第五話 雨生龍之介がバーサーカーを召喚した為に異なる相手と戦う事になった人の話

「トレース・オン」

 アーチャーは呟きながら両の手の先から白と黒の短剣を具現化させた。
 干将・莫耶――中国の呉の刀匠、干将が呉王の命を受け鍛え上げた夫婦剣。干将には亀裂模様が、莫耶には水波模様が浮び、その刀身には魔除けらしき文字が刻まれている。
 アーチャーは目の前の赤と黄の槍を握る男を睥睨しながら周囲に気を配った。木々に囲まれ、視界の見え難いこの場所は狙撃には向かないが、身を潜めるには適した環境だ。
 アサシン、或いはマスター狙いの魔術師が息を潜めて此方を伺っている可能性は十分に有り得る。背に護る主は未だ幼く、魔術による防御もままならないだろう。目の前の槍兵に加え、姿無き暗殺者に注意を払わねばならぬアーチャーはそれ故に主の変調に直ぐに気付く事が出来なかった。

「マスター!」

 背後に護る主が突如己が背後より前に進み出て来た。アーチャーは焦燥しつつも主の小さな体を抱き抱えた。主は頬を赤く染め上げ、荒く息をしながら陶然とした表情を浮かべ、ランサーを見つめている。
 まるで、発情しているかの如き主の様相にアーチャーは舌を打ち、主を幻惑した張本人を睨み付けた。

「これは、チャームの魔術か!」

 ランサーは槍を構えたままアーチャーの言葉に応えず不動のままアーチャーを睨み返した。
 隙を見せ、絶好の好機であるにも関らず襲おうともせずに不動を貫くランサーを怪訝に思いながらもアーチャーは主に己が身に付ける赤き外套――赤原礼装を着せ、己が顕現させている陰陽剣を握らせた。

「あ、あれ?」

 凜が正気に戻るのを確認すると、アーチャーは再び立ち上がり、ランサーを睨んだ。

「何故、攻撃をしなかった?」

 アーチャーの投げ掛ける問いにランサーは顔を顰めた。

「そのような幼子を誘惑し、勝ちを得るなど騎士の誇りが許さぬ。すまなかったな、これは生まれ持っての呪いのような物でな。俺自身にもどうにも出来ぬのだ」

 ランサーの言葉にアーチャーは視線をランサーの握る二つの槍に向けた。赤と黄の双槍。そして、魅了の呪い。
 アーチャーは双槍に撒きつけられた呪符を見た。

「なるほど、騎士の誇りか。どうやら、尋常なる勝負がお望みらしいな」

 アーチャーは言うと同時に動いた。

「おうとも。しかし、驚いたぞ。あの様な幼子がマスターとしてこの様な血生臭い戦に参加しているとはな!」

 ランサーはアーチャーの双剣を己が双槍を巧みに操りいなしながら言った。

「片手でこれほどの槍捌きとはな」
「貴様の双剣も中々の腕だぞ。だが、果たしてその獲物でどこまで戦えるかな?」

 言いながら、ランサーは雷の如く黄の短槍を振るった。
 アーチャーは辛くも防ぐも、間を置かずに続く赤の長槍の一撃に白の短刀を跳ね飛ばされた。

「さて、良い頃合だぞ。いい加減、己が獲物を出すが良い」

 ランサーの言葉にアーチャーは再びその手に白き短刀を顕現させた。
 同じ武器の具現にランサーは怪訝に思いながらもそれを上回る激情に憤怒の気を放った。

「愚弄するつもりか! 貴様はセイバーではなかろう。ならば、本来の貴様の武具を出せ! さもなくば、その首級、貰い受ける!」

 アーチャーはランサーの言葉を無視してランサーへと向かう。超人的に体を翻し、稲妻の如く刃を迅らせる。ランサーの槍はおよそ人体の構造を超えているとしか思えないほど縦横無尽の動きを見せる。ランサーの槍捌きは片手ながらも両手で握るのと遜色無い速さと強さを兼ね備えている。
 本来、槍とは両手で扱うのが常道の武器だが、ランサーの槍捌きは片手ながらも両手で握ると遜色の無い速さと強さを兼ねそろえている。にも関らず、ランサーの槍はアーチャーを捕らえ切れない。アーチャーの思考は澄み渡り、一手を防ぐ毎に、五秒後の生存を予測している。アーチャーの保有スキルの一つである心眼(真)は窮地において、活路を導き出す戦闘倫理だ。常に、敵の槍先に自らを差し出す事で、最善の手を絡み取り続ける。そして、アーチャーは握る陰と陽の二つの剣に刻みし、文句を口にした。

