第十四話「エピローグ」

第十四話「エピローグ」

 クィディッチ・ワールドカップはブルガリアチームがイギリス・アイルランドチームを下して優勝した。あれだけ感動した試合がほんの数行で済まされているのが寂しい。
 冬休みが終わり、俺達はホグワーツに帰って来た。残りの試合数が減り、警護する会場の数が減った事でダリウスも俺達の警護としてホグワーツに戻って来ている。彼は漸く肩の荷が軽くなったと喜んでいた。長い様で短かった一週間。毎日観戦した試合はどれも胸踊る熱い戦いばかりだった。
 残念だったのは日本チームやロシアチームが早々に敗退してしまった事。日本チームはトリッキーな技でドイツチームを翻弄しようとしたけど、ドイツチームはまるで未来を予知しているかのように悉く日本チームの動きを封殺して確実に点差を広げていった。唯一つ、心に残っているのは最後のシーカー対決だった。
 例え、スニッチを手にしても敗北が決まっていた日本チームだったけど、シーカーの女の子は最後まで全力で飛んで、最後にスニッチを確保した。決して、ドイツチームは手を抜いていなかった事は彼らの愕然とした表情が物語っていた。あんな絶望的な状況だったのに、それでも負けたくないって思ったんだ。

「かっこよかったな」

 週末にグリフィンドールのクィディッチチームの選手選抜試験が行われる。どんな試験方法なのかは知らされていないけど、アルとハリーは毎日授業の後にシーカーの練習をしてる。ロンとネビルも挑戦するみたいだけど、二人はアル達とは違うポジションを狙ってるらしい。

「僕はキーパーを目指すんだ」
「僕はチェイサーさ」

 ロンはチェイサー志望のネビルにクァッフルを投げて貰ってゴールを護る練習をしている。
 空き時間を見つけての練習だけど、アルとハリーの練習は早過ぎてよく分からないから俺もハーマイオニーもロンとネビルの練習を見学してる。二人共、みるみる上達して行くのが分かる。

「あれ、【ダブル8の字ループ】っていうのよ」

 ハーマイオニーは【クィディッチの今昔】とロンの動きを照らし合わせながら言った。
 スコア・エリアからのネビルの強烈なシュートをダブル8の字ループでロンは見事にガードした。ペナルティみたいな相手がどこに投げようとしているか分からない時に使うテクニックらしい。
 ネビルは最初、ゴールにクァッフルを通すチェイサーの基本動作に梃子摺っていたけど、段々とコツを掴み始めたみたい。今では色々な角度からのシュートに成功している。

「ナイスガード!! ロン!!」

 ハーマイオニーが声援を送ると、ロンはガッツポーズを決めた。

「どんまい、ネビル!! 頑張って!!」

 悔しそうにしているネビルに声援を送ると、元気一杯に手を振り返してくれた。三月も中旬を過ぎ、段々と暖かくなって来ている。
 懸念していた闇の勢力の蜂起も今の所無く、平和な日が続いている。不死鳥の連合がマルフォイ邸を襲撃した事で彼らの計画は大いに狂わされたのだろう。
 このまま、ずっと穏やかな日々が続けばいいんだけど……。

「ユーリィ」

 少し離れた所に座って、アル達の練習を観戦していたダリウスが声を掛けて来た。

「お客さんだ」

 何だろう。頭を向けると、ダリウスが顎で競技場の客席出入り口を指した。そこにはドラコの姿があった。

「やあ」

 久しぶりに見たドラコの顔は少しやつれている気がした。

「久しぶり」
「ドラコ君!?」
「ドラコ!?」

 俺とハーマイオニーは揃って驚きの声を上げた。ドラコはずっと監視生活を送っていた筈だ。授業とかも別室で受け、連合の監視の下で囚人は言い過ぎにしても、それに近い生活をしているとダリウスが話してくれた。
 彼に駆け寄ると、彼は深刻な表情を浮かべて言った。

