第二十三話『意外な参謀』

「天ヶ崎……千草」

 ネギが呆然とその名を呼ぶと、千草はニッコリと頷いた。

「さいですぅ。お久しぶりどすなぁ。京都にようお越やしたなぁ。にしても……」

 ニョホッと千草は口元に広がる止まらぬニヤケ顔を右手で隠した。

「小太郎も何時の間にか……。大人になったんやなぁ」
「ハァ!?」

 小太郎は素っ頓狂な声を上げた。

「いやぁ、何時までも子供や思うとったのに、意外と早かったなぁ。ちょっと、意外な相手やったけど……頑張りや」
「ちょっと待てや! 何をキモイ勘違いしとるねん!?」

 千草の言っている言葉の意味がいまいち理解出来ずに、キョトンとした顔をしているネギとは対象的に、小太郎は顔を真っ赤にして立ち上がった。

「第一、ワイは別にコイツの事なんて今の今迄一度も思い出してへんかったんや! 忘れとったのにいきなり現れて、ワイの湯豆腐冷めるやないか。訳分からんで、ほんまに」
「忘れてた? へぇ、忘れてたんだ」
「え? あ、あの……」

 背後から忍び寄る殺意の波動に、小太郎の全身の皮膚が逆立った。呼吸が出来なくなり、躯全体に麻酔を掛けられた様に痺れて指一本すら動かせない。肌寒い様な錯覚を受けるネギの無表情に、小太郎は後退りした。

「いや、これは何と言うか……」
「コッチは、誰かさんが何も言わずに去って行って、すっごく心配してたのに……。手紙くらい送れた筈じゃないのかな? 学園の寮なら調べれば住所なんて簡単に判るんだし。なのに、ちっとも連絡しないでさ……」

 俯いて、ブツブツと呟きながら一歩一歩近づいてくるネギに、小太郎はダラダラと滝の様に汗を流した。

「お、落ち着け! い、今のは言葉の綾というかやな……。連絡せんかったんは、悪かった。せやから、な? ちょっと、落ち着こうや」
「落ち着け? 落ち着いてるよ、私」
「どこがやねん!? 眼が据わってるで自分!?」

 小太郎が思わず突っ込みを入れると、ギロリとネギは小太郎を睨み付けた。

「はいはい、ストップだ。とりあえず、ここまで」

 そこでタカミチが止めに入った。さすがに、これ以上は今日の予定に関るし、食事が取れず、店側にも迷惑が掛かるからだ。

「せやせや。痴話喧嘩はそのへんにしときやぁ。そうや、ええ事思いつきましたわぁ」

 コンコンと軽く小太郎の頭を叩くと、千草はタカミチに何事かを耳打ちした。

「いや、しかしそれは……」
「せやけど、二人共言いたい事があるやろうし。お願いしますわ」
「ううん、新田先生、どうしましょうか」

 千草の提案に難色を示すタカミチは、新田に顔を向けた。

「不純異性交遊は認められない。なんて言うほど、私はヤボではないよ。どうやら、久しぶりに会えた様子だしね。未だ、四泊五日の修学旅行の初日だ。節度を持ってくれさえすれば、彼が同席する事に異論は無いよ」
「話が分かるお人やわぁ。あんさん、お名前は?」
「新田と申します。こちらは、高畑.T.タカミチ先生。貴女のお名前を尋ねてもよろしいですかな?」
「勿論ですわ。ウチは、天ヶ崎千草言います。よろしゅうお頼み申しますぅ」

 新田の手を握りながら頭を下げる千草に、新田は一瞬だけ見惚れてしまい、咳払いをした。

「ああ、新田先生が赤くなってる~!」
「可愛い~~!!」
「新田先生真っ赤か~~!」

 桜子や裕奈、史伽が囃し立てると、新田は再び咳払いをした。

「いや、美しい女性に見惚れてしまうのは仕方の無い事だ」
「お上手どすなぁ」

 新田が素直に失態を認めると、千草は優雅な仕草でオホホと口元に手を当てながら微笑んだ。タカミチは、ネギと小太郎をとても複雑な表情で見た後に、眉間に皺を寄せて溜息を吐くと、手を叩いた。

「それじゃあ、皆、席に着こうか。時間がおしているからね」

 未だ、少女達は好奇心に満ちた表情で眺めているが、タカミチに言われ、自分のお腹が背中とくっつきそうなほどお腹が空いている事を思い出して、素直に従った。
 千草が新田と一緒に、店員の女性に何かを話すと、店員の女性は笑みを浮べながら頷いていた。しばらくすると、自分の食べていた席のお鍋が持ち上げられて小太郎は目を剥いた。

「ワイの湯豆腐!?」

 小太郎が叫ぶと、千草がやんわりと微笑みを浮べて言った。

「大丈夫やで。ウチ等、皆さんと一緒に食べる事になったさかい。ほな、行こか」
「へ……?」

 一瞬、千草が何を言ったのかが理解出来なかった。千草に促されるがままに、少女達と共に歩き、何時の間にか戸惑った顔をしているネギと他の席と若干離れた場所で相席していた。

「ね、姉ちゃん?」

 小太郎が戸惑い気に、新田と談笑をしている千草に話し掛けようとすると、千草は耳元で囁いた。

「頑張りや」
「は!?」

 千草はそのまま、空いた明日菜と木乃香、刹那の座っている四人席のネギの座るべき椅子に座った。

「お久しぶりどすな、御三方」
「天ヶ崎……千草」

 刹那は、仮契約のカードを取り出し、殺気を周囲には洩らさずに、千草にのみ向けて放った。

「かなんわれてしもたんえな。その節は、ほんまに申し訳おまへなんだ。お詫びのしよけもおまへん。ほんまに、申し訳おまへん」

 刹那は眉を顰め、明日菜は千草の京都弁の意味が分からないのと、年上の女性に頭を下げられた状態に当惑していたが、木乃香は真っ直ぐに謝罪を受け止めた。

「天ヶ崎千草はん。うちは、三人の親友をあんはん傷つけた事は許せまへん。どすけど、感謝もしていますわ。うちは、あんさんと出会う事で、わての進むべき道が見えたんどすさかい。その謝罪、受け入れまひょ」

 木乃香は、東京に出てかなり薄まった普段の京都弁の混じった言葉では無く、完全に京都弁の自身の言葉で謝罪を受け入れた。

「しかし、お嬢様……」

 刹那が言葉を発しようとすると、木乃香は首を振った。そして、やんごとなき存在のみの放てる気を纏い、逆らう事の出来ない天上から響くかの様な響きの声で口を開いた。

「天ヶ崎千草はん。あんさんは、よう二度とわいらを傷つけへんと誓いまっしゃろか?」

 木乃香が真っ直ぐに千草の瞳を見て尋ねると、千草は頷いた。腰を曲げ、深く。

「誓います」
「その言葉、信じまんねん。決して、齟齬にせいでおくれやす」
「おおきにどした。近衛木乃香お嬢様」

 再び、千草が頭を下げると、木乃香は笑みを浮べた。明日菜を含め、周囲に居た少女達や小太郎とネギ、新田やタカミチまでもが唖然とした表情を浮べていた。

「木乃香……、極道みたい……」

 明日菜がボソリと呟くと、木乃香はビシッと石化した。

「あ・す・なぁ?」

 ギギギギと音を立てながら木乃香が顔を向けると、明日菜は震えながら刹那に縋り慰められた。内心頷いてしまった面々も慌てて顔を背けた。ほぼ全員だった……。
 何の話かは気になったが、聞くのがかなり怖いから聞きたくないという結論に達したのだ。