「――――鶴翼、欠落ヲ不ラズ」

 アーチャーは目の前の存在が如何なる敵であるかを既に見抜いていた。
 故に、急ぐ。自らを己が獲物を出さぬ愚者と侮る今の油断や慢心を目の前の敵が排する前に己が必殺を決める。それ以外に勝利は無い。
 何故なら、目の前の敵が秘する宝具が開帳される事は即ち――――、アーチャーの敗北を意味するからだ。

「な、に――――」

 ランサーは突然のアーチャーの行動に瞠目した。
 アーチャーは握る一対の陰陽剣を左右同時に投擲したのだ。

「気を違えたか!?」

 だが、ランサーは槍を止めるなどという愚行は犯さない。
 穂先を目の前の男の心臓に向け、槍を振るう。

「取った――――ッ!」

 必殺の一撃となる筈の突きはされど、アーチャーが手放した筈の双剣により防がれた。
 これで三刀目。本来、宝具とは複数有する物では無い。ランサーも二つの槍を用いるが、大抵の場合において、多くとも二つ、ないし三つ程度が常道である。同じ宝具が三度現れる。奇怪なる現象にランサーの思考は刹那の瞬間、空白が過ぎる。
 だが、ランサーは超人的な反応速度によって、左右から迫る陰陽剣を防いだ。最初に投擲された鶴翼は投擲された時と同じ方角からそれぞれ舞い戻って来た。鉄をも砕く宝具の一刀を左右同時に見舞われながら、ランサーは当然の如く防ぎ、その軌道を容易くずらす。これが、アーチャーの宝具たる双剣の能力。ランサーは双剣の特性に勘付き、嗤った。

「なるほど、面白い宝具だ。――――が」

 弧を描き舞い戻る筈の双剣は軌道を狂わされ、ランサーの背後へと飛んで行く。

「その程度では、我が首級は取れぬぞ、紅きサーヴァントよ!」

 赤と黄の槍の一撃を振るう。その直前――、

「――――心技、泰山ニ至リ」

 背後より迫り来る存在にランサーは寸での所で気が付き、針の穴の如き隙間を見つけ、飛来する黒き陽剣――干将を躱す。
 だが、それは絶対的な隙をアーチャーに曝す事と同義。

「っ、は――――!」
「嘗めるな――――ッ!」

 ランサーはその一撃を左手に握る黄色の短槍でもって叩き割る。封印を施していても、そのランクはB。ランクCであるアーチャーの振るった白き陰剣・莫耶と飛来した黒き陽剣・干将を宝具の質が上回っている。
 これが英霊という存在。この世の物理法則を冒涜する狼藉者。人間の常識を遥かに上回る挙動を当然とする怪物。死角からの奇襲と全力の一撃を同時に防ぎ、尚且つ砕く。それはまさに神話の英雄譚に登場する英傑に相応しき業。
 されど――、

「――――心技 黄河ヲ渡ル」

 その程度、英傑であるならば、為して当然。
 出なければ、布石を打つ意味が無い。

「またか――ッ!?」

 再度、背後より飛来する陰剣。初めに防がれた双剣の片割れたる白き一刀。
――――干将・莫耶。
 双剣の秘する能力、それは磁石の如く互いを引き寄せ合う夫婦の絆の力。

「ヌゥ――」

 それを己が限界を超えた反応速度に己が有する他を圧倒する敏捷性によりてランサーは回避する。背後からの奇襲を躱したランサーは既に限界を超えている。これ以上は防ぎようが無い。
 そんな常識を覆すのが英霊。絶対的な隙を見せ、無防備となったランサーの心臓へとアーチャーが振り下ろした黒き陽剣をランサーは尚も飛来した白き陰剣毎打ち砕く。死する筈の一撃を再度防いだランサー。同時に理解する。この刹那、互いに限界を迎えている事を。
 アーチャーは持ちうる双剣を全て砕かれた。ランサーは度重なる限界を超えた動きにより、無防備状態に陥りながらもアーチャーの必殺の一撃を防ぎ、それ以上の先は無い。この攻防は互いに手詰まりだ。互いにこれ以上ない無防備な状態を曝している。刹那の後には再び攻防が再開されるだろうが、武器の無いアーチャーはもはや敵では無い。
 本来の武器を出さずにこれほどの攻防を繰り広げ、後一歩の所まで己を追い詰めたアーチャーの技量にランサーは惜しみない賞賛を捧げならがも勝利を確信した。途端、ランサーの表情は凍りついた。有り得る筈の無い次の一手をアーチャーはその手に顕現させていた。
 有り得ぬ、ランサーの視界に映るは三度砕かれし、対となる白と黒の陰陽剣。常識を覆すのが英雄の業であるならば、アーチャーもまた、道理を覆す。

