二年振りに訪れたダイアゴン横丁は記憶に残るままだった。魔王は僕の内側に戻り、ワームテールは店で留守番中。
ビルは最初に僕を銀行へ連れて来た。
「これが君の鍵」
僕の本当の両親が遺した遺産。その全てがこの銀行に預けられているらしい。
正直な所、お金は魔王の貯蓄とパン屋の売上だけで十分なのだけど……。
「君の両親が君の為に遺したものだ。どうか、無駄にはしないであげて欲しい」
僕は親不孝者だ。だって、両親を殺した人と一緒にいる。その人の事を誰よりも信頼している。
パン屋を開業して、労働の大変さを知った。銀行に預けられているお金は両親が必死に働いて稼いだものだ。
彼らを裏切っておきながら、そのお金を掠め取るなんて、罪深い事だと思った。
銀行を管理するゴブリンに案内され、687番金庫に到着した時、そこにあった山のような金貨を見ても手に取る気持ちになれなかった。
「君の気持ちは分かるよ。だけど、君の両親は自分達だけじゃなくて、君の未来の為に用意した財産なんだ。君の歩む先、それが幸福なものになる事を祈っていた筈だ。そして、その一助となれる事を望んでいた筈だよ。全てを使わなくたっていい。だけど、彼らの気持ちを汲んであげるべきだよ」
涙が流れそうになる。魔王が何かを言ってくれれば簡単に抑えられるのに、彼は黙っている。
僕が両親を悼めば、それは魔王を責める事になってしまう。だから、両親の事では泣かないと決めている。
それなのに、泣きたくなる。
「……パパ、ママ」
魔王は何も言ってくれない。
「パパ……。ママ……」
もう、ダメだ。雫が一滴、目元から零れ落ちた。
「お金なんかより……、一緒に……」
立っている事も出来なかった。座り込んだ拍子に両目から涙がはらはらと流れ落ちた。
「い、一緒に……、居てほしかったのに」
止める事が出来ない。魔王を責めたいわけじゃない。だけど、僕は両親とも一緒に居たかった。
両親と魔王。どちらも大好きだ。それなのに、どちらかを思えば、どちらかを蔑ろにしてしまう。
「なんで……、なんで……」
ビルは僕の隣に腰掛けると、肩を抱いてくれた。
彼も何も言わない。魔王も何も言わない。
結局、泣き止んだ頃には時計の長針が一周していた。
「……ごめんなさい」
自分でも誰に向けていったのか分からない。
待たせてしまったビルとゴブリンに対してなのか、裏切ってしまった両親に対してなのか、魔王に対してなのか……。
財布に金貨を詰め込んで、僕達は銀行を出た。なんとなく、心の奥底で燻っていたものが消えたように思う。
第二話『吐露』
買い物をあらかた済ませると、僕達はフローリアン・フォーテスキュー・アイスクリームパーラーで一休みする事にした。
「……ビル。モリーおばさんやみんなは元気?」
「元気だよ。まあ、君が居なくなった時はちょっと大変だったけどね。特にフレッドとジョージが取り乱しちゃって、闇祓い局に乗り込もうとまでしたんだ」
「ええ!? 大丈夫だったの……?」
あの二人ならやりかねない。
「二人を宥める為にダンブルドアまで直接やって来たよ。彼が必ず君を見つけ出すと約束したから、二人も渋々納得した感じ。だから、ホグワーツに到着したら、ちょっと覚悟が必要かもね。君が帰って来た時の為に歓迎の方法をたくさん考えているみたいだから」
「あはは……」
どうしよう。急に不安が襲い掛かってきた。
あの二人の魅力はよく知ってる。だけど、同じくらい問題がある事も知っている。僕がウィーズリー家に居た頃もユーモアの為にやり過ぎてしまう事が多々あった。
「言っておくけど、逃してあげないからね?」
「え?」
ビルは僕の頭を撫でた。くすぐったい。
「僕も散々取り乱したよ。父さんを青痣が出来るくらい思いっきり殴ってしまった」
「ええ!?」
優しくて紳士的なビルの行動とは思えない。目を白黒させる僕を彼は責めるように睨みつけた。
「君に会いに行く時も不安で仕方がなかったよ。もし、君が別人のように変わってしまっていたら……、そう思うと怖くて仕方がなかった。ねえ、ノエル。辛い目にはあわなかった? 怖い思いはしなかった? 悩みはない?」
彼の瞳には不安の色がいっぱいに広がっていた。
「心配したんだ。気を悪くするかもしれないけど、魔王の事も信じていなかった。君が辛い目にあっているかもしれない。そう思うと、いつもグラつく椅子に座っているように心許なかった」
「……ごめんね、ビル。でも、僕は大丈夫だよ」
彼の揺れる瞳を見つめながら、僕は言った。
「だから、安心してよ」
「……うん」
サンデーを食べて、僕達は店を出た。
「そう言えば、誕生日のプレゼントを買わないとね」
「プレゼント……?」
「欲しい物はない? なんでもいいよ」
「え? えっと……、でも……」
誕生日プレゼントと言えば、ワームテールが毎年ケーキを焼いてくれる。魔王も面白い魔法を教えてくれる。
だけど、何かを買ってもらう事は無かった。そもそも、店の売上は共有資産……と言うより、殆ど僕の物になってる。
返事に窮していると、ビルは僕の肩を掴んで不満そうな顔をした。
「君に贈り物がしたいんだ。二年もお預けを食らったんだよ? 出来れば、思い出に残るような物がいいな。……そうだ、ペットはどう?」
有無を言わさぬ迫力に僕はコクコクと頷いた。
イーロップのふくろう百貨店という店に連れて行かれて、どのふくろうがいいか選ぶ事になった。
魔法使いにとって、ふくろうは欠かせない存在らしい。いろいろな種類がいて、思わず目移りしてしまった。
最終的にリュックサックに合わせる形でウサギフクロウとシロフクロウの二種類に選択肢を絞った。
「どっちにしようかな……」
悩んでいると、シロフクロウの方と目があった。
まるで、自分を買えと催促しているようだった。
「……えっと、君にするね」
満足そうにホーと鳴くシロフクロウをビルに買ってもらった。
「そう言えば、ビルはホグワーツで働いているの?」
彼は既にホグワーツを卒業しているらしい。
「うん。名目上はダンブルドアの秘書だよ。彼の自由な手駒として、あくせく働いているんだ」
「そうなんだ。よかった……」
ビルが居てくれるなら百人力だ。正直言うと、ホグワーツでの生活に一抹の不安を抱いていたんだ。
「ノエル。いや、もうハリーと呼ぶよ。明日から、君はホグワーツの生徒になるわけだからね。楽しみにしなよ? きっと、最高の学校生活が君を待っている筈だからさ」
「うん!」