第十二話「鈴の音」
ドラコと彼の両親は闇祓いの監視下に置かれる事になった。ルシウスとナルシッサは今もマッドアイの尋問を受けている。ドラコも身柄を闇祓いに預けられ、古代ルーン文字学の授業にも出ていない。
まるで、パズルのピースが一部分だけ抜けてしまったみたいな寂しさを覚えながら俺達はクリスマスイブを迎えた。
「準備は出来たか?」
ナップザックに荷物を纏めていると、ダリウスが寝室に入って来た。
「俺はもうバッチリだぜ! ワールドカップに持っていく荷物以外は全部置いてって大丈夫なんだろ?」
「ああ、そっちは直接お前達の家に送っておく」
アルは目を輝かせている。明日が楽しみで仕方無いって感じ。
明日からクリスマス休暇が始まる。そして、クィディッチ・ワールドカップが開催される。何しろ世間では闇の印に皆が警戒しているものだから、警備の関係上、試合は連日行われるみたい。会場も幾つかに分かれているんだけど、俺達はダリウスが警備を担当する会場で試合を観る事になる。対戦表を見た時は心から吃驚した。
あのクラム・ビクトール率いるブルガリアチームの試合は別会場みたいだけど、何より俺の目を惹いたのは【日本代表】の文字。トヨハシ・テングっていう日本チームがある事は知っていたけど、日本のクィディッチチームをこの目で見られるなんて思わなかった。
「にしても、随分と無茶な行程だよな。どこのチームもインターバルが殆ど無いじゃないか」
ロンは試合のプログラムを睨みながら呟いた。
「どういう事?」
「だって、一試合での選手の疲労具合は相当なものなんだよ? なのに、この行程じゃ、どのチームも二、三日しか休む暇が無いよ。その上、試合が進んで行けば、試合間隔はどんどん短くなる」
「まあ、その逆境をどう戦術に組み込めるかが肝って感じだな。もしかすると、今まで常勝していたチームがあっさり負けて、逆に今まで負け続けてたチームが勝つ、なんて事もあるかもしれないぞ」
アルとロンの論争に付いて行けなくなり、俺はクィディッチ・ワールドカップ公式パンフレットの日本チームの紹介文を読んだ。驚く程分厚い割には日本チームの事を数ページしか載せていない。それだけ沢山の国が出場するっていう事なんだろうけど……。
日本チームは【クィディッチ・ジャパンリーグ】の選りすぐりの選手で揃えているらしい。アジアでは最強の名を轟かせている日本チームだけど、クィディッチの本場は欧州。イギリス・アイルランドチームは常に首位争いをする強豪なのに比べて、日本はいつも早期敗退が多いみたい。元々、アジアでは【千夜一夜物語】なんかに登場する【魔法の絨毯】が主流だから、箒を使った競技であるクィディッチはあまり有名じゃないらしい。
「勝ってほしいな」
四角い枠の中で和気藹々と手を振っている日本チームの選手達に俺は内心エールを送った。祖国ではマイナーなスポーツで本場の国に挑むのはきっと、とても勇気の必要な事だと思う。彼ら一人一人の名前を頭に刻みつけよう。
日本チームのリーダーはキーパーの【土御門清一朗】。色白で綺麗な顔立ちの男の人だ。チェイサーは【風魔小太郎】という黒いパーカー姿の男の子と【南恭平】という鋭い目付きが印象的な、所謂不良っぽい見た目の男の人。そして、最後の一人は【白鳥倉之助】。どこか狡賢そうな顔をしている。
ピーター二人は同じチーム出身で、札幌・スノーマンズの伊達伊三郎と遠山銀次郎。まだ二十台前半らしいけど凄く渋い顔をしている。燻し銀って感じ。
最後の一人は女の子だった。何とまだ学生らしい。緊張した様子で枠の中を行ったり来たりしている。名前は春風さゆき。普通のセーラー服を着ている彼女がシーカーを務めるらしい。どんな飛び方をするのか凄く気になる。
「そろそろ行くぞ」
ダリウスに声を掛けられて、慌ててパンフレットを仕舞う。
「ポートキーは校庭にあるんだよね?」
「ああ、間違えないようにな」
クィディッチ・ワールドカップへの移動はポートキーが使われる。クリスマスに開催されるから学校に通う生徒達の為に魔法省が手配してくれたらしい。ロンとネビルとはここでお別れ。二人は家族と一緒に別の会場に行く。みんなで一緒に観戦出来たらって思うけど、折角手に入れたチケットを無駄にする訳にはいかないからって、二人共家族が手に入れたチケットを使うみたい。