「……これを見てくれ」

 ドラコはそう言うと、袖を捲って腕を見せて来た。
 覗き込むと、そこには黒い刺青があった。
 一瞬、死喰い人の証の刺青かと思ったけど、よく見ると違う。

「文字……?」
「【よくやった】って、書いてある」
「よくやったって……?」
「分からない。今朝になって、この文字が浮かんだんだ。それで、マッドアイに頼んでここに連れて来てもらった」

 そう言うと、彼は出入り口の先の影になっている部分に視線を向けた。そこにはマッドアイの姿があった。

「僕は失敗した筈なんだ。君から何も聞き出せていない上に屋敷に連合が襲撃する要因を作ってしまった。用済みとか、罰を与えるとか、役立たずって文字が浮かぶなら分かる。だけど、【よくやった】という文字が浮かぶ理由が分からない。もしかすると、僕自身が知らない所で僕は【ナニカ】をしたのかもしれない。……してしまったのかもしれない」
 
 ドラコの瞳には恐怖の色が浮かんでいる。帝王に切り捨てられ、喋れる情報を洗い浚い連合に語ってしまった彼らは帝王にとって裏切り者である筈。消される事も視野に入れているのだろう。
 そんな中で浮かび上がった激励の文字。

「ヤツは何を考えているんだ……?」

 ダリウスも深刻そうな表情で文字を眺めている。

「激励の文字の意図も分からんが、それ以上に分からんのは、【何故、わざわざ文字を浮かばせたのか?】という点だ」

 影の中からマッドアイのイラついた声が響く。

「何を考えている……」

 マッドアイの言葉は俺達全員の気持ちを代弁している。
 ただ、一人を除いて……。

「……ボクの存在だね」

 勝手に俺の口が動いた。ジャスパーが表に出て来たみたい。

「ジャスパー、どういう意味だ?」

 ダリウスの問いにジャスパーは答えた。

「ドラコ君が得た唯一のボク達の秘密は【ユーリィ・クリアウォーターが二重人格である事】だけだよ。恐らく、ヴォルデモートはボク達が思ってる以上に色々な情報を既に掴んでいるのかもしれないね。そして、必要なピースが全て揃ったのかもしれない。だから、わざわざドラコ君に【よくやった】なんて言葉を送ったんじゃないかな」
「二重人格である事……だと? だが、そんな情報……」
「まさか、【そんな情報が何の役に立つんだ?】なんて、間抜けな質問はしないよね?」

 俺は間抜けだったみたい。つい聞こうとした質問に先手を打たれた。

「ボクの存在は割と重要なピースなんだよ。まだ、肝心のピースは揃ってないだろうけど、ヴォルデモートなら大体の構造が見えて来ている筈なんだ」
「待て、何の話をしている……?」

 ジャスパーの意味深な言葉にダリウスは険しい表情を浮かべた。

「あまり、もたもたしてる暇は無いって事だよ。正直、ボクの予想より事態は深刻なんだ。色々な意味でね……。こんな状況でヴォルデモートが動き出したら……まあ、これはその時が来たらだね」
「おい、何か知っているなら話せ!!」
「怒鳴らないでよ。否応でも話すべき時が来たら話すさ。だけど、その時までは話すべきじゃない」
「どういう事だ……?」
「話した瞬間に【その時】が来ちゃうからさ。ボクが言える事は一つだよ。一刻も早くヴォルデモートの動きを捕捉して、奴を倒してよ。じゃないと、取り返しのつかない事になる」
「何が起きるというんだ……?」
「非常に拙い事だよ。ボクが言えるのはココまでさ。だから、後は皆の努力次第だね」

 その言葉を最後にジャスパーは再び俺の意識の奥底へと戻っていった。段々、彼の存在を意識出来るようになってきている気がする。

「おい、ジャスパー!!」

 ダリウスが俺の肩を揺すった。 
 直ぐに俺の中にジャスパーが居ない事を察した彼は悔しそうに壁を殴った。

「一体、何が起こるというんだ……」

 ダリウスの言葉に応えられる人間は居なかった。
 一体、ジャスパーは何を考えているんだろう。たくさんの人を殺して、【絶望】なんて言葉で例えられる彼の正体は何者なの?
 彼が表に出て来る度に彼に対する謎は深まるばかり。

