特に問題も起こらず、ホグワーツ特急は走り続けている。
コンパートメントには双子とロンがいる。パーシーは監督生になったみたいで、監督生専用のコンパートメントにいるらしい。
他愛のない話をしていると、突然、コンパートメントの扉が開いた。
「ぼ、僕のカエルを見なかった?」
困った表情を浮かべる男の子が泣きそうな声で言った。
「カエル?」
「居なくなっちゃったの?」
僕が尋ねると、男の子は力なく頷いた。
「ちょっと待ってね」
杖を取り出して、軽く振る。
「|カエルよ、来い《アクシオ・フロッグ》」
「それって、喚び寄せ呪文だろ! もう、使えるのかい!?」
フレッドが驚きで目を丸くしている。
「難しい呪文なの?」
「四年生で習う呪文だよ!」
ロンの質問にジョージが答える。ロンも目を見開いた。
そうこうしている内にカエルが飛んで来た。キャッチして、男の子に渡す。
「どうぞ」
「あっ、ありがとう!」
この二年間、魔王からたくさんの呪文を教えてもらった。早速役に立ってよかった。
喜んでいると、廊下の向こう側から女の子が走って来た。
「ネ、ネビル! カエルが空を飛んでいたわ! ……あら? もしかして、その子がトレバー?」
「う、うん! 彼女が魔法で呼び寄せてくれたんだ!」
「あー……、彼女じゃなくて、彼だよ」
ジョージが訂正する。
「え!?」
「うーん。髪を切った方がいいのかな。ビルは長くてもかっこ良かったのに……」
ホグワーツで働く事になったからか、ビルは長かった髪をバッサリと切ってしまっていた。
正体を隠す意味も含めて伸ばして来たけど、ノエル・ミラーというパン屋の看板娘としてではなくて、ハリー・ポッターという魔法使いとして生きるならもっと男らしくなる必要があるかもしれない。
「別にいいんじゃない? とっても似合ってるし」
ジョージが言った。
「うーん。まあ、またお店を再会する時の事を考えたらこのままがいいのかな」
「お店って?」
失言をしてしまった事に慌てているネビルを尻目に女の子が問い掛けてきた。
「ウェールズでパン屋を営んでいるの」
「ふーん。家の手伝い?」
「……似たようなものかな」
オッホンとジョージがわざとらしい咳払いをした。気を遣ってくれたみたいだ。
このまま会話が進むと両親の事にも触れないといけなくなりそう。そうなると、このコンパートメントの空気は一気に暗いものになってしまう。
「えっと、君は?」
「あっ、ごめんなさい。私はハーマイオニー。ハーマイオニー・グレンジャーよ。ネビルのカエルを一緒に探していたの。見つけてくれた事に私からも感謝しておくわ。えっと、あなたの名前は?」
「ハリー・ポッター」
「そう、ハリーね! よろし……、ん?」
ハーマイオニーとネビルは首を傾げた。そして、徐々に目を見開いていく。
「ハ、ハリー・ポッター!?」
「本当に!?」
なんだか新鮮な反応だ。
「あの有名な!?」
「ゆ、行方不明って聞いたよ!?」
身を乗り出してくる二人に思わず吹き出してしまった。
「僕は紛れもなく本物のハリー・ポッターだよ。証拠は特に見せられないけど」
「証拠は無くても、証人ならここにいっぱいいるよ」
フレッドが言った。
「えっと、兄弟? でも、ハリーの髪はみんなより深い色合いね」
「ハリー・ポッターに兄弟が居るなんて話、俺達は聞いた事も無いぜ。フレッドだ。フレッド・ウィーズリー。ハリーの友達さ」
「同じくジョージだ」
「えっと、ロン・ウィーズリー」
それぞれの自己紹介が終わった頃、ホグワーツ特急は深い森の中へ突入していた。
第四話『ホグワーツ魔法魔術学校』
陽が完全に暮れた頃、ホグワーツ特急は速度を緩め始めた。
「そろそろ到着かな?」
それぞれ、みんな制服に着替えている。
「みたいだね」
ジョージの言葉と共に汽車が完全に停止した。
ホグズミード駅に降り立つと、驚く程大きな背丈の男が手を振っていた。
「イッチ年生! こっちだ!」
独特なイントネーションで一年生を集めている。
「ハグリッドだ。一年生は彼について行くんだ。後で会おう」
ジョージはそう言うと僕の頭を撫でた。フレッドはロンと僕の背中を叩いてジョージの後に続く。
僕はロンと顔を見合わせた。
「行こうか」
「うん」
途中でハーマイオニーやネビルと合流し、ハグリッドの後を追う。
鬱蒼と茂る木々の合間を抜けていくと、大きな川に突き当たった。
ハグリッドが三人ずつボートに乗せていく。順番の関係でネビルとは別れる事になった。
ロンとハーマイオニーと共にボートで揺られていると、不意に視界が開けた。
そこには巨大な城が聳え立ち、僕達を待ち構えていた。
「あれが……」
言葉が上手く見つからない。ただ只管歓声を上げる。月夜が照らす居城は今まで見て来た如何なる光景をも凌駕した。
圧巻だ。マグルの世界では御伽話として語られている世界に足を踏み入れた事実を僕は漸く噛み締めた。
『……ああ、美しいな』
魔王も感慨深げにつぶやいた。
ボートは余韻に浸る僕達を城の地下へ導いていく。岩肌に囲まれた空間を歩き、石階段を昇って上を目指す。
その先では一人の老婆が待ち構えていた。
「ようこそ、ホグワーツ魔法魔術学校へ!」
出迎えた魔女は己をミネルバ・マクゴナガルと名乗った。城内へ僕達を招き入れて、僕達を狭い部屋に閉じ込めた。
密閉空間で立ち尽くしていると、あちこちで囁き合う声が聞こえてくる。どれも、これから始まる学校生活への不安や組み分けについての会話だった。
ロンやハーマイオニー、ネビルも不安でいっぱいの顔をしている。
『……無知というのも悪い事ばかりではないな。それ即ち、未知を識るという事だからな』
魔王はよく分からない事を言った。魔王には単純な話も勿体振った言い回しにする悪癖がある。おかげで言葉の裏や含みを読めるようになってしまった。
そうこうしている内に扉が開き、マクゴナガルが入って来る。
「さあみなさん、時間です。参りますよ」
彼女に連れて来られた先は大広間だった。
今度は声さえ出なかった。空中に浮かぶロウソク。天井に広がる夜空。聖堂の如き広間に集まる魔法使いの卵達。
そして、歩く先には教師と思われる魔法使い達の姿もある。
それと、何故か壇上にポツンと置かれた椅子の上に古びた帽子が乗っている。
「これから何をするのかな?」
僕の質問に魔王が答えた。
『組み分けだ。さて、貴様はどこに選ばれるかな』