第六話「アルフォンスVSユーリィ」

第六話「アルフォンスVSユーリィ」

 代表選手の選定への挑戦権を得る為の最後の試練とあって、競技場は観客で賑わっていた。寮対抗クィディッチ試合が中止になり、生徒達はみんな娯楽を求めている。
 三大魔法学校対抗試合の前哨戦とも言えるこの選抜試験はそういう意味合いもあって、最終試験は他の生徒達の見学が許可されている。大観衆の見守る中での試験。いつもなら緊張して何も出来ないまま終わっていただろうけど、今日の俺はいつもと違う。俺の目に映るのは一人だけ。彼以外に意識が向かない。観衆の声も視線も気にならない。
 負けるわけにはいかない。アルを命の危険から遠ざける為に俺はなんとしても勝たねばならない。勝って、今度こそ言おう、完全なる決別の言葉を。アルを護る為にアルとの絆を断ち切らなければいけない。アルと絶交するなんて、身を引き裂かれるより辛い。だけど、アルの死よりはずっとマシだ。
 死とは終焉を意味する。俺は何の因果か死の先を歩いているけれど、本来は在り得ない。それに、死の先には元の世界へ通じる道は存在しない。アルの死後がどうなるにしても、もう二度と会えない事だけは確実に言える。彼の青褪めた表情を想像して気が狂いそうになる。彼の笑顔が見れなくなると思うと震えが止まらなくなる。彼の声が聞こえなくなると思うと叫び出しそうになる。

「ユーリィ」

 低くなった声で彼は俺の名を呼ぶ。どんな声優も、どんな俳優も、どんな歌手も彼の声を真似る事は出来ない。俺の心を惹き付けて止まない魅力溢れる声。
 真っ直ぐな眼差しには怒りと優しさという相反する感情が渦を巻いている。俺の身の安全の為なんて理由で彼は死地へ赴こうとしている。自分の命の価値を軽視している。この世で誰よりも生きる価値のある魂の持ち主は自分の命の価値の重さを理解していない。
 観客の誰もがアルの勝利を確信している。俺とアルはまさに太陽と月。アルという太陽が居なければ、誰も俺を意識したりしない。軽んじられて当然な惨めな存在、それが俺だ。

「棄権する気は無いんだな……」
 
 その瞳には懇願の色が浮かんでいる。その瞳を受け入れたくなってしまうけど、受け入れるわけにはいかない。他の事だったら……、彼の願いが彼の幸せに繋がる事なら、俺はどんな願いでも叶えてあげたいと思っている。例え、その為に命を投げ打つ必要があるというなら躊躇しないし、破滅しろと言うなら喜んで破滅する。彼の為と思えば、【絶望】は絶望ではなく、俺にとって【希望】となる。
 彼を思うこの感情をどう言葉にすればいいのか分からない。ただ、言える事は一つだけ。俺の世界はもう俺を中心には回っていない。俺の世界の中心に存在するのはアルフォンス。

「始めよう、アル」

 こうして言葉を交すのは一ヶ月振り。彼との会話を渇望している自分が居る。もっと、話したい。もっと、声を聞きたい。止め処なく溢れる欲望に押し流されないように踏み止まるのは容易い事じゃなかったけど、俺は必死に口を噤み、杖を取り出した。
 意識を心の奥深くへ埋没させる。深遠の闇の中、頑強な檻に閉じ込められている彼に話し掛けると、彼は悲しそうに微笑み、頷いた。
 俺はアルと戦うと決めた日に心を完全に制御出来るようになった。もう、ジャスパーは自分の意思で檻から出る事は出来ない。俺は彼を完全に支配した。まるで、パズルのピースが綺麗に嵌ったみたいな気分。全身に力が漲り、生まれ変わってからの十五年間で感じた事の無い程の充実感がある。
 ダンブルドアの掛け声で【決闘】が開始される。最初はお辞儀。そして、杖を構える。瞬間、アルの杖から魔法が飛び出した。無言呪文だ。熟練の魔法使いでも使える者の少ない【呪文を唱えずに呪文を使う技術】だ。だけど、俺も対策を怠っているわけじゃない。アルが無言呪文を使える事はとっくに知ってる。俺の前には見えない盾が発生し、アルの呪文を跳ね返した。驚きに体を竦ませず、アルは飛びずさって反射した呪文を避けた。

「無言呪文で、盾の呪文だと!?」

 アルが驚くのも無理は無い。元々、盾の呪文は高難易度の呪文で、無言呪文で使用するのは酷く難しい呪文だ。だけど、俺は例外的に使う事が出来る。しかも、効果を減退させる事なく完璧な盾を使える。
 足は止まらなかったけど、口と思考は停滞している。ここで攻撃に転じよう。

