第四話「ダン・スターク」

 ダン・スタークは純血ながら反純血主義派である両親の間に生まれた。
 彼自身も純血主義ではない。マグル生まれだろうが、純血だろうが、彼にとって面白いと思えるかどうかが全て。
 ドラコ・マルフォイは彼を典型的な快楽主義者だと捉えている。
 人としての倫理観や一般常識、法律から逸脱した事でも彼自身が楽しいと感じる事は彼にとって全て『正しい事』になる。
 そんな彼の幼い頃の趣味は暴力だった。
「ヘイ! 可愛い子ちゃん、ちょっといいかい?」
 両親すら手を焼く乱暴者とドラコが初めて出会ったのはノクターン横丁だった。
 闇の魔術に関係する商品を取り扱う『ボージン・アンド・バークス』で父親が商談をしている間、暇になったドラコは店の近くを見て回っていた。
 ダンはいきなりドラコに殴りかかった。
 理由は特に無い。ただ、人を殴りたくなって、目の前に殴りやすそうな子供がいたから殴りかかった。
「……前にどこかで会ったかな?」
 あまりにも理不尽な暴力を前にドラコは不快に思うよりも先に疑問を抱いた。
 殴られたからには理由がある筈だと考えたのだ。
「無いぜ、多分。けど、オレは殴りたいんだ。誰でも良かったが、お前が最初に目に入った」
 生前、心理学や人類学の本も山程読み漁ったドラコだったが、衝動的過ぎるダンの行動原理を理解するのは至難だった。
 あまりにも野性的過ぎる。まるで、山から降りて来た猿や猪のようだ。
 だから、興味を惹かれた。
「なるほどね。一つ条件を呑んでくれるなら僕を好きなだけ殴っていいよ。ただし、顔だと父上にバレてしまうから首から下で頼む」
 その返答はダンにとっても予想外だった。たいてい、今まで殴ってきた人間は怒るか泣くかして反撃してきたり逃げたりした。
 自分を殴って良いと柔らかく微笑むドラコにダンもまた、興味を惹かれた。
「条件ってのは?」
「僕と友達になってくれ。君が望むなら暴力を好きなだけ振るえる機会を作ろう」
 それはドラコの屋敷の屋敷しもべ妖精ドビーにとって悪魔の契約だった。
 ドビーの躾はダンに感じたことの無い恍惚感を与えた。ただの暴力だけでは味わえない快楽に酔いしれた。
 ドラコ自身の体もダンが望む限り傷つける事を許した。ドラコ自身、興味があったのだ。人間はどう壊せば、どう感じるのか。
 リジー達を使った本格的な実験を始める前に既にある程度ドラコが治癒呪文に精通していた理由は自らの体で何度も試した結果だった。
 腕を折る痛み、肌に針を突き刺す痛み、火で肌を炙る痛み、爪を剥がす痛み、そして、それらを完璧に治癒する時の脳を焼くような痛み。 
 熟達すれば痛みを取り払う事も出来るのだろうが、幼い頃のドラコは高度な治癒を行えても痛みは残り、皮膚や骨が再生する時に強烈な痛みを覚えた。
 
