幕間「クライマックス再現」

幕間「クライマックス再現」

 冴島誠という少女の話をしよう。少女はどこにでも居る普通の少女だった。
 全てが崩壊したのは一人の少年を巡る友人とのトラブル。それにより、彼女は全てを敵に回してしまった。エスカレートする虐めは理性を伴わず、小学校を卒業する頃には既に誠は追い詰められていた。幼い心は耐性が低く、誠は日々の辛い記憶を直ぐに忘れるようになった。毎日をリセットし、明るい己を取り戻し、その度に壊される日々。
 止めを刺したのは誠の虐めの原因を作った少女だった。小谷真紀は卒業の日に彼女に事の全てを打ち明けた。黒幕として虐めを裏で操作していた事を誠に告げ、そのまま、彼女は誠とは違う中学に進学した。それまで、誠は真紀を親友だと信じていた。周りが敵意を向けて来る中、彼女だけは別だと思っていた。その彼女に裏切られた事で、誠はついに限界を超えてしまった。
 その翌日には、誠は小谷真紀という裏切り者を忘れた。代わりに、常に自分を見守り、助けてくれる真紀という仮想人格を作り上げた。自分を常に叱咤激励してくれる真紀の存在に励まされながら、誠は中学へと進学した。だが、そこには、真紀という傀儡子の糸から解き放たれたマリオネット達が居た。
 彼ら、彼女らは真紀の支配を脱した後も誠への虐めを止めなかった。弱者を甚振る悦びを知ってしまった彼らは麻薬患者の如く、己の快楽を満たす為に誠を傷つけ続けた。時には性的暴力を振るう事もあり、虐めは徐々にエスカレートしていった。初め、小早川春は誠を守ろうとした。しかし、彼は自身まで虐めの標的になる事を恐れた。そして、誠に対する虐めを見て見ぬ振りをする事に決めた。
 それでも、罪悪感からか、誠に請われれば彼はデートを拒まなかった。だが、おざなりのデートで満足する誠に対し、飽きもあったのだろう。彼は中学卒業と同時にアッサリと、誠を捨てた。そして、誠は再び仮想人格を作り上げ、逃避した。三人目の人格の構築により、誠自身の人格は大きく歪み始めていた。
 「解離性障害」担当委員会の議長スピーゲルは言った。

《この解離性障害に不可欠な精神機能障害は広く誤解されている。これはアイデンティティ、記憶、意識の統合に関するさまざまな見地の統合の失敗である。問題は複数の人格をもつということではなく、ひとつの人格すら持てないということなのだ》

 別人格を持つ事は自己の人格すら保てない状態に陥っているという事。
 そして、第四の人格が生み出される事件が起きた。
 誠はクラスメイトの男子にカラオケボックスでレイプされた。幼い子共が早過ぎる性行為を経験すると、その心が受ける傷は大人達が考えるよりも途方もなく深い傷となる。その上、己の快楽の為だけにクラスメイトの男子達は暴力的な性行為を強要し、処女を無惨に奪われた誠の精神は更に分割された。目を醒ましたのは快楽殺人鬼。自身が受けて来た苦痛を相手に対して味合わせたいという暴力的な感情が成長した人格がクラスメイトの男子達を殺した。
 小谷真紀。小早川春。そして、快楽殺人鬼。三つの人格を生み出した事で、冴島誠の人格は取り返しのつかない程に壊れてしまった。もはや、自分自身ですら自分をコントロール出来なくなり、自分の中の殺人鬼が次々に人を殺していくのを心の奥底で見せつけられ続けた。
 誠は自分自身が生み出した仮想人格によって、更に追い詰められてしまった。漸く、己の支配権を取り戻せたのは、あの長谷川との血の再会だった。誠は殺人鬼の人格をコントロールし、自分自身に終止符を打った。
 だが、冴島誠の物語はそれで終わりではなかった。
 死んだ筈なのに、誠の意識は一瞬の静寂の後、再び光の下に甦った。暗い闇を裂く光に意識を取り戻した誠は自身に起きた奇跡を理解した。そして、誠は無意識に自分が憑り依いた赤ん坊へと自分の記憶を流し込んでいた。敢えての行動では無かった。ただ、誠としては自分の生前の記憶を見つめ直していただけだった。
 異変に気付いたのは、赤ん坊が母親に抱かれ、自分の名前を囁かれた時だった。赤ん坊は高度な知性を既に有していた。それも、日本人としての知性をだ。
 少し様子を見ていると、赤ん坊は誠の記憶を自分の記憶だと思い込んでいる事に気が付いた。誠が心の中で回想した記憶は赤ん坊に流れ込んでいたのだ。誠はその事に気がつくと、慌てて回想を止めた。そして、赤ん坊の成長を見守り続けた。壊れてしまった誠にとって、時間に意味は無かった。快楽殺人鬼の人格を生み出してから死ぬまでの数年間と同様に心の奥底で誠は何も出来ずにただ見つめ続けた。
 だが、それは決して絶望ではなかった。それどころか、誠にとって、それは希望だった。少しずつ、両親や親友の愛によって、偽者の心の傷を癒すユーリィを見守る事で自分自身の心の傷を癒していた誠は既に小谷真紀という人格を解消し、小早川春と快楽殺人鬼の人格も解消しようとしていた。
 異変が起きたのはユーリィがクラウチによって拉致された時だった。恐怖と痛みと絶望によって、ユーリィの心の防壁が崩れ去った瞬間、誠はユーリィの肉体を支配した。だが、誠は己の仮想人格を未だ完全に解消し切れていなかった。解消し掛けていた二つの人格は肉体を得た事を切欠に統合し、ジャスパーとなった。ジャスパーはクラウチを殺し、散々死体を弄んだ後、その腹に一つの芽を植え込んだ。
 殺人に特化した快楽殺人鬼の人格と冴島誠を救う事に特化した小早川春の人格が統合されたジャスパーは己の主人格を救う為の布石を打った。
 ヴォルデモートに己とユーリィを分離する方法を授けたのはジャスパーだった。そして、その計り知れない負の意思によって、ジャスパーはユーリィの肉体を完全に己のモノとした。
 ジャスパーの目的は一つだった。己の主人格である冴島誠を救う。ただ、それだけの為に動いていた。
 ユーリィから肉体を奪い、そして、己を冴島誠だと思いこんでいるユーリィ・クリアウォーターをアルフォンス・ウォーロックに救わせる。その姿を見る事で、その光景を自身に投影し、冴島誠は完全に己の仮想人格を解消する事が出来る。
 つまり、冴島誠は救われる。
 それが全ての真相だった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。