第五話「人間賛歌」

第五話「人間賛歌」

 突然現れた男は自分をシリウスと名乗り、教室の中に入って来た。
 シリウス・ブラック。僕は彼を知っている。ユーリィから彼の事を聞いていた。僕の父さんの親友で、ワームテールの罠によってアズカバンに送られた人。
 シリウスは僕の前で。はたと立ち止まった。
 
「やあ、君がハリーだな。一目で分かった。お父さんにそっくりだ。けど、瞳の方は――――」
「ママにそっくり?」

 聞き飽きるくらい聞いてきたお決まりのフレーズに僕は溜息混じりに返した。すると、シリウスはニィと笑みを浮かべた。

「君にずっと会いたかった。スクリムジョールの奴が色々と教えてくれた中で、私の一番の関心事は君だった」

 シリウスは僅かに膝を曲げて僕に視線を合わせてくれた。

「既に聞いているだろうが、私は君の名付け親なんだ」
「聞いてます」

 僕の言葉にシリウスはゴクリと唾を呑み込んだ。緊張した面持ち。
 瞳は左右に揺れ、何か、言葉を口にする事を躊躇っているように感じる。

「シリウスさん?」
「その……、いきなりで驚くと思うし、こんな状況で何を言い出すのかと不謹慎に思うかもしれんが、聞いて欲しい事があるんだ」

 シリウスは覚悟を決めた表情を浮かべた。もしかして、と僕はユーリィの話を思い出した。
彼が何を言おうとしているのか分かった気がする。心臓が高鳴った。初対面の筈なのに、僕はずっとこの人を待っていた気がする。ユーリィに話を聞いた日からずっと夢見ていた瞬間が訪れるのを感じる。
 シリウスの言葉の続きを待った。彼が僕の期待通りの言葉を口にしてくれる事を祈りながら彼を真っ直ぐに見つめ続ける。

「実は、君の両親は私を君の後見人にしたんだ。もし、自分達の身に何か起きたらと……。そんな事、あってはならないと思っていたが……しかし、その……何が言いたいかというとな」

 シリウスは必死に言葉を探している様子だった。

「スクリムジョールから君の今の、その、家族についても聞いたんだ。その、こういう言い方は良くないかもしれんが……、あまり、うまくいってないと聞いたんだ。それでその……、もし、もしもだ。き、君が他の家族をその……欲しているなら」

 【その】を多用しながら歯切れ悪く話すシリウスにいい加減焦れったくなり、僕は右手を彼に差し出した。

「僕、とっくに決めてました」
「ハリー?」
「僕はあなたと暮らしたい。僕、ずっと待ってたんです。あなたの話を聞いてからずっと」

 シリウスは大きく目を見開き、穴が開くほど僕を見つめた。

「ほ、本当かい? そ、そうしたいのかい? 私の境遇に同情など要らんのだぞ? こ、心からそうしたいと望むのかい?」
「僕は本気です」

 僕の言葉にシリウスの表情はぱっと明るくなった。第一印象でハンサムな人だと思ったけど、笑顔になると余計に魅力的になる。僕がずっと心待ちにしていた人が目の前に居る。
 ハグリッドがホグワーツに連れて来てくれた日を思い出す。
 ユーリィが自宅に招待する為にダーズリー邸に迎えに来てくれた日を思い出す。
 僕の家族になってくれる人。叔父さんや叔母さんとは違う。本当の愛情を注いでくれる家族を得られる。そう思うと、我慢が出来ない。

「僕はあなたをずっと待っていた。会いたかった」
「……本当に? わ、私を待っていてくれたのかい? こ、こんな私を……。君の両親を助けられなかった私を……、君は……」
「あなたの家族になる日を夢見てたんです」