 初めはダンも興奮し、楽しんでいた。人の壊し方に精通していく事を誇らしく思い、壊す事を許すドラコに感謝していた。
 ある日を境にダンの興奮が冷めてしまった。
 まるで、人形遊びをしているような気分になった。いくら壊しても、ドラコは面白がるように微笑むばかり。
「……つまんねぇ」
 ドビーへの躾もつまらないと感じるようになってしまった。
「君は張り合いを欲しているのかもしれないね」
 情熱が冷めてしまった理由に悩んでいると、ドラコが言った。
 彼はダンにマグルの格闘技やスポーツを薦めた。
 ドラコとの接触によって、対外的には大人しくなったように見えたダンに彼の両親は実に寛容だった。
 マグルの格闘技道場への入門を快く許したのだ。そこで初めて、誰かと競い合う楽しさを知った。強くなる事への興奮を知った。
 嬲るだけでは得られなかった快楽を知った。
「……けど、なんか物足りねぇんだ」
 ダンはつまらなそうな顔をして言った。
 足りないものがある。だけど、それが何なのかが分からない。
 ドラコなら答えを教えてくれる気がした。
「君に必要なものは恐らく目標だよ。ただ漠然と修練に勤しむなんて、ただの苦行だからね。君にとって、それはそれで楽しいのかもしれないけど、その修練によってどうなりたいか、何を得たいかを明確に決めた方がずっと身が入るし、楽しいと思うよ」
 まさに求めていた答えだった。ダンは早速、どうなりたいかを考えてみた。
「オレは最強になるぞ!」
 まずは道場で最強になる。そして、イギリスで一番になり、欧州で一番になり、やがて世界で一番強い男になる。
 そう野望に燃えた。だが、彼は肝心な事を忘れていた。
 彼は純血の魔法使いであり、当然、彼の両親も魔法使いだ。
 彼がマグルの世界で格闘技の世界チャンピオンを目指すと言った瞬間、道場を止めさせられた。
 嘆き悲しむダンにドラコは呆れてものが言えなかった。
「……いや、そうなるに決まってるじゃないか」
「だが、君が言ったんだぞ! 目標を定めろと!」
「せめて、両親に対する説明の仕方を考えるべきだったね。世界最強を目指すって目標は悪くないと思うけど……」
「だろう! 親父もお袋も頭が固すぎるんだ!!」
「いや、頭の固さはあまり関係ないと思うよ。魔法使いなのに魔法を捨ててマグルの世界で生きていくっていうのは君が想像してるよりずっと過酷だろうしね」
「だけど!! ……ックソ、オレはこれからどうすればいいんだ」
「別に格闘技に拘る必要は無いと思うよ?」
「どういう事だ?」
「言ったじゃないか。格闘技やスポーツがオススメだって」
「そうか、スポーツか!」
「魔法界のスポーツ。クィディッチなら、君の御両親も納得してくれると思うよ? それこそ、プロになれば収入も得られるし、世界最強を目指す事も応援してくれる筈さ」
 ドラコの言葉にダンは目から鱗が落ちる気分だった。
「ドラコ!! オレは決めたぞ!! クィディッチの選手になる!!」
「……薦めておいてアレだけど、他にも色々あると思うよ? もう少し、考えてみても……」
「いいや、ドラコが言うなら間違いなんて無い!! 今までだって、お前の言葉に間違いなんて一つも無かった!!」
 断言するダンにドラコは肩を竦めた。
「お褒めの言葉をどうも」
「ドラコ! オレは頭の出来が悪いから、これからもオレを導いてくれ!」
「構わないよ。君はいつも期待以上に僕を楽しませてくれるからね」
 ドラコは薄く微笑んで言った。
「たけど、君は僕に何かくれるのかい? まさか、何の代償も無く、これからずっと僕に面倒を見させる気かい?」
 ドラコの言葉にダンはニカッと笑った。
 この頃にはドラコがどういう人間なのか、ダンもよく知っていた。
 その残忍さ、悪辣さ、欲深さ。
「オレを好きに使っていいぜ。お前の目的の為に必要なら幾らでも力を貸す」
「いいね、その答え」
 ドラコが満足そうに微笑むと、ダンは「それに」と続けた。
「お前がオレ以外の誰かに壊されそうになったらオレが守ってやる」
 ダンは前に火で炙って自分の名を書いたドラコの右腕をさすった。
「お前に傷をつけていいのはオレだけだ。だから、他の誰にも傷をつけさせるな。それをオレを使う条件に付け加えておいてくれ」
「……オーケー。独占欲の強いやつだな。だが、だからこそ気に入ってるよ」
「独占欲についてはお前にとやかく言われたくねぇな」
「だけど、僕の手駒となるからには色々と勉強もしてもらうよ?」
 ウゲッとした表情を浮かべるダンにドラコは言った。
「格闘技にしても、スポーツにしても言葉遣いや知性は重要さ。まず、僕の事はこれから『お前』じゃなくて、『君』と呼ぶように」
「ヘイヘイ。了解だぜ、我が君」
「……結構、大仕事かもしれないな」

 スリザリンのクィディッチチームによるシーカー選抜試験の日がやって来た。
 僕は両親にせがんでニンバス2001を買ってもらった。クィディッチの選手を目指すと言った日から両親は全力で応援してくれている。
 ドラコが僕のために選抜試験を辞退した。なら、絶対に負けられない。
「ハリー」
 隣でニンバス2000を抱えるハリーに僕は宣戦布告した。
「絶対に負けないぞ」
 ドラコに散々言われて直した言葉遣いを今だけは封印する。
 ハリーの箒乗りとしての腕前は一流だ。いい子ちゃんの振りをしていて勝てる相手じゃない。
『獣染みた本性はここぞという時だけ見せるんだ。平時は感情を貯めて、いざという時に爆発させろ』
 ドラコ。今がその時だろう?
「オレがスリザリンのシーカーになる。そして、ドラコに勝利を捧げる!」
「……負けないよ、ダン。僕だって、シーカーになりたい。ドラコと肩を並べられるように」
 その瞳に静かな闘志が燃えている。
 笑っちまう。ドラコはハリーの気を惹こうとあらゆる手を尽くしているが、既にそんなものが必要無いところまで来ている。
 だが、負けない。
「オレは最強になるんだ。クィディッチだけじゃねぇ。どんな戦いでも負けねぇ、最強にな! 叩き潰してやるぜ、ハリー!」
「僕が勝つ」
 オレは本当ならダームストラング専門学校に入学する筈だった。ドラコも闇の魔術に理解あるダームストラングを選ぶと思っていたし、オレ自身の気質とも合うと思っていたからだ。
 だけど、ドラコがホグワーツに決めたからついて来た。
 選択は正しかった。オレはこの日、ハリーと競い合う事でその事を実感した。

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