第十三話「秘密の罠D」

「卵をくれた人だと……?」

 ハグリッドは面食らったような表情を浮かべた。
 当たり前だと思う。ドラゴンの卵を賭けてゲームを行ったという事はダンブルドアの言う“野生のドラゴンがたまたま侵入した”という言い分を覆すものだ。ハグリッドにとっては蒸し返されたく無い話だろう。
 だけど、どうしてもダンブルドアの前でそのドラゴンの卵の売人についてと、そして、売人に何を言ったのかを吐いてもらう必要がある。
 大丈夫。情報を引き出すための鍵はこの時点で全て出揃っている。

「ハグリッド。あなたはドラゴンの卵を前から欲しがっていたって聞いたんだけど、あってるかな?」
「……ん、ああ。そりゃあ、まあ、ガキの頃からな」
「そんなあなたの前に偶々ドラゴンの卵を持った人が現れた……」

 俺の言葉にハーマイオニーは訝しげな表情を浮かべた。

「何だか、ちょっと変な話ね……」
「しかも、ドラゴンの卵なんて、ロンが言ってたけど、凄く高いものなんでしょ? きっと、正規の物じゃないからおいそれと手が出せる値段じゃない筈。それをパブでたまたま会ったハグリッドとのゲームの賭け札にするなんて、変な話じゃない?」

 言葉を慎重に選びながら言う。
 ハグリッドは困惑した表情を浮かべている。俺の意図を掴みかねているのだろう。反対にハーマイオニーの顔には焦燥の色が浮かんでいる。ここ数日中に得られた情報と上手く結び付けてくれたのだろう。

「ハグリッド……。聞きたい事は一つだけなんだ」
「な、なにが聞きたいんだ?」

 俺は言った。

「その人にさ、何か喋っちゃいけない事を喋らなかった?」
「しゃ、しゃべっちゃならん事だと? そ、そんな事……」
「例えばだけどさ……、賢者の石を護っているあの三頭犬を退ける方法とか」

 俺が言うと、ハグリッドは大きく目を見開いた。さすがに突っ込んで聞き過ぎたかもしれない、と思ったけど、ここでハグリッドに口を濁されると意味が無い。
 ダンブルドアの前で白状して貰う必要があるのだから。
 固唾を呑み込んでハグリッドの言葉を待った。
 しばらくして、ハグリッドはチラチラとダンブルドアを見ながら渋々と応えた。

「あ、ああ……いや、その……、ホッグズ・ヘッドで飲んどったら、話掛けられてな。顔は……フードで隠れてて分からんかったんだが、そいつが俺に何の仕事をしているのか、と聞くもんだから、森の番人をしていると答えたんだ。そしたら……、その、どんな動物を飼っているのかって話になって……、そんで……、どんどん酒を奢ってくれるもんで、つい、今のホグワーツで一番厄介なのはフラッフィーだって答えてしもうたんだ。そしたら、奴はフラッフィー……、お前さん達が言う三頭犬に興味を持って……、そんで、三頭犬はすげー珍しい生き物で、世界中探してもそう何匹も居ねーから、宥め方を知ってるのも俺を含めてそう何人も居ないと言ったんだ。そんで、そんで……、宥める方法は簡単だって……ちょいと、音楽を聞かせてやれば、すぐに寝んねするって……その……」
「教えちゃったんだね……」

 ハーマイオニーは信じられないという表情を浮かべて言葉を失っている。
 ダンブルドアも先ほどまでの穏やかな微笑みを消し、険しい表情を浮かべている。

「先生! 前にグリンゴッツを襲撃した何者かは賢者の石を狙ったんですよね? そして、その同一人物が今度はホグワーツで賢者の石の番犬をしているフラッフィー? の退き方を暴いたのだとしたら!!」