 シリウスの瞳から涙が零れた。

「ハリーが私を待っていた。ジェームズとリリーの息子が私を待っていてくれた!」

 歓喜の笑顔で周りで遠巻きに見ていた連合のメンバーやアル達に自慢するようにシリウスは叫んだ。

「私を待っていてくれる人が居た! あの二人の息子がだ! 家族になってくれる! あの地獄から解放されただけじゃなく、こんな嬉しい事が待っているとは!」

 シリウスは子供のようにはしゃぎ回っている。僕と家族になれる事が嬉しくて堪らないみたいだ。僕の事を心から愛してくれている。
 心が暖かいもので満ちていく感じがする。
 
「少し落ち着かんか、馬鹿者が」

 今にも踊り出しそうな雰囲気のシリウスを諌めたのはスネイプだった。

「場を弁えろ」

 問題児を指導するみたいにスネイプは言った。すると、シリウスは眉間に皺を寄せてスネイプを睨み付けた。

「本当に教師をやってるんだな、スニベルス」
「その呼び方は止めろ」
「ッハ、お前が教師とは笑い種だな。どうせ、根暗なお前の事だから、生徒に嫌われてんだろ」
「黙らんか!」

 一気に険悪な雰囲気になってしまった。ユーリィの話では、スネイプは父さんやシリウスと仲が良くなかったらしい。原因は詳しく教えてくれなかったけど、スネイプはスリザリンで、父さん達はグリフィンドールだ。仲が悪い要因は幾らでもあるだろう。
 だけど、二人には仲良くして欲しい。一年生の頃は僕も先生を陰険で嫌な人だと思ってたけど、二年生の時、日記のヴォルデモートに挑む先生を見て、僕は認識を改めた。
僕だけじゃない。学校中の生徒や先生が彼を見直した。生徒のために命を張って戦った彼は今や生きる伝説といっても良い。
 それに、ユーリィが話してくれた中にはスネイプが俺を守ろうと陰ながら奮闘したというものがあった。みんなには内緒でユーリィが僕だけに教えてくれた事だけど、彼は母さんを愛していたらしい。母さんの死後も母さんを愛し続けた。
 僕はよく、父さんに似ていると言われる。スネイプにとって、父さんは不倶戴天の敵だった。それでも、彼は僕を守ってくれたそうだ。
 例え、過去にどのような因縁があろうと、彼らは二人共僕を守ろうとしてくれている。そんな二人に争い合って欲しくない。

「大体、お前は昔から――――」
「シリウスさん」

 シリウスの罵詈雑言を遮るように僕は声を掛けた。
 シリウスは慌ててスネイプに向けていた意地悪な表情を穏やかな笑みに変えた。

「スネイプ先生は凄く立派な先生だよ」
「……え?」

 呆気に取られている。言われた当人であるスネイプまでがポカンとした表情を浮かべている。まるで、巨大なハンマーでぶん殴られたみたいな衝撃的な表情で……。
 シリウスにとって、スネイプが立派な先生と呼ばれる事が信じられないらしい。それも、言ったのが僕なら尚更だろう。スネイプも同様だ。
 
「き、貴様、いきなり何を!?」
「ハ、ハリー! いや、しかしだね。こいつは実に嫌味な性格で――――」
「今は不死鳥の連合のメンバーなんだ。僕らは仲間なんだ。シリウスさんとスネイプ先生も例外なんかじゃない。昔、何があったか僕は知らない。でも、あなたは今のスネイプ先生を知らない。今の先生を見て欲しい。僕らは結束しなければならないんだ。ヴォルデモートを倒し、友達を救う為に」

 シリウスはスネイプを一瞥すると、唇を噛み締めた。凄く嫌そうな顔をしている。
 スネイプもシリウスに対して実に渋い表情を浮かべている。両者は互いに睨み合いながらも、どこか距離を測ろうとしているみたいな様子。

