第八話「闇祓い」

 ユーリィがスリザリンの継承者に襲われた日から二日が経ち、ホグワーツはどこに行ってもユーリィと二番目の被害者のアラン・スペンサーの話題で持ちきりだった。
 夜になって、寮の談話室にマクゴナガルが入って来て、大広間に集合するように言われ、ロンとネビル、ハーマイオニーと一緒に監督生に続いて大広間に向かった。アルの姿は無い。特別に許可を貰って、ずっとユーリィの傍についているらしい。病室でユーリィと対面した時のアルの顔が脳裏に焼き付いて離れない。憎悪に身を焦がすアルに僕は何も言えなかった。
 ユーリィの体に刻まれた文字について、ハーマイオニー達とも話し合った。夏休みに出会ったドビーの事も……。
 僕はドビーの話をしながらアルに殴られる覚悟をした。ドビーはホグワーツに危険が迫っていると忠告してくれた。秘密の部屋が開かれると自分の立場も顧みずに警告してくれた。にも関わらず、僕は学校に来て、ドビーの言葉通り、秘密の部屋が開かれてしまった。ユーリィの傷の文字にも書いてあった。狙いは僕なんだって。
 僕のせいだ。秘密の部屋が開かれたのも、ユーリィが襲われたのも、アラン・スペンサーが襲われたのも、全部僕のせいだ。だけど、アルは僕を怒らなかった。アルだけじゃない。ユーリィのお母さんとお父さんも僕を責めなかった。仕方の無い事だ。僕に非は無い。そう言って、慰めてくれさえした。それが余計に辛かった。きっと、ユーリィも僕を責めたりしない。それが分かるだけに余計に哀しかった。
 そんなに優しい人達が悲しみにくれている。怒りに震えている。痛みに苦しんでいる。僕のせいだ。
 犯人を見つけ出す。他の誰かに任せるなんて嫌だ。僕自身が見つけ出すんだ。それがせめてもの罪滅ぼしだ。

第八話「闇祓い」

 大広間に到着すると既にアルの姿があった。僕達が駆け寄ると、アルは軽く手を挙げた。いつもなら笑顔で迎えてくれるアルが暗く表情を落としている。誰も笑顔になる事なんて出来ない。
 僕らがまた笑い合える日が来るとすれば、それはユーリィが戻って来た時だ。
 
「何の話かな?」

 ロンの言葉にアルは苛々したようすで応えた。

「父さんが闇祓いを呼んだ。たぶん、その事だと思う」

 アルの言葉にロンは目を丸くした。僕は闇祓いという言葉に聞き覚えがなくてイマイチ分からず、困った時のハーマイオニーを見た。
 僕の視線の意図を察してハーマイオニーが説明してくれた。
 闇祓いというのは、要はマグルで言うところの国の対テロ特殊部隊の事らしい。要人の護衛や闇の魔法使いの捕縛などその仕事は多岐に渡り、アルのお父さんも闇祓いの仕事をしているそうだ。
 嘗て、暗黒の時代に闇の魔法使い達と真正面からぶつかったのは闇祓い達だったそうだ。
 ハーマイオニーの説明が終わると、丁度ダンブルドアが壇上に上がった。ダンブルドアは軽く咳払いをするとざわめいていた大広間を落ち着かせた。

「諸君。もう既に知っていると思うが、現在、ホグワーツは危機に瀕しておる」

 ダンブルドアの言葉に誰かが言った。

「秘密の部屋が開かれたのは本当なんですか!?」
「スリザリンの継承者は誰なんですか!?」
「どうして家に帰してくれないんですか!?」

 生徒達が再び騒ぎ始めた。みんな不安なんだ。スリザリンの継承者を名乗る者の存在に怯えている。
 スリザリンの生徒まで不安な顔をしているのは襲われた二人の内の一人が純血だったからだ。純血のユーリィが襲われた事にスリザリンでも動揺が広がっている。それでも、楽観主義者に言わせると、ユーリィはグリフィンドールの生徒であり、あのハリー・ポッターの友人だから襲われたに過ぎないらしい。その証拠にアラン・スペンサーは両親共にマグルの出身だったそうだ。
 その噂は継承者に怯える純血者達にとっての希望であり、その為に純血者達はよりハリー・ポッターの敵であろうと僕に敵意を向けてさえいる。
 実を言うと、僕もその考えが正解なんじゃないかと思う。ハーマイオニー達とも少し距離を置いたほうがいいのかもしれない。

「静粛に!!」

 スネイプの声が轟いた。嫌味ばっかり言う先生だけど、ユーリィを救う為に色々と動いてくれているとアルが教えてくれた。嫌いだけど、悪い奴ではないのかな?
 生徒が静まるのを見計らって、ダンブルドアが再度口を開いた。

