第二話「希望」

第二話「希望」

 誠は一人、部屋の中で月を見ていた。どうやって、帰って来たのかは覚えていない。愛する人が自分を置いて死んでしまった。彼の最期を目の当たりにして、誠の心は完全に壊れてしまった。
 残ったのは無。レイプされた時に僅かに抱いた憎悪も消え、哀しみも消え、何も残らなかった。
 翌日、遺体が発見されたハルと五人の男子生徒を警察は司法解剖に回した。その結果、ハルは彼の望んだ通り、五人の殺害の犯人としてマスコミに報じられた。凄惨な殺人事件と犯人の少年の自殺という衝撃的なニュースは世間を賑わせた。ハルの葬式は行われなかった。ハルの家族は世間から疎まれ、攻撃を受けた。家を囲む塀には【殺人鬼の育った家】と落書きをされ、彼の妹も両親もみんな外に出た途端に石を投げられた。
 誠は彼らを救わなければならないと思った。彼らが苦しむのは己のせいなのだと理解していたからだ。彼らを救うには犯人が自分であると申告すればいいのだろう。だけど、それは彼の願いを踏み躙るものだと思った。彼は己の罪を被り、自らの意思で死を選んだ。ならば、その死を無駄にしてはいけない。だから、彼らを救う方法は一つしかない。
 誠はそう結論を下し、彼の家に忍び込んだ。彼の家には秘密の抜け道がある。裏のマンションの階段から一目に付かずに彼の家の塀の上に降りられるのだ。そのまま、こっそりと彼の家の裏戸を開いた。鍵が壊れていて、いつも開いている事を知っていた。ただ、立て付けが悪いせいで、コツを知らない人間は開けられない。ノブを捻り、少し持ち上げながら押し開く。中に入ると、テレビの音が聞こえた。ハルのニュースが流れている。同時に咽び泣く声も聞こえる。小早川瑠璃は兄の死を受け止められずに居た。兄が人を殺した事を信じられずに居た。
 とても可哀想な子だと思い、誠はそっと背後に忍び寄り、即死させてあげようと包丁で首を切り落とした。だけど、骨のせいで上手く切れなかった。瑠璃は痛みに悶え、誠の姿に驚愕している。早く、楽にしてあげないといけない。誠は骨を砕き、瑠璃の頭と体を切り離した。
 瑠璃の死体は彼女の部屋に運んだ。安らかに眠って欲しいと思い、彼女の好きな曲のCDをかけた。そして、彼女の母親の部屋を訪れた。母親はハルの遺影の傍で毎日を過ごしていた。ハルの死を悲しみ、真実を知りたいと願っている。誠は遺影の傍で眠っている母親の胸に包丁をつき立てた。彼女の目がカッと開き、誠を見る。

「あんたが……」

 そう囁くように言うと、彼女は息を引き取った。彼女の枕元にハルの遺影を置いてあげた。最後は父親だ。早く、彼も救ってあげないといけない。母と娘が既にこの世を去っている事は知らない方がいいだろう。彼が玄関の扉をこそこそと入って来るのを待ち、不意をついて殺した。今度は即死させる事に成功した。彼を母親の傍に連れて行く。
 これで三人はハルと一緒にあの世で暮らせる。こんな地獄のような現世に縛られて苦しみ続ける事もなくなる。