アルとハーマイオニーは俺とハリーの付き添いという事で特別にダリウスが席を用意してくれた。ハリーはハーマイオニーと一緒なのが凄く嬉しいみたいだけど、ロンは少し複雑そうな表情をしている。もしかして、家族と行くのはハリーに寄り添うハーマイオニーを見ていられないからなのかもしれない。少し胸が痛むけど、俺には何も言えないし、何も出来ない。
「じゃあね、二人共」
それぞれ、自分達の目的にセットされたポートキーの近くに向かう。校庭には沢山の生徒達でごった返しているけど、実際にポートキーを使う人は少ない。クィディッチ・ワールドカップのチケットはプレミア物でおいそれと手に入る物じゃないらしい。
俺達と同じポートキーを使う生徒は俺達を含めて十二人だった。同じグリフィンドール生の先輩が三人とレイブンクローの生徒が二人。それにスリザリンの三人。
「よう、おかまちゃん」
スリザリンの男の子。名前は覚えていないけど、ドラコと口喧嘩している所を見た事がある。
「お前だよ、お前。気付かねー振りしてんじゃねーよ」
肩を掴まれて、漸く彼の言う【おかまちゃん】が俺を指している事に気が付いた。
「お、おかまちゃん……?」
「おい、何の用だ?」
謂れの無い誹謗中傷に絶句していると、アルが割って入って来てくれた。
「おやおや、彼氏の登場かい?」
「か、彼氏って……」
スリザリンで俺ってどういう評価を受けてるんだろう……。
「あ゛? 喧嘩売ってんのか? お?」
何だか妙な空気になってる。それまで様子見をしていたダリウスがやれやれと肩を竦めながら止めに入ろうとすると、その前に別のスリザリンの少年が割って入った。
「そこまでにしておけ、ザビニ」
「ノット。引っ込んでろよ」
痩身の少年。ノットが掴みかかろうとするノットをあっと言う間に組み伏せてしまった。顔を真っ赤にして暴れるザビニに目も暮れず、ノットは言った。
「悪かったな。彼は血の気が多い性分なんだ」
窪んだ彼の瞳に俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
アルは鼻を鳴らすと俺の背中を教えてポートキーへ向かった。ハリーとハーマイオニーも後に続く。
「アイツ、むかつく」
ハーマイオニーはむっつりした顔で言った。
俺はむしろ怖いと思った。あのノットという少年の持つ得体の知れないオーラに心臓が高鳴る。
「あのノットとかいう野郎……」
アルは顔を顰めながら言った。
「手馴れてたな」
アルが何を言いたいのか直ぐに分かった。ノットは一瞬でザビニを動けないように組み伏せた。
武道か何かを経験しているのだろうか。
「不気味な奴だったね」
ハリーも明らかにザビニよりノットに警戒心を持ってる。
「気を付けろ。奴等の親は死喰い人だ。この前のマルフォイ邸襲撃の時、奴らの親が居た。取り逃がして証拠を掴めなかったが、奴らはドラコのように闇の帝王と繋がっている可能性が高い」
「逮捕出来ないのか?」
「今の状況では無理だ。あの襲撃についても我々にとっては賭けだった。ヴォルデモートを捕らえられねば、奴らが死喰い人だと証明するのは難しい。だからこそ、万全を期したつもりだったのだがな……」
険しい表情を浮かべるダリウスに俺は再びノットとザビニ、それにもう一人の女の子を見た。スリザリンの三人組は固まって何かを囁き合っている。
言い知れぬ不安を掻き立てられながら時間が来た。レイブンクローの男の子と女の子が太くて長いロープを手に取る。ポートキーはどんな形状でもいいらしい。マグルに対する対策が必要無いから、大人数が無理無く捕まれるロープを採用したみたい。スリザリンの三人とグリフィンドールの先輩三人がロープを掴むと、最後に俺達。
全員がロープを掴んだ瞬間、まるで見えない手に引っ張り上げられるみたいに体が浮き、洗濯機の中に居るみたいに滅茶苦茶に振り回された。必死にロープを離さないように意識し続けながら目を瞑っていると、急激に重力が戻って来た。気が付くと地面に横たわっていた。
