第四話「参上」

第四話「参上」

「……一ついいかしら?」

 固まった時間を動かすようにハーマイオニーが口を開いた。彼女の視線の先に居るのはジャスパーじゃない。俺だった。

「なんだ?」

 俺が聞き返すと、ハーマイオニーは少し逡巡した後にこう口にした。

「アル。あなたはユーリィを愛しているのよね?」
「……ああ」

 改めて聞かれると、少し照れ臭い。ユーリィの生前が女だと判明する前から俺はどうやら、彼女に恋をしていたらしい。ゲイだと思われても仕方がない。でも、俺はユーリィを愛しているのであって、好みの対象が男なわけじゃない。今一度、それを主張するべきか迷っていると、ハーマイオニーは言った。

「あなたが愛したのはあくまでも私達の知っているユーリィ・クリアウォーターの事よね?」
「あん? 当たり前だろ。何を言ってるんだ?」

 まさか、同姓同名の他人を愛してるとでも思っているのだろうか?
 ハーマイオニーに限って、そんな愚かな勘違いをするとは思えない。なら、彼女は一体何を考えているんだろう。彼女の頭脳の明晰さはよく知っている。無意味な質問をする女では無い。この質問にも彼女なりの意図が含まれている筈だ。

「俺は俺の知っているユーリィ・クリアウォーターを愛して……」

 彼女の言葉を反復した途端、俺は彼女の質問の意図に気付いてしまった。

「これは推論に過ぎないのだけど、今、ヴォルデモートに囚われているユーリィは私達の知る彼……いいえ、彼女なのかしら?」
「……まさか」
「あなたが懸念していたのはそういう事なんでしょ? ジャスパー」

 ハーマイオニーはジャスパーを一瞥して言った。ジャスパーは小さく頷いた。

「さすがだよ。何度でも言おう。さすがだよ、ハーマイオニーちゃん。君の明晰な頭脳には本当に驚かされるね。その通りさ。ボクがまさに警戒していたのはボクが記憶を操り作り上げた【ユーリィ・クリアウォーターという名の少年】の人格が崩壊してしまう事だったんだ。そして、【壊れてしまった冴島誠】の人格が甦ってしまう事をボクは恐れた」
「だから、ユーリィが生前女の子だった事や彼女の過去についてを頑なに隠し続けた。そして、一つの可能性に賭けて、アルに事あるごとに【自分の気持ちに気付け】と言った。あなたはユーリィの……冴島誠の狂気をアルの【愛】が癒してくれる事を期待したんじゃないかしら?」
「ハーマイオニー。君の凄い所は論理的な思考を持ちながら、感情を決して軽んじない所にあるよ。論理だけではその結論には至れなかった筈さ。だから、ボクは君を尊敬している。そう、そうなんだよ。ボクは彼女の狂気を癒す可能性を求めていたんだ」

 ジャスパーは視線を俺に向けた。

「彼女の狂気は【愛】こそが原点なんだ。凄惨な虐めを受け、彼女は愛を求めていた。だけど、両親は彼女を見捨てた。両親だけじゃない。妹も……恋人も彼女を捨てた。彼女は地獄のような日々をボクからの【愛】だけを頼りに耐え忍んでいたんだよ。だけど、ボクは彼女を捨てた。彼女は拠り所を失い、崩壊してしまった」

 絶望に彩られた顔でジャスパーは言った。

「だから、彼女を救えるとすれば、それはやはり【愛】でしかあり得ない」
「だから、俺に手遅れになる前に気付けと言ったのか……。真実を口に出来ないまま、唯一の可能性に賭けて……」

 そして、俺はジャスパーの期待を裏切った。俺は結局、ユーリィに自分の真の思いを告げる事が出来なかった。自覚した今だからこそ、俺にとってユーリィがどれほど大切な存在か分かる。俺にとって、ユーリィは酸素だ。なくてはならない、生きる上で必要な要素なんだ。
 もっと、早くに自覚していれば良かった。

「彼女が、例え狂気に呑まれても、彼女の道標になるような愛があれば、きっと彼女は自分自身の狂気から解放される事が出来る筈だと思ったんだ」
「……俺は」
「アルフォンス君」