「まず、言わねばならんのは、お主等の懸念は正しいという事じゃ」

 ダンブルドアの一言に大広間は騒然となった。
 秘密の部屋が開かれた。伝説の存在であったスリザリンの遺物の存在をダンブルドアは暗に認めたのだ。動揺の波は瞬く間に大広間全体に広がり、再び広間は騒がしくなった。
 すると、突然大広間の扉が開かれた。現れたのは老いた獅子のような男だった。たてがみのような黄褐色の髪やふさふさした眉は白髪混じりで、細淵の眼鏡の奥には黄色く鋭い瞳があった。わずかに足を引きずりながらも、すらりとした手足を上品に動かし、一種の気品のようなものを感じさせる。
 男は壇上に上がると、ダンブルドアに深々と頭を下げ、生徒達を一望した。

「初めまして、諸君」

 男は低くよく通る声で言った。

「私は魔法法執行部闇祓い局の局長のルーファス・スクリムジョールだ。これより我々はホグワーツの警護に当たる。それに伴い――――」
「警護だって!? ホグワーツを閉鎖するべきじゃないのか!?」

 話の腰を折られたスクリムジョールは眉を顰め、短く息を吸うと「静粛に!!」と叫んだ。
 あまりの大声にみんなポカンとした顔をしている。

「質問などがあるならば最後にお受けする。だが、まずは私の話を聞いて頂きたい。よろしいかな?」

 スクリムジョールは一同を見回し、誰も声を上げないのを確認すると話を続けた。

「先ほどの続きだが、ホグワーツの警護に当たるに伴い、我々闇祓いには幾つかの権限を校長より賜っている。要は怪しげな行動を取った者を拘束し、尋問する権限だ」
「なんだって!?」

 僕は自分の考えが口から飛び出したのかと思った。

「静粛に!!」

 再びスクリムジョールの声が轟き、みんな口を開いたまま凍り付いたように動けなくなった。

「諸君らの考えも分かる。しかし、現状はそれだけ切羽詰っているという事を御理解頂きたい」
「現状って……?」

 壇上の近くの生徒が尋ねた。

「諸君らも既に知っての通り、秘密の部屋が開かれた。そして、これは第一の被害者であるユーリィ・クリアウォーター君が命を賭けて遺してくれた情報なのだが、犯人はバジリスクを手懐けているそうだ。これは第一、及び第二の被害者の容態を確認し間違いないだろうという結論に達した」
「バジリスクだって!?」
「そんなの嘘だ!! バジリスクを生み出すのは法律で禁止されてるんだぞ!?」

 再び騒ぎ出す生徒達をスクリムジョールは苛々した様子で一喝し黙らせた。

「バジリスクは恐らくホグワーツの創始者の一人であるサラザール・スリザリンが遺したものだろうと考えられる。彼の魔法使いは蛇語を操るパーセルマウスであった事は有名な話だ。そして、バジリスクはパーセルマウスにのみ従う。スリザリンの継承者に相応しい怪物だとは思わんかね?」

 スクリムジョールの言葉に声を発する者は居なかった。スクリムジョールの一喝が怖かったわけじゃない。
 それ以上にバジリスクが校内を徘徊しているという常軌を逸した事実が生徒達を恐怖のどん底に叩き落とした。

「これより、皆にはこれを装着してもらう」

 そう言って、スクリムジョールは懐から眼鏡を取り出した。
 
「バジリスクは僅かな量を摂取しただけでその生き物の魂をも蝕む強力無比な毒を持っている。そして、その瞳は見た者を死に追いやる魔眼であるとされている。あまりに危険な生き物故にあまり研究の進んでいない生き物だ。だが、第一、第二の被害者の状況が少なくとも魔眼に対する対策を打てる可能性を指し示してくれた」
「可能性……?」

 誰かが尋ねた。

「然様。即ち、魔眼による死は直接バジリスクの瞳を見た場合にのみ作用する可能性だ。それ故に幸か不幸か、クリアウォーターとスペンサーの両名は未だ命を長らえておる。状況を検証した結果、クリアウォーターは窓の方向を見ていた事が判明した。また、スペンサーは常に眼鏡を装着していた。これにより、直接魔眼を見なければ仮死状態で済む可能性が濃厚であると考えられる。仮死状態であれば、現在、温室で栽培中のマンドレイクを使い治療薬を作る事が出来る。故に、これより寝ている間以外は常に今から配る眼鏡を装着する事を義務とする。違反者は不審者として拘束させてもらう」

 瞬間、目の前のテーブルにシンプルなデザインの眼鏡がズラリと並んだ。

「既に眼鏡を掛けてる場合はどうすればいいですか?」

 誰かが聞いてくれた。僕もどうすればいいのか分からなかった。

「眼鏡を既に掛けてる者に関しては自前の物で許可する」

 良かった。度が合わないと何も見えないんだ。
 皆が眼鏡を掛けたのを確認すると、スクリムジョールは言った。

「さて、諸君は疑問に思っている事だろう。何故、バジリスクなどという凶悪な怪物が徘徊している学校内から生徒を退去させずにこのようなチャチとも言える対策をするばかりなのか、と」