「おやすみなさい」
 
 誠は晴れ晴れしい気分で家に帰った。すると、家には真紀の姿があった。
 真紀はハルの死に疑問を抱いていた。彼女は何故か誠がカラオケ店に居た事を知っていた。その事を誠が指摘すると、彼女はペラペラと喋り始めた。これまでの誠に対する周囲の虐めの黒幕が自分である事を包み隠さず話した。ハルの死によって、彼女は自暴自棄になっていたのかもしれない。心の支えである自分が真の黒幕であると知り、絶望する誠の顔が見たかったのかもしれない。
 しかし、彼女の思惑とは裏腹に誠は彼女を恨みもせず、怒りもしなかった。ただ、哀れに感じた。真紀が如何にハルを愛しているかを知った。己が受けて来た苦痛は真紀の愛の深さ故なのだと思った。即ち、彼女の愛は己の苦痛と同等なものなのだ。ならば、それほどの愛の対象を失った彼女はこの世に縛られていても不幸なだけだ。そう結論を下し、誠は真紀を近所の公園に誘った。広々としていて、休日には人が大勢遊んでいる場所。ここで、何度か誠は拷問を受けた事がある。だから、人気の無いポイントを熟知していた。
 ハルの真実を話すと言うと、彼女はアッサリとついて来た。誠は彼女の首を絞めた。穏やかな笑顔を浮かべながら彼女を殺した。ただ、彼女の死後の幸福を祈りながら殺した。
 そして、誠は彼女の死について考えた。彼女はとても人気のある女の子だった。彼女を愛した人は大勢居た。彼女の死に彼ら、彼女らはきっと絶望的な気持ちになる筈だ。なら、彼らも彼女と同じ場所に送ってあげるべきだ。そう思い、薬局に向かった。スーパーや薬局で必要な物を買い揃えた。
 学校で真紀の死についての集会が行われる事になった。チャンス到来だ。いつものように虐められ、トイレで殴られたから、集会に遅れる事を不思議には思われないだろう。学校中の教師や生徒が地下の体育館に集まった後、外側からこっそりと二つある扉をロックした。鎖を何重にも巻き、誰も出られないようにした。そのまま、誠は警備室を尋ねた。ここには警備員が一人居るだけだ。誠は警備員に用事を尋ねられると、ニッコリ微笑み、警備員を刺し殺した。そして、学校の施設の電源を管理するパネルを弄り、学校を停電させた。空調システムも停止する。
 誠は体育館に急いで戻った。停電したせいで廊下も階段も真っ暗で何度も転びそうになった。体育館に辿り着くと、中は大騒ぎだった。真っ暗闇の中、扉も開かなくなり、パニックが起きている。教師の誰かが必死に生徒達を宥めようとしているけど、生徒達のパニックは簡単には収まらない。でも、あまりモタモタしていられない。用務員などが来てしまう可能性もある。
 誠はせっせと用意した二つの洗剤を混ぜては僅かに開いた扉の隙間から体育館の中に投げ入れた。中で苦しむ人の絶叫が響く。もう一つの入り口の方にも回って、同じ作業を行う。これだけでは、入り口付近に集まっている人間しか死なないだろうが、パニックで外を出たがる生徒達の大半が入り口付近に固まっていたおかげでかなりの人間が悶え苦しんでいる。
 十分ほど離れた場所に退避して、中が静かになるのを待った。扉を開こうとする人の姿は無い。どうやら、入り口付近が危険な事に気付いた教師が奥へと動ける生徒を退避させたらしい。
 その時だった。照明が復活した。どうやら、用務員か誰かがパネルを弄ったらしい。という事は警備員も見つかったのだろう。警察が来る前にみんなを殺してあげないといけない。扉の隙間から覗き込むと、大半の生徒が床に転がっていた。無事なのは数人の教師と生徒だけだ。思った以上に大成功だったみたい。
 誠はもう一つ用意したとっておきを手に、扉を開いた。無事だった人達は扉の解放に体を強張らせたが、中に入って来たのが誠だと分かると直ぐに安堵した。誠が犯人だとは思って居ないらしい。何をしても抵抗しない玩具に対して、警戒心を抱く人間は居なかった。
 誠はゆっくりと無事だった人達の下へ行き、ペットボトルの封を開いて彼らに投げた。一瞬で気化したガスが彼らを包みこんだ。用意した中でも特別強力なガスで、一息吸っただけで意識が朦朧となる。誠はそそくさと逃げ出し、包丁を取り出した。悶え苦しむ生徒達を救わなければいけない。時間はあまり残されていない。
 包丁で動物を〆るように心臓を突き刺していく。まるで、作業のように淡々と殺していく姿に苦しみながら見ていた生徒や教師たちは初め呆然としていたが、直ぐに恐怖に顔を歪め逃げ出そうとした。だが、毒のせいで体に力が入らず、その間に誠は次々に殺しを行っていく。
 一人に対して一刺し。即死する者も居れば、心臓を突き刺されたまま放置され、少しずつ冷たくなっていく自分に恐怖しながら死ぬ者も居る。一クラス二十人前後で一学年五クラス。三学年で合計三百人ちょっと。教師も入れれば三百四十三人。額から汗を流しながら懸命に誠は殺していった。途中、なんとか誠を取り押さえようとした生徒も居たが、前後不覚に陥っている状態で凶器を持つ誠には敵わず、次々に死んでいった。
 
