第九話『怒り』

 第九話『怒り』

 ドラコと一緒に校内を探検している。思った以上に面白い発見がいくつもあった。

「ここにも抜け穴があるね」

 鎧の裏や絵画の一部が抜け穴になっていたり、扉を開けてみたらポルターガイストのピーブズが暴れ回っていたりと飽きる暇がない。
 ピーブズは僕達に絡んでこようとしたけど、魔王のアドバイスで撃退出来た。

『ヤツは|混沌《カオス》より湧き出た存在だ。それ故、対話をする事に意味は無い。秩序を乱す事こそ、ヤツにとっての存在意義だからな。だが、追い払う事は簡単だ。秩序を押し付けてやればいい。ヤツの生み出した混沌を肯定するだけで、ヤツは苦しみを覚える』

 彼の言う通り、彼が起こした事、口にした言葉を全て肯定すると、彼は苦痛に顔を歪めて逃げ出した。
 彼は自身の意思で僕達に害意を向けた。だから、憐れむ気もない。悪意を向けたら悪意で返される。当たり前の話だ。

「ねえ、暴れ柳を見に行かない?」

 校内をあらかた見て回った後、ドラコが言った。

「暴れ柳って?」
「校庭の一画に埋められている珍しい木だよ。近づくものを攻撃する習性を持っているみたいなんだ」
「それって、危なくない?」
「近づき過ぎなければ大丈夫だよ。どう?」
「……うん、行ってみる」

 外に出ると少し肌寒さを感じた。

「もうすぐクリスマスだね。ハリーはどうするの? 良かったら、僕の家に来ない?」
「ドラコの家? いいの?」
「もちろんだよ。父上や母上もお喜びになる筈さ」

 思った以上に嬉しい。友達の家に招待されるなんて初めてだ。
 
「ありがとう、ドラコ!」
「……そこまで喜んでもらえるとは思わなかった。精一杯歓迎するよ」

 話していると暴れ柳は見えてきた。

「うわー、凄いね」

 試しに小石を投げてみると、暴れ柳は一瞬で砕いてしまった。まるで生きているみたいに木の枝が動く。
 確かにこれは一見の価値が在る。

「暴れ柳は魔法界でもかなり貴重なものらしいよ」

 しばらく見つめていると、次第にどうでもよくなって来た。所詮、木は木に過ぎない。それも暴れ回る以外は普通の木に見える。

「そろそろ戻る?」
「うん。見に来て良かったよ。ありがとう、ドラコ」

 ドラコも飽きてきたみたい。

「そうだ。折角だから禁じられた森の方に行ってみない?」
「禁じられた森に?」

 そこはダンブルドアが最初に言った立入禁止区域の一つだ。

「中には入らないよ。近くに行くだけさ」
「いいよ。僕も興味があったし」

 探検の締め括りとしては悪くない。一緒に歩いて行く。獣の鳴き声や忌まわしき者の呻き声が響いてくる。

「そう言えば、ドラコは魔法生物ってどのくらい見た事あるの?」
「屋敷しもべ妖精くらいかな」
「そうなの?」

 意外だ。魔法界で生まれ育ったのなら、もっと色々と見ているものだと思った。

「魔力を持った生き物は総じて一定の危険性を秘めているからね。知識がつくまでは近づかせてもらないのさ」
「そうなんだ」
「ハリーにはあるのかい? 魔法生物に会った事が」
「あるよ。庭小人とか」
「それなら僕の家にもいたよ。魔法で蹴散らしてやったけどね」
「あれも魔法生物でしょ?」
「ああいうのは魔法生物っていうより、単なる害虫だよ」

 話している内に禁じられた森の近くまで来ていた。
 そこには絵本から飛び出したような小さな小屋がある。

「あれはなにかな?」
「ああ、召使いの小屋さ」
「召使い?」
「知らない? 汽車から降りた時に妙なイントネーションで喋るウスノロのデカブツがいただろ? アレだよ」
「ああ、あの人か」

 確か、名前はハグリッド。ビルから教えてもらった事は忘れない。

「ちょっと、寄ってみない? もしかしたら、禁じられた森について何か聞けるかもしれないよ」
「うーん。アイツは野蛮な男だって有名だよ?」
「でも、禁じられた森にどんな生き物が棲んでいるのか聞いてみたいんだ。ダメ?」
「……オーケー。ハリーが行きたい場所なら僕はどこまでもお供するよ」
「やったー! さすがドラコ!」

