第十八話 雨生龍之介がバーサーカーを召喚した為に忘れた振りをしなくても特に問題無くなった人の話

――――二日前。

「では、今後の方針について話そうか」

 時臣の言葉に綺礼、凜、アーチャー、アサシンは揃って頷いた。談話室の机を取り囲むように五人は椅子に腰掛けていた。アサシンは主と同じ席に座する事を始めは良しとしなかったが凜に「立っていられると鬱陶しい」と言われた為に今は座っている。
 机の上には資料が並べられている。凜にも分かり易いように綺礼によって暗号化した文章も日本語に書き換えられ、漢字には振り仮名が振られている。僅か一日で見事な手際だとアーチャーは感心した。

「まず、それぞれの陣営について情報を共有しておこう。綺礼、頼む」
「承知しました」

 綺礼は資料を読み上げた。
 初めはセイバーの陣営。
 マスターは不明であり、アインツベルン、あるいはマキリではないかと目されるが詳細な情報は得られていない。

「セイバーならば捕捉したい事がある」
「なんだ?」

 アーチャーの言葉に綺礼は言葉を切り視線を向けた。時臣、凜、アサシンの三人もアーチャーに視線を向ける。
 四人の視線を受け、アーチャーは言った。

「セイバーの真名は恐らく湖の騎士・ランスロットだ」

 アーチャーの言葉に時臣は目を瞠った。

「どういう事だ? 何故、セイバーがランスロットだと分かった?」

 時臣の問いにアーチャーは肩を竦めて言った。

「解析の魔術は私の数少ない得意分野でな。それに、私の魔術師としての属性は剣なのでね。事、剣に限れば創造理念、基本骨子、構成材質、製作技術、成長経験、蓄積年月、担い手の技量に至るまで解析可能だ。その上で言うが、セイバーの握っていた剣。あれは紛れも無く、嘗て円卓の騎士の中でも最強と謳われた騎士の握った聖剣、無毀なる湖光――――アロンダイトだ」

 断言するアーチャーに時臣は難しい表情を浮かべた。

「投影魔術に加えて解析の魔術、加えて属性が剣とは、お前は本当にアーチャーなのか?」

 時臣の問いにアーチャーは苦笑した。

「私は特化型という奴でね。キャスターのクラスに該当するには未熟も良い所だ。剣や槍を握った事もある。馬に乗ったり、暗殺者紛いの真似をした事もある。狂っていたと言えば狂っても居た。だが、どれも些か中途半端でね。私が呼ばれるとすればアーチャー以外はあり得んよ」

 時臣はアーチャーの言葉に納得いかなげな表情を浮かべるが溜息を一つ零すと綺礼に視線を向けた。

「アーチャーについては後にしよう。序盤でセイバーの真名が分かったのは行幸だ。円卓の騎士とは恐れ入るが対策を練る時間はある」

 綺礼は頷くと「私もセイバー陣営に関し補足が」と言った。

「先程、父に聞きました所、セイバーの降臨地点は間桐の屋敷であったとの事。その事から考えるにセイバーのマスターはマキリの魔術師、間桐雁夜であると考えられます」
「雁夜おじさんがセイバーのマスター!?」

 綺礼の言葉に凜は驚きの声を上げた。

「知っているのか?」

 アーチャーが問い掛けると、凜は頷いた。

「お母さんの幼馴染の人なの。ずっと海外でお仕事していて、時々帰って来て私や……、私にお土産を買って来てくれるの。凄く優しい人よ」
「間桐雁夜は一度魔道の道から逃げ出した落伍者だ」

 高評価の凜の言葉に反し、時臣はどこか軽蔑するような響きを言葉に滲ませて言った。

「逃げ出した?」
「本来は間桐の後継者となる筈の男だったが、間桐の家を飛び出し、海外でフリーのルポライターとして働いていたらしい」

 綺礼の言葉にアーチャーは「なるほど」と頷いた。

「それが何故、今になって聖杯戦争のマスターなどに?」

 アーチャーの問いに綺礼は首を横に振った。

「分からん。どうにも奴の意図は読めない。だが、碌な修行もしていない以上、マスターとしては最弱と考えていいだろう」
「だが、セイバーは強敵だ。真名がランスロットである以上、セイバーとしてはおよそ考えうる限り最強の駒を手にしていると考えていいだろう」

 時臣の言葉にアーチャー、アサシン、綺礼は揃って頷くが、凜はポツリと呟いた。

「だから、あの時セイバーが私達を助けてくれたんだ……」
「どういう事だ?」

 綺礼が問い掛けた。

「あの時、アーチャーは後一歩でランサーにやられてた。でしょ?」

 凜に問い掛けられ、アーチャーは不満そうな表情で渋々と頷いた。

「でも、セイバーがランサーに向かっていってくれたおかげで私達は逃げられた。あの時、セイバーは最初からランサーを狙ってたわ。きっと、おじさんが私を助けてくれたのよ」
「そんな事、ある筈が無い」