「にしても、あの後どうしてたの?」

 しばらくして立ち直った明日菜が尋ねた。

「えっとやね――」

 千草は口を開いた。

「ごめんね……」
「あん?」

 クラスメイト達から少し離れた場所に座ったネギと小太郎は、お互いに気まずそうにしていたが、唐突にネギが頭を下げた。小太郎が怪訝な顔をして眉を顰めると、ネギは深く息を吸った。

「何だか、頭の中が滅茶苦茶で、どうしたらいいか分からなくて……。もし会ったら、お礼を言うつもりだったのに……あんな態度とって、その……ごめんなさい」

 ネギが再び頭を下げると、小太郎は眼を見開いた。

「や、やめや! そ、その、ワイも悪かった。ほ、ほんまは忘れたなんて、嘘や。その、聞いてくれや」

 立ち上がって、テーブルに手をつけながら乗り出す様に、小太郎はネギに顔を向けた。周囲の女子達が

「おお――ッ!!」

と歓声を上げているが無視した。

「あの後な……、実は、そのまま京都に帰って来てたんや。千草の姉ちゃんと住んどる、協会の寮にな。したらその……千草の姉ちゃんが帰って来てたんや」

「ウチなぁ、あの後色々と駆けずり回ったんよ。ウチ、小太郎の保護者なんよ。ウチが勝手して、勝手に死ぬだけで済むなら簡単やったんねんけど」

 千草は、麻帆良学園を脱出した後に、真っ直ぐに関西呪術協会に戻った。長に謁見すると、頭の冷えた千草は自分がこの先どうなるかを想像した。死刑をされようが、魔術の実験の披見体にされようが、自分の事ならどうでも良かった。
 問題は、小太郎の存在だった。問題をややこしくしたのは小太郎自身だった。友人や世話になった者達に頼み込み、小太郎の事を頼んで回ると、驚いた事に誰も彼もが了承してくれた。
 千草は、子供の頃から関西呪術協会に所属していて、旧友達は殆どの面々が同じ様に大戦で両親や兄弟を失った人間ばかりであり、近衛近右衛門に対しての怒りは在ったのだ。たまたま、今回は千草だったが、自分達だったかもしれないと、千草の旧友の何人かが呟いた。
 西洋魔法使いへの不満というよりも、原因たる惨劇の引き金を引いた近衛近右衛門に対しての不満の方が大きく、彼らは千草への処遇の恩赦を申し立てたのだ。詠春はその嘆願を聞き入れた。
 否、聞き入れざる得なかった。関西呪術協会の長として、配下の者達の不満は無視出来ないレベルだったのだ。組織は、上だけでは成り立たない。下の者が不満を爆発させ四散すれば、関西呪術協会という長き歴史を持つ魔術結社といえど、一瞬で没落する。
 首都であった頃から京都を任せられ、京都周辺のみを守護していた時代から、関東魔術協会という存在を手にした近右衛門によって、日本全国を治めるまでに至った組織である。
 あるが故に、没落させるわけにはいかないのだ。日本の魔術結社の殆どを配下に置いてしまった時点で、関西呪術協会は最強を誇り続けなければならないのだ。さもなければ、関西呪術協会が崩壊した後、燻っていた魔術結社は一斉に蜂起し、自分達の組織を頂点に据えようと、戦が起こる。間違いなく一般人も巻き込まれ、日本は魔界と化すだろう。
 木乃香を襲った罪を軽くしなければならない、それは、木乃香の命を軽んじかねない危険性も存在した。かと言って、このまま千草を罰した場合、恐らく関西呪術協会は崩壊するだろう。
 詠春は、苦渋の選択の末に、組織の未来を選んだのだ。そこに、小太郎の独断行動が起きた。千草は、小太郎には何も報せないつもりで、全てが終わるまで小太郎に会わなかった。それが問題だった。小太郎は千草の消息を探りに関西呪術協会を飛び出してしまった。
 そして……、事もあろうに、“西洋魔法使い(ネギ)と共に戦ってしまった”のだ。事態は、まさしく混沌(カオス)だった。
 西洋魔法使いへの恨みを晴らした千草の保護児童である小太郎が、麻帆良に不法侵入して麻帆良の魔法使いと共に戦ったのだ。千草の気持ちを思って、恩赦を申し立ててくれた者達も戸惑い、恩赦の成立が一時的に宙に浮いたのだ。
 ここで、更に近衛詠春に何者かの干渉があった。謎の男がやって来たのは、数週間前の事だった。詠春は男と部屋に篭ると、千草を呼び出した。

「――そしたら、いきなり恩赦を受け付けてもらえる様になったんよ。まあ、ちょっと条件付きやけど。小太郎も含めてな」

 千草は肩を竦めながら、大まかに事実を若干オブラートに包んで語った。特に、木乃香の目の前で先代の批判など口に出来ず、その部分を厳重に覆った。

「その謎の男ってさ、なんか気にならない?」

 明日菜は運ばれて来た湯豆腐鍋から自分の分をよそいながら言った。

「確かに。長がそう簡単に、意見を聞き入れるというのは……妙ですね」

 刹那も湯豆腐をよそい、木乃香の分もよそいながら呟いた。

「確かに気になるッスね」
「あ、カモ。って、何、人の湯豆腐食べてるのよ!!」

 突然、自分の直ぐ近くで聞こえたカモの声に顔を向けると、カモは当然の様にお箸を持って、明日菜の湯豆腐を突っついていた。

「大丈夫ッスよ~、ちゃんと石鹸で手洗って、地面触らない様にしながら来やしたから」

 そう言うと、カモは洗面所を指差した。

「器用な……、というか、そういう問題じゃな~~~~~い!!」
「落ち着いてください」

 刹那は明日菜に呆れたように言った。
 刹那の冷たい態度に明日菜は木乃香に縋りついた。

「私、最近こんなんばっか~~」
「ほらほら、ウチの湯豆腐あげるさかい、ほれ、あ~~ん」
「あ~~ん」
「何やってるんですか、明日菜さん!!」

 木乃香が明日菜に湯豆腐を食べさせてあげようとすると、刹那が何時の間にか抜刀した七首十六串呂・イを頬にペタペタと叩きつけた。

「いや……刹那さん。これはシャレにならねぇって言いますか」
「黙れ。お嬢様にあ~んして貰うなんぞ、例え相手が誰であろうと許さん」

 ギランッと瞳を光らせながら、殺気を漲らせた刹那はドスの効いた声を発した。あまりにも恐ろしく、クラスの面々は顔を背け、アデアットのコスチュームが見られなかったのが不幸中の幸いだった――。

