第九話『語り合い』

 これからスリザリンのシーカー選抜試験が始まる。
 会場はクィディッチ競技場。今、僕はドラコを応援する為に観客席へ向かっている最中だ。
 
『機嫌がいいな』
「うん! 最近、毎日がすごく楽しいの!」

 三年前の僕には想像も出来なかった日々。息苦しいだけの人生も変われば変わるものだ。
 
「ドラコはシーカーになれるかな?」
『……他のポジションと違い、シーカーは身体能力が全てだ。ドラコはむしろチェイサーやビーターに向いている』
「そうなの? でも、受かって欲しいなー」
『ならば、応援してやる事だな』
「うん!」

 観客席にたどり着くと、そこにはロンとハーマイオニーの姿があった。

「あっ、二人も来たんだ!」

 他寮の生徒は立ち入り禁止の筈だけど、二人はスリザリンの制服を着て忍び込んだみたい。

「……別に、僕はこれっぽっちも来る気なんて無かったんだけど、ハーマイオニーがどうしてもって言うからさ!」
「はいはい」

 ハーマイオニーは苦笑している。

「大丈夫だよ! ドラコなら絶対シーカーになって、ロンと一緒に試合に出るよ!」
「だ、だから、僕は別に……」

 顔を真っ赤にして、ロンはぶつぶつと言い訳を始めた。
 ハーマイオニーは隣でクスクス笑っている。

「素直じゃないんだから」

 ハーマイオニーはこっそりとロンが如何にドラコの試験の結果を気にしていたかを教えてくれた。
 そうしている内に試験が開始される。
 結果として、ドラコは落選した。最終選考まで残っていたけど、軍配は五年生の先輩に上がった。
 ドラコは悔しそうに打ち震えている。

「……ちくしょう」

 ロンはまるで自分が落ちたかのように悔しげな声を漏らした。

「残念ね……」
「うん……」

 合格を祝う筈が、不合格を慰める事になってしまった。
 
「……僕は受かってみせるぞ」

 ロンが受けるグリフィンドールの試験は明後日行われる。会場は同じ場所。
 ロンは受かるといいな……。

 第九話『語り合い』

 ドラコはあからさまに落ち込んでいた。随分な気合の入れようだったから無理もない。
 
「元気を出してよ、ドラコ」

 ホットココアをカップに注ぎながら声を掛ける。

「……くそっ」

 涙が滲んでいる。僕は見ない振りをした。

「エイドリアンが今年で引退だし、来年はチェイサーの試験に臨んでみたら?」
「……来年か」

 ドラコの表情が陰りを見せた。

「どうしたの?」
「なんでもないよ……」

 彼は嘘を吐いた。言葉の裏を読むまでもない。丸わかりだ。

「ドラコ。なにか、僕に隠し事?」

 唇を尖らせて聞くと、ドラコは困り顔を浮かべた。

「プライベートな悩み事さ」
「僕は相談相手として不適切?」
「……さて、この悩み事に適切な相談相手はいるのかな」

 肩を竦めるドラコ。立ち上がり、話を打ち切った。

「ハリー。チェスをやらない?」
「別にいいけど……」

 最近、ドラコはチェスに夢中みたい。暇さえあれば誘ってくる。
 
『……ふむ、今日は俺様に指させろ』

 魔王もチェスにハマっているみたい。
 仕方がないから片腕を魔王に譲る。スムーズな流れの対局。ドラコは知らない事だけど、魔王と彼の対局数はこれで二桁に達する。

『……ハリー。キングをd-2へ移動させろ』
「え?」
「……ん、どうかしたの?」
「あっ、なんでもない」

 ドラコが首を傾げる。僕は慌てて魔王の指示に従った。
 この場面でキングを動かす意味がよく分からないけど、魔王は僕よりずっと頭がいいから何らかの意図があるのだろう。
 その後は何事もなく対局が終了した。勝者は魔王。
 結局、あの時キングを動かした意味は最後まで分からなかった。

 ◇

 その日の深夜、魔王は校長室を訪れた。
 ダンブルドアはペットの不死鳥をあやしている。

「……場所が判明した」
「そうか」

 不死鳥は大きく燃え上がった。その炎が燃え尽きると、灰の中から羽も生えていない小鳥が這い出てくる。
 
「どうする? 十中八九、貴様が嫌がる手段を使ってくるぞ」
「お主がおる」
「俺様が手を貸すとでも?」
「もちろん」

 朗らかに笑みを浮かべ、ダンブルドアは雛に戻った不死鳥を持ち上げた。

「ハリーはドラコ・マルフォイを見捨てられまい。ハリーが行動する以上、お主も静観を決め込む事は出来まい」

 魔王は嗤った。

「ハリーには何も伝えていない。知らない事の為に行動など……」

 ハッとした表情を浮かべ、魔王はダンブルドアを睨みつける。

「まさか、余計な事は言っていないだろうな!」
「儂は何も言っておらん。だが、お主とドラコ・マルフォイの密かな語り合いに気付けぬ程、あの子は愚かではあるまい」
 
 その言葉に魔王は目を見開いた。

「監視の目を欺く方法としては完璧じゃ。無数の対局の内、お主と彼の対局だけを切り抜き、精査しなければ解き明かせぬ声を伴わぬ語り合い。だが、あの子ならば気付けてしまう」

 翌日、魔王はその言葉が真実である事を識る。

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