 時臣は呆れたような口調で言った。

「どうしてですか?」

 凜が尋ねると時臣は諭すように言った。

「聖杯を手に入れる事が出来るのは唯一人だ。その為には全てのマスターを倒さねばならない。例外はあるがね」

 そう言って、時臣はチラリと綺礼を見た。

「マキリも聖杯を悲願とする御三家の一角だ。敵である遠坂のマスターを救うなど考えられない」
「で、でも……」
「いや、恐らくは凜が正しい」

 父の言葉に凜が反論しようとする前にアーチャーが言った。

「あの時、セイバーが乱入する事に益があったのはどう考えても我々だけだ。何せ、放っておけば我々はランサーに倒され、ランサーが隙を見せるまで待つ事が出来た筈だ。なのにあのタイミングでの乱入」

 アーチャーは時臣に視線を向けた。

「私が最初にセイバーが君のサーヴァントだと考えたのもそれが理由だ。それに、間桐雁夜は最近まで魔道から離れた生活をしていたのだろう? ならば、目的の為に手段を選ばぬ普通の魔術師とはその精神構造が違うのだろうさ。恐らくだが、ただ単純に凜の危機にセイバーを動かしたのだろう」
「馬鹿な。聖杯を望むマスターでありながら敵マスターを救う為に動くなど……」

 理解出来ぬと時臣は眉間に皺を寄せた。それもそうであろう、雁夜の意図は通常の魔術師の常識を大きく逸脱している。
 いつか打ち滅ぼさねばならぬ敵を救うなど、その行動は矛盾しているし、己の首を絞めるだけだ。

「人並みの良識があるという事だろう。ならばこそ、色々と打てる手段もある。搦め手を上手く使えばそう強敵にはならんだろう」
「同感だが、間桐は御三家の一角だ。侮るには些か危険な相手だ」
「肝に銘じておこう」

 綺礼の言葉に頷きながらアーチャーはしばらくの間間桐雁夜の資料に目を通し沈黙に徹した。綺礼はセイバーの資料に幾らかの書き込みをすると別の資料を手に取った。
 ランサーの陣営の資料だ。マスターはアーチボルト家九代目頭首ケイネス・エルメロイ・アーチボルトだ。風と水の二重属性を持ち、数多くの分野で功績を残した時計塔の神童。ロード・エルメロイと呼ばれる彼の魔術師としての力量は間違いなく今聖杯戦争において最強である事は疑いようがない。

「ケイネスが此度の聖杯戦争に参加した理由は己に足りぬ武功という名の功績を得るためだそうです」

 綺礼の言葉に凜は頬を膨らませた。

「何よそいつ、嫌な感じね!」
「凜。そういう言葉遣いをしてはいけないよ」
「……はい」

 凜が大人しくなった所で綺礼は言った。

「確かに高慢な考えではあるが、それを実現するに足る実力の持ち主である事は間違いない。引いたカードも三騎士の一角たるランサー。本来ケイネスが召喚する筈だった英雄は教え子のウェイバー・ベルベットに盗み出されたそうだが、それでも十分に強力なサーヴァントです」

 綺礼の言葉に時臣は頷いた。

「ケイネスを相手にする際は此方も相応の準備が必要となるだろう」
「ランサーの真名は恐らくはフィオナ騎士団の輝く貌のディムルッドだろう」

 アーチャーの言葉に時臣は鼻を鳴らした。

「よりにもよってディムルッド・オディナとはな。セイバーとして召喚されなかっただけ行幸か……」
「ディムルッド・オディナ……?」

 溜息を零す時臣に凜は首を傾げた。

「輝く貌のディムルッド。ケルト神話に登場する妖精王オェングスに育てられたフィオナ騎士団随一の騎士だ」
「正直言って、ランサーのクラスであっても厄介だ。奴の双槍の呪いは伝承通りのようだからな」
「どういう事?」

 問いを投げ掛ける凜にアーチャーは言った。

「奴の朱槍は破魔の紅薔薇――――ゲイ・ジャルグ。その能力は私の推測が正しければ魔力の流れを断つというものだ」
「魔力の流れを断つ? あ、そう言えば、ランサーと戦っている時にアーチャーの双剣が何度も砕かれてたっけ」
「砕かれていたのは別だ。あれは奴に次なる一手が無いと思わせる為にわざと砕かせた。尤も、魔力を温存する為に囮に使った分は魔力をケチッた欠陥品だったがね」

 だが、とアーチャーは苦い表情を浮かべた。

「奴が宝具を解放した後、あの朱槍が私の干将を貫いた時、干将を構築する大本との繋がりが切り離された」
「大本……?」
「ああ、まあ、私の魔術については後で話そう。次はライダーか?」

 アーチャーが目を向けると綺礼は頷いた。

「ライダーのサーヴァントは正体不明。マスターのウェイバー・ベルベットがケイネス・エルメロイ・アーチボルトから盗み出した聖遺物はマケドニア方面から届けられた物であると報告はありましたが……」
「マケドニア出身の英雄という事しか分かっていない現状では特定は難しいな」