 ジャスパーは微笑んだ。

「ボクは今までずっと絶望を抱いていた。あの予言ではボクは希望とされていたけど、ボクの胸中を占めていた感情は絶望だけだった。だけど、今は希望に溢れている。何故か分かるかい? 君の存在があるからだ。君はボクに示してくれた。どんな絶望を前にしても折れる事の無い真実の愛を――――」
「待ちなさい」

 敬虔な信者のように胸に手を当て、祈るように目を瞑るジャスパーの言葉をハーマイニーはバッサリと遮った。

「論点がズレてるわ。アルの愛が希望に繋がるかどうかは、この質問の答えによって変わるわ」
「質問……?」
「アル。あなたが愛したのはあくまでも【私達の知るユーリィ】よ。もし、今、ヴォルデモートに囚われている冴島誠の中に私達の知るユーリィの記憶も人格の影も見られなかった時、あなたは本当に彼女を愛せるのかしら?」
「……え?」

 呆気に取られる俺をハーマイオニーは厳しい表情で見つめた。

「やっぱり、考えてなかったのね。いいえ、考えないようにしていた。そうでしょ?」
「ちょ、ちょっと待てよ、ハーマイオニー。何言ってるんだ? そんな、まるでユーリィが……」
「死んだみたい? そうね。私達にとってのユーリィは死んでしまったかもしれない。私が言っているのはそういう事よ。でも、実際のユーリィの肉体と魂はどちらも死んでない」

 ハーマイオニーは冷たく言い放った。

「ジャスパーが聞きたいのは、それを理解した上でも尚、あなたがユーリィを愛せるか否か、という事よ。どうかしら? 今、あなたはさっきまでと同様に迷い無く彼女を愛していると言い切れるかしら?」

 答えられなかった。俺は彼女の言う通り、無意識にその考えを恐れ、遠ざけていた。
 ユーリィの中に俺の知るユーリィの存在が無かったら……。
 考えたくない。俺と過ごした十五年間が無に帰してしまったのだとしたら。俺と過ごしたユーリィの存在が消えてしまっているのだとしたら。俺はそれでもユーリィを愛せるのだろうか?
 もう、さっきまでのように自信を持って断言する事が出来ない。

「……惨い事を言っている自覚はあるわ。でも、これは考えなければならない事よ。あなたがユーリィを救いたいと願うなら、避けては通れない試練よ。いざと言う時に迷いを抱かない為にあなたは答えを出さなければいけない」
「……いざって何だよ」
「分かっているんでしょ? きっと、あなたはユーリィと戦う事になる。その時、あなたは選択を迫られる。愛を持って、救うのか。哀しみを持って、殺すのか」
「ま、待てよ! どうして、俺がユーリィと戦うんだよ」
「あの子が狂気に囚われた生前の状態に戻っているなら、あの子は人を殺す事を愉しむ快楽殺人鬼。ただ、助けを待つお姫様で居てくれる事を願いたいけど、そうじゃない可能性があるという事よ」
「可能性……か」
「安心しないで。むしろ、殺し合いになる可能性の方が高いのよ。だからこそ、今の内に答えを出して」
「俺は……」

 ユーリィとの十五年間の思い出が頭を過ぎる。
 生まれたその瞬間から、俺はユーリィと共に居た。母さんに抱かれながら、俺はソーニャに抱かれるユーリィと出会い、今までずっと一緒に生きて来た。
 その思い出が失われてしまったとしたら……。
 俺に向けてくれたユーリィの微笑みが失われてしまったとしたら……。

「俺は……」

 苦しい。考えただけで胸が張り裂けそうだ。立っているのも辛くなるくらい、俺は動揺している。
 俺はユーリィが俺の知るユーリィじゃなくなっていたら、どうするんだろう。分からない。恐ろしい。俺はユーリィをこの手で殺してしまうかもしれない。