「おい、向こうの姉ちゃん。あれ、やばくないんか?」

 湯豆腐に箸をつけながら、殺気を漲らせる刹那に呆れた視線を送る小太郎の言葉に、ネギは苦笑いを浮べた。

「一応、魔力カットしてるんだけど……、刹那さんの魔力で持続しちゃってる」

 ネギはガックリと肩を落とした。

「大変やな。にしても、お前の方はどうしてたんや?」
「別に……」

 ネギはプイッと顔を背けた。

「って、おい! 機嫌未だ治ってへんのかい!?」
「機嫌悪いんじゃないもん」
「悪いやろ!? ってか、人の湯豆腐さりげに持ってくな!」

 ネギの小皿には、小太郎の分の湯豆腐まで入っていた。

「ん」
「あん?」

 ネギは、小太郎の分の湯豆腐を器用にお箸で抓むと、小太郎に向けた。

「なんや?」
「あ~ん」
「へ!?」

 周囲がどよめいた。小太郎は思考回路が停止した。
 何時の間にか、口の中に柔らかくて美味しい豆腐の味が充満していた。

「って、あれ!? ワイ、今何した!?」

 自分のした事が分からなかった。混乱している自分を、ネギはキョトンとした顔をして見ている。

「キョトンとするな! 何してん自分!?」
「え? いや、お詫びにって。木乃香さんが教えてくれたの。日本では、お詫びの時にあ~んってするんだって。さっき、木乃香さんが明日菜さんにしてるの見て思い出したの」

 得意気に言うネギに、小太郎は頭をテーブルにぶつけた。

「何やソレ!? てか、間違っとるで!! ソレはお詫びやない、ご褒美や!! って、ワイ何言い出してんねん!?」

「おお、アレこそノリつっこみ。成長したなぁ、小太郎」
「ノリつっこみ違うからアレ……」

 嘘っぽい涙をハンカチで拭いながら寝惚けた事を言う千草に呆れながら、明日菜は自分の湯豆腐を我が物顔で喰っている馬鹿野郎(カモ)をポカンと殴った。

「痛っ!? 何するんスか、姉さん!!」
「何するんスか、姉さん!! じゃないわよ! 人の湯豆腐勝手にパクパクと~~!! 大体、何でここに居るのよ!? 御主人様は向こう!」
「アンタ鬼ッスか!?」

 既に異相空間の様な場所を指差す明日菜に、カモは血を吐きかねない勢いで怒鳴った。

「うっ……、確かに、あそこに介入はしたくない。てか、小太郎っての、ちょっとちっこいけど、ネギとはお似合いな感じよね」
「ああ、二度と会わないだろうと思っていたのに……」

 カモはガックリと項垂れた。

「ええやないの~。若い二人が甘酸っぱい青春を送る。これ、自然の摂理なり。まぁ、ちょっと禁断な香りもするんやけどなぁ」
「お前は知ってて息子にそんな残酷な運命背負わせんのか!?」

 カモは絶叫した。慌てて明日菜がカモを被さるように隠す。
 周りで、何人かの少女がカモの声に反応してしまった。

「アンタ、あほ!? それとも、馬鹿!?」
「うう……、面目無ぇ」

 自分の存在が異端であると忘れた行動を取るカモに、明日菜が小声で自分の腕の中に隠したカモに怒鳴ると、カモは項垂れていた。

「そ、そこまで落ち込まなくても……」
「せやせや、恋愛に年の差も国の違いも宗派の違いも、性別も関係あらへんがな」

 オールヒットは不味いだろうが……。ホームランじゃねえか、馬鹿野郎。言葉無き突っ込みをしながら、真っ白になってカモは倒れ伏した。

「え? ちょっと、カモ!? ヤバッ!? ほ、ほうら、私の湯豆腐上げるよ~」
「ちょっと、いいかい?」

 沈んでしまったカモに、自分の湯豆腐を抓んで上げようとする明日菜の横に、タカミチが椅子を持ってやってきた。

「た、たた……タカ、ミチ? 先生!?」

 明日菜は突然、真横に現れた“どんな舞台・映画・ドラマ(海外含む)に出ている俳優よりも渋くかっこいい(明日菜視点)”タカミチの登場に、カモの事を忘れて、カモの体を押し潰し、蕩け切った表情でフラフラ揺れ始めた。

「ん?」

 タカミチは、明日菜のおかしな様子に冷や汗を流した。

「フィルター掛かっとるなぁ、明日菜アイ」

 木乃香は明日菜の姿を微笑ましげに見守った。

「何ですか明日菜アイって……。しかし、本当に、どうしたらアソコまで年の差がある人相手にああなれるのでしょうか。確かに、高畑先生は素敵だと思いますが……」

 刹那は、心底不思議そうに首を傾げた。

「フッ、それはお前が木乃香の姉さんに対して感じている思いと一緒さ」

 ギュギュギュっと明日菜の腕と胸の狭間からカモが抜け出しながら言った。

「な、何の事を!? って……、生きてたんですね、カモさん」

 カモの言葉に慌てた刹那は、ヨレヨレのカモに水を飲ませた。

「何とかな……」

 水を飲んで落ち着いたカモは溜息を吐いた。

「さすがに、死ぬかと思ったぜ……」
「あはは……」
「ところで、いいか? 人ってのは、禁忌が好きなのさ。やっちゃいけないって事は進んでやりたがる。恋愛なんざ、まさにソレが色濃く出るもんさ」
「何を知った顔で語ってるんだ、四足小動物が……」

 人間の恋愛について語るオコジョに刹那は苦虫を噛み潰した表情になった。

「人生経験は豊富なんだぜ?」
「オコジョ生経験だろ」
「……酷いッスよ、刹那の姉さん」

 刹那の無情な言葉に、カモは落ち込んでしまった。

「それよりも、今後の事について、今の内に話しちまおう」

 何とか立ち直ると、カモは話を切り替えた。

「問題は、敵が誰か……って事だな。関西呪術協会の者なのか、それとも、別の何者か。状況が状況だ。どんなに低い可能性も吟味して、在り得ない、そういう考えは捨てるべきだろうな」
「まさかッ!」

 刹那は咄嗟に千草に視線を向けた。

「ちゃうちゃう。ウチと小太郎は、今日が謹慎明けやねん」
「は?」

 千草が手を振りながら否定すると、刹那はキョトンとした。

「どうやら本当らしい。いや、済みませんね、疑ってしまって」

 タカミチは、この件で千草に話し掛けたらしく、素直に謝罪し頭を下げた。

「ええんどすぅ。過去の事もありますし。疑われても仕方おまへん。せやけどなぁ、ウチも小太郎もその件に関しては分からへんのどす。これから、本山に挨拶に行く予定どすから、その時に様子を見て連絡しますよって」

 千草がやんわりと笑みを浮べながら言うと、カモは声を張り上げた。今度は何時の間にか結界を張っている。

「待った。お前はともかく、小太郎があんな真似、操られてでもなけりゃ、加担する筈がない。そのくらいは、一緒に戦った仲だから分かる。黙って調査魔法を使わせてもらったが、洗脳の形跡は無かった。だから、小太郎の保護者であるお前も信じる。だから、協力してくれ!」

 カモは、小太郎を嫌いな訳ではない。むしろ、打算抜きで他人の為に戦える人間は稀であり、小太郎を大いに評価していた。その戦闘の才能、稀有な能力。ネギとの関係が怪しくさえなければ、むしろ仲良くなりたいとさえ思う程だ。

「協力……どすか?」
「ああ」

 カモはニヤリと笑った。

「おいしいね、湯豆腐」
「せ、せやな! 美味いで! さすが老舗や!」

 ニコニコしながらパクパク食べていくネギを前に、小太郎はガチガチに緊張していた。
 小太郎はソロッと、湯豆腐が運ばれるネギの口元に目を向けた。
 ネギが冷静になってくると、小太郎の頭も冷えてきた。あの夜の事を思い出し、さっきのあ~んを思い出し、ネギの顔がまともに見れなくなっていた。ネギの小皿が空になるのを見た。