 時臣の言葉に綺礼も頷く。

「ええ、ですが、ライダーは元々ケイネスの召喚する筈だった英霊。あの男が並のサーヴァントの聖遺物を用意するとは思えません」
「マスターは未熟も良い所だが、サーヴァントは侮れぬか……」
「狙うとすればマスターだな」
「ふむ、暗殺ならば任せておけ」
「本職が居るのは心強いな。だが、私とて遠距離からの狙撃こそが本業のアーチャーだ。任せきりにするつもりはないよ」
「ふふ、頼もしい事だ」

 互いに苦笑し合う二人だが、その内容はあまりにも物騒なものだった。

「アーチャー、アサシン!」
「む、何だね? 凜」
「どうしました? お嬢様」

 互いに友好を深め合う弓兵と暗殺者に凜は剥れた顔で言った。

「暗殺なんて回りくどいし、全然優雅じゃないわ! やるからには真正面から正々堂々に決まってるじゃない!」
「……お、お嬢様」
「凜……、我々のクラスと現状を忘れたのか……」

 意気消沈する暗殺者たるアサシンの肩を軽く叩きながらアーチャーは呆れたように言った。

「でも、こそこそ動き周るなんて……」
「ならば、君が早く一人前になる他あるまい」

 不満を口にする凜にアーチャーは言った。

「私は今の状況では狙撃に徹する他無い。白兵戦で臨むには魔力が足り無過ぎる。現状を打破するには君の成長速度に期待する以外には無いんだ」
「…………ごめんなさい」
「常に余裕を持って優雅たれ……だろう? 焦りは禁物だ」
「……うん」

 アーチャーは穏かに笑うと頷く凜の頭を優しく撫でた。
 凜は一瞬驚いた様に目を見開いたが、アーチャーの手を払い除けはしなかった。

「残るはキャスターか?」

 アーチャーが問い掛けると綺礼は頷いた。

「キャスターについてはマスターがアインツベルンの陣営だろうという推測のみ。未だに姿を現していない以上は情報は皆無と言っていいだろう。ただ、マスターについては幾らか情報がある」
「衛宮切嗣。アインツベルンが数年前に招いた外来の魔術師だ」

 時臣の口から発せられた衛宮切嗣という名前を聞いた瞬間、アーチャーの表情が硬くなった事に凜は気が付いた。

「魔術師殺しという悪名で有名な男だ。こと戦闘においては遺憾ではあるがある意味でケイネス以上の脅威となる可能性が高い」
「衛宮切嗣に関しては様々な情報が飛び交っているが、信憑性を欠く物ばかり。だが、手段を選ばぬ魔術師である事だけは一致している」

 綺礼は手元の資料にある衛宮切嗣の写真に視線を落としながら言った。

「油断ならぬ男だ」
「衛宮……切嗣か……」

 自分の分の資料に目を通しながらアーチャーは反芻するように呟いた。

「アーチャー?」

 凜が首を傾げるがアーチャーは応えなかった。

「敵陣のサーヴァントについてはこのくらいだな」

 時臣の言葉に綺礼が頷くと時臣はアーチャーとアサシンに視線を向けた。

「まずはアーチャー、幾つかの質問に答えてくれ」
「ああ、何でも聞いてくれ」

 アーチャーの落ち着き払った言葉に頷き、時臣は綺礼に視線で合図を送った。
 綺礼は頷くと新たな資料を手に取り口を開いた。

「ステータスの穴を一つ一つ埋めていく。まずは真名だな」
「真名はエミヤだ」
「エミヤ……?」

 綺礼は咄嗟に未だに手元にある資料に目を落とした。
 そこには衛宮切嗣の名前がある。

「ああ、衛宮切嗣は私の養父だ」

 アーチャーの言葉に綺礼は再び資料に目を落とし、時臣はいかにも不可解だと眉間に皺を寄せ、凜はよく分かっていないのか首を傾げている。

「これを見せれば話が早いか」

 アーチャーは言いながら懐から赤い宝石を取り出した。
 時臣はアーチャーの取り出した宝石を見ると目を瞠った。

「すまない。少し、席を外す」

 時臣はそう告げると慌てた様子で部屋を出て行った。ものの数分で戻って来ると、時臣の手にはアーチャーの手にある物とまったく同じ宝石があった。

「そっくり……」

 凜が呟くとアーチャーは笑った。

「そっくりではない。まったく同じ物だ」

 アーチャーの言葉に時臣は信じられないといった様子で目を見開き、綺礼は眉間に皺を寄せ、アサシンは「なるほど……」と納得がいった様子で頷いた。

「つまり、お前は……」

 時臣の言葉にアーチャーはどこか悪戯に成功した子供のように笑みを浮かべ頷いた。

「ああ、私は過去では無く、未来から召喚されたサーヴァントだ」

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