 近くまで行くと、思ったよりも大きかった。まあ、彼のサイズだと家もこのくらいの大きさは必要になるか。
 ノックをしてみる。

「こんにちはー」

 しばらくすると、扉が開いた。物凄い熱気が中から溢れてくる。

「うわっ、なんだ!?」
「あつっ」

 思わず後ろに下がると、ハグリッドは僕をジロジロと見つめてきた。

「……お前さん、ハリーか?」
「そ、そうですけど……」

 ハグリッドは嬉しそうに笑う。

「お前さんから会いに来てくれるとはな! 嬉しいぞ、ハリー! どうかしたんか?」

 びっくりするくらい馴れ馴れしい。

「えっと、禁じられた森の生き物について教えてもらいたくて……」

 僕の言葉にハグリッドは目を見開いた。

「なんと! お前さん、魔法生物に興味があるのか!?」
「え、ええ、まあ……」

 ちょっと後悔し始めた。ドラコを見ると、ほら見ろと言わんばかりに顔を引き攣らせている。
 なんというか、文化的という言葉から大きく外れた人のようだ。

「お前さんからの頼み事を断るはずが無い! もちろん、なんでも教えてやるぞ!」
「あ、ありがとうございます。でも、忙しいようなら日を改めて……」
「構わん! さあさあ、中に入れ! お茶を御馳走するぞ!」

 上機嫌で中に導こうとするハグリッド。中の熱気は相当なもののようで、離れた場所にいるのに汗が滲んでくる。

「ねえ、帰らない?」

 ドラコは小屋を睨みながら言った。

「で、でも、訪ねに来たのは僕達だし……」
「けど、アイツのハリーを見る目が尋常じゃなかったよ。危ないって」
「うーん……」

 僕達が話していると、ハグリッドが顔を出した。

「おーい、入らんのか?」

 ダメだ。さすがにここで帰ったら失礼過ぎる。

「……ドラコは先に帰ってもいいよ?」
「さすがに君だけ置いてはいけないよ」

 ため息混じりにドラコは歩き出した。嫌そうな表情を浮かべながら小屋に向かう。
 僕は感謝の気持ちを抱きながら後に続いた。

「ん? なんだ、お前さんは」

 ドラコの顔を見るなり、ハグリッドは首を傾げた。
 どうやら、僕以外の事は見えていなかったようだ。

「……ハリーの友達です」

 熱い上に湿度も高くて、まるでサウナのようだ。
 あまりにも不快過ぎて逃げ出したくなる。

「あれ?」

 ハグリッドが引いてくれた椅子に腰掛けようとして、不意に目に入った暖炉にあり得ないものを見た。

「……え? なんで……」

 暖炉に近づくと、それは間違いなく僕の知っている物だった。

「ああ、それには触れんでくれ」
「ねえ、ハグリッドさん……」
「ハグリッドでいいぞ! |さん《ミスタ》なんぞ要らん」

 上機嫌なハグリッドを僕は睨みつけた。

「ハグリッドさん……。これはなんですか?」
「ん? あー、それは……いや、お前さんには関係の無いものだ。あまり気にせんでくれ。それより、禁じられた森の生き物について聞きたいんだったな!」

 その態度で、彼がこれの正体を知っている事が分かった。

「ど、どうしたの、ハリー?」

 ドラコが駆け寄ってくる。

「……これ、ドラゴンの卵ですよね?」
「さ、さて、何の事だか……」

 ハグリッドの顔色がみるみる内に青褪めていく。ああ、全部分かっているんだ。
 分かった上で、この男はドラゴンの卵を温めている。
 
「ここで孵化させる気ですか?」

 ハグリッドは目を泳がせながら近づいてくる。

「す、すまんが今日は帰っとくれ。話はまた今度に――――」

 僕は彼の鼻先に杖を向けた。

「正直に答えてください。じゃないと、その鼻を消し飛ばしますよ?」
「ハリー!?」

 ドラコは慌てたように僕の肩を掴んだ。

「いきなりどうしたんだ!?」
「ドラコ……。あの卵はノルウェー・リッジバックの卵だよ」
「ノルウェー・リッジバック……? そう言えば、ドラゴンの卵って言ってたけど……」
「そうだよ。輸入も所持も禁じられているもの。それをこの男は孵化させようとしてるんだ」

