第十一話「クリスマス」

 寒さで目が覚めた。窓の外を見ると、雪が振っている。
 身支度を整えて、ハリーの部屋に向かうと彼も起きていた。窓辺に佇む白い羽毛のふくろうから何かを受け取っていたようだ。
「やあ、メリー・クリスマス。ハリー」
「メリー・クリスマス。ドラコ」
「それは?」
 ハリーは木彫の筒のようなものを握っている。
 誰から何をもらたのか、僕は勿論知っているけど、知らない振りをした。
「ハグリッドからのプレゼント。自作の笛だってさ」
「彼らしいね」
 ハリーが試しに吹いてみると、耳心地の良い音が響いた。
「良い音色だね」
 言いながら、僕は用意しておいたプレゼントをハリーに渡した。
「これは?」
 プレゼントは分厚い冊子だ。だけど、ハリーは間違いなく喜ぶ筈。
「開いてみて」
 僕が言うと、ハリーは首をかしげながら冊子を開いて、大きく目を見開いた。
 そこには幾つかの写真が並んでいる。
「……ドラコ、これ」
 声が震えている。
 本当ならハグリッドが渡す筈だったもの。
 その前に『みぞの鏡』が見せる筈だったもの。
 僕がハリーにプレゼントしたものは彼の両親の写真。
「色々とコネを使って集めたんだ。そこに映っている人達は君の御両親だよ」
 それなりに苦労した。たくさんの人に手紙を何枚も送ったし、スネイプやマクゴナガルに頭を下げた。
 前にハグリッドがハリーを小屋に正体した時に付き添った理由も実はこれだ。彼を懐柔し、後々、このアルバムを作る為に協力してもらうためだった。
 こっそりと一人で彼の小屋に顔を出し、彼にも集められるだけの写真を集めてもらった。
「僕の……?」
 確認するように僕の顔をみるハリー。震えている。
「そうだよ。ほら、赤ん坊の君も映っているよ」
 笑顔を振りまく二人の男女。その間には無垢な笑顔を浮かべる赤ん坊。
「あっ……」
「……朝ごはんは遅らせてもらうよ」
 そう言って、僕は部屋から出て行った。
 扉の向こうから泣き声が聞こえる。
 苦労した甲斐があった。コレ以上の贈り物など無いだろう。
 僕は談話室へ向かった。そこにはプレゼントが山のように積み重なっている。
「さてさて……」
 僕自身への贈り物にはさして興味が無い。僕は目的のものを探した。
「……無いな」
 別に盗もうと思ったわけじゃない。これはただの確認だった。
 ダンブルドアがクリスマスにハリーへ贈る筈の『透明マント』が無い。
 もしかしたら、スリザリンの談話室に置いているのかもしれないけど、これで一つ分かった。
 ダンブルドアは僕を……、少なくとも、マルフォイ家を警戒している。
 ここがウィーズリーの家だったら、ダンブルドアはきっとハリーの下に透明マントを送った筈だ。
「面倒だな……」
 ダンブルドアが僕を警戒している。必要の部屋は常に誰もいない事を透視メガネやドビーを使って確認しているが、今後の使用には少し注意が必要かもしれない。
 相手は老獪だ。完璧に騙し通す事など不可能だと考えるべきだ。

