今までならば疑問など抱かずにそれを当然として生きて行けただろう。だけど、愛する妻を眉一つ動かさずに焼き殺した父の姿に凛は疑念を抱かずには居られなかった。

「何を迷う事がある?」

 そう、綺礼は問い掛けた。
 凛はハッとした表情で綺礼を見つめた。

「駄目だ、凛」

 アーチャーの声に凛は驚いたように間を瞬かせた。

「アーチャー?」
「凛。あの聖杯は穢れている」

 アーチャーの言葉にギョッとした様子で凛はアサシンの持つ黄金の杯を見た。

「あれを起動してはいけない。凛、私に聖杯の破壊を命じてくれ」
「アーチャー」

 凛は己の手の甲に浮かぶ残り二画の令呪に視線を落とした。

「いいのかな?」

 綺礼が問うた。
 凛は綺礼に顔を向け、小首を傾げた。

「聖杯を破壊すれば、アーチャーはその瞬間に消滅するぞ」

 綺礼の言葉に凛は瞼を大きく見開き、咄嗟に手の甲を反対の手で覆い隠した。

「聖杯に願えばこれからもずっとアーチャーと共に居られる。それに、失ったものを取り戻す事も可能だ」
「よせ、綺礼!!」

 アーチャーが静止の声を上げるが、綺礼はまるで聞こえていないかのように構わずに続けた。

「目の前で死んだ親友を甦らせたくはないか?」

 どくん、と心臓が高鳴った。
 急速に頭の中に一つの光景が浮かび上がってくる。
 暗い部屋。
 蔓延する血の匂い。
 殺人者の笑い声。
 被害者の悲痛な叫び。
「親友だけではない。聖杯を使えば、君の失ったもの、全てを取り戻す事が出来る。母も妹も……」
 綺礼の言葉はまるでぬるま湯の如く凛を優しく包み込んだ。

「この戦争で君はあまりにも深い傷を負った。この傷を癒さぬまま、一生を終えるべきではない」

 綺礼の声は酷く優しげで、慈愛に満ちたその表情は正しく聖職者のモノだった。
 凛はそこに安心感を覚えた。

「全て、やり直す事が出来るんだ。聖杯に願えば、再び、父と母と妹と共に幸せに暮らす事も出来る」

 それは今の凛にはあまりにも抗い難い魅力ある提案だった。
 この聖杯戦争で失った大切なものを全て取り戻す事が出来る。
 その為ならば何を代償に支払っても構わないとすら思えた。

「寄せ、綺礼!! 凛を惑わすな!!」

 アーチャーの声が暗いコンサートホールに響くが、凛はもはや己の相棒の声すら聞こえなかった。
 今、凛の胸中を満たすのは失ったものを取り戻せるかもしれない、という希望だけだった。

「惑わす? 何の事かな?」

 そう、綺礼は不思議そうに問うた。

「聖杯は穢れている。どのような崇高な願いもあの聖杯は災厄という形でのみ実現させる。凛、あれを使ってはいけない!! 確かに、家族を失った君にこのような事を言うのは酷かもしれん。だが――――」
「家族を諦めろ、と言いたいのかね?」

 そう、綺礼が問うと、アーチャーは沈黙した。
 それが肯定を意味している事を凛は直ぐに悟った。

「いや……」
「凛!!」

 弱々しく首を振る凛にアーチャーは声を荒げた。
 だが、凛は駄々を捏ねるように首を振り続けた。

「いやだ……」

 凛の涙混じりの悲鳴にアーチャーは言葉を失い、それと同時にあまりにも当たり前の事を思い出した。
 凛がまだ、小学生の女の子であるという当たり前の事を……。
 そう、凛はまだ小学生だ。
 魔道に行き、他の一般的な子供より幾分か成熟した精神を持っているが、それはあくまで小学生の女の子にしては、という枠組みの中での話だ。
 本当に大人なわけでは無い。
 多くの死を目にし、大切な親友や大切な家族を次々に失い、平気で居られる筈が無い。
 凛はとうの昔に限界だった。
 親友を失い、母を妹と父の手で目の前で殺され、妹は目の前で灰燼と化した。
 一つ一つが成人した大人ですらあまりにも耐え難い苦痛を齎す。
 それを続け様に経験し、小学生の女の子がどうして耐えられようか?
 そんな当たり前の事に今の今まで気が付かなかった己の愚鈍さにアーチャーは声も無く己に対して憤った。

「凛。家族を諦める必要など無い」

 そう、涙を流す凛の頭を優しく撫で、綺礼は言った。

「怖がる事は無い。聖杯が穢れていようと、万能の願望機としての機能が失われた訳では無い。現にあそこのキャスターは既に己が願望を叶えたらしいじゃないか」
「え……?」