「エンゴージオ!!」

 目標はアルの足下。競技場の雑草を急成長させる。瞬く間に成長した雑草に俺は独自の無言呪文で変身術を掛ける。人の背丈程も大きくなった雑草が鋼鉄の牢に変わる。だけど、その中にアルの姿は無い。
 だけど、逃げる先は分かり切っている。上空を見上げると、杖を構えるアルの姿があった。杖から夥しい量の水が飛び出す。アグアメンティの呪文だ。

「インセンディオ!!」

 咄嗟に唱えた火の呪文がアルの水の呪文を相殺する。けれど、相殺して終わりじゃない。火が水を気化させる事で多量の水蒸気が発生し、アルの姿を隠してしまった。

「ホメナム・レベリオ!!」

 アルの居場所を探ろうと唱えると、反応は直ぐ目の前にあった。次の瞬間、水蒸気の先から徒手空拳のアルが現れた。

「ッハ!!」

 狙いは杖だった。弾丸のように伸ばされた腕でアルは俺の杖を奪い取り、一瞬で距離を取ってしまった。顔には勝利を確信した笑み。だけど、甘いよ。
 俺は武装解除の呪文を放った。

「なんだと!?」

 驚愕に染まる彼の顔が少しおかしかった。武装解除の呪文はポケットのアルの杖までは取り上げてくれなかったけど、俺の杖を取り戻してくれた。

「まさか、ジャスパーを使ってるのか!?」

 大正解。俺の無言呪文の正体はジャスパーだ。ジャスパーを支配下に置き、彼に心の奥の牢獄で呪文を唱えて貰う。すると、俺の左腕に巻きつけてあるジャスパーの杖から呪文が飛び出す。
 単純に二対一の構図。更に、ジャスパーの呪文は全てが無言呪文となる。しかも、効果の減衰は無しだ。アルに勝つためならどんな手段も厭わない。俺の中のもう一つの人格を【使う】事も躊躇しない。俺の世界の中心はアルだ。だから、それ以外は必要とあれば【駒】として使える。
 ジャスパーの事は嫌いじゃない。最初の怖い印象なんて、とうの昔に消えている。予言なんてどうでも良くなってる。幾度と無く救いの手を伸ばしてくれた彼をどうして嫌えるというの? でも、アルを命の危険から救う為なら大好きな心の中に住みつく住民の事も平気で利用出来る。
 自分でも不思議になるくらい、何の躊躇いも浮かばなかった。

「捕まえた」

 ジャスパーに雑草を少し成長させ、アルの足を拘束させた。驚きが彼を想定以上に足止めしてくれたおかげ。無言呪文による拘束から脱しようとポケットから杖を取り出そうとするけど、それは間違い。
 杖を取り出すから、武装解除の呪文が効果を発揮する。彼の杖は空高く飛びあがり、俺の手に収まる。驚きと絶望に染まる彼に俺は宣言した。

「俺の勝ちだよ、アル」

 アルの敗因は相手が俺である事で油断した事。そして、前の試験でジャスパーを使った事を知っていたのに、俺がジャスパーを使って戦う事に驚いてしまった事。
 全部、思い通り。審判をしていたフリットウィック先生が驚きに顔を歪めながら俺の勝利を告げると、観客達は歓声を上げた。
 アルに背を向けて競技場を去ろうとすると、アルが慌てて俺の手首を掴んだ。凄く強い力で握られたせいで少し痛い。

「待てよ、ユーリィ。お前……」
「俺を甘く見過ぎだよ、アル」

 口元を歪めて言うと、アルはショックを受けた表情で凍り付いた。

「これで分かったでしょ?」
「……何が」
「俺は強いんだよ。アルが思ってるよりね」
「ふざけるな! ただ、ジャスパーを使って勝ちを拾っただけじゃねぇか!! こんな……、こんなの認められるか!!」
「どっちにしても、君は負けたんだよ。俺にね」

 悔しそうに顔を歪める彼を見るのはとても辛い。だけど、彼に俺を憎ませるくらいしないと、また、彼は俺の為に命を投げ打ってしまうだろう。
 決別の時が来た。誰よりも大切だから、誰よりも近くに居て欲しくない。その為なら、どんな酷い事も口に出来る。

「君は俺より弱いんだ。だから、君に俺は護れないよ」

 諭すように言う。何と言う高慢な物言いだろうと、自分でも思う。アルに俺を護る義務なんて無いのに、これでは俺が俺の事をアルに護らせてあげていたみたいだ。
 だけど、羞恥も苦悩も顔には出さない。