「一番はじめは一の宮~」

 誠は歌を歌った。陽気な声色で歌いながら次々に殺していく誠の姿に生徒達は恐怖する。
 疲れてきたのか、誠は首を狙うようになった。首を半分切るだけで後は放置する。血が止め処なく溢れ出し、痛みに悶える生徒達を尻目に次々と切っていく。
 百人が殺され、二百人が死に、ついに生き残りは二桁になろうとしていた。
 バスケットコート二つ分の広々とした体育館に血の臭いが充満する。手足をバタつかせて逃げようとしても簡単に追いつかれて首を切り裂かれる。
 時間にして二十分足らずの出来事。扉は中から施錠しておいたから外からは中の様子が分からないけれど、警備員の死体を発見した用務員が教師達に報せようとさっきから扉をこじ開けようと躍起になっている。中の異変にも気付いているのだろう。
 最期の一人はあの少年だった。誠を世話した少年は小便を漏らしながら震える声で言った。

「し、死にたく……無い」
「死にたくないの?」
 
 誠は意外そうな表情を浮かべながらも、その言葉を受け入れた。
 少年をアッサリと見逃し、用務員が騒いでいる方とは反対の扉に向かって歩き出した。
 誠は学校を出た。走って、走って、走り続けた。帰り血でビッショリになった制服は学校の敷地に置いて来た。白いワイシャツ姿で走り続ける。汗でワイシャツが透けてブラジャーが見えるのも御構い無しだ。その表情は晴れ晴れとした笑顔だった。
 その姿を見た人達は誰も彼女が人を殺してきたばかりとは思わなかった。誠はその足で電車に乗り、遠くへ向かった。目的があったわけじゃなかった。ただ、遠くへ行きたかった。
 お金が底を尽く頃には県を跨いでいた。誠は降りた駅の近くの公園で眠りについた。すると、優しい風貌の男に誠は起こされた。男は誠を家出少女と思い声を掛けたのだ。

「こんな所で寝ていたら凍死してしまうよ。ついておいで」

 優しい声に誠は素直について行った。連れて行かれた先はホテルだった。
 誠は生まれて初めて、援助交際というものをした。

「お金が欲しかったら、またおいで」

 男の言葉を誠は素直に聞いて、次の日も、その次の日も男の下を訪れた。
 やがて、虐めで切られた髪も伸び、風貌も少し変化した頃、ホテルのテレビで自分のニュースを見た。
 母校の映像と共に被害者の名前がずらずらと並んでいる。誠が殺した人々の名前。誠は彼らの冥福を祈った。

「彼らは可哀想だね。生き残ったのは一人だけだったみたいだよ。しかも、少女が一人行方不明になっているらしく、警察は捜索しているらしいが恐らくは殺されているんだろうな。事件の残虐性や規模から、何らかの組織的犯罪だと警察は見ているようだが……」

 男は誠を背中から抱き締めながら言った。

「そうだ。もっとお金が欲しいかい? だったら、私以外も紹介してあげるよ。それに、漫画喫茶とかで過ごしているなら、住む場所を見つけてあげるよ」

 そうして、男が案内したのは安いアパートだった。ボロボロで住人も曰くのありそうな人ばかりだった。
 部屋には簡単なキッチンとトイレとお風呂がついていた。そこに男の知り合いを名乗る男が次々に現れては誠を抱き、お金を渡した。娼婦のように扱う男達の要望に誠は素直に答えた。
 その内、男に媚びる方法や男に愛される方法を学んだ。虐められていた頃はした事の無かった化粧やスタイリングを覚えた。
 生きる目的も無く、誠は命じられたままに男と男の知り合いを悦ばせる毎日を送った。その頃になると、事件の事はニュースで取り上げられなくなって来た。

「どうかしたのかい?」
 
 裏ビデオというのを撮影する為らしく、丹念に誠の下腹部を弄りながら男は元気の無い誠に聞いた。
 
「なんだか、元気が無いね? 腕を入れるのは怖いかい? それとも、昨日の鑑賞会で犬としたのが気に入らなかったかい?」
「ううん。僕……分かったの」
 
 男の趣味で一人称を【僕】と言いながら、誠は言った。

「やっぱり、このままじゃいけないって」
「心境に変化があったのかい?」

 男は不思議そうに首を傾げた。

「うん。僕が家出した理由話して無かったよね?」
「聞かせてくれるのかい?」

 時には鞭や蝋燭を使い、誠に指導を施して来た男は優しい微笑みを浮かべて聞いた。
 誠はそんな男の腹部に隠し持っていた包丁を突き刺した。
 呆然とした表情を浮かべる男に誠はキスをした。