目を開けると、そこは草原だった。まともに立っていたのはスリザリンだとノット一人。レイブンクローは男の子が女の子を支えている。先輩三人は辛うじて立っているけどかなり危うい感じ。ダリウスとアルは見事に着地していたけど、ハリーとハーマイオニーは俺とどっこいどっこい。ちょっと安心。
「ここが会場か……」
草原の少し先に沢山の人がごった返しているのが見える。
「行くぞ」
ザビニがノットとスリザリンの女の子を連れて去って行く。レイブンクローの二人も一緒に歩き出した。
「俺達も行こう」
ダリウスの後に続いて、俺達も歩き出した。
草原を進むにつれ、大勢の人の賑わう声が聞こえ始めた。魔法使いのテントが一面に広がっている。
空を仰ぐと、お調子者が箒で空を飛んでいる。あちこちにお気に入りの選手の写真が貼ってあり、自国をアピールするかのように国旗が掲げられている。
「一泊だけだが、俺達のテントもある。こっちだ」
ダリウスの表情は堅い。とても緊張している。
今日はヴォルデモートが復活を宣言する日だとドラコが言った。マルフォイ邸襲撃でその計画がおじゃんになっている可能性は高いけど、油断は出来ない。
クィディッチ・ワールドカップが複数の会場に分かれて行われる為に警備を分断されているとダリウスは愚痴っていた。
「ダリウス……無理はしないでね?」
「悪いが、それは約束できねーな」
ダリウスは悪戯っぽい笑みを浮かべてウインクした。
「子供を護る為に無理しないで、いつ無理するんだっつー話よ。安心しな。お前等の事は命に代えても守ってやるさ」
「ダリウス……」
アルに拳銃の訓練を施したり、時々無鉄砲な面がある彼だけど、俺は彼が大好きだ。アルも素直に口には出さないけど彼を好いているし、尊敬もしている。
命を賭けるなんて、軽々しく言わないで欲しいけど、きっと彼は本気なんだ。もし、自分の命か俺達の命を天秤に掛けないといけない時が来たら、彼は迷わず自分を殺す決断をする。半年近く一緒に過ごして来たからこそ分かる。
「死んじゃヤダよ?」
「そう簡単にゃー、くたばらねーさ。女房が泣いちまう」
「……絶対だよ」
「……安心しな。俺は強いんだぜ? こう見えてもよ」
強いのはよく分かってる。でも、だからこそ不安になる。
強いからこそ、彼は平然と死地へと飛び込んでしまいそうで、とても怖い。
「ほら、あそこが俺達のテントだ。料理はユーリィとハーマイオニーに任せるぞ。一応、警備としてトンクスやマッドアイが居るが、あんまり期待出来ねー」
おちゃらけた口調で言う彼に俺は小さく頷いた。
「任せてよ。美味しいご飯を作るから」
それから、ハーマイオニーと夕食の下拵えをして、トンクスとダリウスに会場周りの見物に連れて行ってもらう事になった。
俺とハリーは必ず連合の誰かと共に行動するように厳命されている。
「んじゃ! 離れない様に注意してね! アルとハリーはユーリィとハーマイオニーから手を離さないようにして頂戴ね」
会場周りは人がごった返しているから万が一にも逸れたりしないように手を繋ぐことになった。
アルとこうして手を繋ぐのは久しぶりだけど、いつの間にか凄く大きくなってる。掌は昔以上に堅くなってて、まるで岩みたい。
「なんか、ちっちゃい頃に戻ったみたいだね」
「……ん、ああ」
どうしたんだろう。アルは少しむっつりしてるみたい。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない。それより、あっちのテントは何だ?」
アルが指差した方を観ると、色彩豊かなテントの群れがあり、その中央に巨大なパネルがある。
パネルの中で笑顔を振り撒くのはまるで舞台俳優のようなハンサムな男だ。
「ロックハートかと思った……」
「……一応、先生はつけなさいよ、ハリー」
闇の魔術の防衛術の先生は今年もロックハートが続投している。彼の授業は相変わらず何度も聞いた自分の冒険譚を語ったり、変な生き物の生態について説明したりと皆にとって雑談タイムと化している。彼は最初はハリーがお気に入りだったけど、最近は自分のファンであるパーバティ達ばかりだ。彼女達も満更ではない様子なので皆何も言わない。