「えっと、小皿貸せや。取ったる」
「え? うん、ありがとう」

 ネギから小皿を受け取り、鍋に入った湯豆腐をお玉で小皿に移す。

「量、多いね」

 ネギが鍋の中の湯豆腐を見ながら言った。

「そ、そっか?」
「そうだよ。これって二人分なのかな? 他のテーブルとあまり変わらない気がするけど」
「あれ? ワイの座っとった場所のをそのまんま運んで来たんとちゃうんかな?」
「多いよ。食べきれるかな?」
「任せろや。こんくらい、ヘッチャラやで」

 そこで、店員のお姉さんが田楽を運んで来た。

「お、田楽や! って、四つあるな。こりゃ、ほんまに四人前みたいやで」
「でん……がく?」
「せや、田楽や。こら、美味いで~。炙って塗って、炙って外はカリカリ中身は甘いんやで~」

 小太郎が絶賛すると、ネギは思いっきりパクッと田楽を口に入れた。ネギの瞳がこれ以上ない程輝いた。

「美味しい! 凄く美味しいよ!」

 ネギの幸せそうな顔に、小太郎は顔を真っ赤にしながら誤魔化す様に自分も田楽を手に取った。

「せやろ~。味噌がええ仕事してくれますねんって」

 一口齧ると、カリカリな表面と中の味噌の甘味に頬が緩む。

「甘くていい臭い!」
「眼で楽しんで、鼻で楽しんで、口の中で楽しむ三段固め! まさに無敵のコンボやで!」

 腕を交差させたガッツポーズを取りながら叫んだ。

「な、なぁ、お前ってその……か、彼氏とかって」
「え、何?」

 カモが何かを叫んでいるのに注意が逸れ、小太郎の言葉はネギに届いていなかった。

「いや……、何でもあらへん」

 何言い出そうとしてるんやワイは~~!! と悶絶しながら小太郎は水をがぶ飲みした。その様子を、あやかと和美、さよ、裕奈の四人がジッと見守っていた。

「むむ、あれは少年の方の片思いって線が強そうだね」

 裕奈は両手を双眼鏡に見立てて構えながら言った。

「あら、そうですの? ネギさんも、何だか何時もとは違う様子ですし……」
「いやいや委員長。あれは恋する乙女の目じゃないぜ~。あ~あ、少年、慌ててるねぇ」

 和美があやかの言葉に首を振りながら様子を観察して言った。

「でもいいですねぇ。ああいう甘酸っぱい感じ! 成仏する前に一回くらい経験したいですねぇ」
「いやいや、そういうシャレにならない事言わないでさっちゃん……」

 ポテポテとテーブルの上を歩きながら田楽を口に運んで言うさよに、和美はゲンナリしながら懇願した。

「と言いますか、この人形はどうなっているんですの? さよさんが憑依してるから動く……というのは、百歩譲っていいとして、何故、食事が出来るのですか?」

 あやかはさよ人形に憑依したままのさよの両脇に手を差し入れて持ち上げた。

「うひゃひゃい!? 止めて下さい~~」
「委員長! さっちゃん虐めないでよ! ほぅら、怖くないよ~」
「かじゅみしゃ~~ん!」

 助け出されたさよが和美に抱きつく。

「い、虐めてるつもりは……。しかし、申し訳ありませんわ。無礼が過ぎました」

 ギロッとあやかを睨む和美に、あやかは頭を下げた。

「ほら、さよさん。私の田楽を差し上げます。これで、許しては頂けませんか?」
「え、いいんですか? わ~い!」
「時々、さよちゃんが私達の数十倍年上だって忘れそうになるわ~」

 実際は六十歳越えているんだよな~、と思いながらも、裕奈はネギと小太郎を見た。

「でも、なんかむかつくな~」
「何がですの?」
「ポッと出て来た奴が、ネギっちと仲良くしてんの、なんかヤダ。むかつく、ぶっ飛ばしたい」
「裕奈?」

 和美は怪訝な顔をしながら物騒な事を言う裕奈に声を掛けた。

「何あれ。私の友達なのに」
「そう言えば、部活動のお友達が皆彼氏を作っちゃったんだっけ」
「ブッ!!」

 和美が思い出した様に言うと、裕奈は水を噴出した。

「なるほど。お友達が次々と男に取られちゃって寂しいんだよ~! っていう訳ですわね」

 苦笑いを浮べながら言うあやかに、裕奈はプイッと顔を背けた。

「ええい、私は男が嫌いじゃ~~!!」
「嫌な意味に捉えられかねないから、そういう事を叫ぶな、ファザコン!!」

 和美が怒鳴ると、裕奈が泣き叫びながらネギと小太郎に特攻を掛けようとするのを、あやかと和美が全力で止めた。

「そういうのは無し~~!」

 和美が裕奈の腰に抱きついた。

「落ち着いてください裕奈さん!」

 あやかが裕奈を羽交い絞めにする。

「だって~、男に取られるくらいなら~」
「変な方向に目覚めるな!」
「そっちの道は修羅道ですわ、裕奈さん!」
「子供好き過ぎて3K(綺麗・金持ち・カッコイイ)プラス優しいの最強男振りまくってる委員長には言われたくない~~!」
「それとこれとは関係ありません」
「静粛に!」

 騒いでいると、新田の怒鳴り声が響いた。

「ええ、そろそろ移動の時間が迫っている。大体、全員食べ終わっているようだし、後十分で出るから用意をしなさい。これより、午後の予定を話します。ええ、この後は――」

 新田の声を聞きながら、小太郎は溜息を吐きそうになった。

「後十分か……」

 呟いたのはネギだった。

「あん?」

 小太郎が顔を上げると、ネギが小太郎を真っ直ぐに見つめていた。

「折角会えたのに、もう少しお話したかったなって思って……」

 小太郎は嬉しさに鼻の穴が僅かに膨らんでしまい顔を背けた。

「ま、未だ京都居るんやろ?」

 小太郎が尋ねると、ネギは頷いた。

「うん。四泊五日の旅行だからね。今日この後、両足院で座禅体験するの」
「座禅体験って、物好きやな……」

 予約をしてお金を払ってまで座禅をする意味が分からないと小太郎は呆れた様な顔をした。

「うぅん、日本文化は面白いのが多いよね。キュウリに蜂蜜をつけてメロン味って言ったり」
「それは文化やない……。それより、お前、携帯持ってるんか?」
「持ってないよ」
「さ、さよか……」

 小太郎はガックリしてしまった。ネギは、荷物を纏めて
「ごめん」
と一言入れると、席を立った。どこに行くのかと見届けようとすると、ネギが嫌な顔をするので慌てて視線を外すと、視界の隅でネギがトイレに入るのが見えた。
 その後、何人かの少女達がトイレに消えては出て、しばらくしてからネギが戻って来た。

「それじゃあ、そろそろ時間だから」

 ネギが少し淋しそうに言うと、小太郎は恐る恐る口を開いた。

「ああ……。その、ま、またな?」
「うん。またね、小太郎」

 小太郎の言葉に、ネギは笑顔で返した。

「お、おう!」

 若干、舞い上がりそうになるのを必死に抑え、小太郎は明日菜達に混じりながら手を振るのに振り替えしながらボゥっとしていた。

「あれまぁ、顔真っ赤やねぇ」
「ッ!?」

 ニョホホと笑みを浮べながら背後に立つ千草に、小太郎はビクッとして振り向いた。

「そんな、小太郎にハッピーニュースや!」
「なんや?」
「未だ、ネギちゃんとお別れやないって事や。一旦、謹慎中の仮住まいに戻るで」
「は? 本山に挨拶は?」
「その前に、やる事が出来たんや」
「やる事?」