「……そうだな。例え、どんな奴であれ、連合のメンバーであるなら、少しは譲歩してやらないとな」

 顔を引き攣らせながら右手を差し出すシリウスにスネイプはハンと鼻を鳴らすと見下すような視線を向けた。

「ポッターのご機嫌取りの為ならプライドすら捨てるか。確か、お前は犬になるのだったな? 大した忠犬ぶりだな、ブラック」
「お、お前……、俺が歩み寄ってやってるってのに調子こいてんじゃねぇぞコラ」
「歩み寄る? やれやれ、貴様はもう少し人語をキチンと学ぶべきだな。歩み寄るという言葉の意味を学ぶためにもう一度ホグワーツに通いなおすかね?」
「ぶっ殺すぞ、テメェ!」
「出来もしない事をよく吼える男だ。犬だからか? まったく、キャンキャンと喧しい」
「テメェ……」

 歩み寄ろうとしたシリウスにスネイプは咄嗟に皮肉を返した。あの反応を僕は知っている。ほぼ、条件反射なんだ。二人の関係は本当に僕らとマルフォイの関係に似ている。
 そう、とても良く似ている。客観的に見ると、何とも子供っぽいやり取りだ。ユーリィはこういう風に僕らを見ていたのだろうか? ユーリィはいつも僕らに仲良くして欲しいと願った。今、僕がシリウスとスネイプに対して思っているように。
 僕は彼らが仲良くなれる筈だと思う。もしかして、同じように僕らとマルフォイも仲良くなれたのかもしれない。だけど、僕らは素直になれなかった。過去の因縁が彼との距離を縮める事を良しとしなかった。その結果、終に僕らは彼と仲良くなる機会を永遠に失った。
 ジャスパーの話では、マルフォイはユーリィの為に自らの腕を犠牲にした。その結果、ユーリィは攫われ、マルフォイ自身は死んでしまった。だけど、彼の行いは間違いなく情に溢れる善の行いだった筈。
 不意に訪れた深い後悔の念に後押しされるように僕は二人の言い争いに口を挟んだ。

「シリウス。それに、スネイプ先生。過去の因縁に囚われて、二人が争うなんて間違ってます」

 二人はギョッとした表情で僕を見た。

「ハリー?」

 ハーマイオニーが心配そうに僕の目元にハンカチを押し当てた。
 僕はいつの間にか涙を流していた。

「僕は……後悔してる」

 声が震えた。だけど、言うべきだ。

「ドラコ・マルフォイという子が居たんだ。僕は彼が嫌いだった」

 初めてあった日を覚えている。マダム・マルキンの洋裁装店だ。僕は彼と一緒に制服の採寸を行った。最初、僕は彼をダドリーみたいだと思って苦手意識を持った。

「いつも、顔を合わせれば喧嘩ばっかりだった」

 ホグワーツで再会した時、彼はロンを馬鹿にした。それが許せなくて、僕は彼の友好の手を払い除けた。

「いつもいつも、僕は彼の悪口を言った。彼も僕の悪口を言った」

 思い出すのは喧嘩ばかり。僕は彼の何を知っていたのだろう。

「彼が悪意に満ちただけの人間じゃない事を共通の友達に教えられた。でも、僕は素直になれなかった」

 どうして、僕は今になって彼がユーリィの為にドラゴンの炎に飛び込んだ光景を思い出しているんだろう。あまりにも遅過ぎる。

「彼は死んでしまった。僕らの共通の友達を救おうと、勇気ある行動をして、殺された。あのヴォルデモートに!」

 悲しみと怒り。彼の死にこれほど心を震わされるなんて思わなかった。思うべきだった。もっと、早く、彼が生きている内に思うべきだった。

「マルフォイは……ドラコは勇敢だった。勇気ある者が集う寮・グリフィンドールの生徒として、今、僕は彼を尊敬している。ホグワーツの生徒として、僕は彼を誇りに思う。だけど、そう思うのが遅過ぎた! 彼と仲良くなりたいと思っても、もう遅過ぎる。僕は後悔しているんだ。二人はまだ、間に合うんだ。過去を忘れるのは容易い事じゃないのは知ってる。でも、今を見て!」

