第十二話「一年目の終わり」

 クリスマス休暇が終わると、再びホグワーツでの生活が始まった。
 特に劇的な変化は無い。昼間は授業に出て、夕方までテキトウに時間をつぶし、談話室で勉強会を開く。その繰り返し。
 そう、何も変わらない。クィレルがヴォルデモートを後頭部に飼いながら暗躍している事を知りながら、僕は何もしていない。
 結局、透明マントは寮にも無かった。だから、ハリーが一人で寮を抜けだして『みぞの鏡』を見る事もなく、平穏な時間が流れている。
 もっとも、闇の魔術や治癒魔術の実験は順調だ。以前とは異なり、今はリジーに予め『必要の部屋』で必要な部屋を作ってもらい、そこに『付き添い姿現し』で移動している。
 ダンブルドアを警戒しての対策だ。屋敷しもべ妖精の魔法なら、加護が働いているホグワーツ内でも自由に移動出来るから実に便利だ。
 部屋の中にはたくさんの水槽と檻がある。水槽にはそれぞれ生き物の内蔵や死体が浮かんでいて、檻には生きた実験動物達が入っている。
 僕は今、一つの大きな計画を立てていて、その為の方法を模索している最中だ。

 闇の魔術は大きく分けて、三つに分別される。
 死の呪文を筆頭とした『霊魂』を弄るもの。
 磔の呪文を筆頭とした『精神』を操るもの。
 服従の呪文を筆頭とした『肉体』に干渉するもの。
 例えば、『悪霊の火』は名の通り、悪霊を呼び集め、その魂を燃やすことで発動する。つまり、『霊魂』の系統に属する闇の魔術という事になる。
 僕の目的は主に魂を弄る事で達成出来る可能性が高いと睨んでいる。 

