第三話『君想う声』

 ノルウェーの山奥に小さな廃村がある。十三年前、この場所で悲劇が起きた。五十六人の村人が一夜の内に死亡したのだ。
 恐怖を与える為、力を誇示する為、己の欲望を満たす為、悪の魔法使いによって滅ぼされた。
 この村の上空には彼らの怨念が渦巻いている。理不尽に命を奪われた者達の憎悪が強力な呪詛となり、この村を一級の危険地帯にしている。

「……眠れ」

 ハリーの下を去り、半年以上の月日が経つ。
 オリジナルの所在を探る旅を続けながら、魔王は嘗ての罪と向き合っていた。
 年月を経ても色褪せぬ深き憎悪の念を時間を掛けて解き放ち、廃村に火をつける。
 
「これで十二ヶ所目……」

 償いではない。償う事など出来る筈がない。
 故に、これは単なる後始末だ。
 まだ、廻らなければならない場所がたくさんある。
 それほどの絶望を世界に刻んだ。

「……これが俺様のしてきた事の結果か」

 理想を主張し、楽園に至る為に歩み続けた。
 今世を否定し、世界を変える為に戦い続けた。

「違う……」
 
 それは単なる思い込みだ。本当は理想など持っていなかった。革命など言い訳だ。

「ハリー……。俺様はこんなにも小さな男なのだ」

 物心付いた時、彼は親に捨てられた。
 拾われた先では異物として扱われた。嫌悪され、侮蔑され、畏怖された。
 化け物と呼ばれ、悪魔と呼ばれ、気持ち悪いと罵られた。
 存在そのモノが罪だった。生きている事が悪だった。誰も味方などいなかった。
 ダンブルドアも彼を警戒した。危険な存在だと監視した。ただの一度も信じなかった。

「……どこまでも、度し難い」

 虐げられた。だから、虐げる側に回った。
 ただ、それだけ……。

 第三話『君想う声』

 ロン・ウィーズリーは困惑した。
 |ハーマイオニーとジニー《ミーハーコンビ》による『|ギルレロイ・ロックハート《イカレポンチ》の|かっこよさ《どうでもいい》講座』からとんずらした先で遭遇したドラコ・マルフォイ。当然、いつものように口喧嘩になると思っていた。
 ところが、出会い頭に頭を下げられてしまった。

「……頼む、ウィーズリー。他に頼れるアテが思いつかない」

 口をポカンと開け、放心状態になるロン。
 いつもの二人を知っている周囲の生徒達はその様子に驚いている。

「頼む!」

 更に深く頭を下げるドラコ。
 漸く正気に戻ったロンは慌てて頭を上げさせた。

「た、頼むって、何をしろってんだ?」
「……友達を元気づける方法を知りたい」

 またしても口をポカンと開けたままロンは放心状態になった。

「おい、大丈夫か?」
「……お、おう」

 ドラコの声で正気に戻ったロンは周囲を見渡した。
 興味津々な野次馬達がいる。

「とりあえず、場所を変えない?」
「……あ、ああ」

 ドラコも周囲の状況に気付いた。ロンの提案に素直に頷き、二人で近くの空き教室に向かった。

「それで、友達を元気づける方法だったか?」
 
 テキトウな席に座りながらロンが問う。

「ああ、そうだ」

 ドラコの言葉にロンはハリーの顔を思い浮かべた。
 こいつが元気づけたいと思う相手なんてハリーしかいない。

「ハリーがどうかしたの?」
「……ハリーとは言ってない」
「でも、ハリーだろ?」

 羞恥で頬を染めながら俯くドラコ。
 出会った頃と比べると捻くれ方が随分と可愛くなったものだ。ロンはニヤニヤと笑みを浮かべた。

「その顔をやめろ」
「へっへー、やなこった!」
「このっ……、クソ」

 挑発してもノッてこないドラコにロンは彼の本気を感じ取った。

「……悪かった。真面目にやるよ」
「是非そうしてくれたまえ……」
「お前も変な捻くれ方すんなよ?」
「……善処する」

 ロンはドラコからハリーの現状を聞いた。どうやら、随分と沈んでいるらしい。
 何が原因なのかはドラコも知らないと言う。
 食欲が無く、話し掛けても反応が薄い。まるで、亡霊と接している気分になると言う。おまけに夜泣きをする事もあるらしい。

「……大分重症だな」
「ああ、そうなんだ」

 何があったらそうなるのか想像も出来ない。

「それで、何とかして元気づけたいと思ったわけか……」
「そうだ」
「うーん……」

 思った以上に深刻で、中々上手い言葉が出て来ない。
 黙っていると、ドラコは言った。

「……頼む。僕には分からないんだ。今まで、本当の意味で友達なんて一人もいなかった。元気のない友達に掛けてやる言葉すら知らないんだ」

 悔しそうに呟くドラコ。ロンは呆れたように溜息を零した。

「とりあえず……、深刻に構え過ぎだよ」
「なに……?」

 ロンの軽薄な物言いにドラコは眉を顰める。
 
「元気づけたいって言うなら、そのしみったれた顔を止めろ。ぶっちゃけ、今のお前に何を言われても余計落ち込むだけだよ」
「しみったれた顔……、だと?」

 顔を引き攣らせるドラコにロンは大きく頷いた。

「協力してやるよ」

 ロンは言った。

「僕もハリーとは友達だしね。それに兄貴達も喜んで力を貸してくれる筈さ」
「……別にお前達の力を借りたいわけじゃないぞ。ただ、知恵を貸して欲しいだけだ」

 ドラコの言葉にロンは馬鹿にしたような表情を浮かべた。

「バーカ! 一人で抱え込んでる時点で元気づけるも何も無いって話だよ」
「……どうする気だ?」
「笑わせてやろうぜ」
「笑わせる……?」
 
 不可解そうに首を傾げるドラコ。
 ロンは言った。

「いいから、僕に任せとけって!」

 自信満々なロン。ドラコは少し不安に感じながら頷いた。

「……頼む」
「おう!」

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