第八話『友達』

 週に一度、ビルから誘いの手紙が来る。四方の壁を無数の本で埋め尽くした図書館みたいな部屋。
 隅に置かれた机にはたくさんの写真がある。ビルには色々な国の友達がいて、その写真は彼らの国へ行った時に撮影したものらしい。
 
「……トロールの一件は大変だったね」

 ビルが紅茶を啜りながら言った。

「ちょっとビックリしちゃった。……けど、あの仔には罪なんて無いよ」

 あの仔をここに連れて来た存在がいる。見つかったら殺される事を分かった上で……。

「ハリー。怒ってる?」
「……生き物にはそれぞれ生きる場所がある。棲家を手放す事はそれだけで苦痛だし、新たな場所で苦境に遭えば、それは理不尽だよ。安息を与える努力もせず、殺されると分かって、ここに連れて来たのなら……。何を目的にしていたとしてもあの仔に対する悪意は許せない」

 ワームテールやヘドウィグは僕に懐いてくれている。だけど、彼らに真の意味で安息を与えてあげられているかは分からない。だからこそ、努力を惜しんではいけない。
 生き物を傍に置くという事はそういう事だ。
 魔王が僕にそうしてくれたように……。

「……ハリー。とても怖い目をしているよ」

 ビルは僕の頭を撫でた。

「初めて会った時と比べたら随分と明るくなったけど、そういう所は変わっていないね」
「……ごめんなさい」
「謝る必要はないよ。トロールを相手に憂慮出来る人間なんて稀だ。君の優しさは美徳だよ」
「別に優しいわけじゃ……」

 ビルは言葉を止めるように人差し指を僕の口に当てた。

「否定してはいけないよ。例え、それが共感によるものだとしても」
「でも……」
「ハリー。大切な事は共感した後にどんな感情や行動を繋げるかだよ。君は同じ境遇にあるモノをどのような存在であっても救いたいと願う。それは紛れもない優しさなんだ」

 優しいのはビルの方だ。以前、ウィーズリーの家で彼と寝ていた時、将来は遺跡の発掘や冒険をしたいと言っていた。
 それなのに、彼はここにいる。行方を眩ませた僕を見つける為に、僕を守る為に……。
 迷惑を掛けた筈なのに、謝ると哀しそうにする。僕の話を聞きたがる。僕の全てを認めてくれて、いつも頭を撫でてくれる。
 彼と話をする度にロンの事が羨ましくなる。この人をお兄さんと呼べる彼に嫉妬してしまう。

「ハリー。もうすぐクィディッチの季節だ。箒に乗った事はある?」
「あるよ。魔王に教えてもらって、箒を作った事もあるの!」

 ビルは驚いたように目を見開いた。

「箒を作ったのかい? それはまた……、器用だね」
「すごく遅いし、一メートル程度しか浮上出来なかったけどね」

 苦笑いを浮かべる僕に「それでも凄いよ」と彼は褒めてくれた。

「でも、クィディッチについてはよく知らないんだ。魔王に教えてもらった事はあるんだけど、いまいちピンと来なくて」
「まあ、実際に見てみないと分からないかもね。きっと、君も熱中する筈さ」
「ビルも熱中してるの?」
「もちろんだよ。チャーリーが羨ましかった。アイツはグリフィンドールのキャプテンを務めたんだよ」
「へー、すごいね」
「ああ、とても凄い事だよ。ここ数年はスリザリンが勝ち続けているけど、チャーリーがチームを引っ張っていた頃はグリフィンドールこそ最強だった」

 彼が何かを熱く語る姿は久しぶりだ。一緒に寝ていた時、寝物語として色々話してくれたけど、こういう時は少し子供っぽい表情を浮かべる。
 ビルがこれほど熱中するスポーツ。僕も興味が沸いた。

「楽しみだね、試合」

 第八話『友達』

 結論から言うと、確かに面白そうではあった。ただ、あまりにもスリザリンのチームが強過ぎた。
 グリフィンドールは割りと喰らいついてきたのだけど、最終的に勝利を収めたのはスリザリン。

