ロン達が来たのは閉店後の事だった。ワームテールと一緒に歓迎用の料理を作り、二階にあるリビングの飾り付けをしているとビルが彼らを連れて入って来た。
この店には魔王がたくさんの呪文を掛けている。普通の魔法使いの棲家とは違い、マグルには見えるけど、魔法使いには見えないようになっている。ビルが僕を迎えに来た時は例外として魔王が通しただけ。
一階に降りて行くと、ロン、フレッド、ジョージの三人が店内を不思議そうに見回していた。
「いらっしゃい!」
声を掛けると、三人は目を丸くした。どうやら、マグルの服装が珍しいみたい。
魔王やビルは難なくマグルのファッションを着こなしているけど、魔法使いとマグルのファッションセンスには大きな隔たりを感じる。
「ほら、三人共! 二階に来て! 歓迎の準備をしてたんだ」
一番近くに立っていたジョージの手を引いて、三人を二階に案内する。一階は店舗と工房、ワームテールのプライベートスペースだけで、住居スペースは二階から三階までだ。
それぞれの階層にも魔王が新たに呪文を追加している。分霊箱の一つを取り込んだ事で力が増幅され、出来る事が増えたからだ。
階段を登り切った所に扉があって、ドアノブを持ちながら念じた部屋に繋がる。部屋の種類はリビング、書斎、倉庫、魔具工房、遊戯室、衣装部屋の六つ。中に人が居るときは変えられない。
三階に登ると、今度は扉が三つある。以前までは僕の部屋とバスルームだけだったけど、昨日新たに客室が追加された。空間を拡張する呪文のおかげで一つ一つの部屋がとても大きい。
どうやら《必要の部屋》をモデルに試行錯誤して作ったみたい。
『俺様に不可能はない』
会心の出来だったみたいで、満足そうに魔王は言った。
ちなみに魔王とビルは僕の部屋で寝泊まりしている。
「なんか、凄いね」
ジョージはオープンキッチンを備えたリビングを見回しながら言った。パン屋を経営する事に決めた後、魔王は悩みに悩んだ挙句、工房にマグルの機械を導入した。窯は石窯を使っているけど、ミキサーやホイロは必須だった。それで吹っ切れたのか、最先端のシステムキッチンをここに置いてくれた。
隠れ穴みたいなアナログキッチンだと僕には少し荷が重かったから助かった。ワームテールにばかり負担を掛けるのも可哀想だったし……。
「さあ、座って! ジュースを持ってくるね」
大容量の冷蔵庫からキンキンに冷えたジュースを取り出す。オレンジジュース、コーラ、自家製カボチャジュース。
驚いた事にロン達はコーラを知らなかった。魔法界で炭酸といえば|お酒《エール》を意味する。
「あれ? ワームテール! どこに行ったの?」
さっきまで一緒に準備をしていたワームテールがいない。
『ヤツなら小僧共を不快にさせたくないと部屋に戻ったぞ』
「えー……」
たしかにロン達とワームテールが再会した時の事を思い出すと仕方のない事かもしれないけど、これからはしょっちゅう顔を合わせる事になるのに……。
「魔王も出て来てよ」
『……断る』
「なんで?」
『面倒だ。それに騒がしい席は嫌いだ』
「好き嫌いしちゃダメだよ。魔王もこれからみんなと顔を合わせる機会も増えるんだから!」
今度は黙秘権を行使し始めた。僕は頬を膨らませながら、みんなに断って一階に降りた。ワームテールの自室に行くと、歓迎用に作った食事を前に満面の笑みを浮かべている彼がいた。
「ご、ご主人様!? いや、あのこれは……」
「ほら、行くよ!」
ワームテールの首根っこを掴んで引き摺る。グダグダ何かを言ってるけど無視だ。
「魔王も出て来てよ!」
『……だから、俺様は』
「いいから出て来てよ! 僕の家族を紹介したいの!」
ワームテールは暴れる事をやめた。魔王も僕の中から出て来る。
「……仕方のないヤツだ」
初めから素直に出てくればいいものを……。
「おまたせ!」
リビングに戻ると、ロン達はビルからお説教を受けていた。どうやら、つまみ食いをしようとしていたみたい。
「あっ、スキャバーズ!」
ワームテールは気まずそうな顔でロンに手を振る。
ロンも複雑そうな表情を浮かべながら手を振り返した。
「ひ、久し振りだね」
「ど、どうも」
お互いに距離感を伺っているみたいだ。折角だから隣同士の席にしてあげた。
「えっと、こんにちは」
ジョージは魔王に向かって戸惑いげに挨拶をした。
「えっと、誰?」