 小太郎が尋ねるが、千草はニッコリと笑みを浮べるだけだった――。

「――以上です」

 現在、ネギ、木乃香、明日菜、刹那、真名、美空、カモの六人と一匹は、彼女達の宿泊する“ホテル嵐山”のネギと明日菜、木乃香、刹那の四人部屋に集まっていた。畳の座敷の上でお茶を飲み、備え付けのお菓子の八橋を食べながら、カモが口を開いた。

「刹那の姉さんの式からの情報によれば、総本山は何者かに落とされたという可能性が極めて高いッス」

 カモの言葉に全員に緊張が走った。

「式が消える瞬間に微かにですが詠唱が聞こえました。確か『ヴィシュ・タル リ・シュタル ヴァンゲイト』と。恐らく、西洋魔法使いでしょう」
「間違いないな。そいつは恐らく始動キーだ。それと、天ヶ崎千草からちょいっと気になる情報が入った」
「気になる情報?」

 明日菜が尋ねた。

「どうも若い神鳴流剣士が街中を西洋人と一緒に歩いている姿を目撃したらしい」
「西洋魔法使いと神鳴流剣士が手を組んでいるというのですか!?」

 刹那は愕然としながら呟いた。

「その可能性が高い。その剣士の名前は月詠というらしい。実力は若手の中でも抜きん出ているらしいが、性格に難があると問題視されているらしい」

 刹那は呆然としていた。在り得ない。それが気持ちだ。神鳴流は、関西呪術協会の創設当初から存在した、陰陽寮の陰陽師と侍が共に手を携えて生み出した至高の剣技であり、最も、日本という国に誇りを持っている流派だ。
 西洋の“叩き切る”では、生み出されない。日本の“斬り裂く”によって、生まれた技。西洋魔術の“特化型魔術様式”では、生み出されない。東洋魔術の“応用型魔術様式”によって、生み出された術。日本独自の“技”と“術”が一つとなった“技術”。
 日本でしか生み出される事の無い、完全無欠最強無敵の“京都神鳴流”。
 ただ、主への忠誠心から近衛木乃香と共に西洋魔法使いの巣窟とも呼べる麻帆良学園で、西洋魔法使いと共に手を取り合っている刹那の言える事では無いのかもしれないが、日本に誇りを持つ神鳴流の剣士が、西洋魔法使いと手を組んで、関西呪術協会の長の娘である近衛木乃香を襲撃するなど尋常ではない。関西呪術協会の者が、関西呪術協会の者達だけで組んで襲い掛かるなら、まだ分かるが、西洋魔法使いと手を組むなど本末転倒だ。

「組織としては、西洋魔法使いと手を組む事は、在り得ない。なら、考え方を変えやしょう。個人として考えた場合なら、本当に在り得ない事か?」
「そういう事ですか! つまり、月詠という者は――」
「裏切ったんだね、仲間を」

 真名が言うと、刹那は激怒した。同じ神鳴流を担う者が、木乃香を襲う者と手を組む等、許しておける所業ではない。

「とりあえず、話を戻すよ? 刹那の式から得られた情報から考えるに、西洋魔法使いが個人、もしくは複数の集団で、関西呪術協会を占拠したと。だとすれば、関西呪術協会の者は洗脳されていると考えるのが自然だね」

 真名が言うと、刹那とカモ、ネギと木乃香も深刻そうに頷いた。困惑しているのは、明日菜と美空だった。

「なんで? もしかしたら、身動き取れなくなってるとかじゃ――」

 明日菜が首を傾げながら言うと、木乃香が首を振った。

「さっき、せっちゃんが見張りが立っていた言うてたやん」
「確かに、見張りは敵のメンバーの擬態……という可能性もありますが、バスでの添乗員さんへの洗脳の件と照らした場合、敵に精神作用系の魔法を使える存在が居るのは確かです。なら、態々手札を切ってまで、そんな事をする必要は無い。だって、洗脳をした人間を使えばいいんですから」

 刹那の言葉に、明日菜は顔を青褪めさせた。

「まぁ、珍しい事じゃない。麻帆良だってやってる事なんだよ。洗脳や記憶の消去は」
「え?」

 真名が事も無げにぼやくと、明日菜は目を剥いた。

「真名!」

 刹那が怒鳴ると、真名はフッと微笑を洩らした。

「余計な事を言うなって? そうでもないだろ。神楽坂明日菜はもう、コッチの側の人間だ。こういう事も教えて置いた方がいい」

 真名と刹那の会話に、明日菜は真名の言葉が真実なのだと悟った。明日菜は、自分達がどれだけ恐ろしい事を言っているのか分かっているのかと、疑問に思った。記憶を操作する。それがどれ程恐ろしい事か、何となく分かった。不思議な程に恐怖を感じる。どうして、これほど心の底から恐怖が沸き上がるのか不思議だった。

「そんな事……」
「魔法使いは、自分達の神秘を隠匿する。別におかしな話じゃないんス」

 ショックを受けている明日菜に、カモは呻く様に言った。

「カモ……?」

 明日菜は戸惑い気にカモを見た。

「隠すには理由があるんス」
「人の心を弄る理由って何よ」

 明日菜の口調には、とげとげしい調子が隠し切れなかった。

「明日菜さん。異能を知る事は、即ち、異能を惹き寄せる事でもあるんです」

 ネギが気まずそうに言った。

「あ……」

 ネギに言われ、明日菜はこれまでの戦いを思い出した。今迄の何も知らなかった頃の生活が、魔を知った瞬間から激変した。僅かな間に、何度命を懸けた戦いが起きただろう。

「一般人が、我々の存在を知った場合、特例を除いて記憶の消去を行う。そうしなければ、人々の平穏を護るのは難しい。理由は他にもあるが、それが一番大きいッスね」

 カモの言葉に、明日菜は押し黙った。

「とにかくだ! 関西呪術協会が落ちた。こっからは、それを前提に作戦を練る。最初のバスガイドによる警告。あれは、間違い無く俺達の余裕を失くす策だ。多分、今夜も動きがあるが、本格的に動くとすれば、三日目だ」

 カモは話を変える為に、あえて強い口調で断言した。真名と刹那が頷いた。木乃香はハッとなり、俯いてしまい、ネギと明日菜が寄り添うように肩を抱いた。

「え? 何で、そんな断言出来ちゃうんスか?」

 美空だけが驚いて眼を見開くと、ネギが顔を向けた。

「あの警告。わざわざ、警告を促して、私達に警戒心を抱かせる理由は、考えられるのは、コチラを疲弊させるという策です。それ以外に、あんな真似をする必要は無い。不意打ちをすればいい話なのですから」

 不意打ちは、確実に先手を取れ、尚且つ万全な状態で襲撃する事が出来る有効な戦術だ。それを、態々“警告”という形で台無しにした以上、それ意外に考えられる策は無い。僅かに、先に不意打ちをして、ソレを警告にすれば良かったのではないか? そう、ネギは言ってから考えた――。
 ネギの説明に、刹那が続く。

「そして、警戒心を抱かせ疲弊させる策だとすれば、夜中も寝かせないと見るのが正しいでしょうね。三日目は、自由行動日です。私達はバラけざる得ません。その時を狙うのは必然というもの」