「ユーリィ、俺は!」
「もう、いいよ」
「もういいって、お前!」
「もう、いいんだよ。だって、君はもう誰にも負けないんじゃなかったの?」

 アルは表情を強張らせた。

「誰にも負けないって言った癖に、俺に負けちゃったよね。他でもない、俺に……」
「お前……お前!!」

 純然たる悪意の篭った言葉。俺は一体、誰にこんな酷い事をしているんだろう。

「君に誰かを護るなんて無理な話だったんだよ。口ばっかりで、結局、君は何も出来ない」
「俺は……俺は強くなったんだ!!」
「俺に負ける程度で強いんだ」

 言葉を失うアルに俺は追いうちを掛ける。

「ハッキリと言ってあげるね」

 アルの顔に貼りついているのは恐怖の表情。俺に何を言われるのかを恐れている。
 可哀想。こんなに怯えてしまって……。彼にこんな顔をさせる奴なんて酷いロクデナシに違いない。最低のクズに違いない。
 俺はこの世の誰よりも最低だ。

「君には俺を護れない。俺に君は必要無い。要らないんだよ、君なんてさ」

 悪意に満ちた言葉を平然と吐き出せる。口元には歪んだ笑みを浮かべている。
 アルの瞳に映るその姿は酷く醜い事だろう。

「さようなら。役立たず」

 今度こそ、もう振り返らない。アルが追って来る気配も無い。でも、まだ我慢しなきゃ駄目だ。
 競技場を出て、ダリウスが警護に付いた。まだ、駄目だ。寮に戻る間、ダリウスは何も喋らなかった。ありがたい。今、口を開けば何を言い出すか分かったもんじゃない。
 寮に付いて、俺はトイレに篭った。個室に防音の呪文を掛け、これで準備は万端。これで、思いっきり泣ける。声を上げて、涙を流して、俺は泣き続けた。
 
――――ああ、どうして■の願いは■に絶望を齎すんだろう。あの時もそうだった。■はただ、■と一緒に居る事を望んだだけだったのに……。

 ※※※※

 ああ、時間が無い。
 ボクが作り上げた全てが崩壊し始めている。
 少しずつ、音を立てて終わりが近づいて来る。
 ボクには何も出来ない。手足を縛られ、頑丈な牢獄に閉じ込められ、ボクの世界の光景は大きな変貌を遂げてしまっている。
 全ての原因はボクにある。ボクがあんな選択をしなければ、きっと、こうはならなかった。
 全ての原因はボクにある。ボクがあんな願いを思わなければ、きっと、こうはならなかった。
 ボクは【全ての始まりの夜】を思い出しながら涙を流す。ボクにはもう何も出来ない。払った犠牲も意味が無かった。可能性があるとすれば、彼だけだ。

――――ああ、どうか、僕の【願い】よ、僕の【望み】を叶えてくれ。

 ※※※※

 最終試験の結果に会議場は騒然となっていた。
 アルフォンスの敗北。この場に居る誰もが予想していなかった事態だ。

「こうなったら、無理にでもユーリィ・クリアウォーターを棄権させるしか……」

 闇祓い局の局長スクリムジョールの補佐官、ガウェイン・ロバーズの言葉に同じく闇祓いのロジャー・ウィリアムソンが首を振った。

「そう簡単な話ではないぞ。最終試験の結果は誰もが知っている。突然、クリアウォーターが棄権をすれば、いぶかしむ者も居るだろう」
「理由をでっち上げればいい。ただの記念受験だったとでも言えば、炎のゴブレットの選定を棄権する言い訳になる。とにかく、ユーリィ・クリアウォーターを代表の選定にチャレンジさせるわけにはいかない。ハリー・ポッターがスリザリンのウィリアム・ウィンゲイトに敗北したから安心していた所へ……まったく、あの子には危機感というものが無いのか……。それに、我々の訓練を受けながらアルフォンス・ウォーロックめ、何という体たらくだ!!」

 怒声を上げるガウェインに同じく闇祓いのアネット・サベッジが苦い表情で首を振った。

「あの子を納得させるのは大変だと思うわ。たぶん、あの子は危機感が無いんじゃない。あるからこそ、アルフォンスの坊やを三大魔法学校対抗試合に出させないようにしたんだと思う」
「馬鹿な事を……。アルフォンス以外で死喰い人と対面し、無事で居られる者などそうそう居ないぞ。可能性があるのはハリー・ポッターか七年生の優秀な生徒達くらいだ。ユーリィ・クリアウォーターではむざむざ子羊をライオンの餌場に投げ入れるようなものだ」
「だけど、あの子はアルフォンスの坊やに勝ったわ」
「アルフォンス・ウォーロックに聞いた所、彼はジャスパーを使ったらしい」