「おじさんの事は好きだよ。いっぱい、お世話にもなったしね。だから、お別れするのが辛いの。僕も直ぐに追い掛けるから、先に行って、待ってて欲しいんだ」

 誠は包丁を男から抜くと、適当に放り捨てて、外に出た。
 罪悪感は無い。恐怖も悲しみも怒りも喜びも無い。
 ただ、一人で居る事が寂しかった。このまま、男の下に居て、爛れた生活を送り続けても良かった。
 だけど、男には妻が居た。息子や娘もいる。ずっと一緒には居られない。男の知り合い達も殆どが妻子持ちだったし、独身の男達も娼婦まがいの曰く付きの子供などと親しくなろうとはしなかった。
 あくまでも、彼らにとって誠は性処理と金稼ぎの道具でしかなかった。
 だから、彼の下へ行く事にした。援助交際や娼婦として稼いだお金で身支度を整えて、故郷の町に戻った。途中、売店で買った雑誌を読むと、自分の記事があった。
 どうやら、警察は誠が被害者ではなく、真犯人だという結論に辿り着いたらしい。そして、雑誌にはポップな文字で【超高校級の絶望】と書かれていた。以前のカラオケ店での事件が取り上げられている。あの時は【超高校級の人殺し】という文字が踊っていたらしい。超高校級の絶望というのはとある謎解きゲームの中に登場するワードらしい。誠はちょっとカッコいいな、と思った。
 町の様子は少し変わっていた。駅には大きなビルが出来、母校は閉鎖されていた。
 中に入るのは容易だった。もう、二年も前の事件現場には警察の姿は無かった。
 軽い足取りで校舎に近づき、窓を割って中に入る。警報装置は鳴らなかった。来月、取り壊される予定だからだろうか、既に警備会社との契約は切れているらしい。中に入ると、階段を軽快に駆け上がる。
 死ぬ事に対して誠はとても前向きだった。前向きが故にハルの家族を殺し、真紀を殺し、同校の生徒達を殺し、教師達を殺し、男を殺した。
 誠は壊れていた。みんなを殺した事に罪悪感を持たず、むしろ、みんなを救ったのだと誇らしくすら思っている。
 誠はこの時、全てを愛していた。恋人のハルを愛し、自分を苦しめた黒幕である真紀を愛し、自分を虐めてきた学友を愛し、自分の苦しむ姿を黙認した教師達を愛し、自分を娼婦にした男を愛した。
 ただ、家族だけは愛していなかった。彼らは誠に対して無関心だったからだ。虐めであれ、慈しみであれ、憎しみであれ、性欲であれ、感情をぶつけてくれる人を誠は愛し、ぶつけてくれない人を憎んだ。だから、自分の家族は殺さなかった。己と同じ場所にあの人達を連れて行きたくなかったからだ。
 最後の段を昇り切り、固く施錠された扉を途中で拾ったスコップで怖し、屋上へ出た。空は茜色に染まり、素晴らしい景色だった。死という人生の結末を彩るのに相応しい素晴らしい光景だと思い、誠は目に焼きつけた。
 ただ、少し寂しかった。死は救いだが、死の瞬間は孤独だ。こんな事なら、男の首を切り取ってでも持ってくれば良かった。
 そう思い、唇を尖らせていると、屋上の扉が大きな音を立てて開いた。
 懐かしい顔だった。偶然、誠の姿を見かけ、追い掛けて来たらしい。唯一、死を逃れた少年が立っていた。
 なんて、嬉しいんだろう。死の瞬間を見届けてくれる人が居た。もう、寂しくない。
 誠は微笑んだ。

「ありがとう」
「駄目だ!! 待て!! 待ってくれ!! 駄目だ!!」

 彼の声をBGMに誠はアッサリと飛び降りた。
 顔には満面の笑みを浮かべ、地面に血の華を咲かせた。

 ※※※※

「これがボクの死後からマコちゃんが死ぬまでの経緯だよ。彼女の狂気は人を殺す事を救済だと考えている事なんだ。怒りとか、悲しみとか、喜びとか、そういう感情で動いたならまだ救いはある。だけど、彼女は……」
「一ついいかしら……」

