第二十六話 雨生龍之介がバーサーカーを召喚した為に漸く動き出すチーム・アインツベルン!!

 今日、また一人この蟲蔵に連れて来られた。
 ヒステリックな悲鳴が喧しく、耳に障る。
 皮さえ残せば後は好きにして構わないと言われたから、好きにしよう。
 昨日はおじさんが魔力を沢山持って行ったから丁度お腹が空いていた。

「いただきます」

 とりあえず喉笛から食べよう。
 この喧しい喚き声を聞かずに済むように――――。

 雁夜はセイバーを引き攣れ臓硯の部屋の扉を叩いた。

「臓硯、どういう事か説明してもらうぞ!!」

 扉の奥で臓硯は部屋の中央の机の上に何かを広げていた。
 鼻孔を刺激する鉄錆に似た臭いに雁夜は思わず後ずさった。

「おお、帰ったか、雁夜よ」
「臓硯、それは……」

 雁夜は声を震わせながら机の上の物体を指差した。

「ソフィアリ家の女よ。尤も、中身は粗方蟲共が食い荒らした後だがな」

 雁夜はおろか、セイバーまでもが生理的嫌悪感に顔を顰めた。そこに横たわっているのは紛れも無く数時間前に戦ったランサーのマスターの婚約者だ。
 生きていた頃の彼女を見たのはあの戦いの最中に一時だけだったが、貴族としての品格を備えた氷の如き美貌はとても印象的だった。だが、今の彼女の相貌を一言で表わすならば面妖としか言いようが無かった。顔の輪郭は大きく変わり、まるで骨にそのまま皮を貼り付けたような有様だ。眼球のあるべき場所には闇が蠢き、口元には芋虫の巨大な尾がはみ出ている。鼻の穴からも触手のような細長いものが垂れている。体の方も頭部と変わらず、時折、何かが移動しているらしく、皮が持ち上がるが、基本的には骨に皮を被せただけのような状態だ。
 言葉が出てこない。
 ここに来るまでに浮かんでいた疑問があまりの衝撃に吹き飛んでしまった。

「皮だけであっても使いようはある。ほれ、こうして……」

 臓硯は口元を歪めながら机を数回叩いた。
 すると、どこから湧き出したのか、無数の蟲が床を這いずり回り、机の上に登り、ソラウの口や鼻、耳、目、膣、肛門とあらゆる場所からソラウの体内へと入り込んでいく。
 想像を絶するおぞましい光景に雁夜は立っていられなくなり、セイバーの体にしがみ付いた。
 骨と皮だけになっていたソラウの体は肌色は死者のソレであったが、まるで風船を膨らませる様に膨らみ、元の彼女の体つきへと変化した。
 臓硯が更に机を叩くと、ソラウは自然な動作で立ち上がり、雁夜に向かってニッコリと微笑んだ。
 そのあまりの気色の悪さに雁夜はついに堪えきれなくなり、嘔吐した。
 すると、口の中からはセイバーと一緒に食べたレストランの料理に混じって雁夜の体内に潜む蟲の残骸が床に零れ落ちた。
 その光景に雁夜は忘れていた嫌悪感を思い出し、狂騒に駆られた。

「雁夜殿、失礼致します」

 髪を掻き毟り、奇声を上げる雁夜の意識をセイバーは咄嗟に刈り取った。

「臓硯……」

 セイバーは怒りに満ちた眼差しを臓硯に向けると、そのまま部屋を後にした。
 疑問は解決した。
 恐らくはライダーのマスターもまた、あの憐れな女と同じ末路を辿ったのだろう。
 死者に鞭打つ度し難い行いだが、今は手を出す事が出来ない。
 主と桜の命をあの妖怪が握っている内は――――。

 ランサーがケイネスの指示に従い郊外の森の入口へと着地するとそこには一人の女が居た。
 黒い髪に黒い瞳でパッと見は日本人のように見えたが、よく見れば肌の色や顔立ちが日本人とは幾分か異なっている事が見て取れた。

「お待ちしておりました」

 女が頭を垂れるとケイネスは鷹揚に「ああ」と応えた。

「アーチボルト家九代目頭首、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトがここに推参仕る。アインツベルンの者で相違無いな?」
「はい。私は久宇舞弥。貴方様をおもてなしするよう命じられております」
「案内してくれたまえ」
「こちらでございます」