 息を切らしながら叫ぶ僕を彼らは呆気に取られた表情で見つめていた。
 やがて、スネイプは拳を強く握り締めた。

「ああ、ドラコは誇り高き男だったな」

 スネイプはシリウスに向き治った。

「その男が守ろうとした者が帝王の下に捕縛されておる。スリザリンの寮監として、そして、一人の教師として、私は彼の願いを叶える義務がある。その為ならば、貴様との因縁も忘れよう。過去の屈辱も怒りも絶望も全て捨てよう」
「……ったく、俺はガキのまんまだ。息子のハリーの方が余程大人だ。俺は今のお前さんを全く見ていなかった。スネイプ。俺は今、お前さんを尊敬している。教え子の為に過去を捨てると言ったお前に敬意を持つぜ」
「子供達が勇気を示した。先を生き、道を示す者として、我々も勇気を持たなければならんな」
「子供に教えられるばっかじゃ、格好悪くてジェームズ達に顔向け出来ないぜ。よろしく頼むぜ、スネイプ。俺の背中はお前さんに任せる」

 シリウスは右手をスネイプに差し出した。
 スネイプは迷う事無く、彼の手を取り微かに唇の端を持ち上げた。

「……せいぜい、足を引っ張らぬ事だな。背を預ける相手が足手纏いでは困る」
「ッハ、俺の実力は知ってるだろ?」
「十五年も監獄に居た癖に全盛期のように力を発揮出来るのか?」
「当たり前だ。俺を誰だと思っている」
「まあ、精々必死になって息子を守る事だな。子守は私などより適役だろう」
「……任せな。お前の尽力については聞いている。礼を言っておく」
「貴様からの礼など要らぬ」
「だろうな。だが、言っておきたかった。聞き流してくれて構わねぇよ」
「ああ、聞き流すとしよう」

 二人は互いに背を向けて遠ざかった。
 だけど、その背には互いへの信頼感が浮かんでいる。僕らのような過ちを二人は犯さなかった。それが嬉しいと同時に悔しい。
 マルフォイを思う。彼の誇りと勇気を胸に抱く。人間の真価は死の間際に発揮されるのだろう。ママは僕を守り【愛】を示した。ドラコはユーリィを救おうと【勇気と誇り】を示した。ならば、この先に訪れるであろう死を僕は恐れない。
 僕も示す。死の間際にあの世でドラコに笑われないような【勇気】を示す。
 ユーリィの話では、僕は死を回避出来たらしい。だけど、それは様々な条件が重なったからだ。ニワトコの杖の所有権やヴォルデモートの内に取り込まれた僕自身の要素。
 様々な偶然の上に、僕の蘇生は為されたらしい。だけど、その要素がこの世界で揃う事は無い。ヴォルデモートを倒すには、僕の死は不可避だ。だけど、僕には守るべき人が居る。守りたい信念がある。胸を張って会いに逝きたい人達が居る。

「……では、そろそろ始めるとしようかのう」

 ダンブルドアは二人の争いによって騒然となった変身術の教室を杖一振りで立派な会議室に変貌させた。中央には巨大な円卓が置かれ、その周りにたくさんの椅子が並べられている。
 僕らは各々目の前の椅子に座った。
 みんなの表情は一転してこれからの戦いへの不安や恐怖、高揚感に彩られた。
 みんなの意識が変わったのを確認すると、ダンブルドアが口火を切った。

「さて、まずは現状について皆で情報を共有する必要があるじゃろう」
「では、私から現在の状況について説明させて頂きましょう」

 スネイプは羊皮紙を手に立ち上がった。

「昨夜、コーネリウス・オズワルド・ファッジ魔法省大臣が拉致され、今朝方に死体となって発見されました。遺体はマグルが往来するロンドンの中心街に放置されていた為、見せしめと陽動の可能性を示唆しているかと思われます。現在、大臣の遺体は魔法省の本部に運ばれ、忘却術士によってマグルに対する隠蔽工作を行い、既に完了しているそうです。葬儀については未定ですが、現状の魔法省の舵取りをする為に闇祓い局局長のルーファス・スクリムジョール以下、ガウェイン・ロバーズ、アネット・サベッジは魔法省に留まり、緊急の対策会議を行っているとの事。次の魔法省大臣についても会議の進行次第では決定が下されるかもしれません」