 ジャスパーの語るあまりにも壮絶なユーリィの過去に誰もが圧倒される中で、やはりハーマイオニーは冷静さを保っていた。

「あなたはどうして、自分を人殺しだなんて、わざわざ言ったの? 記憶を改竄までしたのに、わざわざユーリィに記憶を取り戻させてしまうかもしれないリスクを負ったのは何故?」
「初めて、ボクが表に出た時の事だね? もちろん、大きなリスクだとは分かっていた。だけど、あの時点で既にボクが施した彼女の記憶の封印は亀裂が入っていた」
「つまり、あなたは敢えて自分を人殺しと示したのね。そうする事で、ユーリィが過去の自分の記憶を見ても、あなたの記憶だと誤解するように……」
「結構、上手くいってたんだけどね……。まさか、ヴォルデモートがあんな強硬手段を使うとは考えて無かったんだ……」

 二人の会話についていけない。どうして、ハーマイオニーは冷静で居られるんだ。
 虐められ、レイプされ、人を殺し、精神が壊れ、娼婦にされたユーリィの過去を聞いて、どうして冷静で居られるんだ……。

「それで、どうかな?」
「え?」

 ジャスパーは突然俺に話を振ってきた。

「ボクの話を聞いて、君はマコちゃんを今どう思ってる?」

 どう思っているか?
 俺はユーリィに対して何を思っているんだろう。他の奴に対して抱いている感情は明確に分かる。
 憎悪と憤怒と悔恨だ。何故、ユーリィがそんな苦しまされなければならなかったんだ。そう思うと頭がどうにかなりそうだ。
 
「マコちゃんは……ユーリィは男を知ってるんだ。それに、彼女はボクを愛していた。その上、大量殺人鬼だ。およそ、普通の人間なら彼女を受け入れる事なんて出来ない。だから、君がどう答えても、ボクは責めたりしないよ」

 そう、ジャスパーは酷くどうでもいい事を口にした。

「は? アイツが男を知ってようが、人殺しだろうが、別にどうでもいいだろ」
「え?」

 ジャスパーだけではなく、ハーマイオニーや他の全員が驚愕に顔を歪めた。
 何を驚いているんだろう。

「お前を愛してたってのがちょっと気に入らないが、まあ、構わない。ただ、そうだな……」

 俺は今、ユーリィに対して抱いているのは何だろう。
 同情? 悲哀? 憤怒? いや、違う。

「やっぱ、俺はユーリィが好きだな。ただ、生前のアイツの境遇に同情しちまってるだけなのかとも思ったけど、違うんだよな」
「ア、アルフォンス君……?」

 ジャスパーは見た事の無い程うろたえた表情を浮かべている。
 どうしたんだ?

「君は正気なのかい? 同情でもなく、彼女を愛するなんて……」
「お前だって、愛してるんだろ」
「それは……、ボクは彼女が壊れる前の姿を知っていて、その彼女を愛していただけで……」
「違うと思うぜ。俺はお前が今でもアイツを愛しているんだと思う。じゃなきゃ、そんな縋るような目で俺を見たりしないだろ。俺にアイツを捨てる選択を取らせたくないって、顔に書いてあるぜ」
「ボ、ボクは……」
「俺はユーリィを愛している。アイツが欲しいんだ。アイツの心も魂も何もかもを独占したい。だから、まあ、お前とはライバルになるわけだな。負けないけどよ」

 それが俺の結論だ。俺にとって、アイツの過去はそこまで重要じゃないらしい。
 知らない誰かに抱かれた? 別に構わない。ただ、アイツがそれを辛かったって言うなら、俺が癒してやりたい。
 人を殺した? 別に構わない。ただ、アイツが悔いているなら、一緒に償う方法を探してやる。償えなくても、一緒に後悔してやる。
 ジャスパーを愛していた? 別に構わない。だが、俺を愛させる。まあ、これが一番難しいかもしれないが、やってやる。