「ボクとしては……」

 ジャスパーが口を開いた。その表情には薄っすらと笑みが浮かんでいる。

「君の選択に全てを委ねるつもりだよ。君のその迷いもいずれは晴れると期待してる。例え、晴れなくても、君の選択をボクは責めない。きっと、君の選択の果てにどんな未来があっても、ソレは唯一無二のボクとマコちゃんにとっての希望なんだと思うからね」
「俺が……ユーリィを殺したとしてもか?」
「それはそれで、きっと救いなんだと思うよ。狂気に縛られたまま、誰かを殺し続けるくらいなら、愛し、愛された君に殺される事を彼女は望むと思う」
「……愛し?」

 ジャスパーの口にした言葉の中に聞き逃せない言葉があった。
 俺は自分の愛が一方的なものだと思っていた。想いを告げても、決して返っては来ないものだと覚悟していた。
 ユーリィは男だし、マコトはジャスパー……生前の小早川春を愛していた。俺がアイツにとっての特別になるにはとても険しい道のりが待っている筈だと思っていた。

「……気付いていなかったのかい?」

 ジャスパーは信じられないと目を見開いた。

「マコちゃん……いや、ユーリィは君を愛していたよ。ボクの記憶操作によって自分を男だと思い込んでいたにも関わらず、君を求めていた。愛し、愛されたいと願っていた。それが彼女の封じられた女としての人格が漏れ出したのかは分からない。ただ、言えるのは彼女が君に向けた愛は家族や友に向ける親愛や友愛じゃなかった。情欲を伴う愛欲だった」
「ユーリィが俺を……?」

 胸が高鳴った。信じられない。俺はユーリィと両想いだったと言うのか……。
 あの日……。ユーリィが熱を出した時、ユーリィは異様な程、俺に纏わりついて来た。理性的で居られなくなる程……、俺を誘惑しているんじゃないかと思う程……。
 あれがユーリィの本心から出た行動だったのだろうか。熱に浮かされて、胸に秘めていた思いを無意識に行動に示していたという事なのか。

「ユーリィが俺を……」

 鳥肌が立つ程の悦びが全身を駆け巡る。今直ぐにでもユーリィに触れたい。顔が同じだけの別人じゃない。正真正銘のユーリィに触れたい。俺に触れられて、どんな表情を浮かべるのかを知りたい。
 体が男だろうが、女だろうが、そんな事は問題じゃない。俺はユーリィを愛している。心から愛しているんだ。

「俺は……ユーリィに会いたい」

 衝動ともいえる感情に突き動かされて、俺は言った。

「ユーリィがアルの事を分からなくても?」

 ハーマイオニーの問い掛けに俺は頷いた。

「会いたいんだ。もし、アイツが俺の事を分からなくても、俺は……」
「アル。ジャスパーの記憶で見たユーリィの狂気はとても深いわ。救うには迷いの無い心からの愛が必要だと思う。もし、あなたがユーリィへの自身の愛を少しでも疑うなら、あなたはユーリィを救えない。その先にあるのは泥沼の殺し合いよ。ユーリィの狂気が勝つか、あなたがユーリィの狂気を力で捻じ伏せるかの二つに一つ。それでも?」
「……ああ」

 ハーマイオニーは小さく溜息を零した。呆れているのだろう。結局、俺は答えを出したわけじゃない。ただ、自分の衝動的な感情をそのまま口にしただけに過ぎない。
 俺はユーリィに会いたい。その後の事なんて、何も考えていない。呆れられて当然だ。

「……そうよね」

 ハーマイオニーは言った。

「答えを出せって言ったって、出せる筈が無いわよね」
「ハーマイオニー?」

 ハーマイオニーは背後に佇む恋人を見つめた。

「愛って、論理的に分析出来るものじゃないわ。私だって、同じ立場に立ったら、簡単に答えは出せなかった筈。答えは出さなければならないわ。でも、迷う事もきっと大切だと思う。今直ぐにユーリィを助けに行けるわけじゃない。それまでの間、たくさん悩んで、そして、答えを出して」
「ハーマイオニー」

 俺はどうしても聞きたくなった。彼女はどう思っているのだろう。

「お前はユーリィを救うべきだと思っているのか?」

 普通の人間なら、あの記憶の映像を見て、それでもユーリィを救うべきだと考える人間は少数の筈だ。そのくらいは分かる。
 ハーマイオニーは直ぐには答えなかった。ゆっくり思案した後に躊躇いながら言った。