「はっはっは! 所詮は永遠の二番手だな、グリフィンドール!」
「……クソッ、僕が必ずチームに入って糞ったれなスリザリンから優勝杯を奪い返してやる!」
「おいおい、僕を笑い死にさせるつもりか? 寝言は寝ている時に呟くものだぞ、ウィーズリー」

 試合後はドラコとロンがいつものように言い争いを繰り広げていた。二人共、決して杖は抜かない。口喧嘩だけだ。
 それも最初の数分だけで、気がつけば試合の感想や考察を言い合い、議論に変わっていく。
 最終的に二人共チームのメンバー入りを誓い合う。

「いいか! 必ずチームに入り、僕に倒されに来い!」
「君が泣いて悔しがる姿が瞼に浮かぶね!」

 ギラギラとした眼差し。そこには相手を認める気持ちと譲れないプライドが入り混じっている。
 
「……相変わらず、楽しそうね」
「そうだね」

 いつしか、ハーマイオニーはロンのお目付け役みたいになっていた。ロンがドラコと暴走しそうになると止めに入る。あの二人は相性が良すぎてバカになってしまう事が多い。
 先生に何度罰則を受けたか分からないくらいだ。

「ドラコはそっちの担当でしょ。たまには止めなさいよ」

 ジトッとした目で睨まれた。

「僕は普段の彼よりロンと一緒に暴走している時の彼が好きなんだ。だから、絶対止めない」
「……まあ、楽しそうだものね」

 寮にいる時より、ずっと楽しそうにしている。
 スリザリンとグリフィンドールは長い間対立していたらしい。その関係は山積した両者の敵意によって実に陰湿なものになっている。
 だけど、二人の間にある敵意はとても健全で爽やかだ。相手をただ陥れたり、傷つけたりしようとしているわけじゃない。認めているからこそ、共に競い合おうとしている。
 上級生の中には二人の関係を問題視する人もいる。だけど、マルフォイ家にわざわざ意見しようとする者はいない。なにしろ、別に仲良くしているわけじゃないからだ。
 これも僕が止めない理由の一つ。彼らは争うからこそ今の関係でいられるのだ。

 寮に戻り、寝室に行くとドラコは興奮した様子で未来の展望を語り始めた。

「見ていたまえ、ハリー! 来年、スリザリンとグリフィンドールはそれぞれシーカーの枠が空く。僕は必ずその枠を手に入れてみせる! まあ、ウスノロなウィーズリーには無理だろうけど、万が一にもヤツがシーカーの座を射止めたら、必ずや敗北の味を教えてやるよ」
「それは楽しみだね」

 最近のドラコは笑顔が多い。あの悪辣な笑みじゃなくて、自然な笑顔。
 やっぱり、男同士の友情は殴りあってこそなんだな……。

「ねえ、ドラコ」
「ん、どうしたの?」
「ちょっと、殴りあってみない?」

 ドラコの表情が凍り付いた。

「……え!? どうしたんだ、いきなり!?」
「折角だから僕もドラコともっと仲良くなりたいんだ」
「そ、それは嬉しいよ! けど、なんで殴りあうの!?」
「友情はやっぱり拳で深めるものなんだなって実感したから」
「そ、それは違うよ! 根本的な部分で何かを間違っている!」

 結局、僕がいくら誘ってもドラコは乗ってくれなかった。
 ドラコは僕と接する時、必ず一拍を置いている。言葉一つ一つを吟味して口にしている。
 どうせなら、ロンと接する時のようにもっと感情をぶつけて欲しい。
 
「……ハリー」

 寂しい気持ちになって俯くと、ドラコはため息混じりに言った。

「なに?」
「友情の形は一つじゃないと思うんだ」

 ドラコはベッドに腰掛けた。

「明日、一緒に外を歩かない? 敷地内を出なければ校則違反にはならない筈だから、ちょっと探検してみようよ」

 ドラコはいつもと違う笑みを浮かべている。裏の思考など介在しない、純粋な笑顔に見える。

「……僕もちゃんと君と友情を深めたい」
「殴り合いはダメ?」
「それは勘弁して欲しいな……」

 苦笑するドラコに僕も笑った。少しだけ、彼と距離が縮まった気がする。

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