第二十一話『さよ人形』

 沢山の店舗が立ち並ぶ若者の街、そこが原宿だ。ネギはこの日、木乃香と二人っきりで買い物に来ていた。明日菜はコンクール用の絵を仕上げなければならず、刹那は剣道部に顔を出している。
 最近、二人共エヴァンジェリンのログハウスでの修行に時間を割き過ぎていて、各々の部活動に支障が出てしまったのだ。木乃香とネギが買い物に出掛けたのも、エヴァンジェリンがこの日の修行を休みにしたからだ。

「エヴァちゃん、やっぱ一緒に行けへんのかなぁ」

 人混みの多い竹下通りの脇道に一角で、木乃香は呟いた。木乃香はエヴァンジェリンが封印によって学業の一環である筈の後数日に迫る修学旅行に一緒に行けない事に不満を感じていた。それはネギも一緒で、この時ばかりは融通の効かない呪いを掛けた父親に不満を持った。

「そうは言っても、封印云々無しでもエヴァンジェリンを外に出すのは危険なんスよ?」

 ネギの背負っているリュックサックの中からカモが顔を出して肩を竦めながら言った。

「いいッスか? 姉貴も姉さんもエヴァンジェリンと親しい関係だからこそ言える事なんスよ? 例えばの話――」

 カモは手を上げた。

「刑務所から脱獄した連続殺人鬼がいきなり自分の街に現れたら……、姉貴ならどう思いやスか?」
「それは……」

 怖いと思う。だが、それを口に出すことは憚られた。木乃香も俯いた。

「恐怖を感じた人間の行動は二つ。逃げるか……、恐怖の対象を抹消するかのどっちかだ」

 カモの言葉は理解出来る。嫌な例えだが、ゴキブリや鼠が民家に出たら、悲鳴を上げるかその場で殺すかのどちらかしかない。誰も好き好んでゴキブリや鼠を放って置いたりはしないだろう。逃げた者も逃げた後に、ゴキブリや鼠を退治する為に罠を仕掛ける。
 エヴァンジェリンが麻帆良という檻から出れば、恐怖を感じた人間が襲い掛かり、逃げた者も罠を張る。その上、フィオナの様に恨みを持つ者が襲い掛かる可能性も高い。冷静に考えれば、エヴァンジェリンを外に出すのは尋常ならざる愚かな行為であると言う外無い――。
 親しいから一緒に旅行に行きたい。その願いはとても強いが、その為にエヴァンジェリンをみすみす危険な場所に連れて行くなど冗談では済まない。

「麻帆良が匿っているんだ。匿っていながら外に出したとなれば、麻帆良にも責任を問われる。最低でも、二度とエヴァンジェリンを匿う事は出来なくなるんスよ。そしたら、二度と会えなくなる可能性だってあるんス。確かに、俺ッチだって、エヴァンジェリンとはもう結構親しくなったつもりッス。ま、自惚れってのもあるかもッスけど。エヴァンジェリンの事をちゃんと考えるなら、ここは我慢するんス。まあ――」

 カモはしょんぼりしてしまった二人を元気付ける為にニッと笑みを浮べた。

「お二人がもっと修行して、誰もエヴァンジェリンの事に口出し出来ないくらい強くなったら、それから、エヴァンジェリンの汚名をそそげば、ちゃんと一緒に自由に出掛ける様になるッスよ。その為にも、魔法使いになる道を選んだなら毎日一歩一歩確実に頑張るんスよ?」

 穏やかに、諭す様に語り掛けるカモに、ネギと木乃香は決意に満ちた目で頷いた。そんな二人に満足気に笑みを浮べると、カモは前方に人影が現れたのでリュックサックの中に隠れた。
 この日の二人の格好は、木乃香は白の長袖のTシャツに黒のプルオーバーと木乃香の長く絹のようなで美しい黒髪によく似合うキュートな格好で、黒のニーソックスに黒のウエッジサンダルを履いている。
 ネギは黒のキャミソールに明るいピンク色のヘンリーパーカーを着て、紺色のぴったりしたジーンズを履いている。
 ネギが実際はどうあれ、見た目には二人は間違いなく美少女だ。金髪に肌を焼いた高校生の少年達が目を付けるのは仕方の無い事だった。