パネルのあるテント郡にはフランスの国旗が掲げられている。そして、パネルの上には赤々とした【偉大なるシャルル・ニコラに勝利の栄光を】という光の文字が踊っている。どうやら、彼がフランスチームのエースみたい。
「どこもかしこも賑やかね。見てよ」
ハーマイオニーは呆れた表情で少し離れた所に居る群衆を指差した。
「あっちは昼間からお酒を飲んでるわ……」
「アッチはイタリア人だな」
アルは苦笑しながら言った。
陽気な歌声がこっちまで響いてくる。
踊っていたり、白昼堂々キスしている人までいる。
イタリアの国旗の中にちらほらとイタリアチームの選手のパネルがある。
「お、あっちは我が祖国の面々だな」
ダリウスが少し嬉しそうに言った。
アメリカ合衆国の国旗が掲げられている。
バーベキューをしてる人や歌を歌っている人、ペットらしき犬と戯れている人なんかも居る。
彼らも同じように国旗の他に自国の選手のパネルを掲げている。
世界中の人がここに集まっているんだ。
「おい、ユーリィ」
アルが肩を揺すった。
「あれ、日本人じゃないか!」
アルの言葉に俺は日本人を探した。
直ぐには見つからなかったけど、遠く離れた場所に日本の国旗が見える。
「ね、ねえ、あっち行ってみてもいいかな?」
まるでそこに引力が発生しているかのように強い誘惑に駆られる。
日本人が居る。俺の同郷の人が居る。そう思うと、居ても立っても居られない。
生まれ変わってからこれまで、日本人を見たのはあの公式パンフレットの中だけだ。
「ああ、一緒に行こうぜ」
アルが一際強く手を握って引っ張ってくれた。トンクスやハリー達も反対せずに付き添ってくれる。
ドキドキする。早く、日本語を聞きたい。日本人を見たい。日本を感じたい。
少し歩いて、漸く日本のテント郡に辿り着いた。すると、そこには日本人が沢山居た。
日本の魔法使い達だ。
皆、マグルの服を着こなしている。ここはまるで日本のキャンプ場みたいだ。
「あ、あの!」
「は、はい?」
嬉しくなって、思わず近くに居た女の子に声を掛けると、女の子は吃驚したように目を丸くした。
「あ、いきなりごめんなさい。えっと、その……」
話しかけたはいいけど、肝心の話の内容を考えていなかった。
どうしようかと悩んでいると、相手の方が声を掛けてくれた。
「えっと、日本語お上手ですね」
「あ、えっと、うん。その、日本語を勉強したの。日本人に会えたのが嬉しくて、つい話しかけちゃったんだ。ごめんね」
頭を下げると、女の子は柔らかく微笑んだ。
「日本が好きなんですか?」
「う、うん。そうなの。いつか……、日本に行きたいって思ってるんだ」
「そうなんだ。えっと、私、鈴音っていうんだ。【八神鈴音】。お兄ちゃんと一緒にこっちに来たのよ。両親は【ノーピー】だから来てないけどね」
鈴音ちゃんは奇妙な言葉を使った。
「ノーピー?」
「えっと、こっちだとマグルって呼ぶんだっけ? 日本だとマグルをノーマルピーポー略してノーピーって呼ぶのよ。まあ、年寄り連中は皆【常人】って呼んでるけど、なんかかたっくるしいのよねー」
「そうなんだ。鈴音ちゃんは日本の魔法学校に通ってるの?」
「ええ、そうよ! 八王子って分かるかな? そこにある東京魔術学院八王子分校っていう所に通ってるの」
「八王子……」
驚いた。八王子って言ったら、俺が生前に生きていた地だ。
幼い頃からずっと住んでいた街。
「やっぱ、知らないかー。海外だとあんまり知名度ないかなー。一応、東京都なんだよ?」
「あ、ううん。知ってるよ! 北口に美味しいラーメン屋さんがあるんだよね!」
「もしかして、長浜? それともいっぱつかな? 結構、どっちも良く行くよ」
日本の魔法使いってイギリスの魔法使いと比べるとマグルに対する接し方がかなりゆるいみたい。
マグルのラーメンの話が通じるなんて驚き。
「長浜ラーメンは美味しいんだよね」
「味は最高ね! でも、ちょっとあの臭いが……って、よく知ってるわね」
「あ、えっと、その……日本の雑誌で見たの!」
誤魔化してから、疑問が湧いた。
どうして、俺は長浜ラーメンなんて知ってるんだろう。味や臭いまで知ってる。あの独特な臭いを俺は知ってる。でも、どうして?