 否定の声は上がらなかった。

「その理由は既に諸君の耳にも入っていると思うが第二の被害者であるアラン・スペンサーの襲撃場所に書かれた血文字にある。『学校を閉鎖する事は許さない。生徒を家に返せば無差別な殺戮が起こるだろう』という犯人からの警告の文を我々は無視出来ぬものと考えた。例えば、この場にバジリスクが飛び出して来たとして、被害を出さずにバジリスクを討伐出来るとは情け無い事この上ないが断言出来ない」
 
 スクリムジョールの言葉に再びざわめきが起こった。まるで、ライオンの檻の中に閉じ込められた気分だ。出ようとすればライオンは牙を剥く。出なくても、いつかは気まぐれに牙を剥く。
 
「だが、我々は逃げる為に来たのではない!!」

 スクリムジョールは吼えるように言った。

「我々は犯人を捕らえに来たのだ!! 故に諸君らは安心して――――」
「何が安心だ」

 スクリムジョールの言葉を途切れさせたのは大広間の開く音とその向こうから現れた男の声だった。
 戸口に一人の男が立っていた。長い杖に寄り掛かり、黒い旅行マントを纏っている。大広間に居る全員の頭が彼に向けられた。 
 馬の鬣のような、長い暗灰色まだらの髪をブルッと振るうと、壇上に向かってコツコツと歩き出した。片足が義足で、片目は義眼だった。体中に夥しい傷があり、まるで悪魔の化身が現れたのかと思った。

「どの口が安心などと口にしておるか、若造!!」

 壇上に上がると、男は憤怒の顔でスクリムジョールを睨んだ。

「アラスター・ムーディ。他の者達と待機するよう命じた筈だが?」
「命令だと? 若造の命令など粛々聞いとったら命が幾つあっても足らんわ!! そもそも、引退した身でわざわざ来てやったのもダンブルドアの頼みだったからに過ぎんわ!!」
 
 ムーディという男にスクリムジョールは苛立ちを隠さずに問うた。

「それで? 何が不満なのだ?」
「不満だと!? 貴様の目の節穴っぷりにだ、馬鹿者!! 貴様が部下と共に調査したらしいホグワーツの見取り図には見落とした点があまりにも多過ぎる!! ここに記載されていない外界への抜け道が幾つも見つかったぞ!! それでよくも抜け抜けと【安全】などという言葉を使えたものだな!!」
「なんだと!?」

 スクリムジョールの表情が一変した。

「抜け道があっただと!? しかし、ホグワーツから提供された資料には――――」
「馬鹿者!! 学校の抜け道など、教師が一々キチンと調べたりするものか!! 生徒の方がまだ詳しいぞ!! 地図にはワシが見つけた限りの抜け穴を追加しておいたが、まだ他にあるかもしれぬ。ワシはその調査を行う。良いな?」
「……ああ、そちらは頼む。マッドアイ」

 ムーディは振り返ると、再びコツコツと音を立てて大広間から出て行った。
 嵐のような一瞬の出来事だったが、スクリムジョールは直ぐに意識を切り替えた。
 緊急事態に遭遇した時の対処法や避難場所などの説明があり、その後に学校に駐屯する事となった闇祓いの魔法使いの顔合わせが行われた。
 最初に黒人で長身の男が一歩前に出た。

「私はキングズリー・シャックルボルト。君達の安全の為、しばし窮屈な思いをさせるが許してもらいたい!!」

 続いて、白髪混じりの男が前に出た。

「ジョン・ドーリッシュ。君達の安全は我々が保障する」

 次に前に出たのはもじゃもじゃした黒髪の男だった。

「ロジャー・ウィリアムソン。よろしく」

 次の顔は僕らのよく知る顔だった。

「エドワード・ウォーロック。犯人は必ず捕まえる事を約束する」

 エドワードの表情は夏休みに会った時とは打って変わって冷徹な印象を与えるものだった。
 エドワードの後にブラウドフット、サベッジ、レイリー、ルイスと計三十人もの闇祓いの集団が名乗りを上げた。広い校舎内をたったそれだけの人数でカバーし切れるものなのか疑問だったけど、対闇の魔法使い専門のプロが警護に当たる事にみんな一様な安心感を抱いたようだ。
 
「では、諸君!! 時間を取らせてしまい申し分けなかったな。これより、寮に戻りたまえ。それぞれの寮には二人の闇祓いが駐屯する事となる。何かあれば彼等に言うように!! 以上!!」

 グリフィンドールは最初に名乗りを上げたキングズリーとロジャー・ウィリアムソンが警護を担当する事になった。
 二人に引率されながら僕は思った。
 屈強な闇祓いがここまで睨みを利かせる中で継承者は行動を起こすのだろうか? 
 もしかしたら、このまま身を隠してしまうのではないか?
 その疑問は三日後に覆された。第三、第四の被害者、シェーマス・フィネガンとディーン・トーマスが仮死状態で発見された。

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