「ねぇねぇ、君達何してんの?」

 三人組の少年の一人がネギと木乃香に声を掛けた。突然見知らぬ年上の男性に声を掛けられた二人は戸惑いを隠せずに声が出せなかった。

「へぇ、珍しい色だね。うん、君の髪凄い綺麗だね、顔も凄く可愛いよ」

 少年の一人が腰を屈めながらネギの顔を真っ直ぐに見ながら言った。

「わっ! 君の髪凄いキレーッ! ねぇねぇ、君達彼氏とか居るの?」

 最後の一人がそんな事を言い出した。二人は慌てて首を振ると、少年達は微かに笑みを浮べた。

「ホントに? 意外だなぁ、ねぇねぇ、君達は何を買いに来たの?」

 少年達の言葉は、木乃香とネギから退却しようという行動を制限していた。乱暴な態度でくるならば問題では無い。ネギは杖を使わなくても、この日はスカートではないから風の強化魔法を発動して少年三人程度瞬殺出来る。だが、少年達は決して木乃香とネギに乱暴な態度はとっていない。馴れ馴れしい感じもするが、僅かに一歩引いた感じで優しく木乃香とネギを褒めながら二人の買い物の目的を聞きだすと、自分達のお薦めの店に案内した。
 実はこの日は間近に迫る明日菜の誕生日のプレゼントと修学旅行用の洋服や雑貨を買うのが目的だったのだ。さすがに、下着に関しては黙秘したが、少年達は言葉巧みに二人を洋服店に連れて行き、自分達で選んだり、木乃香とネギ自身が選んだ服を褒め称えた。
 二人の警戒心は何時の間にかすっかりと解けてしまい、少年達は二人と一緒にクレープを食べたり、最近の有名な俳優やアイドルの事を、そういう知識の乏しい二人に説明して感心させた。沢山買い物をして、少年達が遠慮する二人に構わずに袋を持つと、空が赤く染まる頃に何ともなしに少年の一人が口を開いた。

「今日は楽しかったね。二人共疲れてない?」
「少しだけ……」
「結構歩いたからなぁ。雄二さんも猛さんも、翔太さんも今日はほんまにありがとうございました」
「ありがとうございました」

 ネギと木乃香がお礼を言うと、少年達の瞳がまるで獲物を狙う猛獣の様にギラついたのを、ネギと木乃香は気が付かなかった。カモは、このまま何事もなけりゃいっか、と最初こそ警戒したが、いざとなれば一般人相手に遅れをとることはないし、ごみごみした街だから地理に明るい人間の案内は悪く無いと特にネギに注意する事は無かったが、少年達は悪意を巧みに隠して木乃香とネギを家に誘いだし、さすがに焦った。
 ネギも木乃香も人を簡単に信じ過ぎてしまう。美徳でもあるが、将来の事を考えると矯正する必要がある。本当はゆっくりと殺意や人の剥き出しの感情慣らしていくつもりだったが、さすがに男のそういう方向の“悪意”は未だ早いと思い木乃香に念話を送ろうとした。
 少なくとも、ネギは未だ十歳なのだ。年上の彼氏でも出来ない限りは未だ言うつもりは無い。というよりも言いたくない。もうかれこれネギが女体化の薬を飲み始めて早半年が経過している。少女のネギもまぁ可愛らしいが、元々少年であるネギには少年として幸せになって欲しいというのが願いだ。
 明日菜にしろ木乃香にしろ刹那にしろ、素晴らしい女性が揃っている。ここまで魅力的な少女達に囲まれ、且つ幼馴染の少女に好かれているのだ。これで男に走ったら血を吐く自信があるとカモは乾いた笑みを浮べた。
 微妙に危険な奴も居たが、奴とは二度と会うまいさ、などと馬鹿な事を考えたと頭を振り、木乃香に念話を送ろうとした時だった。

