第三話「友人」

 魔法学校に入学する日が来た。
 両親と共に早めにキングス・クロス駅に到着した僕は早々にコンパートメントを一つ占拠し、ハリーを持て成す準備を始める。
 クラップとゴイルには別のコンパートメントに行くように命じた。
 ハリーはまだ不安でいっぱいで、いきなり大勢の見知らぬ人間に囲まれたら警戒してしまう筈だ。
 まずは僕が彼の警戒を解く。その後で紹介してあげればいい。美味しいお菓子を並べておき、ドビーからの報告を待つ。
 彼にはハリーの到着を報せるよう命じてある。

「いよいよ始まるんだぁ」

 待ち望んでいた物語のスタート。
 友達をたくさん作る。僕を愛してくれる素敵な仲間達を集めるんだ。
 
「ゴシュジンサマ」

 バチンという音と共にドビーが現れた。

「来たんだね?」

 僕はドビーの返事も聞かずに汽車から飛び出した。
 ハリーを迎えに行く為に謝罪しながら人並みを逆行して秘密の入り口を通り抜ける。
 改札まで行くと、ハリーの姿はすぐに見つかった。
 白フクロウを連れて不安そうに歩く少年。
 道行く人々がすれ違いざまに視線を投げかけている。僕は胸を張りながら彼の下に向かった。

「ハリー」

 声を掛けると、ハリーはビックリした顔で僕を見た。

「ド、ドラコ?」
「そうだよ、ハリー。待たせたね」
「う、ううん! 僕、今来た所なんだ!」

 まるで初々しいカップルの初デートみたいな台詞を吐くハリーに吹き出しそうになった。

「やあ、可愛い白フクロウだね」
「う、うん。ハグリッドが買ってくれたんだ」
「そうなんだね。優しい人だ」
「う、うん……」

 歯切れが悪い。顔を覗きこむと、ハリーの瞳は彼の感情を評しているかのように揺れていた。

「どうかした?」
「え? あ、ううん。なんでもないよ」

 慌てて答える彼に僕は少し過剰に哀しんでみた。

「水臭いことは無しにしよう、ハリー。君は悩んでいる。そうだろう? どうか、聞かせて欲しい。君の助けになりたいんだ。友達としてね」

 ハッとした表情を浮かべるハリー。
 尚もせがむように彼の顔を見つめる。
 精神分析の本で読んだ事がある。大切な事は瞳を見る事だ。揺るがない瞳は相手に“安定”を促し、“安心”を与える。
 ハリーはポツリと言った。

「ハグリッドが君の事を悪く言ったんだ」

 まるで苦虫を噛み潰したような顔。

「マルフォイ家とは関わらない方がいい。スリザリンは止めた方がいい。君は彼を優しい人と言ったのに、彼は君を……」

 ハリーにとって、ハグリッドは自らをダーズリー家から解き放ってくれた特別な人だ。だから、彼に対しては他の誰よりも絶大な信頼を寄せている。その彼が僕の悪口を囁いた。対して、僕は彼を褒め称えている。悪意を口にする者と好意を口にする者なら良識ある人物なら後者に好意を寄せるもの。だけど、この場合の悪意を口にした相手が誰よりも愛しい相手であるが故にハリーは苦悩の表情を浮かべている。
 僕は彼をより安心させる為に甘く微笑んだ。

「大丈夫だよ、ハリー」

 練習した甘い声で囁きかける。幼い声帯故に出せる蜂蜜のような甘ったるい声。

「彼の言葉は僕自身を差したものじゃない。僕の両親は魔法省という場所で働いている。マグルの世界で言うところの官僚というやつでね。官僚というものは人から嫌われる事も仕事の一つなんだ。そして、スリザリンは多くの官僚を排出している」
「そんな……。そんな理由でハグリッドは……」
「仕方のない事なんだよ。むしろ、彼は正しい。官僚の悪口を言う事は国民の権利であり、義務みたいなものだ。官僚が国民の為に正しい行いをする為には国民の声が必要不可欠だからね」

 ハリーはため息を零した。

「確かにテレビで官僚を厳しくバッシングしているデモ隊の映像を何度か観た事があるよ」

 どこか失望した風な空気を纏いながら呟いた。

「……ほら、気を取り直してホームに行こうよ。出発の時間になってしまう」
「う、うん」

 ハリーは壁の中に足を踏み入れる9と3/4番線のホームへの入場の仕方にビックリして、さっきまでの憂鬱そうな表情を一変させた。
 ホームに溢れかえる同世代の魔法使い達や真紅のホグワーツ特急に歓声を上げる。

「さあ、荷物を預けてコンパートメントに行こう」

 ハリーのトランクを車掌に預け、あらかじめ取っておいたコンパートメントに向かうと、そこには両親が待っていた。二人はハリーの顔を見ると見事な微笑みを浮かべて彼を迎えた。

