戦場には四騎の英霊が集っていた。睨み合うサーヴァント達をこっそりと遠くから眺める私達。
「き、気付かれてないよね?」
「多分な。それより、お前まで付いて来る必要は無かったんだぞ?」
セイバーの言葉に慌てた。
「だって、知らない所でセイバーが死んじゃったら嫌だもん!」
「……オレは負けたりしねーって」
心外だと言うセイバーに肩を落とした。確かに、この言い方では、彼女の力を信じていないみたいに聞こえる。でも、彼女とは片時も離れたくない……。
「とりあえず、ここでじっくり観戦と洒落込もうぜ」
「……うん。って、あれ?」
草むらで身を低くして、戦場を眺めていると、四騎の内の一騎に見覚えがあった。それに、紅い髪の騎士の背後に見知った顔を発見した。
「アレって! それに、あの人!」
私が草むらから身を乗り出すと同時に戦場が動いた。黄金の鎧を身に纏う双剣使いが青い服装の槍使いとぶつかり、同時に紅い髪の騎士とバーサーカーが戦いを始めた。
私の視線はバーサーカーと赤髪の騎士の戦いに釘付けだった。
「バーサーカー……ッ!」
私のパパを殺した張本人。心の奥底からおぞましい感情が吹き上げてくる。
「落ち着け、イリヤ」
「でも!」
「とにかく、様子を見よう」
セイバーに諭され、私は渋々身を低くした。
戦況は圧倒的にバーサーカーが有利だった。バーサーカーが斧剣を一振りするだけで、赤髪の騎士は木の葉のように吹き飛ばされる。まるで、大の大人が子供に暴力を振るっているみたいな醜悪な光景だった。
――――パパの事もあんな風に殺したの?
怒りが込み上げてくる。
「お、おい、イリヤ?」
セイバーが慌てたように声を張る。気が付くと、私は立ち上がっていた。
バーサーカーは赤髪の騎士の体を片腕で鷲掴みにした。悲鳴が響く。バーサーカーは斧剣を手放し、空いた手で騎士の腕を掴んだ。まるで、人形の腕を捥ぐ、無邪気で、それ故に残酷な子供のような仕草で騎士の腕を引っ張った。
断末魔の叫びが轟き、私の我慢は限界を超えた。無意識の内に走り出す私をセイバーは止めようと手を伸ばす。けれど、止まるわけにはいかない。あの怪物にこれ以上の暴挙を許す事は出来ない。
「バーサーカーを倒して!」
私の叫びと共にセイバーの身を何かが包み込んだ。
「ったく、こんな所で令呪を使いやがって!」
セイバーは私を止める事を諦め、猛スピードで先行した。それと同時に赤髪の騎士がバーサーカーの腕から忽然と消え、マスターの少年の下に一瞬で移動した。不可思議な現象を前にして、少しだけ頭が冷えた。
「フラット・エスカルドス!」
私が叫ぶと、彼は戸惑いの表情が浮かべて私を見た。
「君は昨日の!?」
「逃げて!」
「なっ、え?」
困惑する彼に私は赤髪の騎士を指差した。見れば、可憐な少女だ。
「その子、怪我してる! あんな酷い目に合わされて……。早く、手当てをしてあげて!」
私の叫びにフラットはうろたえながら頷いた。
「バーサーカー!」
恐怖を呑み込む圧倒的な怒りに感情が際限無く昂ぶる。パパを殺した敵。絶対に許さない。
「セイバー!」
「分かってるよ!」
私に返事をすると同時にセイバーが動く。旋風が巻き起こる。巨大な斧剣と細身の聖剣が切り結んでいる。見た目からすると到底あり得ない状況。けれど、条理を覆すのがサーヴァントという存在。
「――――ッハ!」
拮抗するどころか、セイバーはバーサーカーの斧剣を弾き返した。夜気を裂き、セイバーはバーサーカーの懐へと潜り込む。
腕が舞った。セイバーの剣がバーサーカーの片腕を引き裂いたのだ。
「決まりだ!」
音速を超え、バーサーカーの背後に回る。狂戦士の首へと騎士の剣が伸び――――、
「なッ――――」
弾かれた。まるで、見えない何かに阻まれたかのように、セイバーの剣が跳ね返された。
「逃げて、セイバー!」
バーサーカーが斧剣を振り下ろす。瀑布さながらの一撃をせいばーは怯む事無く、最大の力で弾き返す。しかし、その表情に余裕は無い。当然だろう。自らの刃が狂戦士に届く前に弾かれたのだ。これも何らかの魔術なのだろうか? 刃が届かなければ、セイバーに勝ち目は無い。
「セイバー!」
嵐のように振るわれるバーサーカーの斧剣に対し、セイバーは全身全霊の一撃をもって弾き返す。一瞬でも気を抜けば、剣ごと両断されるが故に、常に最大の一撃を放つ。絶え間無い剣戟。このままでは不味い。いずれはジリ貧だ。