「ユーリィの罪は……あまりにも大きいわ。きっと、あなたがユーリィを救った後、必ずその罪とユーリィは向き合わなければならなくなる。厳しいようだけど、一生を贖罪に捧げたとしても、到底許される事ではないと思うわ。彼女は最初は復讐だったのかもしれない。でも、無関係な多くの人を殺めてしまった、その中には小さな子供や老人も居た」

 ハーマイオニーは少しの間、口を閉ざした。
 深い葛藤をその瞳に宿している。
 やがて、彼女は言った。

「私はユーリィを救いたい。でも、同時に救われてはならないとも思ってる。そして、救ってはいけないとも……」

 酷く矛盾した言葉。彼女らしくない破綻した物言い。
 それは彼女の心情を現していた。

「友達として私はユーリィを救いたい。この気持ちに偽りは無いわ。だけど、あれほどの罪を犯した彼女がその罪を忘れ、幸福に生きる資格があるのかとも思っているのよ。きっと、ユーリィ自身も狂気から解放された後、同じ思いを抱く筈」

 だから、救いたい。だけど、救われてはならないし、救ってはならないと言ったのか……。

「ユーリィにとって、狂気からの解放が本当に彼女の救いになるのか、私には分からないわ。むしろ、狂気に囚われたまま、あなたに殺される方がユーリィにとっては救いになるのかもしれない」
「結局、どう思ってるんだよ……」
「……多分、私も迷っているんだと思う。あなたに偉そうに言った癖に、私も答えを出せてない。酷い女よね……、友達なのに、迷い無く彼女の救いを願えないなんて……」
「それは違うよ、ハーマイオニーちゃん」

 ジャスパーは言った。

「君は優しいんだ。だから、マコちゃんに殺された人達を思い、苦悩している。君自身はマコちゃんの救いを願っているのに、板挟みにあっている。なのに、決して安易な方に逃げようとしない。どちらか一方に傾けば、それで楽になると分かっているのに、それを良しとしない。そんな君だからこそ、ボクは君にマコちゃんの過去を見せたんだ」
「良い方に見過ぎているわ。私は迷っているだけだもの」
「その迷いを抱ける事が重要なんだよ。普通の人は倫理に沿って、マコちゃんを嫌悪する。憎み、許されざる悪と断じる。それが正解なんだよ。それに、もしもマコちゃんの救済のみを口にするなら、それはきっと、彼女の罪から目を背けているだけだ。アルフォンス君のようにその罪を認め、迷い無く彼女を救いたいと思える人間の方が異常なんだ」

 ジャスパーは一瞬、苦悩に満ちた表情を浮かべた。

「ボクは彼とは違う。ただ、目を背けているだけだ。だけど、君は違う。君は彼女と彼女の罪に向き合い、悩んでくれている。凄いよね。これが友情ってやつなのかな?」
「友情……。答えを出せない私にその言葉を口にする資格なんて、あるのかしら? でも、そうね……。私の中の天秤はやっぱりユーリィの救いに傾いている。だって、私は……」

 ハーマイオニーの瞳から一筋の雫が頬を伝い、床に落ちた。

「私はユーリィの友達だもの……。あの子と一年生の頃からの親友よ。学校であの子と一番長く一緒の時間を過ごしたのは私だもの!」

 涙を溢れさせながらハーマイオニーは言った。

「いつも一緒に居たのよ。ハリー達が遊んでいるのを一緒に眺めていた。私とユーリィは勉強が好きで、料理が好きで、手芸が好きで、いつも一緒に……」

 ホグワーツに入学してからの五年間。思い返せば、確かにユーリィはハーマイオニーの傍に居た。俺やハリー達がクィディッチの話題で盛り上がっている時、二人は料理の話で盛り上がっていた。俺達が雪遊びをしていた時、二人は一緒に眺めていた。
 寝室が違うから就寝時間を除けばだが、ホグワーツでは、ハーマイオニーは俺以上にユーリィの傍に居た。その二人の時間が積み上げてきた絆は俺の愛とは違うかもしれない。だけど……。

