三日前、士郎はアストルフォとデートに出掛けた。
『どう? ポニーテール!』
回数を重ねて、士郎も緊張が薄れていた。それでも、ブティックで買ったシュシュを使ってポニーテール姿を披露するアストルフォに心臓を射抜かれた。
どんな髪型になっても、アストルフォの魅力は変わらない。世界で一番可愛い。
『シロウ! 今度、ここにプールが出来るんだって!』
工事中の看板札を見ながらアストルフォが言った。冬木市は外国人が多く、看板にも多国籍な文字が踊っている。
聖杯がもたらした知識の中にはプールの事も含まれていたようで、彼は興奮している。
『絶対、一緒に行こうね!』
その言葉に頷きながら、士郎は泣きそうになった。
それは……、きっと叶わない約束だ。
『アストルフォ……』
アストルフォは人間ではない。英霊の座にいる本体から分かれた|分霊《サーヴァント》に過ぎない。
サーヴァントは聖杯戦争の為に招かれた存在だ。当然、聖杯戦争が終わればサーヴァントの役目も終わる。
今、サーヴァントを維持出来ているのは大聖杯のバックアップがあるおかげだ。
そんな事、アーチャーの記憶を見た時から分かっていた事。
士郎にアストルフォを聖杯戦争後も維持出来る魔力はない。
『少し、話がしたい』
二人で話をする為に川沿いの公園にやって来た。そこで、士郎はその事を語った。
『……そっか』
哀しそうに彼は微笑み、士郎を抱き締めた。
『……ごめんね、シロウ』
一緒にいたい。別れたくない。生まれて初めて抱いた衝動。
『ごめん……』
◇
ギルガメッシュはアストルフォとイリヤをアッサリ解放した。黒い十字架から飛び出して来た二人を士郎とアーチャーがそれぞれ抱き留める。
二人共、無事だった。
「ギルガメッシュ……」
「……まったく、あの人達は」
士郎が声を掛けると、ギルガメッシュは溜息を零しながら綺礼の死体を見た。
死体の傍には凛がいる。複雑そうな表情で彼を見つめている。
「シナリオが破綻してしまった以上、今回は諦めます。……でも、いずれまた」
意味深に微笑むギルガメッシュに士郎は警戒心を抱いた。
「……ん、んん」
しばらくすると、腕の中でアストルフォが動いた。どうやら、目を覚ましたみたいだ。
「……シロウ? えっと……、おはよう?」
「ああ、おはよう」
寝ぼけた顔まで可愛い。ああ、このまま時間が止まってしまえばいいのに……。
「……シロウ」
アストルフォは空を指差した。
「とっても綺麗だよ」
つられて天を見上げると、確かに見事な星空が広がっていた。
月が隠れたおかげで星々の輝きが一層強くなっている。
涙が出る程、美しい。
「イリヤ!?」
アーチャーの焦りを含んだ声が聞こえた。
視線を向けると、彼はイリヤを揺すっていた。
「……そうだよな」
こうなると分かっていた。
イリヤは聖杯戦争が続く限り人間としての機能を失っていく。
バーサーカーが倒れた事で聖杯に五つの魂が注がれた事になる。
既に聖杯を起動させるだけなら十分な量だ。
それはつまり……、
「シロウ」
アストルフォは士郎の手を握った。
「キミは正しいと信じる道をボクも正しいと信じているよ」
「……アストルフォ」
士郎はアストルフォの手を握り返し、言った。
「聖杯戦争を終わらせよう」
それ以外に彼女の命を救う方法はない。
彼女の命を見捨て、いつまで続くかも分からない仮初の幸福を享受する事など許されない。
それに、万が一にも聖杯が起動してしまえば、十年前の災厄が再びこの地を焼き尽くす。
それだけは絶対に駄目だ。
「……え? いや、聖杯戦争はもう終了してますよ」
決意の言葉に水を差された。
呆れたような表情を浮かべるギルガメッシュに士郎はキョトンとした表情を浮かべる。
「え?」
アーチャー達も目を点にしている。
ギルガメッシュは陥没した地面を指差す。
「ボク達の戦いの余波で基盤たる大聖杯が消し飛びましたからね。終わらせるも何も……」
「……え? いや、それはおかしいだろ。だって、アストルフォが今もここにいるじゃないか!」
士郎の言葉にアストルフォもうんうんと頷く。アーチャー達も頷く。
「それはお兄さんが現界を維持出来るだけの魔力を供給出来ているからですよ」
「え?」
目を丸くする士郎にギルガメッシュは苦笑した。
「今のアナタの魔力は以前と比較にならない程増大している。ライダー程度のサーヴァントなら楽に維持出来る程に……」
士郎はアストルフォと顔を見合わせた。歓喜の表情が互いの瞳に映り込む。
「あと、これは景品です」
そう言って、ギルガメッシュは士郎に一本の瓶を投げ渡した。
「これは……」
「あと一歩でしたが、ほぼ決着はついていました。約束通り、そちらは差し上げますよ。どう使うかはお兄さん次第ですけどね」
そう言って、ギルガメッシュは背中を向ける。
士郎はエリクサーを見つめた。
「ギルガメッシュ、その――――」
「礼は不要ですよ。それはアナタが勝ち取ったものだ」
その言葉を最後に彼は姿を消した。
士郎は急いでイリヤに駆け寄ると、その口にエリクサーを流し込んだ。
イリヤの顔色がみるみる良くなっていく。
その光景は聖杯戦争において、あまりにも異常だった。
聖杯戦争が終わり、参加者達の殆どが生き残り、喜びを分かち合っている。
そして……、月日は流れていく。