「あれぇ? ネギっちに木乃香じゃん。どったの?」

 何故か胸にどこかで見た事のある気のする人形を抱えた朝倉和美が男三人に囲まれた二人に手を振りながら口には振って居る右手で持っているチョコレートバナナのクリームたっぷりクレープのクリームが付いている。

「和美さん!」
「和美も買い物なん?」
「そだよ―。じゃーん、見てみてさよちゃん人形!」

 和美はクレープを一気に食べきると、少年達を無視して胸に抱えた言われてみれば確かにそうだと確信出来る白い髪にさよと同じ制服を着せられたさよによく似た可愛らしい人形だった。

「これがどないしたん?」

 木乃香がキョトンと首を傾げると、少年達が和美に声を掛けた。

「や、やぁ、君はこの娘達のお友達?」

 男の一人、特に背が高く、耳にシルバーのピアスを着けている雄二という男の言葉を、和美は全く耳に入れなかった。

「実はさっき――」

 自分達の話を聞かない和美の態度に少年達は焦れ始めた。
 カモは僅かに笑みを浮べた。少年達の狙いは読めている。恐らくは和美も読めているのだろう。だからこそ、少年達の化けの皮を剥がして逃走しようとしているのだろうと推測出来た。
 和美は少年達を石ころ程の感心も寄せずにネギにさよ人形を見せていた。ネギもさよ人形に興味を惹かれたらしく、眼を輝かせている。

「人の話無視するってのはどうかな」

 苛立ちが限界に達した少年の一人が、先程までとは違う低い声で言った。和美はそれを聞き流して全く反応しない。
 ネギはネギでさよ人形を渡されてさよ人形の両手を動かすのに夢中だった。

「ネギっち人形とか好き?」
「いえその……テディベアが昔あったんですが、今は失くしちゃいまして……」
「そうなんだ――」

 和美とそんな感じに会話を交わし、少年達の事をスッカリ忘れてしまっていた。木乃香もさよ人形に興味津々で少年達の事は完全に頭の中から消えていた。
 やがて、一番背の小さな少年がついにキレてしまった。

「おい、人の話聞いてんのかよ! コッチが下手に出てるからっていい加減に――」
「んじゃ、私達は帰るんで、さよならー」
「は……? え? って、おい!」

 和美は突然振り返ると少年が目を丸くしながら何かを言おうとする前にさっさと木乃香とネギの手を引っ張って歩き出した。木乃香とネギは戸惑いながらも少年達に別れを告げた。
 しばらく呆然としていた少年達は和美達が離れて行くのを見て、漸く正気を取り戻した。

「ちょっと待てよ! こっちは朝から付き合ってやってたんだぞ!?」

 一番背の小さな少年が苛立ちを篭めた声で怒鳴った。

「お前等も何か言えよ!」

 しつこく食い下がる少年が怒鳴るが、他の少年達は肩を竦めた。

「これはもう失敗だろ。諦めようぜ?」

 これ以上食い下がっても仕方ないだろ? と言外に告げる真ん中の背の少年に、食い下がる少年はムッとなった。

「うるせえな! な、木乃香ちゃん。ちょっとでいいんだよ。そだ、メルアドだけでも……」
「しつこい男ね!」

 和美の言葉に、食い下がる少年は固まった。

「後ろの二人見習いなさいよね! ガツガツし過ぎ、モテないわよ?」

 和美の言葉は少年の胸に鋭い槍となって突き刺さった。三人のメンバーの中で、何故か自分一人だけが悉くナンパに失敗するからだ。
 今日はに限っては、憐れんだ二人が一緒に三人で一緒にナンパをしてくれたのだ。和美の言葉の槍が少年のガラスのハートを易々と打ち砕いた。