 僕はハグリッドを睨んだ。

「この卵を孵化させて、どうするつもりですか? 売るつもりですか?」
「そ、そんな事をするもんか! お、俺が育てるんだ! ……その、子供の頃から夢なんだよ。ドラゴンを育てる事が……」
 
 渋々といった表情で白状する彼の言葉に僕は唇を噛み締めた。

「なら、そういう仕事につけばいいじゃないですか。ドラゴンの棲息域の監視とか、そういう……」
「……お、お前さんには関係無い事だ! さあ、もういいだろう! 今日は帰ってくれ!」

 僕は呪文を唱えようとした。

『よせ、冷静になるのだ』

 魔王が言った。

『このままダンブルドア……いや、スネイプに報せろ』

 僕はドラコの手を掴んで小屋から飛び出した。これ以上、あの男の顔を見ていたら何をするか自分でも分からない。

「は、ハリー!?」
 
 ドラコが困惑した表情を浮かべるけど、僕は爆発しそうな感情を抑える事に必死だった。
 城に戻り、地下を目指す。魔法薬学の教室近くにあるスネイプの部屋に行き、扉を叩いた。

「……騒がしい。一体、何の――――」

 スネイプは僕の顔を見た途端に目を見開いた。

「ポッター……。我輩に何か用かね?」
「……ハグリッドという男がドラゴンの卵を孵化させようとしています」
「……なに? 待て、それはどういう意味だ?」

 焦れったい。今直ぐ、あの野蛮人の企みを阻止して欲しいのに。
 魔王の言葉はいつだって絶対だ。だから、これで上手くいく筈なのに、スネイプの鈍い反応にイライラする。

「だから、ハグリッドがドラゴンを孵化させようとしているんです!! 棲息域でもない場所に!! 仲間も居ない、環境も全然違う場所で!!」
「お、おい、ハリー! ちょっと、落ち着くんだ!」

 ドラコは僕の肩を掴むと後ろにさがらせた。

「だ、だって! こんな場所で孵化させられたら、あの仔はどうなるの!?」
「いいから落ち着くんだ! 先生だって混乱してしまうよ。僕が話すから待ってくれ。ちゃんと、ドラゴンは棲息域に返す。それが君の望みなんだろ?」

 冷静なドラコの言葉に僕も少し頭が冷えた。

「う、うん……」
「ああ、まったく。君がこんなに熱くなるなんてね」

 ドラコはスネイプに振り返った。

「……それで、どういう状況なのだ?」
「スネイプ先生。ハリーも口にしていた事ですが、実は……」

 ドラコは事情を説明した。スネイプは僕とドラコを交互に見つめると、長い溜息を零した。

「……あの男はまたしても」

 また……。つまり、あの男は常習犯という事だ。

「まさか、あのトロールもあの男が!?」
「……それは違う。弁護するつもりはないが、あれは別の者が犯人だ。とりあえず、ドラゴンに関しては我輩が対処する」
「せ、先生! あの仔をちゃんと返してあげて下さい!」

 縋りつくと、スネイプは弱ったような表情を浮かべた。
 膝を折り、僕と目線を合わせる。

「……任せておけ。全て上手くいくようにする。絶対に」

 その瞳はどこまでも真摯だった。

「校内で犯罪行為が行われようとしていた。それを未然に防いだ功績として、一人につき十点与える」

 そう言って、スネイプは足早に去って行った。どうやら、直ぐに対処してくれるようだ。
 あの真摯な瞳を思い出して、僕はようやく安心した。

「……落ち着いた?」
「うん……。ごめんね、暴走しちゃって……」
「いいよ。君の意外な一面が見れたしね。……ドラゴンが好きなの?」
「ドラゴンは好きだよ」

 でも、聞きたい事はたぶん違うよね。

「……生まれた瞬間、自分の生きるべき場所から遠ざけられるなんて、許せない」
「ハリー……。大丈夫だよ。スネイプ先生は優秀な方だと父上が言っていた。信じて待っていれば君の望んだ形で決着を付けてくれる筈さ」

 数日後、ハグリッドはホグワーツから追い出された。そして、ドラゴンは孵化してしまったけど、直ちに棲息域へ移送されて行った。
 スネイプ先生が速やかに行動してくれたおかげだ。

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