 舞弥の後に続こうとケイネスが歩を進めようとすると、ランサーが慌てた様子で静止した。

「お待ち下さい、ケイネス殿!」
「なんだ?」
「アインツベルンと手を組むと申されるのですか!?」

 アインツベルンといえば、遠坂、間桐と同じ御三家の一角であり、紛れも無く聖杯戦争を競い合う敵である筈だ。
 そのアインツベルンと手を組むなど何を考えておられるのか、とランサーは瞠目した。

「その通りだ」
「なっ……」

 アッサリと肯定するケイネスにランサーは言葉を失った。
 ランサーが知る限り、ケイネスはとてもプライドの高い男だ。
 そんな彼が敵対関係にある者と手を組むなど考えられない。
 まさか、とランサーは舞弥を見た。

「貴様、ケイネス殿に何を――――ッ」
「止めぬか、ランサー」

 双槍を顕現するランサーにケイネスの鋭い声が飛んだ。

「しかし!」
「この上貴様の無能振りを私に見せるでない!!」
「ケイネス……殿」

 ケイネスの言葉にランサーは言葉が出なかった。

「私を疑う前に己の不甲斐なさを反省せよ。よいか、ランサー。現在、遠坂陣営は三騎士の一角たるアーチャーと間諜の英霊たるアサシンを、間桐陣営は同じく三騎士の一角たるセイバーと機動力に優れたライダーをそれぞれ保有しておる」
「アーチャー……? アーチャーはアインツベルンのサーヴァントではなかったのですか?」
「昨晩、アインツベルンから連絡を受けてな。同盟の申し出と共にアインツベルンのサーヴァントがキャスターであると伝えられた。であれば、あの赤いサーヴァントはキャスターでは無くアーチャーだったのだろう、というだけの話だ。それよりもだ」

 ケイネスは鼻を鳴らし言った。

「肝心なのは戦力が集中しているという点だ。遠坂と間桐。御三家がそれぞれ三騎士を含め二体のサーヴァントを保有している。この現在の戦況では一騎しかサーヴァントを保有していない我々とアインツベルンは明らかに不利だ。であれば、我々も同盟を組む他あるまい」

 ケイエンスは言いながらランサーに近づくと囁く様に言った。

「尤も、貴様がセイバーを倒せるだけの技量を見せれば、この様な無様な選択をせずに済んだのだがな」

 ケイネスの言葉にランサーは屈辱に濡れた表情を俯く事で隠した。

「了解……致しました」
「話は終わりだ。待たせたな、案内を頼む」
「かしこまりました。どうぞ、こちらへ」

 森の中へと足を踏み入れ、ケイネスとランサーは一路アインツベルンの冬木における居城へと歩を進めた。

 同時刻、と言っても、既に深夜二時を回っている日本とは時差の違いがあり、未だ空が茜色に染まったままのドイツにあるアインツベルンの城では切嗣が妻のアイリスフィールと娘のイリヤスフィール、サーヴァントのキャスター、そして、道中の護衛の為にとキャスターによって調整されたホムンクルス三体を伴って出口へと向かっていた。
 その表情は険しく、見送りに現れたホムンクルス達の声も一様に届かぬようだった。
 城外へと出て、門の前まで来ると、切嗣はイリヤに言った。

「行って来るよ、イリヤ」
「……行ってらっしゃい。お父様。お母様」

 アイリスフィールが最後にイリヤを強く抱き締め、一行は冬の城を後にした。
 アインツベルンの土地を離れ、首都であるベルリンに到着すると、飛行機の出立時刻まで時間があり、空港近くの喫茶店に寄る事にした。
 四人掛けの席に切嗣とアイリスフィール、キャスター、そして、三体のホムンクルスの内の少女型のホムンクルスが座り、残る成人女性型と成人男性型のホムンクルス二体は別の席に座った。