「……ジャスパーってさ、なんか……」
「どうしたの、ハーマイオニー?」

 ハーマイオニーは眉間に皺を寄せながら俺を見た。

「……ううん。多分、思い違いだと思う。でも、彼の言った事はあながち的外れじゃないと思うわ。ヴォルデモートは何か決定的な【ナニカ】を得たのよ。それが何なのかは分からないけど、平和な時間はもう……あんまり長くない気がする」

 不吉な言葉だけど、決して否定出来ない。心なしか、空が曇ってきた気がする。
 クィディッチ・ワールドカップで明るくなった心に段々と暗い影が忍び寄って来る感じがする。
 アル達の練習の掛け声を聞きながら、俺は体の震えを必死に堪えた。

「……この事はアル達には内緒にしておこう。選抜試験に影響が出ると困るし……」
「そうね。どっちにしろ、私達に何が出来るってわけじゃないもの」

 ハーマイオニーと頷き合いながら競技場を眺めた。

「クリアウォーター。それに、グレンジャー」
 
 ドラコが言った。

「僕も出来る事があれば何でも協力するつもりだ。……帝王は僕の家族を弄んだんだ。僕の……誇りを貶めたんだ。僕は僕自身に誇れる事なんて何一つ無い。家が名家で純血である事だけが僕の誇りだったんだ。なのに……」

 ドラコは拳を握り締めながら言った。

「僕は帝王を許せない。だから、……帝王の思い通りにはさせたくない」

 ドラコは怯えている。帝王に抗う事に恐怖している。それでも、抗うと言った。

「許して貰えるとは思えない。だけど、僕は……不死鳥の連合に入りたい。試練があるというなら受けるし、誓いを立てろというなら立てる。だから、どうか……」

 ドラコはダリウスを見つめた。その瞳はどこまでも真摯だった。だけど……、

「駄目だ」

 ダリウスの返答は否。

「……どうしてもか?」
「ああ、当然だろう。お前には印が残っている。それは決して消えない強力な闇の呪いだ。それがある限り、お前を連合の一員として招きいれるわけにはいかない」
「でも、僕は……」
「気持ちは分かる。だが、連合に入れるわけにはいかない。それに、監視を解く事も出来ない」
「……そうか。当然……だな」

 落胆の声。ダリウスの無情な返答にドラコは声に悔しさを滲ませながら再び「そうか……」と呟いた。
 理由があまりにも明確なせいで、俺達も何を口出しが出来ない。
 彼の強い意思を認めて上げたいと思うのに、認めるわけにはいかないというジレンマ。

「連合入りは許可出来ないし、お前から監視を解く事も出来ない」

 そんな俺達に止めを刺すかのようにダリウスは言った。
 悔しそうに唇を噛み締めるドラコにダリウスは軽い口調で言った。

「だから、お前はユーリィを護れ」
「……は?」

 ドラコの目は驚きのあまり真ん丸く見開かれた。
 俺もハーマイオニーもさすがにダリウスの言葉に口をポカンと開いた。

「言っただろう? 連合入りは許可出来ないし、監視も解けない。だから、お前は常に俺の下に居ろ。そんで、ユーリィを護れ」
「クリアウォーターを……」
「ユーリィを護る事が帝王に抗う上で最も効果的な手段だ。だろう? 奴が一番殺したいと思っているのはハリーで、一番恐れているのはダンブルドアで、一番欲しがっているのはユーリィだ。だから、お前は俺と共にユーリィを護るんだ。それがお前に出来る帝王への叛逆だ」
「僕が……クリアウォーターを護る事が……帝王への叛逆……」