 僕は一つの檻の前で立ち止まった。
 実験動物は虚ろな目を僕に向けた。ドビーが連れて来た屋敷しもべ妖精の片割れだ。
 もはや、自分が何者なのかも覚えていない。精神や脳ではなく、魂を刻み、撹拌し、磨り潰した結果だ。
 死んではいないけど、生きてもいない。魂の搾り滓が肉体を瀬戸際で維持しているだけだ。
 これから、彼で一つの実験をしてみようと思っている。
 それは僕の目的を達成する上でとても大切なものだ。
 きっと、彼も喜んでいる事だろう。だって、彼は言った。
『わたしを雇ってくださったドラコ坊ちゃまに忠誠を捧げます』
 そう、彼は僕に忠誠を誓った。だから、僕は彼の心意気に答えた。
 原作でマルフォイ家を裏切ったドビーや初めに反抗的な態度を取ったリジーとは違う。
 初めから謙虚な姿勢で忠誠を誓ってくれた年寄り妖精のラッド。彼の魂はその一片足りとも無駄にはしない。僕の役に立ててあげる。
 僕は近くの檻から一匹の蛇を取り出し、その首を撥ねた。同時に死体へ杖を向ける。
「セルビトゥテ スピリテニマ」
 呪文を唱えると共に蛇の肉体から白い煙のようなものが零れ落ちた。
 これは意図的にゴーストを作り出す呪文だ。
 闇の魔術の三系統はそのまま人間を構築する三つの要素に対応している。
 即ち、『霊魂』、『精神』、『肉体』。これを錬金術では三原質、十字教では三位一体などと呼ぶ。
 本来、霊魂と精神は肉体に宿っていて、肉体が滅びると共に精神と霊魂分かれてしまう。
 この不文律が乱れる事が稀にある。例えば、肉体から精神のみが失われた場合、『亡者』と呼ばれる存在になる。原作ではヴォルデモートの分霊箱を守っていた化け物だ。
 そして、肉体から抜け落ちた霊魂と精神が何らかの理由で結びついたままの状態を維持すると『ゴースト』になる。
 ちなみに、霊魂が失われた場合、精神も失われてしまう。霊魂とは精神の土台であり、精気の源だからだ。
 肉体を殺し、霊魂と精神を束縛する事で『蛇のゴースト』を創り出した僕はそのゴーストをラッドの中へ注ぎ込んだ。
 要はハリーとヴォルデモートの魂の断片との共生状態を意図的に作り出したわけだ。
「……さて」
 ここから先は未知の領域だ。
 ラッドは霊魂を限界まで削った状態。ここに蛇のゴーストが入り込んだ事でどうなるのか。
 知りたい事は三つ。
 一つ目は他者との霊魂を共有が可能かどうか。
 二つ目は霊魂が削られた場合、精神はどうなるのか。
 三つ目は蛇の精神が知性を持つ存在の中に入り込んだらどうなるのか。
 二つ目と三つ目は一つ目の疑問の結果に掛かっている。
「……ぁぁ」
 しばらく待つと、ラッドが僅かに目を見開いた。
「ラッド」
 僕は実験の成功を信じて声を掛けた。
 すると、ラッドは突然絶叫した。
「な、何をしたのですか!? わ、わたしに何を!? な、なんだ、これは!! あ、あが……あぎゃあああああああああああ!?」
 次第に体を檻の壁にぶつけ始め、しばらくすると、白目を向いて気絶してしまった。
「ラッド……?」
 違う。よく見ると、ラッドは死亡していた。
「……これは」
 完全に失敗だ。ラッドが意識を取り戻した理由は恐らく、肉体に残っていた魂の残滓が蛇のゴーストの侵入によって驚き、最後の一滴まで振り絞ってしまったからだろう。
「被験体が妖精だったからかな? それとも、異種族の魂は適合しないのか?」
 まあ、失敗という結果を得られただけでも上々か……。
「リジー。ラッドの死体を解剖するから準備して」
 リジーに命じると、彼女は直ぐに手術台と幾つかの水槽を用意してくれた。
 魂は使い切ったけど、肉体にはまだまだ利用価値がある。
 僕はまずラッドの首を切断した。
 治癒魔術の腕を上げる上で重要な事は生命について深く知る事だ。その為に生き物の構造を見る必要がある。
 初めはネズミだった。次に猫。そして、犬。順番に解剖していく内に手馴れてきたのか大分丁寧に解体する事が出来るようになった。
 取り外したパーツはどんどん水槽に入れて保管する。屋敷しもべ妖精の眼球はこれで五つ目になった。
 この調子なら人間も綺麗に解剖出来そうだ。 
 床や服に飛び散った血を綺麗にして、僕は余った肉を別の檻に入れている治癒魔術の実験用屋敷しもべ妖精に食べさせた。
 ラッドと違って、実に悪い子だったから丹念に躾をしたけど、未だに素直になってくれない困った子だ。
 既に目玉と歯と指と耳を失い、それでも僕の実験を嫌がるのだから……。
「美味しいかい?」
 痙攣したようにコクコクと頷きながら同族の肉を食べるペテル。
 食べ終わった頃を見計らって、また今日も実験を始める。
 耳障りな雑音を『声縛りの呪い』で防ぎ、僕はペテルの足を折る。それを癒やす。その繰り返しを十回。
 次に足に十センチ程の切れ込みを入れ、それを癒やす。その繰り返しを十回。
 次に腕に火を付けて、それを癒やす。同じく十回。
 そうして、様々な実験を繰り返して今日の日課を終える。不快に震えるペテルを蹴り飛ばして檻の奥へ戻すと、リジーを見た。
「そろそろ代わりが欲しいね。頼めるかい?」
「もちろんです、ご主人様」
 リジーはパチンという音と共に消える。彼女なら早々に結果を出してくれる事だろう。
 それにしても、屋敷しもべ妖精というのは不思議な生き物だ。一度主従の契約を結べば、例えどんな目にあっても主人に逆らおうとしない。
 よく分からない感覚だけど、それが生まれた理由だかららしい。だが、中途半端だ。
 それが存在理由なら、たとえ体をバラバラにされようと、主人の為なら歓喜に打ち震えるべきだろう。