 しばらくして、ハリーが部屋に入って来た。目元が赤い。
「ドラコ……、ありがとう」
「喜んでもらえて良かった。ほらほら、プレゼントは他にもたくさんあるよ」
 僕が言うと、ハリーは目の前のプレゼントの山に目を丸くした。
「そっちが君の分」
「ぼ、僕にもこんなに!?」
 ハリーの分もかなり大きな山が出来ている。
 これらは他のスリザリンの生徒達からだ。
「どうしよう、僕、みんなに用意してないよ!」
 ハリーは狼狽えた表情で僕を見た。
「ホグワーツに戻ったら感謝の一言でも言えばいいよ。みんなもお返しを期待しているわけじゃないからね」
 実際、これらは単なる献上品だ。ハリー・ポッターに名を覚えてもらうためのもの。
 ハリーだって、僕やいつも一緒にいるメンバーの分は用意していた。
 用意していないのは名前すら覚えていないようなその他大勢の分。
「で、でも……」
 弱り切った表情を浮かべるハリー。
「旧家の魔法使いほど、こういう機会にプレゼントをばら撒くんだ。言ってみれば、挨拶みたいなものだよ。日頃の感謝とか、友好を深めたいとかじゃなくて、縁を作っておきたいだけだから、そこまで気にする必要は無いさ」
 もっとも、相手は選ぶけどね。
「うーん……。なら、いいのかな?」
「いいんだよ。それより、さっさと開けよう」
「う、うん」
 気を取り直してプレゼントの開封に取り掛かると、途端、ハリーが声を張り上げた。
「ど、どうしたの?」
「スネイプ先生からだ!」
「え……?」
 一体、彼の中でハリーに対する好感度はどうなっているんだろう……。
 まさか、クリスマスプレゼントを寄越すとは思わなかった。
「な、何をくれたの?」
 ハリーが開いた包みを開くと、そこには様々な雑貨が詰まっていた。
「なにこれ?」
 思わず目を瞠ると、手紙が同封されている事に気付いた。
「えっと……」
 手紙を開いたハリーは口をぽかんと開けた状態で雑貨を見下ろした。
「どうしたの?」
「これ……。ママが学生時代に使っていたものなんだって……」
「え……?」
 まずい、スネイプの中のハリーへの好感度の上昇率と反比例して、ハリーの中のスネイプへの好感度が急降下しそうだ。
「な、なんで、先生がママの羽ペンとか教科書を持ってるの?」
 恐る恐る手紙を読み進めるハリー。
 僕はその様子を引き攣った表情で眺めていた。
 しばらくして、ハリーはほっと溜息をこぼした。
「どうだった?」
「これ、ママが学生時代に学校に置いていったもので、校内に保管されてたものなんだって」
「ああ、なるほど」
 教科書みたいな備品を買えない生徒や忘れた生徒の為に卒業生が自分の使っていた持ち物を学校に寄付するのはよくある話だ。
 原作でスネイプも魔法薬の教科書を学校に寄付している。
「相応しいものが持つべきだろうって書いてある」
「……そっか」
 粋な図らいというヤツだろう。
 ハリーは嬉しそうに教科書を開いている。
 僕としては非常に遺憾だ。僕のプレゼントしたアルバムの価値が若干下がってしまった。
「うわぁ……、走り書きだらけだ。でも、これがママの字なのかな? って、これはパパの字!?」
 どうやら、リリーの教科書にはジェームズからの愛の文章がそこかしこに残されていたらしい。
 そんな物を寄付するとは……。
「パパって……、こんな恥ずかしい事を言うタイプだったのか……」
 ハリーの顔が引き攣っている。
 横から見ると、その顔に納得。
「『君の笑顔は野原に咲き誇る花のようだ。ああ、この世界の誰よりも美しい』……」
「これ、寄付したんじゃなくて、廃棄しようとしたのを学校が回収しただけじゃ……」
「は、はは……」
 何も言えない。
「それにしても、七年生までの教科書が揃ってるね。君の母上は勉学に長けていたと聞くし、今後の授業で非常に役に立つと思うよ。そうだ! 今度の勉強会ではその教科書を使おう」
 名案だと思ったのだけど、ハリーは嫌そうな表情を浮かべた。
「パパの迷文を大衆に公開するのはお断りだよ」
「そっか……」
 しばらく二人でリリー・エバンスの教科書を読んだ後、他のプレゼントの開封にとりかかった。
 ハリーは包装を開ける度に悲鳴染みた声を上げている。
 スリザリンの生徒からの贈り物はどれもこれも高級品ばかりだからだ。
 庶民派の英雄には刺激が強過ぎたらしい。
「ほ、箒が三本もあるんだけど……」
 最新型のニンバス2000や長距離飛行に長けたコメット260、やたら値の張るツィガー90が並ぶ様は中々圧巻だ。
 他にも高級杖磨きセットや高級魔法薬調合セット、高級クィディッチ用品各種などなど。
 頭に高級とつかない物がほとんど無いという有り様だ。
 付き合いが疎遠になって尚、お菓子のセットをプレゼントしてくれたハーマイオニーが良心と言える。
 ちなみに、ニンバス2000を送ったのは僕の両親だった。まさか、箒が被るとは思っていなかったらしく、昼食の席で恐縮するハリーの前で若干二人の笑顔がひきつっていた。
 二人は僕にも同型を送ってくれて、屋敷の敷地内を二人で飛び回ったら中々快適だった。
「コメット260はまだしも、ツィガーを贈るなど、何も分かっていない愚か者だ。そういう輩とは距離を置きなさい」
 父上は時々大人げない姿を見せる。ハリーもその時ばかりは苦笑いを浮かべるしかなかった。

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