 闇祓いの精鋭の中の精鋭である三人が魔法省を離れられないのは大きな戦力ダウンだ。
 会議室には重い沈黙が広がった。

「次に、昨夜ユーリィ・クリアウォーターがダリウス・ブラウドフットに拉致された件についてですが、リトル・ハングルトンに向かったアラスター・ムーディ、エドワード・ウォーロック、クリストファー・レイリー、ニンファドーラ・トンクス、リーマス・ルーピンの以上五名は死喰い人の待ち伏せを受け、全員が負傷。特にムーディの負傷はかなり深刻で、即時戦線復帰は難しいかと思われます」

 マッドアイが戦闘不能になった。この報告を受けた時の衝撃はファッジの死亡報告以上だった。あの卓越した闇祓いを瀕死に追い込むのは容易い事じゃない。人数か、あるいは質か、どちらにせよ、死喰い人の戦力は相当揃っているらしい。
 先程以上の思い沈黙を破り、スネイプは続けた。

「また、ユーリィ・クリアウォーターは未だ拉致されたまま。ジャスパー・クリアウォーターの報告により、即殺害されるという可能性は低いでしょうが、早急な解決策を練る必要があるかと思われます」

 スネイプの報告が終わると、今度は連合のメンバーのエメリーン・バンスが立ち上がった。

「これについても報告した方がいいでしょう」

 エメリーンは日刊予言者新聞を手に言った。

「現状、我々は後手に回っています。昨日のアズカバンの集団脱獄を皮切りに各地で死喰い人によると思われる被害が出ています。もはや、ヴォルデモートの復活を疑う者の方が少数ですが、対策を練る必要があるかと思われます」

「現在、分霊箱についてはどうなっているのかしら?」

 黒髪の魔女のヘスチアが問い掛けた。

「現在、我々が破壊に成功した分霊箱は日記とリドルの館で発見されたマールヴォロ・ゴーントの指輪。レストレンジ家の金庫より押収したヘルガ・ハッフルパフのカップ。必要の部屋から発見されたロウェナ・レイブンクローの髪飾りの四点です。シリウス・ブラックが連合に合流した事で五点目のサラザール・スリザリンのロケットも手に入る事でしょう。問題は残る二つの分霊箱。一つは例のあの人のペットのナギニ。ナギニは恐らくヴォルデモートが常に傍に置いていると思われます。その為、ユーリィ・クリアウォーターの話にあったグリフィンドールの剣の使用を検討しています。ただし、剣は一本のみですので、使用者についても検討が必要かと」

 言い終えると、エメリーンは僕を一瞥した。

「そして、もう一つはハリー・ポッター」

 僕の名前が出た瞬間、全員の視線が僕に集中したのを感じる。
 予め、分かっていた事だ。僕の中にヴォルデモートの魂がある事は……。
 
「確か、ハリーがヴォルデモートの死の呪いを受ける事で奴の魂の残滓を殺せるのだったか?」

 ディーダラスの言葉にシリウスが吼えた。

「ふざけるな! ハリーに死の呪文を受けろだと!? よくも、そのような言葉を吐いたな、貴様!」

 今にも掴み掛かりそうな程怒りに燃えたシリウスにディーダラスはヒィと悲鳴を上げた。

「だ、だが、それ以外に方法は無いのでしょう? それに、ハリーはその後甦れると……」

 ヘスチアがディーダラスをフォローするように言うと、スネイプがいつもの口調で言った。

「ポッターの蘇生には様々な要素が組み合わさる必要があるのだ。現状、そのどれもが満たされておらん上、恐らく、帝王はその事を承知している。仮に、ポッターが死の呪文を受ければ、待っているのは死のみだ。その程度も分からんか?」