俺は一度も外でラーメンなんて食べた事が無い筈。家族でラーメン屋に行くなんて機会は一度も無かったし……、友達と外食なんて一度も無い。
どうして、俺は知ってるんだろう……。
「大丈夫? 顔色悪いよ?」
鈴音が心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
慌てて笑顔を取り繕う。
「だ、大丈夫。ちょっと、ボーっとしちゃったんだ。さっき、ポートキーで来て食事を済ませたばっかりだから」
「あ、分かる! ポートキーって気持ち悪くなるんだよね。私の場合はイギリスの入国管理センターってとこに煙突飛行して、そこからポートキーだったんだけど、どっちも吐きそうになっちゃった。帰りもあれ使うんだって思うと憂鬱だわ」
「慣れると大丈夫になるらしいけどね。まあでも、私は日本への入国は飛行機を勧めるわ。ノーピーの技術だからって年より連中は馬鹿にするけど、あっちの方が断然いいわ! 主に私の三半規管的にね!」
「あはは……」
「ところでさ、あっちの人達って、もしかして貴方の知りあい?」
「え? あ!」
アル達の事をすっかり忘れてた。久しぶりの日本語での会話に夢中になり過ぎた。
「待ちぼうけ食らわせちゃったみたいだね。ねえ、貴方、名前は何て言うの?」
「あ、俺はユーリィ。ユーリィ・クリアウォーター」
「ユーリィね。オッケー、覚えたわ。ねえ、折角だし連絡先交換しない?」
「連絡先を?」
「そ! 外国の魔法使いと友達になれる機会なんて滅多にないもん。もっと色々話してみたいしさ。駄目?」
「ううん。勿論、オーケーだよ。あ、うちは電話があるんだ。電話番号も教えるね」
「ありがとー。じゃあ、これが私の連絡先だよ」
鈴音はさらさらと可愛いメモ帳に可愛い字で連絡先を書いて渡してくれた。
俺も手持ちの羊皮紙の切れ端に連絡先を書いて渡す。
「イギリスだと未だに羊皮紙と羽ペンなんて使ってるんだ。うちはもうボールペンばっか。先生達はまだ羽ペン使ってる人も居るけど、楽だよー? ボールペン」
「うーん。俺もそう思うけど、こっちで慣れちゃったからね」
「ま、使ってみなよ。友好の証にこれプレゼントするからさ」
ウインクして鈴音はポケットからさっき彼女が連絡先を書いたメモ帳と少しデザインの違うメモ帳を出した。ボールペンがセット出来るようになっている。
「このウサギ可愛いでしょー。ボールペンとセットで売っててさ、可愛いから沢山買っちゃったんだ」
「あ、ありがとう!」
「いいよいいよ。ほら、あっちでムスッてしてるのって、ユーリィのお兄ちゃんでしょ? 早く行かないとまずいんじゃない?」
「あ、ごめんね! じゃあ、俺はそろそろ行くね」
「連絡してよね! まあ、一週間はこっちに居る予定だから、また会えるかもだけど」
「絶対連絡するよ! じゃあ、またね」
「うん。またね、ユーリィ」
名残惜しさを感じながら皆の下に戻ると、ハーマイオニーは何故かクスクスと笑っていた。
「どうしたの?」
ハーマイオニーはクスクス笑ったままアルを見た。
「おい、ハリー。お前の彼女を黙らせろ」
「あらら、図星なのかしら?」
「ぶん殴るぞ!!」
アルは眉間に皺を寄せてハーマイオニーを睨み付ける。
「あら怖い。それにしても、楽しそうだったわね、ユーリィ」
「うん。あの子、鈴音って言うんだ。久しぶりに日本人と話せて楽しかったよ」
「そうかよ。ほら、さっさと次行くぞ」
「え、アル?」
ハーマイオニーとの喧嘩が尾を引いてるのかな? なんだか不機嫌そう。
アルに手を引かれながら俺はもう一度日本のテント郡に目を向けた。日本の国旗を掲げてはいるものの、選手のパネルとかは見当たらない。
鈴音はまだそこに居て手を振ってくれた。手を振り返すと手でメガホンを作って「またね!」と叫んだ。
「またね!」
返事を返しながら俺は彼女との会話を思い出していた。
俺は長浜ラーメンの味を知ってる。臭いも知ってる。どうして、知ってるんだろう。だって、知ってる筈が無いのに。
何か忘れているのかもしれない。何を忘れているんだろう。
思い出そうと頭を悩ませていると、奇妙な光景が脳裏に映った。
――――ううん。替え玉はさすがに一杯が限界かな、■■。
誰かと一緒に低いパイプ椅子に座ってラーメンを食べている光景。
なんで、こんな光景が……?
――――美味しいでしょ。たまには■■■らしい事もね。こういうとこ、来た事ないでしょ?
誰だろう。段々とその光景にノイズが走り始める。
俺は誰かとラーメンを食べに行った事がある? でも、そんな記憶無いし、そんな相手居ない筈……。
――――ねえ、■■■■■、君は……。
そこでノイズが一気に酷くなって、俺は我に返った。
いつの間にか俺達はテントに戻って来ていた。
何だったんだろう、今の……。