「――――唯名、別天ニ納メ」

 空である筈の両手に四度顕現する双剣。

「両雄、共ニ命ヲ別ツ――――ッ!」

 無防備となったランサーの体を左右から切り刻まんと、アーチャーが双剣を振り下ろす。
 避け切れない。
 そう悟った瞬間、ランサーは更なる常識を覆した。

「馬鹿な――――ッ!」

 封じられた赤と黄の槍の力が解き放たれ、ランサーと主を結ぶパスから尋常ならざる力が流れ込み、完全なる無防備状態から人を越え、英霊の限界を超え、ランサーはアーチャーの振り下ろした双剣を必滅の黄薔薇でもって打ち払った。

「感謝する、我が主よ!」

 ランサーの言葉を受け、虚空からケイネスの声が降り注ぐ。

『宝具の開帳を許し、令呪による援護を受け、この後に及び、敗北も相打ちも許さぬぞ、ランサー』
「承知!」

 道理を覆した一撃を更なる道理の覆しによりて防ぎ得たのはランサーの主たるケイネスの令呪の力だった。
 アーチャーは歯噛みしながらランサーから距離を取った。解放させては決してならなかった宝具が開放された。

「さて、第二ラウンドといこうか、紅きサーヴァントよ。もはや、貴様を侮りはしない。我が双槍をもって、貴様の息の根、確実に止める!」

 地面が爆発したかの如く砂煙を上げ、ランサーは音速の速度でアーチャーに接近し、紅き槍を振るった。

「ゲイ・ジャルグ!」

 必殺の一撃の前にアーチャーの双剣が立ちはだかる。しかし――、

「なにっ!?」

 驚く声はどちらのものだろうか。
 双剣によって止まる筈の紅き槍は刹那の間も動きを止めず、そのままアーチャーのボディーアーマーを刺し貫いた。

「グッ――」

 己が槍が触れた瞬間に起きた現象にランサーは瞠目し動きを止めた。その一瞬の隙を突き、アーチャーは辛うじて距離を取る。
 ランサーは自らの宝具を見つめ、目の前のアーチャーを見つめた。

「今のは……」

 ランサーの疑問に答えたのは目の前の敵ではなく、遠くの拠点より己が戦いを見守る主であった。

『なるほど、読めたぞ、ランサー。奴のクラスはセイバーでも、アーチャーでも、ライダーでも無い。そうであろう、キャスターのサーヴァントよ』

 使い魔を通じて響くケイネスの言葉をアーチャーは黙殺した。
 それをランサーは図星と受け取った。

『恐らくは奴の複数の宝具の正体は魔術による投影品であろう。よもや、宝具の投影とはな。しかし、ランサーよ。奴は貴様の敵では無い。早々に引導を渡してやるが良い』
「承知致しました。我が主よ!」

 ランサーの破魔の紅薔薇の能力は循環する魔力の流れを遮断する。その力は刃先のみに集中し、刃の触れている間のみ魔力の循環を遮断する性質が故に如何に魔力により編まれた存在であろうと、既に魔力が物質として固定されているサーヴァントやサーヴァントの宝具を消滅させる事は通常であれば不可能。
 されど、アーチャーの具現化せしめた宝具はゲイ・ジャルグの穂先を前に盾にすらならず、その刀身に穴を穿たれ、光の粒子となり消滅した。

「大丈夫!?」

 背後から己が護るべき主の震えた声が響き、アーチャーは尚も膝を折らず、ランサーを睥睨する。
 そのあり様は正しく主を護る騎士。だが――――、

「これで仕舞いだ。キャスターのサーヴァントよ!」

 破魔の紅薔薇を構え、ランサーは音速を越え、アーチャーに接近する。アーチャーは微かな勝機を手繰り寄せんとあえて後退せず、ランサーに向かい一歩前へ進み出た。
 音速で駆ける赤き槍を黒き陰剣が斬り上げる。
――――消滅はしない。
 やはり、とアーチャーは自らの賭けに勝利した事を確信した。ランサーの宝具の能力を詳しく熟知しているわけでは無かった。単に、その能力が持ち手に当る部分にまで及ぶとすれば、もはやアーチャーに勝機は無く、敗北は必至であったからだ。果たして、賭けに勝利したアーチャーは再びランサーと攻防を繰り広げる。
 赤き槍の穂先のみを躱し、尋常ならざる剣技によりランサーの嵐の如き槍撃を防ぎ続ける。