「作戦大成功じゃな」

 席に座ると、途端にキャスターは笑い出した。
 机を叩きながら目尻には涙まで浮かんでいる。
 切嗣とアイリスフィールの顔からも緊張の色が消えた。

「ねえ、キャスター。もう、元に戻ってもいい?」

 少女型のホムンクルスは自らの金色の髪を抓みながら言った。

「いかん。まだ、どこにアインツベルンの目があるか分からぬでな」

 少女型ホムンクルスの頭をポンポンと叩きながらキャスターは言った。

「とりあえず、日本に出立する前にそれぞれの設定を改めて確認するぞ」

 キャスターの言葉に切嗣とアイリスフィールは神妙な面持ちで頷いた。

「まず、切嗣はイギリスにある小さな会社で働いておった日本人。名前は秋山勲。偶然知り合った女性と恋に落ち、そのまま入籍。日本に一軒家を買い引っ越す事になる」
「了解だ」

 切嗣改め、秋山勲が頷くのを確認し、キャスターはアイリスフィールに顔を向けた。

「次はアイリスフィールじゃな。お前はイギリス出身の箱入り育ちのお嬢様だ。名前はキャサリン・ハウエル・秋山だ。愛称はキャシー。偶然暴漢に襲われている所を秋山勲に救われ恋に落ち、そのまま入籍。髪色と目の色はイギリスに到着したら変更するからな」
「ええ、了解よ。でも、ここまでする必要があるの?」
「あるに決まっておるだろう。この程度の手間を惜しんで後々後悔する羽目になるのは御免だぞ」
「そ、そうね、ごめんなさい」

 キャスターに鋭い眼差しを向けられ、アイリスフィール改めキャシーはシュンと俯いた。

「お母様、元気を出して」

 少女型のホムンクルスがアイリスフィールに声を掛けると、アイリスフィールは少し気を取り直した様子だった。

「次にイリヤ。お前だ」

 次いで、キャスターは少女型のホムンクルスに声を掛けた。

「はい!」

 少女型ホムンクルスの正体は切嗣とアイリスフィールの娘のイリヤスフィール・フォン・アインツベルンだった。
 元々はアインツベルンの冬の城に残していく筈だったが、キャスターの案で連れ出す事にしたのだ。
 今現在、城内に残っているのはイリヤの姿形をしていて、イリヤと同じ受け答えが出来るようにプログラムされたキャスター製のホムンクルスだ。
 代わりにイリヤにはキャスターが魔術による変装を施し、アハト翁を含め、アインツベルンの面々に招待を気付かれない様に細工した。

「それにしても、本当に見事よね。キャスターの変装魔術」

 アイリスフィールはキャスターの変装の魔術によって変身した愛娘の顔や髪をしげしげと見つめながら呟いた。

「当然よ。姉上の命でアーサーを騙したり、ペレス王の娘に請われ、あの鈍感色男……ランスロットを騙したりもした実績ある魔術だからな。尤も、あの馬鹿に関しては使わなきゃ良かったと後悔しておるが……」
「キャスター?」
「ああいや、とにかくだ。脳味噌が筋肉で出来ているような奴等ばかりだったとは言え、円卓の騎士を悉く欺いた我が魔術は現代の魔術師は愚か、並みのサーヴァント如きに見破れるものではない。だから、安心しろ」
「……ええ、ありがとう」
「それより、イリヤ。お前は秋山勲とキャサリン・ハウエル・秋山の娘だ。名前はレベッカ・ハウエル・秋山」
「レベッカ・ハウエル・アキヤマ……。うう、なんか、かっこ悪い……」

 イリヤスフィール改めレベッカは唇を尖らせた。

「仕方あるまい。東洋人の名前はどうにも西洋のソレとは合わぬようだからな。我慢しろ。とにかく、自分の設定を頭に叩き込んでおけ。間違っても真名を名乗るでないぞ。それでは、彼奴らに切嗣とアイリスフィールの名を名乗らせる意味が無くなるでな」

 そう言って、キャスターが後ろの席に座る二人のホムンクルスに顔を向けるとホムンクルス達は身じろぎ一つせずに向かい合っていた。

「まあ、指令は出しておらんしな……。そら、長旅になるのだし、腹ごしらえをしておこうぞ」
「切嗣! イリヤはパスタが食べたい!」
「わかったわかった。好きな物を幾らでも注文しなさい」