「君の事はドラコから聞いている。ハリー・ポッター。会えて光栄だよ」
「あの……、はい、ハリーです。その、よろしくお願いします」

 ガチガチになっているハリーを労るように母上が紅茶を差し出してきた。

「よろしければ一杯いかが? 落ち着くと思うわ」

 上品な笑みを浮かべる母上にハリーはコクコクと頷く。

「さて、そろそろ出発だな。ドラコの事をよろしく頼むよ、ハリー君」
「あ、あの、こちらこそ」

 恭しく頭を下げる父上にハリーも慌てて頭を下げる。

「では、御機嫌よう。お手紙を頂戴ね? ドラコ」
「はい。毎週書きます」
「楽しみにしているわ。ハリー君も御機嫌よう」

 二人が去った後、ハリーは大きなため息を零した。そんな彼に思わず笑みが溢れる。

「ごめんね。二人共、相手に無駄なプレッシャーを掛ける天才なんだ。おかげで我が家は嫌われ者さ」

 困ったものだと肩を竦めてみせる。
 すると、彼は僕の期待通りの反応を見せてくれた。恐縮しきった顔で二人のフォローを必死にしている姿は実に愛らしい。
 彼に用意しておいたお菓子を勧め、マダム・マルキンの洋裁店では語り切れなかった魔法界の話を彼に存分に語り聞かせて上げた。
 しばらくして、車内販売が回って来たから色々とお菓子を購入した。全部のお菓子を少しずつ購入し、二人で消費していると、今度は丸顔の男の子が現れた。
 
「ご、ごめんね。僕のヒキガエルを見なかった?」

 もう一人の主人公の登場だ。彼の名前はネビル・ロングボトム。物語ではもう一人の主人公として重要な役割を担っている。彼と仲良くなっておいて損は無い。それに彼らの前で善人振りを披露すれば好印象を持ってもらえる。
 僕は見かけなかったと答え、席を立った。

「広い車内を一人で回るのは大変でしょ? 一緒に捜してあげるよ」
「え、でも……、いいのかい?」
「もちろんだよ。大切なペットと逸れてしまったら悲しいよね。気持ちはよく分かるよ。僕のペットはホグワーツに持ち込めない種類だったから今は傍に居なくて……凄く寂しい。だから、協力させてもらえないかな?」

 ネビルは嬉しそうに頷いてくれた。
 ハリーも僕の言葉に心を動かされたのか一緒に探すと申し出てくれて、三人でカエルの捜索を開始する事になった。
 手分けをして、コンパートメントを回っていると前方から栗色の髪の女の子が現れた。

「あら、ネビル! カエルは見つかったの?」

 やはりと言うべきか、彼女こそが物語のヒロイン、ハーマイオニー・グレンジャーだった。
 どうやら、ネビルのカエルを一緒に捜してあげていたみたい。

「向こう側には居なかったわ。そっちにも居なかったなんて……」
「もしかして、ホームに忘れてきちゃったんじゃない?」

 ハリーの言葉にネビルは真っ青になる。

「いや、まだ捜していない所があるよ」

 僕は言った。物語では彼のカエルはちゃんとホグワーツまでついて来ている。
 どこかに居る事は確かなのだ。そして、残る未捜索場所はひとつ。

「貨物車両だよ。もしかして、トランクと一緒に紛れ込んでしまったんじゃないかな? ちょっと待っててよ。車掌さんに確認してくる」

 僕は安心させるために笑顔を作り、車掌の下へ向かう。途中、監督生達のコンパートメントにぶつかり、ノックをすると背の高い赤髪の男の子が顔を出した。

「やあ、どうしたんだい?」
「あの、友達のペットを探しているんです」
「もしかして、ヒキガエルかい? さっき、女の子が探しに来たよ」

 恐らく、ハーマイオニーの事だろう。

「はい。ただ、くまなく探したんですけどどこにも居なくて……。貨物車両に隠れているかもしれないと思ったんです」
「ああ、なるほど。ちょっと待ってて」

 男の子は他の監督生達と少し喋った後で奥の扉を潜った。しばらく待っていると、その手には大きなカエルが一匹。

「居たよ。ごめんね。貨物車に紛れているとは盲点だった。さっきの女の子にも謝っておいて欲しい」
「はい。ありがとうございます」

 ニッコリと微笑む監督生にお辞儀をして、僕はネビル達の下に戻った。カエルを渡すとネビルは感激のあまり瞳を潤ませながら感謝の言葉を繰り返してきた。

「僕はドラコ。ドラコ・マルフォイだよ」

 自己紹介がまだだった事を思い出して、それぞれ名前を名乗り合うと、ネビルは僕とハリーの名前にギクリとした反応を見せた。
 特に僕の家の悪評を家で聞かされているネビルは恐怖に引き攣った表情を浮かべた。
 僕は気合の入った“哀しみ”の表情を浮かべる。すると、ハリーが咄嗟にフォローをしてくれた。

「ドラコの両親は実際に会ってみると凄く素敵な人達だったよ。だから、噂を真に受けないで欲しい」

 ハーマイオニーも僕がカエルを見つけた事で身の潔白を主張してくれた。
 ダメ押しとばかりに出来る限りの“儚げな笑み”を浮かべて見せると、ネビルは呆気無く陥落した。
 両親が死喰い人に拷問され、精神を壊されたというのに元死喰い人という――実は真実である――噂が流れている両親の事を信じてくれる。
 実に愚かしく、可愛らしい。
 その後、二人を僕達のコンパートメントに招待して、室内を埋め尽くすお菓子の山を四人で協力しながら消化した。
 ネビルはカエルチョコレートのカードを集めているみたいで出たカードを譲るとまたまた感謝の嵐。
 彼は専用のカードフォルダーを持っていると言うから、今度見せてもらう事になった。
 やがて、ホグワーツが近づいて来る頃には僕達の関係は友人と言って差支えのないものになっていた。

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