「迷いたくなんか無い。アルみたいに迷わず救いたいと思いたい。でも、あの子の犯した罪の大きさを私は軽んじられない。私は……」

 ハーマイオニーは顔を歪めて涙を零し続けた。
 俺の愛情とは違う。ハーマイオニーがユーリィと築いたのは友情。
 彼女は救いたいと言った。それは、彼女がユーリィの友達だから。
 彼女は救われるべきではないと言った。それは、彼女がユーリィの罪に向き合っているから。
 彼女は救ってはいけないと言った。それは、彼女がユーリィの未来を案じているから。
 彼女の本音はユーリィの救いを求めている。だから、彼女はジャスパーの嘘を見抜き、ジャスパーの言葉の意味を推察し、俺の間違いを正した。
 なんて、凄い女なんだろう。もし、ユーリィと出会わず、ハリーの存在が無ければ、俺は惚れていたかもしれない。

「お前が言った事だぜ。迷うのは必要な事だってよ。俺も悩む。お前も悩め。そんで、答えを出そうぜ」
「……うん」

 ハーマイオニーは涙を拭うと、ハリーに向き合った。ハリーは何を思っているんだろう。その表情からは何も読み取れない。

「ハリー」

 ハーマイオニーが声を掛けると、ハリーは静かにジャスパーを見て、俺を見て、ハーマイオニーに視線を戻した。

「僕も悩んでる」

 ハリーは言った。

「正直に言えば、過去のユーリィの記憶はとても怖かった。ユーリィの事を恐れた事は否定しないよ。でも、僕はユーリィを助けたいと思った。だって、友達だからね。でも、三人の話を聞いてる内に、それでいいのかな? って思うようになったんだ」

 ハリーは伸び始めた前髪をかき上げながら言った。

「異世界の話だからかもしれないけど、現実感が無いんだ。だから、僕は僕の知っているユーリィをヴォルデモートから助け出したい。過去の記憶がユーリィを苦しめるなら救いたい。単純にそう考えているだけなんだ。みんなのようにキチンと考えて出した結論じゃない。だから、これで良いのか分からなくなった」
「きっと、それも一つの答えよ」

 ハーマイオニーは言った。

「ジャスパーの思いも答えの一つ。私の迷いも答えの一つ。アルの悩みも答えの一つ。ハリーの考えも答えの一つ。人はそれぞれ違う考え方を持っているんだから、その答えも千差万別で当たり前よ。ハリー」

 ハーマイオニーはハリーの手を取った。

「あなたが好きよ、私。少し、不安だった。あなたが、ユーリィを敵だと言うんじゃないかって……。でも、あなたは救いたいと言ってくれた」
「それは、僕がユーリィの罪と向き合ってないだけなんじゃ……」
「あれほど鮮烈な記憶の映像を見て、出した結論なんでしょ? ただ、目を逸らして出した結論じゃない筈よ。それはユーリィを深く思っていないと出来ない選択だもの」
「……僕だって、ユーリィの事が大切なんだ」

 ハリーは言った。

「アルみたいに愛してるなんて言えない。ハーマイオニーのように親友だって言い切る事も出来ない。ユーリィを恐れ、嫌悪してしまった僕にそんな言葉を口にする資格は無いよ。でも、僕はそれでもユーリィと友達なんだ。ユーリィが僕を迎えにダーズリー家に来てくれた日の事を今も正確に覚えてる。ユーリィの家に招いてもらって、ユーリィの家で過ごして、僕は凄く幸せだった。僕はあの幸せに報いたい。ユーリィの幸せを願いたいんだ。生前の事なんて、関係無く、僕は僕に幸せをくれたユーリィに幸せになってもらいたい」

 ハリーは口元に笑みを浮かべた。

「僕はユーリィに幸せになって欲しい。罪が大きいって言うなら、罪に向き合う手助けがしたい。単純な考え方なのかもしれないけど、それが僕の結論だよ」
「……ハリー。あなたって、やっぱり最高だわ」

 ハーマイオニーは感極まった様子でハリーにキスをした。

「……私も答えは決まったわ」
「ハーマイオニー?」
「私はユーリィを救う。その為に出来る事をする。そうよ。罪に向き合わせる事がユーリィにとって辛い事だとしても、私はユーリィが最後に笑えるように手助けしてあげればいいんだわ。親友なんだもの。ユーリィには幸せになって欲しい。だから、アル」