フレッドは目を丸くしている。
「……ニコラス・ミラー。この子の世話をしている。よろしく頼む」
ノエルとニコラス。僕達の偽名は両方共、フランス語でクリスマスを意味している。
「ジョージです」
「フレッドです!」
「ロ、ロン・ウィーズリーです」
「ああ、君達の事はウィリアムから聞いている。歓迎するから、寛いでくれたまえ」
そう言って、魔王は僕の隣に座った。
歓迎会は大成功だった。ワームテールはロンと打ち解ける事が出来たみたい。クィディッチの話題で盛り上がっている。
フレッドとジョージは夏休みの間に開発した悪戯グッズについて熱く語ってくれた。僕の魔具作りにも参考になる話が多くて、魔王でさえ感心していた。
「奇抜な考え方だな。だが、面白い」
魔王は双子の事を気に入ったみたい。悪戯グッズの開発にアドバイスを送り、休暇中は僕やビルと一緒に魔具制作を教える事を約束した。
第五話『メゾン・ド・ノエルⅡ』
三人共、僕の制服を見た瞬間顔を七変化させた。最初は赤くなり、次に青くなる。
「ぼ、僕達もそれを着るの?」
恐怖に怯えるロンを安心させるようにワームテールが彼らの制服を運んでくる。
「お三方には此方を」
三人には魔王やビルと同じ制服。白地の上下と茶色の前掛け。僕の制服と比べるとすごくシンプルなデザイン。
「僕のは正体を隠すためって部分が大きいからね」
「そっか……、そうだったね」
ジョージは落ち込んだように言った。
「いや、でもこれは……」
「この制服って、ニコラスさんがデザインしたんだよね?」
フレッドとロンが僕の制服をジロジロと見てくる。
「や、やっぱり、変かな?」
「いや、最高だ!」
「似合ってはいるね……」
とりあえず、似合っていないわけじゃないみたい。まあ、お客様からも《似合ってる》と《可愛い》しか言われた事がないから当たり前だね。
「よーっし! 開店だよ!」
結果として、戦力になったのはジョージだけだった。ロンは途中からウダウダ言い始めるし、フレッドはふざけ始めるから魔王に追い出された。
ジョージも一緒になってふざけ始めるかと思ったけど、彼は最後まで完璧に仕事をやり遂げた。
バイト代はキッチリ払ったけど、途中退場の二人はガッカリと肩を落としている。対照的にジョージはほくほく顔だ。
翌日からは二人共サボらずに働いてくれるようになった。ビルとジョージからチクチク言われたみたい。魔王も特に追い出したりはしなかった。
土曜日は人数の増えた魔具制作講座。今まで作って来た物とは一風変わった物を作る事が増えた。
アイデアはフレッドとジョージ。それを魔王が形にする。二人はすっかり魔王を尊敬するようになった。
どんな無茶も簡単に叶える魔王を神様と崇める程だ。
日曜日はみんなでバカンス。魔王とビルに無人島へ連れて来てもらい、泡頭呪文を使って水中探索をしたり、土曜日の魔具制作で作った水上を滑るソリで競争したり、魔王が教えてくれた呪文を試して過ごした。
「やっばいな! 超楽しい!」
フレッドは砂浜に寝転びながら叫んだ。
ジョージとロンも御満悦の様子だ。
そうして、楽しい日々が続いていく。
ある日、ジョージが僕に話し掛けて来た。
「ねえ、ニコラスは何者なの?」
もうすぐ夏も終わる。またしばらく閉店する事を常連さん達に告げて回り、ようやく落ち着いたところだった。
ジョージは心配そうに僕を見つめている。
「その制服で正体を隠してたって言ったよね? それって、彼は正体を隠している間も一緒に居たって事だよね?」
動く事が出来なくなるほど驚いた。不信に思っているような様子を一欠片も見せなかったのに……。
「……別に詮索したいわけじゃないんだ。それに、兄さんや君が信頼している以上、僕が何か言うのはお門違いなのかもしれないけどさ」
ジョージはどこか悔しそうに言った。
「何者なのか知りたい。君にとって、彼はどんな人物なの?」
いつもと違う。ふざけた様子など欠片も見せず、その瞳はどこまでも真剣だ。
「……ごめんなさい」
だからこそ、言えない。魔王の正体は魔法界において|禁忌《タブー》だ。
「そっか……。俺はまだ君の信頼を勝ち取れてないんだね」
「そんな事は……っ!」
ジョージは僕の頭に手を乗せた。
「いつか、信頼してもらえるよう頑張るよ」
ジョージは寂しそうに言った。僕は彼に何も答える事が出来なかった……。