「私のせいだ……」
私が無鉄砲に駆け出したから、セイバーが窮地に立たされている。怒りに身を任せた結果、私は彼女を死地へ送ってしまった。
最悪だ。彼女を殺すのはバーサーカーでは無い。この私だ。
もはや、形勢は完全に逆転している。片腕を失ったとて、バーサーカーの力は緩まない。
「セイバー!」
叫ぶ。このままでは彼女が死ぬ。それだけは嫌だ。彼女が死ぬくらいなら、いっそ……、
「……ライダー。頼めるかい?」
「勿論だよ」
セイバーとバーサーカーの間合いへ踏み込もうとする私の背後から赤髪の騎士……、ライダーが横をすり抜け、セイバーとバーサーカーの戦場へ駆け出した。
「え?」
目を丸くしながら向き直ると、ライダーはその手に槍を握り締め、バーサーカーに向かって突進して行く。背後でフラットが動いた。
「ライダー! 必ず、その槍を命中させるんだ!」
フラットの掲げた手の甲から紅い刻印、令呪が一角消失した。同時にライダーの体がまるで追い風を受けたかのように動き、槍の先端がバーサーカーの肩を掠めた。
「触れれば転倒――――トラップ・オブ・アルガリア!」
「なっ!?」
驚愕の声はセイバーのものだけど、私も彼女に負けず劣らず驚いている。何が起きたのか分からない。分かるのはバーサーカーの下半身が消えてしまったという事実だけ。
「か、下半身が無くなっちゃった!?」
驚き叫ぶ私とは裏腹に、セイバーは即座に冷静さを取り戻し、バーサーカーの間合いから離脱した。
セイバーが戻って来ると同時にライダーも戻って来た。
「ライダー!」
「合点承知!」
「え?」
突然、私の体は宙に浮いた。気がつくと、フラットに抱き抱えられていた。
「な、何をするの!?」
「シー、ちょっとだけ我慢してよ」
フラットは下手糞なウインクをして、ライダーに視線を送った。ライダーは頷くと、口笛を吹いた。途端、目の前に見た事の無い獣が現れた。
「なにこれ!?」
「ボクの相棒のヒッポグリフさ! さあ、後ろに乗って!」
迷いは一瞬だった。どっちにしろ、抱えられている状態では拒否権なんて存在しない。私はセイバーとアイコンタクトを取り、ヒッポグリフの背に跨った。巨大な幻馬の背中は四人乗ってもまだ余裕がある。
「行くよ!」
ライダーの号令と共に幻馬が飛んだ。瞬く間に雲を抜け、満天の星空の下に私達は出た。
「危なかったねー」
フラットは軽い調子で言った。
「怖かった……」
危険区域から脱出した私は思わずフラットの胸にもたれ掛かってしまった。
「あ、ごめんんさい」
「い、いいよ。それより、助けてくれてありがとう」
「え? あ、ううん。こっちこそ、結局助けられちゃったし……」
しばらくの沈黙があって、私達は互いに笑った。聖杯戦争のマスター同士なのに、私は彼に奇妙な友情を感じた。恐らく、ほんの一瞬の命のやり取りを共に経験したからだろう。
「おいおい、油断するなよ?」
フラットの後ろからセイバーが声を掛ける。
「言っとくが、妙な真似をしたらお前の首を刎ねるからな」
物騒な事を言い出すセイバーにフラットは頷いた。
「命の恩人に無礼は働かないよ。それより、君もありがとう。助かったよ」
「別に……。イリヤの判断に従っただけだ。ったく、自分の事でいっぱいいっぱいの癖に……」
セイバーはそう言うと、溜息を零した。
「そうだ! 改めて、自己紹介させてよ。俺はフラット。フラット・エスカルドス」
「私はイリヤよ。衛宮イリヤ。貴方もマスターだったのね」
「こっちこそ予想外だったよ。まさか、俺に御飯を奢ってくれた君がマスターだったなんて」
行き倒れていた彼の姿を思い出して、思わず噴出しそうになった。
「ボクも自己紹介するね。ボクはイングランド王の息子にして、シャルルマーニュ十二勇士の一人、アストルフォさ!」
「……真名を隠す気無いのか?」
セイバーが呆れ口調で問う。
「我が名を名乗る事に恥じ入る理由など無いさ!」
毅然とした表情で言い放つライダーに私もセイバーも呆気に取られてしまった。
「あれ? そう言えば……」
「ん?」
「アストルフォって、男性だと思ってたんだけど?」
「男だよ?」
「……え?」
私の視線は彼女……、じゃなくて、彼の腰に向かう。そこにはスカートにしか見えないアンダー。そして、そこからニーソックスに伸びるガーターベルトが見える。伝承によると、アストルフォはナルシストのお調子者らしいけど、女装って……。