 凛は呆気に取られた表情で横たわるキャスターを見た。

「違う!!」

 アーチャーは叫んだ。
 今の凛を殊更に追い詰める言葉など吐きたくは無いが、それでも言わねばならない。

「キャスターは稀代の魔術師であるが故に聖杯を御する事が出来たに過ぎん!! 如何に君と言えど、アレを御し切る事は出来ない」

 アーチャーの言葉に凛は顔をくしゃくしゃにして涙を流した。
 アーチャーの言葉を理解出来ないわけではない。
 むしろ、出来てしまうが故にジレンマに苦しまされている。
 加熱した頭の中で、燃え上がる冬木の街の光景と幸せに家族やアーチャー、アサシン、綺礼と共に食卓を囲う己の姿が交互に浮かび上がる。
 聖杯戦争が始まって、学校に行かなくてもよくなり、安堵した自分が居た――――。
 目の前で無残に殺された親友が学校に行けば顔を見せてくれるかもしれない。
 そんな、あり得ない幻想を胸に抱く事が出来たからだ。
 乗り越えたわけじゃない。
 ただ、誤魔化していただけだ。
 十年後の遠坂凛のようにはなれないと感じた一番の理由もソレだ。
 聖杯戦争に巻き込まれ、一度は死んだアーチャーから十年後の遠坂凛は目を逸らさなかった。
 親友の死から目を逸らし、逃げ出した己とはあまりにも違う。
 母の死とて、姿を蟲に変えられ、現実感に乏しかったが故に逃げる事が出来た。
 だけど、桜の死は逃げる余地を与えてもらえなかった。
 目の前で微笑みながら肉塊へと変貌し、燃え尽きた妹の最期はどうあっても凛に妹の死という現実を突きつけた。

「凛。何を迷う必要がある?」

 綺礼は言った。

「君が望むなら、聖杯は君の物だ」

 ただ、望めばいい。
 それで己は――仮に多くの人が苦しむ事になろうとも――全てを取り戻す事が出来る。
 ならば、考えるまでもない。
 ない、筈なのに……。

「それは……駄目」

 弱々しい声で、弱々しい瞳を真っ直ぐに綺礼に向けながら、凛は言った。

「お母様や……、桜や……、コトネや……雁夜おじさん……誰も諦めたくなんか……ない。でも……」

 起きた事は覆らない。
 そんな事は幼い凛にだって分かる当たり前の事だった。

「やり直すなんて……出来ない」

 頬を幾筋も涙が伝った。

「それを可能とするのが聖杯だ。万物の全てが君の願うままになる」

 綺礼の言葉に凛は弱々しく首を振った。

「違うよ……。やり直せないんだよ……。だって……、全部嘘になっちゃうもん……」
「凛……」

 アーチャーは頬を涙が伝うのを感じた。
 涙を流すなど、生前でも殆どありはしなかったと言うのに、止め処なく溢れ出してくる。
 あまりにも悔しく、涙が止まらない。
 何故、己の主が……、遠坂凛があの様に心を抉られなければならないのか……。
 何故、ただ幸せそうな笑顔を浮かべたまま生きる事が出来ないのか……。

「コトネが苦しんだ事も……、お母様が苦しんだ事も……、桜が苦しんだ事も……嘘にしたら駄目……。だって、何もかも無かった事にしたら、みんなの思いや苦しみはどこに行くの……?」

 凛の問いに綺礼は言った。

「それは君の望み次第だ。君が彼らの苦しみの記憶を残し、蘇生させるか否か……。そこに掛かってくる命題だ」
「苦しみを抱えさせて生き返らせるなんて……出来ない」
「ならば、忘れさせればいい」
「それも……駄目だよ」

 凛の言葉に綺礼は不快そうに顔を顰めた。

「何故だ……?」
「だって、それはみんなの思いを踏み躙る事だから……。みんなの思いや苦しみがただの無駄な事になっちゃう」
「では、君は……」 
「聖杯は……破壊します」

 凛の脳裏に浮かぶ家族と囲う食卓の光景が音も無く崩れ去った。
 その痛みに耐えられず、凛は膝を折り、地面に頭を擦りつけた。
 涙を溢れさせ、泣き叫ぶ凛に、綺礼は囁くように言った。