 警戒させて疲弊させるならば、疲弊した頃合を見計らい襲い掛かる。当たり前だが、その為には、一瞬たりとも休息を与えては意味がなくなる。

「恐らく、使うのは関西呪術協会の者だろうな。かと言って、その策だと断定し、夜に見張りだけを交代でして、他は眠る……というのも拙いだろうな」

 真名の言葉に、カモが首を振った。

「こっちにはタカミチが居る。例え敵が来ても、全員が起きて、戦闘準備する為の時間は稼げる筈だ。出来る限り、体力を温存したい、姉貴達は休んでくだせぇ」
「ちょっと待って! 高畑先生にそんな危険な事……」

 明日菜が不安げな声を発する。気持ちを察したネギが首を振った。

「タカミチは、プロです。こういう任務もある筈ですから、そこまで負担にはならない筈です」

 明日菜はわずかに逡巡しながらも頷いた。

「そんじゃ、今夜は各々方、疲れを取って下せぇ」

 そう言って、カモは解散を促した。美空は肩を回しながら疲れた様に部屋を出て、真名は武器の手入れをすると言って部屋に戻っていった。
 刹那も考え事があると、部屋を出て行ってしまい、残されたネギと明日菜、木乃香の三人は、お風呂の準備をすると、温泉に向かっていた。

「はぁ、折角の修学旅行が台無しよね……」

 明日菜がションボリしながら言うと、木乃香が俯いてしまった。

「あ……、ごめん」

 明日菜は申し訳無さそうに謝った。木乃香は、実家や父親が襲われて、無事かどうかも分からないのだ。無事だとしても、洗脳されている。最早、修学旅行どころではないのだろう。
 ネギの方も気分が落ち込んでいた。お昼に小太郎と再会し、和美や裕奈達に小太郎の事を聞かれ、困りながらも、少し浮かれていたのは確かだった。
 浮かれてなんて居られる状況ではないのに、と落ち込んでいると、明日菜が突然

「そうだっ!」

と声を張り上げた。

「どうしたんですか!?」

 驚いて顔を上げると、何時の間にか明日菜に手を取られ、真名の部屋と美空の部屋を叩いて二人を呼ぶと、明日菜は自分達の部屋に戻って来た。

「ネギ、カードで刹那さんを呼んで」

 明日菜の突然の指示に戸惑いながら、ネギはカードを使って念話を刹那に送った。刹那は何事かと慌てた様子だったが、直ぐに部屋に戻って来た。どうやら、屋上に居たらしい。

「それで、どうしたんだい?」

 真名が武器の手入れ中に呼び出され、幾分か不機嫌そうにしながら尋ねると、明日菜は毅然とした表情で言った。

「明日、関西呪術協会の総本山を攻めましょう」

 空気が固まった。真名ですらも眼を見張り、信じられない者を見る眼で明日菜を見た。自分が何を言ったのか理解出来ているのか? そう思いながらも、誰も口に出せなかった。
 周りの反応が芳しくないと感じたのか、明日菜は慌てて言葉を続けた。

「だ、だってさ! 相手の本拠地が分かってて、疲弊させる作戦だってのも分かってるんでしょ? なら、疲弊する前に、態々襲撃されるの待ってるなんて意味分からないじゃん!」

 明日菜の言葉は、恐ろしく的を射ていた。むしろ、どうして自分達は敵の襲撃を態々待とうとしていたんだろうかと不思議に思った程だ。

「確かに……。だが、クラスの皆はどうするんだい?」
「それは……」

 そこまでは考えていなかったらしい。ただ、単純に待ってるより攻めた方がいいんじゃないかと思っただけなのだ。明日菜が困った顔をしていると小さな舌を打つ音が聞こえた。

「?」

 明日菜がキョトンとした顔をしていると、真名と刹那が口を開いた。

「確かに、襲撃を態々待つのは下策だね。むしろ、明日は皆が固まって動く。なら、守りは分散しなくていい。動くなら、明日か」
「一番の実力者である高畑先生に残ってもらいましょう」
「タカミチだけで大丈夫かな?」

 ネギが不安そうな顔で呟いた。実力ではこの中の誰よりも上なのは確かだ。だが、一人では限界がある。

「楓や古菲さんに力を借りましょう」

 刹那が言った。

「な!?」

 ネギや、明日菜、美空も目を見開いた。

「ちょっと待って! くーふぇ達まで魔法関係者なの!?」

 明日菜が堪らず叫ぶと、刹那は首を振った。

「違います。ですが、古菲さんは一般人の中では間違いなく最強。並みの魔術師や剣士では、到底太刀打ちできない力を持っています。それに楓は甲賀の中忍。守りを任せる人間は多い方がいい」
「ならば、超にも協力を要請しよう。あいつなら、最適な防衛手段を講じてくれる筈だ。都合のいい事に、アイツは楓や古菲とは違ってコチラの側だ」
「そうなの!?」

 真名の何気なく口にした言葉に、明日菜は驚愕した。
 ネギは、迷っていた。関係者だというなら、超にならば救援要請をする事も仕方ない。だが、関係者で無い楓や古菲にコチラの事を話すのには抵抗があった。だが、同時に悟ってもいた。そんな迷いを持っている場合では無く、取れるならあらゆる手段を講じなければならないと。

「どうしよう、カモ君」

 ネギは助けを求める様に、カモに声を掛けた。ネギは助けを求める様に、カモに声を掛けると、カモはブツブツと何かを喋っていた。

「カモ君……?」

 ネギが恐る恐る声を掛けると、カモは目を見開き、驚いた様に姿勢を正した。

「ど、どうしたんスか? 姉貴」
「え? あのさ、楓さんや古菲さん。それに、超さんに強力を頼もうと思っているんだけど」

 ネギが答えると、カモは苦虫を噛んだ表情になった。しばらく、カモは考え込むように顔を俯かせた。

「それが、最善なら」

 カモが顔を上げて、それだけを言った。

「なら、とりあえず三人に強力を要請しよう。それと、高畑先生には襲撃する方に入ってもらおう」

 真名の言葉に刹那が首を傾げた。

「高畑先生には残ってもらって皆を護ってもらう方がいいんじゃないか?」
「いや、今回の作戦の肝は襲撃をどれだけ迅速に成功させるかに掛かっている。幾ら防衛に戦力を傾けても、時間が経つにつれて疲弊してしまう。ならば、いっその事最強戦力である高畑先生には襲撃に向かってもらった方がいい。その為にも高畑先生には体力を温存してもらおう。今夜の見張りは私がする」
「真名さん!?」