 髪色が変わっていても切嗣にとってイリヤはイリヤだった。
 顔をだらしなく綻ばせて店員を呼ぶ姿は魔術師殺しとは縁遠い一人の父親の姿だった。

「切嗣、私はケーキが食べたいわ」
「切嗣、妾はこのシチューが食べたいぞ」

 切嗣は苦笑しながら頷いた。

「了解だ」

 キャスター召喚から五日目の日本時間で午後1時頃、一台のタクシーが冬木市深山町にある一軒の武家屋敷の前で止まった。
 タクシーの中からはトレーナーに着古したジーンズという装いの日本人男性が最初に降り、その後に可愛らしい服装の金髪の女性が続き、その後にまるで、女性をそのまま小さくしたかのような幼く愛らしい少女が降りた。
 運転席の反対側のドアからは女性と同じく金髪の髪を編み込んだ高校生くらいの少女が降り立った。

「こ、これが妾……私達の家……?」
「ボロい!」

 高校生くらいの少女は思わず項垂れた。
 幼い少女は逆に「ボロい! ボロい!」とはしゃいでいる。

「これは……予想以上だな」
「あ、こんにちは!」

 男が武家屋敷のボロボロな門を眺めていると、高校の制服を着た少女が駆け寄って来た。
 何者だろうか、と男がソッと身構えると、少女はペコンと頭を下げた。

「私、隣の家に住んでる藤村大河って言います」
「あ、僕……いや、私は秋山勲と申します。こっちは妻のキャサリン。それに、娘のレベッカ」

 切嗣は名乗ると同時にアイリスフィールとイリヤスフィールを大河と名乗る少女に紹介した。

「それと、こちらが妻の妹の――――」

 切嗣の言葉を遮り、髪を編み込んだ少女、キャスターは愛想のいい微笑みを浮かべた。

「ジェニファー・ハウエルです。よろしく」

 キャスターが手を差し出すと、大河はニッコリと笑みを浮かべながら握り返した。

「――――ッ」

 手を握った瞬間、大河は目を見開き、次の瞬間には小首を傾げながら、

「よろしくね!」

 と返した。

「日本語上手だね。ねえ、ひょっとして同い年くらいじゃない? 幾つ?」
「今年で17歳だ」
「凄い! 同い年じゃない! 学校はもう決まってるの!?」
「い、いや、まだそういうのは……」
「じゃあさ、じゃあさ!」
「そ、それより……、えっと、大河と言ったか?」
「何?」

 首を傾げる大河の瞳をキャスタージッと覗き込んだ。

「――――大河、そろそろ家に帰る時間ではないか?」

 キャスターの言葉に大河は虚ろな表情で頷いた。

「じゃあな、大河。また、今度ゆっくりと話そう」

 キャスターが言うと、大河はハッとした表情で頷いた。

「うん! じゃあね、ジェニファーちゃん!」
「ジェンでよいぞ!」
「うん! またね、ジェン!」

 走り去って行く大河にキャスターは疲れたように溜息を吐いた。

「元気な娘だ……」
「お、お疲れ様、キャス……ジェン」

 アイリスフィールの労いの言葉に礼を言いながらキャスターは「そろそろ入るか」と皆を促がした。
 門の向こうは想像以上の光景が広がっていた。

「凄いな、これは……」

 家は埃が積もっていて、庭には草が生え放題だった。

「最初はお掃除からね……」

 苦笑いを浮かべるアイリスフィールにキャスターは項垂れた。

「魔術で焼き払ってしまいたい……」
「それは駄目だ。さっきの暗示も感心はしないな。作戦上、僕達はあくまでも一般人を装わなければならないんだ」

 切嗣の吐く正論にキャスターは心底嫌そうな顔をしながら庭や家屋の中を一瞥した。

「分かったよ! まったく、お前もしっかり働くのだぞ!!」
「すまない。僕は先に舞弥と連絡を取らなければならないんだ。他にも色々と動かないといけない」
「おい!!」

 携帯電話を片手に出て行く切嗣にキャスターは唖然とした表情で凍りついた。

「さ、さあ、ジェン。一緒にお掃除頑張りましょう!」

 苦笑いを浮かべながら言うアイリスフィールにキャスターはガックリと項垂れた。

「くぅ、家政婦用にホムンクルスを一体連れて来るんだった……」
「ほら、キャスター頑張ろう!」

 イリヤがキャスターの手を引っ張りながら言うと、キャスターは渋々といった様子で頷いた。

「大河を帰らせるのではなかった……」

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