 ハーマイオニーの言葉にダンブルドアは深く頷いた。

「ハグリッドよ。己が如何に軽率な真似をしたかは分かるのう?」

 ダンブルドアの眼差しをハグリッドは直視出来ずに俯きながら頷いた。

「すいやせん……」
「反省をしたならば、次に同じあやまちを犯さぬよう心がける事こそが肝心なのじゃ。それを忘れるでないぞ?」
「へ、へい!」
「さて……」

 ダンブルドアは不意に誰も居ない空間に目を向けた。

「事が事じゃ。お主達も出てまいれ」

 ダンブルドアの言葉に呼応するように、突然、何も無かった筈の空間が歪み、そこからハリー、ロン、ネビル、アルの四人の姿が現れた。
 驚いて瞬きする俺達にハリーが「透明マントなんだ」と教えてくれた。
 透明マントの存在を知ってはいたものの、いきなり景色が歪んで中から人が出て来る光景はかなり異様だった。
 ダンブルドアは俺達を一人一人見つめると言った。

「さて……。少し話をしなければならんな。ハグリッドや、一度小屋に戻るとしよう」
「へ、へい!」

 ハグリッドが先導し、俺達はハグリッドの小屋へと戻った。

第十三話「秘密の罠D」

 小屋に戻ると、ダンブルドアは杖を一振りして、人数分の椅子を出した。
 俺達に座るように言い、ダンブルドア自身も椅子に腰掛けた。ハグリッドは窓際の一際巨大な椅子に座っている。

「まず、お主達には現状を理解してもらう必要があるじゃろう。クリアウォーター君とグレンジャーさんはもう分かっているようじゃが、皆にもその情報を共有する時間を与えて欲しい。いいかのう?」

 ダンブルドアの問い掛けに俺とハーマイオニーは一も二も無く頷いた。

「まず、賢者の石については既に情報を共有しておると見ていいかのう?」
「……はい」

 ハリーが代表して答えた。

「そして、禁じられた廊下についての情報も共有しておる」
「……はい」

 本来、生徒が知ってはいけない情報を知っていると答えるのは酷く心臓に悪かった。
 皆一様に顔を青褪めさせている。
 ダンブルドアはそんな俺達の顔を一望すると、杖を一振りした。
 すると、目の前に甘いチョコレートの香りが漂うカップが現れた。

「少し、落ち着く時間が必要じゃな。まずはそのチョコレートを飲みなさい。それから話を続けよう。それと、この件に関して、お主達を罰しようなどとは思っておらんから安心しなさい」

 ダンブルドアの言葉に漸く俺達は人心地つくことが出来た。
 チョコレートを飲むと体中がじんわりと暖かくなった。
 全員がチョコレートを飲み干したのを確認すると、ダンブルドアは再び杖を一振りしてカップを消した。

「では、話を再開するとしよう。お主達も既に分かっておるじゃろうが、四階の禁じられた廊下の奥に封じておる賢者の石を狙っておるのは闇の魔法使いじゃ。それも、とびきり恐ろしい力を持った者がその背後にはおる」

 ダンブルドアの言葉にハリーはハッとした表情を浮かべた。

「ヴォルデモート」

 ハリーの零すような言葉にダンブルドア以外の全員が身じろぎした。
 多くの人を殺戮した闇の魔法使いの代名詞的存在の名であり、人々の心の底に刻まれた恐怖の単語でもある。
 ロンなどはただ名前を言っただけのハリーをまるで犯罪者を見るかのように責めるような眼差しを向けた。
 ダンブルドアはハリーをジッと見つめると、やがて静かに頷いた。

「隠す事に意味は無いじゃろう。さよう。背後にはヴォルデモートの姿がある」
「で、でも、例のあの人はハリーが倒した筈じゃ……」

 ロンは真っ青な顔で言った。

「確かに、ハリーによってあやつの肉体は十一年前に滅び去った。じゃが、あやつの邪悪な魂は今尚現世を漂っておる。そして、復活の時を待っておるのじゃ」
「そんな――――ッ」

 悲鳴はロンだけではなかった。ハグリッドやハリーを含めて、皆がダンブルドアの言葉から目を背けたがっている。
 ダンブルドアの言葉でさえなければ、否定する事が出来るのに、という思いが誰の胸にも募っている。