 口調はいつも通りだけど、その言葉の端々や目付きには深い憤りが見え隠れしている。
 二人の僕に対する思いが伝わって来るようで嬉しい。だけど、僕はもう覚悟を決めた。

「いいんだ」
「――――いいって、何がよ?」

 ハーマイオニーは一瞬で僕の考えを察したらしい。青褪めた表情の彼女に僕は微笑みかけた。

「覚悟は出来ている。僕はドラコの誇りに報いたい。僕の死が連合の勝利に必要なら、この命を捧げる事に躊躇いは無い」

 断言する僕にハーマイオニーは突然立ち上がり、大きく手を振り被った。
 頬に受けた衝撃はあまりにか弱く、涙を溢れさせる彼女に僕は胸が痛んだ。

「駄目。そんなのは駄目。そんな覚悟、決めちゃ駄目よ」
「分かってくれ、ハーマイオニー。必要な事なんだ」
「あなたはシリウスに息子になるのよ!? 親より先に死ぬのは親不幸者のする事だわ!」
「それは……」

 それが確かに心残りだ。僕はシリウスの家族になりたい。例え、一瞬でもいいから、本当の家族が欲しい。だけど、それが彼を苦しめる事になるというなら……。

「なら、僕はシリウスの息子には……」
「冗談じゃないぞ、ハリー!」

 シリウスが叫んだ。あまりにも悲痛な叫びに僕は衝撃を受けた。

「冗談じゃない! お前は私の息子になるんだ! お前が死ぬなんて許さない! お前が犠牲になるなんて、そんな事、絶対に許さんぞ!」

 顔を歪め、怒鳴るシリウスに僕は弱ってしまった。
 覚悟は自分だけが決めればいいってもんじゃないらしい。

「シリウス。奴を倒さなきゃ、世界が危ないんだ」
「世界なんて知るものか! お、お前が犠牲になるというなら、私は世界なんてどうでもいい! お前は私の家族になるんだ。家族を犠牲にした世界など、そんなもの!」
「僕の覚悟を認めて欲しい。家族として……」

 シリウスは顔を歪め、円卓を叩いた。木製の硬いテーブルにへこみを作り、シリウスは首を横に振った。

「許さん。そんな事は断じて許さん。お前が犠牲になるなど……。そんな事……絶対に」

 僕は幸せ者だ。こんなにも僕を愛し、思ってくれる人が二人も居る。
 ハーマイオニーもシリウスも二人して僕の死を拒絶し、僕の生を望んでいる。

「僕を愛してくれる二人が居る。だからこそ、僕はヴォルデモートを倒さないといけないんだ。二人の存在が僕に勇気と誇りを与えてくれる」
「そんな勇気なんて持たないでよ! 私を取り残す気なの!? そんなの、絶対に許さない。あなたの居ない世界なんて!」

 ハーマイオニーはヒステリックに叫んだ。だけど、僕の覚悟は彼女の叫びによって、より強固となる。彼女のためならば、彼のためならば、僕はこの命を喜んで捨てよう。

「さすがだね、ハリー」

 騒然となった室内を静まり返らせる陽気な声が響いた。
 ジャスパーは楽しげな笑顔を浮かべている。

「ジャスパー! 何を笑っているのよ!?」

 ハーマイオニーが怒りに満ちた視線を向けると、ジャスパーは笑みを深くした。

「そう怒らないでよ。ボクにはちゃんと考えがあるんだからさ」
「考え?」

 ジャスパーの隣に座るアルが聞いた。
 すると、ジャスパーは立ち上がった。

「ハリーを犠牲にせずにハリーの中の分霊箱を破壊する。ボクにはその秘策がある」
「な、なんだと!?」

 シリウスが立ち上がった。ジャスパーに駆け寄り、その肩に手を置いた。

「ほ、本当なのかね!?」
「勿論だよ。皮肉な事に、そのヒントはヴォルデモートがくれたよ」
「ヴォルデモートが?」

 ハーマイオニーは怪訝な表情を浮かべた。

「まあ、ボクの仮説が正しいかはダンブルドアに判断してもらう必要があるけどね」
「何なの? その方法って……」
「それはね――――」

 ジャスパーが口にした方法に一同は言葉を失った。
 それは、あまりにも常識外過ぎる方法だった。

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