第一話『魔王の憂い』

 確保した日記を魔王に渡す。分霊が慌てた様子で手を伸ばすけど、もう遅い。
 溜め込んだ魂を魔王が解放した。すると、抜け殻になっていた人達の顔に生気が戻り、逆に分霊は力を失っていった。

『……こっ、こんな筈では』

 分霊の体が透け始めた。苦悶の表情を浮かべている。その姿に胸を締め付けられた。
 消えていく己の姿を見下ろし、彼は僕を見た。

『……何故、泣いている?』
「ハリー……?」

 言われて気がついた。僕は涙を流していた。
 二人は同じ表情を浮かべている。戸惑いの表情。そっくりだ。分霊である彼もやっぱり魔王なんだ。
 
「……魔王が苦しんでるから」
『何を言って……』
「あなたも……、魔王だから」

 分霊は目を大きく見開いた。

『……馬鹿な』

 その言葉を最後に分霊は消失した。

「……これで三つ」

 魔王は僕の目元を指で拭った。

「ハリー。アレと俺様は同一の存在だ」
「うん」
「アレが俺様の本質と言える。冷酷で、残忍で、貴様が涙を流す価値も無い男だ」
「何が言いたいの?」

 魔王の言葉に初めて苛立ちを覚えた。

「この部屋を訪れる前に見ただろう。肉体や精神を弄ばれた哀れな者達を……」
「……うん」
「俺様は悪人だ」
「そうだね。世紀の大悪党って感じ」

 僕が笑って言うと、魔王は不快そうに表情を歪めた。

「……茶化すな」
「なら、なんて言って欲しいの?」

 魔王は哀しそうに目を細めた。

「あの者達のように、俺様は貴様の両親やその仲間達を傷つけ、弄び、殺した」
「だから、罵って欲しいの? 僕が責めてあげれば、魔王は満足?」

 魔王は押し黙った。本当に子供っぽい。
 僕は魔王に抱きついた。

「……ハリー?」
「帰ろうよ、魔王。ドラコの両親も救えたみたいだし、後はダンブルドアや魔法省に任せよう」

 バジリスクに空間拡張を施したリュックサックへ戻るよう指示を出し、僕は杖を振るった。ロウェナ・レイブンクローの髪飾りを身に着けていると、難しい呪文を簡単に扱える。
 初めて使う《姿くらまし術》は完璧に成功した。ホグズミード村に戻って、そのままホグワーツに帰っても良かったけど、僕はメゾン・ド・ノエルに《姿現し》した。
 
「魔王。久しぶりにお話を聞かせてよ」
「……リクエストはあるか?」
「魔王が子供の頃の話を聞きたいな」

 魔王は低く唸り、やがて観念したように溜息を零した。

「つまらん話になるぞ」
「いいからいいから」

 第一話『魔王の憂い』

 ハリーは昔話の最中に眠ってしまった。脅かしてやるつもりで俺様の過去の悪行を教えてやったというのに、なんとも安らかな寝顔だ。
 それにしても、些か驚かされた。まさか、杖も振るわず一方的に我が分霊を打ち負かすとは……。

「我ながら情けないと言うべきか……」

 あの役立たずめ。ハリーの成長の為の踏み台にすらならなかったな。

「しかし、バジリスクにサングラスとはな……」

 アレはハリーが提案した作戦だ。子供らしく、突飛な発想。この俺様が不覚にも吹き出してしまった。
 空間拡張を施し、中にバジリスクの居住空間を作ったリュックサックでバジリスクを持ち運ぶ事を提案したのもハリーだ。
 初めは縮み薬を飲ませて小型化させようと思っていたのだが、呪文で元の姿に戻すよりもリュックサックから出て来させた方がアクションが少なくて済む。
 
「やはり、聡明だ」
『……嬉しそうだな、リドル』

 リュックサックから首を出すバジリスク。実にシュールな光景だ。

「……そろそろサングラスを取ってもいいのではないか?」
『主の命令だ。外せと命じられるまでは外すわけにいかぬ』
「そうか……。それで、俺様に何か用か?」
『いや、良い香りがしたものでな』
「香り……?」

 バジリスクはハリーに顔を向けた。

『主の首から下がっている袋の中から香っている』
「……ああ、あの卵か」

 以前、誕生日プレゼントにくれてやったモノだ。遥か昔、俺様が孵化させようとして出来なかった卵。
 
「言っておくが、喰うなよ?」
『……残念だ』

 バジリスクはふるふると首を振りながらリュックサックに戻って行った。
 やはり、シュールな光景だ。

「……後はオリジナルだな」

 残る二つの分霊箱も見つけなければならない。

「日記の分霊を取り込んだ事で、より力が増幅された。今なら長期間ハリーから離れても問題あるまい」

 これは良い機会なのかもしれない。
 俺様とハリーは時間を共にし過ぎた。俺様が消える時、心に傷など持たれては堪らない。
 徐々に距離を置くべきなのだろう。

「ハリー……。貴様はもう一人で生きていける筈だ。若き頃の俺様を一方的に打ち負かしたのだ、貴様は十分に強くなった」

 あどけない寝顔だ。
 いつまでも見守っていたい。そのような欲は捨てねばならない。
 本来、俺様など存在しない方がハリーにとっては幸福な事なのだ。

「……貴様は幸福にならねばならん」

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