「賢者の石があやつの手に渡れば、再びあやつは肉体を取り戻し、この世を暗黒の時代へと逆戻りさせる事じゃろう」

 ダンブルドアの言葉にハグリッドは椅子から転げ落ちるように頭を下げた。

「も、申し訳ありやせん。お、俺……、何て馬鹿な真似を……」
「頭を上げよ、ハグリッド」

 涙で顔をくしゃくしゃにするハグリッドにダンブルドアは優しく微笑んだ。

「先も言ったじゃろう? 誰しもあやまちを犯してしまう事はある。肝心なのは、それをどう活かすかじゃよ」
「先生……」
「肝心なのは、これからじゃよ。恐らく、数日中、あるいは数ヵ月後か。ハグリッドに取り入った犯人はわしをここから遠ざけようとする事じゃろう。その時こそ、逆に犯人を追い詰めるチャンスじゃ」

 ダンブルドアは俺達に顔を向けた。

「その日まで、お主達にはこの事を秘密にしてもらいたい。秘密と言っても、皆が知るべき秘密と知るべきではない秘密がある。賢明なお主等はこの秘密がどちらなのか、言わずとも分かるじゃろうな?」
「はい!」

 俺達は一斉に頷いた。

「先生。僕達に出来る事は何かありませんか?」

 ハリーの問いにダンブルドアはきらきらとしたブルーの瞳を優しげに細めて言った。

「無論、あるとも。……犯人に気づかれぬよう、普段の生活を維持する事じゃ。とても難しく、大事な任務じゃ」

  
 それから、瞬く間に時間は過ぎていった。俺はと言うと、胸に燻っていた不安の種が取り除かれた事でホッとしていた。
 ダンブルドアが犯人から賢者の石を護るだけではなく、犯人を捕らえる為に動き出した。もしかしたら、もう賢者の石を破壊して、四階の禁じられた廊下は犯人捕縛用の罠に早変わりしてるかもしれない。
 俺とハーマイオニーは意気揚々と図書館で試験勉強に勤しんでいた。息抜きにはノーバートの飼育の手伝いで汗を流している。
 何だか、凄く充実している気がした。

「っだあああああああ!!」

 そんなある日だった。俺とハーマイオニーが先生役になって、普段勉強をサボり気味なアル達に勉強を教えていると、突然ロンが叫び声を上げた。

「ど、どうしたの?」

 ロンの隣でハーマイオニーに試験範囲を教わっていたハリーは若干引きながら聞いた。

「どうしたもこうしたもないよ!! あれから、本当に僕ら蚊帳の外じゃんか!!」

 どうやら、ダンブルドアから賢者の石について何も教えて貰えないのが不満なようだ。ハリーやアル、ネビルの三人も「あー、たしかに」とか同意を示しいる。
 まあ、恐らくは試験勉強が嫌になって逃避してるだけだろうけど。

「蚊帳の外で結構です。相手は例のあの人の配下の死喰い人なのよ? 私達が何かしようとしても先生方にとって邪魔にしかならないわ」
「そうだよ。そんな事より勉強勉強。学生の本分は勉強だよ。アルもネビルもまだ試験範囲の半分も覚えられて無いじゃない」

 俺とハーマイオニーの言葉にブーイングが殺到したけど無視を決め込んで勉強を無理矢理再開させた。
 下手に好奇心を刺激すると、こっそり俺達も賢者の石の防衛部隊に参加しようぜ、イエイ! みたいな事を言い出しかねない。

「ほらほら、魔法史の勉強も手付かずでしょ?」

 とにかく、俺とハーマイオニーはタッグを組んで、この冒険心に満ちた少年達の心が賢者の石に向かないように苦心した。
 その為に俺はついにあの部屋を皆の共有財産とする事を決意した。
 正直、凄くい惜しい気持ちが強いけど、下手に突っ走られるよりは断然良い。

「ねえ、ここなのかい?」
 
 アルは何も無い壁の前で立ち止まった俺に問い掛けた。
 みんなには隠し部屋を見つけた、と言って連れて来た。 
 念入りに秘密にしてね、と言ったところで明日には皆の知るところになりそうだけど、背に腹はかえられない。

「ちょっと待っててね」

 俺はとりあえず呪文の修行用の部屋をイメージして廊下を三周した。
 アル達は何してるんだ? って怪訝な顔をしているけど気にしない。
 三周し終えると、壁の中央に扉が出来上がった。
 アル達はびっくりして目を丸くしている。
 中に案内すると、一斉に歓声を上げた。