「まあ、いっか」
何だか、少し疲れた。とりあえず分かった事はこの主従が決して悪人では無いって事。
命懸けの戦いばかりを予想していた私は少しだけ安堵した。こういう人も居るんだって。
溜息を零しながら頭を上に向ける。
「わぁ……」
思わず歓声を上げてしまった。それほど、頭上に浮かぶ星空は見事だった。こんなに空に近づいた事は無かったし、そもそも、あまり星空を見上げる習慣が無かった。
「綺麗だよね」
ライダーが言う。
「……そうね。凄く、綺麗だわ」
この素晴らしい景色に否定的な言葉など似合わない。
「ちょっと遊覧飛行してから降りようか」
「賛成!」
「ちょ、ちょっと……。まあ、いっか」
フラットの提案に一も二も無く賛成する私にセイバーは顔を手で覆いながら諦めたように言った。彼女も空を見上げ、目を細めている。この美しさを前にしては無理も無い。
いつまでも、この素晴らしい景色を堪能していたい気分だ。
◆
結局、遊覧飛行は二時間に及んだ。途中、フラットとライダーはうつらうつらしていたけど、私が空を見つめている間、ずっと付き合ってくれた。命を救ったお礼かもしれない。
「素晴らしい景色をありがとう、エスカルドスさん」
「フラットって呼んでよ」
「なら、私もイリヤでいいわ」
「ボクもアストルフォでいいよ!」
「いや、さすがにちょっとは真名を隠した方がいいと思うぞ。それと、悪いが俺の真名は黙秘させてもらう。呼ぶ時はセイバーで頼むぜ」
和やかな空気が流れている。聖杯戦争に参加して、こんな風な時間を過ごす事が出来るなんて思ってもみなかった。
「これから、貴方達はどうするの?」
「とりあえず、宿探しかなー。野宿しようと思ってた場所は壊されちゃったし……。それに、何とかしてお金を工面しないと……」
お腹を鳴らしながら言うフラットに私は呆れてしまった。恐ろしく無計画な人だ。
「ねえ、貴方達はどうして、この聖杯戦争に参加してるの?」
「どうしてって?」
「だって、貴方達は何て言うか……、人を殺すような人に見えないから」
遊覧飛行の間の短い時間だけど、彼らと接していて、聖杯を求め、人を殺す悪しきマスター像と彼らの在り方の違いに違和感を覚えた。
「うーん。正直言って、別に聖杯は要らないんだ」
「なら、どうして?」
「英霊と友達になりたかったんだ」
「……はい?」
首を傾げる私に彼は言った。
「だって、過去の英雄と出会えるってだけでワクワクするじゃん! 実際、ライダーと出会って、友達になれて凄く嬉しかった。だから、俺は他の英霊達共友達になりたいんだ」
瞳を輝かせて宣言する彼に私は言葉を失った。
「フラット……」
こんな人がこの戦争の参加者の中に居るなんて思っていなかった。
「一つ、提案があるんだけど……」
「なんだい?」
私は言った。
「私達と仲間にならない?」
「仲間?」
「うん! ほら、ゲームとかでよくあるじゃない。私達でパーティを組むの!」
「パーティ……。いいね、それ!」
「お、おいおい、イリヤ!? 正気か!?」
慌てて私の肩を掴むセイバー。
「だって、彼らは悪い人に見えないもの。だったら、仲間になった方が心強いと思って……」
「お前、そんな安直な……」
呆れたように睨むセイバーに私は体を縮ませた。
「だめ?」
「……それは卑怯だろ」
セイバーは溜息を零し、フラットとライダーに向き直った。
「少しでも裏切るような真似をしたら容赦無く殺すぞ」
「オーケー。命の恩人を裏切るくらいなら死んだ方がマシさ。こっちから頼むよ」
「……ったく」
セイバーは肩を竦めた。
「好きにしなよ」
「ありがとう、セイバー!」
感極まって抱きつくと、セイバーは困ったように微笑んだ。
「ほんと、しょうがない奴だな……」
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ありがとうございます・w・ンシ
第二部につきましては、ハーメルン様にて掲載しておりました当時、あまり出来が良くなかったので、色々と練り直しながら訂正しております。
オリジナルの方に掛かりっきりで、更新が物凄く遅いのですが、キチンと訂正を完了させて、いずれ掲載させて頂きます・w・ン
早く続きが読みたいです…!こんなに素晴らしい作品と出会えるとは思っても見ませんでした!一部から一気読みです!
とても面白かったです。これはこれで続きを読んでみたいです。