 そのようにして日々を過ごし、やがて冬が終わり春が来る頃、一つの事件が起きた。
 その日、ハリーはクリスマスプレゼントのお礼を言うためにハグリッドの小屋を訪れていた。
 そこで暖炉に巨大な卵を置いているハグリッドの姿を目撃した。
 ハリーにはそれが何なのかサッパリ分からなかった。だから、勉強会の席で気軽に話してしまった。
 正直、ハグリッドに対して思い入れも無いし、ホグワーツを追い出されようがどうでも良かったけど、思いの外周囲の反応が慌ただしくなり青褪めるハリーが可哀想だった。
「この件は僕が預かる」
 これでも、勉強会に集まるメンバーのリーダーは僕だ。僕の言葉に真っ向から逆らえる人間はいない。
 それでも、人の口に戸は立てられない。明日には全校生徒が知る事となるだろう。
 そう予測して、すぐに校長室へ向かった。正直、頼りたくなかった。そもそも、彼とはなるべく接触したくなかった。
 だけど、ハグリッドを守る為にはダンブルドアに事情を説明する以外に道が無い。とりあえず、ハリーは置いてきた。
 ガーゴイルの銅像の前で少し待っていると、ダンブルドアが現れた。
「儂に何か用かな?」
 胡散臭い微笑みを浮かべながら訪ねてくるダンブルドアに僕はハグリッドがドラゴンの卵を孵化させようと企んでいる事。
 そして、その危険性を口にした。
「ドラゴンが孵化したら校内はパニックです。そうなると、ハグリッドの立場も……。どうか、孵化する前に彼を説得して頂きたいのです」
「ドラゴンの卵とは、相変わらずじゃな」
 本当は知っていたんじゃないかと思うほど手応えのない反応。
「あいわかった。ハグリッドとドラゴンの卵の事は任せておきなさい。悪いようにはせんよ」
「お願いします。……あと、せめて、ドラゴンに名前をつけさせてあげてもらえますか?」
「……君は優しいのう」
「本当に優しかったら、知っている人間の口止めをして、見ていない振りをしてますよ」
 おかしな事を口走った。そこまで言うつもりなんて無かったのに、僕は余計な事を口にしていた。
 焦りを覚えながらダンブルドアを見ると、彼のキラキラした瞳が僕をまっすぐに貫いていた。
「それはどういう意味かね?」
 その目に見られていると、自然と口が動いてしまう。
「例え、ドラゴンがこの地に適応出来ずに死んでも、ドラゴンに襲われる犠牲者がいくら出ても、ドラゴンが孵化して暴れ回る姿を見るのがハグリッドにとっての幸せなんだと思います。今の立場や人としての倫理なんて、彼にとって幸せを謳歌する為には邪魔でしかない。本当は人里離れた場所で動物や魔法生物に囲まれている方が彼にとっては良いんだと……」
 そこまでペラペラ喋って、ようやく口が止まった。
「……何をしたんですか?」
 体が震えるのを抑えながら、僕はつい聞いてしまった。
「……実に賢い。そして、その賢さの意味と隠す術を身につけておる」
 今直ぐ背を向けて走り出したい衝動に駆られた。まるで、僕の全てを知っているかのような目。それが堪らなく恐ろしい。
「ミスタ・マルフォイ。儂はいつでも君の味方でありたいと願っておる。そして、君にはその賢さをもって、皆の味方であり続けて欲しいと願っておるよ」
「……皆とは?」
「言わずとも、君ならば察せよう? さて、儂はハグリッドの小屋に行かねばならん。教えてくれた事、感謝しておるよ」
 そう言うと、ダンブルドアは僕の頭を撫で、背を向けて去って行った。
 肌が粟立つ。
 感情が制御出来ない。思わず、壁を殴りつけてしまった。
 怒りなのか、
 羞恥なのか、
 恐怖なのか、
 色々な感情が混ざり合って、わけが分からなくなっている。

 その後の経過は実にあっけないものだった。
 ダンブルドアはハグリッドにドラゴンが孵化するまで面倒を見る許可を与えた。
 ただし、場所は禁じられた森の奥に作った教師数人掛かりの強力な結界が張られた空間。
 そして、孵化したら直ぐにドラゴンの保護区に移送する事になっている。
 ダンブルドアはあろう事か僕の名前をハグリッドに喋ったらしく、ハグリッドから事の成り行きと感謝、そして、僅かな恨み事の書かれた手紙を貰う羽目に……。

 そうして、更に時が過ぎていく。春が過ぎ去った。
 結局、あれから警戒していたダンブルドアによるハリーへの接触は無く、ハリーは賢者の石の存在すら知らないまま事件が終わった。
 クィレルは学校を去り、『闇の魔術に対する防衛術』の授業が学年末まで休講になってしまった事を不思議に思いながら、生徒達は真実を何も知らない。
 当然、ハリーを含めて生徒は誰も賢者の石の防衛を行っていないから、劇的な逆転劇もなく寮対抗杯はスリザリンの圧勝だった。

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