 ネギが眼を見張ると、真名はフッと笑みを浮べた。

「明日、私は防衛にまわるよ。なに、これでも戦場で戦った経験もある。みんなを必ず守ってみせるさ」

 真名の言葉に、ネギは真っ直ぐに真名を見た。

「お願い……出来ますか?」
「出来ますか? じゃないだろう、こういう時は、お願いします、だ」

 クールな笑みを浮かべ、真名は武器を取ってくると部屋を出た。

「頼りになるわね、龍宮さん」
「真名は、経験、実力共に私よりも上です。今晩の護りは彼女だけでも大丈夫でしょう」
「刹那さんよりも!?」

 明日菜は刹那の言葉に目を丸くした。刹那の実力を知っているからこそ、それ以上の実力者という事に安心感を覚えた。

「それなら、私達は明日に備えなきゃね。まずは、楓ちゃんやくーふぇ、超さんに協力を要請しに行きましょう!」

 明日菜が宣言すると、ネギや木乃香、刹那、美空は頷いた。話すなら同じタイミングがいいだろうと、まずは先にお風呂に入る事になった。

 お風呂場に着くと、都合良く三人が他のルームメイトと共に入っていた。刹那が三人にそれぞれ密かに声を掛けて、風呂上りに部屋に来る様に頼むと、古菲は首を傾げていたが、楓は僅かに目を開き、超は僅かに眼を細めて頷いた。
 二人共、只事では無いのだろうと悟ったのだった。その様子を、のどかが不思議そうな顔で見ていた事には、誰も気付いては居なかった。ネギは、バスの中での続きとばかりにあやかに窘められながらも、小太郎の事を聞いてくる裕奈や和美に苦笑いを浮べつつ、明日の事を考えていた。敵の本陣を襲撃する。作戦として、襲撃を待つよりも有効であるのは理解している。だが、同時に間違いなくただではすまない事も分かってしまっていた。
 間違いなく、罠が何重にも張り巡らされているだろう。もしかしたら、父親と肩を並べる程の実力者である、サムライマスターとも戦う事になるかもしれない。不安に押し潰されそうになった。

「どうしたのネギっち。もしかして……私達しつこかった?」

 和美がヤッベーという顔で頭を下げた事で我に返った。

「ち、違いますよ。ちょっと、考え事があって……」
「あ、それって小太郎の事~?」
「違いますよ~」

 和美の好奇心に満ちた瞳に乾いた笑みを浮べつつ、ネギは決意を固めた。
 何があっても、明日は負けられない。勝たなければならないのだ。敵のボスを倒さなければ、防衛戦も何時まで続くか分からない。長引かせる事も出来ないのだ。勝利の為なら、何でもする覚悟を決めた。
 例え、相手をこの手で殺す事になったとしても、この腕がもがれようとも、負ける事だけは許されないのだ。目の前の、大切な友達の命を守る為に――。
 防水仕様でもあるらしく、人形なのに浮き輪で湯船をプカプカ浮いてまき絵と一緒にお喋りをしているさよに眼を向けて何となく心が癒えた気がした。

 部屋に戻ると、楓、古菲、超の三人がやって来た。刹那が代表して説明を行った。楓と古菲には、まず魔法使いの事から始まり、麻帆良の事、現在の状況についての原因から経緯に至るまで、全てを包み隠さずに。

「解せぬでござるな」

 話を聞いた楓は薄っすらと眼を開いて睨む様に刹那の顔を見た。

「というと?」

 刹那が尋ねた。

「魔法云々はいいとするでござる。問題は、この様な事態が一生徒である刹那や真名に想定可能であったという事実でござる。なれば、学園側が想定出来ないのは道理ではないと考えられるでござるが?」

 楓の考えている事は、何人かを除いて全員が思っていた事だった。実は、あれから学園側に連絡を入れてあった。だが、反応は芳しくなかった。タカミチが居るのだから問題無いだろう。そんな世迷言を聞かされたのだ。
 サムライマスターと激突する恐れのある状況で、タカミチが居る事はそこまで救いにはならない。

「学園側の考えは分からない。とにかく、まずは戦略から考えましょう」
「私はあまり活躍出来ないと思うネ。今回はあまり特別なの持ってきてないヨ」

 刹那が自分を戦力と考えているのを理解し、超は困り顔で言った。

「そうですか……。では、有事の際にそれとなく皆の誘導をお願いします」
「了解ネ。京都の地理にはちょっと疎いから、後で色々と聞くと思うがいいか?」

 超が真剣な表情で刹那を見ると、刹那は頷いた。

「とにかく、真名と楓、古菲には皆の警護を。超には、有事の際に誘導を頼む」

 刹那が言うと、真名、楓、古菲、超の四人は頷いて答えた。

「本山へは、私、春日さん、明日菜さん、ネギさん、高畑先生で襲撃します。その際は――」
「待って!」

 刹那が戦術の話に移行しようとすると、木乃香が待ったを掛けた。

「お嬢様!?」
「せっちゃん、まさかウチを置いてく言うんやないよね?」

 木乃香は厳しい眼差しで刹那を睨んだ。

「それは……」
「確かに、ウチは戦闘は出来へん。せやけど、回復は出来る。それに、最低限の防御の術はエヴァちゃんが教えてくれたんや。足手纏いにはならへん」

 刹那は歯噛みした。木乃香を連れて行くには、場所が危険過ぎた。確かに、木乃香を連れて行けば勝率は上がるが、もしも木乃香に何かがあれば、例え勝っても意味がなくなる。
 木乃香在っての自分なのだ。その木乃香を戦場に連れて行くなど、正気を失いかねない程辛い選択だ。だが、木乃香の決意は決して揺らがないとも理解出来てしまった。

「わかりました。ですが、決して単独にならない様に。必ず誰かと……後方支援になるネギさんと一緒に居て下さい。ネギさん」

 木乃香が頷くのを見ると、刹那はネギに顔を向けた。

「お願いします」

 ネギが頷くのを確認すると、大きく息を吸い吐いた。心を落ち着かせ、戦術の話に移行した。

「神鳴流の相手は私がします。何人居るか判りませんが、長……サムライマスターも私が相対します。恐らく、この中でサムライマスターとまともに立ち会えるとすれば、私だけでしょう」

 それは驕りでも何でもない、事実だった。刹那だけが神鳴流を知っている。つまり、他の者よりはまだ戦えるという事なのだ。決して、勝てない。ただ、僅かに時間を稼ぐ事は可能だと言うだけなのだ。

「そして、明日菜さんは西洋魔法使いをお願いします。明日菜さんの能力なら、ただ真っ直ぐ走って近づいて斬って下さい。簡単に言いましたが、それはある意味奥義でもあります。無茶な様ですが、明日菜さんだから頼める事です。お願いできますか?」

 刹那は、無謀な事を頼んでいると理解していた。関西呪術協会の総本山を落とす程の魔法使いだ、もし勝利するとすれば、それは戦闘開始直後に真正面から突撃し、一切速度を緩めずに敵を斬るしかない。
 一瞬の迷いも許されないこの行為を、明日菜だからこそ刹那は頼むのだ。明日菜の能力は少し考えるだけで、簡単に対策を練る事が出来てしまう。だが、対策を練る間も与えずに、最初に敵が攻撃した瞬間の隙を狙えば、勝利の可能性を掴み取れる。
 それが、明日菜には出来ると、刹那は信じたのだ。明日菜は、刹那の説明を聞き、全て理解した上で頷いた。

「出来る。やるわ。茶々丸さんとの修行は無駄じゃないって証明してあげる」

 ニヤリと勇敢な笑みを浮べながら、明日菜は言った。刹那は頷くと、ネギと美空に顔を向けた。

「春日さん、どのくらい戦えますか?」
「うう……、やっぱ私も戦わなきゃ駄目?」

 この期に及んで、そんな事を言い出す美空に、全員から冷たい視線が集中した。

「じょ、冗談さ~。やだなぁもう! あ、私の戦力ね。って……ぶっちゃけ、私って逃げ足だけなんだよね。アデアット」

 慌てて頭を掻きながら、美空はポケットからカードを取り出して呪文を唱えた。

「“千里靴(セブンリーグブーツ)”さ。てか、まさかこんなとこで正体がバレるとはなぁ」

 溜息混じりに、美空は千里靴を見せた。

「靴?」

 明日菜が不思議そうに見つめると、ネギとカモが眼を見開いた。真名も、信じられないという表情だ。

「セ、セブンリーグブーツ!?」

 ネギとカモが同時に叫んでいた。セブンリーグブーツといえば、一説では七リーグ(35キロメートル)を一足で移動し、一説では次元を横断するという。アーサー王伝説や、ファウスト、眠れる森の美女、フランス童話などにも度々登場する、“靴”のアーティファクトとしては、天を翔ける“ヘルメスの黄金靴(タラリア)”と並ぶ最上級の宝具だ。