「そうか、それが君の選択か……」
「……はい」

 蹲る凛の返答に綺礼は深く息を吐いた。

「そうか……」

 綺礼は持っていた包みを凛の顔の前に置いた。

「お前はまだ、失い足りないというのだな」

 そう、先程までとは打って変わって、底冷えするような冷徹な声が響いた。
 思わず顔を上げる凛の眼前で綺礼は包みをゆっくりと開いた。

「――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――あ」

 自分のよく知る瞳があった。
 いつも冷静で滅多に表情を変える事の無い父が滑稽な程に驚いた表情を浮かべている。

「お、父さ……ま」

 袋の中から現れたのは父の生首だった。
 凛は思考回路が焼き切れたかのように絶叫した。
 喉が裂けんばかりの叫び声に綺礼は酷く嬉しげな笑みを浮かべた。

「これで、お前は本当に何もかもを失ったな」

 綺礼の言葉は凛には届かなかった。
 ただ、衝動に任せ、胃の中身を板張りの床にぶちまけ、嗚咽を洩らしながら尚も叫び声を上げ続ける。

「綺礼……貴様……、時臣を……」

 アーチャーの言葉に綺礼は頷いた。

「ああ、殺したよ。結局、師も私という男を理解出来なかったようだ。最後までな」

 愉悦に満ちた表情を浮かべ、綺礼は言った。

「さて、凛は壊してしまったしな。聖杯は……こうなっては仕方あるまい。私が使用するとしよう」

 そう言って、綺礼はアサシンの手から聖杯を受け取った。

「待て、何をするつもりだ!?」

 アーチャーの叫びに綺礼は肩を竦めて見せた。

「さあな。何が起きるかは私にも分からん。ただ、興味が湧いたのだよ」
「興味だと!?」
「ああ、万能の願望機たる聖杯が私と言う男の願望を汲み取った時、何が起きるのか、想像するだけでも愉快ではないか」
「言峰、貴様――――ッ!!」
「ああ、その前に用の済んだガラクタは処分するとするか」

 そう言って、綺礼は蹲る凛へと歩を進めた。
 アーチャーは最期の力を振り絞り、立ち上がった。

「投影開始――――トレース・オン!!」

 最期の投影。
 残り一度の投影魔術を行使した。
 創り出すのは使い慣れた陰陽の双剣の片割れ。
 陰剣・莫耶を振り上げ、綺礼に向けて大地を蹴る。

「グッ――――」

 アーチャーの刃が綺礼の首を切り落とす寸前、黒い影が二人の間に割って入った。
 白い仮面に狂気を灯らせたその影は嘗て、戦場を共に駆けた友だった。

「すまん、ハサン」

 咄嗟に刃を止めてしまったアーチャーは歯を食い縛りながら、アサシンの心臓へと刃を奔らせた。
 驚くほど、刃は簡単にアサシンの心臓へと吸い込まれた。
 霊核たる心臓を完全に破壊され、アサシンの体は瞬時に光の粒子へと変わり始めた。
 アーチャーは友の終焉から目を逸らし、綺礼に向けて駆け出そうとした。
 既に綺礼は黒鍵を凛の頭へ振り下ろそうとしている。
 間に合わない。
 莫耶をアサシンの心臓から引き抜いていては遅い。
 さりとて、投擲以外に間に合う術が無い。
 新たなる投影はもはや不可能。
 アーチャーは叫んだ。

「凛!!」

 その叫びに呼応したのは背を向けた相手だった。

「――――すまんな、エミヤ。世話を掛けた」

 その言葉と共に黒い短剣が飛んだ。
 短剣は真っ直ぐに綺礼の振るう黒鍵へ奔り、綺礼の手から黒鍵を弾き飛ばした。
 それと同時に一発の銃声が響いた。

「……衛宮、切嗣」

 綺礼は己の心臓から流れ落ちる血を見て、己を撃った男を見た。

「生きて……いたか……」

 その言葉と共に綺礼は地面に倒れ伏した。
 切嗣は銃を構えた体勢のまま、傍に寄り添うアイリスフィールの腕へと倒れ込んだ。
 綺礼の驚きは仕方のない事だった。
 何故なら、死体に撃たれるなど、想定外にも程がある。
 その上、その想定外は切嗣にとっても同じ事だった。
 心肺器と背骨を完全に破壊され、断末魔の痙攣を残すのみの有り様だった切嗣の命を救ったのはまたもキャスターから手渡された奇跡によるものだった。
 全て遠き理想郷――――アヴァロンの力は即死同然の状態すら回復させるらしい。
 アーチャーは妻と子に寄り添われる切嗣の姿に安堵し、アサシンへと顔を向けた。
 既に肉体の半分以上を光へ変えたアサシンは穏やかな声で言った。