「か、和美さすがに言い過ぎやと……」

 木乃香はさすがに心配になって振り向くが、少年は真っ白になって二人の友人に慰められていた。ネギは強化せずに早歩きを続けたせいか、若干息切れしていて、息を整えようと深呼吸をしていたので話を聞いていなかった為、何が起きてるのか理解出来ていなかった。
 真っ白になってしまった少年を抱えながら、二人の少年は木乃香とネギに頭を下げた。

「ごめんね、二人共すっげえ可愛いからちょっとマジになり過ぎたわ」
「えっと、ネギちゃん。も、もし良かったら俺とメールアドレスを……」
「ごめんなさい。私、今携帯電話持ってなくて……」

 頭を掻きながら木乃香に頭を下げる少年の隣でネギにメルアドを聞こうとした少年は、ネギの一言に崩れ落ちた。ネギは前に貰った携帯を貰った数時間後に壊してしまい、その後別にいいやと思い買っていなかったのだ。崩れ落ちた少年にネギが手を差し伸べると、少年は顔を綻ばせた。

「またさ、今度会えたら一緒に買い物しようぜ? あ、俺のメールアドレスと電話番号コレなんだけど、良かったら……」
「ありがとうございます。今日は本当に助かりました。猛さん、ありがとうございます」

 ネギが真ん中の背の少年、猛の渡した名刺の様な紙を受け取ると、ニッコリと笑みを浮べた。
 猛は真っ赤になりながらデレデレと笑みを浮かべ、真っ白なままの少年に肩を貸すと、木乃香に手を振る少年と一緒に去って行った。

「ネギっちやるわね。あそこまで完全に落とすとは……侮り難し」

 戦慄の表情を浮かべながら言う和美の言葉に、カモは顔を引き攣らせていた。

「明日菜へのプレゼント?」

 三人は山手線に乗って新宿に来た。本日の最大の目的である間近に迫った明日菜への誕生日プレゼントを買う為だ。
 明日菜への誕生日プレゼントは自分達だけで選びたいと思い、猛達には黙っていたのだ。和美はそれを聞くとノリノリで二人に付いてきた。今は財布の中身を確認している。

「うん、お札もあるし大丈夫」

 三人は西口から駅を出てヨドバシカメラに向かって歩いていた。

「そう言えば、このさよさん人形は一体……?」

 ネギは抱き抱えているさよ人形の事で疑問を和美に投げ掛けた。

「んっとね、さっき原宿で歩いてた時なんだけど――」

 和美はその日、さよの事で悩んでいた。折角友達になったのだから、色々な所に連れて行ってあげたいと思うのだが、さよは地縛霊であり、麻帆良を離れる事が出来ないのだ。
 間近には修学旅行が迫っているし、是非ともさよにも参加させてあげたい。そう強く思い悩んでいた。
 とにかく修学旅行の準備はしないといけないと、考え事をしたいからという事もあって一人で原宿にやって来たのだ。洋服や雑貨をあらかた揃えると、宅急便で部屋に送って貰えるようにしてからブラブラと歩いていた。
 すると、唐突に裏道を歩いている時に声を掛けられたのだ。何とも怪しい格好の男だった。
 紫の外套を頭から被り、まるで占い師か呪い師のようだった。