「どうしたのネギ!?」

 いきなり叫びだしたネギに、明日菜は吃驚しながら尋ねた。

「だ、だって、セブンリーグブーツって言えば……」

 パクパクと口を開きながら、少しずつネギが説明をすると、明日菜達も目を見開いた。

「そ、そんな凄いのなの!?」
「凄いなんてもんじゃないですよ! 神話クラスのアーティファクトですよ!?」

 ネギが興奮しながら言うと、美空は困った顔をした。

「そんなに凄くは無いんだけどね。確かに、七リーグを一瞬で移動出来るんだけどさ。それやると、私が潰れたトマトになっちゃうんだよね……」
「それで、戦闘の方はどうなんだい?」

 真名は僅かに美空の靴に興味を残しながらも、冷静に尋ねた。

「んとね、魔法はあんまし。でも、十字教の術式はちょっとは習ってるよ」
「十字教の?」

 木乃香がキョトンとした顔をすると、美空は頷くと
「ちょい待ってて」
と言って部屋を出た。
 戻ってくると、幾つ物大きさの違う十字架の入った袋を持ってきた。

「私はカトリックの宗派でさ。シスターシャークティから習った術式なんだけどね。基本的に退魔の術式だから、対人で使えるのは“劣化・十字架挙栄祭(ラ・クルシフィキションeasy)”の中でも“磔術式”だけ。だから、そんなに期待しないでね」
「磔か。一瞬でも動きを止められるなら、使い様はあるな」

 真名は聞いた美空の戦力を分析しながら呟いた。刹那は少し考えると、ネギに顔を向けた。

「ネギさん。ネギさんの最大魔法は“千の雷”でしたね?」

 確認する様に、刹那がネギに尋ねた。ネギは頷くが、表情は芳しくなかった。

「使えますが――」
「いえ、効果範囲の広さを考慮して、恐らく使う可能性は低いですが、一応という事で」

 刹那が言うと、ネギは安堵の表情を浮べて頷いた。それから、ずっと黙り込んでいるカモに刹那は顔を向けた。

「そう言う事でどうでしょうか? カモさん」

 刹那が尋ねると、カモは頷いた。

「それでいいと思うが、もう一つだけ。そこに、小太郎と千草を襲撃の班に加えてくれ」
「え?」

 カモの言葉に、ネギが思わず呟いた。

「そう言えば、協力を要請していましたね。あの二人が襲撃の際に加わってくれるなら――」
「待ってください!!」

 刹那が何かを言おうとする前に、血相を変えたネギが待ったを掛けた。刹那が怪訝な表情を浮べると、ネギはキッとカモを睨んだ。

「どういう事、カモ君?」
「姉貴?」

 様子のおかしいネギに、カモは恐る恐る声を掛けると、ネギは怒りを顕にしていた。

「どうして……、どうして小太郎に協力なんて頼んだの!?」
「どうしてって……。それは単純に戦力になるだろうと――」

 ネギは歯を噛み締めながらギンッと視線を鋭くしてカモに歩み寄り、その体を握り上げた。

「痛ッつ」

 カモの苦悶の声に、ネギは我に返った。

「あ、ごめん。そう……だよね。今、小太郎の力が借りられるならその方がいいんだよね。関西呪術協会の危機なんだし、小太郎達と協力するのは間違いじゃなくて……」

 ブツブツ呟きながら、ネギはへたり込んでしまった。そのまま俯いてしまったネギに、明日菜と木乃香が心配そうに近寄ると、刹那がネギが落として呆然としているカモを拾い上げた。

「俺っちは……。姉貴、すまねぇ。本当に……何してんだ俺」
「カモさん?」

 様子のおかしいカモに、刹那が不審げに見ると、カモはハッとなった。

「あ、ああ。大丈夫ッスよ刹那の姉さん。あとちょいの辛抱なんだ。とにかく、小太郎の方は俺っちが連絡しておきやす」

 そう言うと、カモは刹那の手から飛び降りて、そのまま部屋を出て行ってしまった。意気消沈した様子に刹那は心配になった。
 その後、真名はタカミチと見張りを変わる為に屋上に向かった。ついでに作戦について説明をしておくと言った。古菲は現状を掴みきれていない様子だったが、戦う心構えだけはしておくと言うと、そのまま部屋に戻った。
 楓と超は、刹那から明日の見学地の詳細な地形を聞き、部屋に戻ってそれぞれシュミレートをすると言って、部屋に戻っていった。美空は、溜息を吐きながら、トボトボと部屋を出て行った。
 残ったネギ達四人は、明日に備えてもう眠る事にした。時々、部屋の外が五月蝿くなると新田の怒鳴り声が聞こえたが、それでなくとも眼が冴えてしまい、ネギが眠りの魔法を唱えて、四人は眠りについた。

『そうか、ならば作戦を練り直す必要があるな。やはり、イレギュラーは発生したか。だが、問題無い。奴も準備を終えて既に京都に入っている。あん? ああ、問題無い。それよりも、天ヶ崎千草は確かに使えるんだろうな? そうか。ならば、手筈通りにな』
「未だ、休まないのかい?」

 部屋に入って来たフェイトに、エドワードは念話を終了させた。

「ああ、そろそろ休むさ。それよりも、放った刺客はどうだった?」

 エドワードが尋ねると、フェイトが険しい表情になった。

「遠距離からの狙撃で誰一人到達出来ていない。三十人は送ったんだけどね」
「まぁ、警戒心を持続させるだけならば問題無いだろうが……。もう五十程送れ。それで、迎撃手段が狙撃だけなら……奴等はココに明日攻め込んでくると考えた方がいいな」
「何故だい?」

 フェイトが尋ねると、エドワードは答えた。

「簡単だ。迎撃手段が数を増やしても一通りしか無いならば、可能性として、一人が見張りをし、他は戦闘の準備の為に休んでいると考えるのが必然。ならば、何故備えているか。襲撃を待っているのでは無く、コチラの動きを読んで逆にここを襲撃しようと考えているからだろうよ。ならば、コチラは相応の出迎えをしてやらねばな」

 ククッと笑いながら、右手で顔を半分隠し、エドワードは鋭く笑みを浮べた。

「掛かって来るなら構わない。歓迎してやるまでだ」

 そのエドワードの様子に、フェイトはクスリと笑みを浮かべ、部屋を出た。

「さて、多少のイレギュラーは入ったが、このままでも問題は無い。後、クリアすべきは位置とアレの召喚だな」

 エドワードはとある人物に念話を送った。

『おい、アレはちゃんと喚べるんだろうな? そうか、やはり本山内でなければ難しいようだな。ならば、確りとやれ』

 念話で短いやり取りをすると、エドワードは念話を切り、笑みを浮べた。

「さて、若干早まったが、ゲームの始まりだ」

 夜はゆっくりと過ぎて行く。

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