「我が宝具の能力が及ぶ範囲を看破したか、見事だ。――――だが」

 徐々に、アーチャーは圧され始めた。ゲイ・ジャルグの能力だけでは無い。油断を排したランサーの技巧はアーチャーを遥かに上回り、ステータスの面に於いても圧倒的なまでにランサーはアーチャーを上回っている。如何に卓越した技巧と戦術を駆使しようとも、それを上回る技巧と戦術、そして、純粋な力と武具の質の差を前には為す術が無い。
 アーチャーの双剣は砕かれ、弾かれ、消滅させられ、すぐさま新たに具現化するも、顕現した端から打ち砕かれる。

「これで、終わりだ!」

 剛力により放たれる赤き槍の必殺の一撃をアーチャーは辛うじて弾くも、体は宙に浮き、無防備な体を曝す。

「必滅の――――」

 ランサーは左手に握る黄の短槍を振上げ、アーチャーの心臓目掛けて振り下ろした。その瞬間、突如、木々の合間から小さな物体が音速を超えて飛来した。
 黄の短槍はアーチャーの心臓を刺し貫く寸前で弾かれ、アーチャーは地面へと落下し、ランサーは何事かと周囲を見渡した。

「今のは……小石!?」

 地面に転がる己が宝具を弾いた物体を目にし、ランサーは驚きに眼を瞠った。それはただの小石のようにしか見えなかった。
 宝具でも、魔術具でもない。

「これで、我が槍撃を弾いただと!?」

 驚くランサーにケイネスの声が使い魔を通じて響き渡った。

『何をしている、ランサー! 来るぞ!』

 森の木々を抜け、白き清澄なる光を纏うサーヴァントが姿を現した。
 その手には巨大な両刃の剣が握られ、ランサーへと瞬く間に接近する。

「セイバーか!?」

 迫り来るセイバーの剣を己が双槍を持って防ぐ。その力はランサーを上回っている。
 強烈な一撃に体勢を崩すランサーにセイバーは更に追い討ちを掛ける。

『ランサー、何をしている!』

 ケイネスの叱責の声が響くが、ランサーはセイバーの剣を防ぐ事に精一杯となり、返答する事すらままならない。ステータスは魔術師でなければ分からぬが、少なくとも、筋力の面において、セイバーはランサーを上回っている。されど、ランサーは最大の力を持って、セイバーの剣を弾き、己が敏捷性を活かし間合いを取った。
 仕切り直し、セイバーを睥睨する。

「騎士の戦いに横槍を入れるとは、騎士として、許せぬ蛮行だ」

 常人であればその視線のみで殺せそうな程に鮮烈な殺気を放つランサーを相手にセイバーは動じる様子も無く、剣を構え、ランサーに襲い掛かる。
 筋力のランクで劣るランサーは己が誇る敏捷性を最大限に発揮し、迎え撃つ。

 ランサーとセイバーが激突した頃、アーチャーは凜を抱き抱え、森林を疾走していた。
 何故、セイバーがあのタイミングで現れたのかは不明だが、圧倒的なまでの敏捷を誇るランサーを相手に逃げ切るには立ち止まり思案している暇は無い。

「ムッ――――」

 アーチャーは森を抜けた瞬間に疾走を止め、即座に凜を降ろした。
 目の前に漆黒のサーヴァントが待ち構えていた。

「貴様は、アサシンのサーヴァントか!?」

 両の手に白と黒の陰陽剣を握り、アーチャーはアサシンから凜を護る様に構えた。マスター殺しに特化したクラスであるアサシンが何故、堂々と正面から現れたのかは不明だが、今は凜を護る事が最優先だ。警戒レベルを最大限にまで引き上げ、アーチャーはアサシンを睥睨する。
 すると、アサシンは低い声で言った。

「マスターがお呼びで御座います。凜お嬢様」
「え、って、はい?」

 白き仮面の暗殺者の言葉に、凜は当惑した表情を浮かべた。

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