 ハーマイオニーは俺を見た。

「あなたには何としてもユーリィを救ってもらうわ。どちらかが死ぬなんて終焉は許さないわ。悩んで、悩んで、悩みまくって、ユーリィを必ず救うと結論を出しなさい!」
「……言ってる事が無茶苦茶だぜ。けど、礼を言うぜ」

 俺の迷いも少しずつ晴れて来ている。
 ユーリィが俺との思い出を失い、まったく別の人間になっているかもしれない。だけど、その本質はきっと同じ筈だ。だって、こんなにもユーリィを慕っている人間が居る。
 ユーリィが築いたものは全てが砂上の絵なんかじゃない筈だ。本質はきっと同じなんだ。俺はそう信じる事にした。
 まだ、迷いはある。だけど、いつまでもウジウジしてはいられない。

「本当に……ありがとう」

 ジャスパーは涙を溢れさせていた。ハリーとハーマイオニーにも深々と頭を下げて言った。

「ボクは幸せだよ。こんなにもマコちゃんを思ってくれる人がいる。希望があるんだ。マコちゃんを救えるかもしれない希望がある」
「ジャスパー」

 俺は言った。

「お前はやっぱりユーリィを愛しているよ。十五年も魂の奥底に自分を拘束したり、涙を流しながらユーリィの救いを思うお前の愛はきっと本物だ」
「アルフォンス君……」
「アルでいいぜ。一緒にユーリィを救うんだろ? 相棒」
「……ああ、そうだね、アル」

 思い出が消えたというなら、また、作り直す。何度でも、俺を惚れさせる。
 まずは、あいつを救う。その先にどんな試練が待っていても関係無い。俺は一人じゃないんだ。そう思うと心が軽くなる。俺と同じようにユーリィを愛し、慕っている人間が居る。彼らが俺の愛を信じてくれている。だから、俺も信じる。俺の愛が必ずユーリィを救えると信じる。

「では、そろそろ動くとしようかのう」

 それまで黙していたダンブルドアが言った。 

「ユーリィ・クリアウォーターを救い、ヴォルデモートを倒すにはこれから忙しくなる。お主達の尽力が必要じゃ。特に、アルフォンス。お主の愛が全ての命運を分けるじゃろう。臆するでないぞ」
「……はい!」

 ダンブルドアは必要の部屋の扉を開いた。外にはスネイプが一人。

「ミネルバはどうしたのかのう?」
「校長……」

 スネイプは一瞬、ダンブルドアの登場に驚いた様子を見せた後に言った。

「色々と問題も起きています。マッドアイが重傷を負いました。どうやら、リトル・ハングルトンで待ち伏せを受けたらしく、死亡者は居ませんが……」
「魔法省については何か連絡はあったかのう?」
「ふくろう便が届きました。ひとまず、事態の沈静化には成功したようです。ですが、大臣の死体が発見されました。今後、更なる混乱が起こる事が予想される為、スクリムジョール達は魔法省に残るとの事です。今後の事はあなたに一任すると……」
「わかった」
「それと、もう一つ」

 スネイプは僅かに顔を歪めながら言った。

「奴がここに来ます。どうやら、混乱に乗じて、スクリムジョールが手を回したようです」
「漸くか……」
「奴……?」

 誰の事を言っているんだろう。
 スネイプに案内され、俺達は連合の会議室として使った変身術の教室にやって来た。
 すると、そこにはソーニャが居た。青褪めた顔で母さんに付き添われている。声を掛けようと近寄ると、背後で教室の扉が大きく開かれた。
 入って来たのは見知らぬ男だった。連合のメンバーはその人物の登場に静まり返った。その沈黙を破ったのは他でもない侵入者だった。
 侵入者は連合の面々を眺め回し、俺達に視線を向け、ハリーに向かってニッコリと微笑むと、困惑する彼を尻目にニヒルな笑みを浮かべた。

「色々と出遅れてしまったらしいな。だが、私にはまだ重要な役割がちゃんと残っているようだ。待たせたな、このシリウス・ブラック。これより不死鳥の連合に参加する」

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