第三話『不穏』

 冬が過ぎ、春が終わろうとしている。荷物を纏めながら、ドラコを見つめる。結局、あれからずっと話をしていない。
 一時期より大分持ち直したみたいだけど、相変わらず不健康そうな顔をしている。

「……ねえ、ドラコ」

 思い切って、話し掛けてみた。

「なんだい?」

 無視されるかと思った。だけど、ドラコはすぐに返事をしてくれた。
 ホッとしたのも束の間、話す内容を決めていない事に気付いた。
 困っていると、ドラコがクスリと微笑む。

「ハリー。怪我とかしないようにね」
「……それは、こっちのセリフだよ。怪我や病気に気をつけてね」
「うん。ありがとう、ハリー」

 その笑顔を見て、何故か不安になった。

「ぜ、絶対だよ?」
「ああ、約束するよ」

 どうしてだろう。違和感を感じる。まるで、作り物を相手にしているみたいだ。
 
 第三話『不穏』

「ほら、そろそろ汽車の時間が迫ってる。そろそろ出ようよ」

 トランクを運び出すドラコ。慌てて追いかける。
 ホグズミード駅に到着するまで、ほとんど会話が出来なかった。

「すまない、ハリー。ここでお別れだ」
「え?」

 汽車に乗る直前、ドラコは言った。その足でスリザリンの制服を着た一団と合流する。
 その一団を見た途端、言い知れない悪寒を感じた。彼らの顔はロウのように血の気を失い、仮面のような無表情を浮かべている。
 顔見知りの筈なのに、まったく知らない人のように感じる。

「ま、待って、ドラコ!」
「ハリー」

 ドラコは作り笑いを浮かべて言った。

「さようなら」

 そう言って、一団と共に汽車に乗り込む。
 僕は立ち竦んだ。漸く、自分が拒絶された事を悟った。

「……なんで?」

 足元がグラつく。休暇中まで僕達は良き友人だった筈なのに、どうして……。
 
「おっと、危ない」

 足がもつれた。倒れ込みそうになった所をジョージが受け止めてくれた。

「ジョージ……」

 泣きそうになった。

「……どうかしたの?」

 フレッドが心配そうに顔を覗きこんでくる。
 
「とりあえず、コンパートメントに」

 ジョージは僕のトランクとヘドウィグの籠を掴んだ。

「荷物は僕が預けてくるから」
「あっ……」
「ハリーはこっち」

 問答無用で手を引かれ、僕は空いているコンパートメントに連れ込まれた。しばらくすると、ジョージが戻ってくる。
 
「なにがあったの?」

 ジョージの言葉に堰き止めていたものが決壊した。
 休暇以降のドラコの態度。彼が僕を拒絶した事。気付けば洗い浚い話していた。

「……あの野郎」

 フレッドは怖い表情を浮かべた。

「ハリーはどうしたいの?」

 ジョージは穏やかな表情で僕に問い掛けた。

「……ドラコと仲良くしたい」
「そっか」
「別にあんな野郎と仲良くしなくても……」

 フレッドは不満そう。

「なら、俺だけでハリーの仲直りを手伝うよ」
「なっ!?」

 ニコニコ笑顔を浮かべるジョージにフレッドはショックを受けた表情を浮かべる。

「俺もアイツの事やアイツのした事は良く思ってないさ。けど、ハリーが仲直りしたいって言うなら協力する」
「ジョージ……」
「だから、ほら」

 ジョージはハンカチを差し出して来た。

「涙を拭いてよ」

 そのハンカチをフレッドが奪い取り、僕の涙を優しく拭いた。

「お、俺も協力するから!」
「う、うん。ありがとう……」

 何故かジョージを睨みながら言うフレッドに苦笑する。

「よーし! じゃあ、早速アイツのコンパートメントに乗り込んでくるか!」
「え? 別に今直ぐじゃなくてもいいよね?」

 いきり立つフレッドを尻目にジョージが言う。

「えっ?」

 フレッドは困惑している。

「少し時間を置いた方が仲直りもし易いと思うんだ。それまでは僕達でハリーを独占させてもらおうよ」

 ジョージは手を叩いた。

「あっ、でも、フレッドがどうしても行きたいって言うなら止めないよ? 俺はハリーと留守番してるから」
「えっ?」

 フレッドはジョージを見た。僕もジョージを見た。
 なんでだろう、冷や汗が出た。

「い、いや、俺だってハリーと話がしたいんだ! 学年どころか寮まで違うせいで全然遊べなかったんだからさ!」
 
 開けかけた扉を勢い良く閉めて、フレッドが戻って来た。
 その後は暗くなる暇も無いくらい楽しい時間を過ごした。

 ◆

 魔王は苦悩していた。ドラコ・マルフォイの変心。その理由は十中八九、ルシウス・マルフォイに預けた分霊箱によるものだ。
 アレは若き日の記憶を魂の一部と共に吹き込み作り上げた。ルシウスとナルシッサの様子から見て、既に相当な量の魂を取り込んでいる。
 敵対するとなれば、相応の準備が必要になる。ダンブルドアには警戒を促してあるが、下手を打てばハリーに危険が及ぶ可能性が高い。
 手駒のドラコをハリーから離そうとしている以上、ハリーに手を出す気は無いという事だろう。今のところは……。
 
『蘇りの石やロウェナ・レイブンクローの髪飾りは無防備故に難なく取り込む事が出来たが、アレは意思を留められぬ程のダメージを与える必要がある。日記を確保する事が最も現実的だが、同時に最も警戒されている点だろうな』

 気軽に手を出す事も出来ないが、いつまでも放置しているわけにもいかない。
 本体を復活させる為に動くかもしれない。自らが本体に成り代わろうとするかもしれない。いずれにしても、アレは他の分霊箱と大きく異なる性質を持っている。
 ダンブルドアに警戒を促しておいたが……。

『ウィリアムを雇うか……』

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。