「先に往く。お嬢様の事、任せたぞ」
「……ああ」

 アサシンが消滅すると、アーチャーは小さく息を吐いた。

「既に私以上にボロボロな状態だったらしいな」

 それがアーチャーの刃がアサシンの心臓を容易く貫けた理由だった。
 第二の宝具、妄想封印(狂)による霊体そのものへのダメージは決して浅く無く、もはや不意打ちや身を盾にする程度の挙動しか出来ない状態だったのだ。

「私もそろそろ限界か……」

 徐々に光に変わり始めた己の肉体を見て、アーチャーは舌を打った。
 まだ、やらねばならぬ事があるというのに、今のままでは己だけの力ではそれが出来ない。
 アーチャーはゆっくりと歩を進め、蹲る凛の下へ向かった。
 凛は今尚涙を流し続けていた。
 それも当然だろう。
 凛はこれで本当に家族を全て失ってしまったのだ。
 父も母も妹も……、そして、兄弟子すらも……。
 だが、時間は待ってはくれない。
 アーチャーは凛に告げた。

「凛。聖杯を破壊しなければならない。だが、今の私の力では足りない。力を貸してくれ」

 アーチャーの言葉に凛はゆっくりと顔を上げた。
 酷い顔だった。
 涙で瞼を真っ赤に腫らさせ、鼻水が顎を伝って、首まで垂れている。
 アーチャーは己の聖骸布の一部で凛の顔を拭ってやると、その頭を撫でた。

「聖杯の破壊を命じて欲しい」

 そう、アーチャーは言った。
 それは今の凛にはあまりにも残酷な言葉だった。
 聖杯を破壊する、という事は即ち、アーチャーが消滅するという事だ。

「それで、全てが終わる……」

 アーチャーは言った。
 そう、全ては終わる。
 今度こそ、凛は全てを失うのだ。
 家族や親友だけでは無く、唯一無二の大切な相棒すらも失う事になる。
 ソレは未だ幼い凛にはあまりにも酷な選択だった。
 答えを出せずに居る凛をアーチャーは辛抱強く待った。
 消滅を始めた己の肉体に焦りはあるが、それでも選択を急かせるつもりは無かった。
 そのまま、何事も起きなければ――――。
 異変が起きたのは直ぐ間近だった。
 突然、突き上げるような衝撃が地面を奔り、大地が裂けた。
 そして、煉獄の炎が瞬く間に辺りを燃やし尽くした。

「何が――――ッ!?」

 驚きに目を瞠るアーチャーと凛の目に飛び込んだのは、切嗣の銃弾を心臓に受けた筈の綺礼の姿だった。
 綺礼は立ち上がり、爛々と瞳を輝かせ、まるで新しい玩具を見つけた子供のように嬉しそうに黒い穴を見つめていた。

「凛!! 聖杯を破壊する!!」

 アーチャーの叫びに凛は無意識のうちに令呪のある手の甲を掲げた。
 胸中にそれまで鬱積していた様々な感情が四散し、代わりに一つの光景を否定する思いだけが満たされていた。

「令呪を持って命じる!! アーチャー!! あなたの過去を繰り返させないで!! 聖杯を破壊しなさい!!」

 その瞬間、凛の手の甲に宿っていた二つの令呪が同時に消滅した。
 それと同時にアーチャーが行動するよりも早く、思考するよりも尚早く、アーチャーを中心に紅蓮の炎が広がった。
 大地を奔る炎は瞬く間に煉獄の炎を追い抜き、巨大な円を築き上げた。
 瞬間、世界は一転した。
 空中には回転する歯車があり、荒れ果てた大地には無数の剣が立ち並ぶ。
 そして、もう一つ……。
 固有結界――――Unlimited Blade Worksの中に一際異様を放つ黒い穴が浮かんでいた。
 それが何であるか、アーチャーは既に識っていた。

「聖杯……」

 アーチャーは凛を背に護り、瞼を閉ざした。
 凛の一つ目の令呪によって、アーチャーは瞬時に固有結界を展開し、煉獄の炎の拡散を防ぐ事が出来た。
 だが、強大な魔力を放つ聖杯の力を打ち砕くには並みの宝具では不可能。
 ならば、打倒せるだけのものを創るより他は無い。
 アーチャーの知る限り、アレを破壊出来る宝具は一つだけだった。
 そして、ソレを投影する為の力は凛の二つ目の令呪が与えてくれている。

「投影開始――――トレース・オン」

 創造の理念を鑑定し、基本となる骨子を想定し、構成された材質を複製し、製作に及ぶ技術を模倣し、成長に至る経験に共感し、蓄積された年月を再現する。
 創り出すのは嘗て憧れた騎士の剣。
 星々の輝きを秘めた、星の鍛えし聖なる剣。
 某は――――、

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。