第一話『鼓動』

 ハリー・ポッター。二年前に行方を眩ませ、魔法省を騒がせた子供。彼が今年突然ホグワーツに入学したと聞いた時は驚いたものだが、息子のドラコが彼を家に招待したと手紙を送って来た時の衝撃はそれを遥かに上回った。
 闇の帝王を滅ぼした子供。そのネームバリューはまさしく桁違いだ。その覇名を上手く扱えば、大いなる力となる。故に手元に置きたいと思う者は少なくない。
 だが、彼の事はアルバス・ダンブルドアに一任されている。相手は世界を二分する程の力の持ち主。誰もが手をこまねいていた。
 そこへ訪れた此度の好機。何としても、ハリー・ポッターを我がマルフォイ家のものにしたい。

「……幸い、彼はドラコに懐いていた」

 ある程度の帝王学は学ばせていたが、思いの外、ドラコはハリーを巧く手懐けていた。
 風の噂でダンブルドアの狗であるルビウス・ハグリッドがホグワーツから追放された事を聞いたが、そこに彼ら二人が関与していたらしい。
 理由を聞くと、非常に健全なもので、ハグリッドに下された処罰も適切なものだった。その時に友情を深め合ったらしい。

「ダンブルドアを失墜させる事も考えたが……」

 嘗て、闇の帝王から渡された一冊の本を取り出す。これを使えばホグワーツに大きな混乱を巻き起こす事が出来る。
 だが、ドラコがこのままハリーを籠絡する事が出来るようなら無用なリスクを負う必要もない。

「……待て」

 おかしい。何故、私はこの本を手に取っている? これは地下で厳重に保管していたものだ。
 それが机の引き出しに入っていた。それを私は知っていた。だが、移動した記憶がない。

「私は……」

 いや、何も不思議な事などない。これはここにあるべきなのだ。
 私はこれを息子に渡さなければならない。そして、魂を捧げなければならない。
 理由など必要ない。私はそうしなければならない――――……。

 第一話『鼓動』

 魔王は約束通り帰って来た。ドラコが眠った後、気付いたらベッドの横にいた。

「魔王!」

 起き上がろうとしたら、魔王に肩を押さえられた。

「魔王……?」

 魔王は不思議な表情を浮かべて僕を見つめると、僕の中へ戻って行った。

「おかえり、魔王」
『……ただいま』

 驚いた。魔王がただいまって言った。いつもなら鼻を鳴らすか、黙っているところなのに。

「何かあったの?」
『貴様が気にするような事ではない』
「魔王……」

 魔王の心が揺れている。今までも微かに感じていた彼の感情がはっきりと分かる。分霊箱で彼の力が増したからかもしれない。
 ベッドに横たわり、瞼を閉じる。暗闇の中、僕は魔王の名を呼んだ。

『……お前の方から来たのは初めてだな』
「う、うん」

 青白い光に満たされた部屋。ここは魔王が創り出した精神世界だ。隠れ穴から逃げ出す時に使って以来、四回目になる。
 いつもは魔王に呼ばれて、ここを訪れる。

「迷惑だった……?」
『入れたのは俺様だ。一々、要らぬ気遣いをするな』
「うん……」
『それで?』
「え?」
『何か用があったから、ここに来たのではないのか?』

 魔王の顔を見る。少し疲れているみたいだ。

「何があったの……?」
『言った筈だぞ。貴様が気にするような事は何もなかった』
「でも、すごく辛そうにしてる」
『……教訓を得た』
「教訓?」
『俺様は貴様から離れられないという事だ』

 よく分からない。

「……離れようとしたの?」
『ちょっとした実験だ。そう睨むな』
「だって……」
『それより、俺様が不在の間に起きた事を聞かせろ。何か問題は起きたか?』

 話を逸らされた。不満をぶつけても魔王はのらりくらりと躱す。
 結局、マルフォイ邸で過ごした一日を彼に話している内に疲れてきてしまい、僕は眠ってしまった。
 
 ◆

 ハリーが僕の家に来て、数日が経った。我が家の屋敷しもべ妖精を紹介したり、敷地内で飛行訓練の練習に明け暮れていると時間の流れがとても早く感じる。
 楽しくてたまらない。ハリーは今まで僕の周りに居なかったタイプの人間だ。それは英雄という意味じゃない。
 媚びへつらう事もなく、だけど、僕の事を軽んじたりもしない。ただ、僕と一緒にいる時間を楽しんでくれる。
 本当の意味で、僕は《友達》を初めて手に入れた。
 
「ハリー。今日もアレをやらないかい?」
「いいよ。今日はどんな物にしようかなー」

 ハリーは頭も良い。魔具の作成という希有な才能も有している。庭に生えている木に店で量り売りされているような素材を組み合わせて、星屑を生み出す杖を作り出した時は感動したものだ。僕も揃いの物を自分の手で組み上げた。これが思いの外楽しくて、夢中になった。
 職人という家業を馬鹿にしていた。知れば識るほど、魔具制作は奥が深い。休暇中に作った物はどれも子供の玩具レベルだけど、それでも僕にとっては宝石のようだった。
 これをあのウスノロウィーズリーに見せてやれば、さぞ悔しがる事だろう。ハリーを僕の家に連れて行く事を話した時の奴の絶望的な表情と来たら、今思い出しても笑いが込み上げてくる。
 特別な時間が流れた。まるで、マルフォイ家の長男としてではなく、ドラコという一個人を認めてもらった気がした。

 そして、休暇が終わりを迎える。暖炉の前で僕とハリーは両親に別れの挨拶をした。
 ずっとハリーと遊んでいたから、あまり二人と顔を合わせていなかったけど、よく見れば二人が少し痩せたように見えた。

「父上。母上。どうか、お元気で」
「お世話になりました」

 揃って頭を下げると、父上は僕の頭を撫でた。

「お前の事だ。要らぬ心配だろうが、達者でな」
「はい!」

 先にハリーが暖炉へ消えていく。僕も後に続こうと暖炉へ歩むと、直前になって父上に呼び止められた。

「忘れていた。お前に渡しておきたい物があるんだ」

 そう言って、父上は一冊の本を僕に持たせた。小汚い古びた日記帳のようなもの。

「これは?」
「きっと、お前の役に立つ筈だ」

 よく分からない。だが、父上の事だから、何か考えがあっての事だろう。

「ありがとうございます」

 礼を言って、改めて暖炉へ入る。

「ホグワーツ魔法魔術学校!」

 景色が変わる。僕は数日振りにホグワーツへ帰還した。

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