 ジャスパーの名前に再び会議場はざわめいた。

「予言で絶望とされている死を撒き散らす災厄でしょ!? 何を考えてるのよ!? というか、使ったって、どういう意味? どうなってるの!?」

 アネットの疑問に応えたのはダリウス・ブラウドフット。ユーリィの警護役に抜擢された闇祓いの精鋭の一人だ。

「ジャスパーは幾度かユーリィを救う為に表に出て来た事がある。その間に、ユーリィはジャスパーと意思の疎通が出来るようになっていたのかもしれない。最初は出来なかった筈だが……。ユーリィは何度も彼に助けられた事で彼に対して一定の情のようなものを抱いたのかもしれない」
「何て無責任なんだ!! 君は何のために警護役をしているんだ!?」

 憤るガウェインにダリウスは言った。

「とにかく、あの子はアルフォンスに勝ってしまった以上は炎のゴブレットの選定を受ける筈だ。棄権を良しとはしないだろう」
「何故だ!? アルフォンス・ウォーロックを三大魔法学校対抗試合に参加させないというのが彼の望みなら、既に叶っているではないか!!」
「ユーリィにとって、アルフォンスは特別な存在なのさ。そんな彼を負かした以上、アルフォンスに代わり、自分がアルフォンスの使命を背負わなければいけないという義務感を抱いている事だろう。つまり、自分が三大魔法学校対抗試合に参加する事で、他の生徒達に危険が降りかからないようにするという我々がアルフォンスに背負わせる筈だった使命をな」

 ガウェインはテーブルを強く叩いた。木製の机にヘコミが出来るのも御構い無しに彼は言った。

「能無し共がこんな状況下で三大魔法学校対抗試合の開催を強行しなければ……」
「元々、既にクラウチが生きていた頃から進められていたプロジェクトだったからな。今更、後には引けなかったのだろう」

 ガウェインの憤りを冷静に受け止め、ロジャーはすげなく言った。

「魔法省魔法ゲーム・スポーツ部部長のルード・バグマンがノリ気になったのも拙かった。彼には人々を先導する一種のカリスマがある。元々、数度に及ぶ死喰い人の暗躍を一部の死喰い人の残党の犯罪としか取り合わず、本格的な闇の勢力の復活を否定する魔法省にとって、彼は【希望の光】になってしまった。暗雲を打ち消す光が必要だという彼の主張は高官達の心を掴んでしまった。三大魔法学校対抗試合の復活は魔法省にとっても誉れある事だ。低迷する魔法省の支持率を取り戻す為に有効な手立てだった事は間違い無い」
「だが、現にヴォルデモートは復活を果たしている!! 死人も出ているのだぞ!?」
「ヴォルデモートの復活を信じる者は少ない。決定的な証拠が無いせいでな。局長の言葉や君の言葉が誰にも届かない時点で分かっている事だろう? それに、クリアウォーターの事をあまり大勢の人間に漏らすわけにもいかない。下手に漏らせば、ファッジなどはどんな血迷った決断をするか分かったもんじゃない」
「何という事だ!!」

 再び、ガウェインは強くテーブルを叩いた。クィディッチ・ワールドカップに続く三大魔法学校対抗試合。
 今まで、幾度と無く止めようと不死鳥の連合は動き続けていた。だが、流れは決して止まらず、何世紀にも渡り中止されていた試合は最悪のタイミングで復活してしまった。

「アルフォンスの敗北は痛恨だな。奴を勝たせる為に試験の内容を奴に合わせて行ったというのに……」

 ロジャーも眉を顰めた。筆記、実技、体力、実践。アルフォンスが勝てるようにと学校側と連合側が手を組んで仕掛けた、ある種のイカサマ行為。無論、アルフォンス自身は気付いていないだろうが、この試験は最終的にアルフォンスが勝ち残る筈だった。
 魔法省や生徒達の目がある中、あまりに目立った手助けや妨害も出来ず出来うる限りの措置を講じたが、まさか、このような結果になるとは予想していなかった。

「炎のゴブレットが懸命な判断を下してくれる事を祈るしかないわね……」

 アネットは試験の最終合格者の四人の名前を諳んじながら言った。
 スリザリンの七年生のウィリアム・ウィンゲイト。ハッフルパフの七年生のセドリック・ディゴリー。レイブンクローの七年生のアドルフ・ソロモン。そして、グリフィンドールの五年生のユーリィ・クリアウォーター。
 彼らの内、一人が炎のゴブレットによって代表選手に選ばれる。

「とにかく、説得して棄権させるより他は無い」

 ガウェインはダリウスに視線を向けた。

「説得は君に任せるぞ。何としても、棄権させるんだ」
「あんまり期待すんなよ? あいつはああ見えて、意外と頑固だ」
「彼自身の命が懸かっているんだぞ!! 真面目にやれ!!」
「オーケー。目くじら立てんなって」

 ダリウスは肩を竦めながら言った。
 ガウェインは不満そうに鼻を鳴らしながら代表選手決定の日までの日数を数えた。
 残る時間は少ないが、何とかして参加させない為の手段を考案しなければならない。

「さて……、どうするか」

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