「俺はヴォルデモートにもお前にも誰にもアイツを譲らない。ああ、お前の話を聞いて、これだけは言えるぜ。サッパリした。やっぱり、俺はアイツが好きだ。だから、助け出す。その為なら何だってやってやる。だからよ、力を貸せ」
「き、君は……ッ」
「お前の力はこれから先、必要になる気がする。後悔だとか、恐怖だとか、んなどうでもいい事で悩んでんじゃねぇぞ。ジェイクが殺され、ユーリィが攫われた。こっからは俺達が反撃する番だ。これから忙しくなるんだ。うだうだ悩むのは後にしな」
「……本当に、どうして君のような男が居るのか不思議で仕方が無いよ。君の人格はボクの理解を超え過ぎている」
「んなの当たり前だろ。お前は俺じゃないんだ。俺だって、お前の事は分からない。ただ、それでも自分の事は理解出来ている。なら、テメェもテメェの事を理解出来る筈だ。本当にユーリィを愛しているのか否か、今、答えを出せよ」

 ジャスパーは深々と溜息を零した。

「まったく、さすがとしか言いようが無いよ。君に言って無かった事が一つある」
「なんだ?」
「ボクは死の直前に願った事があるんだ。きっと、神様はその願いを叶えてくれたんだろうね」
「願い……?」
「そうだよ。ボクは願ったんだ。友達が欲しいってね。マコちゃんの一件があって、ボクは誰の事も信じる事が出来なくなった。だから、本当の意味での友達が得られなかったんだ。ねえ、ボクと友達になってくれないかい?」
「……嫌だ」
「……あれ」

 意外そうな顔をするジャスパーに呆れてしまう。

「お前は俺の恋のライバルって奴だぞ。なんで、そんな奴と友達になるんだよ」
「だって、ボクが友達を望んだから、君が居るんだろう? 本当なら、君はボクと友達になる筈だったんだ。だから……」
「気持ち悪いぞ!! いきなり、なんなんだ!? 人を馬鹿とか言ったりしてきたかと思えば……」
「うーん。つまり、ボクはマコちゃんを愛しているんだよ」
「……お、おう」
「だけど、ボクは弱いんだ。だから、一人だと彼女を愛せないんだよ。彼女に対する恐怖に負けてしまうんだ。だから、彼女を共に愛する相棒が必要なのさ」
「意味わかんねぇよ!!」
「つまり、ボクには君が必要なんだ!!」
「気持ち悪いつってんだろ!!」

 何なんだ、こいつは!?
 俺はロープで縛られたまま必死にジャスパーから離れようとした。

「つか、俺は誰かと一緒に愛したいんじゃない。俺はアイツを独占したいんだ。お前にくれてやる分なんざ無い!!」
「ああ、構わないさ」
「あ?」
「ボクは彼女を救う。それでボクの愛は完結するんだ」
「何言って……」
「彼女の幸福は君と共にある。今、ボクはそう確信しているんだ。だから、ボクは君の力になりたいんだ。友達として、君が彼女を独占するのを手伝いたいんだ。いや、君に独占してもらわないと困るんだ。他の誰も彼女を幸せには出来ない。君しか居ないんだ!!」
「……って、お前は本気でわけわかんねぇ!!」
「当たり前さ。君が言った事じゃないか。自分で理解出来るのは自分だけだってさ。ボクは理解しただけだよ。自分の気持ちをね。ボクは彼女を愛している。だが、同時に恐怖している。彼女の幸せを願いながら、傍に居る事を忌避しているんだ。そんなボクに彼女を幸せにする権利は無いし、幸せに出来る自信も無い。まさに、他力本願って奴だよ。ああ、本当に最低で愚劣な考えだよ。だけど、こんなクズでも彼女の幸せを願っているのは本当なんだ」
「つまり、ジャスパー。あなたはアルの友達になりたい。相棒として、愛する彼女を幸せに出来るアルの力になりたい。そういう事でいいのね?」

 ハーマイオニーが簡潔にまとめてくれたが、それでも意味が分からない。
 ただ、こいつの力が必要な事に間違いは無い。だったら、どんなに気持ちが悪くても我慢しよう。

「分かった。友達にでも何でもなってやる。だから、必ず助けるぞ、ユーリィをな」
「ああ、勿論だよ。本当に素晴らしいよ、君は!! 馬鹿だ、愚かだと侮辱した事を許してくれ。君はまさにボクとマコちゃんの【希望】だよ」
「なんだよ、ソレ……。お前、やっぱキモイぞ」
「ふふふ、君の言葉は深くボクの心に染み渡ったよ」
「お、おう」

 本当にコイツの力は当てになるんだろうか……。
 いやにハイテンションなジャスパーに先行きがとんでもなく不安になって来た。 

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