 ドラコは口の中でダリウスの言葉を反芻しながら俺を見た。
 思わずドキッとする程熱い視線が注がれている。

「そうだな。この国風に言えば、お前さんはユーリィって王を護る騎士になるんだ。何が何でも王を護れ。それが帝王に一番痛手を与えられるぜ」
「……騎士か」

 ドラコはふんと鼻を鳴らすと、意地の悪そうな笑顔を浮かべた。

「王座に据えるには不足も良い所だが、帝王に痛手を喰らわせられるなら悪くない。……ああ、その為ならクリアウォーターにだろうが、グレンジャーにだろうが忠誠を誓ってやるさ」
「ああ。だが、その忠誠には力が必要だぞ」
「強くなるさ。帝王を前に無様を晒すのは二度と御免だ。今度は堂々と奴に杖を向けてやる」
「悪くないぜ、ドラコ。なら、俺が鍛えてやるよ。立派なユーリィの騎士にな!」

 何だか良く分からない展開になって来た。
 いきなり、ドラコが騎士とか俺が王とかどういう事?
 何だか、取り残されたような気分で戸惑っていると、ドラコが俺の前に来てニヤリと笑った。
 何と言うか、彼が上流階級の人間なのだと改めて実感する。偉そうな態度を全体で表現し、それがとても自然なように見える。
 他者に傅かれるのが当然という正に王の風格。
 そんな彼が俺の前で片膝を突いた。

「僕は僕の誇りの為に戦う。その為に君に忠誠を誓ってやる。何があろうと帝王に君は渡さない」
「えっ、あ、あの!?」

 途惑っている俺にドラコはまるで忠誠の騎士みたいな見事な動作で俺の手を取った。

「今から僕は君の騎士だ」

 そう言って、彼は再び立ち上がった。

「なんてね」

 慌てふためく俺を見て彼は可笑しそうに笑った。

「本気か、ダリウス?」
「ああ、本気に決まってるだろ」

 影からマッドアイが現れた。ドラコは途端に緊張した表情を浮かべた。

「ユーリィの警護については俺に全て任されている」
「だが、こやつは……」
「ユーリィを護るにはどうしても人手が必要だ。来年、アレがあるせいで俺達も身動きが取り辛くなる。ユーリィを護る手は幾らあっても足りない」
「だが、よりによって……」
「必要なのは信用ではなく、信頼だ。俺はドラコの意思を信頼出来ると思った。手を借りるに足る信頼を持てると思った。安心しな。例え、こいつがまた道を外しそうになっても俺が必ず連れ戻す。ドラコを信頼出来ないってんなら、俺を信頼しな、マッドアイ」

 マッドアイは暫くダリウスを睨みつけると、しばらくして深い溜息を零した。

「お前の事は信頼しておる。信頼を裏切る真似はするでないぞ」
「分かってるさ。安心しな、マッドアイ。俺はこうと決めた事は絶対に遂行する男だ」
「ああ、良く知っている。任せるぞ、ダリウス。だが、忘れるな。何事も油断大敵!!」

 相変わらずの言葉を残してマッドアイは背中を向けた。

「ドラコ・マルフォイの事はお前に任せる。少し、学校内の護りの再確認をしてくるとしよう」
「ああ、頼むぜマッドアイ!」

 不吉な影が迫っている。
 だけど、悪い事ばかりじゃない。
 ドラコがまた、俺達の所に帰って来てくれた。今度こそ、完全に俺達の味方として。
 だから、俺は怖くない。俺だって、少しずつだけど強くなってるし、皆が居る。
 アルやダリウスを始め、皆が俺を護ろうとしてくれている。ジャスパーの言葉は気になるけど、きっと、未来はそう暗いばかりじゃない筈だ。
 もう直ぐ、グリフィンドールの選手選抜試験が始まる。きっと、皆、合格出来る筈。だって、こんなに練習を積んでいるんだから。
 もう直ぐ、四年目が終わりを迎える。
 五年目はどんな年になるんだろう。
 不安を抱きながらも、俺は皆で笑い合う未来を想像し、胸を高鳴らせた。

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