「君、悩んでるな?」

 ヤベェ、和美の脳裏に浮かんだ言葉はソレだった。無視して歩き去ろうとすると、一瞬で男は和美の正面に回りこんだ。

「え!?」

 目を丸くしていると、男はさよ人形をどこからか取り出した。

「私はさすらいの占い師だ。君は幽霊の友達がいるな?」

 心臓が跳ねた。何故そんな事を知っているんだ、その思いに和美は口をパクパクとさせながら麻痺した様に動けなくなった。

「何故知ってるか、占い師だからだ。それより、その娘を君は助けたいと思ってるな?」

 あまりにも怪しい男だったが、和美は無視する気になれなくなっていた。恐る恐る頷くと、男は満足気に頷いた。

「友達思いでいい娘だ。そんな君にコレをプレゼントしよう」

 少年は懐からさよに良く似た可愛い人形を取り出した。

「これは……?」

 戸惑いながら和美が聞くと、男は言った。

「君のお友達をその中に憑依させるんだ。そうすれば、色んな所に連れて行ける。優しい君とそのお友達の為にプレゼントさ」

 そう言った後に、謎の男は一枚の不思議な模様の描かれたカードを和美に渡した。

「これが君と君のお友達との絆になってくれる筈だ。それではさらば!」

「――てな具合に訳分からん内にコレを手渡されてた訳よ」

 そう言って和美はさよ人形を指差し、ポケットから男に渡されたカードを取り出した。

「一応調べたんだけどね。盗聴器とかは付いてなかったからさ。帰ったら試してみようと思ってるの。さよちゃんと修学旅行行きたいしね」

 そう語る和美を前に、木乃香とネギ、カモは息を飲んでいた。

「ネギちゃん、あのカードからなんや……変な感じがするんやけど」
「ええ、魔力を持っています。それに、さよさんの事を知っているって……、どういう事でしょう」

 ネギは和美の手にあるカードを注意深く観察した。もしも危ない術式ならば、無理矢理にでも奪わないといけない。
『あのカードは、恐らく契約のカードッスね』
『契約の……?』
 カモが念話で言った。ネギが戸惑い気に尋ねると、カモは語り始めた。
『あのカードに記された術式を見るに、“守護霊契約(ガーディアン・スピリット)”の術式が刻まれてるッスね』
『ガーディアン・スピリット?』
 木乃香が念話で尋ねた。
『簡単に言えば霊体を守護霊、つまり使い魔にする為の術式ッス。しかし、何者ッスかね。術式に変な部分も見られねぇし。成程、あれなら相坂さよを麻帆良学園から連れ出せる。それに、人型の人形ってのは昔から呪い等の身代わりに使われる程、真に迫るんスよ。でも、憑依術式の、それも“憑依兵装(オートマティスム)”を素人に使えるものか? いや、あれだけ精密な憑依術式用に設計されている人形なら……面白いな』
 後半は独り言の様にブツブツと呟きだしたカモに、木乃香とネギは顔を見合わせた。
『で、でも、危険じゃないかな? 魔法関係に和美さんが関るのは……』
『て、言いやしても……。相坂さよを滅殺する訳にも……』
『当たり前だよ!』
『当たり前や!』
『……………………』
 怒られた事にカモは微妙に理不尽だと思いながらも言葉を続けた。
『相坂さよをどうにかしない以上、この件に関してはどうなろうが同じなんスよ。まぁ、心霊魔術に関しては民間にも結構広まってるんスよ。だから、それに関しちゃそこまで問題は無いッスよ』
『え? 心霊魔術ってそんな一般的なの?』
 さすがに魔法は隠匿するモノだと教えられてきたネギは驚いた。
『丑の刻参りとかにしろ、キチンとした方式が普通にネットとか書物で流れてやスしね。ちょっとしたマニアなら結構使い方なら知ってるッスよ』
『え、それって結構不味いんやないの?』
 木乃香が恐る恐る言うと、カモは首を振った。
『全く問題無いッスよ。使い方は分かっても、気や魔力の使い方は専門的に学ばなければ修得はほぼ不可能ッス。それに、あの人形みたいに、道具も特別な製法とかが必要なんス。だから、一般人には使えないのが普通なんスよ。まぁ、何にしても相坂さよという幽霊が身近に居る以上、ある程度は許容するしか……』
 カモの言葉は諦めに近い響きがあった。相坂さよをどうにか出来ない以上、幽霊の存在を認めるレベルの神秘の露出は容認する他無い。
『てか、幽霊の席そのままにしてるくらいッスから、学園側が色々手を回してくれると思うッスよ。ま、何の力も無い人間霊を守護霊にしてるからって、そうそう問題事は起きやせんよ。元々心霊は魔法使いでも感知が難しいッスしね。憑依術式に関しちゃ……そう言わなきゃそうそう分かんねぇし、それに、一般人相手ならロボで通せばいいッスよ』
 カモの語りを聞いていると、和美が首を傾げていた。