「凄い! 何なのこの部屋!?」

 ハーマイオニーは驚いたように生前と並べられた呪文書の棚や修行用の器具を眺めた。

「ここって、一体……?」

 もったいぶっても仕方ない。俺はハリーの疑問に答えた。

「ここは“必要の部屋”。さっきの壁の所で、どういう部屋が必要かをイメージしながら三周すると、ここにイメージした通りの部屋が出来上がるんだ。今回、イメージしたのは呪文練習部屋だよ」
「こんな部屋があったなんて……知らなかった」

 ネビルはおっかなびっくりといった様子で空中をふわふわ踊っている人形を触っている。

「もしかして、ここで料理の修行とかしてたの?」

 アルの問いに俺は小さく頷いた。

「ごめんね。内緒にしてて……」
「別にいいけど……いや、良く無い」
「……え?」

 アルはいきなり俺の頬を抓ってきた。凄く痛い。

「なにすんの!?」

 慌てて突き放すと、アルは不機嫌そうに睨んで来た。
 
「アル……?」

 不安になって名前を呼ぶと、アルは唇を尖らせて言った。

「僕にまで内緒にするのはなんかむかつくよ」
「……ごめん」

 考えてみれば当たり前だ。こんな便利な部屋をずっと独り占めしていたんだ。アルにとてみれば、いいや、アルだけじゃなくて、皆から見て、どう考えても面白く無い筈だ。
 俺は少し浮かれていた。悩みが一気に解消されて、トントン拍子に全てが上手く行っていると錯覚してしまった。
 ちょっと考えれば、こうなる事が分かっていたのに……。

「別に謝って欲しいんじゃ無い」
「アル……?」
「ただ、あんまり僕にまで秘密を持たないでほしい」

 アルは目を細めて睨みながら言った。

「最近、君が何を考えてるのか分からない時があるよ」
「アル……」
「とにかく、頼むよ?」
「……うん」

 俺達はその日から時間があれば必要の部屋に入り浸った。
 真っ先に皆に知らせると思っていたロンがこの部屋を秘密にしようと提案したおかげで、ここの秘密は何とか守られている。
 この部屋を俺達だけの秘密基地にしたいみたいだ。
 その日から試験勉強の練習の合間にノーバートの世話の他に授業で習っていない呪文の練習に明け暮れた。
 俺のとっておきの使い方であるところのお風呂はハーマイオニーしか喜んでくれなかった。
 正直、みんなで風呂に入るのはそれはそれで楽しみだったから、風呂に入るのを嫌がるアル達にはガッカリだった。
 そうこうしている内に月日が経ち、期末試験も何とか乗り越えた頃、俺達はダンブルドアに呼ばれた。
 どうやら、全部終わったらしい、との事だった。
 ハリー、ロン、アル、ネビルの四人は不完全燃焼でガックリしていた。
 
「結局、犯人は何者だったんですか? やはり、死喰い人ですか?」

 ハーマイオニーが聞くと、ダンブルドアは包み隠さずに答えてくれた。
 犯人はクィレルであると聞いた時は皆一様に驚いていた。死喰い人という単語から、外からの侵入者だと信じていたらしい。内部犯の候補としてはスネイプが挙げられていたけど、本であったハリーの箒に細工をしたり、クィレルと密会しているのを目撃したりという事が無かったから、そこまで重要視されてなかったみたいだ。
 賢者の石はとうの昔にニコラス・フラメルとの協議の結果、破壊する事になり、もうこの世には無いそうだ。
 クィレルが侵入すると思われる日、賢者の石の保管場所だった地下の奥深くには一時的にここ数ヶ月ですっかり大きくなったノーバートが待ち構えていたらしい。まさか、三頭犬を攻略したと思ったら凶暴なドラゴンが待ち構えてるとは思わなかっただろう、クィレルは重傷を負い、今は隔離した場所で拘束し、治療しているらしい。ただ、ダンブルドアの話を聞く限り、ヴォルデモートの魂については分からなかった。
 秘密にしているのか、それとも逃がしてしまったのか、それは分からない。ただ、俺達の一年目はトロールの襲撃というハプニングはあったものの、実に平和に過ごす事が出来た。

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