「どうしたの二人共? いきなり黙り込んじゃって」

 木乃香とネギは慌てて誤魔化すと、ヨドバシカメラの店内に入って行った。和美はカメラを興味深そうに見ていたが、木乃香とネギはMDプレイヤーを見ていた。

「これなんか明日菜さんにピッタリじゃないですか?」

 ネギはオレンジ色の光沢のある真四角のMDプレイヤーを手に取って木乃香に見せた。シンプルなデザインで、濃いオレンジ色の線が幾つか中心よりやや上に走っている。

「ええねぇ。値段は……一万八千円」

 木乃香は自分の財布を除いて俯いてしまった。明日菜への誕生日プレゼントは自分が貯めたお小遣いを使うつもりだった。
 さすがに親友の誕生日プレゼントに祖父のブラックカードを使う気にはなれなかったのだが、さすがに値段が高過ぎた。

「べ、別のを見ましょうか……」

 ネギもさすがに値段に驚いてMDプレイヤーを元の場所に戻した。買えない事も無いが、修学旅行のお金が無くなってしまう。
 結局、その後ルミネや丸井も見て周り、木乃香とネギ、和美の三人でお金を出し合って細工の見事なオルゴールを買い求めた。蓋を開けると美しい旋律が奏でられる。前に木乃香が見ていたクラシック音楽の番組を退屈そうに
「変えていいでしょ~、アニメ観たいよ~!」
と駄々を捏ねていたが、一曲だけ興味深そうに聴いていたのがあったのだ。
 “魔王”――有名なシューベルトの作曲したその曲の詩は、詩人のゲーテの『魔王』から採られている。ハンノキの王の娘の物語であり、ハンノキとは精霊王を意味する。オーケストラの奏でる旋律は、迫力があり、どこか恐ろしげな響きがあった。
 男性の歌手の歌声に、その時の明日菜は聞入っていた。それが、渋いおじ様の歌声だったからなのかは定かでは無いが、とにかく明日菜がクラシックに興味を持つのはいい事だと木乃香は思い、ネギと和美に相談した結果これに決定したのだ。
 値段は少し張ったが、三人で出し合ったので無茶な値段では無かった。
 空が茜色に染まり、すっかり遅くなってしまって麻帆良学園に帰って来ると、木乃香が携帯電話で連絡した明日菜と刹那が迎えに来てくれた。

「もう、お腹空いたわよ!」
「お嬢様、あまり遅くなられないよう。昼間は大丈夫でしょうが、夜は麻帆良の外は危険です」

 明日菜がお腹を鳴らし、刹那がグチグチと小声を言う。寮に到着すると、和美はさっさと四人に手を振ると自室に帰ってしまった。さっそく、人形にさよを入れてみようと考えているらしい。
 木乃香とネギは既に運び込まれていた荷物の整理を二人に手伝って貰った。二人は明日買い物に行く。その間に、誕生日の準備を行う予定だ。

 翌日、夕方に帰ってきた明日菜は眼を見開いていた。豪華な食事に大きなチョコレートケーキ、それにネギと木乃香、和美の買ったプレゼントを貰った時は涙ぐんでいた。
 あやかやエヴァンジェリン、クラスの面々も入って来てはプレゼントを渡していき、部屋の中は明日菜の誕生日プレゼントで溢れてしまった。

「誕生日おめでとー、明日菜!」

 上手く人形に憑依させる事に成功させたらしい和美が人形のさよと一緒に入って来ると、人形に入ったさよは一躍人気者となった。あまりにも可愛らしく、主役の明日菜を差し置いて人気を独占し、若干拗ねてしまった明日菜に気が付いた面々は慌てて慰め、さよは明日菜に抱き抱えられ、パーティーは賑やかに楽しげに終わった。

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